夢なんか見るから凹むのよ。(板谷由夏)
途中経過だし、そのままのセリフではないが東京で挫折して故郷に逃げ帰ったヒロイン南海子(板谷)が幼馴染の徹(中村俊介)に告げるニュアンスはこんな感じだったと思う。
この世は常に過渡期である。時代というものは次から次へと移り変わっていく。
地方が冬の時代になって、春はいつまでたっても来ない。そういう気分というものも長く続いている。しかし、季節は巡っているのである。春はいつだって来ているのだが、人はそれを見ずにああ、まだ冬だと言うのかもしれない。
故郷を捨て、旅にでるものが都で翻弄されるのもいつの世にもあるらしく、夢破れて凹むのもまた一興なのである。
で、『福岡発地域ドラマ・飛ばまし、今』(NHK総合070331PM9~)脚本・金子成人、演出・吉田浩樹を見た。NHK福岡がドラマ制作能力の向上のために設けた枠である。こういう枠を作ってしまうところがNHK的な異常さだとキッドは思うが、ある意味ではNHK的村おこしの一貫であり、中央に対する地方の怨みに対するガス抜きなのかもしれない。
NHKが企業と公共物の隙間に棲息する奇怪な存在であるようにこのドラマもまたなかなかに複雑な様相を示している。
そんな風に感じてしまうのは脚本家の傾向と関係があるのかもしれない。ベテラン作家で「前略おふくろ様」(1975)や「大都会」(1976)まで遡るこの作家は「俺たちの祭」の作家でもある。「挫折」「苦悩」する地方出身者が大好きなのである。
キッドはこのドラマから映画『祭りの準備』(1975・脚本・中島丈博)を連想するのだが、三十年前から地方と都会の構図は何一つ変わっていないようにも見えるし、すごく変わったようにも見える。それにこだわるとかなり長くなりそうなので、ここからは雑感であることをお断りしておく。
舞台は柳川である。秋祭り「おにぎえ」の準備をしているある夜。四人の男女が集う。柳川の掘割をめぐる「どんこ舟」の船頭をしている徹(30)、徹の兄で海苔漁師・実(35・入江雅人)、実の婚約者・由紀(33・瑞木りか)、そして東京で写真家をしている南海子(30)である。中村俊介は群馬県出身だが、残りは福岡県出身のアクターである。それがドラマの内容に色濃く反映してくるのかと期待するとそうでもない。たとえば方言もほとんど印象的には使われない。こういうこだわりにキッドはなにか虚しいものを感じる。
もう一つ、物語の重要な要素に柳川育ちの詩人「北原白秋」の詩がかかわってくるのだが、こういうところも「中国人が日本人に漢字を教えた」式の馬鹿馬鹿しさを感じる。漢字を生み出したものも、北原白秋もただの「人」に過ぎない。柳川の人や中国の人が関係者だと思うところを嘲笑することこそが文化だと思うのである。
四人の男女はそれぞれに悩みを抱えている。実はより収益を上げるために稼業の企業化を目指すが昔ながらの仕事をしたい父親に反対される。同じ海苔漁師の娘である由紀は実と結婚することに不安を感じている。兄の結婚問題の陰に「自分が稼業を手伝わずに船頭になったこと」があると感じる徹。そして南海子は「東京で悪い男にだまされ、もてあそばれた上に仕事も上手くいってない」のであった。ああ、やっぱりである。
夢破れて帰郷した南海子。懐かしい故郷の風景に癒しを求めたのだが、故郷には故郷で様々な問題があるわけである。徹は観光を盛んにするために精一杯の努力をしているので独身なのだが、失意の南海子につけこむような真似をしない。よく見れば相手のことを思いやっているようで、単に恋愛に臆病ともとれる言動をする。あくまで受身なのである。
北原白秋の詩は「思ひ出」から「時は逝く」が引用される。
時は逝く、赤き蒸汽の船腹の過ぎゆくごとく。
穀倉の夕日のほめき、
黒猫の美しき耳鳴のごと、
時は逝く、何時しらず、柔かに陰影してぞゆく。
時は逝く、赤き蒸汽の船腹の過ぎゆくごとく。
このイメージにあふれた時への幻想を「白秋の恋」にからめた解説をしたりするのだが、徹と南海子の恋はちっとも始まらないのだった。
やがて、祭りがいつものように始まり、いつものように終わり、受身の男たちが様子見をしている間に女たちのためらいは終焉する。由紀は嫁ぐ決心をして、南海子は東京で再出発することを決意するのである。
南海子の決意を促したのは青春時代の落書きだった。それは白秋の晩年の一作「帰去来」の一節だった。
山門は我が産土、
雲騰る南風のまほら、
飛ばまし今一度、
・・・という冒頭の部分である。これが上手いのかどうか、微妙なところだな。
もう一度と言っているところが「再起」に係っているのだが、この「落書き」が最初に飛び立つ以前の落書きなので、ちょっとリアリティーがないのである。もちろん、いつか、ここに挫折して帰ってくる自分のために書いたという南海子の用意周到な性格と解釈してもいいのだが。
ついでに、「白秋」がもう一度飛びたかったのは「故郷」へである。ああ、故郷に帰ったって懐かしい奴らはもうみんなつまらない大人になっているだろうにそれでも12年前に飛行機に乗って帰ったときのようにもう一度故郷に帰ってみるのもいいかもしれないなあ・・・という心情を歌った詩なのである。
ああ、中途半端な田舎、中途半端な男女。中途半端な面白さ。こういう地方単発ドラマを見ながら、できの悪いところを発見する喜びを感じるキッドとしては大満足なんですが。
関連するキッドのブログ『痛みは我慢するが腹ペコは我慢できない』
平成14年から続くこのシリーズ。「うきは-少年たちの夏-」には牧野有紗が出ている。映画「レイクサイドマーダーケース」や「愛してよ」などに出演していた子役なのだが、サンミュージックブレーンのプロフィールが消えている・・・消えたのか。
月曜日に見る予定のテレビ『のぞき屋』(テレビ東京)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
昨年ありました「いつか逢う街」から
この枠を楽しみにしております。
最近でも民放で地域発信ドラマとかをやってますが
年に1回同じのペースで同じくらいの時期につくっているってのは
見ていてちょっと楽しいです。
特に地元の人は
慣れ親しんだ光景とか
懐かしい景色とかが出ていると
なんとも楽しくなるようです。
個人的にスタッフロールの出演者のトリを飾ったのが
板谷さんだったのが驚きました。
これってご祝儀でしょうかね(笑)
投稿: ikasama4 | 2007年4月 3日 (火) 18時37分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
キッドは基本的にローカルな物語大好きなのですが
ちょっぴりヘソマガリなので
普通のドラマよりも厳しく査定します。
ま、例外として沖縄ドラマだと
すべて許せちゃうのですが・・・我儘。
今回も柳川のライン下り(のようなもの)が
出てくるだけで大満足。
翌日の会津ものは磐梯山が出てくるだけでOKでしたっ。
しかし、北原白秋の詩をどうせ使うなら
もうひとつ練りこんで欲しいとか
いろいろと重箱の隅をつついてしまい
それがかなり楽しいわけで・・・。
板谷由夏さん。
主役でも良かったんですよね。
中村さんトリっていう手も・・・。
まあ、ランク的に難しいか・・・。
フフフ、ハケンが評価されたのかもしれませんねーっ。
これを機会に飛躍してもらいたいものですーっ。
投稿: キッド | 2007年4月 4日 (水) 02時03分
はじめまして、こんにちは。通りすがりの者です。タイトルに惹かれてふらふらっと現れました。そこで気になったことが一つ。
牧野有紗ちゃんは現在、バレエ留学中らしいですよ^^彼女は元々、宝塚のスペシャルドラマの子役オーディションから芸能界入りしました。バレエは小さい頃からやっていて、当時も「夢はプリマと女優だ」と言っていましたので今はそちらに力を注いでいるのでしょう。
失礼いたしました(´∀`)
投稿: 通りすがり | 2008年9月 5日 (金) 15時23分
愛と青春の宝塚通りすがり様、いらっしゃいませ引田天功物語
大隅町坂元出身の牧野有紗さん(14)が、世界で最難関とされるモスクワ国立バレエアカデミー(旧ボリショイバレエ学校)に2004年10月入学、世界のプリマドンナ目指し単身、異国の地で頑張っている。牧野さんはこれまで地元中学校に通う傍ら、映画やテレビドラマに数多く出演するなど活躍していたが、今回芸能活動も一時休止してのバレエ留学となった。
あれから・・・4年・・・歳月の流れるのは早いですな。
2008年のローザンヌは高田茜の5位入賞が
話題になりましたが
去年が河野舞衣が2位。一昨年が森志乃が5位・・・。
そろそろ帰ってくるかな・・・。
投稿: キッド | 2008年9月 6日 (土) 03時34分