浅見光彦がすべてを見届ける覚悟を要求する件
『佐用姫伝説殺人事件』何度目だ。まず、水谷豊(日テレ)が1988年に解決している。次に榎木孝明(フジ初代)が1996年に解決している。そして今回は沢村一樹(TBS二代目)だから三度目か。辰巳啄郎(TBS初代)と中村俊介(フジ二代目)はこの事件にはタッチしていないのだな。あなたはどの浅見光彦が好きですか。テレビ朝日の浅見光彦はまだですか。やるとすれば誰なのかな・・・誰に聞いてるの?
日本三大悲恋伝説が「浦島」「羽衣」そして「佐用姫」であることはあまり知られていない。一番メジャーなのは「うらしまたろう」だろうが、これをキャバクラ嬢側からの悲劇として捉える方もあまりいないだろう。浦島は放蕩息子の帰還であるが旅先でもてあそばれた女の悲しみにはあまり触れられていないからな。「羽衣」はいわば婦女暴行監禁なのであって男の方から見ればストーカー的純愛かもしれないが、天女にとってはいい迷惑だ。そして「佐用姫」である。これは「戦争の悲劇」であって、もしも女が母なら「岸壁の母」なのである。しかも、ヒロインは乙姫や天女ではなく、生身の女性である。
聖徳太子が登場するわずか前の時代、朝鮮半島の動乱に派兵したヤマトの国の派遣軍司令官・大伴沙手彦とマツラの国の姫・篠原佐用姫の悲恋である。ちなみに当時の列島はゆるやかな国家連合体制だったのです。半島に渡るため、マツラの国の唐津(佐賀県)の港に駐留した沙手彦は佐用姫と恋をする。沙手彦の兄の家系からは大伴旅人や大伴家持などの歌人が輩出するので、軍人とはいえ佐手彦にもロマンチックな血が流れていたらしく、二人は燃えるような恋をするのである。やがて、出陣の日となり沙手彦を乗せた軍船は半島へと出航する。見送る佐用姫は領布(ひれ)を振り(航海の安全を祈願する呪術的な意味がある)やがて別れが耐えがたくなり、愛しい男を求めて走りだすのだが・・・。
で、『月曜ゴールデンSP秋の特選サスペンス・浅見光彦シリーズ22佐用姫伝説殺人事件』(TBSテレビ060925PM9~)原作・内田康夫、脚本・石原武龍、演出・山内宗信を見た。例によって浅見家の食卓。兄でエリート官僚(村井国夫)の家に居候する弟の「坊ちゃん」浅見光彦は母(加藤治子)のお供で唐津に行くことになる。有田焼きの展覧会を見ると同時に殺人事件に巻き込まれるためである。お手伝いの須美ちゃんのためにお土産の「有田焼きのマグカップ」も買ってこなければならない。以下、キッドはネタバレという言葉を知らないのでご注意ください。
今回の伝説の女は床嶋佳子である。彼女は人間国宝陶芸家(平幹二郎)の養女であり、愛人とも噂されている。10年前に養父の弟子の一人と恋におちるが、弟子は理由も告げずに床嶋の元を去った。佐用姫伝説にはいくつかの結末の分岐がある。一つは沙手彦を追って海で命を落としたというもの、一つは沙手彦を想うあまり石になってしまったというもの・・・この他にもあるのだが物語はこの二つをピックアップ、儚んで自殺と自閉して生きるという二つの選択を暗示している・・・知り合った光彦に自分の身の上を伝説に託して語る床嶋。そんなことよりも名物呼子のイカが食べたい光彦だった。
さて、殺人事件発生。死体となったのはいかにも悪人の美術評論家・黒部進である。偶然居合わせた光彦は例によって地元警察(金田明夫)の捜査に勝手に参加、「佐用姫の」と書かれた謎のメモの不在を指摘したりする。そして現場には珍しい釉薬が・・・。黒部の胸には大ぶりの果物ナイフが刺さっていた。
呼子の朝市は遊郭の名残だったと知ったり、ワケありの朝市のおばちゃん(正司歌江)と知り合ったりしながら、光彦は観光名所の七ツ釜(天然記念物)の海上で第二の死体・新進陶芸家を発見。連続死体第一発見者となって身元紹介、エリートの弟と判明すると地元警察(金田の上司・モト冬樹)の態度が変わる処世術へのおちょくりがあって、いよいよ、事件は核心にせまる。
床嶋の別れた恋人にはすでに恋人(黒坂真美)がいた! 床嶋は遊郭の女郎の娘だった! 歌江も昔は娼婦だった! しかも結構美人だった! 床嶋の母は客と心中していた! 振り返ればナイフがあった! 手を離したら生簀があった! 心中相手は床嶋の父だった! 床嶋の父は恋人の父でもあった! 二人は腹違いの兄妹だった! 平幹二郎はいい人だった! 犯人は恋人の恋人だった! ついでに恋人も犯人だった! 逮捕直前夫婦の誓いで光彦は神主でもないのに神主!
まさに!の連打である。こうして床嶋の幸福のためにみんなが十年も守ってきた秘密や、完璧なアリバイをあっさりくずした光彦に犯人が一言。「あんたいやな人だ」・・・まさしく。
「あなた(兄)が戻ってくるまで、あなたの大切なものは私(妹)が守ります」と床嶋が宣言し、佐用姫伝説の裏に流れるおなり伝説(妹おなりが兄えけりを守護するという伝承)を完成する。その一筋の光こそ、光彦の光なのである。
佐用姫伝説は風土記や万葉集(劇中使用は巻5-875「行く船を振り留みかねいかばかり恋しくありけむ松浦佐用姫」)にも謳われ、全国に浸透する。後日談の中には三輪山の蛇神信仰と結びついたものがあり、残された佐用姫の下に沙手彦に化けた蛇の化身が通ってくるというヴァリエーションもある。いずれにせよ、佐用姫は悲劇的な最後を迎えるのである。ちなみに沙手彦は無事に帰還し、それなりに出世して、聖徳太子時代にもからんでくる実力者になっている。ある意味、そういう身勝手な男のふるまいに対する女のうらみこそが佐用姫伝説の本質のひとつであるとも考えられるのである。
関連するキッドのブログ『もう、いいかい。(もう、いいよ・・・)』
木曜日(水曜深夜)に見る予定のテレビ『竹島』(フジテレビ)
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