疾風怒涛でございますっ。(前田亜季)&入魂じゃっ(内野聖陽)VSだからパパだろって言ってんだろがっ・・・。(長澤まさみ)
ま、タイトルには登場するのだが・・・もはや・・・語るも哀れなドラマになっているので「さんまさみ」については語りません。「冗談」の失敗をキレイに繰り返しているっていうことはもはや失敗に学ばないっていうか・・・どこかに相当なこだわりがあるのでございましょうね。年の差、不倫、身分詐称、遠距離恋愛、実は父娘・・・ま、どれもテーマとしてはあってもいいが・・・まさみがさんまに好意を寄せるリアリティーの欠如が一番つらいかなぁぁぁぁ。
で、『風林火山・第43回』(NHK総合071028PM8~)原作・井上靖、脚本・大森寿美男、演出・大杉太郎を見た。そうか・・・平蔵(佐藤隆太)とヒサ(水川あさみ)の娘(相原綺羅)の名前は・・・ミツか・・・。一方、勘助(内野)は男の操はミツ(貫地谷しほり)に捧げ、プラトニックラブは諏訪夫人(柴本幸)は捧げ、純情一筋である・・・リツ(前田)はちょこっとラブもないのですかーっ。そりゃぁぁぁぁ、殺生なぁぁぁぁぁ。
ま、シナリオに沿ったレビューは例によってikasama4様を推奨します。今回はお笑いポイント解説イラスト付です。勘助の心はズタボロになっております。
で、今回は軽くスルーされた第三次川中島の合戦について妄想しておく。何気に仏教色の強い展開になっている今年の大河なのだが・・・実際に日本の戦国時代はある意味、宗教戦争の時代でもあったのである。それはまつりごとというものが政と聖の両面を持っているように戦が生と死の境界で行われることと無縁ではない。明日の命も知れぬ殺伐とした世の中で死後の世界に寄せられる関心は只事ではなかっのだな。後生大事なのである。
まもなく、歴史の表舞台に登場する織田信長(1557年、織田家相続の対抗者である弟・信行を暗殺・・・尾張統一戦実行中)は武をもって天下に秩序をもたらそうとするのだが、その最大の対抗者は一向一揆勢力であった。一向一揆の秩序原理は信であり、極楽浄土への転生こそが集団の最大の拠り所という宗教的情熱に支えられていたのである。
もちろん、それはフィクションであり、このフィクションで民衆を洗脳し、扇動する一派がいたわけである。その代表が本願寺氏であり、武田信玄の義理の妹の婿だったことは偶然ではない。
織田信長は旧勢力の駆逐者として評されるのだが、足利幕府を再興(継続)させるなど、まったく旧勢力を利用しなかったわけではない。高野山の勢力と手を結ぶこともしたし、神社仏閣を保護もしている。しかし、権力の一元化ということでは、対抗勢力には容赦なく破滅をもたらしもした。ついには新参のキリスト教さえも利用したのである。
結局、戦国時代の終焉は各宗教の和解によって成立したとも考えられるのだが、それについて語るにはこの場はいささか不似合いであろう。
そういう意味で川中島の合戦はつまるところ「善光寺争奪戦」だったと言える。
第二次川中島の手打ちに立ち会ったのは駿河の国の軍師・雪斎であった。今川家の武力を背景に僧として仏の導きとしての和を成したのである。
それを反故にしたのは武田晴信である。前年の1556年、兵力を結集した武田軍は、講和の後で再び、勢力を展開し始めた旧村上陣営の拠点である雨飾城を攻める。独立勢力との戦いは権力の一元化を求める戦国武将の共通の課題だからだ。ここでの晴信は信濃国布武を実行しているのである。
たとえば、後方撹乱の謀略の失敗で大熊朝秀が亡命してくれば、領土内でその領地を確保しなければならない。そうでなければ武田の意志によって行動した大熊氏の信に報いることができず・・・武田氏は信を失うことになるからだ。
そのためには領土を拡大するか、領土を分割するしかない。在地領主の領土を削除すれば不満が発生し・・・謀反が起る。後は鎮圧するか、先制攻撃をするかの選択が残るだけなのだ。
在地領主たちは血縁、地縁で結ばれている。村上残党を粛清すれば、次は我が身と考える在地領主もいる。こうして、1557年には信濃における越後の出先機関としての役割を持つ高梨家に勢力が結集され、同時に武田はそれを討伐という動きが進行していく。
やがて、武田勢力は暫定的国境である犀川を越え、葛山城から信越国境の拠点とも言える飯山城まで進撃したのであった。
そこで越後軍が出兵し、上野原での合戦が起る。戦力差は甲州信州連合軍が二万、越後軍が一万である。攻撃側が少数、防御側が多数という決戦をするにはやや、不適当な戦力差であることは言うまでもない。
これはお互いが消耗を避けつつ、お互いの威信を守ろうとするにらみ合いをもたらすのである。今回、両者を分けるのは将軍という旧時代の威信であった。そして・・・関東出兵をもくろむ景虎と信濃の完全支配を目指す晴信は合意に達する。
武によるつかの間の平和。ここで武田信玄が誕生するのは偶然ではない。禅の流れを汲む仏法僧への帰依。武により、物の支配を達成した信玄は、聖となって心の支配も達成しようと図ったのである。
それは一瞬の成功をおさめるのだが・・・やがて歴史の新たなうねりは信玄の思惑をはるかに越えて伸展する。しかし、彼の戦略は理にかなったものであり・・・受け継がれるのだ。信長も秀吉も家康も武によって立ち、そして最後は神になるのである。
関連するキッドのブログ『第42回のレビュー』
火曜日に見る予定のテレビ『キューティーハニー』(テレビ東京)『有閑倶楽部』(日本テレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
尚、ココログフリーは2007年10月30日(火)20:00~10月31日(水)10:00の約14時間
メンテナンスに突入します。トラックバック/コメントの受けつけができなくなりますので
ご注意ください。
| 固定リンク
« アレは何だ? ガンダムエクシアだ! 太平洋をひとっ飛びっ!VS私はお父さんを何度も何度も振り返って見ました・・・。(志田未来) | トップページ | あなたの美しい論理は醜い現実に私をたどりつかせた・・・けれど。(柴咲コウ) »


コメント
冒頭のナレーションは勘助の心が込めているって事を
初めて知りました(; ̄∀ ̄)ゞ
まるで妻のように接するリツに
わしは親だと言いながら、どこかぎこちない勘助との関係。
幸隆ではないですが羨ましい(笑)
こういう戦いに宗教は切り離せないものになっていますからね。
原美濃はそれが原因で出奔するくらいですから(笑)
最近の研究でも川中島の戦いは
武田と上杉、領内の不満を取り除き、家臣の結束を取りまとめる
互いに敵としてきたという説があるそうで。
そして第4次の大戦での被害は深い霧によって偶然に起きてしまったものらしいですね。
その根拠のひとつとして
勘助が示した啄木鳥の戦法を行った場合
妻女山の背後を取る通路は険しくて、とても軍が通れる道ではないという事と
この合戦を示す資料が最近胡散臭いと言われている甲陽軍艦などの
軍記物語でしか見当たらないという点らしいです。
まぁ真相はどうあれ結果として
この合戦は後世にまで語られ、
信玄と謙信は「神」になっていきました。
まぁ「神」として崇め奉られるには色々な条件があり
時に怨霊になった者を鎮めるためであったり
時の創始者に今後を守ってもらうためであったりするのでしょうけど
信玄と謙信に関してはこの合戦を神とするきっかけだったと考えれば
そのためにたくさんの贄と人の流す血が捧げられたのかもしれませんね。
投稿: ikasama4 | 2007年10月31日 (水) 18時48分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
キッドはひそかに心がこもっているなぁ・・・
と思っていましたよ・・・。
いや、マジで・・・。
だって大河ドラマの主役を
やれるなんて・・・地味な役者としては
うれしかったでしょうからね。
ミツ、由布、リツ・・・勘助は
それなりに恵まれていたっ
といっても過言ではないですね。
幸隆は本気で羨ましがっていたようです。
原は基本的に出入り自由なポジションのようですね。
兵農分離はどの戦国大名にとっても
兵理的になすべき課題だったわけですが
ついに果たせない大名がほとんどだったわけです。
基本的に地元を離れられないというジレンマ。
人間は基本的に支配を嫌い自由を求めるものですが
同時に秩序によって安全でありたいと願う。
この矛盾点を解消するためには
ある程度の無理とか
敵味方の阿吽の呼吸が必要となってくるわけです。
まあ、信玄と謙信は
下忍を争わせ
上では手を握る上忍同士だったのかもしれません。
投稿: キッド | 2007年11月 2日 (金) 02時39分