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2006年8月13日 (日)

ようい、スタアアアァァアアットォ!(黒木和雄)

映画監督。2006年4月12日死去。享年75。遺作となった『紙屋悦子の青春』が東京・岩波ホール他で上映中である。

黒木和雄といえば『竜馬暗殺』(1974ATG)である。坂本竜馬(原田芳雄)と中岡慎太郎(石橋蓮司)の暗殺までの三日間を描く不朽の名作だ。キッドを悪くした映画の五本の指に入るな。まず、危険な思想家というものの美しさを描ききった作品だ。刺客の松田優作に慕われてしまう竜馬。桃井かおりに「坂本様はけだものです」と評される竜馬。「ええじゃないか」を踊り狂う民衆に「なにがええんじゃあ!」と吠えかかる狂犬竜馬。あんなにかっこよくなれるなら殺されたっていいと思う子供がここに1人。しかし、殺されることもなくあれから32年かよ。

黒木和雄が生涯に残した作品は15本。少ないような気もするし、多いような気もするし、ちょうどいいような気もする。このさだかでないところが人間というものだ。たとえば映画評論家の佐藤忠雄氏は戦争レクイエム三部作をさして「反戦映画」と語ったりするのだが、そういわれればそうだという気もするし、いやあ違うのではないかという気もするし、どちらともいえない気にもなる。少なくとも佐藤氏のように断言はできず、断言するような薄っぺらな人間を黒木和雄は憎悪するのではないかと想像する。

で、『ETV特集・戦争へのまなざし~映画作家・黒木和雄の世界~』(教育テレビ060812PM10~)語り部・石橋蓮司、証言者・原田知世、本上まなみ(他)を見た。タイトルの撮影開始の掛け声は原田芳雄による黒木監督のものまねを参考にした。監督自身は「よーい、スターァアット」ぐらいのものが素材として使用されていた。在りし日の監督を記憶にとどめるにはほどよいドキュメンタリーであったと考える。

あらゆるものに違和感を覚える性格を『竜馬暗殺』で助長されたキッドとしてはナレーションが示す「黒木監督の映画には戦場が描かれない」という認識にため息をともなった苛立ちを禁じえない。もちろん、それは「真珠湾攻撃」とか、「ミッドウェイ海戦」とかそういう戦闘部隊同士の勝負の世界が描かれていないという意味なのだろうが、制作者の「戦争」に関する認識の低さが露呈している。

たとえば先日テレビ東京でオンエアされたばかりの『TOMORROW/明日』(1988)では1945年8月8日の長崎の市民生活が描かれる。南果歩の結婚式があり、桃井かおりの出産があり、仙道敦子の恋があるのだが、翌日は長崎に原爆が投下されるのである。ここで銃後の人々は恋人を戦地に送り出し、工場で武器を生産する。彼らは戦争をしているのであって、戦争とまったく無関係な人々ではない。もしも戦争が罪のあるものだとしたら、彼らは罪のない人々ではないのである。逆に彼らが罪のない人々だとしたら、A級戦犯も罪のない人々と言えるのである。安易な発言をすれば平和運動家の欺瞞はたちまち暴露される。そして黒木作品はそういう欺瞞をあぶりだす装置なのである。

黒木和雄は日中戦争中の満州から、祖父母のいる宮崎に疎開する。そして太平洋戦争が始まる。中学生で工場に動員されていた時に敵機の機銃掃射を受け、級友がかたわらで絶命する。一瞬、助けを求めた友を見捨て走って逃げた体験が彼の心の傷だった。『美しい夏キリシマ』(2002)はそのようなエピソードの核心を持つ。これもまた戦争の持つ特性なのであり、戦争になればすべての人々が戦争責任から逃れられない。また戦争を反対しようがしまいが開戦にいたれば責任は同じなのである。戦争反対者がサボタージュをして兵器が不良品になり、敵は助かったが味方は死んだというような場合、一体、誰が正しかったと言えようか。

『父と暮らせば』(2004)は広島に原爆が投下されて三年後の物語である。1人生き残り、ひっそりと暮らす宮沢りえは「自分だけが幸せになるなんて許されない」と感じながら、生きている。浅野忠信への恋心もそういう理由で押し殺している。見るに見かねた父親の亡霊(原田芳雄)が手を差し伸べるというストーリーである。この屈折こそが正しい戦争の在り方なのである。戦争は必然である。たとえば戦争をしないで平和的に結婚した国家がその後で分裂するとどうなるか。我々はいやというほど感じている。そして他人がある限り、諍いの種はつきないのである。もしも世界が平和的に統一され、地球が一つになったとしてもその日から内戦が始まるに決まっている。

遺作『紙屋悦子の青春』は永瀬正敏・本上まなみ夫婦の妹・原田知世が特攻隊員(松岡俊介)に恋する物語である。ナガサキ、ヒロシマ、キリシマ、カゴシマ、太平洋戦争は黒木和雄につきぬ映画の種を与えたもうた。キッドは映画を楽しみながら、やはりこう思う。今度、戦争をやるなら勝つ方向で。原爆は落とされるより落とす方向で。特攻隊員には志願しない方向で・・・っていうか、今、戦時中なのを忘れてましたぁ。

関連するキッドのブログ『寝た子を起こせ。・・・火事だから。』

                               『体の傷なら癒せるけれど心の痛手は・・・』

月曜日に見る予定のテレビ『月曜ゴールデンサスペンス特別企画・黙秘』(TBSテレビ)

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コメント

TBありがとう。
佐藤忠男と黒木さんは、ある意味で、戦友みたいな間柄なんじゃないでしょうか。
黒木さんが、撮りたかった次の作品、戦争で夭逝した早熟の映画監督、いろいろ、想像してしまいます。

投稿: kimion20002000 | 2006年9月22日 (金) 17時19分

kimon20002000様。
TB返しが時間差大ですみません。
うっかり忘れてました。
テレビ三昧で試写会にも劇場にも行かず、
サーカスな日々のレビューを読んでいると
ちょっとうらやましい感じがします。
デュエリストも面白そうですね。
ボイスのハ・ジウォンか・・・。
きれいになったな。
ではお互いにボケの来る日まで。

投稿: キッド | 2006年9月22日 (金) 18時23分

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蒸し暑い終戦記念日。 どうしてもこの日に、観たかった遺作だった。 8月15日終戦記念日。岩波ホール。2006年4月12日、脳梗塞のため死去した黒木和雄監督の遺作。 朝から、小泉首相の靖国参拝で、世の中は騒いでいる。賛成も、反対も、識者や政治家の発言も、僕には、蜃気楼のように映っている。またも発生した台風のせいで、小雨がぱらつき、いつも以上に蒸し暑い。 僕は、この日に、どうしても、「紙屋悦子の青春」を、観たかった�... [続きを読む]

受信: 2006年8月17日 (木) 12時01分

» 『紙屋悦子の青春』 [アンディの日記 シネマ版]
笑い度[:ラッキー:]          2006/08/12公開  (公式HP) 泣き度[:悲しい:][:悲しい:] 満足度[:星:][:星:][:星:] 【監督】黒木和雄 【脚本】黒木和雄/山田英樹 【原作】松田正隆 【出演】 原田知世/永瀬正敏/松岡俊介/本上まなみ/小林薫 <ストーリー> 鹿児島の片田舎に住む紙屋悦子(原田知世)は、兄夫婦(小林薫、本上まなみ)と3人、寄り添うように暮らしていた。長引く戦争に、不安は募るが、酸っぱくなった芋に文句を... [続きを読む]

受信: 2006年9月27日 (水) 01時07分

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