« 人を信じるのには勇気がいるってこと。(成海璃子) | トップページ | 上野樹里と・・・じゃなかった広田亮平と神木隆之介と速水もこみちとオダギリジョーと大泉洋とリリー・フランキー。(年令順) »

2007年1月 8日 (月)

人の首を獲るのも野辺の花を手折るのも同じです。(貫地谷しほり)

映画『スウィングガールズ』(2004)からは上野樹里が花開いたのだが、今年、前半は貫地谷しほりが頭角を現して来そうだ。『花より男子2』にも出演するし、映画『愛の流刑地』にも出る。そして、大河ドラマでは主人公・山本勘助(内野聖陽)の恋人ミツ役である。

一方、二夜連続の『白虎隊』・・・血しぶきは最近のドラマには珍しく盛大にあがったのだが、ドラマとしては中途半端な作り、脚本家は人間関係のドロドロを描くのが得意なのだが、ある意味、白虎隊は正反対の物語。潔く散ったものと生き残った者との葛藤に触れ難い部分がある。もう少し、負け組の清らかさあるいは馬鹿馬鹿しいほどの愚かぶりに偏った方が良かった気がする。

で、『大河ドラマ・風林火山・第一回』(NHK総合070107PM8~)原作・井上靖、脚本・大森寿美男、音楽・千住明、演出・清水一彦を見た。脚本家は劇団3○○出演経験もある舞台出身の人。NHKでは『てるてる家族』(03)の脚本を担当。そういえばてるてる家族には上野樹里が出ていました。井上靖の原作はそれほどボリュームがないのでオリジナルの部分の真価が問われるところ・・・ちょっと心配していたのですが、第一回を見る限り、素晴らしい出来ばえです。もちろん、貫地谷しほりの役どころがです。

基本的に山本勘助は謎の存在で実在そのものも疑われることがある人物。キッドが最も愛する山本勘助は今川の忍者だったという新田次郎的造形だが、忍者としては北条との関係も考えられ、要するに武田、今川、北条という三大名の間を渡り歩いた怪しい人だったわけである。そういう怪しさは充分に引き出されており、また、戦国時代の解釈も妙な現代的反戦思想の反映のない、殺伐としているけれどどこか自由な空気の漂う空間として描かれている。

ミツ(貫地谷)は父母を戦でなくした甲斐の百姓の娘だが、危ういところを勘助に救われ、そのために負傷した勘助を看病したことで情が芽生えるという実に無理のない展開。「こわいのは知らないからだ。知ればこわくない」という教育的指導も理にかなっていて、その言葉尻をとらえて無鉄砲な行動をとるミツをもてあましたり、つきはなしたり、ふたたび、助けたりと脈絡のない行動でありながら、ミツが魅かれるだけのヒーローとしての「情の深さ=優しさ」を充分に感じられる展開になっている。

後はもう犯されて殺されるだけのミツを救いにくるあたり、兵法者としても白馬の王子様としても計算された演出を感じさせ、キッドはワクワク、夢中になりました。

武田家の滅びの前に絶命する山本勘助なので、信玄も謙信も死なないわけである。いわば全国統一戦を知らない終わりなき戦国時代の男たちの物語。これは楽しみなのである。なかなかの悪武者でいきなり首を獲られる赤部(寺島進)も笑わせてくれ、今年の大河ドラマは快調にスタートしましたーっ。

で、『白虎隊・二夜連続』(テレビ朝日070106PM9~、070107PM9~)脚本・内舘牧子、音楽・大島ミチル、監督・橋本一を見た。う~ん。困った白虎隊である。現代編と幕末を交差させる演出といい、大島ミチルの音楽といい、倒幕朝廷側が方言なのに会津藩士たちが標準語という脚本といい、すべてが気持ち悪い感じなのである。

だから、主役の母子である陣中で病没する母(薬師丸ひろ子)と不覚にも生き残ってしまう子(山下智久)の好演がもったいない感じになってしまうのだった。いや、あくまでキッド的にはですが。もちろん、少年たちのせつない青春はそこそこ上手に描かれており、年頃の子供を持つ母親だったら胸がキュンとなる展開はあるのだが、はまり役である松平容保の東山紀之、西郷頼母の小林稔侍を生かしきれていない甘い演出になっている。

東山といえば浅野内匠頭といい、この松平容保といい、潔癖がすぎる人物を演じさせたら右に出るものがいないのである。会津藩はこの養子で頭脳明晰な名君によって貧乏くじを引いてしまうのだが、それは美しくもあり、そして運命の残酷さをも感じさせる物語なのである。なぜ、会津藩がそこまで追い詰められてしまうのか、有名だから説明不用という展開が随所に見られ、キッドはえーっ、そこを説明しないのかいというイライラに悩まされ続けての視聴になってしまった。

たとえばラスト近くで降伏論者だった西郷一族が本人以外自決してしまうというのは素晴らしい展開なのである。浅野ゆう子も素晴らしい。しかし、二人の関係性のフリが弱いので多くの人が感情移入できないだろうなぁと思うのある。このかゆいところに手が届かない感じは祖母(野際陽子)が幕末編の冒頭で孫(山下)の手をとり、「戦はいやだ。この暖かい温もりを奪うから」などと言ってしまったことに端を発する。

祖母の長い人生はおろか、250年の安息の後にふってわいたような戦乱なのである。祖母には「戦の実感」なんてないのである。誰もが「戦の実感」のないまま戦いに突入し、白虎隊の戦いの二年前の第二次長州征伐で大敗北を喫するまで、戦の痛みなど知らぬ暮らしをしていたのである。だからそんなセリフはありえないのだ。

少なくとも征伐を受け、外国軍隊の侵攻を受け、内乱をも戦った長州は戦争の恐ろしさを知っており、だからこそ、幕府側を圧倒していくのである。それに対し、会津の婦女子には戦に対してロマンのようなものこそ感じることはあっても戦のこわさなどは語れないのだ。そしていきなり、近代戦が来襲して吃驚仰天するのが1868年のこの戦なのである。

なにしろ、敵を迎撃するのに各地に分散し、何の戦果も得られぬまま、城に敗走してくるという近代戦そのものをまったく理解していない集団なのだ。だからこそ、城下への放火によって絶望し、自害してしまう白虎隊が哀れなのである。もちろん、それは思わず笑ってしまうほどの哀れさなのであるが。

そういう現実を知らぬものの哀れさを演じてこそ、白虎隊の物語には意義が見えてくるはずである。それは一億玉砕を叫びながら結局は耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び無条件降伏をする我が国の一つの生き方であり、武士の意地を通しつつ、玉砕しないで白旗を掲げる会津藩主の決断の仕方なのである。そのおかげで我々の今の暮らしがあり、そして白虎隊は290名が生き残るのである。敗残者として辛酸をなめることになるのだが、その中には後の東大総長となる山川健次郎、明治学院創立者の井深梶之助がいたりもするのである。それがこの世のおかしみというものではないのかな。

戦闘シーンも素晴らしい部分もあったのだが、アームストロング砲と250年前の大砲の差異がどれほどのものであったのかの説明ぐらいは必要だったと思う。そういう滑稽さが白虎隊の肝なのだから。

火曜日に見る予定のテレビ『ヒミツの花園』(フジテレビ)

ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。

皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。

で、大量削除中あやまって 翠さまのTBも削除してしまいました。

こちらにリンクを貼らせてもらいます。

ちょっと変な話 白虎隊 後編

|

« 人を信じるのには勇気がいるってこと。(成海璃子) | トップページ | 上野樹里と・・・じゃなかった広田亮平と神木隆之介と速水もこみちとオダギリジョーと大泉洋とリリー・フランキー。(年令順) »

コメント

キッドさん、こんばんは♪
翠は決してキッドさんをサメ入りプールには沈めませんよ、ええ多分(笑

翠は大昔に放送された「白虎隊」を見てこの話を知ったんですが、その時の主題歌「愛しき日々」はイメージピッタリだったなぁ~と懐かしんでおりました。
でも今回は今風の歌(笑)でそこが違和感ありました(え
頼母と容保が活かしきれてない、、、というのは私も思います。
あと血が飛びすぎ!とか、無駄に露出しすぎ!とか。^^:

でも翠は、山下くんの峰冶が可愛くて可愛くて…感想が纏まらないくらいお腹いっぱいなのデス(笑

投稿: | 2007年1月 9日 (火) 23時54分

こんばんはです。
たしかに勘助といえば謎多き人物で
40代以前のことがわからないために
忍者とかいう説もありますね。

彼が持っていた摩利支天は武士にとっての守り神ですが
忍者にとっても守り神ですから
意外に高野山以外に伊賀や甲賀の地で修行してるかもしれんです(笑)

また川中島がラストでしょうから
これは楽しみですね。

なんか戦の華を咲かせるような感じで。
武将の名前が出てくるだけでもう楽しくなってきます。


白虎隊は日テレの時は
西郷頼母が主人公でしたので戦争の虚しさとかが
メインでしたが(もう随分前なので記憶が薄れてますが(;・∀・)ゞ)
今回の場合は親と子、戦争の虚しさ、この時代に生きる若者の素晴らしさと
視点が多角的だったので、見る方もどこを注目すればいいか
迷うような感じになってましたね。


>戦闘シーンも素晴らしい部分もあったのだが、アームストロング砲と250年前の大砲の差異がどれほどのものであったのかの説明ぐらいは必要だったと思う。
それは一昨年の「河井継之助」がキッチリやってましたね。
こういう兵器関係になると日テレは強いですね(笑)

投稿: ikasama4 | 2007年1月10日 (水) 00時04分

☆☆✫ポイント✫☆☆翠様、いらっしゃいませ☆☆✫ピーピー✫☆☆

山Pが最後に隊長にくってかかるシーンは
ドラマとしてはいいシーンなのですが
リアルさで言うと
やりきれないけど
言葉に出来ないというシーンにしてほしかった。
あれじゃあ、やつあたりで・・・。
田中くんと山Pは配役逆の方が良かった気がします。
山Pの方がもてないというのが
キッドにはピンとこないのです。

ま、それだと薬師丸ひろ子と親子にならないという
問題もでてきますが、
どうせフィクションなら
役者にあてこんだシナリオを作るべきだったのです。

ま、脚本家は殿方のふんどし姿には
目の肥えた方なので
そういうシーンをいかに作るかに
神経そそぎすぎたのかもしれませんが・・・。

投稿: キッド | 2007年1月11日 (木) 03時11分

✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥

山本勘助は山伏系の忍者だと考えています。
三河牧野氏の系譜に属しますが、三河の松平氏は
そもそも忍者の流れをくむ一族。
伊賀服部家とは家康以前から関係があったのです。

これは秀吉や光秀にも言えることですが
諸国を流浪した過去を持つ武将は
基本的には忍者と考えるべきと
キッドは思います。
あの戦乱の世で流浪するのには
それなりの技術がいることは
明白ですから。

忍者もいくつかの系統に
分かれますが
元祖は大伴の細人で
これはスメラミコト直属の忍者。
ま、ジェームズ・ボンドですよね。

次に円行者に発する山伏系(仏教系)と
安倍家のような陰陽師系(神道系)があります。
ま、これらは限りなく神仏混合していくのですが。

山本勘助は京風の兵法を用いますので
山伏として孫子を学んだタイプです。
つまり仏教系の忍者だったので武田信玄とは
ウマがあったのだと考えます。

勝沼信友(辻萬長)、赤部下野守(寺島進)、北村右近(きたろう)とマイナー武将が容赦なく登場しては殺害。人間性を疑われるかもしれないけど・・・これぞ戦国の醍醐味ですよねーっ。

今回の「白虎隊」は官軍が錦の御旗を立てて登場するシーンが白眉でした。後はもう、ぐだぐだ。戦争に反対するだけでは戦争は抑止できないという立場から見ると一番虚しい反戦論でさえない叙事詩でしたね。

まあ、河井継之助はガトリング砲を買い込んだけれどもその運用方法を知らなかったといえます。また長岡藩も近代化がそれほど進んでいなかった。一人の天才(紙一重も含む)がいてもみちのくの大名たちは時勢から取り残されていたので焼け石に水だったわけです。

それは滅びの美学からは美しい。なにしろ会津藩は勤皇なのに官軍に成敗されるわけですからねぇ。そこを描ききれていないのでキッドはあえて批判的にレビューしちゃいました。

投稿: キッド | 2007年1月11日 (木) 03時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人の首を獲るのも野辺の花を手折るのも同じです。(貫地谷しほり):

» 山本勘助 実在した人物なのか? [山本勘助]
「市川文書」という勘助の名が記された書状の発見により、勘助が [続きを読む]

受信: 2007年1月 9日 (火) 21時09分

» 風林火山 第1話 「隻眼の男」 [渡る世間は愚痴ばかり]
さて、登場しましたこのドラマの主人公・山本勘助。 彼が描かれるのは武田家に仕えてからなので それまで何をしていたのかは謎なんですねぇ。 [続きを読む]

受信: 2007年1月 9日 (火) 21時58分

» 白虎隊 第ニ夜 [くつろぎ日記]
俺は忘れない。後の世まで語り継ぐ。 [続きを読む]

受信: 2007年1月13日 (土) 18時09分

« 人を信じるのには勇気がいるってこと。(成海璃子) | トップページ | 上野樹里と・・・じゃなかった広田亮平と神木隆之介と速水もこみちとオダギリジョーと大泉洋とリリー・フランキー。(年令順) »