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2006年6月30日 (金)

スガシカオとスピッツ。逆か。ま、いいか。

過去も未来もない。今を爆発することが芸術だ、と裏で大芸術家の人がこの後、叫ぶことになるのだが、これは第一回の「ふりかえり」を予測した天才編成者の仕業か。それとも単なるシンクロニティーなのか。キッドは愛とは過去であると考えるものなので、「ふりかえり」は認めます。

美大で片思いの集合体ってそのまんまじゃねえか。と思うのですが、少女マンガですからぁ。素敵なポエムを紡ぎあげるのも立派なお仕事だと思います。

三角関係の果てに暴行合戦、生き埋めというルートがリアルというのならそんなリアルいらねえし。ま、キッドがこの年代の頃にも晩生の人々はいましたし、特に芸術家にとってはセックスは諸刃の刃。肥やしにできる人もいれば、溺れる人もいる。こわくてこわくて近づけない人や縁のない人もいる。何、過ぎ去ってしまえば爆発のメモリーがあるだけなんですけどね。ああ、夢の中ならいつだって恋愛シミュレーションゲームの主人公なみに後先考えずやってやってやりまくるキッドにだって戻れるのです。片思い・・・何ですか。それ。でしたから。

で、『ハチミツとクローバーⅡ』(フジテレビ060630AM1~)原作・羽海野チカ、脚本・黒田洋介、監督・長井龍雪を見た。武蔵野美術大学(のような美大)を舞台に幼女のような芸術家の卵に天才肌と凡人の男子が片思い。年上の女に懸想する男子に普通の女の子が片思いするというⅠのあらすじを総集編でふりかえる第一話です。映画版では幼女を蒼井優が演じていてすっげえ納得のキャスティングだ。そうじゃないと美山加恋か、志田未来が演じねばならんからな。

創作の基本はダイジェストですから、24話を1話にまとめるなんてすごく勉強になります。創作者としてはセンスを問われるところですが、元がポエムですから、まあ、どうつなげてもそこそこポエムになりますねえ。

夏はやっぱり花火ですわ。この後『HOLIC』が秋で『女神さまっ』が春なので密林は季節感グジャグジュになるのですが、初夏、夏、夏の終わりが恋の盛りですから、『ハチクロ』は永遠の夏に閉じこもってもらいたいくらいです。

片思いの女に第三者がきつめの言葉をぶつけて泣かすのは性行為よりも甘酸っぱいメモリーですわね。これはダイジェストから落とせないですね。実際にはついでに愛されようとするとドロドロですが、慰めついでに性行為というのは可能です。そういうところは太郎先生は正しいですね。その場その場を生きる。爆発です。

多摩川の波光に魚がはね、黄金の月に帰るために夜を駆ける自転車で。ドラマチックでワルツでそろそろいかなくちゃということでいよいよ来週から本編です。恋愛に不器用な若者たちがみんな美形であるのは、まあ、かなりMistakeですが、もちろん、少女マンガですからぁ。そして、僕らはまた空回りを始める・・・のです。

人間はこわがりだ。恐怖の根源は死であるが、死というものが不明なので、わからないものがこわいとも考えられる。片思いの人間にとっては失恋と同じように両思いは恐怖であり、両思いの人間にとっては失恋は新しい恋と同じように恐怖である。・・・まあ、そのうち、すべてに慣れますって。時は容赦ないですからねっと。

土曜日に見る予定のテレビ『探偵学園Q』(日本テレビ)

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2006年6月29日 (木)

1/3娘にねんドルが特技を伝授。

うわあ、意味わかんね。1/3娘は二人三脚でアイドルの道を極める三人組。日テレの番組名でもあるが、日テレの公式サイトに番組紹介がない。可哀想である。水崎綾女(ホリプロ)、田代さやか(ホリプロ)、上野真未(ヒラタオフィス)というメンバーだ。直感だが上野真未は妹系である。

もちろん、ねんドルは岡田ひとみである。他にはいない。地球上で唯一(推定)のねんど使いのアイドルである。ある意味、1/3娘の先輩である。あのコスチュームの中には実はグラビア系が潜んでいるのだが、岡田ひとみは若くしてねんどアートに目覚め、グラドルからねんドルに変わっちゃったのだ。トレビアン!

この組合せで企画は「アイドルが特技を増やすためのねんど教室」である。そのまんまだ。月曜日に水崎が「読めない~」とさけんでいたが、ちゃーんと番組として成立している。不審に思う人はねんドルの奥義を見届けなければならないのだ。

で、『1/3娘』(日本テレビ060629AM0126~)構成・笹沼大(他)、演出・上利竜太(他)を見た。月曜深夜からミニシリーズ展開である。月曜深夜にねんドルがご挨拶。まずはねんどに絵の具をまぜるという基本からスタートする。知っている人は知っているかもしれないが、この手法によりねんどはあらゆる色を獲得する。赤い絵の具でピンク、さらにマーブルピンク。1/3アイドルたちもたちまちねんどの虜になっていくのである。

火曜深夜はとりあえず自由にねんど細工に挑戦してみる。童心に還ったアイドルたちは微妙に性格を露呈していく。岡田はリンゴを食べる象さんを披露。二人三脚のミニ足枷もサービス。繊細な感覚を見せたのが、上野。全員がかわいいを連発するひよこキャラを作成。次に豪快な性格はやはり水崎だった。チョコレート系の犬がソフトクリームに代わり、最後は帽子になっていた。それはそれですごいな。そしてロマンチックなのか地味なのか判然としないのがピンクの薔薇一輪を作った田代。花びら一枚一枚を丁寧に作っている。丁寧なアイドル。しかも露出は一番大きい。・・・すみません。

そして水曜深夜。佳境である。岡田ひとみのベースであるミニチュアフード作りの時間がやってまいりました。お題は比較的易しいとも言えるホットドックである。基本は本当のホットドックを作る手順で作るということ。ホットドックかよ。そりゃ、淫靡だな。・・・すみません。やはり、繊細な上野。パン、レタス、ソーセージ、ケチャップとミニチュアフードなのにさらに小ぶり、しかもお手本に忠実な仕上がりである。そして水崎。来ました。ソーセージが大きい。はみだしている。しかもマスタード。なんか激しそうだ。・・・すみません。そして田代は丁寧なのだがソーセージはさらに大きく、ケチャップとマスタードをダブルでトッピング。どうした。気持ちも身体も揺れ動いているのかっ。・・・・すびばしぇ~ん。

いよいよ、木曜深夜は最終日。ミニチュアフードでパーティーの食卓を作る模様。また三人が様々な性格を繰り出してくれるに違いない。岡田ひとみ先生にとってなかなか良い生徒たちでした。

どうしようもない事件が起きたりするが、創作のエネルギーの解放の仕方はいくらでもある。教育で心を教えることはできないが、ねんどは教えることができる。そして心とは作る喜びの中で形成されたりするものなのだ。たとえば姫君愛子様は学友と遊ぶことさえも障りがあったりする様子なのだが、キッドは岡田ひとみがねんどを教えてあげられたらいいなあと考えたりする。誘拐犯も生き埋め犯ももっと地味な喜びを幸せに変える心を持っていたら違う人生を送れたかもしれないのよね。

金曜日に見る予定のテレビ『金曜ロードショー・戦国自衛隊1549』(日本テレビ)

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2006年6月28日 (水)

上戸彩VS篠田節子。いい勝負だったな。

みんなは違うかもしれないけれど、キッドにとって火曜9時は難しい時間帯なのだ。フジテレビはそこそこのドラマを維持している。視聴率だと13~18%くらい。たとえば春ドラマは上戸彩でリメイクである。これは見たい。ところが日テレのドラコン(旧火サス)はものすごいキワモノでチャージを仕掛けてくるのである。視聴率だと9~20%くらい。もっともほぼでいうと9~12%くらい。この数字でずっと来て春を迎えているのだから、それなりにすごい。

ドラコンは毎週がいきあたりばったりという感じのものすごい企画が来る。しかも、自覚があるので「女たちの危機を救え!シリーズ」などともう無理矢理まとめてくるのである。おいおい、日本脳炎では男も死にますって。っていうか、ナチュラルホラーあるいはSFのジャンルの話ですからねえ。今回、篠田節子の『夏の災厄』のドラマ化である。とにかくこれも見たいのである。

しかし仲間はいるのである。2ch実況で1スレ消化はタッチの差で日テレが勝利したのだ。ま、ほとんど診察シーンの勝利だし、2スレ目で追い抜かれたのだが。しかし、その後も疫病パニックもののジワジワ怖い感じと研修CAの『私は離れています』『私も離れています」「いちとーにーとーさんとー」救命活動でそこそこデッドヒートがくりひろげられていく。それはあたかもブラジルVSガーナ戦の展開を暗示するかのようであったのだ。

で、『アテンションプリーズ・最終回』(フジテレビ・060627PM9~)脚本・後藤法子、演出・佐藤祐市を見た。フリオチでいえば今までの10回がフリで11回目の今回がオチである。このオチは難しい。空が舞台なので飛行機が落ちるのが一番盛り上がるのだが、それはさすがに禁じ手のようなのだ。もちろん、CA訓練生の物語なので上戸がCAになれるかどうかというポイントもあるが、なれないというカードは切りにくい。錦戸と相武紗季との三角関係の行方というのもあるが、なーんかそんなムードでもないって感じ。こりゃあ、困った。

スタッフが選択したのはなだらかにオチていくという展開だった。のほほんとあたりさわりのないオチを連打して、どうかこれで勘弁してくださいと哀願するスタッフの顔が見え隠れするのである。まず、先週の続きである、相武の錦戸に対する告白の結末、それは伏せる。とにかく『がんばっていきまっしょい』と展開と役者がかぶっているので。そこで南海キャンデーズしずちゃんが突然帰宅。これが最終回のフリだ。そして最後の研修フライトへ。機内で心臓停止者発生。救命活動にはいる。さあ、ここからオチの始まり。心臓動き出す。機内に蘇生の感動。相武やっぱりふられてた。失恋の涙。研修終了全員合格。真矢みきと心の交流。そしてしずちゃんは先輩CAだった。そして、錦戸と上戸は将来のために保険をかけあう。エピローグ的に上戸と愉快な仲間たちがエンディングテーマをエアライブ。さらにエピローグのエピローグでCAになった上戸が路上でかっての自分のような訓練生と出会うのである。・・・楽しかった。よくがんばりました。けれど、オチてないと思います。

で、『DRAMA COMPLEX~ウイルスパニック2006夏』(日本テレビ060627PM9~)脚本・宇山圭子、演出・下村優も見た。原作はウイルスの遺伝子操作を巡る医学ミステリでもあり、感染症に対する行政の対応などを描いた社会派サスペンスでもあるが、基本的には疫病パニックホラーである。作者はどんなジャンルでもホラーに持っていける天才直木賞作家だから。そのため、ある意味でオチは決まっている。疫病で人類が絶滅するか、誰かが阻止するかである。原作では阻止できないが、人類はそこそこ生き残る展開だった。つまり、オチ的には楽なのである。どっちかにしておけばいいのだ。

ところが、それが油断になる。ともかく、致死率の非常に高い疫病が発生する。じわじわと人が死ぬ。主人公の母(りょう)と少年の周囲でも、同僚の看護婦だとか、仲のいい少女とかが、突然死していく。やがて、伝染病と判明するが、お役所や医療機関は責任問題を恐れて対策が後手に回っていく。それどころか、原因が行政や医療機関の人為的なミスであることが分かる。感染源の特定という謎解き、風聞の流布による差別の発生や住民エゴ、産廃業者問題、主人公の恋の遍歴と、問題はどんどん拡大していくのだ。そして、もはや手に負えない状態でドラマ終了数分前を迎える。こ、こりゃあオチないかもしれんぞ。とドキドキする。そして、急転直下、昔の恋人の家庭を破壊するりょうの復讐劇が始まるのである。巻き添えを食って罪もないサテライトスタジオのパーソナリティー赤坂泰彦が死に至り、事件は終焉を迎えるのだった。もちろん、りょうの気は晴れるのだが、疫病の勢いは止まることをしらない。災厄の夏が来る・・・え、えーっ、そりゃあ、思い切ったオチでしたねえ。ま、いいですけどね。途中経過が面白いからいいかあ。という感じで。

ふう。今後もこの時間の戦いは続く予感。アイドルも好き。キワモノも好き。というキッドの嗜好が問題なのだが。好きなものは仕方ないのである。

金曜日(木曜深夜)に見る予定のテレビ『ハチミツとクローバーⅡ』(フジテレビ)

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2006年6月27日 (火)

自由とは失うものが何もないってことなの。

世界で最古の職業にふさわしい街がある。世界で最古の職業にふさわしいチャンネルがある。世界で最古の職業にふさわしい・・・おっと関係ないけどロスタイム残り0秒でトッティーのPK炸裂。豪州のW杯終了。ヒディングのバカヅキもここまでか・・・。えーと、というわけでフリーの売春婦を興味本位に追ったバラエティーショー。

いわゆる一つの風俗ドキュメントです。キッドが20代の頃にもキッドの師匠が女子高生売春のネタを使いまわして粗く稼いでいたが、新世紀に入ってもこういうネタは不滅ですね。ティーンズ少女が売るのも稼業ならそれを追っかけて番組作るのも稼業ですから。さらにキッドがそれをネタにブログを書くのです。稼ぎませんがね。

ナレーションが安易な言葉の連打で刺々しい気持ちに誘導しますが、それもまた一つの手ですね。最後に元・援助交際少女のパフォーマー・山崎優子(21)さんが「救いの歌」を歌うので、彼女の「魂の叫び」をできるだけひきたたせようという裏方根性のなせる技だと解釈したいと考えます。詞も歌唱力も及第点ギリギリだったからなあ。

で、『アンテナ22・実録!真夜中の少女たち~誰が私を助けに来て・・・』(日本テレビ060626PM10~)構成・田代裕、演出・鈴木朗を見た。スタジオでは伊東四郎さんとテリー伊藤さんが毒にも薬にもならないコメントをしつつ、取材VTRを見守るというスタイルである。スタジオにはすりガラスごしに二人、誰だか分からない人が現役・援助交際風売春婦として登場していて二人の壮年男性のインタビューに答えたりもする。時間が止まったように無意味なやりとりなのだが、それもまた面白いと言えば面白い。

導入部分は売春少女たちの荒稼ぎ報告である。ライブチャットのバーチャル恋愛レディが週四回くらい、エッチなチャット会話相手として働き、月手取り70万円を稼ぐという。それが平均なのか、最高なのか、最低なのか、データは示されない。ディレクターは札束を手にした少女たちに割り切れない思いを抱いたというが、見ているキッドの方がグダグダの演出方法に割りきれんわ。

続いての出し物は「店外デート権オークションシステムの紹介」である。個室に客が入り、少女売春婦が個室を巡回し、チラ見せ、入札。高値落札である。談合があるかのように客のメモが一斉に出され、たまたまだったにしろ、インサートで不揃いにしなければリアル感は出せませんよ。

元・援助交際少女で、それをネタにメシを食うフォトエッセイ作家・中山美里(29)さんの隠しネタで「母子アダルトビデオ」ものの本番女優母子がキャスティングされたので、スタッフは喜び勇む。母・・・「セッティングしたのは私。でも選択したのは本人ですから」「母親とは言えないですよ。母親の真似事ですよ」「私自身が自分のことで精一杯なんです」・・・娘・・・「どうでもいい。生きるのも死ぬのも面倒くさい」「今、その辺で死んでもいい」「カレーが辛い」・・・いいコメントだ。いいコメントがとれた。スタッフ一同の舌なめずりが聞こえる。

レイプ体験から援助交際に走り、バンドのボーカルとして「人から認められたい」という素直な気持ちに目覚めたブクロ(池袋・念のため)のカリスマ(知る人ぞ知る、キッドは知らなかった)歌姫がラストパートを受け持つ。リストカットの女子大生が心の悩みを相談しにくる。お金のない人たちの不幸せとお金のある人たちの不幸せはまず平行線をたどるだろう。「神様、あたいにメルセデスベンツを買ってくれ」(ベンツが欲しい/ジャニス・ジョプリン)でも聴いて眠りたい気分だ。

木曜日(水曜深夜)に見る予定のテレビ『1/3娘』(日本テレビ・岡田ひとみゲスト出演中)

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2006年6月26日 (月)

なんどめだ→なんどXX→なんどでも。TRICK劇場版。

姑息なお笑いというものがある。姑息な笑いではなく。それはどういうものですかと問われればTRICKシリーズみたいなやつと答えるしかない。つまり、性懲りなくとか、飽きもせずとか、諦めが悪いというか、そういうノリでついにお笑いとなった作品である。

たとえばそれはタマゴが割れるのだが黄身が黄色じゃありません。というオープニングのトリックが色を変えながら、進化していくといったしつこさで表現される。これは構成論的にはフリとオチの関係で説明できる。タマゴが、フリ。割れて変わった中身が出る、がオチである。もっともシンプルな二分割構成だ。人間は意味を把握するときにこうした構成の形式を必要とする。フリオチでひとつの意味に気づくのである。

最初のタマゴの中身の色が緑だと、次に紫の中身が出た場合、(フリオチ)=フリで(フリオチ)=オチになる。「おっ今度は紫かよ」と気づくのである。さらに青になると(フリオチ)(フリオチ)=フリで(フリオチ)=オチとなる。「ああ、もうわかりましたよっ」となるのであるが、さらに金色になり、黒になりで、フリオチフリオチフリオチフリオチ=フリフリオチオチで「なんだかもうまいりましたね」と言う気分になっているところに突然・・・・(現在公開中のネタのために自主規制)という新展開が来る。「くふっ」と笑うしかなくなるのである。簡単なようで相当な実力がないとここに辿り着くことはできない。

で、『日曜洋画劇場特別企画・何度目だトリック劇場版』(2002年公開作品・テレビ朝日060625PM9~)脚本・蒔田光治、監督・堤幸彦を見た。書道教室ネタは「24P」「箱乗り」「恋人募集」「演歌だよ人生は」「パート3希望」であった。姑息だ。

謎の依頼者が呼び出したのは婆メイド喫茶である。依頼者は例によって妙な田舎者風イントネーションで喋る。注文したのはナポリタン。メイドはなぜか韓国語だ。依頼者は隙を見て他人の皿も食べてしまう。あらゆる意味で姑息だ。

再開した山田菜穂子(仲間由紀恵・念のため)が上田次郎(阿部寛・念のため)に突然、正拳突きを入れて倒すシーンがある。唐突で充分、姑息なのであるが、一度、画面から消えた上田が逆再生のように復活してくる。姑息のダメ押しだ。しかも、これをくりかえしのギャグで押す。息詰まる姑息さなのだ。

敵対する自称神001~003が、竹中直人、ベンガル、石橋蓮司である。このキャスティングが姑息である。竹中は窪塚洋介の『魔界転生』(2003)のような衣装で登場するが山田は「小林幸子かっ」とツッコミ。ヨーイドンといったらスタートです。は古典で『I.W.G.P.』のキングも使っていたが、ここでも村長(伊武雅刀)が「はじめといったらはじめてください」とやる。ベンガルは足の裏に目がある。石橋蓮司は『あらかじめ失われた恋人たちよ』(1971)以来の偽盲である。もはや言葉もないほど姑息なのだった。

日本を支配する官僚たちが推進するのが「全国トイレ水洗化計画」である。計画がすでに姑息だが矢部(生瀬勝久・念のため)が派遣される。これが別の意味で姑息。仕事の合間に温泉に入り、姑息。頭部と陰部をぞんざいな修正で消し、カツラであたふたして姑息。逃げ込んだ貧乳をかばわず姑息。崖を「うひゃひゃひゃひゃ」と駆け上る貧乳が姑息。

レギュラーシリーズで山田の少女時代を演じている塚本璃子(現・成海璃子)が、謎の少女・琴美として登場するのだが、もう、これ以上ないというほどの美少女ぶりである。彼女を見るためだけにこの映画を見る人もいるはずで、ま、そこそこ姑息だと思う。

火曜日に見る予定のテレビ『アテンションプリーズ・最終回』(フジテレビ)『ウイルスパニック2006夏』(日本テレビ)の表裏。

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2006年6月25日 (日)

ギャルサーの小野妹子から蘇我馬子まで。

ま、春ドラマも続々最終回なのだが、視聴率的には『アテンションプリーズ』『トップキャスター』『ブスの瞳に恋してる』とフジテレビが強かったのだが、密林からよく見えたのは『吾輩は主婦である』(TBS)『富豪刑事デラックス』(テレ朝)そして、この『ギャルサー』(日テレ)だった。こうしてみると各局とも健闘しているな。

『ギャルサー』のスタッフが算数が嫌いで、国語はまあまあ好き、社会は興味のあるところとないところの差が激しい。理科、それって何ですか・・・。という小学生だったことに疑いの余地はない。

もうひとつ、結局、ドラマはギャルズサークルを否定する立場だったということも確認しておきたい。つまり「お前らのことは認めない。だけど利用できる限りは利用してやるよ」というある種の悪い大人たちの本音が明確にされており、若い人たちは気づいておくべきだろう。

で、『ギャルサー・最終回』(日本テレビ060624PM9~)脚本・藤本有紀、パラパラ振り付け・前田健、演出・岩本仁志を見た。ありえない展開連続の痛快道徳メルヘンである。「やわはだのあつきちしおにふれもせずさびしからずやみちをとくカーボーイ」という言葉を捧げておく。岩佐真悠子や、新垣結衣、矢口真里、鈴木えみもいたのだが、結局、戸田恵梨香のためのドラマだった。いや、もちろん、藤木直人の熱血教師パロディーでも藤木直人を軸にした生瀬勝久と佐藤隆太のプラトニックラブの話でもあるのだが。古田新太と山内菜々による日本人とネイティブアメリカンのDNAは近しいこと教えちゃいます。でもいいのだが。

最終回のありえない展開特集。瀕死の重傷なのだが、誰もカーボーイハットを取ろうとしない。かぶったまま緊急手術。輸血が必要なのだが、申し出たのがギャル、感染率高そう。家族を呼ぶために一ノ瀬巡査がアメリカへワープ。ハリケーン被災地でモモが単独、父親捜索。ジェロニモⅢ世が湘南海岸の砂浜にいるかのように埋まっている。三人で日本へワープ。蘇生しない進之助のために復活の儀式で、五つのアイテム。一番険しい崖に咲く花、一番青い羽根の蝶、・・・(以下略)、レコードで作ったブーメランがよく飛ぶ。乙女の祈り(ギャルの命)でとにかく蘇生。投げ縄で落雷を誘導して東京大停電。曇りだったら如何する満天の星。東京電力即行復旧。三年間、かぶり続けた帽子から手紙がポロリ。原子力潜水艦からダイバースーツで潜入。ま、進之助がCIAなのは最初から明確ですが。水中早着替えにギャルたちの息がぴったり。・・・総勢500名のギャルたちがいつも20~30人ぐらいにしか見えない。

楽しかったなあ。「見ろ、飛雄馬、あれが巨人の星だ。お前もあの星になるんだ。ならなくてもいいから、せめて、もう少し巨人戦の視聴率があがるように祈ってくれぃ。そうすれば日テレ社員は迷うことはない」という気持ちは分からないでもないが、あきらめて、こういうドラマにもっと力を入れたらいいと思うんですけど。何か問題でも。

インディアン嘘つかない。でもテレビは嘘つく。これ、ホント。でも、すぐ、ばれる。

『吉祥天女・最終回』(テレビ朝日)も淡々と終結。岩田さゆり、一味違うアーテイスト展開。今なら黒井ミサができる。やってくれ、本格的に魔女と天使の融合を見せてくれ。テレ東、白羽の矢をたててくれ~。

月曜日に見る予定のテレビ『アンテナ22 』(日本テレビ)

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2006年6月24日 (土)

深キョン、堀北、智花。ぽっちゃり系満開。

・・・の金曜日であったな。深田恭子はいったりきたりの激しいタイプ。毎回、顔立ちが変わるというのもすごい。堀北は貧乏な役だったためか、栄養が不足していたように見えたのだが、最終回、疾走のシーンで下半身が妙に安定していた。いいいいいいいつの間に。そういう意味で黒川智花はずっとむっちりしていて清々しい。彼女は鈴木京香のムードがあるのだが、微妙に体重を落とすとさらにそうなるだろう。

で、金曜日は深田恭子の『富豪刑事デラックス』、堀北真希の『クロサギ』、福田麻由子の『てるてるあした』とアイドル・プログラム・ピクチャア三本立ての三時間であり、やや、脱力感がただよう。1-4で破れ、グラウンドに倒れた中田なみの脱力感だった。立て。中田。33歳の南アフリカでもう一度君が見たい。それまでには憲法9条を改正して戦える国になっていたいものだ。それから勝敗は紙一重だというクレバーな思考のできる選手をもっと育てるといいと思うな。少なくとも45分間はキッドの予想した通りの展開。しかし46分で選手はセレソンであることをやめ、ただの負け犬になってしまった。それでは100回やっても勝てないぞ。

しかし、ニヤニヤ嫌いを絶句させた稲本→三都主→玉田の先取点は希望の光だ。絶望は愚か者の結論なのだから。って、結局サッカーの話かよ。

で、『富豪刑事デラックス・最終回』(テレビ朝日)を見た。視聴率以上に熱狂的なファンを確保したお約束の展開。つまり、くりかえしのギャグの多用にぞっこんの人も多かったのではないか。スカシばかりの世の中でストレートは苦しいが信じてやればそこそこ面白くなるのである。代表は「勝手に帰るなあ」であり、バリエーションを出して、ひねりのリフレイン。最後はこれ以外ない刑事全員の合唱である。お疲れ。前シリーズの最終回は最高の最後のセリフを美和子が決めたのだが、今回はフリオチの展開できれいにまとめている。

冒頭、「ここにある一億円はどこにでもころがっているようなありふれた札束に見えるが実は秘密がある」幼い美和子を前にキク様が語るこの言葉がキーワード。美和子にとっては「一億円ぽっち」だが、実は命を救う何倍もの価値を持つ秘密の札束なのである。そしてラストシーン。お約束のひとつである「お金を消費したいのだがさらに儲けてしまった」ので卒倒したキクさまに美和子が「おじいさま~」と連呼。う~ん、決めたな。

犯人が一億円を美和子に見せなかったらどうするという疑問があるかと思うが、人間の心理を考えれば、犯人は必ず美和子に一億円を見せる。一億円を持ちなれぬ人間が一億円を持ったら、誰かに見せびらかしたくなるに決まっている。そして犯人が見せることができるのは人質の美和子だけなのである。マジカル、マジカル、マーベラス。

で、『クロサギ・最終回』(TBSテレビ)を見た。堀北はこの後、マシューUVにゲスト出演、アナキンになって一言で「勘弁しろ」という名コメントを残すのだが、盗人にも三分の理を強引に展開するこのドラマ。もちろん、権力機構であるマス・メディアでは許されざる展開だが、山下くんのあどけなさ、山崎努の深み、哀川翔の狂おしさでしのぎきろうとする。しかし、やはり堀北真希の妥協のない純愛が肝なのだろう。宮崎あおいが濡れ場拒否でNANA2に抜擢された市川由衣よりも堀北の愛は頑固なのだな。そして最後は銭形姉妹だけに銭形的に「逮捕しちゃうぞ」宣言。山Pがルパン三世でまきまきが銭形警部というパクリ構造を明確にしてオチとしている。バーン。(ドシラソドシラソとメインテーマがくだっては上る展開だけに吉野版エコエコアザラクのようなどんでん返しだったな)

で、『てるてるあした・最終回』(テレビ朝日)を見た。あらゆる意味で草分けの草笛光子さんが息をひきとるのだが、これもシンボリックなことだ。魔性の女・荻野目慶子が妖怪・天井女と化す。その少女時代を演じるのが福田麻由子である。ネグレクトされた慶子の生霊だったのだ。おそらく、よりましとして座敷童子系の精神寄生体が逆憑依された形態と思われる。福田麻由子(=慶子)の魂が娘である黒川を守り、黒川が母である慶子を守ることで愛が蘇り、円環としての補完が成る。こうして束縛されていた座敷童子はようやく解放されるのだ。めでたし。地域社会に貢献した老女の最後の仕込みは完了した。女たちは女たちで世界を紡いでいく。所詮、男たちはこの世の傍観者に過ぎないという結論。果たして何人がこの構造を把握しながらこのドラマを見たのだろう。沢村一樹がポスターなのはそういうわけなのだ。カズキでなくてイッキですからと主張したくもなるではないか。

ふう。ようやく、金曜日から開放された。夏クールはなんとか『タイヨウのうた』ぐらいにしてもらいたい。

日曜日に見る予定のテレビ『涼宮ハルヒの憂鬱』(チバテレビ)じゃなかった『トリック劇場版』(テレビ朝日なんどめだ)

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2006年6月23日 (金)

さらば愛しき女よと誰も云わないのだが。

スタイリッシュという言葉を初めて知ったのが1976年。今から30年も前だ。この映画を見て知った。

映画館で見て、そのあまりにも耽美的な映像で腰が抜けた。キッドがそう思う時、世の中の反応はそれほどでもないので、キッドはものが分からない? 世の中がものを分からない? ということで若者としては悩むのだが、とにかく、この映画も世間ではあまり話題にならなかった記憶がある。この後で『ブレードランナー』を見てまたまた腰を抜かすのだが、これもまた世の中の反応は鈍く、冷淡で、公開が早々に打ち切られたのを記憶している。

今は悩まない。世の中はおしゃれでもなく、スタイリッシュでもないということがよく分かっているからだ。そしてキッドがおしゃれでスタイリッシュだったというわけでもない。作り手と受け手がスパークしてしまう偶然というものがあるだけだ。もちろん、その衝撃は快感なのである。客だから自分が気持ち良ければいいのさ。「なんでこの良さが分からんの?」という言葉は飲み込んでおくべきなのだ。それがスタイリッシュというものだ。

で、『午後のロードショー・さらば愛しき女よ』(1975年度米映画・テレビ東京60622PM0130~)原作・レイモンド・チャンドラー、脚本・デヴィッド・Z・グッドマン、音楽・デヴィッド・シャイア、撮影・ジョン・A・アロンゾ、監督・ディック・リチャーズを見た。原作者のチャンドラー以外、この作品で燃え尽きたと言っていい。これ以上ない完璧な仕事をして受けなかったら嫌になるという気持ちはよく分かる。みんなこの後も黙々と仕事を続けるのだが、二度と輝かなかったような気がする。

チャンドラーファンはどの映画化作品もけなすのだが、これは映画を映画として見ていないだけで、無視するといい。エリオット・グールドの『ロング・グッドバイ』も酷評されたが傑作だった。もちろん、この映画のようなお耽美ではない。映像美に走るのは後にロッキーのエイドリアンと結婚することになるこの監督がカメラマン出身だということも関係あるだろう。ある意味、宇多田ヒカル夫妻の先行系なのである。ついでに平井和正はアダルト・ウルフガイシリーズでこの作品(原作よりも映画のような気がする)をパクっている。とにかく、ハメットよりもセンチメンタルなハードボイルドであるチャンドラーの作品世界。その湿度は雨に濡れる裏窓の中での回想形式ということで表現される。スタイリッシュだから。

わが祖父に似た草臥れたマーロウはロバート・ミッチャム。愛しい女はシャーロット・ランプリング。チンピラ役でシルヴェスター・スタローンがチョイと出たりする。映画オリジナルの売店のダチがひたすらマーロウに尽くす。その理由は一切説明されないのだが、マーロウを知っていれば、そういうダチが一人くらいいても不思議ではないと思う。アル中の老婦人が「相手はラジオだけ」といえば「ケンカにならなくていいじゃないか」と言い、「ペット探しにはチップをもらうことにしている。犬猫は5ドル。象なら10ドルだ」と言う。そんなことばっかり言ってるから痛い目に遭い続ける。そして、女を愛する男の気持ちを「三発撃たれても生きていれば恨みもせずに愛しただろう」と察する男。それはやっぱり古いタイプで。だからこそスタイリッシュなのである。

大鹿マロイが愛しくて愛しくてならなくなる。さらば愛しき女よと誰もいわないのだが。あなたが若くて失恋したばかりで、男なら。ラストシーンでは必ず泣けるだろう。泣けない場合は、あなたはスタイリッシュとは縁がないのだと思う。

土曜日に見る予定のテレビ『ギャルサー・最終回』(日本テレビ)

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2006年6月22日 (木)

セーラーヴィーナスVSアンドロイド・エリー。

なんちゃって女子高生大会である。ヴァンパイアホストに客演していた矢吹春奈はさすがにとなりのエッチなお姉さんで登場だ。下北GDでも設定24歳のお姉さんだしな。

青春☆ENERGYの第二弾である。今度は夏ドラマ火9の『ダンドリ。~Dance☆Drill』(榮倉菜々・加藤ローサなどが出演)と連動企画だ。本当に連動の好きな人たち。笛吹けど民踊らずにならなきゃいいけどね。お手軽でない番組宣伝企画という段取りなのだろうが、お安い深夜ドラマの気配が濃厚。連動してリズミカルにこの二軍の人たちが楽しくなるといいのですが。

しかし、キッドは見ます。なぜならば、沖縄アクターズスクール→『モスラ2海底の大決戦』→Folder→『ウルトラマンマックス』のアンドロイド・エリーという系譜の満島ひかり(ぱれっと)さんがうらら役で登場。ついでに元セーラーヴィーナスの小松彩夏(アミューズ)も高校生キャバクラ嬢で登場するからだ。最近、そんな設定ばかりだな。

で、『青春☆ENERGY・ダンドリ娘』(フジテレビ060622AM0045~)脚本・一木晃、演出・岩田和行を見た。大人代表はヒロシである。その弟を中心に男の子三人とエリーとヴィーナスと浅木一華(アバンギャルド)の女の子三人が繰り広げるワンルーム・コメディーである。初回テーマは晩生の男の子たちの合コン妄想。ま、きっと「さつき高校」はかなり田舎にあるのだろう・・・と思う。

さて、ウルトラマンマックスのエリーといえば、対怪獣チームDASHのオペレーターである。アンドロイドなのだが、アンドロイドだけにアンドロイドに特有の愛を感じる変態にとってはもう異常に愛しい存在であったことは間違いない。人間の意識は「自分に気づく」という錯覚にすぎないが、人工知能にも当然それは芽生えるわけで、エリーも突然、感情を取得したりする。その時の無表情と言う表情がすんげえ可愛かったのさ。担当は死後の世界を信じないキッドでした。

ついでにウルトラマンマックスといえば第16話「わたしはだあれ?」(監督・三池崇史・脚本・NAKA雅MURA)が忘れられないわけで、登場する怪獣が宇宙化猫タマ・ミケ・クロなのも夢に見るほど忘れられないのだが、なにしろ、こいつらの攻撃は忘却光線という恐ろしいものなのだ。だから忘れるのである。戦闘機パイロットは操縦を忘れ、ミサイルの発射方法を忘れ、ウルトラマンマックスは変身の方法を忘れ、必殺技の出し方を忘れる。登場人物全員が痴呆と化す、恐ろしい話なのである。よくこのピンチをしのげたものだ。担当は死後の世界を信じるキッドでした。

まあ、『ダンドリ娘』のことを書くのをうっかり忘れたのだが、そこそこ面白いですよ。

金曜日に見るテレビ『富豪刑事・最終回』(テレビ朝日)『クロサギ・最終回』(TBSテレビ)『てるてるあした・最終回』(テレビ朝日)さよなら、2006年春ドラマ。特集。サッカーは対オーストラリア49.0%、対クロアチア52.7%と来て果たしてブラジル戦はどうなるのか?

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2006年6月21日 (水)

ハニー先輩はウサギになりました。

だけど、ニンジンは嫌いなんです。頭でまとめる湿布なんて30年ぶりに見たぞ。それがウサギを連想させるためだけに使われたとなると、これは珍しい牽強付会ボケだな。いいもの見た。

キッドは基本的に恋愛と金銭は水と油だと思っているので、混ぜると火事になりますよ~。じゃなくて、ホストとか、風俗とか、性風俗とか、キャバクラとかを生理的に受けつけない。ホストに貢いだり、アニータに貢いだりするのはバカだと思う。もちろんバカとしては面白いバカなのだが。とにかく、ホストとか、キャバクラ嬢は殺されるか、殺すかの犯人役以外には、虚構に登場しなくてもいいと考えるのだが、まあ、高校生がごっこでやってることなので大目に見ることにした。

かなりの病的な妄想である。貧乏な女子高校生藤岡ハルヒ(涼宮ハルヒではない)がお金持ちの子弟の集まる学校で借金返済のため、男装をして学園内にあるホスト部でこきつかわれるのだが、そこには魅力的な殿方が満載なのであった。白泉社は絶対に少子化に一役買っている。美形の男子が美形の男子にしか興味を示さないような世界は本当に本当に特殊な世界なんですからあ。おすピーをごらんなさいよ。バカねえ。もう、バカ、バカ。

で、『桜蘭高校ホスト部』(日本テレビ060621AM0050~)原作・葉鳥ビスコ、脚本・榎戸洋司、演出・熨斗谷充孝を見た。今回の主役は推定身長155センチ、アニメ版007が009に変身したような、あるいは超人ロックの幼稚園時代のような、あるいは・・・とにかくそういう容姿のハニーこと埴之塚光邦である。彼が虫歯になり、甘いものが食べられなくなる。原因は昼寝の前に歯を磨かなかったからだ。そこでハニーと甘いものをめぐるドタバタが繰り広げられていく。うう、話はそれだけかいっ。

主人公以外はホスト部の美形たちをこよなく愛しているのだが、それもホミホミという話ではなくて(『ガラスのパンプス/後藤真希』名曲なのに時すでに遅しか)、たとえばハニー先輩がウサギキャラなので、萌・・・素敵と思うのである。そしてハニーを誰よりも大切に思う男性の存在に、も・・・素敵と胸をときめかすのである。ふたりがやおい的展開になりかけるだけで、Mo・・・素敵だなと感じるのである。この腐れ婦女子ども、そこになおれ。などと腹立つ人も多いだろうが、少女マンガですからぁ。

男女雇用機会均等法以来、女の子もおタクになって良い時代。ショタコンいいじゃないですか。ロリショタって意味わかんないけど、ま、いいじゃないですか。ナウシカとホミホミしたい男の子がいて、金田正太郎とホミホミしたい女の子がいる。素晴らしい時代がやってきました。もう、男も女もねえんだよ。っていうか、男も女もいらねえんだよ。アニ男とアニ女で充足できますからぁ。・・・・そして誰もいなくなった。

ハニー先輩はかって米陸軍特殊部隊グリーンベレー二個小隊を再起不能にした経歴があるのだが、その時、基地撃破の爆炎がウサギ雲(ピンク)となって立ち上る。チョーーーっカワイイっす。おねだり作戦でハルヒがくれたのは都こんぶ。ちょーーーっコンビニに行って買いました。AB型は二重人格説、ウワサじゃなくて本当です。ちなみにAA、BB、OO以外のAO、BOも二重人格っす。OOは人格そのものがない場合もあるので要注意っす。あ、信じていない人、星座で輸血の是非は問われませんが、血液型は問われます。つまり、血液型が違うってことは血液の交換もできないくらい違う生物ってことですから。ちょーーーっ正論。

関連するキッドのブログ『ケロロ軍曹のペコポン(ポコペン)戦記であります。』

木曜日に見る予定のテレビ『さらば愛しき女よ』(テレビ東京)

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2006年6月20日 (火)

かかかかかかか風間俊介です。

どどどどどどもども、どもども、きき吃音者っていうかどもりが主人公なのだな。どもりの演技はややかかかか、過剰だったかもな。でででもでもいいいいいーんじゅないか。映画版では成宮寛貴がややややるのかな。

関係ないが、ブラジル戦の大方の予想が間違っているので一言。日本はかなりの確率で5-0で勝つ。もちろん、オーストラリアがあの犯罪者の子孫丸出しの反則攻撃でクロアチアに勝つ場合もありうるが、まず日本の決勝トーナメント進出は確実だろう。その理由。①ブラジルは勝つ必要がない。②ブラジルのセレソンたちはジーコを泣かせるようなことはできない。日本の野球人が長嶋を泣かせるようなことができると思うか。③日本は瀬戸際に強い。そして中田はキャプテンとして日韓大会で頭をかかえたリベンジを果たすだろう。④柳沢が反省している。⑤中村が豪州戦で受けたダメージから回復する。⑥代表メンバーの身体と心がほぐれた。⑦三度目の正直である。⑧ブラジルは決勝戦の相手にクロアチアより日本をセレクトする。点が足りない時はオウンゴールしてでも勝たせてくれるだろう。

さささ、さあ、本題に戻ります。

で、『アキハバラ@DEEP』(TBSテレビ060620AM0159~)原作・石田衣良、脚本・河原雅彦、演出・大根仁を見た。ものすごい変則オンエアだ。もちろん、I.W.G.P.の匂いプンプンだが、わざとらしいアキバでうーん、どどどどうだろうなおタクが、なんだかなあのギャングと戦うオフィスクレシェンドなドラマであるので、これは必然といってもよいだろう。

アキラ役の小坂由佳(A-team)さんが格闘ゲームのようにギャングと戦う場面はそこそこ楽しい。しかし、怒りの導火線となるレイプをしたのかしなかったのか分からぬ演出で、したなら犯人全員を証拠が残らぬように闇に葬るような主人公でないとキッドは支持しない。おまいら半端だ。そんな奴はおタクじゃねえという気持ちになりました。

ま、だからこそ、原作者はヒットメーカーなのかもしれませんけどね。脚本から考えると福永ちな(SP-1・メガネをかけているので別人だったらすみません・黒歴史にする予定の場合もすみません)が犯されたり輪姦されたりして本当にDEEPになりたくない人のために曖昧に回避した。悪戯程度なら許されると考える想像力の不毛な人間にすりよった。未遂にするより忠実であろうとしたが錯乱した。などが考えられる。ま、衣装ボロボロ、精液ドロドロじゃ、AVに対して失礼だしな。

さて、見所はなんといっても潔癖症の生田斗真ではなく、頭から煙を出してフリーズする星野源でもなく、出番のまだ来ない松嶋初音でもありません。もちろんサイボーグゼロゼロ日村であるはずがなく、そして無駄に豪華な本上まなみでもなく、・・・何といっても実写版シャーです。中身は北村一輝です。ムフフ。女の子をいじめないでいただきたい。ムフフ。ムフフ。ムフフ。シャー!

一瞬、ひろゆきのキャラが出るのだが、公認なのか。このドラマ、メジャーとマイナーのはざまで揺れているのでお目こぼしありなのかもしれんがな。電車男ビルからの花火は安CGだったので結論はマイナーなのだが、ただお安く終るのではシャー専用ザクが泣くのだよ。北村アズナブルがエスカレートしてくれるかもしれないので明日もチェックはしますけどね。

木曜日(水曜深夜)に見る予定のテレビ『青春★ENERGY・ダンドリ娘』(フジテレビ)

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2006年6月19日 (月)

石川梨華のまるで犬っころね。

また、怪しいタイトルになってしまった。あややの『スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ』に出演するチャーミー石川のセリフである。

ところでW杯予選は日本VSクロアチアが0×0、ブラジルVSオーストラリアが2×0であり、ブラジルは決勝トーナメント進出を決めた。日本にとってまずまずBESTの展開であり、あとはクロアチアにはオーストラリアに1×0で勝っていただき、日本がブラジルに大量得点差で勝つだけだ。頭が真っ白にならなくて本当に良かった。いける。いけるぞ。決勝トーナメントへ。

その裏でひっそりと咲いたリカちゃんと堂本ブラザーズバンド。なかなか、アットホームな展開だった。どうせ誰も見てねえよ的な仲間意識炸裂である。特に堂本光一の楽しいボケはゲストに優しい展開だった。石川梨華はモ娘。卒業以来、4年ぶりの登場。

で、『新堂本兄弟』(フジテレビ060618PM1115~)構成・大野ケイスケ(他)、演出・藪木健太郎(他)を見た。トークコーナーの間にゲストの後方で集中して寄り目になる深キョンが可愛いのでそれだけでも見る価値があると思う。今回は石川梨華をセンターに上手に深田恭子、下手に華原朋美のスリーショットでこんな美勇伝でもいいのにと思ったほどだ。

堂本光一は萌え系おタクの真似がフィットして、ちょっと少年隊ニッキの匂いがするとまでツッコミを入れられていた。光一素敵。素敵だよ。

アイドル系がゲストの時は男性陣が競うのが手だが、今回は光一がほぼ一人舞台。ただし、タカミーもちょっとわたるくんと呼んでもらいたがっていた。

石川梨華の堂本一問一答におけるボケ。Qアイドルにとって必要なことを三つ? A自分が好き。負けん気が強い。体力。Q自分の好きなところを一つ? A声、睫毛、眉毛、手、おしり。Q好きになる男性のタイプを三つ。A優しい人、スポーツマン、大人な人、ワガママを聞いてくれる人、背が高い人。巨人ファンじゃない人(阪神ファンだから)っていくつ答えるんだよと剛はツッコミ。巨人ファンの光一は美味しかった。

カチューシャの話から「ご主人様」展開になり光一の萌えダンスが披露され、本人が反省するほど美味しかった。好物の空揚げ、鳥嫌い、得意な料理は白玉、Y字バランス、開脚写真のサービスなどあって。映画出演のため、ヨーヨーをマスターしたチャーミーが技を披露。できない振りを発揮した光一はスケバン刑事の決め技が偶然できてしまい、かなり美味しかった。

ハロプロメンバーの中ではかなり賢いチャーミーだが、流石に一人だとアイドルの絶対条件である普通にボケであるという魅力は確実に持っていることが明らかになる。

上手い下手ではなく声の魅力をテーマに「堂本ベストヒットたかみー」はI LOVE GIRL POPを特集。定番の『夢見るシャンソン人形/フランスギャル』(1965)を石川のボーカルでセッション。これがすごくチャーミーにマッチしていた。こうしてなかなか充実していたにもかかわらず例の中継の裏番組の30分は録画してない場合、ひっそりと闇に消えていったのである。

チャーミーがカチューシャをしていたので深キョンがかぶらないようにとカチューシャをはずしたエピソードが報告されたり、高見沢が以前の収録で、浜崎あゆみとリハで青い衣装がかぶったので白に着替えたところ、あゆも白に着替えてきたというようなどうでもいい話もなんだかしみじみ聞ける裏番組なのでした。

水曜日(火曜深夜)に見る予定のテレビ『桜蘭高校ホスト部』(日本テレビ)

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2006年6月18日 (日)

MEGUMIが死ぬかと思った。

・・・あやしいブログのタイトルになってしまった。MEGUMIVS岡本麗でもよかったのたがメグミブスと深読みされたら嫌なのでやめた。MEGUMI・酒井敏也の旅の宿VS岡本麗・平田満の最後の賭けVS大倉孝二ひとりぼっちでは長すぎる。MEGUMIの横顔は左側がすっきりしてる。ではあまりにも趣味的だ。・・・ま、いいか。

岡本綾といえばロマンポルノの人であると同時につかこうへいの人でもある。つかといえば、平田満もそうだし、酒井敏也もそうである。なんか、MEGUMIも舞台をやればいいと思う。世が世ならグラドルはロマンポルノにでていたはずだ。身体を張ってナンボというところが温泉である。盗撮で問題の局だからスルーしておくが。

ナビゲーターの大倉孝二は劇団ナイロン100℃の役者さんだが、そういえば若いころのケラに似ているような気がする。ま、そういうわけでどこか懐かしい匂いのするオムニバスドラマである。

で、『バリューナイトフィーバー・死ぬかと思った』(日本テレビ060618AM0120~)脚本・福間正浩、演出・小川通仁(第一話『旅の宿』)、脚本・加藤綾子、演出・畝田光紀(第二話『最後の賭け』)を見た。死ぬかと思った・・・けど死ななかった人たちのオムニバスドラマである。『世にも奇妙な物語』というなんでもありの老舗があるために、オムニバスはテーマをしぼらざるを得ないという奇妙な二番煎じの縛り手がかかり、こういうことになるのだが、キッドも昔、『鎌倉恋愛委員会』という恋愛縛りで苦しかった。『バカヤロー』という怒り縛りもあったな。縛られた方がやりやすいと言う人もいるので、微妙なのだが、今回は密室監禁ものとちょっとしたコンゲームものでまあ、苦しいながらもよくできていたのではないか。ナビゲーションドラマでは最後の心電図ネタがここしかできないという感じでがんばったと思う。

『旅の宿』では孤立した環境におかしな人と二人きりという恐怖の定番なのだが、MEGUMIと酒井敏也では戦力に差がありすぎる気がする。もう少し、MEGUMIのかよわさをアピールしないと「だっていざとなったら男の人の力にかないません」という女性本来の恐怖感が伝わらないのではないか。MEGUMIなら酒井敏也にはいつでも勝てる気がしてしょうがなかったのだな。鉈があろうが銃があろうがである。最後、力士に羽交い締めされた時には何もそこまでしなくてもと思ったぞ。途中までMEGUMIの禁酒による禁断症状の妄想かと思ったほどだ。その場合、酒井はあのいかにもとってつけた床の間の柱にするめのように入り込んでいるわけだが。ちぇっ、ハイテクかよっ。

『最後の賭け』では『鎌田行進曲』の二人があやしい大臣とあやしいショッピングバックガールを演じきって、無理があると思えるオチまで強引に引っ張ったな。ただし、スカシの変形としての路線変更オチとしては賭けの証人→別の賭けの当事者の提示においてセリフにもう一工夫必要と考える。「あんたがシラをきらないようにする証人だ」と証人でない人の前で言ってしまったのでは、証人でない人たちがもう一つの別の賭けからおりる可能性があるからだ。ここは二人きりでセリフがあり、それから証人たちを招きいれるという段取りがかかせないと考える。別のドラマなら気にならないがコンゲームとなればそういう神経が当然だ。

死ぬかと思うことはよくある。東京上空ミサイル通過の予知夢を見てから、今回のテポドン騒動である。今日も死ぬかと思うだろうし、明日も死ぬかと思うだろう。夕暮れの東京上空、ハイジャックされた日航機が旋回し、イーグルとミグが交差し、撃墜された爆撃機が、日光街道の車列で炎上、そこへ核が搭載されたテポドンが飛来する。さすがに死ぬかと思うのであるが、たとえ核爆発が起きても生き残る奴は生き残る。予知夢では死ぬ前に目が覚めたし。

火曜日(月曜深夜)に見る予定りテレビ『アキハバラ@DEEP』(TBSテレビ)

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2006年6月17日 (土)

ケロロ軍曹のペコポン(ポコペン)戦記であります。

キッドは1993年におタクを教養人と規定したわけだが、その場合は一般人を無知蒙昧な庶民として差別している貴族主義的な傾向がなきにしもあらずである。師匠ソクラテスは「無知の知」で「俺が知らないことがあるのにお前が全部を知っているはずはない」とよく言うのだが全知全能を語るものは「シッダルタとかそう信じ込んでいるんだからしょうがない」のでゴロゴロいる。輪廻転生と宇宙円環に従えば自他同一であるのだが、仏教徒にそんなこと言っても無駄か。

「袖触リ合うも多生の縁」の正当性はさておき、解釈としては「袖が触れ合うことになったのもたくさんの輪廻転生を重ねたことで結ばれた縁があること」である。輪廻転生で因果応報的な発想である。で、まず「ふりあう」は「触り合う」でも「振り合う」でもいいことになっている。「振り合う」となるとかなり神道的になり、土着感がある。「愛する人のために無事を祈って呪術的に袖を振るのは縁だから」と恋愛の匂いもする。次に「たしょう」である。俗に「他生」と書く。と正当な人々は言うが、「多生」と「他生」は「多くの前世」と「今世以外のすべての前世」と解釈すれば「他生」の方がスケール大きい。ただし、「多生」には「今世」も含まれる可能性があり、そういうニュアンスで使うときは正しいと考えられる。しかし、無知な異教徒が「多少」を使った場合の間違いを指摘する場合、彼らは「主に今世の、あるいは輪廻を認知しない立場からの発言」をしているので「他生」を使った方がインパクトがある。だからキッド的には「袖振り合うも他生の縁」として「こうしてお互いに出会ったり(別れたり)するのも前世からの必然であってけして偶然ではないのです。だからセックス(さばさばとお別れ)しましょう」と解釈するのが教養だと考える。

そう解釈しないとギロロのカニングハム姉弟に対する「一期一会」的なおもてなしの心底は理解できないのであります。

で、『ケロロ軍曹』(テレビ東京060616PM0530~)原作・吉崎観音、脚本・笠原邦暁、演出・清水一伸を見たのであります。(以下であります省略)・・・先週、特撮シリーズネタでこれでもかと押した反動なのか、今週はガンダムネタが続々登場。電車男もアムロも星くんも歓喜の回であったな。姉がチャコちゃんのゲストだとパーフェクトだったな。神谷が神谷だけに意外と親族まとめだったりするとおしゃれすぎるのだが。ああ、もう大衆相手の文脈ではない。でも対象が対象ですから先走ることをお許しください。ケロロがいけないのだよ。

孤高を気取っても同じ趣味の人を見かけると勝手に心があったかくなったりする弱みにつけこんだパロディー三昧なのだが、原作の骨格がしっかりしているので非常に完成度の高い「おふざけ」になっている。ペコポン(原作ではポコペン=地球)を侵略しにきた宇宙人がガンプラオタクなのでうかつな手法では侵略できないという基本テーマが「敵国の異性を愛してしまう」というラブロマンスの王道のいいボケである。それがかわいいカエル系で少年少女と戦いながら友情が芽生えていくというポコペンもどきのテポドンで狙われている国民にとっては敵にはこうであってもらいたい理想のキャラになっている。圧倒的にトレビアンじゃないか。

で、全モビルスーツの中で「どの機体もそれぞれ・・・いえ、グフです。グフが一番」好きな人にとってはのっけからガンダムVSランバラルで始まり、小銭をせしめたケロロが作るガンプラがグフという展開はまさにアタリだ。アタリの回だ、ガチャポンでいきなりシークレットのような手柄立てちゃえばこっちのもんだ満州軍参謀なのだ。それにしてもケロロつくづくダメ宇宙軍人ですわぁ。前後に甲殻だのハム太郎だのをカニだけにはさみながら、チョーカワイーカニパン宇宙人とギロロ伍長のアムロ=星ゆえの特訓シーンへと展開していく。花形の殺人打球に対する一徹の奇策炸裂である。この場面でのギロロの情が「他生の縁」で説明されるべきなのかどうかはそれぞれの信仰心に問うがよい。ま、サルカニ合戦で有力な森羅万象がカニに味方したり、可愛い姉弟の仇討ちには助太刀するのが日本の伝統文化ですから。

Bパートはぶっちゃ毛のダソヌマソのシリーズ展開。サタディナイトフィーバー世代以降にはペーパーピーコでもある。ここでもファーストシリーズの終焉を飾るアムロ散華のオマージュが虚空に漂うサイコフレームも美しい。ヘルメットオチも美しい。ケロロか、何もかも美しい。キリがないのでキッド、やめまーす。

テムレイのシーンの本当の意味が分かるのはある程度愛された少年時代を送り、尊敬もし、反発もした親にちょっとした認知症の傾向を発見した時である。その哀愁。もちろん、徘徊したりする前に心不全になれと祈ったりする人をキッドは責めたりはしない。それもまた他生の縁、あるいは人は獣のようには生きれない複雑系なので。

関連するキッドのブログ『堂本光一がトールで獣王の件。』

日曜日に見る予定のテレビ『新堂本兄弟』(フジテレビ・・・ま、裏が裏だけにVTRですがね)

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2006年6月16日 (金)

堂本光一がトールで獣王の件。

ま、少女マンガ家(キッドとほぼ同世代)の描くSFが原作なので、分かると言えば分かるのだが。

前半ル・グィンで後半ティプトリーJr.です。とミもフタもない感想を述べておく。でも弱肉強食の世界と人類の種の保存をテーマにすれば誰もがこの道をたどるわけですが。アニオタたちの「あれと同じ」の大合唱がこだまするのは当然なのである。

弱肉強食と恋愛が切っても切れない縁で結ばれているのは明白なのですが、基本的にシコシコと作品を書こうとする人間が恋愛と縁遠いのはほぼ事実なので、恋愛にはどうしてもモザイクがかかります。もちろん、殺人をしなくても殺人は描けるのであり、童貞処女が性に関するものすごい体験談を書くことになーんの問題もないわけですが、おいおいと思うことはあるわけで、深夜とは言え不特定多数の見る時代、キッドも知らず知らずのうちにおいおい、おいおいとつぶやいているのです。

で、『獣王星』(フジテレビ060616AM0045~)原作・樹なつみ、シリーズ構成・吉田玲子、監督・錦織博を見た。主人公のトールの声優は少年時代の高山みなみから青年時代の堂本光一にタッチしている。小栗旬も参加しているので、いわゆる声優ボイスじゃないので浮く状態は回避できている。っていうか、現代の技術をもってすれば声なんて誰でもできるんじゃねとも思うのだが。本当の二枚目にこられた時に負けないように二枚目声優たちも努力しなければ獣王にはなれないというか、この業界も染める計画なのか、ジャニーさん。

バルカン星系である。バルカン半島、スタトレと連想してしまうが、さらに死刑惑星キマエラである。接合生命体、キマイラと連想してしまう。ついでに主人公がトールである。北欧神話・・・ああ、今日もまた「あんたも好きねえ」と言わざるをえない。で、まあ、オーディンだのワルキューレだのゲルマンの匂いがプンプンするところに「最高の白人」登場である。血統が遺伝子に変わっても目的のためには手段を選ばずの敵役よ、永遠なれだ。

一日一日を大切に生きたい。獣のように鳥のようにあるがままに生きていたい。と願う庶民にとって、理想に燃えたり、人間はこうでなくてはならぬと妄想したりする権力者は迷惑な存在だが、どちらも「滅びたくない」という点では意見が合う。キッドは滅びるのもまた一興と思うのですが、そういう風にわが子を教育できるのかと問われればちょっと戸惑う。どうなんでしょうね。少子化に杞憂する国家と毎年8000万人増加している世界人口とどちらが正しい心配かと同じくらい迷うところだ。ちなみに今65億2千万人なのであと一年とちょっとで人口が6666666666人になる日が来るのでちょっと楽しみだ。

愛するものに愛されれば世界が滅んだっていい。という恋愛至上主義と、世界が平和で平等で楽しく永遠に続くようにという願望の間に立ち、トールは仲間たちとともに作戦を開始するって、おいおい、ハルマゲドンかよ。いや、ラグナロクか。

そうこうするうちにチェルノブイリでお馴染のロシアのこわい権力者が白海で浮遊する原発の着工を発表。白海って、北極海をはさんで日本の北方じゃねえの。おいおい、物騒だネエ。大丈夫なのかい。・・・だれか、とめてやってください。がんばれ、北欧の心配性の人たち。

関連するキッドのブログ『いぬかみ!にサトシ(メガネ)が来襲!』

日曜日(土曜深夜)に見る予定のテレビ『バリューナイトフィーバー・死ぬかと思った』

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2006年6月15日 (木)

岸本加世子(昭和)VSさくら(平成)ぬりえ対決。

昭和回顧であるな。懐古趣味は愛おしい。平成20年くらいにもう一度ピークがくるかな。昭和は良かった・・・。というようなトーンで。昭和40年くらいに「戦前はよかった・・・」的なことがライク・ア・ローリング・ストーンで。

ぬりえというひどくローテクなエンターティメントで庶民史を描くというのはすごく少女的でいい。甘酸っぱい。

もちろん、あれだけ幼女を描き続けたということは「きいちのぬりえ」の作者、蔦谷喜一(1914-2005)という人はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン(ルイス・キャロル)の匂いが感じられるわけで。キッドとしては「あんたも好きねえ」と言わざるをえない。ま、いやらしい。

で、『乙女屋雑貨店』(再放送・NHK総合060615AM0030~)構成・中村結美、演出・正岡裕之を見た。永遠の少女と言える岸本加世子さんが乙女である。ラインで言うと八千草薫、倍賞千恵子に連なる人だ。そろそろ後継者が欲しいのだが、さて、誰がなりますかね。キョンキョンかフカキョンか。まあ、いくつになっても可愛いというのはある意味、恐怖ですが。

架空の雑貨屋になつかしグッズが並ぶ。しかも、少女限定。これは萌・・・素晴らしいシチュエーションだ。少女人形はキッドのテリトリーではないので、定かではないがバービーちゃんと思しきアイテム(リカちゃんではないような気が)並び、さくらがパンツの有無を確認する頃、広田レオナのナレーションがかぶる。

「思い出してみて。ぬりえのあったくらしを。お母さんは夕ご飯の仕度。私は少しそわそわする。だって卓袱台が一人占めできるのはごはんができるまでだから。早く塗って、褒めてもらいたい。でも塗り終わるのももったいない。少女の頃の幸せな記憶がぬりえには息づいている・・・」・・・マジかよっ。と一応ツッコミを入れますが、キッドの少年の頃の思い出もぬりえに無関係ではない。だって女の子と遊ぶのは楽しかったので。そしてきいちのぬりえは不気味でセクシーだったのだ。キッドは塗るのも好きだが、輪郭も好きだ。あの輪郭を真似できずに口惜しかった記憶が蘇る。

もちろん、塗装ということではぬりえで始まる「塗る歴史」はタミヤとかハセガワとかバンダイとかのプラの歴史に男の子の場合、展開していく。もちろん、一部の者がですが。スプレー使って脱脂綿でぼかしテクを使い、ドイツⅡ号戦車の砂漠戦仕様迷彩模様を仕上げるに至る原点が「きいちのぬりえ」にあるのかと思うとこんなおタクに誰がしたと恨みがましい気持ちになるくらいです。

しかし、女の子たちはあくまでさらっと「ぬりえ楽しいね」とノスタルジーにひたる。もちろん、こうした中からプロの画家、漫画家、あるいはアニメの彩色職人が生まれているであろうことも想像できるのですが。クリエーティブという意味ではアニメキャラの塗り絵よりもオリジナル色強い「きいちのぬりえ」がおしゃれなわけですよね。

そうか、顔も塗るのか。お化粧に通じていくのだなあ。女の子は本当に実利的だ。アーティストの野宮真貴(ゲスト)は赤いコートをファンタスティックに青く塗り、さくらは水玉模様で小粋なアレンジ。そして岸本さんはベタな赤で雑に。岸本さん。カワイイ。カワイイよ。

地元荒川区のスポットである『ぬりえ美術館』(館長はきいちの姪金子マサさん)には遠方からは東京メトロや、京成線で来る人もいるだろう。町屋駅から徒歩でもいけるが、最近、事故った都電で一区間だけ乗るのも一興。町屋~町屋二丁目160円である。どうしてこんなものが事故るのかと驚くこと請け合いである。都電沿線の人は全員思ったはずだ。

金曜日に見る予定のテレビ『ケロロ軍曹』(テレビ東京)

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2006年6月14日 (水)

加地千尋VS佐藤栞菜。子供たちの戦争。

ま、ここはストレートにいきたいのだが、正確なロリータコンプレックスは山下規介(義理の父親)と佐藤栞菜(妻の連れ子)の間に成立する。今さら、コンプレックスを劣等感と訳す人はいないと思うが、心理学におけるコンプレックス(複合体)は「複雑な感情的しこり」とも言うべきもの。妻の連れ子であるロリータ(義理の娘)に対する義理の父親の性的感情を含む複雑な気持ちがロリコンなのである。

現代社会においてはこの性的感情を抑圧しないと様々に困ったことになるのであり、よってロリコンは恥ずかしい気持ちであると定義せざるを得ない。しかし、本能的に言えば、若い女性に性的関心をよせるのは男性の正しい欲望であって、ま、可哀相なのである。

幼女に対する性的嗜好とロリコンはあまり関係がないということをロリコンという言葉の立場に立って主張してみた。これに対しエディプスコンプレックスのうちのファザコンは割りと好ましい感情として扱われているようだ。ほのぼのと「お父さんが好き」というイメージだ。しかし、これも「母親を殺し父親の妻になる」という本来の欲望のままにすれば相当困ったことになるのである。これを克服するために少女たちは思春期に父親を嫌悪するようになるのであるが、ま、やっぱり父親は可哀相なのであるな。

で、『新キッズ・ウォー2』(TBSテレビ060613PM0130~)脚本・畑嶺明、演出・佐藤和成を見た。元暴走族(レディース)の学校の先生が子連れ再婚する。主役は大河内奈々子さんである。新シリーズの第2シリーズで前作の小学校から中学に舞台は移り、かっての教え子は義理の娘になって、またまた教え子である。すごいスライドテクニックである。これに三林京子が兄夫婦との折り合いが悪く姑として加わり、前夫との娘が前夫の後妻との折り合いが悪く合流する。まさに臨戦態勢整っている状況だ。

血縁がないのだが、母(大河内)と義理の娘(加地千尋)の方がスリムなスタイルといい、ざけんじゃねえ性格といい、相似しているのがミソである。この脚本家は血縁的フィクションよりも社会的フィクションの親子関係を重視している傾向がある。当然、個人主義が前提の家族であるという主張が多い。

それに反するといやな性格ということになる。「血のつながっていない母親と違い、おばあちゃんは血縁だから本当に孫を愛している」という姑の主張はいやらしくいやらしく感じるように描かれるのである。わが子の悪は全部許せ、他人の悪は全部許せないなどという教え子の母親も登場し、これもルール上ダメ親として描かれる。

ま、身内贔屓は本番で実力を発揮できない選手(福西とか駒野とか)よりも外人の監督(ジーコ)の作戦を非難するというW杯の国内報道姿勢で王道なルールなんですが。しかし、それではかっこ悪いので、この血縁重視のいやらしい部分を破壊するというのがこのドラマの楽しいところなのだ。

もちろん、程度の差はある。他人の母親の身勝手な言い分にたいしては即座に啖呵を切って撃退するのだが、夫の母親に対しては「買い物を夫まかせにしてはダメ」「料理の味付けが悪い」「洗濯物のたたみ方が悪い」「子供のしつけがなっていない」とたたみかける嫁いびりに耐え、「前妻の方がマシだった」でようやく反撃する。このあたりのバランスが絶妙であるなあ。

ところが、条件整っているので、影の薄いはずの夫が意外に戦争の中心になるのである。ファザコンである加地(ムーン・ザ・チャイルド)は父親をとられまいと佐藤(サンミュージック・アーティスト・アカデミー)に敵意を燃やし、ファザコンである佐藤は恵まれた加地に敵意を燃やす。マザコンであり、ロリコンである山下はすべての欲望を抑圧しつつ血縁的にも社会的にも良き父親像を演じる。家出した義理の娘をボーイフレンドの家まで迎えに行ったりして。う~ん。いい人だ。そしてもちろん可哀相なのである。

金曜日(木曜深夜)に見る予定のテレビ『獣王星』(フジテレビ)

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2006年6月13日 (火)

うわあ、絶対絶命になってしまった。

なんということだ。こんなに面白くしてしまっていいのか。

このあと、クロアチアにも、ブラジルにも勝つということか。

それとも憲法九条を変えないと日本は敵陣にシュートを決めることができないのか。

で、『2006FIFAワールドカップ日本対オーストラリア』(NHK総合PM0950~)中継スタッフお疲れ、を見た。皆さん、生きてますか。前半26分、中村俊輔のマジックマッシュルームシュートが決まってから、長いもやもやを経て、84分ケーヒル、89分ケーヒル、90分アロウィーシと悪夢のような10分間。確実に何人かは召された気がします。

悲鳴、絶叫、阿鼻叫喚が確実に日本列島から巻き起こっていたはず。

ジーコは笑っていたのに。選手たちも元気に飛び回っていたのに。もう、最後は全員半泣きだった。キッドも半泣きだ。そりゃ泣くわな。

最初の失点、川口はあきらかに判断ミスだったが責められんね。本番に弱いメンバー集めすぎた模様。後半は全員足に来ていたし、もう、ピンチの連続。しかし、苦しいのはオーストラリアも同じだったのでは。・・・しかし。面白さではもうこれ以上ない構成である。

ここから予選突破のドラマが始まるのだからな。でも、そんなに面白くしなくてもいいんですよ。・・・と息も絶え絶えに言いたい。

明らかにパフォーマンスが上の日本が惨敗したのだ。本当に勝負事は分からないねえ。

これから五日間、長すぎるぞ。でも奇跡を信じるしかないではないか。っていうか、今、頭真っ白なんですけど。

木曜日(水曜深夜)に見るテレビ『乙女屋雑貨店』(再放送・NHK総合)

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2006年6月12日 (月)

浮浪児たちの東京で。

ドライである。乾いた哄笑が鳴り響く。これはわかりやすい狂気なのだが、もちろん、極めて少数の人間にしか響かない。小津安二郎を人情喜劇というジャンルに押し込める人々には届かないであろう小津の狂気の哄笑がかすかに聞こえる。

敗戦から2年目の戦後最初の小津の映画『長屋紳士録』を劇団乾電池が舞台化した作品。

小津の狂気と演出家・柄本明の狂気は時を越えて抱き合う。二人は忍び笑う。「お前、こんなお人よしを見たことあるか。俺は時々、自分がそうであるかもしれないと考えて、ゾッとするんだ」そして、二人はこらえきれず笑い出す。それは乾いた哄笑になる。なるしかないじゃないか。

で、『芸術劇場・劇場中継・劇団東京乾電池公演・長屋紳士録』(NHK教育060611PM1025~)原作・脚本・小津安二郎・池田忠雄、演出・柄本明(2006年4月東京・下北沢・スズナリにて再演を収録)を見た。出演は他に角替和枝(後家)、沖中千英乃(迷子)、ベンガル、綾田俊樹、山地健仁など、これに蛭子能収、藤山直美(動物園の熊)などが客演している。ま、大所帯である。

背景となる東京の長屋には現代からは想像もつかない、貧困が満ち溢れている。いや、今だって貧困な人は貧困だが、この作品世界では貧困が日常的かつ普遍的なのである。老若男女みな食うのが精一杯という時代なのだ。この食うのが精一杯というニュアンスが伝わりにくいというのも困った現代だと思う。当然、人々の心はギスギスしている。そこへ貧乏易者が浮浪児のような汚れた子供を拾ってくる。茅ヶ崎から来て九段で父親とはぐれ迷子になったという。

長屋の人々は貧乏なので子供をたらいまわしにする。ついに貧乏な後家さんが貧乏クジを引いて面倒を見ることになる。はぐれたのか、捨てられたのか。それさえさだかでない子供。後家さんは茅ヶ崎まで親を捜しに行ったり、置き去りにしようとしたり、冷たい言葉をかけたり、濡れ衣で叱ったりするのだが、やがて動物園に連れて行ったり、洋服を買ってやったり、ついには我が子として育てる決意をする。しかし・・・。

という話を軸に貧乏な人々の様々な人間模様が皮肉たっぷりに描かれていく。もう笑うしかないのである。原作のパロディーであるくすぐりのレベルではなく、蛭子さんの素を笑う残酷さではなく、藤山直美の一点豪華主義の笑いでもなく、状況そのものがお笑いなのだな。

それはオチに結実する。生さぬ仲の子供を失った失意の後家さんに易者(映画では笠智衆、舞台では山地)が告げる。「上野に行け」と。そこには空襲で親を失った子供たち。浮浪児がてんこもりだ。このオチが多くの観客にもはや不可解なのだろうなあと想像するだけでも笑うしかないではないか。

東京・上野駅の地下道には今でも独特の臭気がある。もちろん、それは飲食店の匂いなのだが、ある種の人の匂いでもある。それはどうしようもない境遇の子供たちの悲しい汗や血、そして涙の匂い。中継後の松尾スズキとの対談で柄本が語る汗へのこだわりをキッドはそのように読み解く。

関連するキッドのブログ『祖国の土を踏むまでが任務。無事を祈る』

火曜日に見る予定のテレビ『新キッズ・ウォー2』(TBSテレビ)

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2006年6月11日 (日)

キングコング(芸人)VSコアラ(動物)と前田有紀(アナ)。

うーん。W杯モードになってきた気がする。そういう時にこの番組はオーストラリアロケである。タイムリーと言えるのか。もちろん、サッカーには一切ふれない。相手はオーストラリアの動物園である。「アニマルプラネット」のいいとこ取りVTRで動物のお宝映像を見て予習。そしてキングコングと前田有紀が身体を張って動物の生態を検証するこの番組。前回の「動物図鑑Ⅱ」を見て今回も絶対に見ようと思うほど地味に面白い。

もちろん、キングコング梶原が中心に身体を張る。あくまでお勉強で動物たちの危険な部分に触れるのである。・・・なのだが、今回はキングコング西野もこれにチャレンジする。好みにもよるのだが、それもまた、そこそこ面白い。「死んだらせめて笑ってくれ」などとやや酸っぱいセリフがあるのだが、スルーすれば西野もがんばったと言えるだろう。もちろん「早くして」とせかす前田有紀アナの妙なお姉さんルックも見逃せない。

なにしろ「専門家の指導を受けて検証しています。絶対に真似しないでください」と怪しいテロップが流れ続けるのだが、アレルギーや細菌のことを考えるとこの検証はノンフィクションで命懸の様相を呈している。地味に危ういのだ。キッドはとってもハラハラする。ま、CGかもしれんけどね。

で、『ドスペ2・キングコングの動物図鑑Ⅲ・オーストラリアの動物一気に図鑑にしちゃうぞSP』構成・福田雄一(他)、ディレクター・小林一丈(他)、総合演出・渡辺剛を見た。お兄さん(西野亮廣)とお姉さん(前田アナ)、そしてカジオ2号(梶原雄太)がオーストラリアの動物園を巡る。観光シーン一切なしなのが清々しい。

コアラはアボリジニ語で水を飲まないの意。コアラは水分をユーカリの葉で。ユーカリの葉はシアン、青酸成分含有で有毒、コアラは盲腸のバクテリアで消化吸収とコアラの特徴を紹介しつつ、爪の鋭利さを強調。時速40キロで走る。交尾時間はおよそ2分。雨にぬれると耳しぼむ。袋は下向きなどととお約束の映像があってブリスベンのローンパイン・コアラサンクチュアリ(世界最大のコアラパーク)へ。

クジ引きで体験学習者を決める。西野が上半身裸で「コアラを同時に何匹抱っこできるか」(一匹ずつ5秒間隔で・コアラが驚くので大声禁止)背中と左右に抱きつかせて3匹クリア。微妙。顔にも、胸にはいけるのでは・・・と思う。

続いて、ワニ。潜水一時間、陸走時速70キロ。交尾10分などデータあって、捕食ガブリ映像満載。飲み込むのが下手などのミニ知識あってケアンズのジョンストンリバー・ワニ園へ。梶原が「ワニをおとなしくさせる方法は①首の横を押す②喉をなでる③足の裏をくすぐる④ラコステのポロシャツを着せる。のどれか」を検証。相手はそこそこ大きいクロコダイル。間違える度にがぶり。正解は喉をなでる。気持ち良さそうに口を開く。可愛い。

ここからちょっと危険な方向へ。まずミニコーナー「噛まれてみよう」のコーナー。・・・狙いがストレートだ。まず無毒の蛇カーペットパイソン。正面から腕を近づけるとカプッ。梶原腕に穴。次にアオジタトカゲ、梶原手の甲にV字のあざ。最後に小さいけれどアリゲーター。梶原の腕に無数の穴が。おいおい。動物の牙の雑菌は危ないよ。

続いて「刺されてみよう」のコーナー。西野の尻出しに対して前田アナの嫌悪が顔に出る。西野はさそりの一種ブラウンスコーピオン(弱毒)に刺される。お下劣だが、動物毒はアレルギーが危ないよ。ちなみに前田アナは動物が苦手です。前田アナが早くやろうとせかす理由①ゆっくり食事がしたいから②ゆっくり買い物がしたいから。

実力派のキングコングが身体を張って動物ネタ。満足感がある。もう一回くらい見てもいいかな。前田アナにはさらに冷たさを研いて欲しい。

月曜日に見る予定のテレビ『2006ワールドカップサッカー・ドイツ大会グループリーグF組・日本×オーストラリア』(NHK総合)

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2006年6月10日 (土)

日本国国民であることの難しさ。

国家という単位で考えると、大日本帝国はすでに滅亡している。第二次世界大戦において最後に降服し、武装解除された歴史上の国家である。世界大戦で最後に降伏したということは「世界中の敵であった」ということである。大日本帝国VS全世界という構図だ。60歳以上の日本国国民はほとんどがかってこの帝国の国民であった。そして60歳以下の国民はほとんどがその血縁である。

これが日本国のかかえる最大の問題点であろう。統合の象徴である天皇を帝国から継承し、戦勝国から占領され、賠償を求められ、帝国の占領地からは鬼畜という評価を受諾しなければならない。武力の行使を禁じられ、国民が他国に拉致されても、領土を他国に武力で占領されても、全世界から「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ」ことを道理として求められる。

敗戦国の国民として懸命の努力を重ね、世界にいかに貢献しようとも、貢献が不足していると言われる。この現状から逃れるためには次の戦争で勝者の側に組みしなければならないのだが、組みすることさえも許されないと考えるものもいる。実は冷戦という名の第三次世界大戦で日本は勝者に近い場所にいたのだが原理的には参戦していないので勝利者としては認知されなかった。現在、世界は対テロ戦争という名の第四次世界大戦に突入しているのだが、今度こそ、勝利者になろうとする国民とこのまま、敗者のままでいいとする国民とが意見を違えている。これがキッドの日本という国と国民の立場についての非常に省略された認識である。

で、『NHKスペシャル~シリーズ・変貌する日米同盟~第2回・加速する一体化』(NHK総合060609PM10~)メイン・キャスター五十嵐公利(NHK解説委員)を見た。前日の『第一回・負担は軽減されるのか~基地の町からの報告~』も見ているがスタッフのクレジットがなく、非常に不透明であると感じる。ドキュメンタリーもフィクションにすぎないので、誰のフィクションであるか明確にしないのは非常に危険であると考えるからだ。特にNHKは立場不鮮明の公共放送から明確に国営放送へと方向付けが変転する過程にあり、国家を代表して情報を通達するという立場なのか、そうではないのか、今こそ、立場を明確にすべきだとキッドは思う。

結論から言うと、観察者としては『日米同盟の強化は日本国としては不可欠の選択であるが国民になぜそうなのかを説明するのは非常に困難で説明不足になりますがご容赦ください』という日本国の広報であったという印象しか受けなかった。

もちろん、これは国民が「軍事」「国際戦略」「安全保障」というカテゴリーに対して不勉強である日本国の事情というものを前提としている。そういうカテゴリーに対して義務教育できない、あるいは教育するには支障があるという問題はすべてにおいて世界を敵に回して戦った我が国の前世に根本があるのだが、その指摘さえもが安易にはできないのである。もちろん、この問題が複雑系に属することは言うまでもない。

マイケル・グリーン(米戦略国際問題研究所日本部長)は「今後も戦勝国で一番戦力のある米国と同盟関係を結ぶためには日本はいよいよ敗戦国からの脱出の次のステップである集団的自衛権の行使を肯定する法整備を行うべきだ」と主張。鈴木祐司(国際政治学者・政治と軍事は分離論者)は「そうなると戦勝国の他の国々がいろいろと不安を感じるので簡単にはできない」と論じ、森本敏(国際政治学者・政治と軍事は一体論者)は「基地をキチッと考えなければいけない」とおやじギャグをとばし、額賀福志郎(防衛庁長官)は「国際的には日米同盟が脅威とならないことを理解してもらい、国内的にはコストがそれほど大きな負担にならないことを理解してもらえるように説明を続けたい」と非常に基本的なことを言いにくそうに言うのであった。

マイケル以外、つまり日本の国民たちの主張は非常に不明確で、それがこの国に生を受けたものの難しさなのである。キッドは無責任に言う。「平和のための基地である。地域住民は耐え忍べ、いやなら引っ越せ」「平和のための支出である。納税者は耐え忍べ、いやなら反逆せよ」「平和のための世界戦略である。少なくともアメリカは第一撃のニューヨーク以後、テロを国外に押し返している、同盟国でテロを受けた国家にまだ日本が含まれていないのは幸運と思うしかない」「自衛隊の皆さん、お仕事ご苦労様です。無事に帰還することを願ってやみません。もしも不慮の出来事があった場合、靖国に祭られずともキッドは御霊を英霊として個人的に崇拝したいと考えます」と。

関連するキッドのブログ『子供を生んだら帰してくれるって云ったのに。(片瀬那奈)』

日曜日に見る予定のテレビ『芸術劇場・劇団東京乾電池・長屋紳士録』(NHK教育)

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2006年6月 9日 (金)

うたばんだけど2曲それは奥様ばんだから。

歌は世につれ、世は歌につれという名文句があるが、歌の売り上げが微妙なので歌のパッケージショーでは視聴率が取れず、音楽番組から歌が減少中である。そういう意味で老舗『ミュージックステーション』は偉大だ。歌不況の時代もスタンスを変えず、ずーっとやっている。

今回は奥様歌手をテーマにトータライザー式インタビュー、手作りお弁当コンテスト、なつかしのVTR、すご腕ママの特技を当てろクイズとネタ中心の展開の歌番組である。

奥様たちは全員元(失礼)アイドルである。生年で見るとトシちゃんの妹・松本伊代(1965)、初代スケバン刑事・斉藤由貴(66)、元祖帰国子女アイドル早見優(66)、ドジでのろまなカメ堀ちえみ(67)ついでに横浜銀蝿の弟分・嶋大輔(64)である。80年代前半のアイドルたちであり、20年の時の流れを越えてやってきたのだ。

で、『うたばん』(TBSテレビ060608PM0754~)構成・秋元康(他)、リサーチ・川上共子(他)、ディレクター・大木真太郎(他)、チーフ・ディレクター・中鉢功を見た。スタジオ曲はキューティー★マミー(松本、早見、堀のユニット)『ミッキーマウス・マーチ(ファミリー・パラパラ・ヴァージョン)』(石橋貴明と中居正広の堀おくれたツッコミあり)と、やな家(斉藤と及川光博のユニット)『家庭内デート』(竹下景子らやな家族とお茶の間セット組み立て背景付)でした。

キューティー★マミーは「うたばんスター誕生」という番組ネタで誕生したユニット。花の82年組のうちの三人である。松本は2男の母、早見は2女の母、堀は4男1女の母である。トークショーの前半は嶋を巻き込んでアイドル時代の今だから話せるトーク。早見はスキャンダル写真の再撮影という「やらせ」の話であり、スタジオにピンとこない空気が漂う。これは醜聞の浄化として説明されるが、話題性を維持するための完全なやらせの匂いもあり、ツッコミどころを見失ったためだと思われる。早見さんは当時からハワイ育ちでおおらかなところがあり、微妙にニュアンスが周囲とずれるのだが、健在でしたね。後半はお弁当作りコンテストになるのだが、自作エッセイを読んでいない伝説の伊代ちゃんはいきなりリタイヤモードに。健在でしたね。一番年下なのに最初に結婚引退したちえみは今や大家族の母、大阪帰りのスケジュールの都合でゲームを放棄して途中退場。健在です。

やな家の斉藤はミッチーと登場。太眉毛時代のなつかしVTR披露とともに歌を「売っちゃう」宣言。吾輩は主婦であるモードである。敬虔なモルモン教徒にもかかわらず、尾崎豊との不倫伝説のある彼女だが、『悲しみよこんにちは』が名曲すぎるので不問。ちなみにモルモン教は自慰行為を禁じているのでおタクにとっては嫌な宗教だと思いますね。彼女も1男2女の母である。後半はクイズすご腕奥様になる。中居くんが「すごうで」を「すごわん」と読むボケがあって「さかさうた奥様」「なんでも皿回し奥様」「犬の鼻をテイストして犬種を当てる奥様」が登場。パンチのくだりはセクハラぎりぎり。このスタッフは時々変態性を露呈してしまうが、ほどほどにしてもらいたい。

面白いのだが、もうちょっとだけうたばんで歌も聞きたいな。CDTVとあんまり棲み分けないでね。

日曜日(土曜深夜)に見るテレビ『ドスペ2・動物図鑑Ⅲ』(テレビ朝日)

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2006年6月 8日 (木)

観月ありさのハートに火をつけて。

孤独という言葉は二つの漢字で出来ている。孤とは幼くして親がないこと。孤児である。独とは年老いて子供がないこと。独居である。かなり寂しいのである。本能というフィクションにおいてはかなりこわいことだ。独身貴族などという今を生きる気楽さで開き直る言葉もあるが、独立して生きていける強さに恵まれていないと成立しない。群れを軽蔑することはたやすいが、群れることができないのは考えものだ。熱き血潮に触れもせずだ。

孤独という言葉と縁の深い作品がある。ハートウォーミングストーリー。心暖まる物語。その定番が「ダメになりそうな人々が助け合って再生する」というスタイルである。孤独が心を冷却するとき、心をあたためるものが欲しくなるのはないものねだりの人間にとって必然だ。そういうジャンルの中で、この作品は非常に高いクオリティーを保持していると考える。

前世紀末のこのジャンルの代表作は『バグダッドカフェ』(1987)になると思うが、再生にはリーダーシップが必要になる。今回、つぶれそうな旅館の女将がリーダー。リーダーには謎が必要となる。彼女はなぜやる気になったのか。この物語がロマンチックなのは動機が・・・ハートに火をつけられた。火をつけた相手はもう手の届かないところにいる。でも煙が目にしみるので・・・という不純さに満ち溢れているところだろう。

で、『私を旅館に連れてって』(2001春ドラマの再放送・フジテレビ060607PM0207~)企画・石原隆、脚本・太田愛、音楽・本間勇雄、演出・村上正典を見た。『大脱走』『淋しいのはお前だけじゃない』『高原へいらっしゃい』に影響を受けた企画者はチームワーク、純愛、再生という三つの要素を融合して結実させている。脚本家はウルトラマンシリーズで怪獣をなるべく殺さない話を作る人。スカシだが反逆児なので許される。このシリーズにはもう一人脚本家がいて女優出身の相沢友子である。その心情は主人公たちに生き生きと反映されているようだ。

観月ありさはキャンペーンガールのミニも似合い、女将の和装も似合い、最高に魅力的な勉強は出来ないけれど頭が悪いわけじゃないタイプを演じている。これに勉強もでき、頭もいいけれど人の心がわからない浅野ゆう子、勉強もできないしちょっと頭も悪い矢田亜希子、勉強も頭もそこそこの馬渕英里可、まだまだ子供の黒川芽以、疲れたベテランの円城寺あやなどが集い、それぞれがよどみなくいいキャラである。素晴らしいキャスティングだ。

エピソードがお約束ながらスピーディーに展開する。オンエア当時、あっと言う間につづくになってしまう印象があったのだが、再放送を見ても同じだったので驚いた。話がよく出来ているのだ。旅行雑誌の覆面取材、認知症の夫婦客、突然の断水、特別仕入れの伊勢海老などが複雑にからみあい、最後はいろいろあったけど結果オーライとなる。

脱線しそうになるメンバーを影で支えるのは風間杜夫の花板さん。これがまたいい味出している。弟子の馬渕と金子賢で独立してひとつの物語が出来そうなほどキャラが立っているのである。他にも亀が友達の運転手とか、腰の悪い湯番とか、使い込みしそうな番頭とか、ライバルの腹黒ホテル経営者とか、温泉街のスナックのママとか、もうわかりやすいキャラが満載。しかもバズレなし。

この手のジャンルの傑作だと思うのだが、あまり絶賛されていないようなのでキッドはちょっと孤独を感じる。この後も再生に向け、旅館『花壱』の皆さんの奮闘は続く。何もかも上手くいきそうなムードののところへ雷鳴が鳴り響くと本当にハラハラドキドキします。福原裕美子の主題歌『What would I do』もかくれた名曲だし、サウンドトラックもいい。うーん。ちょっと理想郷すぎたのかしらね。

金曜日に見る予定のテレビ『NHKスペシャル・変貌する日米同盟・第2回・加速する一体化』(NHK総合)

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2006年6月 7日 (水)

ドラえもんの店とのび太の街。

エンターティメントの基本は現実逃避である。キッド流に言うならば現実というフィクションからその他のフィクションへ意識を切り替えることだ。この切り替えがうまくいかないとあらゆる意味で危機に陥る。あぶないのである。しかし、それにもレベルはある。同じ耽溺でも小説や映画のそれと覚醒剤のそれは安全性に差異があるはずだ。・・・と思う。いや、そうであればいいと思う。できれば、そう願いたい。

さて、昨日は皇紀2666年、西暦2006年6月6日だったわけだが、この日のイベントとしてこの作品が放置されたことは間違いないだろう。小説をかなりダイジェストした映画のさらにダイジェスト版である。悪魔の所業も悪魔に魅入られる人々の仕業も禍々しくカットされており悪魔サイドから見るとしょぼーんと肩を落とす出来であるがないよりましだ。

悪魔は現実逃避のためのお宝をリーズナブルに人々に提供し、人々はつかのまの快楽や自己憐憫にひたり、そして地獄へまっしぐら。というお話。もちろん、ホラーだが、ここでこわいのはそんな悪魔の常套手段への警告とこんなお店があったらいいのになあという憧憬の強弱の問題である。キッドはあきらかに「お店」が勝っていると思うのだな。もちろん、クリスチャンではない人々には当然の感覚である。今、日本は夏祭りのシーズンであるが、それらが祭る神々は敬虔なクリスチャンにとって悪魔の眷属に他ならないのだから。

で、『ニードフル・シングス』(1993年度アメリカ映画・テレビ東京060606PM0130~)原作・スティーブン・キング、監督・フレーザー・C・ヘストン(チャールトンの息子)、脚本・W・D・リクター、翻訳・桜井裕子を見た。制作総指揮は『ブリット』のピーター・イェーツである。北欧映画、ベルイマン研究家にはおなじみマックス・フォン・シドーが悪魔リーランド・ゴーントをしみじみ演じている。ついでにアラン保安官はエド・ハリス(薄毛)で恋人ポリーはボニー・ベデリア(ダイ・ハードの薄毛刑事の妻)である。

舞台はおなじみのキャッスルロック。映画『スタンド・バイ・ミー』の舞台になったあの町である。原作ではいじめっ子エース・メリルが不良少年のなれの果てとして再登場するのだが、映画では省略されている。もちろん、省略は多岐にわたるので、原作に特定の思い入れのある人は痛い目を見るのである。それはガンダムのゲームにガンペリーが登場しないので感じるような些細なことだが。

エースが登場しないので、エースの夢の車も登場しない。・・・というように登場人物とお宝というペアが丸ごと、なかったことにされてしまうのは、まさに悪魔の仕業である。お宝では『エルヴィスの肖像画』が、おそらく版権やそっくりさんのギャラの問題(想像)で消失している。ああ、見たかったなあ。エルヴィスとファンのおばさんたちの夢の世界。キッドの想像では●●●●●さんのような人がエルヴィスとのラブに溺れていく生々しい世界が展開していたのだが。

二つの宗派が近親憎悪に追い込まれる悪魔にとっては至福の展開も経過が省略されている。「きつねのシッポ」も「例の女優兼モデルのヌード写真」も見せてもらえない。こういう点は小説というものの利点を再認識できるポイントだ。・・・しかし、日本製の競馬シミュレーションゲーム「ウイニングチケット」は再現されている。これはほぼキッドの想像した通りの品物であり、これを視認できただけでこの映画は合格なのであった。欲しい。欲しいぞ。ゴーントさん。近所で開店お待ちしています。

もちろん、『ドラえもん』と本作品はまったく関連していないが、もしもあの人がベレー帽をかぶったゴーントさんなら、ニート増加について新たな解釈が可能になるのである。もっとも我が国では街を崩壊させたりせずにみんな引きこもるわけなのだが。

木曜日に見る予定のテレビ『うたばん』(TBSテレビ)

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2006年6月 6日 (火)

中島美嘉ビルマニシキヘビに巻かれて。

獣の数字の日がやってきた。獣といえば蛇である。だから爬虫類OKですの美しい人が蛇とたわむれるのは誠にカレンダーなことだ。これで彼女には神保美喜キャラも加わったのだが、ほどほどにしないといけない。蛇を嫌悪する客層と蛇を神格化する客層は多い。ビジネス的には損と言える。巻きつけはOKだが、キスはやめておいた方が無難だ。なにしろ、元が神々しいヘビキャラなんですから。

若槻千夏は正直しんどいで矢口真里ファンをやっていたが、今回、中島美嘉ファンをやっている。なかなかお上手。「趣味が一緒」というフリに「でもヘビだけはダメ」というオチがあったのだが、それをひろってもらえる隙がなくて残念。拾うとしたら浜ちゃんなのだが、まあ、拾うとくどかったもな。もちろん、浜ちゃんがプッシュすることで形の上では完結しているのだが、まあ、ヘビが主役だったということで・・・。

木村カエラはあだ名をもらうには中途半端だった。なにしろ、ユダヤ名でカエラ(至上の愛)ちゃんというミドルネームである。連想ゲームとしてはヘビの後のカエルなのだが、「両生類」ではあんまりだろうし、ケツ毛ボーボーがあんまりじゃないとはいえないが。ドラムロールつけて得意のスカシで松ちゃん逃走。東京場末育ちの日英ハーフが関西人にもんじゃを勧めるというシンキングタイムがちょっと無謀だったな。

川島あいは堀越学園なので神保美喜の後輩である。彼女にあだ名をつければ話は丸くおさまると思うが、もちろん、やらなくて正解に決まっていますが。とにかくなぜかヘビとカエルの回だったとキッドは思うよ。

で、『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』(フジテレビ060605PM9~)監修・佐々木勝俊、構成・倉本美津留(他)、演出・萬匠祐基(他)を見た。中島の会いたいゲストとしてムツゴロウこと畑正憲さんが登場する。御笑芸人ブームのためにトークショーの色合いを濃くしてしまった番組だが、今回は歌姫をそろえて三曲。ちょっと音楽番組っぽかった。ニューオリンズ復興支援ソングにも拍手を贈りたい。

12年目の番組なので過去に財産はあり、それを使うのは常道。今回はカブリモノ好きの中島をリピート。中島のジャジーなボケを愛する人にはうれしい展開。『傷だらけのラブソング』のヒロイン、『天体観測』の主題歌とフジテレビには縁があるのだろう。ムツゴロウベスト5「スミレコンゴウインコ」「リカオン」「メスライオン」「アナコンダ」「巨大ナメクジ」も軽くSMの匂いがするナイスチョイス。彼女は映画『偶然にも最悪な少年』『NANA』などキャラそのままで魅力ある登場人物となってしまうというのはすごいことだ。一言で言うと「すっとぼけている」ということだ。まあ、女神なので当然なのだが。

スタジオに大蛇が登場したことでスラプスティックが展開するのだが、アルビノのヘビは蛇姫様のけむるような瞳とマッチして美しかったなあ。浜ちゃんはそういう点をちゃんと言葉にするところが流石なのである。ともかく、蝶や蜘蛛そして蛇を愛する中島美嘉さんにはいつまでも神秘的で霊歌や鎮魂曲の似合うアーティストでいてもらいたいと思う。

1 ALL HANDS TOGETHER  中島美嘉  2 Magic Music 木村カエラ 3 見えない翼 川嶋あい・・・ま、ソニーミュージックの三連打なんですけど。

松ちゃんの即興あだ名付けリピートは「油売り」「人食い花」「去年のトウモロコシ」「ウィルス」「織田裕二」・・・絶妙です。木村カエラはハナから悪臭エピソード披露の後だったので・・・ま、ケツ毛ボーボーでいいか。

水曜日に見る予定のテレビ『私を旅館に連れてって』(再放送・フジテレビ)

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2006年6月 5日 (月)

トリック新作スペシャル再放送で7年目。

劇場版2のための宣伝番組である。トリック(2000)は平均7.9%、トリック2(2002)が平均10.6%、劇場版をはさんで、トリック(2003)が平均15.6%、そして新作スペシャル(2005)が24.7%と苦闘の果ての栄光。本作品が半年でゴールデンで再放送という快挙を成し遂げたシリーズ。ソフトは積み重ねられ、カルト的な人気を持ち、主演女優は視聴率の女王に、演出家は専門学校卒業生のカリスマになっている。トレビアンである。

切り口多すぎて、おタク泣かせだ。『金田一少年の事件簿』『ケイゾク』と続く演出家のトリックへのこだわりの結実としてタイトルを語るだけでも相当に語数を要するだろう。阿部寛さんの超二枚目なのに演技派の秘密を探るだけでも一生を費やしそうだ。言葉があふれるのである。どうしよう。こんなことなら今日は『代表チームサッカー日本VSマルタ』にしておけばよかったと思うほどだ。

とにかく、魅力的なドラマであり、また世間の一部には理解されないだろう「おふざけ」に徹したソフトであり、それがメジャーとなった稀有な作品である。キッドはとにかく作品全体がかもしだす「コツコツとやっている」という姿勢が好きだ。そして登場人物がもはや夢に出てくるほどなのだ。映画宣伝再放送しすぎだ。

で、『日曜洋画劇場特別企画・TRICKスペシャル』(テレビ朝日060604PM9~)脚本・林誠人、演出・堤幸彦を見た。最後に犯行の真相を語るのは名取裕子である。ネタバレとかそういう問題ではなく、ドラマの中で本人が語るのだから間違いない。つまり語る前に「語るわよ」と語るのである。こういうことが許される世界であり、アニメで声優経験のある仲間由紀恵がウヌャニュペェィギュゥリュ星人の声を真剣に演じるような空間なのだ。

お約束の山田里美(野際陽子)の書道塾での子供たちのお習字は「カルヴォナーラ」「安定収入」「通風」「間開けすぎ」「ハイリスクハイリターン」「祥子が犯人」「国家公務員一種試験突破」「劇場版2よろしくねっ」「23時超えるよ」である。だから、ネタバレとかそういう問題ではない。・・・と思う。ここで「テロップが出るよ」とか「Aママ逮捕」とかがあると怖いのだが、「この世に超能力者などいない」という番組テーマに反するので言及を控える。

インチキなバラエティーショーのインチキな司会者や出演者、そしてインチキな占い師が「うらないでおもてなし」する番組内番組でスタートすると主演女優は去年の三社祭りの頃の浅草の花やしきでまじめに奇術を演じてクビになる。とぼとぼと家路につくと相棒から電話がある。そして貧乳と巨根という素人探偵コンビの中でも屈指の恥ずかしい二人は事件に突入していく。その間もなすびだの亀だの御札だの山海塾だの小ネタ満載である。

小ネタでいえば、トリックの舞台となる雑貨商『古池屋』では「赤ブラジャーと白ウサギ」がつるされているが、赤ブラジャーは「忘れ物」であり、白ウサギは「昨日GET!」なのであってドラマの展開とは何の関係もない。また裏にするとカンナになるオロシガネも売られておりその効用は鰹節もおろせ・・・・限がないのでやめておきます。西村雅彦と阿部ちゃんが肉弾対決するシーンはスカシになっているがこれはあえてふざけたスカシ。ただのお遊びかと思っていると重要な証拠を消滅させるくだりになっていたりして油断できないのだな。

エンターティメントなのである。くすぐるのである。そしてついに敵ボスに名取裕子さんも登場。もうトリックの敵役は一つのステータスだろう。個性派俳優の事典といえるほど歴代様々な被害者と加害者がいた。かぶっていないのが不思議なくらいだ。いや、かぶっているのかも。とにかく、事件が解決し、上田先生と次郎号が河原を散歩し、山田が生活のために彼を探し始める頃、視聴者はちょっぴり寂しくなっている。卒業式、漫画の最終回、旅行の終わりのあの寂しさ。情が移っている。センチメンタルなのである。スタッフのしてやったり状態なのだ。『月光』(鬼束ちひろ)でなく『ラッキー・マリア』(Joelle)でもキッドは許せるのである。

火曜日に見る予定のテレビ『ニードフル・シングス』(テレビ東京)

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2006年6月 4日 (日)

桜井幸子さんは何を食べたのか。

2003年、15.8% 。04年、13.3%。05年、19.9%。このシリーズのこれまでの視聴率である。有名になったたとえ話を基に泣かせるドキュメンタリーを作るという狙いは3回目に結実しているわけだが、今回はどうであろうか。

もちろん、偽善であるとか、やらせであるとかの批判があることはスタッフも承知であろう。かといってもう少しで大台のシリーズを打ち切る理由はないし、お仕事だからやるのは当然だ。なにしろ、テレビとは基本的に偽善であるし、すべてがやらせであるのだから。その上で世界の現状に対するヒントを分かりやすく楽しめる情報としてオンエアすることは無意味とは言えない。

松岡昌宏(TOKIO)くんをMCにすえている。MCぶりが上達しているとは言えないが、素直でまじめな性格がこの番組にマッチしていると思う。この素直な視点で見れば、頭の悪い人々の偽善だの、やらせだのといった短絡的な批評は無意味だろう。現実にこういう状況があることは想像できるし、多くの人々がそれを意識していないこと、この番組がそれを意識させることは明らかだからだ。次期総理大臣の呼び声も高い安倍晋三内閣官房長官が同席したことも無意味とは言えないし、ユニセフの人々が募金を有効に使っているかどうかを考える一助にもなると思う。

で、『土曜プレミアム・世界がもし100人の村だったら4』(フジテレビ060603PM9~)スタジオ構成・須平敦宣、スタジオ演出・千葉隆也、企画・中村百合子、構成・演出・池田睦也を見た。(引用の数値が手元の資料と違うので番組はなんらかの統計的資料を採用していると思われる。できれば出典を明らかにしてほしい。以後、手元の資料の数値を基に記述する)

50人が栄養失調に苦しんでいる・・・ウクライナのエイズキャリアのストリートチルドレン、スラワくん(9)、1人が大学教育を受けることができる・・・ガーナの小学校に行けず労働するアペティー(11)くんとコフィー(6)の兄弟、銀行に預金、財布に現金、家に貯金があるのは8人・・・8歳で捨て子になり、13歳で長男を出産、15歳で次男を出産し、屋外で就寝するアルゼンチンの少女ナディア。が今回紹介される世界の子供たちである。

スラワくんがなぜエイズキャリアになったかは明かされない。着ている服や顔が路上生活者にしては汚れていないのは不自然だが、北朝鮮の子供ほどリアリティーがないのはおちぶれたとはいえ、元、北方領土を返却しないソ連の一部、どんなクレームがつくかわからないので配慮したのではないか。カットを変えたのがやや不自然だったが、桜井幸子さんがスラワのくれた分けのわからないものを食べた演出をしたのは素晴らしかったと思う。女優には最低でもあの程度の見せ場は作らなければいけない。あのシーンがなければ彼女のお茶の間に与える偽善度が許容量を越えるのは明白である。もう少し仕込みを徹底し、分け与え方を考えるとさらによかったと考える。そうすれば彼女の涙は理屈を越えてさらに感動的になったはずだ。

おじさんの家で働く二人の子供に対して、おじさんが非道のように描くのはやりすぎ、親戚の子供を養っているおじさんはどちらかといえば善人だろう。「チョコレートを知らない」ことはドラマチックにするには途中では伏せておいた方が最後のインパクトがあると思うが、連呼して情報の浸透を図る方法論もあり、もしキッドがスタッフなら最後まで議論をしてしまいそう。演出・構成を一本化しているのはある意味、正解なのだろう。

アルゼンチンに雨はふらないのかよ。とショートサーキットでツッコミを入れたくなるシーンがあるが、あえて床のスペースを見せているのはフォローなのかもしれない。公園で15歳の儀式はちょっといい絵になりすぎて、「あざとくね?」が50%を越えそうな予感。しかし、ナディアの悲惨がエスカレートしているし、唯一、彼女が自己憐憫するシーンなのでスルーなのだろう。そういう意味で演出意図が一番伝わった気がする。

絶望は愚か者の結論だし、自己憐憫への逃避は不健康だ。世界の現実を目にして何をするかはお茶の間の自由裁量ということですね。子供たちに不幸を見つけ出すのはたやすいが、彼らが幸福ではないと断定もできない。なにしろ、世界は100人の村ではないのだから。あくまでたとえですから。

月曜日に見る予定のテレビ『HEY! HEY! HEY!』(フジテレビ)

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2006年6月 3日 (土)

湖畔殺人事件?薬師丸ひろ子VS眞野裕子。

冬ドラマナンバーワンと思える『白夜行』と同じ直木賞作家の原作小説があり、映画研究会出身の映画監督の作品なので、いい意味で疑問の残る作品になっている。たとえば眞野裕子の美乳がオンエアされて、柄本明の顔面粉砕シーンがオンエアされないなどテレビの事情があるにせよ、最後まで事実関係がはっきりしない現場にキッドの興味を引き付けてくれた手腕はすごい。

ちょっと前にオンエアが予定されていたのだが、もう少し大衆的な作品の宣伝のために繰り下げられており、そのあたりの哀愁も漂う。好むと好まざるとに関わらず、競争社会でみんな必死なのだな。以下、ネタバレは必至なので、「見る前は白紙で派」の人は注意していただきたい。

まず、タイトルに反し、殺人事件があったのかどうか、最後まで明かされない。死体はあるが、事故死であった可能性を除外していないからだ。当然、犯人も解明しない。出演者以外が犯人の可能性もあり、そういう意味で映画に関する限り王道のミステリーではない。また、誤解している人もいるかもしれないが、隠された死体が表面化するのかしないのかも判然としていない。浮上する描写はないし、あくまでライターの持ち主である役所の主観的なイメージと考えることもできる。つまりすべては謎につつまれて終っているわけで「作品内展開完結主義者」には痛い作品となるだろう。犯罪者たちのハッピーエンドともとれる内容なので「エンターティメントにおいて裁かれない犯罪は針一本許せない人々」にも認められないだろう。ただし、そういう人々は概ねバカなのでそのことに気がつかないかもしれない。

で、『レイクサイドマーダーケース』(2004劇場公開作品フジテレビ060602PM9~)原作・東野圭吾、脚本・深沢正樹(他)、監督・青山真治を見た。お受験を控える親たちが無関係とは言えない人の死体を発見してしまい、関り合いになるのを恐れて団結して死体を隠そうとする物語である。

なぜ、死体を隠そうとするのか。動機が変転する。「親の一人の愛人の死体なのでお受験に差し障る」という理由から、「子供たちが犯人である可能性を視野に入れた肉親の盲目的愛情」という理由に変わるのである。このステップアップに注目すればただ一人、子供と血縁関係をもたない義理の親であり、死体の愛人でもあり、お受験に批判的でもある役所が隠蔽チームの中に溶け込むまでの成長物語であると読める。彼が小児性愛者である可能性まで考えると・・・危険なのでやめておく。

『野生の証明』でデビューした薬師丸ひろ子は超能力者というよりサイキックな役が得意でこれは「サイキックとクレイジーが紙一重」だからなのだが、・・・『木更津キャッツアイ』の壊れた教師役が嵌るのも肯けるだろう。今回は明らかに超能力者なのだが、「紫の夕焼けのように瞳に灯る炎」のシーンはグレイトであった。脱がないで若い子と張り合うのは大変なのだが魅力的でしたよ。できれば眞野裕子さんくらいの年齢で銀幕上のボカシのない、リアルなヌードも見たかったですが、それは儚い望みというものでしたね。とにかく、勝負にならなかったわけですが、眞野さんも頑張りました。

欲望に忠実な偽善者という中学生のようなダメ大人役をさすがに役所さんは無難にこなし、そこはかとなく、そういうダメさゆえに二人の未来予知能力者が彼を愛してしまうのだろうと暗示しております。流石です。もちろん、ほっぺの白い豊川悦司も、鼻の頭が赤くない柄本明もいい味出してます。だから本作品のゆるやかな流れが持つわけですが。

ライター、キー、写真、怪しい人影、携帯電話、浴室からもれる湯気、髪を拭く少女、割れた花瓶とミステリー要素をちりばめながら、まったくミステリー映画ではないというのも、ある意味芸術的でしたね。怒る人もいるかもしれないがキッドは怒らない。こういう想像力を刺激する映画は魅力的だと思う。

日曜日に見る予定のテレビ日曜洋画劇場特別企画『TRICKスペシャル(洋画じゃないし・・・しかも再放送って)』(テレビ朝日・・・ついでにジブリ作品をなんどめだ攻撃したくせに・・・でも見るね)

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2006年6月 2日 (金)

宇梶剛士と辻希美がアンコを吸うのだ。

トークショーである。もう13年も続いている。スタートの時、生まれた子供が中学生だ。途中、クイズスタイルになったりもしているが現在はオーソドックスなトークショーになっている。

ゲストのテリー伊藤がかって演出していた『やすきよのスター爆笑Q&A』(1982~1992)とテイストが似ているので、これはテレビ番組の定番スタイルと言って良いだろう。「スターのプライベート」をテーマに「楽しいおしゃべり」をする。『踊る!さんま御殿!!』も同ジャンルだ。「好奇心」という欲望に答えるのである。

トークのきっかけとしていくつかのコーナーが設置されている。「数値で見る芸能界」「視聴者は見た!」「スターのぞき見ランキング」などであるが、基本は「どんな話?」「こんな話」の繰り返し。話し手の話術や話題の豊富さが問われる部分だが、どんな話でもそれなりに面白くなるように誘導するのがダウンタウンの腕の見せ所となる。こういうショーでは事前取材の段階でネタを決めるのが普通だが、プライベートの話題を聞き出したり、ちょっと装飾したりするスタッフの実力も大切な要素である。

お笑いがベースの場合、優位の笑いを誘う「失敗談」が核になる。これに恋愛要素や家族がらみなど、よりプライベート色が強くなるほどおいしいネタということになるのだ。下ネタや非日常性の強いあぶない話も喜ばれるが刺激の強弱には加減が必要となる。こうして集まった話をより楽しくなるように並べていく。基本は面白いネタを先にするである。今回はキッドとしては初登場の人選が良いことから最後まで面白い回だったと思う。

で、『ダウンタウンDX』(日本テレビ060601PM10~)構成・倉本美津留(他)、ディレクター・並木慶(他)、演出・西田二郎を見た。初出演ゲストは眞鍋かをり、辻希美、浅草キッド(DTと初対面)など、他に宇梶剛士、テリー伊藤、勝俣州和、長州小力、佐藤めぐみ、綿引勝彦、青田典子である。

辻希美はモーニング娘時代に後藤真希が主演したドラマ『伊豆の踊り子』で踊り子一座の少女を演じていたがここで人間離れした可愛さを発揮していた。その後、『ハロー!モーニング』のゲームコーナーで負けて賞品の焼きそばが食べられなかったので本番中に泣くという食いしん坊キャラ、そして『めちゃイケ』の期末テストでバカ女(じょ)となり、泣きながら笑うという、まさに天使なキャラを獲得した逸材。今回は業務用餡子1kgを持参。本番中もやはり甘いもの好きな宇梶さんと袋から直接吸うという方法で食べ続ける。これはすごいボケだ。対抗して天使好きなDT松本のツッコミという名のボケが冴え渡るのだ。特大モンブランの大きさをボディランゲージで伝えようとして伝えられない辻のもどかしさに「もっと勉強したらよかったのにね」で始まり、辻が甘いもの好きだけど骨太と主張すれば「だから勉強もしないとね」接骨医にすごく神経が太いと言われたに応じて「人間、勉強するのも大切なんだ」と義務教育中からアイドル・・・の哀愁を引き立たせるのだが、ボケはボケとしてライバル意識があるものなのだなあとも感じられる。あー、面白かった。

もちろん、青田典子の別れのキスで顎がはずれる話、テリー伊藤のオリバーくん秘話、眞鍋かをりのつっ走る青春の話、綿引さんの失禁話なども面白いのだが、天使のようなボケの辻ちゃんと天使を見たと言い募るボケの松本くんのからみあいはほとんど天上界の出来ばえだったと思う。

のの(辻の愛称)はちょっとほっぺに吹き出物の気配が・・・だから甘いものは控えなさい・・・とはキッドは思わない。今を生きるアイドルとして天使の通る道をスキップしていけばいいじゃん。彼女がいるだけでこの世は天国じゃん。ついでに今回は浜ちゃん控え目だったよな。

土曜日に見る予定のテレビ『世界がもし百人の村だったら4』(フジテレビ)

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2006年6月 1日 (木)

いくつになっても子供でいてぇよな堂本剛。

キッドは別に子供でいたいと思わないがいくつになっても大人になれません。たとえば背丈なんか。キッドの身長172センチはもはや中人ともいえない。みんな大きくなりすぎ。

今でなくても、ジャイアント馬場さんと立ち話した時は見上げるしかなく、コビトになった気分でしたし、大関高見山とお食事した時は食べられてしまうかと思いました。ああいう大人になりたいものだ。なれねえよ。

今回はグルメツアーですが、半日収録であんなに食べてるのに堂本剛くんはよく太らないものだと思います。ゲストの友近さんは後半は少しふっくらした気がしました。歩道側に剛くん、車道側に友近さんというシーンがありましたが、ああいうところはまたまだチビッコですねえ。ま、男女雇用機会均等法の世の中にはキッドがただ古風なだけかもしれませんが。

で、『堂本剛の正直しんどい』(テレビ朝日060601AM0015~)企画・堂本剛、お手伝い・そーたに(他)を見る。今回はグルメ店の裏メニューという企画。各店舗で剛と友近のミニコントが展開する。待ち合わせの店で倦怠期の夫婦。渋谷ぱっぷHOUSEでは処女牛のミスジ焼き、リブシンマキ焼きでグルメリポーター。代々木COMME CEHZ VOUSでフレンチのオムライスに夫婦の愛してると食べるがかぶるコント(あ~んなし)、麻布長江でサメの唇入り中華風おこげでものまねレパートリー、赤坂ポワソン六三郎で和風豚とろ坦々麺にスナックのママと客コントである。剛くんがプロポーズして友近は絶句していた。余韻にひたっていたのかもしれないが。

「デート」という企画である。日常生活が企画のヒントであることは言うまでもないが、このダラダラ感がすでに企画なのだ。もちろん、主役がいるだけで受け手のドーパミンが出るほどの人気者でなければ成立しない。この手の企画は無数にあるが、お手伝いのそーたにくんが構成を担当した番組だけでも『パパパパパフィー』『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』『とんねるずの生でダラダラいかせて!・・・』などがあげられる。旅行、グルメ、スポーツなど日常的な娯楽をスターが楽しむだけの番組というと安易に思えるのだが、それなりに計算もあり、工夫もある。

『生ダラ』よりも半年早くスタートした『DAISUKI!』(1991)は深夜で松本明子と飯島愛(他)という微妙なキャスティング、アイドルのキューショットを入れたり、地味なミニドラマを入れたりと単に「ダラダラ」はできない作りになっていたが、他の企画っぽい素材よりもたとえば「水族館を見学しながら他愛もない話をする」という部分がなぜか面白いと感じた。人間には様々な欲望があるが「寂しい気持ちから逃れたい」という欲望もあるのだなとキッドは考える。

そういう意味で「デート」の思い出をVTRでふりかえる堂本剛という構図はお茶の間との一体感を体現しているのである。毎週一回おでかけするなんて本当にしんどいだろうなと思える年老いたキッドとしては、しんどいだろうけれど剛くんにはずっと続けてもらいたい番組なのだ。

色気より食い気は子供っぽいイメージを喚起するが、食い気より色気もまた大人でない様子であるかもしれない。グルメでデートはその中間の不思議な場面である。そしてそこはかとなく青春の匂いがかもしだされる。そういう日々を送った人にも。そうでない人にも。おそらく。

金曜日に見る予定のテレビ『レイクサイドマーダーケース』(フジテレビ)

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