なぜ、いじめから目をそらすのですか?(菅野美穂)
珠子(菅野)は苦しい。弁護士であるほどの知力。過去を再現する想像力が自らの過ちを想起させる。全体像が見えてくるほど自分の犯した罪の重さに震えるのである。そうでありながら、珠子は立ち向かう。ヒロインとしての強さと言ってしまえばそれまでだが。
本当の悪人も本当の善人もいない世界で正義は成立するのか。ドラマの主題はこれでいいのかな。凶悪な犯罪者が偽善的な弁護団に守られ被害者遺族を苦しめる現実の裁判の裏でフィクションはギリギリフタケタを死守しながらひっそりと花を咲かせ始めている。
「私に水を・・・私に水を」とささやく花はすでに枯れているのだが。
珠子の決意の裏に幾度かの変転があっただろう。明日香(志田未来=小野花梨)の父親がただの裏切り者ではないと知った時。明日香がいじめられていた可能性を知った時。明日香の死を知った時。
見ていなかった事実を知る度にそれ以前の自分の行動が彼女の魂を鞭打つのだ。たいやきを持って面会に来た明日香を拒絶した自分。明日香に「あなたと私は無関係」と断言した自分。幼い明日香を義理の母としての義務を放棄して「施設」に捨てた自分。頼るもののない前夫の前妻との娘・明日香の作文を破り捨てた自分。
まだそういう描写はないと思うのだが今回も「感謝の言葉」がキーワードに使用されていたので透明人間・朋美の話した「お腹を刺されてサンキューというアラブ人」の挿話と捨てられる明日香(小野)の別れのセリフ「たまこさん、ありがとう」はすでに珠子の中ではリンクされているのかもしれない。
捨てられる明日香は本当は「捨てないで、助けて」と言いたかったのかもしれない。口から出たのはそういう意味の「ありがとう」だったのかもしれない。もはや、明日香の命そのものが珠子の胸に突き刺さっている。しびれるような痛烈さである。
今回は「盗まれた教科書」のために「親なしの子供」が「親の思い出の品」を質入れする話。珠子は心で問うだろう。生前の明日香(志田)が自分に会いにきたのは「たまこさん、私、いじめられているの、どうすればいい?」と相談するため? それとも「教科書を買うためにお金を貸してください」と頼みに来たの? それとも「教科書を買ったらお金があまった」のでタイヤキをおごってくれるつもりだったの? それとも、それとも・・・うわあ、涙がとまらないんですけど。
この罪の意識から逃れる方法はただ一つ。明日香のために戦うのだ。それが珠子に残された唯一の救いの道なのだった。
一方、加地は逃げた。いじめを見逃した自分に罪がある。いじめという犯罪を犯した他人を追及するならともかく、自分に罪があるなんて認めることは耐えられないから。それなら「いじめなんてなかった」方がいいに決まっている。とりあえず誰も傷つかなくてすむ。自分のためじゃなくてみんなのためにその方がいい。もちろん、みんなの中から明日香は除外されるが、しょうがないじゃないか。明日香はもうどこにもいないんだから。ボクは悪くない。ボクは悪くない。ボクは悪くなんかないんだよおおおおおお。
で、『わたしたちの教科書・第七話』(日本テレビ・070524PM10~)脚本・坂元裕二、演出・河毛俊作を見た。演出家は「沙粧妙子・最後の事件」(1995)「きらきらひかる」(1998)「タブロイド」(1998)など「かくされた真相」を鮮やかに隠しておくドラマを演出したベテラン。今回、かなり、事件の人物関係図を整理しつつ、核心はかなり隠蔽したと思う。さすがだな。なかなか視聴率はあがらないのだが、この水準でいけば視聴率は尻上がりになると予想。いや、そうであって欲しいと願う。だって面白いんだもの。
これまで意図的に隠されていた「証拠」が次々に現れる。「明日香の元・担任教師」「担任教師の日誌(改ざん前)」「明日香が金を借用した質屋の質札」などである。
辿り着き方も少しやりすぎなほど技巧的である。賄賂がらみで謹慎中の体育教師・戸板(大倉孝二)は金欲しさに珠子に虚偽の密告を行う。「元・担任の三澤(市川実和子)が明日香を殺した」と言う。その情報の矛盾点をたちまち喝破する珠子。そこで戸板は「所在不明の三澤を捜し出したらいくらくれるのか?」と珠子に持ちかける。
ちょっとした調査能力があれば三澤を探し出すのは難題ではないはずだが、所属事務所を解雇された珠子はいつもの探偵を使う手口が封じられているのだろう。また、職場の同僚というものは特殊な情報ルートを持つものだ。孤立無援の珠子に拒否する謂れはない。
一方、正式な依頼人として学校側と面談した瀬里(谷原章介)は副校長・雨木(風吹ジュン)に守秘義務を掲げて真相を問う。その内容は隠されるが瀬里は「こちらが勝訴すると確信した」と同僚弁護士に嘯くのである。
学校では加地がつかのまの平穏に身をひたす。悪い人だと思っていた副校長はとってもいい人で自分を信頼してくれ、厳しいと思った先輩の美人・巨乳教師(真木よう子)はなんだか優しい、嫌われていると思った生徒にはどうやら慕われているようだ。ボクは今、教師としてシアワセになったみたい。ポー(鈴木かすみ)って子はちょっと苦手だけど。いざとなったら逃げちゃえばいいしな。ああ、逃げちゃうって素敵なことだなあ。もちろん、自分が卑怯な逃亡者だとはこれっぽっちも自覚はないのです。
けして善人とはいえない体育教師が連れてきた新たなる証人は信頼できるとは断言できかねるチョーハッピーで玉の輿セレブな妊婦(市川・最高の演技を披露)だった。「教え子が死んだ」と聞かされて「聞こえないフリをする」玉の輿。ここで突然キレる体育教師。「教え子が死んだってのにケーキがどうとか・・・なんだよ、それっ」である。しかし、体育教師にはどうやら良心が生き延びていたらしい。「それも・・・違うか。自分が惨めなんであいつをねたんだだけ。オレは子供の養育費も滞るダメ教師だから・・・な」
体育教師の謝罪と恫喝により、おバカに見えてそれなりに真摯な教師だったらしい元・担任から珠子は「明日香が消臭剤を置かれたこと。体操着を盗まれたこと。菊の花を机に飾られたこと。トイレで水をかけられたこと。教科書を盗まれたこと。二組目の教科書を汚されたこと。盗んだ教科書を燃やした兼良(冨浦智嗣)がいじめの首謀者らしいこと。それらのいじめの事実を副校長が握りつぶしたこと。日誌が改ざんされたこと」という数々の新事実をつかむ。・・・長い道のりだったなぁ。謝礼を拒否した体育教師に「ありがとう」と言う珠子。つかのまの善意に満ちた体育教師は乙女のように恥じらう。
「私はくさいから」という明日香(志田)の言葉にまたもや胸を突き刺される珠子。
さらに明日香が暮らしていた施設に足を運んだ珠子は施設員(高田聖子)遺品として質札を手渡される。なぜ今頃なのか一言説明してもらいたかったが、全体から考えて目をつぶることにする。
そして「父親の思い出の壊れた時計」で違法と知りつつ未成年者に「一万円」貸した質屋を発見。その温情さえもが仇である可能性もあるのだが、珠子の心には「ふみつけられふみつけられつつ必死に自力で咲こうとする明日香の質屋での行動」が浮かびいたたまれない思いに満たされるのである。
飼い犬(伊藤淳史)とビッチの間には愛が芽生えつつあるようだ。
怒りに燃えて学校へ乗り込む珠子。その手には一輪の菊が握られている。
兼良に接触。しかし、飼い犬がそれを阻止するために吠えかかる。「だめだワン。学校はボクの宝物なんだワン。ワンワンワン」なのだった。そこへご主人様・雨木登場。「お話をうかがいましょう」なのである。珠子は生きながら人として死んだイヌのために手向けの花を胸ポッケットに挿してあげました。
かっこいい菅野全開モードに突入。
対決の場に屋上を選ぶ雨木。「どうして目を閉じてるの」
まだまだ謎めいた雨木の心に去来するのは罪を犯したわが子の言動である。雨木が単なる保身の権化ではなくさらに心の闇を抱えている暗示。
「私は学校を訴えます」と宣戦布告にふみきる珠子。その訴状の内容が淡々と語られる。
度重なるいじめ行為の羅列。そして・・・自殺の2日前に加地に手渡されたロッカーの鍵。汚された父親の時計で購われた教科書の発見。そしていじめの隠蔽。
「教員には生徒の安全に対して配慮する義務があり・・・これを怠ったことは明白である」
弁護士・積木珠子なのである。その心中は善悪が暴風雨となって吹き荒れているのだ。
謎のフライングエレファント。「私は神」の数学教師(水嶋ヒロ)もまだまだ妖しいが、公園でピクニックする雌雄のイヌたちはさておき、花壇に水をやりつつ明日香の落下した窓を見上げる国語教師(佐藤二郎)も鍵を握るのか。もしや、意表をつくなら英語教師(酒井若菜)という手も・・・。それって希望だろう。
関連するキッドのブログ『第六話のレビュー』
土曜日に見る予定のテレビ『ライアーゲーム』(フジテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
加地の寝返りはすごかったですね。戸板も買収されない事を願います。
やっぱり一口でも鯛焼き食べてあげれば良かったのに・・・。
投稿: お気楽 | 2007年5月25日 (金) 21時52分
>珠子は生きながら人として死んだイヌのために手向けの花を胸ポケットに挿してあげました。
あのシーンは私も同じようなことを考えていました。
もはや珠子の中では加地はこの世の人ではないですね。
でもまだ利用価値はあるかも。
何たってあの気の弱さ。すぐにぐらぐらする節操の無いポリシーも後押しているかな。
ビッチといいますかあのコンビはますます深みです。びっくりです。これは大城先生の思いはホンモノだったのでしょうか?雨木の指示かと思っていたんですが・・。
でも確かなものは実はまだ何もないのよね。
もと担任の日誌でさえも直筆ではありませんでした。
信用していいものかどうかさえもわからなくなりそうです。
投稿: かりん | 2007年5月25日 (金) 23時00分
学校の正当性を証明するのか
一人の女性の人間としての誇りを証明するのか
次回よりその裁判が始まります。
それがたとえどんな真実であったとしても
たとえ救われなかったとしても
その証明のために人は戦うのでしょうね。
自分とこでも少し書きましたが
構図としては「白い巨塔」に似てますね。
違いとしては未だ真相が見えない事。
そして登場人物は里見のような
人格者がいないという点ですね。
その中で一番ハマってるのは
柳原と状況が似てきた加地でしょうかね。
もうすっかり結婚でたらしこまれてもうて。
その姿を見たら、ウラで仙崎大輔が
泣いているかもしれません(笑)
とりあえず次回から裁判シーンですが
積木の証拠はまだまだキツイですね。
三澤の日誌にしても
どちらも手書きではないようですし
それに、どちらが先に出来たのかって事で揉める事になりそうですし
何より三澤亜紀子がその日誌に関して法廷で証言するとは
思えないですからね。
質屋での腕時計にしても、その理由や買ったものについても
今のところ、あくまで積木の推測でしかないですから
仮に教科書を買った店が判明したとしても
何故買ったのか、その物的証拠が出てこない限り
今の感じではなかなか難しいでしょうね。
その時はまた、象さんの出番かな(笑)
前回、今回を通じて
瀬里の信念
積木の信念が明確に描かれていました。
それぞれの規範を守るために
それぞれの誇りを守るために
この裁判を戦っていくのでしょうね。
ただ、雨木副校長は何のために裁判を戦うのか。
その信念となるもの
規範となるものの姿が未だ不透明で
不気味に感じるものがありますね。
ただ、どちらもそのために己の心を鬼と化していますね。
投稿: ikasama4 | 2007年5月26日 (土) 16時07分
✞✞エコエコアザラク✞✞お気楽様、いらっしゃいませ✞✞エコエコザメラク✞✞
とりあえず、志田未来を
最初に殺したことで
視聴率的に死んだこのドラマ。
それにしても4~5%は持っているらしいな。
志田未来。
今後は効果的な再現登場で
最終的には14%以上はいくのでないのかと予想。
谷村にもがんばってもらいたいキッドです。
いや、ってゆうか、菅野がんばれっ。でした。
投稿: キッド | 2007年5月26日 (土) 20時36分
✿❀✿❀✿かりん☆スー様、いらっしゃいませ✿❀✿❀✿
じいやの目からみると
伊藤くんと真木さんの
演じているキャラクターは
ボーダーと呼ばれる人々のようです。
日常的に正常にふるまうことが
できるけれど
たとえば宗教とか
薬物とかに
たやすく耽溺したり
自分を見失ったりする
いわゆる自分を
客観視できないタイプ。
ささいなことで
キレやすかったり
簡単に
溺れたりしますね。
つまり、一種のキチガイなのです。
そういう意味で
二人は同類相憐れむ恋に
おちているのではないかと思います。
・・・こわいです。
そういう意味では珠子も
寸前までは
愛の裏切りの傷心から
立ち直れず
幼い子供にやつあたりしていたので
目覚めた今は
相当に苦しいと思いますね。
その苦しみに耐えながら
立ち上がってく。
そういう演技をみせてもらいたいと
じいやは期待しております。
後半に向けて謎はまだたっぷり残されていますよね。
本当にすべてが明らかになるのか・・・。
ちょっぴり心配でございます。
投稿: キッド | 2007年5月26日 (土) 20時47分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
裁判というものは
どのようにとりつくろっても
「争い」ですから
みにくいものです。
国が手数料をとるのは
そのみにくさを買う行為だから
なのでしょう。
人と人が
話し合いでお互いを納得させられないほどに
それぞれの欲望をみなぎらせているわけですから。
キッドは司法には限界があると
考えますので
たとえば殺したいほどの憎しみがあったなら
それを司法は引き受けられないとも思います。
これはあくまで仮定の話ですが
愛するものを殺された場合に
殺した者が生きているのは
許されざる行為であるゆえに
どんな手段を持ってしても
殺すべきだと考えます。
法がそれを禁ずるのであれば
その法は無法と同じであり
死刑廃止論がいかに無意味なものであるかを
示しています。
死刑廃止の国では
必ずや暗殺者が繁盛しているはずです。
もちろん、死刑があろうが
なかろうが
実力のあるものはそれを行使するでしょう。
主役である珠子はもとより
復讐のための裁判をするつもりはないようです。
珠子は己の心を裁くために
戦うのではないかと思います。
一方、雨木の心はまだ秘密のベールに
覆われているのですが
キッドの予想では
雨木は何か
救いを求めているように思われます。
この裁判で雨木は泥沼から
引き上げられるのでは・・・。
そんな気がいたします。
投稿: キッド | 2007年5月26日 (土) 21時02分