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2006年9月30日 (土)

一瞬で愛は憎しみに変わる。(木下あゆ美)

最終回のタイトルが「怨み屋の正体」である。原作より先に正体が分かるなんて凄い。もちろん、それは創造神(スタッフ)が仕組んだ壮大な釣りなんですがぁ・・・。

きたろうに怨み屋からのプレゼントを届けにくる婦人警官は立花彩野である。『結婚できない男』のコンビニのレジの人である。下積み役とはいえ、今期の傑作にふたつともからんでくるなんて、彩野はラッキーガール。

それにしてもここまで177タイトル中、3回も登場した(木下あゆ美)、キッドの中では超メジャーってことになるのか。だって、もう、怨み屋は木下あゆ美以外考えられなくなってるし。

で、『怨み屋本舗・最終回』(テレビ東京060930AM0012~)原作・栗原正尚、脚本・川嶋澄乃、音楽・五十嵐由美、監督・仁木啓介を見た。「法治国家だと、東大法学部卒の私が法なのだ。法は税金を使うもののためにあり、税金を納めるブタのためにはない」の極悪な警視監・寺田農が怨み屋・十二月田(前田健)・依頼人(左右田一平)を押収した麻薬で殺し、さらに実行犯を刺殺した後ですべては記録され、公開されましたオチである。

木下あゆ美は手錠をはずし、仲間を紹介しちゃうし、依頼人は「長生きして生き恥さらすの見といてやるよ」宣言、そして、デフォルメされたおタクのシンボルは・・・・・貴様のように簡単に人を殺すやつが増えたせいで、そのたびにマンガやアニメのせいにされて、僕たちオタクは迷惑しているんだっ!・・・と言い放つ。うん、うん、これ以上言うことはないよ。もう充分だよ。もう、この瞬間、このドラマはネ申決定でしゅー。

とはいうものの、先週殺されかけたきたろうはというと、民芸品の木彫りの赤馬でピンチを脱するのだが、(テレビの上にある赤馬はよく視ると不気味に方向を変える)、正当防衛で部下の野田刑事(マイク・ハン)を死に至らしめる。これが野田の母親の恨みを発生させ、ついにきたろうが怨み屋のターゲットになるという「しかるべく」おしゃれな展開である。つまり、怨み屋の行動原理が不可抗力だったとか、同情の余地があるとか、ケース・バイ・ケースとかのフレシキブルなものではなく、天から雨が降るように自然であることが明確にされるのだ。どのような善人でも怨みを買ったら終りなのである。清々しい。

怨み屋サイドではまだまだ子供の葵が「大人が正しい手本をしめしてくれないと子供はいい人間になれないよ」と言えば「なーに、わけのわからないこと言ってやがる」という強欲な悪に天罰を下すには清濁あわせて滅ぼす地獄の業火がふさわしいという論理です。

ここまでくると、怨み屋の正体はドラマのオリジナル設定になってきます。

①青の蝶は「幸せ」を運んでくる。この場合「幸せ」とは現世からの離脱を示す。

②犯罪被害者である別人格の木下あゆ美(長期入院療養中)は双子、二重人格、病院ぐるみで怨み屋など現実的な解釈も可能ですが、①に従えば怨み屋こそが怨霊の実体化したものと考えられます。つまり、ここでオカルト側にシフトです。

③きたろうの命は風前の灯、しかし、きたろうの中に罪の意識がある限り、恨みを受け入れることもまた神の御術の内ですね。きたろうがおのれに執着すれば怨みと戦うしかなく、それもまた人生の営みというものかもしれません。

そして、もしも、キッドがこの虚構の住人ならきたろうの味方をしたいと考えます。「きたろう、おめえも本当に災難だったな。むふふふ。だから正義の味方気取りはやめろっていっただろう。でも、まあ、友情に免じて加勢してやるよ」ってねずみ男か。

シュウ(竹財輝之助)は活躍の場面少なかったな。ま、これだけ濃い目の設定だと、そういう遊びの部分も必要ってことだな。リンダも出番少なかったしな。長澤こうね(PBB)なんてどこに出ているか探すのに一苦労だしな。っていうか、情報屋(寺島進)は「悪魔くん」の情報屋の進化系か。なんてことは広島(再)の加藤あいのありえない展開ぐらいどうでもいいことですがね。『怨み屋2』お願いしまーす。でも次はまた純エロ路線か。

関連するキッドのブログ『クズがっ!あたしを誰だと思っているの?(木下あゆ美)』

月曜日(日曜深夜)に見る予定のテレビ『怪傑ライオン丸G』(テレビ東京)って日曜深夜はアニメ→特撮→アニメの三本立てですかっ。

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2006年9月29日 (金)

あの夏の忘れ物は美山加恋があぶりだしで。

お届けしました・・・ということでいいのかな。ま、ファンタジーだからとやかくいってもなぁ。一番すっきりする解説は・・・こうして、結婚式当日事故で意識を失った辺見えみりは夢の中を彷徨い続けるのでした・・・なのだが。

もちろん、このドラマは良作と言える。「できることならあの日に戻りたい」という後悔を伴う欲望と「未来の幸福な自分を見て安心したい」という不安に基づく欲望を両方叶える夢物語として素晴らしかったと言える。

企画的には子役(美山加恋)と主役(辺見えみり)という二人のスターを子供時代、大人時代両方とも起用し続けることができるという画期的な手法だった。まあ、何度も使われても嫌だが。つまり、えみりが過去へタイムスリップで加恋がいる。加恋が未来へタイムスリップでえみりがいるということである。

加恋とえみりが時間旅行の出発点に戻ったとすると、肉体的には年齢を損したことになるのだが、精神的には貴重な体験をしたことになるだろう。だから、辻褄としては未来のもも(遠藤久美子)はすべてを知っていて、過去のもも(加恋)が帰還した直後に現れ、古びた携帯電話を取り出し「やっと会えたね」というお約束の展開にした方が騙せた気がする。ま、携帯電話をタイムマシンにしているのが亡き母(いしのようこ)の霊能力という説明なので(すごい出力である)最後にこもも&こまち(鈴木理子)が登場するとんでもラストカットの方が、・・・ファンタジーなんであんまり細部にこだわらないで楽しんでねぇ・・・というスタッフの甘えた態度に相応しいかもな。

で、『がきんちょ~リターン・キッズ~(最終話)』(TBSテレビ060929PM0130~)脚本・李正姫、演出・池沢辰也を見た。最終週の問題点「子供の頃に別れた初恋の男の子が父親の復讐のために鬼になってしまった場合どうすればいいの」を「ま、いいか」ではなくて心からの説得で解消するおおまちを前回クリアしてしまい、さらに「子供の頃から大人だったもも」よりもひょっとしたら「大人になったおおまち」がこももに幸せになったおおももを見せて「がきんちょ魂」を浄化するところから最終回である。

ももには二重の友情がある。ももとこまちの友情。そしてももとおおまちの友情である。まちにもこももとおおもものそれがあり、「あの夏」にもっと深められていたはずの友情を深めにいった物語なのである。だから、おおももとおおまちは秘密を守ってきたももとそれに気がついたまちとして最後に会った方がやはり、すっきりするのだな。

タイムスリップがなかったらどうなっていたか。まちはももに助けられるばかりで、もものピンチを救うことができなかったかもしれない。それどころか、ももと友達になることもなかったかもしれない。孝之(姜暢雄)を止めることもできず、小学校の教員にもなれなかったかもしれない。麻由香(菊池麻衣子)は結婚しなかったかもしれない。ま、そこはどっちでもいいか。風花先生(甲斐麻美)が立ち直れなかったかもしれない。これは大事。そういうもう一つの別の未来を想像するとカカの愛で作られた二人の友情は神秘の輝きを増すだろう。ただし、サービスが悪いので脳内補完が必要なのだが。

このあたりの心情まできっちりと示すには小説の方が向いていると思うが、ドラマとしては細部の辻褄あわせ(年齢のセッティングなど)も投げやりのようだし、地上げや山村留学、IT長者、亡き愛しい人のそっくりさんなどあまりにもお手ごろネタの詰め合わせセットになっていて、ほんの少しですが残念な気がします。

しかし、前半(過去編)のかっぱの森の金色の蝶捜索、秘密基地たてこもりや、後半(現代編)の「オズの魔法使い」上演、ミッションインポッシブル大行進など、いにしえの名作映画『わんぱく戦争』(1961フランス)を彷彿とさせるイメージが連打されていて、夏休みの昼ドラマとしては秀作であったと考えます。

愛とは記憶です。飼い犬が飼い主のピンチを助けるのは飼い主がエサをくれた記憶があるからなのです。こももとおおまちの別れのシーン。過去に戻ると忘れてしまう可能性に二人は「そんなのいやだ」と涙します。そして「タイムカプセル」から飛び出した「おおまちちゃんだいすき」のあぶりだし。忘れたみんなが怪訝に思う傍らで愛の号泣をするおおまちちゃん。そして、海岸で「初恋の人」の記憶を「現在の恋人」と重ねるまち。ねえ、いいシーンだと思いませんか? だって愛とはメモリーなんですから。

関連するキッドのブログ『★あの夏に忘れ物を取りに行こうよ!(美山加恋・他)』

「ほっさま、ほっさま」に名残を惜しんでいた頃、安倍新総理の所信表明演説(NHK総合)が行われていた。ますまずの内容だったが、教育の再生の段落で郷土のスター吉田松陰をもちだしたくだり(小規模・短期間の教育で明治維新の原動力となる人材を輩出したたとえとして)で議員席の大賄賂議員の娘が笑っていた。何がおかしかったのか、キッドはいろいろ想像したが、ここには書かない。

日曜日(土曜深夜)に見る予定のテレビ『喰いタンスペシャルin香港』もありますがここは『ドラマスペシャル一生忘れない物語』(テレビ朝日)で。

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2006年9月28日 (木)

寝た子を起こせ。・・・火事だから。

草木も眠る丑三つ時も越え、早起きの老人たちも未だまどろみの中に。それが午前三時半~午前四時半。

こんな時間に起きている奴はほとんどいないだろうし、単発のドキュメンタリーだから録画している奴もいないだろう。そういう気持ち以外には考えられないほど、ひっそりと世をはばかりながら、かといって、この問題について知らん顔するわけにもいかないし、とりあえず、言うだけは言いましたから、見逃したのは皆さんなのであって、こっちとしては言ったということで、でも、なるべく見ないでねという気持ちはもちろんありますん。という番組である。

基本的には「寝た子は起こすな」って言うじゃありませんか。今、日韓首脳会議が微妙な段階なんですから、穏便に穏便に穏便にね。ほんのわずかの漁民の生活なんか、この際、些細な問題ですよ。ただし、それを言っちゃあおしまいだから、国民あっての国家ってことがね。だから、ほら、マスメディアだって取り上げるだけは取り上げたってことで。オンエアタイムについては編成上、営業上の問題。なんですよ。信じてくださいよ。・・・あんた誰?

で、『竹島』(フジテレビ060928AM0329~)ディレクター・山根収(他)、プロデューサー・小原千明を見た!!!!!!!!!!! 見ましたとも。「竹島の日」(2月22日)が制定された2005年3月16日からおよそ1年の動きを追ったドキュメントである。1952年に韓国によって不法占拠された竹島をめぐる歴史、島根県の議会、竹島周辺漁場を奪われた漁民の皆さん、日韓の学者、日韓の報道の差異、日韓の官僚の志向の差異などをコンパクトにまとめた竹島問題の基礎知識といった内容である。かって竹島に生息していたニホンアシカ(絶滅種)が不法占拠の間に消えたことは取り上げられなかった。

「占拠完了しました」「日本人を二度と上陸させるな・・・他に問題はないか」「アシカがいます」「どんなアシカだ」「ニホンアシカです」「殺せ!」(いつかどこかでキッドの空想)

ま、ニホンアシカはそれだけの理由で滅んだわけではありませんが。マスコミが「韓国が実効支配」と言うたびに「そりゃ、不法占拠の間違いだろう」とツッコミを入れ続けるのにも疲れてきました。せめて「軍事力にものをいわせて実効支配していると韓国政府が主張している」といったものいいはできないのかね。我が国の報道機関の責任者は。

とにかく、漁場を奪われて50年。韓国に44人もの漁民を射殺され、両国間の何度かの交渉で「日韓共同の漁場」を約束しながら(最近では1999年のEEZの設定)軍事力で日本の漁民を排除してきた無法の韓国政府に対し、耐えに耐えた漁民の声を無視しかね、島根県議会が日本政府に叛旗をひるがえした日、ほとんどの日本人は「竹島ってなあに?」なのであった。

一方、韓国では小学校から「竹島(韓国での通称は独島)は韓国のもの。それを自分のものだと言う日本人はいい人ですか、悪い人ですか」「悪い人~」教育であり、「お互いに固有の領土を主張しているのだから良く話し合いをしよう」などと言おうものなら「悪い人~」状態である。もちろん、心の善悪ではなく、国家としては正しい姿勢なのかもしれないが。

というわけで韓国ではかっては国土全体が大日本帝国の固有の領土であった過去への反作用もあり、「日本さえいなければ我々が東アジアのナンバー2なのだ」運動が勃発するのである。以来、日韓首脳会談を拒否し(日本では靖国問題の方がクローズアップされているが)地方レベルの文化交流(姉妹都市提携)なども一方的に解消、破棄して政治的な圧力をかけまくるのであった。

もちろん、韓国全土が燃えているわけではないのだが、日本の報道陣も「路上で日の丸に放火」などが刺激的であるので選別的に報道し、日本国民に「韓国人ってバカだなぁ」という印象を与えたわけだ。サッカーVS韓国戦だけで感じられた違和感が日常に浸透したのである。つまり、寝た子を起こしたのである。

しかし、そういう状況があまり「お得」でないと考えた人もたくさんいたわけで、必死に子守歌を歌い、燃え上がる炎の消火に走った。2006年竹島の日には国政レベルの政治家も官僚も参加せず、それは一地方が勝手にやったことで日本政府としましては関知しないのであります態度を貫いた。しかし、火種は消えていなかった。

日本海における領海の重複による衝突の前触れが4月に日本の測量船をめぐって、7月に韓国の測量船をめぐって、非常事態寸前まで燃えたことは記憶に新しい。韓国は北朝鮮への太陽政策を続けるうちに汚染され、瀬戸際外交を始めるにまで至ったと思わせるような危機だった。

もとより「和をもって尊しとなす」国家と「事なき事がもっとも大事」国家の火種であるのでなんとか消火に至ったことは皆さんもご存知の通りである。

日本は現在周囲に領土問題を抱えている。ロシアとの北方領土、北朝鮮、韓国との竹島問題、中国・台湾との尖閣諸島問題である。いわゆる六ヶ国協議のうち米国を除くすべての国が潜在的な敵対国なのだ。もちろん、基地問題を入れれば友好国はゼロになるのだが、そして日本の基本的態度は「国民全体の問題でない限り、一部の国民に我慢をしてもらう」である。国民としてはその一部にならないことを祈るばかりなのだな。

漁師の言葉「ホントのこと言ってほしいよ。ホントのこと。問題は漁業のことなんだから」

子供の寝顔はかわいい。昼間の暴れっぷりが嘘のようだ。いい夢を見ているのだなぁ。ああ、でも、火事なのだな。もう火の手がそこまできているのだが、平穏に眠っている子供を起こすのは可哀想。ああ、煙がたちこめてきた。寝た子を起こした方がいいかなあ。いや、起こさない方がいいかなぁ。ああ、壁が燃えているようだ。どうしよう。でも、せっかくいい夢をみてい・・・・・・・・・・・・・・・。

関連するキッドのブログ『降伏しましょう。私たちは女なんだから。(成海璃子)』

土曜日(金曜深夜)に見る予定のテレビ『怨み屋本舗・最終回』(テレビ東京)

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2006年9月27日 (水)

花村さん! 花村さん! 花村さーん!(石原さとみ)

妻に先立たれた独居老人の患者・花村さんを演じるのは織本順吉さんである。「3年B組」シリーズの初代校長であり、第5シリーズにも重要な役でからんでくる渋い俳優さんだ。最近では『ケータイ刑事銭形舞』#06で連続殺人鬼モリアーティというとんでもない役まで飄々と演じている。今回も心臓発作のためにアルツハイマーを煩う孤独な老人を際立つ演技力で淡々と見せてくれた。

病院を脱走して行方不明となった花村さんの名前を、ナース石原さとみは一体何回連呼したのだろうか。数えてみようと思ったが途中で忘れてしまうので数えきれなかったキッドにもそろそろとアルツハイマーの影が・・・。

とにかく、「縛っちゃえばいいのに・・・」(新人ナース・黒川芽以)「さっさと動きなさい!」(エリート医師・石田ゆり子)というタイトル候補を抑えて、キッドの耳には「花村さん花村さん花村さん花村さん花村さん花村さん花村さん・・・」がエコーするのであった。

で、『Ns'あおいスペシャル』(フジテレビ060926PM9~)原作・こしのりょう、脚本・吉田智子、演出・土方政人を見た。知と情の対立軸で、今回は知のポジションに山形病院長に出世した田所医師(西村雅彦)に変わり、米国帰りのハイテク医師・夏目(石田)がおさまる。小野武彦、柳葉敏郎がからんでいるし、『踊る大捜査線』の刑事・青島の病院版がナース・あおいであることは間違いないのだが、今回は映画版『踊る・・・』の換骨奪胎になっている。

『踊る・・・』の青島は自分の正義の信念に基づく捜査おタクであり、捜査に熱中するあまり、不眠不休となり、映画版①では死んだと思ったら寝ていたというオチがついた。看護士のあおいも信念に基づく看護おタクであり、看護に熱中するあまり、不眠不休となる。ただし、これで爆睡オチだと、あまりにもストレートなのでドラマのクライマックス入り口に恋愛ネタがらみとしてひねりを加えている。あおいにシンパシーを感じている小山慶一郎にラブラブモードでもたれておきながら、「おっと寝てた」である。距離をとりながら微笑む石原さとみのキュートさは白眉だった。

そして、誰もが憧れるセレブパーティーのキャビアが桜川病院最悪の日を巻き起こし、明日仕事なのについついゲームをやってしまうようにあおいは看護になだれこむのである。次々に運び込まれる猛毒素による食中毒患者たち。夜間当直勤務の人々では手が足りず、応援を要請。あおいのことが好きな順にかけつける救援部隊。苦闘の果てに事態が好転しかけた時、花村さんが行方不明になってしまう。

入院患者まで動員した院内捜索。しかし、花村さんは発見できない。あおいは自転車に乗って院外へ。ついに出勤時間を迎え、ゲームをやめることができず、仮病で欠勤願いを出しながら、コントローラーを手放さない状態であるな。

さて、今回最大の謎であった「ハムごはん」なのであるが、これを解くヒントとなるのが白衣のポケットにあった伝言メモである。おいおい、その白衣、いつから着たままなんだよー。とにかく、謎はすべて解けた。そしてツンデレだった石田ゆり子が米をとぎはじめると、例によって知は情に敗れ去る。あおい「先生は病気ばかり診て患者さんを看ていない」攻撃に石田は「さっさとごはんを炊いて病院に戻るわよ。私たちは感傷に浸っているヒマなんかないんだからぁ」はあきらかに負け惜しみなのであった。

「私が霊前に毎朝ごはんをお供えしますから花村さんは治療に専念してください」というあおい。また仕事をひとつ増やしている。もはや看護中毒患者と認定します。このままではあおいが「仏ごはん」をもらう日が近いのではないかと心配です。

ギバちゃん、今日のセクハラ①あおいのおしりにタッチ ②あおいに「臀部脂肪つきすぎ」と発言 ③黒川芽以の「ブラインド・タッチ」発言に「ブラ・タッチ」と無理な省略をする。④小松彩夏に何もしない。せっかく、ダンドリ娘からここに来たのに~。

「あややゴルフ」が最終回を迎える横で「矢口ひとり」はのほほんと100回記念。過去のボツ企画のうち「三人のうち嘘をついているのは誰だで最初の役者がセリフをNG連発しすぎてボツ」の犯人、わたなべつばさ(俳優)を呼んで「とんだセリフに再チャレンジ」企画。しかし、本当の犠牲者は何もしてないのにオンエアがなくなった残りの二人の俳優さんなのでは・・・。関東ローカルネタですみませ~ん。ちなみに「あおいSP」視聴率は13.5%であった。微妙だが、あおいがERに戻れば、もう一回くらいできるかな。少し、仏壇ネタから離れてね。

金曜日に見る予定のテレビ『がきんちょ』(TBSテレビ)・・・木曜深夜の『女必殺拳』(テレビ東京)も見るのさ。・・・視聴中毒ですか。

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2006年9月26日 (火)

浅見光彦がすべてを見届ける覚悟を要求する件

『佐用姫伝説殺人事件』何度目だ。まず、水谷豊(日テレ)が1988年に解決している。次に榎木孝明(フジ初代)が1996年に解決している。そして今回は沢村一樹(TBS二代目)だから三度目か。辰巳啄郎(TBS初代)と中村俊介(フジ二代目)はこの事件にはタッチしていないのだな。あなたはどの浅見光彦が好きですか。テレビ朝日の浅見光彦はまだですか。やるとすれば誰なのかな・・・誰に聞いてるの?

日本三大悲恋伝説が「浦島」「羽衣」そして「佐用姫」であることはあまり知られていない。一番メジャーなのは「うらしまたろう」だろうが、これをキャバクラ嬢側からの悲劇として捉える方もあまりいないだろう。浦島は放蕩息子の帰還であるが旅先でもてあそばれた女の悲しみにはあまり触れられていないからな。「羽衣」はいわば婦女暴行監禁なのであって男の方から見ればストーカー的純愛かもしれないが、天女にとってはいい迷惑だ。そして「佐用姫」である。これは「戦争の悲劇」であって、もしも女が母なら「岸壁の母」なのである。しかも、ヒロインは乙姫や天女ではなく、生身の女性である。

聖徳太子が登場するわずか前の時代、朝鮮半島の動乱に派兵したヤマトの国の派遣軍司令官・大伴沙手彦とマツラの国の姫・篠原佐用姫の悲恋である。ちなみに当時の列島はゆるやかな国家連合体制だったのです。半島に渡るため、マツラの国の唐津(佐賀県)の港に駐留した沙手彦は佐用姫と恋をする。沙手彦の兄の家系からは大伴旅人や大伴家持などの歌人が輩出するので、軍人とはいえ佐手彦にもロマンチックな血が流れていたらしく、二人は燃えるような恋をするのである。やがて、出陣の日となり沙手彦を乗せた軍船は半島へと出航する。見送る佐用姫は領布(ひれ)を振り(航海の安全を祈願する呪術的な意味がある)やがて別れが耐えがたくなり、愛しい男を求めて走りだすのだが・・・。

で、『月曜ゴールデンSP秋の特選サスペンス・浅見光彦シリーズ22佐用姫伝説殺人事件』(TBSテレビ060925PM9~)原作・内田康夫、脚本・石原武龍、演出・山内宗信を見た。例によって浅見家の食卓。兄でエリート官僚(村井国夫)の家に居候する弟の「坊ちゃん」浅見光彦は母(加藤治子)のお供で唐津に行くことになる。有田焼きの展覧会を見ると同時に殺人事件に巻き込まれるためである。お手伝いの須美ちゃんのためにお土産の「有田焼きのマグカップ」も買ってこなければならない。以下、キッドはネタバレという言葉を知らないのでご注意ください。

今回の伝説の女は床嶋佳子である。彼女は人間国宝陶芸家(平幹二郎)の養女であり、愛人とも噂されている。10年前に養父の弟子の一人と恋におちるが、弟子は理由も告げずに床嶋の元を去った。佐用姫伝説にはいくつかの結末の分岐がある。一つは沙手彦を追って海で命を落としたというもの、一つは沙手彦を想うあまり石になってしまったというもの・・・この他にもあるのだが物語はこの二つをピックアップ、儚んで自殺と自閉して生きるという二つの選択を暗示している・・・知り合った光彦に自分の身の上を伝説に託して語る床嶋。そんなことよりも名物呼子のイカが食べたい光彦だった。

さて、殺人事件発生。死体となったのはいかにも悪人の美術評論家・黒部進である。偶然居合わせた光彦は例によって地元警察(金田明夫)の捜査に勝手に参加、「佐用姫の」と書かれた謎のメモの不在を指摘したりする。そして現場には珍しい釉薬が・・・。黒部の胸には大ぶりの果物ナイフが刺さっていた。

呼子の朝市は遊郭の名残だったと知ったり、ワケありの朝市のおばちゃん(正司歌江)と知り合ったりしながら、光彦は観光名所の七ツ釜(天然記念物)の海上で第二の死体・新進陶芸家を発見。連続死体第一発見者となって身元紹介、エリートの弟と判明すると地元警察(金田の上司・モト冬樹)の態度が変わる処世術へのおちょくりがあって、いよいよ、事件は核心にせまる。

床嶋の別れた恋人にはすでに恋人(黒坂真美)がいた! 床嶋は遊郭の女郎の娘だった! 歌江も昔は娼婦だった! しかも結構美人だった! 床嶋の母は客と心中していた! 振り返ればナイフがあった! 手を離したら生簀があった! 心中相手は床嶋の父だった! 床嶋の父は恋人の父でもあった! 二人は腹違いの兄妹だった! 平幹二郎はいい人だった! 犯人は恋人の恋人だった! ついでに恋人も犯人だった! 逮捕直前夫婦の誓いで光彦は神主でもないのに神主!

まさに!の連打である。こうして床嶋の幸福のためにみんなが十年も守ってきた秘密や、完璧なアリバイをあっさりくずした光彦に犯人が一言。「あんたいやな人だ」・・・まさしく。

「あなた(兄)が戻ってくるまで、あなたの大切なものは私(妹)が守ります」と床嶋が宣言し、佐用姫伝説の裏に流れるおなり伝説(妹おなりが兄えけりを守護するという伝承)を完成する。その一筋の光こそ、光彦の光なのである。

佐用姫伝説は風土記や万葉集(劇中使用は巻5-875「行く船を振り留みかねいかばかり恋しくありけむ松浦佐用姫」)にも謳われ、全国に浸透する。後日談の中には三輪山の蛇神信仰と結びついたものがあり、残された佐用姫の下に沙手彦に化けた蛇の化身が通ってくるというヴァリエーションもある。いずれにせよ、佐用姫は悲劇的な最後を迎えるのである。ちなみに沙手彦は無事に帰還し、それなりに出世して、聖徳太子時代にもからんでくる実力者になっている。ある意味、そういう身勝手な男のふるまいに対する女のうらみこそが佐用姫伝説の本質のひとつであるとも考えられるのである。

関連するキッドのブログ『もう、いいかい。(もう、いいよ・・・)』

木曜日(水曜深夜)に見る予定のテレビ『竹島』(フジテレビ)

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2006年9月25日 (月)

アリシアさんは子供の頃どんな大人になりたかったの?

って、それは『ARIA』じゃないの。今日は『スクラン』をレビューする予定では。・・・ま、いいじゃないの。どうせ、二本立てで見てるんだし。ついでに、土曜日の夏ドラマ苦戦したフジテレビ(「結婚不可男」は関西テレビ)と大苦戦したテレビ朝日(「科捜研」と「黒太陽」は健闘)の持ち駒対決は『電車男DX』が18.7%、『特命係長』が16.1%と非常にいい勝負。内容については触れないけど、どちらも微妙な気持ちなのかな。・・・コンテンツとしてはどちらも生き残った感じです。・・・ま、戦い終わってまったりかなぁ。

まったりってさ、方言だよね。京都発の。京都発っぽいよね。やはり、全しの訛りなのかな。・・・そうね。全国化の発端が「美味んぼ」だから、味覚に特化して、「とろんと広がる感じ」、つまり「満遍ない」のだろうね。・・・なるほどって、すっかり、まったりしているじゃないの。ARIAモードから抜けなさいって。・・・キッドとしては「ARIA」は「まったり」というより「ゆるゆるとした」って感じなんだけどね。今回だって最終回「その 白いやさしい街から・・・」なのにアリスと藍華が「もうお子ちゃまじゃない」とか「泣き虫は卒業した」とか言いながら「子供の頃はどんな大人になりたかったか」を灯里がアリシアさんに問い、それからおよそ15分雪玉転がし続けるだけだからな。どんだけ、ゆるゆるしてるんだ。

そして、アリシアさんの答えは「子供の頃、雪が降ると、雪玉を作って遊んでいたの。すると大人の人が来て、一緒に転がして、どんどん大きくしてくれたの。夕方になるとみんな満足して帰っていったの。・・・その時、思ったのよ。あんな大人になりたいなぁって」・・・・・・・・・・・・大人たち、どんだけまったりなんじゃあああああっ。

で、『スクールランブル二学期(最終回)』(テレビ東京060925AM0130~)原作・小林尽、脚本・ときたひろこ、演出・金﨑貴臣(他)を見た。最終回だけど、ま、おそらく、三学期がくるんだろうねぇ。ARIAでまったり、スクランでドタバタしたいものねぇ。でも、今回は最終回なので「スクラン」もややまったりモードなのでした。夏も終りだねえ・・・。・・・だから、そのまったりモードをお止めなさい。

前回、ベッドの上で塚本天満に馬乗りになる播磨拳児という引きでしたので、最終回はいよいよ・・・同人誌のような展開か・・・と思ったのですが、ま、本当は思いませんが、天満お目覚め、播磨ピ~ンチッ! しかも過去の記憶がジャストフィット。そこへ天の救いか、携帯がなって「先生(烏丸)がじこにあって・・・」嵐の夜にバイクを走らせる二人。しかし、落雷、倒木、転落の惨劇、プラス・トラックに衝突(播磨のみ)・・・ドタバタだぁ。

一方、八雲は愛する播磨を天満のもとに送り出したあと、回想モードに。幼い頃から、ことあるごとに八雲をお邪魔してきた天満。お絵かきはぐちゃぐゃ、ねんど細工はぐだぐだのぐにぐに。でもいつも一緒だった。幼い頃、父親が読んでくれた「まいごのユーレイちゃん」の最後の白いページに、二人の未来を描いたあの日も。すっかり「お姉ちゃん大好き」モードにひたる八雲。「この本だって高いのに新しいのを買ってくれて・・・」しかし、本には図書館の貸出印が。「返さなくちゃ」・・・って何年未返還なんだ。お約束の展開バンザイ。

そして、長い冬休みが終り、三学期に。烏丸は「ジーコにあってユニフォームの背中にサインまでもらっていた」「だじゃれかよっ」と一応ツッコミをいれておく。ここで播磨が学校を去る決意、天満は記憶喪失というか、いつもの状態になり、二人のすれ違い、追っかけのドタバタ。紛れ込んだパロディーは最終回に相応しく天満鉄腕アトム飛行バージョンである。しかもきりもみで。

パンチラ見阻止。極地から帰還の凧虚空の彼方へ。イギリス行きの修学旅行をめぐって枕投げ合戦の練習、播磨に「三匹が斬られる」プレゼント、ストーンヘンジ防護壁などがある。なお、戦いの開始を告げるのはクワトロ・バジーナ大尉だった。演出家は「ケロロ」の人でもあり、こういうパロディーの挿入は本当に達者。愛しているから入れてしまうのです的な吾妻ひでお大賞があるなら受賞できる。なんのこっちゃ。かくて、リセット終了。それは終りなき大団円。

関連するキッドのブログ 『私がいなくなったって、誰も。(お嬢)』

ま、ダウナーとアッパーの連続投与な日曜日のテレ東なのだが、これは逆なのではないか、アッパーでダウナー、視聴させたまま眠りにつかせ、テレビつけっぱなしで視聴率を稼ぐというのが姑息というものでは・・・。いや、テレ東は良心的なチャンネルということですかね。次回は『金色のコルダ~prime passo~』(元ネタ・恋愛シュミレーションゲーム)で『怪傑ライオン丸G』(ドラマ・アキハバラ@DEEPの大根仁・演出)かあ。また、ダウナー・アッパーなのかな。いや、アッパー・アッパーかも。ま、噂によると『ARIA』が激しくアッパーな人もいるようなのだが。

火曜日に見る予定のテレビ『Ns' あおいスベシャル』(フジテレビ)気力しだいで『やぐちひとり100回記念の夜』(テレビ朝日)も・・・。

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2006年9月24日 (日)

いーよって言うまで息を止めてくださ~い。(小出早織)

月曜日に見た週刊天気予報では台風接近により、お彼岸の東京は雨だったのだが、実際には絶好のお墓参り日和になってしまった。夜明けとともに墓の掃除に出かけたキッドは・・・両親が墓好きのため、身分不相応にでかい墓を前に分裂した主要人格がこんな会話を・・・死後の世界を信じないキッド「無駄なんだよ。こんなことしても」死後の世界を信じるキッド「まあまあ、夏の間になめくじやらかまきりやらが巣を作ったり、卵を産んだり、どんぐりも散乱しているし、実に適度に汚れているじゃないか」不信者「・・・それはそうだが」信者「これが磨くとピカピカになりますよう・・・」「・・・ピカピカか」「ピカピカですよう」・・・磨き上げることが趣味の死後の世界を信じないキッドはたちまち墓掃除の虜になり、気がつくと疲労困憊していたのだった。だから、VS「特命係長・只野仁スペシャル'06」展開は中止。ま、どうせ'07があるだろうし、その時でいいや。

さて、公開ブースのアニメ「月面兎兵器ミーナ」(アニメ化決定)の声優・武田花梨(小出早織)が「電車男は手をあげて~」「ビョンビョンして~」に続いてタイトルの指令を出したので、まだ息を止めているんですが、もう、いい加減「いーよっ」って言ってください。超人的おタクの肺活量にも限度がありますから。

ま、おタクも十人十色なので、賛否両論あると思いますが、2005年に伊藤淳史(電車男)と伊東美咲(エルメス)のラブストーリーしかもハッピーエンドで・・・という企画が成立した時点でもうなんでもありだと思いますので、キッドは全面的支持。これを賞賛しない奴はおタクじゃねえって。という態度でレビューに臨みたいと考えます。

で、『土曜プレミアム・電車男デラックス・最後の聖戦』(フジテレビ060923PM9~)原案・中野独人、脚本・武藤将吾、演出・武内英樹を見た。今回最大の問題点は「エルメスが一度も掲示板を見ようとしない」ということなのですが、見てしまうと成立しないストーリーなので板の住人たちが「見てないことを確認しる」という「これだけは見逃してくれよ」というサインを発します。見逃してくれ→キョンキョン→見逃すしかないという脳内補完が行われ、すべてのとんでも展開が承認されました。レベル「ギャルサー」でGO!です。

いきなり映画『電車男』の広告幕登場。映画派VSドラマ派の楽しくってちょっと不毛の争いを虚空の彼方に葬りさる「あんなにいい男じゃないよう」発言。映画はドラマの虚構内虚構に位置づけられました。まさに独り勝利宣言です。クヒュー。

今回のテーマは「オタクのプロポーズ」なのですが、ケケケケ血液型占いは好きですか、ケケケケコケッコッコのくりかえしのギャグでオチは「ボクとケッ」でエンディングへ。という由緒正しい三段落ちのスカシ。うーん、ちょっと綺麗すぎて脱落者がいるかな。クヒュー。

ソニンがもっとも重要なセリフ「でも本当に淋しいのは・・・」を言うのですが、怪しい東南アジア訛りだいぶ修正されてるじゃねえか。キッドとしては「電車男」ではなくて「エルメスしゃん」と続くのが東南アジアの怪しいキャバクラ嬢として素直だと思いますが、毒男スレ住人としては電車で正解なのかな。それを思いやってティファニー(ソニン)が言い換えたと脳内補完。クヒュー。

さて、今回は宇宙戦艦ヤマト、それも『さらば宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち』へのオマージュが濃厚なのですが、『銀河鉄道999』のメーテルから、テレサへ伊東美咲がスライド。テレサを悲しませたのは・・・サプリか。サプリがなぁ。テレビシリーズでは桜井(豊原功補)の陰謀を電車がかいくぐるというのがひとつのお約束展開だったわけてすが、桜井→デスラーと考えると、パワーアップした人の恋路を邪魔する奴は犬に食われて死んじまえポジションは白色彗星帝国ガトランティス皇帝ズォーダー→前園(北村一輝)ということになります。IT企業サイバーネクストかあ。クヒュー。

もちろん、おタク的には「アキハバラ@DEEP」のクーククク中込威が早くも復活しクヒュー前園という偽名を使っていることは暗黙の了解。さらに進化したオタクとして交通博物館を電車男ミュージアムに改装するのです。「純愛なんてありえない」は哀しいOD(オーバードーズ)事故死のユイ(ほんじょ、いや本上まなみ)のメモリーが未だトラウマになっているから。TBS→フジという局のボーダーも突破して進化したおタクはさらにシャー(マザコンのシンボル)に突入。「会議休むーっ」「いい加減にしなさい」美人秘書(吉瀬美智子)は「逆襲のシャア」のナナイ・ミゲルですな・・・って、今回、一般の人置き去りレビューですか。いいじゃん。わからなくても根性ある奴はぐぐれぱいいのさ。それがクルル→クヒュークオリティ。でも、深夜のおタクドラマが局枠超えてゴールデンドラマに侵入してくるなんてアナログ末期の予兆か。それを言うなら原点テレビ東京か。クルル、ケロロ、クーククククッ、クヒューっ。陰謀の現場にお気に入りの着ぐるみで自ら参加してしまう習性は全く進化なし。

さて、テレビ版、最強のキャラクターは特命係長を敵に回して下ネタを独り担当。言わずもがなの陣釜美鈴(白石美帆)である。バチカンの人まで食ってしまったか。失恋レストランにいてもいいもこみちは不在。・・・サプリか。サプリがなぁ。・・・今回もとんでも展開のタヒチ(木更津キャッアイだな)に参加するなど無駄に語録を増加させる。ドイツから帰国して曰く「本場のフランクフルトも期待したほどじゃなかったし」タヒチの男を殲滅して曰く「ナリは立派だけどナニは大したことない」タヒチで水上バイクで制服で曰く「や~ま~だ~っ」黒真珠の男をGETして曰く「あんなに複雑なのは初めて」、岸辺シローに曰く「オヤジ、話なげーんだよっ」、恋のキューピッドとなりて曰く「前園って男やばいらしいよ」(で、ウインクするのだが、ここは素直に山田の恋を応援するのではなく、前園をターゲットにしたと認識。ただし、前園も彼女の前では通過点にすぎないのだな)陣釜さん、いい人っぽいと感じた人はだまされるな~。

最後に「悪い奴なんて一人もいないさ」展開で匿名と売名、エンターティメントとショービジネス、ネットとテレビといった対立軸をなぎ倒し、一番偉いのはハッカー・カップルじゃね?を暗示しつつ、「背中を押すこと」それは時には「背を向ける」ことでもOKというダイナミックなクライマックス。トレビアン。

とんでも展開のタヒチだが、発端はエルメスの「ブラックパールってロマンチックですよね」という一言。あの崖に咲く花をとってきてください型のヴァリエーションなのだよなぁ。好きな女のためならばインディジョーンズにもなってしまう。それがバカな男の典型のひとつ。だってさぁ。世界はそれを愛と呼ぶんだぜ~っ。

関連しているキッドのブログ「ククククッ・・・クルル曹長です。(北村一輝)」

あ、堀北真希について書くの忘れてた。・・・それほどまでに電車男デラックス、濃い目。

月曜日に見る予定のテレビ『月曜ゴールデンSP秋の特選サスペンス・浅見光彦シリーズ22佐用姫伝説殺人事件』(TBSテレビ)

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2006年9月23日 (土)

クズがっ!あたしを誰だと思ってるの?(木下あゆ美)

クズは「ひき逃げもみけし警察官僚」でSMプレー愛好者の寺田農である。女王様に変装した怨み屋・木下あゆ美がムチを片手に「お前は自分の立場も省みず、好き勝手なことばかり。調教が必要ね」と見下ろすのだが、正体を知った寺田に逆襲され、ピンチに。で、続くである。しまった。最終回じゃなかったのかよぉ。

夏ドラマがほとんど終了し、ひっそりと取り残された怨み屋と怪しい仲間たち。コツコツと6%台を取り続け、このままでは平均視聴率が『レガッタ』(5.5%)を越えてしまう。もこみちは仮面ライダーだけでなく、デカイエローにも倒されちゃうのか。まさにふんだりけったりだな。

今回の依頼は老妻を轢き逃げで殺された老夫が「犯人を社会的に葬ってほしい」というものである。「素直に謝れば許せたかもしれないのに・・・」なんて凄くおとなしい依頼人だ。っていうか人が良すぎるっていうか。個人的趣味で仕事そっちのけで国旗や国歌に敵対する教員(教育は片手間でできる仕事じゃないだろう)や、そのような行為を認めちゃうコドモのような裁判官(幼稚園からやりなおせ)を即刻サカサハリツケにしてもらいたいキッドはこういうおおらかさを見習うべきかもしれんな。

で、『ドラマ24・怨み屋本舗』(テレビ東京060923AM0012~)原作・栗原正尚、脚本・川嶋澄乃、演出・仁木啓介を見た。二度目のレビューだし、最終回もレビューしてしまいそうだ。来週は国旗・国歌受け入れられない教師を擁護するバちくしてつやカの変な番組とドラマ『広島』の再放送のカップリングという強力なボケがあるのでそそられる気持ちでいっぱいなのだが。

半年以内に執行しなければならない死刑の執行が滞っている。100人近くの死刑囚が順番待ち中である。これは法務大臣が職務怠慢であるし、一国の大臣が国家というものをいかに蔑ろにしているかの象徴でもある。

もちろん、人を殺すのは嫌なことだ。たとえ、それが死刑であっても。キッドはドラマなどで死体を発見した人間がヒエーッというのは大袈裟だと思っていたが、ある日、夢の中で人間の死体(見知らぬ人)を発見し、ギョエーッと叫びながら走って逃げたのである。覚醒してから、タダの死体があんなに恐ろしいものだったのかと愕然としたことがある。だから、たとえば、死刑執行官が執行のボタンを押す(数人がダミーのボタンを押すという配慮があると聞く)たびにどれだけ辛い思いをしているか。それでも耐えて執行するのだと考えると涙が止まらない。同じように執行の認可を下す大臣もさぞかし辛いであろう。しかし、政治家というものはひょっとしたら国会議員になり、ひよっとしたら法相になるかもしれない。その時は人を殺すのだなあという覚悟を持ってなるものではないのか、とも思うのである。

それは一般市民が運転免許を取るとき、ひょっとしたら人をひき殺すのかなぁ。とか、一般市民が飲酒するときに、酔った勢いでクルマを運転して人をひき殺すのかなぁ。とか、なんとなく思うのと同じレベルであってはならないはずだ。

なぜなら、「ヒトがヒトを殺してはいけない」というルールを個人的な心情で破られたら人間社会というものが成立しないし、「ヒトがヒトを殺した場合は罰します」とルールが作られた以上、それを執行するのは国家構成者としての義務だからである。「だってさ、ボクはさ、希望して日本国民になったわけじゃないしさ。死刑なんてさ、ボクが始めたわけじゃないし」とか、どんだけコドモなんだ。もちろん、葛藤はある。死刑の論理は矛盾を孕んでいるし、冤罪の問題もある。それでもなお、心の痛みに耐え、なすべきことをなすのが大人というものではないのかな。

しかし、実際の社会は理想とは違う。キッドの母親は「もしも私が透明人間ならあんな奴は・・・」が口癖だが、彼女が透明人間でなくて良かったと思うのであるけれど、思わず、そのように言いたくなる出来事が世の中にはいっぱいなのだな。先進国だから死刑には限度があるという論議があるのだが、一般人が死刑にしてやりたくなる奴があふれているような国家が先進国であるはずはなく、誰もが幸福でいつまでも生きていたいと思えるようなパラダイスを構築してから考えればいい問題なのである。

そして、そういう、現状に悪夢は浸透してくる。それが「怨み屋」である。時代劇や特撮ヒーローなら正義のためにが敵を何人でも殺せるのだが、普通のドラマでそれを始めると、もう面白くて面白くてたまらないドラマになってしまう可能性があり、実際、そうなってしまったのであった。なぜなら、現実の社会にはない理想がそこにはあるのだから。

つまらなくなる可能性もあったのだが、スタッフはなかなかにテクニシャンなのである。たとえば。・・・エンターティメントの基本はトークショーである。そしてトークショーの基本はインタビューだ。このドラマは街頭インタビューから始まる。何人か答えて最後の一人がドラマの登場人物という仕掛けである。何度も使える手ではないが、忘れた頃に使えば非常に理にかなった手法である。今回は悪の権化である寺田農が「怨み・・・関係ないね。怨むのは弱者だもの」てなことを言いつつ視聴者を悪い夢へと誘うのであった。・・・素敵。

関連しているキッドのブログ『笑顔の下に般若の面。(木下あゆ美)』

つづく・・・の前にきたろうもピンチになっているのだが、なぜか、ハラハラしないで微笑んでしまうキッドだった。

世の中にはどうしようもなく「怨み」わけもなく「悲しみ」わかっているけれど「苦しむ」たくさんのヒトがいると思う。キッドにできることはただ祈ることだけだ。どうか、あなたの傷が癒え、馬鹿馬鹿しいことで笑えますように。お笑いの神様の前では人はただ笑うだけでいいのですから。

月曜日(日曜深夜)に見る予定のテレビ『スクールランブル二学期(最終回)』(テレビ東京)

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2006年9月22日 (金)

心に焼き付ければいつでも見えるよ。(宮崎あおい)

原案の作者は小説家(太宰治)の娘の小説家(津島佑子)である。あくまで原案なので脚本家の嗜好も含まれるのだが、登場人物・杉冬吾(西島秀俊)は津軽出身の芸術家。作者が亡父を念頭に置いたことは想像にかたくない。亡父は娘が一歳の時に愛人と玉川上水で心中して果てた。常識的に考えると娘に父の生前の記憶はないわけだが、父の幻は娘の心にいつでも見えていたと想像する。

娘の兄はダウン症であり15才で肺炎のために死去している。杉冬吾の長男・亨はやがて視力を失う設定になっている。冬吾の義理の妹で今週から松井桜子になった宮崎あおいが「視力を失うことを恐れる幼い亨に道端の桔梗を手折って見つめさせ諭す言葉」をタイトルにしてみた。娘もまた失われた父の幻影を心に想起しながら作品を書いたであろう。そして、後継者としての言葉を天から与えられなかった兄を。

そんな妄想にかられるエピソードは実は第25週水曜日(147回)のものだ。この後、亨ちゃんは桜子を訪ねる途中で犬に吠えられ行方不明になる。しかし、木曜日には発見され、事なきを得るのだが、発見するのは桜子である。桜子の姉は寺島しのぶだが、時々、室井滋に見えるほど女として魅力がなく、洞察力がなく、どちらかといえば無能の人として描かれる。つまり娘の母(故人)が夫に浮気され放題だったことを、愛人に子供まで作らせたことを、別の愛人と心中させてしまったことを、複雑な想いで怨み罵り蔑んでいるのだな。

で、『純情きらり第25週「夢にみた演奏会」(148回)』(NHKテレビ060921AM0815~)脚本・浅野妙子を見た。演出クレジットはないので責任者として制作統括・銭谷雅義を上げておく。皆様からの苦情は民間の脚本家にということですかね。とにかく、夏の終わりとともにいろいろと問題のあった戦争も終り、戦後の物語になっている。昭和22年であり、原案者が生まれた年で、太宰治入水の1年前である。

ソクラテスの「無知の知」を持ち出すまでもなく、全知全能ではない人間はすべてを知っているわけではない。もちろん、全知全能の神のような人は「いえ知っています」と言うのだろうが、ま、ここは一般常識として。つまり、こういうことだ。ここまでの物語はすべて原案者の生まれる前の出来事で、すべて想像の産物なのである。いや、最初からフィクションだろうとか、それはさておき。だから、戦時中にあんな発言をする女はいないとか、戦死者が少なすぎるとか、実力者の跡取りは簡単に召集さけれないはずだとか、戦後すぐの結婚式にしては豪華すぎるとか、そんな批判は無意味なのである。すべては戦後生れの原案者と脚本家の妄想の産物なのですから。

もちろん、もう少しリアルであってほしいなぁという識者はあるだろうし、私たちの戦前や戦中はあんなではありませんという高齢者もあるだろう。しかし、人間の知識や記憶に深い疑いを抱くキッドはさあ、どうでしょうかねえと遠くを見る目になるのである。

キッドはたくさんの戦争体験者と会って来たが、結論としては最前線にいるものは銃後を知らないし、銃後を知るものは最前線を知らない。昭和十年に生れた人は昭和九年を知らないし、昭和九年に生れた人は昭和八年を知らないということが分かったのである。つまり、戦争は悲惨だという人は戦争は喜悦だということを知らないのではないかとも類推できるわけです。ま、日本が今、景気がよくなったと言われることと、中東で戦争による大量消費が行われていることが無関係ではないということが言いたいだけなんですけどね。

今週、「きらり」を取り上げたのは馬鹿げて空想的な戦争の描写が終り、連続テレビ小説として、しっとりとしてきたかなあと考えたからですが、太宰の娘であり、太宰の長男の妹でもある原案者の心を脚本家がくみとった(147回)がキラリだったので、ちょっとピンポイントではなかったのでした。もちろん、宮崎あおいが原案者の分身と考えるとファザコンでブラコンということで亨ちゃんを雨の中で発見し、抱きしめる(148回)はギラリなのですが、この後、初恋の人・劇団ひとりが登場するらしいので、おそらくクスリとするなぁと考えます。

宮崎あおいのスキャンダルが夏の初めに賑わい、恋人の若者が無教養ということで世間の非難をあびたりしたのですが、それもまたドラマの中とは別の物語。「欲情どろり」とか「愛情するり」とか「炎上ぽろり」とかそれはそれで面白かったのですが。

現在、邦画界は活況を呈していますが、それが少女スターたちの乱立と無関係ではないことは明らかです。『あの夏の日、とんでろじいちゃん』(1998)から8年、20才になった宮崎あおいがその先駆者の一人で、前衛者であるのは間違いのないところ。今回も寝顔の愛くるしさは抜群だった。顔立ちが倍賞千恵子-原田知世系なので少女の匂いを残したまま息の長いスターになるだろうと思われる。どうか、このまま精進してもらいたいなぁ。

津島一族といえば娘の義兄は津島派の津島雄二(入り婿)衆議院議員である。根っからの自民党議員旧橋本派であり、安倍晋三新総裁体制のもと、早くも物議を醸している。そういう現実からの照射もあり、なかなかに素直に楽しめないドラマなのだが、これからラストまでは残りわずか。時を越えて「生きたいように生きる人の純情な気持ち」をきらりきらりと輝かせながら終焉に向かって行く宮崎あおいを楽しみたいのであります。

土曜日に見る予定のテレビ『土曜プレミアム・電車男デラックス・最後の聖戦』(フジテレビ)(VS特命係長・只野仁スペシャルは彼岸の墓掃除の疲労度いかんで展開)

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2006年9月21日 (木)

パシリな僕ですが恋をしてもいいですか。(田中圭)

ラブコメの基本は「おかしな人が恋をすること」なのだな。「普通の人」が恋をしてもラブコメにはならないのである。それは純愛もの、悲恋もの、修羅場ものなどになる。もちろん、「おかしさ」の基準は作り手がどう考えるかによって変わる。「もうすぐ30才の女性プランナー」がおかしいかどうか、「もう40才の男性建築家」がおかしいかどうか、「やくざの若頭の高校生」がおかしいかどうか、作り手がどう考えるかという問題である。もちろん、常識的にあきらかにおかしい場合もあり、そういう場合は作り手は楽に考えて「おかしいだろう」と思えばいい。

「パシリ」はどうか。定義をしてみると「やくざの手下のように支配者の命令に従順に従う奴隷。小学生ではいじめられっこで中学生でジュースを買いにいかされるようになり、高校生では上納金をおさめないと殴られるようになる。大学に行ければ過去を清算できる可能性があり、社会人になればそんな時代はなかったことにできる場合が多い。性格は優柔不断で、いやなことをいやと言えず、我慢強さがとりえ。マゾヒストならそれなりに喜びがある人」ということでどうだろう。・・・ま、パシリは充分、おかしな人の資格があると思います。

つまり、「パシリが恋だとぉ、1億年早いんだよー」と蔑まれる可能性大ですから。だから「パシリの恋の物語」はラブコメとして必要条件を満たしているということです。

で、『もうひとつのシュガー&スパイスVol.4(最終回)』(フジテレビ060921AM0045~)脚本・渡辺千穂、演出・松山博昭を見た。ヒロインは松本莉緖である。FM TOKYOのカフェで働く女子大生で、陶芸家になるという夢を果たすために休学中だ。彼女は実在するラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』のリスナーでもある。そんな彼女が最近気になっているのが、ラジオ局でアルバイトをしている大学生・田中なのだが、彼には秘密があった。そう、田中は高校時代、パシリだったのです。

・・・ということなのだな。松本といえば松本恵時代からずーっと美少女なのだが、移籍トラブルなどもあり、また美少女すぎて一般受けしないという法則が強く作用して、現在に至るのである。しかし、実写版『ガラスの仮面』では姫川亜弓、実写版『エースを狙え!』では竜崎麗香(お蝶夫人)を演じているように敵対的美少女の理想型であることは間違いのないところだ。美女が脇役に甘んじる。これが日本的ショー・ビジネスの限界なのだな。ただし映画『富江 BEGINNING』(2005)では川上富江だ。バンザーイ。(歴代富江・①菅野美穂②宝生舞③酒井美紀④安藤希⑤松本莉緖⑥伴杏里)次の富江まだぁ?

さて、田中といえば山田孝之との共演でおなじみ(WATER BOYS→世界の中心で、愛をさけぶ→白夜行→タイヨウのうた)、まさに芸能界におけるパシリポジションなのでこの役柄はまさに適役と言えるだろう。そして田中はパシリのくせに恋に落ちるのである。もちろん、相手は松本様である。

お互いの友人、星野源と有村実樹のセッティングでダブルデート。いいムードで二人きりの帰り道。「好きな曲は何かなぁ」などと情報交換しているところに高校時代のご主人様登場。「お、パシリのくせにいい女連れてんなぁ。お前も出世したなあ」とかっこ悪いところをみせてしまう。この後でレイプが発生しないのは女性が松本様だからだろう。その辺の普通のご主人様では恐れ多くて手が出せないのであるな。考えてみるとそんな松本様に恋をするなんて田中は「身の程知らずもいいところ」なのだな。そこが面白い。

もちろん、田中はカフェにも顔を出せなくなり、恋のくすぶり、ひきこもり、パシリの分際で恋の花実を咲かせるなどと、妄想しちゃってごめんなさい状態に。そこで松本様がラジオを利用して匿名メール「勇気を出さなきゃだめじゃない」を投稿。

身分を忘れて田中がカフェを訪ねるともはや彼女は夢のために旅立った後、今夜の深夜バスで陶芸のメッカ(信州か京都かそれとも九州か)に行ってしまうのです。ああ、やはりパシリは所詮パシリなのか。いいえ、最後の手段があります。それは「涙のリクエスト」だ。こうして主題歌『LYLA』が流れ、パシリの告白はオンエアされ、松本様のお耳に届くのでした。めでたしめでたし。

もうひとつのシュガー&スパイス・シリーズ唯一のハッピーエンドです。え、ハッピーエンドじゃないのではないかって、いえいえ、これは極上のハッピーエンドですよぉ。だって、パシリのくせに松本様に恋心を告白できたんですよ。もう身に余るハッピーじゃないですか。だってこれはラブコメなんだから。

関連するキッドのブログ『vol.2のレビュー

田中圭はこの後『僕の歩く道』(フジテレビ10月10日(火)スタート)である。『僕の生きる道』『僕と彼女と彼女の生きる道』の延長線上にある期待できるドラマ。草彅剛のパシリとして名作になるように精進してもらいたい。がんばれ、田中圭、君よ君こそが全国のパシリの皆さんの希望の星なのです。

土曜日(金曜深夜)に見る予定のテレビ『怨み屋本舗』(テレビ東京)

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2006年9月20日 (水)

もしも全国の人に不評だったら貴女のせいですからね。(阿部寛)

ちょー、ちょわっちょっちょっちょーの最終回なわけだが、このセリフの前に『ダンドリ。』で国分太一が数学教師のくせに「数学が皆さんの人生に何の役に立つかわかりませんが・・・」と言う。これを受けて『結婚できない男』では阿部が自分が出演する予定のテレビ番組の視聴率15%を見て、視聴率×全国の総世帯数×1世帯あたりの平均人数=視聴者人数を電卓で計算し「1102万5千人かよ」とつぶやくのである。数学も数学的思考も必ず役に立つのだ。

統計学的には視聴率の精度のために充分にサンプル数が足りているのだが、某ビデオリサーチの広報担当者は数学のできない人には「味噌汁の味を確かめるためになべを全部飲みほす必要がないのと同じです」と昔、説明していた。そのたとえって微妙だと思うけどな。数学って大切だな。

連休明けで気になっていた視聴率が明らかになったので、メモしておく。

『タイヨウのうた』は最終回10.2%でフィニッシュ。平均10.3%である。ヒトケタでなくて良かった。ちなみに『黒い太陽(最終回)』は11.1%、平均11.2%であった。タイヨウVS太陽は主人公の血まみれ勝利だな。

『マイボス☆マイヒーロー』23.3%で『映画・電車男』12.8%を圧倒した。ま、ヤクザとおタクじゃケンカにならないということかな。それにしてもフジテレビ編成、冷静な読みだな。

『僕たちの戦争』は15.8%、『誰よりもママを愛す』が平均10.4%だったので擬似SFドラマとしては及第点かな。

『サプリ』は最終回15.3%で平均14.3%である。月9としては低いけど、最後が15のラインを越えて良かったねぇ。

とにかく、『結婚できない男』の視聴率は夏川結衣の見立てた「明るくてフォーマルなシャツ」の評判しだいなのね。

で、『ダンドリ。Dance☆Drill(最終回)』(フジテレビ060919PM9~)脚本・横内謙介、演出・小林義則を見た。要(榮倉奈々)「雨降ってチョー固まるだよ」かしこ(木南晴夏)「・・・その通り」とバカにインテリは勝てないという結論にいたるのだが、ドラマの方は勝利≠成功の論理を最後まで引きずって、目標も曖昧、勝敗も曖昧、障害もあいまいで非常にドラマチックでないドラマのまま終ってしまった感じ。ようやく、メイフィッシュのブルーのユニフォームがお目見え、躍りきった少女たちの感激のフラッシュ、菅野美穂の涙目サービスが見所である。ダンドリ娘も含めて、メンバーのエピソードが収束した最終回だったのだが、それぞれのエピソードがまったく不完全燃焼なので単に終息していた。他人を応援すること。自分たちが挑戦すること。両方を備えた体育会系ドラマにもなったはず。そういう取材力が不足していたのではないでしょうかね。青春とは命がけのサバイバルレースなんですから。

で、『結婚できない男(最終回)』(フジテレビ060919PM10~)脚本・尾崎将也、演出・三宅喜重を見た。15分延長がまったく、気にならない、よどみない展開。先週の引きである「夜の訪問者」をシカトして翌日、連夜の新聞勧誘員からスタートである。このドラマのために自民党総裁選が翌日になったのではないかと思うような、国仲涼子せっかく告白したのに「犬がきゅうりを好きなことについて」だったコント。すべては草笛光子の予言するお似合いのカップルのために。なのである。それは「テレビぐらい知ってる、俺は見ないけどな」と「はい、どうしましたぁ」特権階級のラブストーリーなのだから。おいおい、いいのか、それで。

コンビニ店員とレンタル店員の指に光る指輪。先週、不在だったのは二人で夏休みのバカンスに出かけ「フリーターだけどいいかい」「あたしだってフリーターだもの」「じゃ、この砂浜が二人の結婚式場。太陽が神父さまだぜ。結婚指輪は安物だけど」「ううん、そんなことないよ。時給にしたらダイヤモンドだよ」ってなことがあったんですね。

預言者その2高島礼子は塚本高史の陰謀を「中学生みたいでいいわねえ」とあしらいつつ、運命の三角関係突入に「実験としては面白くなった」と読みきるのである。

「ドッジボールじゃなくて、キャッチボールがしたいです」の名セリフを残して悶える夏川診療室のベッドのリフレイン。指差し確認に枕抱き込みと冴え渡るポージング。一方、阿部は「金田。いい奴だ」と記念撮影。必殺クラフト職人で大人の遊び心と優しさ、そしてKENへの決別を果たし、もはや、怒涛のクライマックスへ。

ここからおよそ2分、セリフはなくなり、一人、橋の上、一人、ベランダ、一人、音楽鑑賞。そして金魚が一匹。回想「ボール投げました」をはさんでまた2分、スケッチブックを開き、二人の家の設計を始める。そして「どうも」「どうぞ」である。

盛り上げて夏川を随喜の涙に溺れさせ、「結婚できないけど・・・」に全国視聴者がテレビの前で「ええーっ」である。まさにお手本通りのクライマックス。

そして、後味をさわやかにするデザートの時間。この間は一本とられたけど、今夜は私が責めるわよと攻守を入れ替えて夏川が「どうしても来てっておっしゃい」「どうしても」である。部屋には新居の模型と二人のネーム入りスケッチが置かれている。

そして後提供ベース。「金魚は二匹になりました」とさ。

ああ、傑作だ。これは傑作ですとも。すごく地味なメンバーの実力にものをいわせた地味な傑作コメディー。さようなら、2006年の夏。今年の夏は「結婚できない男」を残していきました。今日の東京は台風一過の残暑だけれどもさ。ちなみに最終回の視聴率は『ダンドリ。』10.2%、『結婚できない男』22.0%でした。

木曜日に見る予定のテレビ『純情きらり』(NHKテレビ)

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2006年9月19日 (火)

志田未来のピアノ発表会で白石美帆が手を出す件。

手を出されたのは父親で愛人の佐藤浩市である。そんな佐藤の亀梨和也へのアドバイスは「別れるときにいろいろ約束するのが子供、大人ははげましの言葉をかける」なのだが子供の亀梨は「約束」しようとする。伊東美咲は涙攻撃。亀梨たまらずキス。なぜなら二人は「あなたと一緒にウォッチング」だから。

そして、伊東と亀梨は手をつないで波打ち際を歩きました。

・・・って。金子ありさ、辛いのか。辛かったのか~。誰かに手をにぎってもらいたいぐらいかぁ。りょうと瑛太にも握手させておけば三点セットだったのになあ。ところで、伊東と亀梨二人の時計は「六時二十五分」でしたかあ。それとも「五時三十二分」ぐらいかなぁ。そこに仕掛けはないんですよねぇ。そういうところが残念だ。

で、『サプリ(最終回)』(フジテレビ060918PM9~)原作・おかざき真理、脚本・金子ありさ、演出・成田岳を見た。一人が好きな伊東が今は亀梨が好きなので仕事をさぼって逢いに来る。「初めてなの。こんなことしたの初めて」素早く説明っぽい部分を抜いて脳内編集しています。遡ると伊東は職場で時計の広告案をプレゼンしながらスポンサー相手に愛の告白。「時計に体温計をプラスしました」いや「時間に体温があるのではたりゃひゃくのです」いや・・・ま、いいか。さらに遡ると「腕時計が見ているお。あなたを見ているお」すると佐藤が「抜けたな」・・・佐藤「エンジョイ」志田「エンジョイ」・・・白石「淋しくなっちゃったの。じゃ、私がいてあげよっか」・・・・・・金子ありさ、辛いのか。辛かったのか~。

ま、最終回のプレゼンは100点なのかな。拍手ももらったし。とにかく、伊東と亀梨の恋愛は大失敗なのでした。これはやはり『魔女の条件』(1999TBSタッキー&松嶋菜々子)とほぼ同じ年の差カップルなのにちっとも禁断じゃなかったのが最大の原因だと考える。

ま、それはそれとして、禁断について考える。今回、禁断なのはやはりスポンサーだよな。最終回腕時計でいえば、キッドの20代の弟子が腕時計をしていないのは携帯電話についてるからと教えてくれてから数年。腕時計はもはやおしゃれアイテムではないのか。あんなに若者が腕時計に目を落としている場面、最近リアルに見るのかよ・・・で躓くのである。

腕時計より願いが叶うミサンガ、とか、クルマは走る凶器だし、とか、お酒なんて人間をダメにするし、とか、生命保険って払い渋りするんでしょ、とか、サラ金グレーゾーンってOK? とか、パチンコなんてギャンブルじゃないか、とか。そういう、禁断の部分に純真にふれて木っ端微塵になる亀梨、優しく大人の処世術をコーチする美咲みたいな展開が望ましかった。・・・いや、ありえませんね。

おかしいんだよなぁ。美咲と和也でハッピーエンドなラブストーリー。それでいいじゃないか。やはり失敗要素があるとすれば虚構内虚構のCMかな。CMコピーは脚本外にするとか。やってたのかもしれないが、そういうスタッフワークが不足していたのでは。もちろん、ドラマのストーリーとドラマ内CMの内容が見事にとけあったシナリオが理想だけれど、さらには原作に負う部分があってもいいのだが、美咲と和也の恋に集中するためにはドラマ内CM部分の別スタッフのハイ・クォリティーが必要だったのではないか。どうかな。金子ありさ、そうじゃないのかな。でも、最終回のセリフはどれもとても良かったのだがな。浅見れいなと原口あきまさ以外はな。ま、とりあえず、がんばっていきまっしょいっ!と言いたくなったよ。

裏の小泉総理大臣物語は竜雷太の亀井静香がネ申だったのだが、なんだか、大事なポイントを忘れているような気がしないでもない。とにかく、任期中にこのようなドラマが企画されること自体、小泉総理が特殊な政治家だったことは間違いないだろう。森を持ち上げるあたり、日テレが旧体制懐古であることは明白だが、小泉が危機を招いたのではなく、危機だから小泉がネ申になったと考えるべきだと思う。目の前にある危機。人は見過ごすものだからな。伊東美咲が突然サプリに出会ったごとくに。

木曜日(水曜深夜)に見る予定のテレビ『青春★ENERGY・もうひとつのシュガー&スパイス(最終回)』(フジテレビ)

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2006年9月18日 (月)

ここはアメリカ地獄なのか?(森山未來 )

亜米利加地獄か、亜米利加天国か、意見の分かれるところですが、このドラマの最後に示される「正しい戦争」という言葉はこの世のものとも思われない。正義の戦争はあるし、正確な戦争もある。正月の戦争もあるし、正解の戦争もある。正当な戦争もあるし、正規の戦争もある。この世は正しい戦争で満ち溢れているが、この正しい戦争はどの戦争のことなのだろう。

せっかくの娯楽作品に水を差す「つまらないクレジット」は本当に損である。言いたいことは作品の中で言えばいいのだ。現代から戦時に送り込まれた森山が死の間際に「正しい戦争なんかない。責任者出て来い」と叫ぶので充分だろう。その正しい戦争は分かる。「平和な日本で生きていたのにありえないタイムスリップで人間魚雷に搭乗させられ特攻するなんて正しい戦争じゃない」とキッドも納得である。

神風特攻機は1944年10月が第一号と言われるが組織的に軍が作戦として行うのはほぼ1945年である。これに対して特殊潜航艇の攻撃は非常に帰還率の低い特攻作戦であるにもかかわらず、1941年の真珠湾攻撃から行われていた。潜水艦よりも小型な潜航艇で敵艦に肉薄し、魚雷を発射するというシステムがエスカレートし、魚雷そのものに人間を積み込む「回天」が誕生するのは1944年8月である。これは特攻機とは違い、新兵器であるから、研究そのものはずっと以前から続けられていたわけだ。1944年末から発案者、研究者、製造者が一体となって100名ほどを発進させた。潜水艦(イ-15級、イ-16級など)に搭載され隠密行動、輸送艦もろとも撃破などの事情により作戦記録も定かではない。一億総特攻すれば許される行為もぐだぐだ敗戦では生き残った関係者はさぞ寝覚めの悪いことだったろう。終戦後の特攻では宇垣中将の彗星11機道連れ自決特攻が有名だが、「後から行くといっておいておめおめ生き残れるか」という心情は正しいとか誤りではなく、恥ずかしい気持ちとして理解することのできるものだと思う。軽巡洋艦「北上」は回天(8基)搭載艦として改造されたが同時に終戦を迎えた。それが間の抜けたことなのか、幸運なのか、キッドは後者であってほしいと願う。

で、『スペシャルドラマ・僕たちの戦争』(TBSテレビ060917PM9~)原作・荻原浩、脚本・山元清多、演出・金子文紀を見た。1944年に生きる大日本帝国の赤とんぼの飛行訓練兵と2006年前後を生きる日本国の趣味のサーファーが特に理由もなくチェンジするファンタジーである。死者の霊が憑依したオカルトとも考えられる。この場合は太平洋戦争体験は幻想ということになる。擬似SFと考えると、雷雲に発生したプラズマとビッグ・ウェンズディー的低気圧がスパークして時空の狭間を生み出し現在と過去へそっくりさんを等価交換したという説明でも説明仕切れない作者の都合が介在したらしい。

森山が現代に送り込まれ上野樹里に童貞を捧げる大日本帝国海軍軍人と、過去に送り込まれて内山理名の処女を奪う日本国のフリーターを見事に演じている。内山は奪われていないだろうという人はいるかもしれないが、空襲のときに処女を失う体験をキッドは何人か本人から聞いているので、そうだったのだと言っておく。上野樹里のテレビ的にはギリギリの濡れ場もあり、なかなかにおしゃれなエンターティメントに仕上がった。戦争シーンの描写は現行コンシューマゲームマシンのCGレベルではあるが、何がどうなっているか分かる程度には臨場感があった。

過去に送られた森山が恋人の先祖にあって恋のキューピッドを務めようとするのは文章で書かれるだけならごまかせるだろうが、映像化するとかなり無理のある展開であった。だが、まあ、なんとか、ごまけたかな。

恋人が気付かぬほどのそっくり度と言うと一卵性双生児であり、タイムスリップ能力を持ったエスパーというのが合理的であろう。古田新太の本当の子供は出産直後(命の危機発動パターンなので難産だった)森山Bにはじかれてどこかに飛ばされたのだと考える。こうして森山Aは戦前を森山Bは戦後を生きるのである。

そして入れ替えが起きる。これで最後はどちらが浮上してきてもおかしくない。もちろん、辻褄的には森山Bが復帰し、森山Aの死体が過去にというのも美しい。また、森山Bは通常魚雷の三倍の炸薬で木っ端微塵になったのだから、そのゆらぎだけが現代にエコーしてひっかかったロープを揺らし、森山Aが助かったというのもそれなりに趣きがあると思う。もちろん、結論を受け手に委ねる手法(リドルストーリー)はあってもいいのだが、キッドとしては結末回避症候群として根性なしのレッテルを貼ることにしている。

またか、また、客におまかせか。たまにはシェフにおまかせでお願いしたいのだが。

ともかく、戦前からの戦後の批判。戦後からの戦前の批判のどちらも行われ、歴史的に公平だった。主張は「人間なんて世の中がどうなろうとそれなりに生きていくものだ」である。だから最後のテロップは作品に対しての侮辱とも思えるのである。内容と関係ないようと思うのだ。本当にTBSテレビってそういうところがダメだな。

上野樹里のドラキュラに対して森山がウサギで返すのと「1+1はニー」のくりかえしのギャグのスカシ展開。このユーモアセンスをベースにゆったりとしたよどみない演出で金子演出はオフィスクレシェンドこの夏一番の腕前を披露したと思う。ファンとしてホッとしたよ。

もちろん、上野樹里が内山理名と森山Bの孫である可能性もあり、この場合、限りなく祖父と孫の近親相姦に近いことになってしまうが、あくまで森山Aは祖父兄であり、遺伝的には問題なしと考える。

まあ、何もかも作者が提示するのは無理というものだが、脳内補完に頼りすぎると駄作になってしまう。そういう意味では過去にタイムスリッブした現代の人も、現代にスリップした過去の人も、スムーズに描かれていた良作でありました。現代森山に感情移入した男の子たち(視聴者)はそっくりさんとはいえ、昔の男に彼女を奪われた疑似体験がトラウマになったかもしれず、それはそれでとても楽しいことだな。わはははは。ま、フィクションですから。

関連するキッドのブログ『今日は大日本帝国の敗戦記念日』

火曜日に見る予定のテレビ『ダンドリ。(最終回)』&『結婚できない男(最終回)』(フジテレビ)

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2006年9月17日 (日)

大丈夫、食べられますよ。(中谷美紀似の中谷美紀)

「刺青じゃなくて蒙古班だから・・・って悪夢じゃねえか。コノヤロー」(長瀬智也)というタイトルも考えたのですがやはりヒロイン優先になってしまいました。連続20%越えで勢いに乗る「マイボス☆マイヒーロー」か、2chの実況版で40スレ越えした「映画・電車男」か。視聴率が楽しみですねえ。

どちらも譲らず20VS20なら、そんなにかぶっていない視聴者層ってどういう構造ってことになると思うし、19VS15ぐらいでマイボス勝ったけれど20届かずって感じかな。テレビ版の電車ファンが素直に見れば「映画電車」にも勝機はあるかな。

フジテレビは延長しないで放送ということで、映画版をそれほど評価していない姿勢。オタク文化を一過性のブームと見ているのかな。それは・・・まあ、視聴率しだいか。

で、『マイボス☆マイヒーロー(最終回)』(日本テレビ060916PM9~)脚本・大森美香、演出・佐藤東弥を見た。今のところ、日本人の五人に一人はヤクザが大好きーっていうことですかね。ま、おじいちゃんが背中に般若背負っていたキッドとしてはその気持ち分からなくはないですが。でも、実際は義理も人情もないですから。男でも女でもちょっと弱みを見せたなら高金利で覚醒剤で風俗で骨の髄までしゃぶられちゃいますからあ。気をつけてくださいね。どんな世界にも善人もいれば悪人もいると言いますが、この世界には小悪党と極悪人しかいませんからぁ。

ま、韓国映画のリメイクの学園コメディにそんなに目くじらたててもしょうがないですけどね。でも、学園に殴りこみに来たやくざと刺青全開で乱闘し傷害事件で逮捕されて新聞沙汰になったやくざの幹部を受け入れる私立・宙船高校ってどんだけ度量が広いんだ。あ、やくざが経営しているのか・・・はにゃ?

学級委員=組長という思いつきでかなりひろげ、落ちこぼれた人間の再生の物語としてはかなり素敵な出来ばえになっている。最後の交換日記。これまでのとんでもシーンをなつかしくふりかえり、最高の思い出が桜なんとかってあたりは泣かせます。そして、お迎えが来てマッキー涙の一人卒業式。寄せ書き卒業証書・・・うにゃ?

新垣結衣と香椎由宇どちらがマッキーの姉さん(組長夫人)になるのか。クラス全員が「オレってヤクザの組長のダチがいるんだぜ~」って自慢すると思うのだがそれでいいのか。花王はスポンサーだが提供はしていませんという態度なのだがそれが大人というものなのか。など、様々な問題が山積みですが、それはねもたいまさこ。・・・ほにゃ?

で、『土曜プレミアム・電車男(2005年劇場公開作品)』(フジテレビ060916PM9~)脚本・金子ありさ、監督・村上正典も見た。一年たつのって本当に早いな。中谷美紀のエルメスってやはりしっとりしてるよなぁ。伊東美咲のエルメスも悪くないけどねえ。山田孝之の電車男と伊藤淳史の電車男は・・・うっ比較できん。

映画版は最後に電車男が定期を拾うことで、①二人はすでにすれちがっていた説 ②夢オチだった説で激しくバトルが繰り広げられるのだった。論争が釣られた結果かどうかはともかく、日本映画にありがちな「ストレートにハッピーエンドは照れますよ。はははは」という姿勢だったのだと思う。ま、映画なんて作るやつはみんな電車男だからな。

映像的には「電車男の自己紹介」で使われる電車男の日常の回想の続きなので、エルメスとの出会いより過去の出来事の秘密暴露と捕らえて問題ない。定期は一人の山田、カップルの山田どちらも「17-7-11まで」という更新なしのものなので、特に夢だったという暗示はない。もちろん、ハッピーエンドを楽しんでいた観客がいきなり、一人ぼっちの電車男を見せられてショックを受け、夢オチだったのかよ・・・と思う気持ちも分かる。

③としてエルメスが最初に電車に間に合った世界と間に合わなかった世界で分岐したという説もあるが、それはもう各個人の妄想として楽しめばいいと思う。④としてスタッフが「出会いは誰にでもあることをアピールしたかった」という説があるが、それはうぜーっと思う人がたくさんたくさんいると思う。キッドとしてはやはり監督がきっちりとハッピーエンドで終らせる根性がなかっただけだと考えます。

夜空に咲く恋の電子花火。メリーゴーランド秋葉原。ここは映画版がとても素敵。キスシーンもまるで映画みたい。でも中谷が素敵すぎて百式Tシャツだけに山田がおタクシンボルでなくてマザコンシンボルに見えてくるのはキッドだけではあるまい。シャーッ。

中山忍似の白石美帆は特に指定はないが陣釜美鈴として見るので鼓動が高鳴った。「カードがなかったらダメだっていってんだろおおおおがああああ」的に。ナース国仲涼子はここにもいたのかとKEN(結婚できない男参照)を探した。基本的にネットの住人・少数精鋭だが、木村多江・らくだの夫婦が脇役夫婦でナイスな感じ。仮想空間のプラットホームでは電車が去ったときに電車男投身自殺かと思ったのもキッドだけではないはずだ。

最後のすれちがいそうになるけれどめぐりあえてよかったねのシーンでは邂逅前の路上で電車男が携帯電話を失くすシーンがカットされており、山田のかけずりまわりに「なんで電話しねえんだよ」とイラッときた人が1万人くらいいたと思うな。主題歌もエンドロールとともにカットされていて、延長しなかったのは、やはりフジテレビ、映画版を信用してなかったかな。

おタクという言葉が一般化される以前に故・寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」と人々を誘ったのだが、今、「ネットを捨てよう、町へ出よう」と言っても、携帯は持っていってしまうので無理じゃねとふと考える。そして町へ出た寺山は覗きで逮捕されてしまったのだよなあと思い出す。電車男もおタクだが、寺山修司もおタク、キッドもおタクである。だからなるべく外出はさけようと結論した。

月曜日に見る予定のテレビ『サプリ(最終回)』

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2006年9月16日 (土)

月はいつだって本当は満月だし。(沢尻エリカ)

XPの実際の症例と異なる点があります。・・・だったら架空の病気でもいいのではないかと思う。実在の病気によりかかり、リアルを得ようとするのなら、ギリギリまでXPに肉薄するのがドラマ魂というものではないだろうか。XPであり、紫外線という刺激に弱く、神経症を発し、声帯維持と呼吸器維持の二者択一を迫られる。このぐらいの症例は個性というもので充分、説得ができる。世界にはたった一人の患者しかいない名も知れぬ病が満ち溢れているのだから。

このドラマのあとのクレジットに感じるもどかしさが全編に渡ってちらりと顔をのぞかせ、ヒヤヒヤする作品だったが、なんとか感動の最終回にこぎつけた。それは原史奈が舌打ちするほどの脈絡のない感動だったが、とにかく、おしゃれな主題歌のクリップもとばし、松下奈緒のファーストライブもそこそこに、オケがギターのみに変わった「タイヨウのうた」を死せる歌姫が歌いあげると「ひまわりゆれる」本当にいい夏が去っていったのだな。

だけどさあ、もっともっと涙をしぼりとることのできるドラマにもなったよね。これ。後提供に回想シーンが入るんだけど・・・そこに入ってもいいんだけど・・・もっと入れる場所あったんじゃないかなあ。愛が記憶だっていう基本がおろそかにされている。回想シーン=陳腐の信者なのかもしれないが。それが5話あたりからずーっと気になった。2話の6.9%で動揺したのかな。思いつきがあふれているスタッフだってことは分かるんだけど、糸のない針で縫い物しているみたいなところがあるんだよなあ。たとえば、「もう少しでいけそうでいけなかった」沢尻を抱きしめた山田孝之の時間が止まるのだが、止まりすぎなのだよなあ。「俺は泣かないからな」泣く。ぐらいで終るようにこの場面以前で説明しておくべきだったと考えます。ま、好みの問題と言われればそれまでですが。っていうか、山田より沢尻がもっと見たかっただけだろ。キッド。

で、『タイヨウのうた(最終回)』(TBSテレビ060915PM10~)脚本・渡邉睦月、演出・山室大輔を見た。最終回はどこにでるかわからなかった難病の症状が呼吸器系の異常となって声帯喪失か、延命拒否かという選択を迫られた沢尻が延命拒否を選択。とんとん拍子でデビューライブが決まり、スカートを穿いて初めてのデートと月下のキス、そして出の直前に奈落で死亡。遺作が売れるという展開である。終わり行く夏の陽射しをあびて山田がギターを奏で幻影の沢尻が砂浜で歌う名場面でエンドである。

視聴率は微妙だが、沢尻エリカは充分に堪能できた。やはり設定しすぎ病で消化しきれなかった感は強いが、最終回はある愛の物語に仕上がったと思う。

しかし、たとえば竹中直人や江ノ島の警官は消えていたし、原史奈は1カットだったり、ある種の惨状は呈しているのである。山田の少年院仲間のレイプ魔はどうしたのか。小林麻央とベッキーは二人いる意味があったのか。・・・ま、いいか。山田他三人と女の子の人数合わせで殺人観覧車の回は成立するのだし、レイプ未遂があってピンクの保護服でこの山田知りませんかビラ配りはあるのだし、原史奈の陰謀あってこその沢尻炎天下爆走なのであって、山田への「愛」のために命を縮める沢尻が描かれているのだから。しかし、その辺のところ、視聴者に伝わっているのかなあ。

しつこいようだが、このドラマ回想シーンの使い方が不器用だ。最後の名場面が追憶であることを否定しないわけにはいかないだろう。ドラマ開始以前の回想も含めて、もっと思い出させてよ。と思うのである。

たとえば佐藤めぐみと沢尻の関係はもう少し掘り下げるべきだった。佐藤めぐみはものすごくいい女の子なのだ。沢尻に山田を引き合わせ、山田に沢尻の病気を教え、デートのときはスカートを貸してくれる。なぜ、それほどまでに沢尻に奉仕するのか。教えてもらいたい。少女時代に二人に絶対何かあったはずだ。

山田と松下の施設時代ももう少し丁寧に回想する必要があったし、三人組と山田の関係も同様だ。ついでに原と要潤の回想も欲しいくらいだった。複雑な過去を持つ山田と理解されにくい現在の沢尻。山田の過去の回想が1/5、沢尻の現在の説明が1/5、山田と沢尻の現在の回想が1/5、各回のメインイベント1/5、その他1/5くらいのペース配分で一回づつを処理すると良かったのだな。

歌姫の物語である。松下の「Wish」、沢尻の愛する山田に贈る「Stay With Me」と愛する山田に捧げる「タイヨウのうた」そして柴咲コウの主題歌「invitation」をもう少し有機的に結合する工夫があってもよかった。沢尻が絶唱しそこなう、つまり、臨終するシーンへと続くステップには松下のアンコールナンバーが断続的に挿入されるのだが、たとえば、ここで沢尻「Stay・・・」を松下が歌うという展開であるとかだ。

呼吸器系の神経麻痺発作といえば窒息死ということである。死の中でももっとも苦悶死すると言われる窒息死を選択したからには、視聴者が引くほどの苦しみもだえ、生よりも夢を選択した沢尻の激情を表現しつつ、奈落からの登場曲(主題歌のイントロダクション的な)、要がセリのエレベーターを停止、登場曲の停止と、沢尻の死の静寂。山田の嘆き。ざわめきとその他の人々。B.G.M.としての主題曲そして、沢尻はもう回想しない。死んだから。回想するのは残された人々。そういうテンションだったら良かったのになあ。『1リットルの涙』や『セカチュー』との差別化もできたしねえ。でも、いいか、どんな脚本と演出でも沢尻エリカはいつだって本当は沢尻エリカだし。

関連するキッドのブログ『第一回のレビュー

テレ朝ほどではないけれど、夏ドラマの低視聴率特性、アナログテレビの退潮、ジブリなどに翻弄された『タイヨウのうた』ではある。番組は生き物だから、低視聴率攻撃は応えるものだ。オタオタするし、アタフタするし、あれやこれやしなければならない、そういう意味ではがんばったかな。バンドの成立過程のリアリティーのなさを抜きにすれば。たとえ、一曲限定にしろ、楽器の修練がひと夏で可能でないことは一般的常識だと思いますので。全員天才だったのか。全員過去にやっていたのか。そういう設定にしても本筋にそれほど影響しなかったのでは。

日曜日に見る予定のテレビ『スペシャルドラマ・僕たちの戦争』(TBSテレビ)うわっ、この時期にかよ。堤さん苦闘、二階健あぼーん、今井夏木ジリジリ、大丈夫か、しのげるのか、期待しちゃうぞ、最後の頼みの綱、金子文紀!

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2006年9月15日 (金)

踏み切りで牛乳ビンを持っていました。(沢尻エリカ)

なるほどなあ。フジテレビへのお問い合わせ(2002年8月ころ)でQ「マネーのへらのオープニングで牛乳ビンを持っているのは誰ですか?」A「池沢エリカさん」は間違いだったのだな。だめじゃないか。でもアイドルに尻が入っているのはおかしいと考えた思い込みの強い善意のスタッフ(バカ)が「尻」→「沢」の間違いに違いないと断定したのかもな。じゃ、池は池はどっから~。・・・とりあえず本名をそのままというのが戦略にしろ、無計画にしろ、沢尻のプライドの高さというものを感じるのだなあ。

ここからは思い込みの激しいだけのキッドが妄想するので、みんな気にしないでください。複数の異性と性的関係を結ぶ女性を示す汚い言葉が二つある。「ヤリマン」と「サセコ」である。この二者には境界線があり、その左右はプライドの高さで変わる。プライド(高)ヤリマン←→サセコ(低)プライドである。一夫一婦制度の基では両者はともに否定的であるが、男性側や和の共産主義では「ヤリマン」がより否定され、フェミニストや競争の社会主義では「サセコ」がより否定されることになる。ただし、キッドはどちらのタイプも愛おしい。ヤリマン「言われるままにさせるなんてあなたにはプライドがないの」サセコ「・・・だってぇ、断ったらかわいそうじゃない」ヤリマン「あなたにはあるのは思いやりじゃなくてちやほやされるのがうれしい気持ちだけでしょ」サセコ「・・・あんただってぇ、結局、同じことしてるじゃないのぅ」ヤリマン「違うわよ。トライしてチャレンジしてテストするのとトイレの便器になるのとはね。あなたとこれ以上話す気にはなれないね」サセコ「・・・・・・・・」ふふふ。そうか。そうだったのか。

しかし、人間はマイナーチェンジを繰り返して成長する生き物。「自分から告白できない」という方針は「愛について」ひとつの深まりを示唆しているとも言える。沢尻エリカの「安室奈美江へと続く道」もそろそろゴールが近いのかもしれない。しかし、芸能界はそこそこ広いな。

で、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ060914PM9~)構成・秋元康(他)、演出・太田一平、アンザイ君、元気そうだなを見た。最初15分は『MONEY WARS ギャラ High & Low』である。出演者はギャラの高い順に①武田修宏(ホリプロ)日本テレビはギャラが高いから。②アントン・ウイッキー(奥羽大学)博士だから。③平仲信明(平仲ボクシングスクールジム)元・世界スーパーライト級王者だから。ちなみに亀田の試合は判定結果否定派。④金剛地武志(etiquette recording co)世界エアギター選手権4位だし、柴田太郎だから。⑤タカアンドトシ(吉本興業)だから。ちなみに今回は「欧米か!」パターンのツッコミのチャンスを石橋貴明が何度もフルがスルーして何度も普通のツッコミにしていた。こだわりたくないのかもしれないがもったいない。

で、『新・食わず嫌い王決定戦』は石橋ゲスト・沢尻エリカVS木梨ゲスト・加藤茶である。加藤茶は初登場。「志村は何度も出てるのに」「ギャラが高いから」や「娘さんが文句いうかも」「家にいないんだよ」や「子供の頃から憧れていたのに」「アドリブが弱い」などと63歳のじいじとしてツッコミを受けボケとしての健在さが示された。扱いが難しいのは分かるがそろそろドラマで普通の役にもっともっと起用してもらいたい。沢尻は映画『シュガー&スパイス~風味絶景』(フジテレビ系)の告知ゲストなのだが、オリコン1位の『タイヨウのうた』(TBS系ドラマの主題歌・・・収録は発売前の可能性ありだが)にはまったく触れず、企業行政的には正しいのだがそれがちょっと鼻につく時代になりつつあると思う。

お土産は沢尻が産地直送マスカット(12600円)&巨峰(3150円)、加藤が銀座・源吉兆庵のあんとろり(1個368円)だった。沢尻のコメント「皮ごと・・・」「とろ~りしてる」加藤のコメント「一個なら俺のが高い・・・(心の中で368×4を暗算して)やっぱり安いか」

加藤の好物①とんこつラーメン(足の裏風の匂いが好きと三味線を引くがおたおたする)②ししとうの天ぷら(ピーマン系で貴明がチェック)③チンジャオロースー(やけ食い的に頬張るがピーマンでチェック)④特上カルビ(健康面を心配されるほど食べる)

沢尻の好物①サーモンのマリネ(フランスママの話題、一番好きなママの料理ブイヤベース)木梨「かわいい」石橋「25歳なら勝負かける」加藤「63歳だってかける」②北京ダック(手巻きのセルフサービスにとまどう)沢尻の高飛車風味として木梨「マネージャー、お巻きなさい」全員口元を注視。③とんかつ(ごはんをあまり食べないがカツサンドで)沢尻「豚が好き」を連発、怪しいのだが、加藤「何を食べてもかわいい」④ブルーチーズ(どんな匂いでも大丈夫)恋愛の対象年齢の話になり「年齢は気にしたことない」が60代で笑う。「自分の口からは・・・中々・・・」と「言う可能性あり」を飲み込む。沢尻20才おそるべし。

結果、加藤「チンジャオロースー」(一発的中)沢尻「北京ダック」(ハズレ)で勝負あり。沢尻正解は「とんかつ」で豚は嫌いを連発。揚げ物も嫌い。でもイベリコ豚の生ハムだけは好きらしい。罰ゲームでタブーただし「ひさしぶりだわぁ」だけで「あんたも好きネエ」「ちょっとだけよ」はなし。「こんなことやらせんなよっ」でオチ。いかりやさんあってのネタだからなぁ。照明と音楽はありで失礼はなかった。

さあ、いよいよ、「タイヨウのうた」最終回である。オデコだし、どちらかといえば庶民的な美貌の沢尻だと思うのだが、同性はストレートな共感コースにいないようだ。モデル時代のファンはストレートだと思うので一周している感じがある。こうなると、反発→圧倒→屈服→憧憬→共感という遠回りを求められる。オリコンチャート1位は最終コーナーを回ったと考えられ、明日はホームアローン3とさんまさんが裏なので視聴率で真価を問うことが出来そうだ。「した」の衣装は胸の谷間をセーブしたので、明日はスロットル全開もありうるし、恋愛と難病の両クライマックスで、峠を越えてもらいたい。老若男女をつかむことのできる峠だと考える。

土曜日に見る予定のテレビ『マイボス☆マイヒーロー(最終回)』(日本テレビ)VS『土曜プレミアム・電車男(2005年公開)』(フジテレビ)やくざ高校生20%フィニッシュなるか!去年のブームが一矢報いるか!この夏の正念場・・・あの、夏、終っちゃったみたいなんですけどぉ。(シバタ?)

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2006年9月14日 (木)

私を必要以上に見つめていた方ね。(栗山千明)

およそ100万人くらいを代表して「そうです。私はついあなたばかりを見つめすぎてしまいました」と平岡祐太が代弁してくれるのだが、スタッフもみんな手がおろそかだったんだろうなあ。と思わざるをえない出来上がりになっていると思う。スタッフのブログが炎上するほどのスペシャルドラマって凄いな。

裏では『PS羅生門・警視庁東都署』が最終回を迎えていたのだが、こちらは遠野凪子が一応どんでん返しの隠れからくりを仕掛けていて、小松みゆきが死体になっているし、松本莉緒は鑑識なのに襟元全開で容疑者取り調べるし、木村佳乃は「ささやかな首」をかけて警察機構に叛旗をひるがえすという、最初からこの調子でやっていればよかったのに的な、見応えのある最終回をだったし、『CAとお呼び!』も最終回でサトエリの出番は少なかったけれど、西田尚美の滅多に見られぬ結婚式が見られるという、サラリーマン南田くん(沢村一樹)はがんばりました的展開があったのだが。

それでもやっぱり、栗山千明の誘惑には勝てなかった全国の同志諸君。満足できたかな。キッドはヤンキース松井が連続四安打復帰を果たした時点ですべてを許す気持ちになっていたのでとてもとても満足しました。

で、『夏の冒険ミステリー・コークといえばコカコーラじゃなくってカクレカラクリ』(TBSテレビ060913PM9~)原作・森博嗣、脚本・宗村章太(他)、演出・二階健を見た。二人の大学生が夏休みのアルバイト先の田舎の老舗温泉旅館で美少女(お嬢様といえば栗山千明)に出会い、携帯番号を教えてもらうまでを描いたラブコメです。栗山の妹が星井七瀬でカーペンター片サスペンダー着崩しで仄かにセクシーサービスをします。星井は旅館の跡取り息子・落合扶樹(せむし男だが時々背伸びする)と恋愛関係にありますが、栗山・星井姉妹の花山家と老舗旅館・風見家とは犬猿の仲でロミジュリ展開をします。他に射手座のからくり人形、紋章おりたたみきりぬき暗号解読、落とすと割れるからくり細工、重ねると読める地図、世にも稀な烏天狗地蔵、幻の金塊、窓から見える秘密の箱、盗人を捕らえてみたら友達だった、みんなで仲良く包帯などお手軽トリック要素満載。殺人事件はコカコーラがスカッとしないのでさわやかにおこりません。シュッポッ。シュワーッだけは満載です。10分に一回、コーラを飲むのですが、誰もゲップをしないところがミステリーなドラマです。

近親婚が隠れテーマですが最大の謎は加藤成亮が妹と関係したのかどうか、です。逢うと関係してしまいそうでこわいと考えないと二人が会わない理由がないですし。次に平岡はどうしてアルバイトを得たのか。最後に杉本哲太は一度も箱を振ってみたことがなかったのかということです。ついでに鰐淵晴子と泉谷しげるはカクレカラクリだと思います。男と女あやつりつられです。失礼。隠れ乳繰り合いの間違いでした。

氏素性で言うと、風見は桓武平氏、花山は崋山の流れと考えると源氏ですから、源平的土地争いは当然の帰結なのですが、この場合は無関係でした。120年前は1886(明治18)年です。平均25才で後継誕生と考えると、1911年に第2世代、1936年(昭和11年)に第3世代(やや若いが泉谷世代)、1961年に第4世代、1986年に第5世代(栗山世代)が誕生します。ちなみに第2世代はすでに従姉妹・従兄弟なので婚姻可能です。だから、泉谷・鰐淵の愛の結晶から出来た孫同志だったとしても星井・落合の婚姻・合体には何の問題もありません。だから、カクレカラクリで隠す必要のあった秘密はもっとドロドロとした秘密であり、杉本哲太は本当の秘密を守りきったのだというのが真実だと思われます。ヒント・磯貝家だけが金塊のありかを知っていた。杉本哲太は悠々自適の毎日。

もちろん、最大の見せ場は栗山千明が必殺の空手技を披露するところだが、モロ師岡をひっとらえる時も栗山千明でよかったのにと思う。冒頭、中山エミリの妹えれにゃんこと英玲奈がロリータファッションで、ゴシックホラーツァーに出かけていくのだが、 その後のフォローがほとんどないところがプロデューサー・小林美穂の力量のなせるワザですかな。でも、やはり最後に登場はくどいか。思い切って駅弁でコーラを飲むぐらいのえぐくて不味そうな展開も欲しいと思いました。こんなドラマ見て、誰がコカコーラなんて飲むかっての。

金曜日に見る予定のテレビ『タイヨウのうた』(TBSテレビ)

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2006年9月13日 (水)

ちょわっちょっちょっちょっ~。(E.L.T.)

不思議なことがあるよ~ということなのだが、Every Little Thingは主題歌であまりいいドラマにめぐりあっていないのだな。『甘い結婚』(1998)の『Time goes by』の印象強いからか、ヒット連発のイメージあるのだが、もう8年も前だ。そういえば、これにも高島礼子が出ていたな。

今回はタイトル案として「その年まで痴漢に遭わなければもう安心ですね。(国仲涼子)」「(肯いて同意)(ケン)」「ぼくは味方ですから。(塚本高史)」「心とは逆のことを言うことが多いみたい。(夏川結衣&高島)」「目から何を出してんだ。阿部ちゃんはよぉ」「変な二枚目プラス結衣って新垣じゃなくて」「サイボーグ009を読みたい夜」「チーズフォンデュ残すのかい」「雪女とミイラ男の仲が怪しい件」「腋の下がムズムズする場合」「今夜、月の下で男が泣きました」「花柄が時々たまらなくなつかしい時がある・・・」などどこを切っても面白い状態なのでスキャット部分がオツな主題歌に敬意を捧げてみました。

視聴率勝負は怪しく爆発する『マイボス・・・』にぶっちぎられた模様ですが、地味に時の経つのを忘れさせてくれるドラマ、ま、『ダンドリ。』の次に見るというプラスアルファもあるかもしれませんがね。最終回を前に名残おしさがありますよ。ジャニーズ抜きで夏ドラマ暫定2位。立派ですよね。(KEN、頷いて同意)

で、『ダンドリ。』(フジテレビ060912PM9~)脚本・横内謙介、演出・石川淳一を見た。前回からかしこさん(木南晴夏)が大活躍で、クレジットに役名がないのが不思議なほどの展開になっているのだが、森田彩華とメガネっ娘かぶりが象徴するように設定しすぎの悪弊が最終回を前にしてようやく終息してきたようだ。六角精児が榮倉奈々の部屋を訪問しユニフォームについて報告するシーンは名場面。黒澤明的縦の構図になっていてかしこさんがにらんだりくるりとまわったり、実に美しかった。すべてがこのぐらいつきつめるとよかったのだが、新人に脚本を任せるときはタレント行政勝負という典型でしたな。

とにかく、国分太一と夏八木勲の確執解消。戸田恵子家族の和解成立と、段取悪い展開が終り、・・・菅野美穂はもうひとつ処理が必要なようだが、奈々の負傷はまたしてもとってつけた引きで引かれないにしても、後はヒラヒラ衣装をかしこさんが着てくれるのかどうか。最終回最大の見せ場はそこだな。ああ、ドラマのようにレビューもグダグダである。悠(祝)城早矢が出ているので縁起のいい視聴率が欲しいですな。

で、『結婚できない男』(フジテレビ060912PM10~)脚本・尾崎将也、演出・小松隆志を見た。こっちだって設定は盛りだくさんだが、すべてが結婚できない男に集約されているので無駄がないのである。美人で未婚の女医も、美人で未婚の同僚も、美人で未婚のお隣さんとその飼い犬も、老母と妹夫婦も、目ざとい警官も、美人で気の利くコンビニ店員も、美人で素直なレストラン給仕人も、アニで銀次郎で忠実な部下とその彼女も、美人で泣き虫なハトバスガイド(加賀美早紀・4話ゲスト)も、トヨタ2000GTに乗った金田も、すべて阿部寛のキャラを描くために収束している。つきつめていえばそれが素晴らしい。

それにしても、未婚の人ばかりが集合したドラマだなあ。尾美としのりの家庭が異空間のようである。尾美・三浦理恵子以外全部独身・・・なのだなあ。一人ぼっちをこよなく愛するキッドが言うのもなんなのだが、みんな、淋しくないの?

もし夏美・信介カップルがオチだとすると女医と建築家のカップルである。冨が集中しすぎるのでアルカイダからテロをかけられそうな組合せなのだが、ほとんどの視聴者はまったく反感がわかないのではないだろうか。だとするとそれは脚本と演出の勝利と呼べるだろう。合衆国は見習わなければならないね。なんのこっちゃ。

前回まで『ダンドリ。』の平均視聴率が8.7%、『結婚できない男』が16.2%である。視聴率がすべてではないが、重要なファクターだ。十時になるとフジテレビを見る人がほぼ倍になるのである。キッドは両方を見ているわけだが、後から来る人々の気持ちはよく分かる。みんな、時間を大切に使いたいものな。でも、最初から一緒にいる人たちの気持ちも分かる。つらいけれどこれはこれでかしこさんが出ているわけだし。

木曜日に見る予定のテレビ『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ)ゴースト(ホラー)と迷うけれど沢尻エリカ(アイドル)と加藤茶(お笑い)にやはり釣られました。

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2006年9月12日 (火)

本当にそれでいいの。(麻生久美子)

念を押す言葉である。麻生久美子は「友達が困っている時には何とかしたいと思う」働く女性。対する小雪は「高校生のときに死んでも一人だったらどうしようと思った」女子大学生。二人の接点となる加藤晴彦はどちらかといえば貧乏な大学生である。2000年としても経済学部の学生であるのにパソコンを操作できず、携帯電話を持っておらず、車を持っていない。格差社会の暗示がある。自殺がブームの社会である。

時代に何らかの危機感を持って加藤はパソコンを買う。ダイヤルアップ接続の懐かしい効果音。旧ウインドウズ的画面。それが五年ほど前であることを示している。日本公開は2001年だが、映画は2000年に完成している。もちろん、退色したような色合いの暗い画面は黒沢清監督っぽいものだが、当時の世相というものがものすごい閉塞感を伴っていた。不況のどん底で、現在の勝ち組負け組論以前の日本全体が負け組の様相を呈していたのである。

そこにが襲ってくる。つまり、これは「異世界からの侵略もの」なのである。は黒沢清的霊界のどこでもドアである。あの世が有限であり、死者の霊魂密度に耐えられなくなった霊魂が逆流してくるというホラー・コメディーなのだが、一般人が笑えるポイントはほとんどないといっていいだろう。日活ロマンポルノに否定された『ドレミファ娘の血は騒ぐ』(1985洞口依子と伊丹十三が変態セックスをします)以来、「オナニー映画で何が悪いのか俺のオナニーは最高なのだから」路線の黒沢清のひとつの頂点がとしてここにあるのです。

で、『月曜深夜・回路(2001)』(日本テレビ060912AM0129~)脚本・監督・黒沢清を見た。オンエアではほとんどカットされていたが主題歌はCocco『羽根~lay down my arms~』である。この後、Coccoは活動中止を宣言する。がこわかったのかもしれない。

黒沢清映画の魅力は映像美にある。『回路』の場合はまず「鉄塔から墜落する女性を目撃する麻生久美子」がある。鉄塔全体と麻生をひとつのフレームにおさめ、墜落する女性とともに地面にパンダウンさせるという構図はファンタスティックだ。次に「崩壊した都市の道路で横たわる死体を避けてドライブする麻生久美子」がある。歩道に並んだ黒い影がスリリングだ。最後に「墜落炎上する四発貨物軍用機を目撃する麻生久美子」がある。ゴージャスであり、この絵でこの作品を語る人も多いだろう。あえて言うが9・11同時テロは映画完成後であり、非常に予言的暗示的シーンであることは疑問の余地がない。

小雪は基本的に誰がどこをとっても絵画的になるのだが、この映画の場合は「死者の魂を抱擁し接吻する小雪」が印象的だ。俗物的には小雪は武田真治に恋をしていて、おそらく武田は霊界に葬られ、狂うのだが、このキスの相手が武田真治の霊であるとするとアングルがやや不自然な気もします。

美しくはないが「どこかに連れて行ってと言われてクルマのない加藤が電車に乗ってどこかに行こうとする哀愁ある場面で無賃乗車の幽霊電車が停止し加藤が離れた途端に脱兎の如く下車する小雪」も中々にせつなくコミカルであった。貧富の差が滲みだすシーンである。予兆とも永遠の人間関係とも言える。黒沢清の計算されつくしたオナニーと言えるだろう。

幽霊的な描写も数多くあるが「ひっそりと立ち前衛舞踏のようにころびかけながらすたすたと歩み寄り覗き込んで驚かすどうみても中谷美紀のような幽霊」がある。『沙粧妙子・帰還の挨拶』(1997フジテレビ)の中谷美紀を思い出してしまう。

侵略してきた幽霊、自殺した幽霊、生きたままの影と人間の関係がオナニー設定なので死後の世界を信じないキッドなどは「バカじゃねえの」と思いますが死後の世界を信じる方のキッドは「まあ、そういう、妄想もあるだろうね」と考えます。

ともかく、暗示的な映画なので、ふりかえると様々なシンクロが読み取れる。絶望的な島国を脱出する船。膨張する東アジア大陸国家。小泉総理大臣の登場。テロ戦争の本格的な開始。朝鮮半島の悪事の認識共有。すべては五年前の決断により出現した世界。麻生久美子は最後の友達に念を押す。「片思いの彼女の後追い自殺をするのか、ぬけがらになって生きるのか」と。加藤は「いけるところまでいきたい」と答える。どちらにしてもすべての人間は未来を失い現在を得るのであるけどな。ま、哲学的オナニーですが。

水曜日に見る予定のテレビ『夏の冒険ミステリー・カクレカラクリ』(TBSテレビ)富士急ハイランドの新しいアトラクションかと思ったぜ。・・・って木村佳乃とサトエリの最終回はパスですか。

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2006年9月11日 (月)

いじめられて、よかったよ。(蒼井優)

マタギ(五月一日のブログ)以来の『情熱大陸』である。蒼井優と聞いては『X-MEN2』も『誰よりもママを愛す(最終回)』もシカトされてしまうのだな。って、蒼井優がシカトされてたのかよ。小学校で。そして「いじめられたことが」「よかった」って言うのかよ。天才。神のターゲットからどうかはずれますようにと祈りました。神様、シカトでお願いします。

『アニー』(1999)から2000年のおはガールである。上戸彩と奈良沙緒理の間くらいである。あれから5~6年。去年、今年の蒼井優はスクリーンで大爆発だな。番組では無視されていたが『鉄人28号』(05)からだな。本当は金田正子という役にして少女が鉄人をあやつるという映画にすればさらにカルトだったと思うのだが。

そこから『変身』『ニライカナイからの手紙』『亀は意外と速く泳ぐ』『星になった少年』『男たちの大和/YAMATO』『ハチミツとクローバー』『フラガール』と充実の20→21才のラインナップ。映画はこの後、『鉄コン筋クリート』なども控えている。秋ドラマは『Dr.コトー診療所2006』で柴咲コウの後釜かあ。う、なんか、今回データっぽい。

で、『情熱大陸・蒼井優/女優』(TBSテレビ060910PM11~)構成・長南武、演出・小林潤子を見た。06年1月-8月の蒼井優ドキュメントである。フラガール中心であるが、バンダイ系の映画なので、ヒモつき臭さがない。なにしろ、後半はコトー(フジテレビ)のロケも挿入され、このあたりが情熱大陸のうまさであるな。夢見る若者がここをひとつの目標にする気持ちがよく分かる。なにより蒼井優がこれ以上なく素敵に描かれているのである。もちろん、素材が素敵だからな。

一晩たってテイク2(再撮影)というシーンがある。蒼井優が「納得」できず、監督に要求したという設定。テイク1がまったく没になったのどうかは本編で確認してもらいたいが、こういうアクションを企画する20才というのが凄い!なのである。そしてそういうこともあるだろうなあという存在感。それはつきつめるという姿勢である。

「こだわり」は誰にでもある。それは「思いつき」と同じだ。「こだわり」も「思いつき」もつきつめなければならない。それは再検討でもあり、洗い直しでもあり、二度手間でもある。アマチュアとか、ダメなやつとか、短気な人には難しい作業だ。しかし、これをしなければいい味は出せないのである。つきつめて初めてこだわったのであり、つきつめて初めてアイディアなのである。若くしてこれができるのは天才の名に相応しい。「天才か天然か」そうしない人(凡人)には区別できないのだな。

8ヶ月を30分で。これもつきつめた結果だ。それがかっこいいのは言うまでもない。つきつめなければ情熱大陸にならないのだな。昔、キッドも鉛筆と消しゴムで書き物をしていた頃、消しゴム使用量の少ない作品はやっぱりダメだったのだ。もちろん、サインペンでしか書かないし、書き損じないというさらに上を行く天才もいるが、そういう人は神様のターゲットにされてしまえばいいのさ(嫉妬)。

蒼井優が見たいと思うレンタルビデオリスト(一部)、ファーゴ、市民ケーン、アニーホール、レイジングブル、未来世紀ブラジル、ぼくの伯父さん、ファニーとアレクサンドル、タクシードライバー、チャイナタウン、博士の異常な愛情、81/2・・・ほぼ古典である。つきつめるための材料としては有効な素材と言える。推奨映画が『ある子供』『レオン』分かり安くするためのマイナー例、メジャー例。借りた映画『どですかでん』『東京裁判』『春夏秋冬そして春』である。非常に明解だ。方針というか好みは「いろんなものを排除した作品」悪い例・スピルバーグ作品。あはははははははは。スピルバーグもつきつめるときはつきつめるんですけどね。『プライベートライアン』の冒頭とか。最後まであのトーンだと観客が何人か死ぬと思いますが。

干しいもが三袋。フラダンスの腰のキレ。いじめられた小学校。こっそりかばってくれたお兄ちゃん。走って帰る別居中の父の家。完成披露試写会のエレベーターで喪服。着替えたフラダンサー衣装。出棺途中で葬式を抜けた「ダメな孫」である自分、プライベートとオフィシャルの中間で止まらない涙。ああ、素敵なドキュメント。ああ、愛しい女優・蒼井優。

「かっこ悪いけれどだれかのホン(台本)でしか自分のメッセージを伝えられないから」いいえ、脚本家はみな、「かっこ悪いけど役者にしか自分のメッセージを伝えられないから」なんですから。分業ですよ。分業。って結婚できない男が言ってました。

ま、もちあげてばっかりのこの手の番組でもちあげられて「辛辣な言動」を見せる女優という典型があるので、一緒にされたら困るのだが、蒼井優に限って「なんとなく撮って編集したらいい出来上がり」になったのだと思う。素材がいいのだな。相手役が鈴木杏でも大丈夫。宮崎あおいでも大丈夫。中島美嘉でも大丈夫。伊東美咲でも大丈夫なんて女優、そうはいない。『高校教師』(03)の時は上戸彩に対してソニンとキャラっていうか、外見かぶっててちょっと困ってた感があったけど、そこがまた、可愛い、のです。

火曜日に見る予定のテレビ『結婚できない男11/12』(フジテレビ)プラス『ダンドリ。10/11』(フジテレビ)

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2006年9月10日 (日)

なぜ、人を殺すのよ? (高島礼子)

「なぜ人を殺してはいけないのか」に対する斜め横ぐらいからの回答である。困った質問には質問で返すというのは一つの手だな。もちろん、ほとんどの第一の質問者は納得しないと思うのだが、そういう質問者を「殺しちゃえばいいんじゃね」という「怨み屋本舗」不在の世界では善意の人々は煩悶するのであるな。なんでそんな人としての基本がわからないのだ。お前たちは。なのだが。そのお前たちにもわからないフリをしているやつ、わからないやつ、わかっちゃいるけどやめられないやつなど様々あって、本当に人間って面白いよね。

「加害者」「被害者」「遺族」の三角関係はどれだけ物語を生み出せば気がすむんだ。しかも今夜は同時進行二本立てである。高島礼子チームは眞野あずさ、とよた真帆、岡本麗、日本一美しい小学生だった前田愛、第4回ホリプロタレンントキャラバングランプリ比企理恵まで揃えたそそるメンバー。犯人は募金くん(林泰文)である。そそる。

一方、募金くんと同系列の空気の抜けつつあるタイヤのような演技をする俳優グループ(架空)に属する弁護士(吉岡秀隆)を主軸とするチームは被害者に大後寿々花(劇団ひまわり)、被害者の母(永作博美)、ぬれぎぬ犯人(金井勇太)でカインとアベルが小林薫と松平健である。こちらのグループは被害者と加害者がサザンオールスターズのある歌をアカペラで歌うのだが、最後に正解がかかるまで何の歌なのか分からないという恐ろしいミステリーなのである。そこそこそそる。

で、『土曜ワイド劇場・さくら署の女たち』(テレビ朝日060909PM9~)脚本・橋本綾、音楽・村山竜二、監督・村川透を見た。音楽がふざけているので(どのくらいふざけているかというとイメージとしてホラー番長シリーズ運命人間くらい)ふざけていると思うのだが、ところどころはまじめなので気を許せない。警視庁東都署(羅生門)の伊東四郎とは別の伊東四郎がさくら署の管理職である。警視庁に伊東四朗は何人いるのか、数えてみたくなるのだが、数えない。高島礼子は過去を秘めたマイホーム女刑事である。文字通りおばさん刑事の岡本綾、プロファイルとは言わず断定する離婚刑事とよた真帆、そして怪しい音大学生に変装できるおとり刑事前田愛。設定の嵐である。シリーズ化決定!・・・視聴率しだいでは。であるか。

ああ、申し遅れましたがネタバレ満載ですから。犯罪被害者遺族刑事展開だが、被害者七歳の姉、遺族三歳の妹というところがひねりポイントである。妹の願い「お姉ちゃんを殺した犯人をぶってぶってぶってやりたいの」にキッドの目にも涙が。

あいかわらず、東映系の想像もつかない所轄署のことなのでいきなり、被害者遺族が殺害現場に乱入したり、機密情報のさりげない漏洩で被害者遺族が犯人を殺しにいったりししますが、徹夜で張り込みの高島刑事と徹夜で指紋照合の鑑識課・比企理恵の目の下の隈は非常にリアルです。村川監督こだわりの映像美ですかね。

ま、またもや玉緒さんじゃない玉緒さんを誰か演出してみてくれと言いたくなる中村玉緒(姑)さんはさておき、夫・小林すすむって。狙いすぎなんじゃないですかね。ま、いいですけどね。最後まで発砲しないが、罠の罠の罠。暗示によるコントロール。前蹴り炸裂。わはははは。女たちの遊戯シリーズ。始まったな。

で、『土曜プレミアム・秋のヒューマンミステリー・死亡推定時刻』(フジテレビ060909PM9~)原作・朔 立木、脚本・池端俊策、演出・杉田成道も見た。結局、両方、見るのかよ。どちらをオンエアでみたかは秘密。こちらはまあ、『北の国から』のような意味でまじめなスタイルである。時々、セリフがききとれなくなるような怪しい音楽がかかるが、「阿修羅のごとく」(NHKドラマ)のような演出への憧れがあるのかなあ。でもスタンダードな演出は見ていて楽なのだよなあ。そういう意味でアクセントを意識しての演出と考えると名人とも言える。空気のもれたタイヤのようなヒューマニズムは否定するがエンターティメントとしてはよくできていた。「なぜ殺すんだ」「バカだったから」という一つの問答が成立している。

「人殺し」は異物であり、「前科者」も異物である。「隠蔽体質の組織」や「組織の組織的防衛」は正常とも言える。しかし、個人は人殺しにもなるし、正論にこだわり続け暴論を吐くし、組織を守るという理由で嘘もつくのである。そして貧乏な兄弟のように愛と憎しみが混然一体となれば何が起きてもおかしくない。そういうすべてのものが一体となった『旅姿六人衆』なのであるのだろうなあ。意味はわからんけどね。

音楽好きなのに理由はいらないという考え方があり、「人を殺すのに理由が要りますか」という、次の逆質問がここにあった。相棒の二人ならブレイン「あなたの身勝手な気持ちで少女の命を奪っていいことにはなりません」ボディ(自殺しようとする犯人を抱きとめてしまう)という醒めた展開も可能ですが、空気の漏れたタイヤしかも弁護士には無理ですし、別にそういうドラマも楽しいです。可哀想なのは突然過失致死に巻き込まれたトラックの運転手ですが、目撃者・弁護士ですから。穏便に。

現実というフィクションの中では大量殺人犯の正気を問えるかどうかが問題になっている。大量殺人犯を狂気と呼ばずに何を狂気と呼べばいいのか分からないのだが、正気でないと裁けないという困ったシステムであるからな。システムは道具。人間がどう使うかが問題なのだがな。狂気だけど正気で死刑でも、狂気のような正気だったので死刑でも、限りなく狂気に近い正気で死刑でも、死刑は死刑なんだし。もうわけがわからん。そんな時、俺は波に乗りたくなのさ。さあ、行こうか、ジョニー。

火曜日(月曜深夜)に見る予定のテレビ『回路』(日本テレビ)チクシ&アズミがよほどの不始末をしない限りは。

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2006年9月 9日 (土)

峰不二子大リーグボール2号を投げる。ファイヤーで。

七日間の狂詩曲である。とにかく新作は栗田貫一に慣れるまでの時間がかかるのと時々、栗田貫一に躓くのを耐えなければならないのがつらいのだが、いやならば、旧作を見ていればいいので、新作を見たいという気持ちに素直に従えば、なかなかに楽しい一週間だった。幻の日曜日。雨の日曜日。日曜日はダメよなのであるな。

新作を求めればドラえもんやサザエさんのようにいつかは声優陣を入れ替える時が来る。夕陽のガンマンやダーティーハリーが出来る声優が三枚目を演じることもできるというのがルパンの魅力の一つだった。今、ゾンビのフーテンの寅さんのようなものは過渡期である。願わくばルパン三世を演じるために生まれてきた俳優がひそかに育っていますように。できればジャニ以外の人がいいなあ。いや、ジャニだってふさわしければいいんですけど。

今回はおふざけに徹したルパン。筋も通っていて、ジャジャ馬娘を助け出せ→カリオストロの城なぞりではあるが、おしゃれでもあった。もはやこの水準を維持するのも大変なんだろうなあ。ルパンはお宝を狙い、次元はルパンを助け、五エ門はつまらないものを斬り、不二子は裏切るけれど憎めない、銭形は逮捕に失敗する。この鉄則さえ守っていれば、些少の傷は気にならない。何と言っても継続は宝だからな。

で、『金曜ロードショー・ルパン三世 セブンデイズ・ラプソディ』(日本テレビ060908PM9~)原作・モンキー・パンチ、脚本・柏原寛司、音楽・大野雄二、監督・亀垣一を見た。今回、五エ門はヘリコプター、三輪車、氷などを斬ります。斬れなかった物、別のヘリコプター(高すぎた)、展示ケース(不二子が調子に乗った)、一部の敵(気分が乗らなかった)などがあります。今回、五エ門の不二子へのときめき復活、ボケへの挑戦、ほんのり染まる頬など、全体のおふざけモードに引きずられた感はなかなかの新境地。銭形の身を案じ、銭形の不死身オチをフったりして、芸域を広げています。

空港で貨物扱いの斬鉄剣を待つ五エ門。これは初見。地味にリアルでおふざけ、悪くないよな。携帯電話を持たされたりするのも初期五エ門ぽくていい。ただし、リアルということになると競馬スティングネタはきっと審議のランプがつきっぱなしだからな。ま、プレゼンの段階だからいいのか。

次元が声のトーンを変えるといった遊びはクリカンをなんとかフォローしようとする友情にも見え、クリカンが迷いながら、ものまねとオリジンの間を彷徨う風は痛々しくもあり、せつなくもありました。ま、プロだからな。それではいかんのだがな。

シナリオは地味だけどちょっとおしゃれを追求しています。イントロダクションでルパンはバーボンをロックで飲むために氷にこだわるのですが、これはオチに直結していて、エンドロールではカランと氷が解けて、エピローグの雨につながるというおしゃれぶり。おふざけでつないだ全編があって、この筋はオツです。こういう「回」があってもいいのがルパン三世だと思いますしね。

今回、秘められた過去担当は次元、南アフリカでボディガードしていたのが、次元です。紛争地帯紛争地帯に次元の戦友ありですな。戦友は問題ないゲンドウの人です。

納屋さんも今回のノリなのか、それとも・・・。と、やや、心配させますが、最後まで同じペースで来たのでやや安心。まあなあ、35年は長い歳月だよなあ。でもフィアットのエンジン音でルパンを察知するようになるには充分な時間か。今回はルパンラブ全開です。

キャラデザイン、特にゲストヒロインは毎回毎回、違和感たっぷりでもうお約束の感じになってきた。もうどうにでもしてくれ感がある。

まあ、峰不二子だって二階堂VS増山はどっちがいいか微妙だからな。「ごめんね。ルパン」は二階堂の方がまったりしているし。ああ、今日はルパンのビデオを何本が見てしまいそうだぁ。とにかく今回はファイヤーを倒す不二子が秀逸。あと、ズボン脱げちゃったの押しですかね。ま、とにかくルパン三世よ、永遠に続いてくれとお祈りしました。

今日はレガッタ(終)→タイヨウ→太陽→怨み屋のルートもあり、相武かわいそう、エリカ爆走、モー子熱演、渡辺典子が殺人免許で怨みを晴らすというとんでも展開もあった。その後でブラジル戦があり、1セットを日本が先取という展開もあった。それでも見る気か。う、その手にあるのは「テレビ版宮崎演出ルパン名作集のVHS」じゃないか。やめとけ。もう、寝なさい。夢の中できっと待っていてくれるからぁ。

関連するキッドのブログ『汚れた唇を洗い清めてくる。(皇帝ヴェッテイ)』

日曜日に見る予定のテレビ『情熱大陸・蒼井優に密着』(TBSテレビ)

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2006年9月 8日 (金)

バカでバカでバカで(中略)バカなのです。(上戸彩)

里中ゆいか。意志もまた宿命って考え方もあるんだぞ。ま、多くの場合、ダメ人間の言い訳ですけどね。視聴率がとれないのもまた宿命か・・・。いつもの通り、あるいはひさしぶりにに面白いけど視聴率とれないパターンに堤さんははまり、全十話のところを九話で打ち切りだけどDVDは五枚組みなのだなあ。ただし、今回は二兎を追ったふしが濃厚。堤演出といえば「見終わるともう一度みたくなるほど作品世界の存在感が濃厚」「女優から別次元の魅力をひきだす」というふたつの特徴があり、二つともに満たしたのが「ケイゾク」「トリック」という作品。前者を強くイメージさせるのが「池袋ウエストゲートパーク」「木更津キャッツアイ」、後者を強くイメージさせるのが「ハルモニア この愛の涯て」「世界の中心で愛をさけぶ」「H2~君といた日々」ということになる。セカチューはほぼ無名の綾瀬はるかで超ベストセラーという組合せで平均視聴率15.9%である。H2はやや有名な石原さとみとコミック原作で11.7%である。非常に分析しにくいラインだが、この延長線上に下北サンデーズをおくと1-8話の超メジャー上戸彩である意味オリジナル原作の平均視聴率7.45%はすごく納得できる数字なのだな。『愛なんていらねえよ、夏』の平均視聴率7.8%を現時点で抜いている(下に)のがすごい。広末涼子は後にリベンジとして『恋愛寫眞 』でタッグを組むのだが、上戸彩はリベンジするのかどうか気がかりだ。やりきったのか、不完全燃焼なのか、微妙なんだもん。

1985年9月14日に練馬区で上戸が生まれ、23日に江戸川区で後藤真希が生まれている。血液型は二人ともO型。二人とも高校中退である。キッドの中では二人は20-21世紀をまたぐ永遠のライバルなのだな。1997年、上戸は12才で第7回全日本国民的美少女コンテスト特別賞。1999年七月アイドルユニットZ-1でデビュー。この年、後藤はモ娘。の第三期メンバーとして九月にデビューする。人気大爆発である。2000年上戸は『涙をふいて』でドラマデビュー。01年後藤はユニット的ソロシンガーとしてデビュー。15才でオリコン初登場1位最年少記録。『マリア』でドラマデビュー。上戸は『金八』で難役に挑戦。女優として注目を集める。02年、上戸は8月にZ-1を卒業。歌手としてひっそりとソロデビュー。後藤は9月にモ娘。を卒業。迷走を開始。上戸はエイトフォーのCM。03年後藤はBANのCM。花王VSライオンの腋下対決である。上戸は映画『あずみ』、後藤は映画『青春ばかちん料理塾』である。このバックアップセンスが上戸と後藤の立場を逆転したといっていいだろう。この年以後、上戸はトライ、アオキ、ソフイーナ、ガンダム、損保ジャパン、ロッテ、オロナミンC、ヤフー、焼肉屋さん、etc.であり、後藤はロートとポッカだった。タレントとして上戸の仮想敵はあややに遷っていた。そんな二人の現時点での邂逅はNHK大河ドラマ『義経』(2005)である。上戸はうつぼ、後藤は能子だった。もちろん、一番おいしいのは静(石原さとみ)だったのだが。とにかくキッドの心のデータ比較のために堤プラス後藤のとんでもドラマを希望。低視聴率でも文句言われないし・・・っていうかだから実現不可か。しかし、現時点で堤マジックが発動するのは上戸ではなく、後藤だったと断言しておく。ちなみに後藤は今年単発ドラマ「指」で劇団からスターになる女優役をやっている。う~ん。シンクロニティー。

さて、このドラマの最大の弱点は何だったのか。キッドはまあまあ、楽しんだので、難しいのだが。あえて言うとすると「小劇場演劇からアイドルスターが生まれたことなんてあるのか」という疑問点が最後までつきまとうということである。北島マヤか。マヤは確かにそうなのかな。すると『ガラスの仮面』の呪縛からは逃れられない。そうなるとガラ面とのキャッチボールは不足していたと思う。根岸季衣さんや渡辺えり子じゃ違うだろうしな、有名になった小劇場劇団にタレントが天下るのも違うだろう。そういうリアルに立ち向かう絵空事としては物語の工夫が不足していたのではないか。オチとしてテレビの現場と舞台の現場がかちあうなんて、タレントプロデュースが単に失敗しているだけじゃんとみんなが思ってしまうようでは、せっかくの素晴らしいチャレンジが報われんのじゃないでしょうかね。ま、早い話が作り手にも受け手にもハードル高すぎたってことですが。

で、『下北サンデーズ(最終回)』(テレビ朝日060907PM9~)脚本・河原雅彦、演出・堤幸彦を見た。ドキリとしたのは上戸彩がメジャーなテレビドラマのために衣装をチェンジしたシーンである。階段をのぼった美しさが実にあざやかに描かれていて、ま、要するにいつものタレント上戸彩に戻っただけなんですが、いかに河童ゆいかがキャラを演じていたかが明確となる。おそらく間違った方向に演じきっていたのだろうなあ。それは上戸のせいじゃないよな。少なくとも「笑いを忘れていた→下北サンデーズが笑いを取り戻してくれた」がナレーションだけでなく、もう少し繰り返し丁寧に描かれていたら、キャラが生きたのにと考える。

上戸が何をやっても大衆に受けてしまう天才だという演出が、あまりにも大衆=バカという図式に偏りすぎていてバカ=大衆には受け入れがたかった。これはまず、疑いようのないポイントですな。

京都出身、ハンドク!!!でトイレの水を飲む男佐々木蔵之介はある意味大抜擢。もう少し描きこむべきキャラクターだったな。山口紗弥加は一番、丹念に魅力を発揮できたと言える。山口が緊張のあまり発作を起こし震える手で書く一筆描きメッセージを佐々木が解読するくだりが最終回で一番の笑いどころか。

里中富美男(北村総一朗)一座がレインボーブリッジを封鎖するために踊るのは次に笑うのだが、ある意味、お台場にたいして屈折しすぎである。踊りが阿波踊りだけにうどんまで連想してしまったのだが。古田新太との親分子分も設定はすばらしく、上戸=姫という構図を描きだしているのだが、この理想の人間関係あるいは夢の人間関係あるいは幸福な人間関係はもっともっと丁寧に消化しないと伝わらない。

映画『卒業』の変形であるラストシーン、迎えに来ない愛人を花嫁が自力で迎えに行くのか、しかもややガニマタでは笑えるのだが、これ誰も分からないよなと思うと冷めるのである。もちろん、バスのかわりに下北ミルクなのである。さらにさかのぼるとこれはロミジュリなのであり、メジャー成功とマイナー失敗の二者択一の設問に「私は愛をえらびます」というなんのこっちゃ回答なのである。これを大衆に伝えるのは至難だと考える。

もちろん、カンニング竹山との結婚というとんでも展開の選択肢があったのだろうが、それはおそらくきっと、みんながバッドエンドのような気持ちになってしまうという問題をクリアできなかったんだなあ。清水の舞台から飛び降りる級ですもの。

ああ、終ってしまったな。京本政樹はきっと紫の薔薇の人、佐々木が月影先生というターゲットでバクると設定がもう少し整理できたと思う。ま、オリジナリティ信者には無用の助言ですが。でもね、サル上戸、ものまね上戸、けものくさいラーメンを食べる上戸など・・・どの上戸もそれなりに楽しく、ああ、やっぱり、もう一回見たい気持ちになってきました。堤さん、天才。

土曜日に見る予定のテレビ『土曜プレミアム・死亡推定時刻』(フジテレビ)VS『土曜ワイド劇場・さくら署の女たち』(テレビ朝日)ミステリ激突、どっちかで、サーファーだったら深夜に映画『ステップ・イントゥ・リキッド』(テレビ東京)を見るのかな。

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2006年9月 7日 (木)

新しい男ができたんだ・・・関めぐみ引っ張る。

いえ、新しい子供が出来たんです。久しぶりの親王です。晃仁がいいと思うぞ。キッドは。しかもアキラヒトと読むのだ。奇数(仁、子を除く)にこだわるならいいじゃない。ちなみにどうしても天皇制に納得のいかない人間平等主義者にはこう考えることをお勧めする。国家というシステムで国民がもっとも避けたい出来事の一つに独裁者の台頭というものがある。システムとして独裁者にも優れた点はあるが多くの場合、独裁者(1)とそのとりまきの満足VS残りの国民ほとんどの不満足という結果を招く。フセインや金正日が好例であることは言うまでもない。そこで独裁者の台頭しにくいシステムが求められる。もちろん、アメリカ合衆国のようにまったくの民主主義でもそれは可能なのだが、合衆国大統領が独裁を始める可能性が全くないわけではない。そこで現在の天皇制度である。これをキッドは弱い独裁者システムと呼んでいる。つまり、まったく権力を持っていないが、独裁者はすでにいる。というシステムである。これによってどんなに新潟県民や学歴の低い人に田中角栄が人気者で権力を掌握していても独裁者にはなれない。ウルトララッキーな星を背負う小泉総理でも独裁者になれないし、長島茂雄も独裁者になれないし、ハンカチ王子も独裁者になれないのだ。素晴らしいシステムではないか。今のマスメディアの問題点はそういう論理性を排除して象徴後継者の慶事をひたすら祝う姿勢なのだな。それでは頭の悪い子にはなぜめでたいのか分からないではないか。もちろん、それはシステムの中核に非常に非人間的な負担をかけることになる。だがシステムというものは冷酷なものなのだ。システムの中で生きる人間はこれを理解しなければならない。その心をくみとりあってお上は民草を愛し、民草はお上を敬うのだから。そのように考えればこれで40年は安心だなどという発言が愚かしさを露呈するものであるということに思い至る。本当に真剣にかんがえてくれよ。政治家は。

で、『サッカーAFCアジアカップ2007予選~日本VSイエメン』(TBSテレビ060906PM9~)実況・土井敏之、解説・金田喜稔を見た。イエメン・サナア・アリ・モーセンスタジアムでの試合。アウェーである。アルカイダなどのテロ勢力が暗躍し、厳戒態勢である。山岳地帯にはゲリラが潜伏している。外国人をターゲットとする誘拐事件も多発。国民の七割が自動小銃を所持していると言われる危険地帯なので試合会場もライフルを持った警備兵が守備する。わははは、すごい状況だ。それでもサッカーの試合に熱中するんだから人間ってやつは。平和日本のわが選手たちは大丈夫なのか。

標高2000メートル越えの薄い空気。オシムは水の飲みすぎに注意。しかし、日本には元ユース代表監督大熊清コーチがついてるからな。前半無得点。土井「歓声と楽器が入り混じりすごい応援です。これではさすがの大熊コーチの声も届かないのでは・・・」と言っている間にも。

「あべ(阿部勇樹)~、うごけ、うごけ、ごおるまえぇ、えんどお(遠藤保仁・決定機にふかし)、えんど、えんどおぅー、れふり、れふりー、すぺーす、はしれ、すぺーすぅにぃ。えんどう、えんどう、あげろ、えんどう、さんまい、あげる、まえさんまい、えんどう、まえさんまいだから、なー、えんど、おまえー、えんどう、がんばれょ、がなは(我那覇和樹)、さんまい、えんどう、けいた(鈴木啓太・コンタクトずれる)、すていすていすてい、けいたすてい、そぉとぉからぁ、そとからそとから、えんど、えんどう、そとからそとから、さいどから、たっかいぼーる、このへん、なか、なかでいいぞ、かぢ(加地亮・キックミス)、なかなかなかでいい、さとうぉうおうお(佐藤寿人・好機はずす)、さあんとおす(三都主アレサンドロ)、あがれあがれあがれぇ、さいど、おーい、おーい、おい、さいどから、ぎゃくさい、あげろそとから、そーとーかーらー、まき(巻誠一郎・決定機にへなへな、さらにボコボコグランドで転ぶ)、まき、あげろ、あげろぅ、がなはー、まきまき、ひさとひさと、そとからそとから、つぼーい(坪井慶介)、まえまえ、たかいぼーる、まきっ、とぅりーおぅ(田中マルクス闘莉王)、がぁなぁはぁ・・・・ゴーーールッうううう、がぁなぁはぁ(後半ロスタイム日本先制)・・・けいたけいたうしろあわてるな、せいふてぃーになぁ、せぃふてぃーに、ひさと、ひさと、まき、ひさときーぷ、がなは、がなはきーぷ、がなはがなはがなはきーぷぅ」(試合終了日本1-0イエメン)大熊、次はガーナ(10/4横浜)な。応援よろしくぅ。

で、『青春★ENERGYもうひとつのシュガー&スパイスVol.2離ればなれのシュガー』脚本・渡辺千穂、演出・松山博昭を見た。遠距離交際の男と女編。遠距離になり、張り詰めた女の恋心、深まる男の猜疑心をウェットでタイトに描いた秀作。張り詰めた糸だから切れるのだが、疑われた後の決断までの間を関めぐみが魅せる。関めぐみの美貌がなければもたせられない間。お相手は黄川田将也でした。結論、恋に一般論なし。人それぞれってことでOK? 出来ちゃった場合は別として。

金曜日に見る予定のテレビ『ルパン三世 セブンデイズ・ラプソデイ』(日本テレビ)うわあ、レガッタ最終回なのにレビューなしかよ。だって本当につまんないんだもん。

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2006年9月 6日 (水)

その後はその後はその後はアッパー。(中田有紀)

基本的に多重人格であるから、サディストの気持ちもマゾヒストの気持ちも分かる。この番組はどちらの視点から見ても納得できるところが多い。いじめられたい気持ちも素晴らしいし、いじめたい気持ちも素晴らしいのである。視聴者は見て見ぬフリをする傍観者であるから、できれば「いじめの現場にいる」という罪悪感は遠ざかる方がいい。いじめる喜びがありいじめられる喜びがある。ああ、彼らは愛し合っているのだなと考える。するといじめもいじめられもしない自分がなんだか取り残されたような気分になるので複雑だ。

基本が「いじめ」というコントをレギュラーでやっているNHKが健全であるかどうかに触れるのはやめておく。つまり、サラリーマンの枕詞は「安」だと思うので。天下のNHK様がこの「安サラリーマンどもがっ!」という姿勢で番組をつくるコンセプトが明確だ。そう考えた方が楽しい。それは倒錯だからな。もちろん、俳優や作家などフリーランスのものがスタッフにいるが基本的には作り手も給与の奴隷としてのサラリーマンであり、自虐的な部分もある。しかし、どこかで自分たちはどちらかといえば高サラリーマンという優越感もあるはずであり、ストレートにどエスに走れば女優陣が女王様タイプで統一されているという結果になるのだ。どエムの傾向はたとえばミスター・ゴーンの起用というより上級の最高サラリーマンの配置で消化しているのである。それが健全かどうか論じるのは無意味だろう。

本当は先週の「ホテル1」「ホテル2」あるいは「がんばれ川上くん(公園)」で分析してもよかったのだが、今週は「部長の親10」もあるしな。SMの話で盛り上がるならこれもはずせない。まあ、市民平等が建前のこの国でマスメディアが一人の夫人の出産に血眼になるドタバタにあわせて奴隷たちのコントについて語るのも趣向と言えば趣向ではないだろうか。男の子なら晃希望。

で、『謎のホームページ サラリーマンNEO』(NHK060905PM11~)脚本・内村宏幸(他)、演出・吉田照幸を見た。かって人身事故を起こしてもスターの一言で揉み消すことの出来た時代からのスター宝田明が踊り幕開けである。Season1も残りわずかだ。スケッチ①NEO EXPRESS「帰宅講習」(M生瀬勝久S中田有紀)昔の言葉で言う「午前様」が深夜帰宅でなくとも忍び足を要求される安サラリーマン(主に男性)のリポートに乗せて中田が生瀬を弄ぶニュースキャスターコント。中田がこれをやるから成立しているのか、これをやるために世界が成立しているのかと考えさせるスケッチ。生瀬の帰宅後の行動について「その後は」「その後は」と問い詰めた挙句に求婚させておいて超ショートアッパーで答える中田。この番組のもっともオーソドックスなスタイルの提示である。

②社内スタントマン「細かい上司」(M一同S原史奈Sの代理人生瀬)ここでは上司Sに対し部下Mという基本形を原が犬奴隷(短いネクタイは首輪を象徴)生瀬をけしかけて上下ともにMとするという構図。途中、アクションによって生瀬が原のスカートの奥の下着を見るというアクシデント状の閑話が挿入され、それだけでもアクシデントとして見れば妙なるエロスが発生しているのであるが、「犬の分際でどこ見てんだよ」「おだまり」「おあずけ」が脳内セリフとして補完された。その方がキッドの好みと言える。

③教えて!Mr.ゴーン(正論というS的説教である)基本的には自虐のコーナー。つまりSM的自慰行為である。もちろん、セックスが続き、感覚が麻痺してしまうことを避ける捨てコーナーの意味も含む。④父と娘「服装」(MマギーS奥田恵梨華)リストラされた父に対する典型的な娘の放置プレー。奥田の陰毛がいかにも見えそうだがもちろん見えない。⑤部長の親10「馬、タイタニック、結婚式の予行演習、合コンの誘いという流れ」(S野川由美子と手下・・・奥田を含む・・・M入江雅人)OVAアニメ『スレイヤーズスペシャル』の第2巻「ジェフリー君の騎士道」のジェフリー君の母を思わせる野川由美子が母の愛にものをいわせるのだが、そういう母を持つものと持たないものとでは感情移入の対象が変わる。男性でいーちゃん(田中要次)に感情移入できるものは幸せ者というべきだろう。まりっぺ(奥田)は運命に翻弄され虐げられる女性のふりをした復讐の女神であり、当然、影の女王様と断定できる。馬を残していったのはまりっぺに他ならないのだから。

⑥「Re:」18/20(M田口浩正Sむらたかほり)唯一の連続コントであるが、いわばこれはSMの小部屋の待合室なのだ。よく見る風景は待合室の向こう側にあるのである。そこはホテルや空港で中田が田口に素敵なプレーをしてくれるのである。⑦やぎ座 O型「バー編3」(MでS中越典子)唯一、女性がいじめられる展開に見えるが、実はシェーマ的には彼女がいじめて当然のシチュエーションに置かれていることを忘れてはならない。ふるべきところをふられているというズラシをオチにしているので見逃しやすいのだが、本当は彼女にいじめてほしいのにいじめてもらえないという意地悪をされているのである。もちろん、じらしのテクニックで放置プレーの一種なのだ。

⑧アンバランスボール(S原史奈)アンニュイなサイレントシークエンス。酒の席の失敗。女性の酒乱。といったスタイルを借りたそのまんまのSM乱交プレーであることはいうまでもない。要次をバックから責めるハラフミの悦楽に乾杯。

倒錯の世界では「いじめ」という問題は成立しない。時には「生」と「死」が同じ意味になってしまうからだ。もちろん、現実というフィクションにこの論理を持ち込んだらとんでもないことになるのであり、あってはならないことだと断定しておく。『女子高生コンクリート殺人事件』の加害関係者は全員地獄行きだと思うし、死後の世界を信じないキッドなら加害関係者は殺されても文句をいうべきではないと考える。もちろん殺されたら文句は言えないのだが。しかし、だれがそれをする権利があるかというと答えは定かではないだろう。国家権力が介入しない限り、関係者で始末をつけるしかない。それは倒錯抜きで考えると闇よりも闇の世界に棲むことだと思われる。対してサラリーマンNEOが描く世界はあくまで理想郷であり、現実には稀有だと認識することを推奨する。

関連するキッドのブログ『熱いお茶をフーフーして飲む長澤まさみ。』

木曜日に見る予定のテレビ『下北サンデーズ(最終回)』(テレビ朝日)一週早く始まった『新・科捜研の女』と同時に最終回を迎えることになろうとは何がミジュ~クだったのか。

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2006年9月 5日 (火)

ソン(ソニン)ちゃんと来て良かったよ。(hiro)

映画『バックダンサーズ!』の告知ゲストなのだが、映画はフジテレビ系である。しかし、この映画、中々に渋い告知展開をしている。メンバーをバックダンサーにしぼっても、事務所が平山あや(ホリプロ)、hiro(エーベックス)、ソニン(アップフロント系)、サエコ(ワタナベ系)かなり混合された組合せで、各局にそれなりのユニット編成でゲストを送り込めるのである。この日も『芸恋リアル』(日テレ)に平山あや、『未来予報2011』(日テレ)にソニンと単独で出ているがそこそこ告知できるのだ。そして、ここではシンガーでダンサーの二人、ソニン&hiroのユニットで告知をするのだ。今週のマシューUV(テレビ朝日)のゲストは一瞬、不思議な組合せだが、ああ、バックダンサーがフルメンバーなのだと気がつけば告知なのである。

一局集中型の告知プロジェクトがそろそろ大衆に嫌悪をもたらし始めており、ま、たとえば『UDON』とかね。そこへ、この展開は成否はどうあれ、面白い仕組みになっている。しかも、映画のストーリーはスターに逃げられたバックダンサーの自立というかシノギの話なのである。先週の『銀幕会議』(フジテレビ)ではhiro&平山あやのユニットだったりするのである。これは歌手と女優の組合せになるのだがそれだけで新鮮に思えてくるシステムなのだな。hiroが「映画って演技がいつもの自分と違うので違和感がある」と言い佐野史郎に「それが演技ってものでしょ」とッッコミを入れられるなんて味がある。

映画そのものの出来如何もあるが、とりあえず告知の戦略は大成功なのではないだろうか。そして、そういう空気は現場である種の波を作るのである。ソニンはともかくhiroは目的を高くかかげないタイプ。それが二人でグランドスラム宣言。なにしろhiroは「今日玄関出るとき幸せなことが起きる予感がした」のである。

で、『関口宏の東京フレンドパークⅡ』(TBSテレビ060904PM0655~)構成・原すすむ(他)、チーフ・ディレクター・木田将也を見た。ゲーム色の強いバラエティーショーとして基本であり王道であり唯一になってしまった番組だ。テーマパークをショー化するというコンセプトは原型である東京ディズニーランドが一人勝ちになったように他の追随を許さない。企画・プロデュースの勝利だな。しかもゲームそのものは街のゲームセンターの方向にスライドしてあるのが渋い。

実況担当の小林豊アナはワイドショーなどでは無知といい加減さをさらけ出すのだが、小林少年としてここで実況している限りは非情に馴染んでいる。

hiroはあいかわらずクールな・・・場違いな場所ではサービスしない態度。黒いTシャツ(バックダンサー仕様)である。さて、問題はソニンだが白いタンクトップ(バックダンサー仕様)である。プルプルのゆっさゆっさである。これはたまらん。しかし、フラッシュザウルスはなしである。このスカシはいいじらしだな。ハイパーホッケーまで見とけってことだからな。ソニンは筋肉質だが、気を許すと筋肉デブになるぞ。とにかく筋肉はつければつけるほどたやすく脂肪になるからな。それにしてもこのコンビ。おでこ&あごとスーバーおでこである。本当にたまらん。しかし、波に乗り、hiroも踊りだす。hiroはこの告知展開の中で本人がその気になればとてつもない財産を得ると思うのだが、さて、どうでしょうかね。

さあ、ジェットコースターで登場。ソニン2回目、hiro初来園である。アトラクションの結果は以下の通り。 ①ウォールクラッシュ(ジャンプして壁にはりつく奴。昔、モー娘。時代の辻希美がよじのぼってハイスコアを出していた。女性ペアの場合は140pでクリア)はソニン30p(片手失敗)→hiro40p→ソニン60p→hiro40p合計170pで軽くクリア。②フールオンザヒル(伴奏にあわせて光るパッドをたたきメロディーを奏でパートナーが曲名を当てるというもの。80pでクリア)一曲目hiroがプレイで2音しか出せず、しかし、ソニンは『青春アミーゴ』を正解。二曲目ソニンの演奏はほぼパーフェクト。ソニン「これが当たらなかったら軽蔑します」hiroは「島歌」を正解。ソニン「だって自分の国でしょ」hiro「国? 島だよ」と微妙なやりとり。ま、お国言葉レベルでいえば国ですし、諸島レベルでいえぱ島ですが、国家としては県が正解ですからぁ。でもまさに小学生からアイドルスターと在日韓国人アイドルのコンビです。許します。hiroも何故かソニンを本名で呼びまくっています。本名ソン・ソニンですからぁ。ソンちゃんソンちゃんって業界オヤジかよ。いや、おそらくソニンをつめてソンちゃんと可愛く呼んでるだけだと思いますけどね。三曲目hiroはまたしても三音しか出せず、しかし、いつでも一生懸命のソニンは「日立の樹」を正解。この木何の木って歌ったのだが持ち歌じゃないと音痴かよ。三曲で80p越えクリア。hiroは本当にソンちゃんと来てよかったよ。

③デリソバゴールド(二人乗りバイクでディスプレー内の信州から東京までソバの出前である)hiroリクエストゲームである。ドライブが趣味というhiro。本当に内省的なタイプだな。結構追突しながら持ち時間できっちり行程の半分をクリア。本当にクールだな。必死さを見せないというか。それに対し必死全開バリバリのソニン。ぶっちぎりでスタジオにすべりこみクリア。う~ん。ナイス、コンビネーション。すごい名コンビに見えてきた。

④クイズ!ボディー&ブレイン(パートナーがジョギングしている間に本人の得意分野についてのマニアックなクイズに答える)hiroはパステルのカップデザートなめらか抹茶プリンなめらかいちごプリンなめらかメープルプリンなめらかキャラメルプリンなどを正解。これに対しソニンはファンであったSPEEDのシングルチャート1位曲を正解。SPEEDしかもhiroへのリスペクトよいしょ展開。SPEEDのコンサートを見て歌手になろうと思った告白なのだが、実はソニンの方が一つ年上である。このジャンルならではのエピソード。実は今、『バックダンサーズ!』の主題歌『いつか二人で』(hiro)を聞きながら書いているのだが、確かにソニンがhiroの影響を受けたと実感できる楽曲だな。ともかく、またしてもクリアなのだった。

⑤ハイパーホッケー(今日の石塚・恵の衣装は月とうさぎテーマはお月見である。7p先取で勝利)ソニン1-0、石塚1-1、ここでソニンがhiroに花をもたせ、止め打ちをプレゼントして2-1、ここからは力にものを言わせてソニンの連打。スコア7-4でクリア。あらあらグランドスラム達成である。ダーツ5本獲得である。ここで年下だけど先輩hiroは矢を一本ソニンに。一本目ソニン→たわし、二本目hiro→たわし、三本目ソニン→プロジェクター(本人希望)、四本目hiro→スイス製アロマオイル(本人希望)、五本目ソニン→アロマオイル、そして視聴者プレゼントの六本目hiro→ハズレ!である。神だな。神が降りた。hiro本当に一皮剥けてくれたまえ。ま、剥けなくても充分素敵だけどね。

キッドはおそらくナショナリストとかプチナショナリストとか、反動右翼とかと指摘されてもおかしくない言動を多々している。だが歴史というもつれた糸の中では正解はひとつではありえない。世が世なら琉球王国の人や、世が世なら半島領土の人が、日本国に生まれ、日本語で育ち、日本語で歌うhiroやソニンであることを幸せであると感じるし、本人たちにも幸せであると感じてほしい。未来はどうなるか。わからない。しかし、今、この一瞬。二人は日本のテレビ番組で視聴者を喜ばせ、そして本人たちもハッピーだったはず。いつまでもこの至福が続きますように。それが大切な希望だ。そのためには何よりも我が国の軍事力を強化しなければならないのである。

水曜日に見る予定のテレビとりあえず『サッカーAFCアジアカップ2007予選~日本VSイエメン』(TBSテレビ)で状況によっては深夜『青春★ENERGYもうひとつのシュガー&スパイス』(フジテレビ)関めぐみだから。

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2006年9月 4日 (月)

初恋は こんな色かも かき氷(女子高生)

・・・てなことをですな。もう言えません。言える人たちは青春。青春と言えば甲子園。だから俳句甲子園です。全国から36の高校が正岡子規のふるさと坊ちゃんの街愛媛県松山市に集い、言葉を戦わせようとする大会です。言葉で戦えば平和なのかどうかは知りません。しかし、流血はないので安心できます。

戦いのルールは団体戦(5人1チーム)、先鋒から句を読みあってさらに相手の句をディベートで評価しあいます。ひらたく言うとけなしあうわけです。おお、これは勝負だ。判定は3審判制で2人の審判に支持されれば勝ち。3勝すると勝利です。ま、柔道や剣道の団体戦とほぼ同じ。

番組でスポットライトがあたるのは茨城県立下館第一高等学校(男女混合、元不登校の定時制生徒がいたりする)と熊本信愛女学院高等学校(女子高)だが、もちろん後者が主役である。なにしろ、ツインテール姉妹とメガネっ娘を擁する萌えチームだからだ。いや、アイドルなみのルックスがあるわけではありません。俳句に青春をかけちゃうようなレベルの話ですからぁ~。でもとにかく萌えチームなんですぅ~。

で、『ドキュメント'06~俳句ガールズ~ひと夏の恋も涙も五・七・五』ディレクター・荻山雄一、伊藤秀朗を見た。ナレーターは池脇千鶴である。ほぼ全編に渡り満遍なくナレーションしている。もちろん、キッドはこれが目当てである。ただし、大会そのものは映画『恋は五・七・五』(2005公開・関めぐみ主演・・・ドラマ『がんばっていきまっしょい』のライバル高校のきつめの美少女である)でも紹介されており、間違って美少女が出現するかもしれないという期待もあったのだが、勝負モードの方が刺激されてしまった。なにしろ、まるでドラマかヤラセのように萌えチームが涙の逆転優勝なのだなぁ。これが。

まずは予選。松山市のアーケード商店街で開催される。雑踏の中で句を披露。すごいシチュエーションだ。A~Lブロックまで3チームのリーグ戦でトップ通過。Fブロックの信愛女学院は新潟県代表を3-0、沖縄県代表を3-0で破り、予選突破。決勝トーナメント一回戦では岩手県立水沢高校と対戦。兼題「向日葵」で女子高対決である。キッドがディレクターならここももう少し見せたかったな。先鋒は「向日葵や目立ちたがりは母譲り」(信愛)VS「向日葵や笑い飛ばそう今日の愚痴」(水沢)で判定3-0で信愛。ツインテール妹が「向日葵やふわっと背伸びし君探す」で2-1で信愛。ここでツインテール姉が「長き沈黙 ひまわりゆさと動き出す」を繰り出す。「ゆさ」である。勝っただろう。しかし水沢は「向日葵に背を向け君に嘘ひとつ」意味深恋モードである。1-2で水沢。う~ん。字あまりで「ゆっさ」にしておけば良かったのにな。「長き沈黙 ひまわりゆっさと動き出す」これならキッドが審判なら旗をあげました。水沢はここで副将が「向日葵や無邪気に笑う兄の顔」と妹モードで勝負をかける。しかし信愛のメガネっ娘が少しもあわてず「一本のひまわりだけが海を向く」である。判定3-0で信愛。大将戦を待たず信愛の勝利。伝わっているかどうかは別として手に汗にぎる熱戦なのです。

ま、「俳句ガールズ」と銘打ってるので女の子が男の子を倒す場面メインの編集になっている気配もあるし、まあ、30分だしな。でも、見たかったなあ、信愛VS水沢。さて準々決勝で大阪府立吹田東高と対戦。ディベートで大阪弁を駆使する男子相手に苦戦した信愛は2-3で敗退してしまう。ツインテール姉は涙。えーっ、終りですかぁと思った瞬間、敗者復活戦が告知される。お題は「時」で復活できるのは33チームからただ一校である。ここで信愛の奇跡の一句「そのままの君居て氷金時」が誕生。「だじゃれかよっ」なのであるがこれで敗者復活を成し遂げる。

舞台を屋内に移した準決勝。審判は7人制。信愛の相手は前年度優勝の開成高校だ。開成高校男子は「ま、相手の弱いところをついていきます」と自信満々である。お題は「先」で先鋒はメガネっ娘。「先客は河馬 新緑のこんにちは」という時空を超越した俳句で4-3の僅差判定勝ち。ツインテール姉は逆に3-4で破れるが、中堅が「告白を先延ばしする秋薊」で6-1の圧勝。しかしツインテール妹が3-4で破れ、大将戦へ。信愛「枳殻(からたち)の先にシャム猫の憂鬱」VS開成「鬣(たてがみ)の先やはらかに秋の水」おおっこれは男子に勝ち目なしだな。しかし判定はきわどく4-3。とにかく信愛決勝へ。

決勝戦は吹田東を3-0で破ってしかも地元の愛媛県立松山東高校である。兼題は「生」で先鋒はツインテール姉。「白地図を展げて生るる新樹光」VS「転校の日に生き生きと夾竹桃」(松山東)・・・微妙だ。しかし4-3で辛勝。しかし、メガネっ娘が「不器用な生き方ですが鰯雲」VS「扇風機ぎしぎし母の生返事」でまさかの2-5敗北。しかし、中堅が起死回生の「生卵呑んで深まる祖父の秋」で5-2の勝利。いい句だなぁ。けれど副将が「生まれつき人見知りです姫胡桃」で2-5敗北。残るはツインテール妹である。「草の絮まあるく生きていたりする」VS「クレマチス生放送の眉太く」(松山東・女子)・・・わけわからん対決だが、6-1で大勝利。信愛優勝だぁ。やはり「まあるく」か「まあるく」なのか。

関連するキッドのブログ『子供たちの心が見えない

ふう。俳句で高校生で商店街で町興しの企画である。そんな勝負なのにこんなに感情移入できるなんて。キッド、お前ってば、戦いがあればそれでいいのか。そんなに争いが好きなのか。・・・好きです。ケンカだ。ケンカだ。ケンカと聞いて飛んで来ました。なのですな。

火曜日に見る予定のテレビ『謎のホームページ サラリーマンNEO』(NHK総合)

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2006年9月 3日 (日)

先生に言いつける?・・・弱虫ね。(ダミアンの娘)

ダミアンの娘ディーリア(エイジア・ヴィエーラ)は愚かな人間の子供を挑発する。子供ははしご登りの途中で恐怖のために失禁してしまうのである。はやしたてる子供たち。このように悪魔はおそろしいことをするのです。いじめっ子がみんなの前でおしっこちびるなんて、おもらしなんて、屈辱です。

もちろん、これからたっぷりと恐怖をしぼりとることのできる子供と違い、敵対する大人には容赦ありません。いじめっ子の親がどなりこんくると交通事故に見せかけて首と胴体を切断です。事故車からコロコロと転がり落ちるおもちゃのボール。なかなかのモンタージュですね。

狂信者たちの策謀により、一命を落としたダミアンですが、どっこい血脈は途切れていなかったのです。映画『オーメン/最後の闘争』(1981)から10年。悪魔崇拝者のラブコールに答えて、地獄の皇子ダミアンが復活いたしました。しかも、少女に変態です。「男を女で」はパクリの王道ですから、勉強になります。オーメン三部作は回を追うごとに低調になるのですが、これは「すべての子供は悪魔である」の定理にのっとって当然のことなので、子供が主役の本作はテレビドラマ(日本では劇場公開)でありながら下手すると第一作を上回る仕上がりになっています。ま、ジェリー・ゴールドスミスの「オーメン」のテーマさえ聞こえてくればファンはワクテカのガクブルなのですが。

で、『オーメン4』(テレビ朝日060903AM0204~)脚本・ブライアン・タガート、監督・ホルへ・モンテン&ドミニク・オートナン・ジェラール、テーマを除く音楽・ロバート・ランドレスを見た。なにしろ、悪魔側の一方的勝利に終る傑作である。コアなファン以外にはえーっ!であり、派手なFSXもなしなので・・・ひそかに世界支配を狙う悪魔がそんな派手なことできますか・・・想像力のない人々にはなんだかつまらない作品と評価されがちなのだが、神の意思に逆らって偶然を装い、邪魔者を排除していく悪魔の美学にキッドは酔いしれました。

聖フランシス孤児院を訪れた子供のいない富豪の夫婦は嬰児を引き取る。ダミアンの子供であるという出生の秘密を知る尼僧長はいきなり心臓発作。ディーリアと名付けられた子供は何不自由なく育ち、神が交通事故で殺そうとしても黒犬ライダー(ケルペロスである)が救出、いじめっこが下手に手出ししようものならきついお仕置きのできる少女へと成長した。

やや神経質な養母(フェイ・グラント)は直感的に娘に魔性を見出すが、娘の成長が与える癒し効果に至福も見出してしまう。現実家で政治家として順調に成長する養父は養女を純粋に愛する。ここで、混入してくるのは血縁のない娘に対する義母の嫉妬である。それは罪であるがゆえに養母は悪魔処刑の資格を失っていく。友人から「キャリーみたいなパワーでも持っているっていうの」と聞かれ、笑うしか出来なくなっていくのである。ここに乳母としてニューエイジのサイキックが参入する。アメリカを代表する教会のような権力も嫌い、かといって正統な科学からは落ちこぼれたダメ人間の集団である彼らは超科学の信奉者すなわちオカルトの人々である。少し、頭の緩いところのある養母はたちまちこのあやしげな集団に感化されてしまう。娘が悪魔の子ではないかと疑い始めるのだ。教会の敵であるダミアンを教会を逃れた異端者が排除しようとするという皮肉な展開である。

サイキック=クレイジーなので超科学フェアはつまり頭の足りない祭りなのであるが、か弱き悪魔狩り主義者たちはここにディーリアを招き、正体を見極めようとする。そこには占い師や千里眼や心霊写真家がいるわけですがちょっと手出しをしようとして軽く炎上します。唯一派手にやっちゃうわけですが火のあるところで人体に火がつくだけですので神の意志に逆らったわけではありません。大騒ぎを背に会場を去るディーリア。これだけの力を見せ付けられて「子供だから大丈夫」という乳母は所詮、中途半端な不信者。高窓から放出され児童遊具の上で死亡。その後でディーリアはクルクル回って遊びます。う~ん、エレガント。

8才で初潮を迎えたディーリア。同時に養母は妊娠します。血縁の誕生にたちまち養女が疎ましくなる養母。彼女は娘が悪魔であることを立証することで自分の中の悪意を合理化しようとするのです。神の計画は破綻し、悪魔の打つ手が冴え渡るところ。悪意で正義の剣はふるえませんからね。ここで、神の使徒として起用されるのが元悪徳警官の私立探偵、隠し撮りの常習犯であり、盗みに心がとがめないほどの堕落者です。彼は逆十字の呪いを受けた尼僧イボンヌ(娼婦を経て新興宗教の教祖になっている)を発見し、ディーリア出生の秘密にせまるのですが、イボンヌはガラガラヘビにかまれ死亡。探偵もオーメンテーマを歌う悪魔の聖歌隊の幻影におびえつつ解体工事の鉄球に直撃され死亡します。ほらほら、中々におしゃれです。神の持ち駒の少なさ=この世の地獄なのですから。

ようやく真相にたどりついた養母はアンチキリストのヒットマンとして拳銃片手にディーリアと対峙する。しかし、出産した我が子アレキサンダーがディーリアから移植されたダミアンの息子(ディーリアの双子の弟で褒状奇形児だった)だと知りつつ、その状況の複雑さや、自らの悪意に混乱して自殺(もちろん魔力による殺害と解釈も可能)してしまう。悪魔側の計画の完全勝利である。わはははは、神よ。思い知ったか。雨の墓地でダミアンの遺児二人は愚かな養母を弔うのであった。

ま、自分をどの勢力に属すると感じているかで結末に関しての印象は変わると思いますが中立の立場のキッドとしては今回はとにかく地獄の皆さんが一矢報いた感じでなかなかさわやかなラストでした。ツァラストラからこっちペルシアから西ではサタン=ルシファー=闇の子が地獄を支配し、東では閻魔大王=釈迦=仏様が地獄を支配しているわけです。地獄=この世という立場から考えるとま、どちらもほどほどにしておいてねという感じですが、歴史的には宗教的事件はリアルイベントにはならないと考えると、神が勝とうと悪魔が勝とうとさして変わらないってことですね。それは宗教分離を説く宗教団体を母体とする政党みたいな怪しさを漂わせています。所詮、信じるものたちは「この世には神の偽者があふれています。私の信じる神以外は偽者です」という呪縛から逃れられないのです。でも本当にそうなのか。自分の神は本物か。誰もが不安に感じるところです。キッドは一言言っておきたい。大丈夫。あらゆる人間に本当の神様が宿っていますから、そして本当の悪魔様もね。それが中立というものです。

月曜日に見る予定のテレビ『東京フレンドパークⅡ~hiro&ソニン来園』(TBSテレビ)

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2006年9月 2日 (土)

熱いお茶をフーフーして飲む長澤まさみ。

「なんじゃこりゃと思ってるでしょ」とマシュー南が言う時。微妙に歳月というものを感じてしまう。藤井隆という別人格のタレントが結婚したこととか。一度ゴールデンに進出したけれど敗退してきたこととか。ヘイポーこと斉藤敏豪が総合演出していないこととか。そういうことが微妙に影を落としている。番組は生き物なので疲労もするし、傷つきもする。そういうあえぎが「あの頃」と違う気配をかもし出す。思わず、がんばれぇと声援したくなってしまうのだな。

もちろん、宣伝がらみのゲストスター(今回は映画『ラフROUGH』の主演・長澤まさみ)が来て、ルーズ過ぎたり、意味深だったりするからみ方で徹子の部屋にもテレフォンショッキングにもできない、ゲストの新鮮な魅力を引き出すという不思議なテイストは維持されているのだが、どんなスターが来ても大丈夫という飛びぬけた安定感に欠けているのである。出戻った居心地の悪さがまだ濃厚なのかな。

ハリセンボンがいてもいなくても大丈夫というパワーがないのだ。で、ハリセンボンが重要なファクターになるのだが、これがもうひとつ信頼性に欠ける。ま、しかし、女子バレー日本VSドミニカ戦がフルセットの上で12VS14から16VS14という劇的な逆転勝ちをして、マッチと岡本綾が棒読みミステリ、タイヨウのうたが脱線、黒い太陽が超展開(頭の悪い女だねではなく頭の弱い女だね的井上和香は凄し、モー子を超えた)、怨み屋が快調に十二月田旋風を巻き起こし、裏で鉄道麻雀でこってりしたあとで、キッドが夏バテしていただけかもしれません。

で、『Matthew's Best Hit UV』(テレビ朝日060902AM0120~)構成・吉井三奈子(他)、演出・高橋正輝を見た。前半は長澤まさみのゲストで、登場コントはバードウォッチング・カウンターでスタッフの数を確認し、対応を考えるドス黒い長澤まさみである。以下、セントマシュー学院の卒業試験という設定で長澤がマシューの出題に答えるというスタイル。

①お茶を飲んで「おいしい」「かわいい」 ②ショートケーキを食べて「おいしい」「かわいい」の連打。ヨイショとおちょくりが交錯するマシュースタイルは健在。③手遊びでビーバーとワニ(長澤持ちネタ) ④眼鏡っ娘「かわいい」 ⑤眼鏡を加湿器で曇らせて「かわいい」ここで失速を招きかねない「なんじゃこりゃ」コメント。ま、気にならない人には気にならないか。そして⑥あだち充作品のスケッチとなる。ヒロインを長澤が演じ、その他をハリセンボンが、愛の告白名場面を演じて各主題歌のイントロが流れ、カラオケでマシューが熱唱するというオチである。『タッチ』(タッチ)『みゆき』(想い出がいっぱい)『陽あたり良好!』(とっておきの君)とくりかえしで押す。・・・ま、馬鹿馬鹿しくて面白いのだが、なんとなく秋風が吹くのだな。気のせいかな。

後半は河口湖のロケ、曇り空の下、変り種かき氷を食べる(のりたまとハバネロ)マシューとスイカ割り(風船ドッキリつき)をするマシュー。途中から黒富士が姿を見せ、マシュー背負い富士なのだが、風船がボヨヨンですごく淋しくなる。新曲『大草原の小さなマシュー』の告知があり、まちがったファンレターの小ネタ挿入。うわー、滑り方にも程があるだろう。すごく微妙な気持ちになってしまうではないか。

来週は『hiro 平山あや ソニン サエコ』でマシューフェスタ2006なのだが、このゲストラインナップまで微妙だ。う~ん。このトーン。・・・いゃ、なんか、やっぱり面白いのかな。なんだか、面白くなってきた。なんてったって夜中の1時過ぎの番組なんだからな。キッド、お前が真剣に見すぎ。

関連するキッドのブログ『エスパー伊東一日園長の告知です。』

月曜日(日曜深夜)に見る予定のテレビ『ドキュメント'06~俳句ガールズ ひと夏の恋も涙も五・七・五』(日本テレビ)

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2006年9月 1日 (金)

官軍も賊軍も死んだらただの仏でさぁ。(中村雅俊)

清水(静岡県)の港の名物男の話である。これは定番の部類に入るだろう。エンターティメントにはいくつか定番がある。時代劇というジャンルも定番だが、時代劇にも定番がある。まず、戦国もの、次に幕末もの。他に源平もの、江戸もの、南北朝ものがある。戦国ものの中にも織田信長もの、豊臣秀吉もの、徳川家康ものといった定番があり、幕末ものにも、坂本竜馬もの、西郷隆盛もの、新撰組ものといった定番があるのだな。そして「清水の次郎長もの」は幕末ものの定番のひとつなのである。ジャンルとしては「股旅もの」という要素も含んでいる。さらに広いジャンルでは「仁義なき戦い」や「マイボスマイヒーロー」と同じヤクザものである。おいおい、その分類は侠客マニアに刺されそうな分類だぞ。

ま、何はともあれ、世が世なら、「やくざの親分」をこれほど持ち上げたら問題になるところをならない頃に持ち上げられヒーロー像を獲得した稀な存在と言えるだろう。国定忠治と違って、それなりに権力側に組してひとつの勢力として天寿を全うしている。いわばハッピーエンドなやくざの親分ということで世をすねる庶民としては憧れたり、納得できるアウトローなのである。ま、キッドは清水の人がどう思おうとやくざはやくざだと思いますがね。やくざをヒーローとしてドラマにとりあげるNHKはまあ健全と言えるかな。なにしろ、定番なのだから。

やくざだからといってドラマにできないというのはあまりにもバカだと思うが、それはそれとしてやくざがいかに社会にとって害毒かということは主張しなければならない。なぜならやくざは基本的に暴力で語るのである。暴力で語られると弱い人たちはたくさんいるからな。そういう人たちのためにも暴力に正義のないことを明らかにするべきだ。明らかにする方法はもちろん断固たる暴力である。

で、『木曜時代劇・次郎長 背負い富士(最終回)荒神山の対決』(NHK総合060831PM8~)原作・山本一力、脚本・ジェームス三木、演出・佐藤峰世を見た。ライバル黒駒(山梨県)の勝蔵との抗争の頂点ともいえる「荒神山決戦」を中心に描き中村雅俊版次郎長は幕を引く。定番としては吉良の仁吉(安田顕)は男でござんす死亡、女房泣くがあった。安田はなかなかに男前の仁吉。もちろん中村雅俊も悪くない。『俺たちのまた旅』って感じで。ただし次郎長をリアルで描くとすれば渡辺哲以外には考えられないのだが、ま、夢だけどな。

最後の女房お蝶は田中美里である。『利家とまつ』(02大河)のお市の方からここなのでちょっと上品な気がした。伝説的には次郎長は博打のときに生涯丁目しか張らなかったので愛人の名前も蝶で統一したとされている。ま、やくざのやることだから、しょうがないのだが、末期をみとったお蝶はそれなりに優れた夫人だったのかもしれず、そういう意味ではもう少しお蝶にスポットをあててもよかったかもしれない。お蝶「明治になったって漁師は魚をとるし農家は田植えをするし何にも変わりませんねえ」次郎長「お前は賢いねぇ。本当にそうだなあ」なんていうのどかな夫婦の会話。さすがはジェームス三木先生と感じました。

二十代で博打で身を持ち崩し、五十才近くまで切った張ったの渡世人だった次郎長なのだが、勝海舟・西郷隆盛会談(江戸城無血開城のため)のセッティングをした幕臣山岡鉄舟に一夜の宿を貸したことから、運が開ける。侠客として筋を通す見せ場、官軍の威光にさからい敗軍の死者を葬る場面は鉄舟からの指図あるいは嘆願があったからとも言われる。旧勢力と新勢力の狭間で上手に立ち回る才は博打に通じるのかもしれない。

立ち回り上手と言われた黒駒の勝蔵が新政府の軍人として戦いを重ねたあげく、明治維新後、旧罪によって刑場の露と消えたのとくらべても天寿を全うした次郎長はやはり幸運の持ち主で庶民にとってはご利益のありそうなヒーローなのであります。ま、やくざだけどな。

草刈正雄の大政、水橋研二の小政、山本太郎の石松(都鳥一家との大立ち回りで死亡したので最終回には不在だったが)、大河内浩の勝蔵もいい味だしてました。ま、なんだな、男のドラマっていうか、男臭いっていうか、このドラマが好きっていう人は男の人が好きなタイプなんでしょうかね。いや、女性は女性でお好きでしょうけれども。そういうサービスはちょっと少なかったかな。あ、刺青か。刺青問題かぁ。

日曜日(土曜深夜)に見るテレビ『オーメン4』(テレビ朝日)この夏の締めが洋物かぁ。

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