« 哀しい男の詩です。(忌野清志郎) | トップページ | 不信のとき~ウーマンズ・ウォーズ~杉田かおるは見た!・・・お腹ポンポン。 »

2006年7月20日 (木)

祖国の土を踏むまでが任務。無事を祈る。

保険なんて役に立たんな。どうしたのだ。『ザテレビジョン』というか、日テレの編成とテレ朝の編成。『彼女が死んじゃった。(再)』(平均視聴率7.2%)をキッドに見せないつもりなのか。はたまた、なでしこJAPANのW杯予選の中継はテレビ情報誌の締め切りに間に合わない様な急遽決定事項なのかよ。キッドの記憶にはないが、山さんがらみなのかと一瞬疑ってしまったぞ。・・・ああ、山本くん。なんてことをしてしまったの。欲望があってもそれを抑えるのが人間なんだって。でも、ま、仕方ないか。愛を知らないから愛されないのか。愛されないから愛を知らないのかって問題だからな。それでもキッドは山本くんを愛していたのに。もちろん、その愛は何の役にも立たないけどさ。

・・・予告番組を失って路頭に迷いつつ、さまようアナログテレビでは秋田狂女と山本くん吉本解雇の話題がとびかった。2chでは山本くんがやや祭り気味である。せっかく手にいれたポジションを自らの犯罪で失うのは愚かとしか言いようがない。ただし、異性問題なので、複雑な思いはある。それは多くの人々が身に覚えのあることだからだ。もちろん、欲望があっても抑圧するのが大人というもので、社会人というもので、全うな人間というものであることは自明の理。しかし、欲望を抑圧したものが、意志なのか、偶然なのかと配慮する者や、やっているのに発覚しなかった者などは同情やら安堵やら不安やらを持つこと必至なのであるからな。

本当のことは当事者しか知らない。償える罪を償い、できれば芸人としてもう一度チャンスが与えられることを祈りたい。報道関係者の犯した罪がかばわれる時代である。芸人も少しはかばってやって欲しいと言ったら差別なのだろうか。そりゃ、差別だ。しかし、バカをやって笑わせて、お金を稼ぐ種族のすることである少しくらい差別してやってもいいのではないか。いいや、情けは人のためならずだ。ああ、気持ちが定まらない。あ、「情けは人のためならず」は「本人のためにも甘やかさないこと」の意味で記述しています。

で、『ニュースウォッチ9』(NHK総合060719PM9~)ニュースキャスター・柳沢秀夫(他)を見た。特集で「自衛隊のイラク撤収」を取り上げている。一昨日、クェートへの部隊移動が完了しており、ひとまず無事ということでの報道である。海外派兵で一人も死者を出さずに、2年半の任務を終了することは奇跡的な出来事とも天の配剤とも言えることだが、殿(しんがり)=退却戦はもっとも危険な局面であり、祖国の土を踏むまで気を抜かず有終の美を飾ってもらいたい。特集では隊員の無事を祈る家族たちと現地の隊員たちとのコミュニケーションを維持した家族支援センターの活動などを紹介していた。そのような人々が実在することを報道した姿勢は評価したい。しかし、最後の派遣部隊山中部隊長に対する柳沢キャスターのインタビューには疑問を呈する。

まず命を賭けて国家のために働いているものに対する「感謝の気持ち」「敬意の気持ち」を示す言葉がまったくなかった。最初の言葉は「よろしくお願いします」ではなく、「日本国国民の一人として感謝の気持ちをこめてご苦労様でしたと申し上げたい」だろう。日本を代表する報道機関の日本を代表する報道番組のキャスターがこのような常識にかける態度で許されるということにキッドは悲哀を覚える。現地で血を流したかもしれない人に「現地では活動を評価する声と評価しない声がある」と伝えたり「自衛隊ができなかったことに対する反省」を質問することに問題はない。しかし、最初の態度がそういう態度だと質問も愚問に思えてくるし、キャスターの品格にも疑いを感じる。現地で絶命したかもしれない人に「とりわけできなかったこと」を聞き出そうとする態度は腹立たしいほどだ。このキャスターは「NHKの戦場ジャーナリスト」の異名を持つ、湾岸戦争などを現地取材した経歴の持ち主である。同じ命を張ったものとして、気安く話しかけたのかもしれないが、現場の人間と野次馬が違うという自覚さえないのではないかと考える。

どんな現場にも命の危険はある。キッドのようなしがない構成作家だってそういう体験はある。しかし、国家のために戦場で命を賭けて働くものの危険とその他の危険には一線を引くべきだとキッドは考える。それは差別か。いいや、自明の理だ。国家に依存する身である限り、国家のために命を賭けて働くものに好むと好まざるとに関わらず、守ってもらっている立場であることは間違いないのである。靖国神社の問題にも通じるが、そういう自明の理を忘却したり、認識しない者は国家についてどんな意見を述べても虚しいと断ずることができる。つまり、国家のために絶命した者を英霊としない国家は本質的に存在しないと言うことだ。譲れない一線としてこれほど確固たるものは他にないのではないか。

もちろん、国防という観点からその一線を変更することはありえるだろう。無条件降伏とはある意味でその具現である。そこでは国家に命を賭ける行為は無意味なものとなる。なにしろ国家は喪失してしまったのだから。逆に国家が成立する限り、英霊に敬意を払うことは国民の義務であり、責任であることを前提に議論をしなければならない。そうでないものは問題の本質を見失うし、無宗教の追悼施設などという暴論を展開する。故人を偲ぶ行為つまり、死者の冥福を祈る行為、つまり死後の世界を信じる行為が無宗教であるはずはなく、そうした発言が欺瞞に他ならないことを記述しておく。礼節を知らない戦場ジャーナリストには猛省してもらいたい。

ああ、死後の世界を信じる方のキッドが本当らしいことを言ってしまったな。気持ちが敗戦月間モードに入ってしまったということか。複雑な気持ちに沈む中、なでしこJAPANは格下ながらベトナムに5-0快勝である。ああ、いい気分。やはり、国家代表には勝ってもらわないと。もちろん、勝てなくても美しいものは美しいのだが。

関連するキッドのブログ『たけしさん、夏次郎見たよと小泉総理は云った』

金曜日に見る予定のテレビ『レガッタ』(テレビ朝日)ハウル初めてだ。

|

« 哀しい男の詩です。(忌野清志郎) | トップページ | 不信のとき~ウーマンズ・ウォーズ~杉田かおるは見た!・・・お腹ポンポン。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 祖国の土を踏むまでが任務。無事を祈る。:

« 哀しい男の詩です。(忌野清志郎) | トップページ | 不信のとき~ウーマンズ・ウォーズ~杉田かおるは見た!・・・お腹ポンポン。 »