2017年6月12日 (月)

永禄九年、近藤康用が井伊谷領に侵入す(柴咲コウ)

遠江国の名の由来は浜名湖にある。 近江国の琵琶湖に対応するわけである。 東海道は浜名湖の南側、それに対して姫街道は北側である。 明応七年(1498年)の大地震により淡水湖だった浜名湖は汽水湖となった。 つまり・・・東海道は分断されたのである。 そのために・・・姫街道側が発展することになる。 永禄九年...

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永禄九年、井伊直虎杣人を雇用する(柴咲コウ)

林業の従事者はかっては杣工(そまのたくみ)と称せられたという。 工は匠であり・・・要するに専門的な技術者である。 職人的な知識や技術をもって成立する山の民である。 木造建築を基本とするわが国の権力者にとって・・・材木を生み出す杣人たちは重要な集団なのである。 平地の人里に棲む人々にとって山奥に棲む杣...

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永禄九年、井伊直虎誘拐事件(柳楽優弥)

さて・・・もう・・・これは大河ドラマではないと断言したいところだが・・・大河ドラマの枠でやっている以上・・・正真正銘の大河ドラマなのである。 なんていうか・・よい子の戦国時代なんだよな。 あるいはゆとりの戦国時代っていうか。 ホモサピエンスの生き方には二通りあって・・・社会的に独立して個のヒトとして...

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2017年6月 4日 (日)

永禄八年、ヒャラ~リヒャラリコヒャラリラリ~(髙橋ひかる)

井伊家の伝承によれば永禄八年(1565年)に井伊直虎が家督を継承したことになっている。 この年は遠江国の国人領主たちが親今川氏と反今川氏に分かれて抗争した遠州忩劇の未だ渦中にある。 つまり・・・遠江国は内乱状態なのである。 そもそも・・・井伊直虎が家督を継いだのは反今川の旗手である曳馬城主・飯尾連竜...

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2017年5月21日 (日)

永禄八年、高瀬姫現る(髙橋ひかる)

ええと・・・戦国時代ですよね。 少なくとも・・・井伊直親の血をひく娘である以上・・・井伊家の姫である。 演じる高橋ひかるの実年齢が15歳なので・・・天文十九年(1550年)生れとなる。 井伊直親が天文五年(1536年)生れなので十四歳の時の子供ということになる。 天文十三年(1544年)に井伊谷から...

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2017年5月14日 (日)

永禄八年、武田信玄が嫡男義信を幽閉す(柴咲コウ)

うわあ・・・まだ永禄八年(1565年)なのかよ・・・。 永禄四年(1561年)生れとされる虎松(井伊直政)が数えで五歳だからそうなんだけどね。 数え年というのは生れた年を一歳と数える年齢のことである。 十二月三十一日に生れると翌日には数えで二歳になります。 満年齢だと一歳にもならないので・・・感覚に...

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2017年5月 7日 (日)

永禄十一年、足利義栄に室町幕府第十四代将軍宣下(柴咲コウ)

このドラマでは遠江国は常春の国のようにも感じられる。 いや・・・冬もあって春がきて・・・田植えをしたり・・・夏っぽかったりもするのだが・・・じゃあ・・・それが永禄何年の春なのか・・・夏なのか・・・よくわからないわけである。 永禄四年の早春に生まれた虎松こと井伊直政は永禄十一年には数えで八歳になってい...

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2017年4月30日 (日)

永禄十年、織田信長天下布武の朱印を用いる(柴咲コウ)

永禄五年(1563年)に井伊直親が朝比奈泰朝に討たれて・・・前年に生れた虎松が残される。 虎松が後に徳川四天王の一人、井伊直政として歴史に名を残すために・・・井伊家というものが歴史的に研究される対象となるわけである。 研究者たちは・・・残された史実(発給文書や墓誌)や個人的な日記、口伝の覚書などを元...

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2017年4月21日 (金)

永禄九年、北条相模守氏康隠居となる(柴咲コウ)

ドラマはあくまでフィクションである。 大河ドラマの背景には・・・史実という原作があるわけだが・・・正史はもとより伝承もすべてフィクションと考えることができる。 事実とはことなる・・・後世の「つくりごと」にすぎない。 しかし・・・「つくりごと」の存在の共有は・・・「文化」というものを促すわけである。 ...

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2017年4月12日 (水)

永禄九年、足利義昭越前国に入る(柴咲コウ)

将軍候補となった足利義昭は・・・三好三人衆に追われて亡命を続ける。 その間にも・・・各国の諸将に・・・上洛を促している。 交戦中だった尾張国の織田信長と美濃国の斎藤龍興に対して永禄九年(1566年)四月、停戦を命じ・・・両者は応じて和議を結ぶ。 しかし・・・八月に信長が上洛のための兵をあげると・・・...

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