告げ口なんてしませんよ。(前田愛)
お人よしの両親に育てられた吉村晴子(21・前田)は強盗殺人・殺人・詐欺・詐欺未遂・窃盗の容疑で逃亡中の榎津巌(柳葉敏郎)に言いくるめられてこう言う。彼女が去った後で榎津は「いい子だ。しかし、いい子は損をする・・・」と嘯くのである。
実在した連続殺人犯をモデルにした74th直木賞受賞作『復讐するは我にあり』のドラマ化である。過去にも今村昌平監督・緒形拳主演で映画化されている。
タイトルが「復讐」についてのクリスチャンの考察をめぐる言葉であり、この解釈をめぐり、対話がなされるところが重要な要素なので少し解説してみる。
新約聖書の『ローマ人への手紙・12章19節』からの引用である。ユダヤ教およびキリスト教は一神教であるが、神を「主」と呼ぶ習慣がある。新約聖書は基本的にはユダヤ教の改革者であるナザレのイエスが冒涜者・反乱指導者として処刑死した後に、彼の弟子たちがイエスの事跡を綴ったものである。ここではイエスが主の言葉を代弁したものとして「汝の隣人を愛せよ」という教えの文脈で「たとえ、迫害されたとしても復讐してはいけない。主は復讐するは我にありと告げられている」と記されている。
基本的にユダヤの神は預言する者に言葉を仮託する。つまり、神を信じる狂人か、信じると振舞う虚言者によって神の意志を明確にするのである。もちろん、イエス自身も「預言」をするのであるが、ここでは昔の預言者の言葉を引用している。引用元はいくつかあるが、ここでは最も有名なモーゼの預言を示しておく。『申命記・32章35節』である。これは120歳で死んだモーゼの死ぬ間際の遺言であり、神がモーゼに告げた様々な言葉の羅列であり、その中の「主は復讐するは我にあり、我これを報いん」と告げたという一節である。
つまり、イエスの弟子がイエスがモーゼが神がこう告げたということを告げたと告げているのである。まあ、キッドはこの時点で少し面白いです。「殺すなかれ」と言う神が「殺したものをどう裁くのか」というのが主題である。モーゼの遺言は「裁きは神がする」と言っているわけである。
これを短絡的に捕らえれば人が人を裁いてはいけないということになり、司法制度は否定されるのだが、もちろん、イエスの弟子もイエスもモーゼも彼らの信じる神もそれほど単純なことを言ってはいない。モーゼは神に多くの言葉を与えられているのだが、『レビ記24章20-21節』では「骨には骨を、目には目を、歯には歯を。人を傷つけたものは同じ傷を負わなければならない。獣を殺したものは償い、人を殺したものは殺される」と宣言している。つまり、それを前提に「ただし、裁くのは神である」と言っているのである。この場合は神の言葉を伝えるモーゼが殺せといえば殺すということなのである。
もちろん、罪に応じた罰という刑罰の基本を述べたわけだが、モーゼがこれを言い出すのは次のような場面なのである。一族の女シェロミテの息子が「神の名前を呪う言葉」を言ったという罪で裁かれることになった。どんな呪いで神を汚したかは記されていない。そんなことをしたら神が汚れるからである。ここで神の言葉を伝えるモーゼは前述のように罪と罰について語る前に「神を呪う言葉を口にするものは必ず殺さなければならない。集いしもの全員で石を投げて殺せ」と言うのである。そして神を呪ったものは殺されるのである。
言葉は魔物である。時に人々は言葉に従い、時に逆らう。ドラマの中で「復讐するは我にあり」の言葉について「復讐は神がすることなので人がしてはいけない」と言う神父と「神は人の心にあり、つまり、復讐は人にしかできない」という主人公が論争する。もちろん、どちらも正しいし、どちらも間違っているのである。なぜなら、神は普遍的に存在するし、それは妄想に過ぎないからである。
で、『復讐するは我にあり』(テレビ東京070328PM8~)原作・佐木隆三、脚本・西岡琢也、監督・猪崎宣昭を見た。1979年の映画版に比べると逮捕直前の主人公の行動に絞った内容になっている。五人を殺して逃亡中の榎津がついに正体を見抜かれてしまう三日間の出来事がメインなのである。連続殺人犯の生々しさや凶悪さは薄められているが、人殺しが何食わぬ顔をして生活に紛れ込んでくる恐ろしさは充分に伝わっている。
榎津はクリスマスに千葉で詐欺未遂を働いた後、消息を絶っていた。全国に写真入のポスターが配布された指名手配の身の上である。正月、聖者が街にやってくるを奏でるハーモニカのメロディーの響くC型機関車に乗って、彼は九州にやってきていた。雑誌で見た「死刑囚の再審運動中の教誨師・吉村」を次なるターゲットに定めていた。彼はこれまで衝動的な反抗を重ねていたが、同時に信心深いものに強烈な憎悪を抱いていた。善に対する疑いが彼の人格の根本にある。偽善を憎むのではなく、善そのものを憎むのである。そういう意味で彼は聖なる反逆者と言えよう。いわば悪魔である。
榎津は吉村(大地康雄)を訪ねるが、目当ての旅館は人手に渡り、吉村家は貧乏所帯、しかも、年末の借金取りから逃れるために一家で留守にしている。しかし、榎津は郵便受けから吉村家宛の年賀状の束を手に入れ、近傍の旅館に一泊する。
元旦に戻ってきた吉村一家。妻・圭以子(岸本加世子)と子供たち。次女のちか子(山口愛・佐々木麻緒に似ているが別人、ちなみに山口1997年生ウルトラマンメビウス出演、佐々木1999年生ウルトラマンマックス出演である)は「年賀状が来ていないことに不審を抱く」その理由は「自分が10枚も出しているから」であった。彼女はその年賀状への頑固な拘りによって世界を疑うことになり、榎津が指名手配の男だと見抜くのである。
榎津は神を疑うことにより、疑わないものを欺くことが出来たのだが、純粋に疑う幼女の神の目を逃れることができなかったという皮肉が強調される。
翌日、弁護士を装い、「吉村の運動」を手伝いに来たと偽り、なんなく、吉村の家に入り込む榎津。「誰かが年賀状を盗んだ」と確信するちか子は一目で指名手配の男だと見破るが、家族はとりあわない。証拠の品を求めて、駐在所に向かったちか子だったが、ポスターは榎津がすでに剥がしてしまっていた。
榎津の偽装された善意を信じ、家に招きいれた吉村一家だったが、頑固に指名手配の男だと主張するちか子に徐々に根負けする。「もしかしたら・・・」しかし、善意を信じる吉村には決断をすることができない。「人違いだったら相手に失礼」なのである。しかし、妻は「もし、殺人犯だったら殺されるじゃないの」なのである。しかし、ゴミ箱からちか子は「指名手配のポスター」を回収してくる。そして親戚の家に行った志田未来に似ているとか、堀北真希に似ているとか言われるけど私が元祖チャイドルよの前田愛が演じる晴子もポスターに榎津の姿を見出すのだった。
通報をした吉村に駐在所の対応は冷淡。「死刑反対運動」をする吉村はお上に逆らっている目障りな存在だったからである。しかし、連続殺人犯を追う中央の面子はそういう局所的な反目を上回っていた。動き出す県警の刑事たち。ガセだとしても、それまで、本命ならお手柄なのだから当然動く昭和30年代末なのであった。
夜、おびえながら、榎津と話す吉村。「聖書に復讐するは我にありという言葉がある。それは復讐するものに神が与えた免罪符だ」と言う榎津。親に売られた過去を持つ榎津にとっては心の支えの言葉だった。しかし、吉村は「復讐は神がするので人がしてはいけない」という言葉だと伝える。榎津は「嘘をつくな」と激昂する。
ちか子はついに榎津のカバンから年賀状を発見する。翌朝、気配を察し、逃亡しようとする榎津は刑事に囲まれ、任意同行に従う。指紋捺印を拒む榎津に刑事は言う。「では逮捕する。容疑は年賀状の窃盗だ・・・」
テレビのインタビューに答えるちか子「なぜ犯人だと分かったのか」という質問に「こわがっていたから」とこまっしゃくれた答えをするのだが、「年賀状が盗まれたから」と答えてほしいところでした。この頃、小学生が年賀状を待ち焦がれる気持ちは尋常ではなかったのである。
この後、虚構の世界では華麗なる一族の事件が起こり、それが集結する頃、榎津は死刑となる。それまで助命嘆願を求めて殊勝にふるまっていた榎津は死刑執行の日、「心穏やかに」と言う神父を嘲笑う。「俺は人を信じない。まして神など。俺はすべてを信じないのだから」そして悪魔の哄笑を残すのだった。
殺される旅館の女将に余貴美子。静岡弁を交えての濡れ場を熱演でした。
関連するキッドのブログ『早く行かないと泣いちゃうよ。(前田亜季)』
金曜日に見る予定のテレビ『僕らの音楽・レミオロメン×蒼井優』(フジテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
キッドじいや、こんばんは。
ドラマは見逃しました。原作は昔読みました。
じいやの解説、力作でした。
じいやのクセが出ていたから、オヤオヤと着て見ました。
今回は、私ときこりさんの違いでしたけど。では。
投稿: mari | 2007年3月30日 (金) 03時32分
❁~✾~❁~~✾mari様、いらっしゃいませ✾~~❁~✾~❁
mari様、ごめんなさい。
じいやは最近、安心しておりました。
もう、うっかりミスなどしないっ。
でもやはりじいやなのでしたーっ。
やはり、神に逆らい
神をおちょくるようなことを言ってると
天罰覿面なのでございますーっ。
きこり様のところで
mari様に叱られたこともある猫が
(食べ物の話ばかりしてたから・・・)
一緒にあやまりますです。
mari様、すみませんにゃーっ。
ドラマは結構、面白かったのでございます。
投稿: キッド | 2007年3月30日 (金) 13時52分