銭ゲバであることに耐えられないから死ぬんです(松山ケンイチ)傷跡と痣のない世界(木南晴香)銭ズラ(ミムラ)
結局、少年漫画の「銭ゲバ」・・・あるいはジョージ秋山の世界は「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」の裏返しの世界なのである。長谷川町子やさくらももこが決して描かないこの世のもうひとつの姿。
だから・・・このドラマの主人公が死を決意した瞬間、風太郎(松山)や場合によっては緑が見ていた幻想は思いっきり反転して・・・「サザエさん」の世界となっていく。
そこでは・・・サラリーマンの父がいて専業主婦の母がいる。少年野球に熱中する友達と笑い、大学で出会った彼女と恋に落ち、就職、結婚、そして出産。せまいながらも楽しい我が家。峠を越えたら私の青空なのである。
で、『銭ゲバ・最終話』(日本テレビ090314PM9~)原作・ジョージ秋山、脚本・岡田惠和、演出・大谷太郎を見た。極貧ゆえに愛する母を失い、脆弱ゆえに実の父親に世界を歪められた風太郎は超法規的行動で社会の底辺から可能な限りの頂点へ登りつめる。そこで最終的な虚無を感じた風太郎は自滅することを決意するのである。
「死ぬと決めたのは・・・反省したからでも・・・追い詰められたからでもないのね」
「もう答えがでたからですよ・・・つまり飽きたんです」
「あきらめがいいのね」
「ふふふ・・・あきらめる以外に僕がこの世で学んだことがあると思いますか?」
「絶望は愚か者の結論なのよ」
「あなたは・・・どこまでいってもお嬢様なんですね・・・」
「私を連れて行って」
「邪魔をしないと約束するならいいですよ」
「私はいつだって・・・あなたの想う通りにしたじゃない」
「感謝します」
小屋の中で風太郎はダイナマイトを腹に巻き導火線に火をつけた。
小屋の外で緑(ミムラ)はその時を待った。
導火線は長かった。
柱には風太郎が銭ゲバという下級悪魔に身を捧げたときの請願が彫りこまれている。
「お金持ちになって幸せになってやるずら」
火花と煙と呪文は風太郎が見る歪んだ世界を怪しく揺るがす。
風太郎には自分の殺した死者たちの姿が見えている。
「わかっているよ・・・」
死者たちはただそこにいるだけで風太郎の心を揺らす。
「お前たちを消してやるよ・・・俺が消えることでな」
死者たちはあくまで無言である。
「だけど・・・俺は自分が間違ってたとは想わないよ」
小屋の外では緑が風に吹かれ、こらえきれずに嗚咽をもらした。
最初から失われた幸福の幻影が緑にも見えたかのように。
その幸せは・・・いつ失われたのか・・・悪意ある他人が風太郎の父親を貶めた時か。
荒んだ父親が風太郎の視界を醜く歪めた時か。
それともやはり幼い緑が風太郎の母親を辱めた時か。
あるいは・・・最愛の母親を風太郎が失った時なのか。
だから緑は風太郎の命を惜しむのか。
幸せの世界で風太郎はお小遣いで少年サンデーを買った。
母(奥貫薫)は無駄遣いを叱る。
お金を計画的に使う訓練をしなさい。
しかし・・・母の手料理はハンバーグだ。
こんがり焼けた三個のハンバーグ。父と母と風太郎の三人分。
やがて帰宅した父(椎名桔平)はゴルフクラブを妻に内緒で買い叱責される。
「これだけは特別なんだ。これは買わないわけにはいかないんだ」
父親とキャッチボールをしている間に母親の病気は手術をして直る。
風太郎は大金の入った財布を拾う。
それを近所の大好きなお兄さんに見せる。
「落とした人はきっと困っていると想うんだ」
風太郎が撲殺したお兄さんは微笑む。
通りかかった警官は・・・お兄さんのお兄さんだ。
「お前が弟を殺したんだろう」とは言わず落し物のサイフを届けた風太郎の頭を撫でる。
「坊やは偉いな・・・」
やがて、時は流れていく。
父親がそれなりに出世したのか、洋風のキッチンを備えたモダンな家に引っ越した風太郎一家。
風太郎は父親が会社で自慢できる程度の父親と同じ大学に入学する。
そこでは、痣のない茜(木南)が受験番号を取り違えて以来・・・風太郎の恋人になっている。
風太郎の受験番号は4219(死に行く)だった。
茜の父親を殺して自殺した男は風太郎の親友になった。
二人の学費稼ぎのアルバイト先には風太郎が絞殺した男が働いている。
どうやら役者を夢見て芝居に熱中しているらしい。
なにが暮しだ2LDKそれが幸せか
女房は一人が子供は二人かそれも幸せか
いやだよこのままで
いやだよ死ぬなんて
などという甘い夢に溺れつつ。
やがて・・・風太郎は茜に緑を紹介される。
その席には風太郎が裏山に埋めた白石がやってくる。
もうひとつの別の世界では貧富の差はなくなっている。
お金より心が大切な世界だから。
緑に奴隷あつかいされる白石はただ愛の力関係によるものだ。
白石は愛する女の妹の恋人である風太郎に囁く。
「今度、二人で飲もうじゃないか」
風太郎は就職し・・・緑と職場を共にする。
初任給では父に酒を奢る。
水面に浮かぶボートの上で茜と風太郎は愛を育む。
茜の耳をふさぎ告白する風太郎。
「君が好きだ。世界で一番君を愛してる」
茜は風太郎を見つめる。
「愛してる」
「僕もだよ」
「知っているわ・・・だって全部聞こえていたから・・・」
そうだ・・・あの時も茜はすべて聞いて・・・俺の本心を知って・・・それでも俺を愛してくれたんだ。
やがてマカロンを手土産に三國家を結婚の申し込みのために訪れる風太郎。
なかなか勇気の出ない風太郎を乱入して手助けする緑。
すべては夢の世界だ。
サラリーマンたちの集う居酒屋では家政婦(志保)が仲居をしていた。
「悪いのは誰のせいでもない。全部自分の責任だと思いなさい」と説教をする緑。
茜と風太郎の結婚を祝福する母。
そして、生まれてきた風太郎と茜の愛の結晶の小さな手。
「子供はさあ・・・もうつかれたなと想った頃に生れてきてよし、もう少しがんばるぞ・・・と思わせてくれる。そして本当にもうだめだと思った頃には子供が大人になってがんばってくれる・・・そうやってさあ・・・人間はずっとやってきたんだよ・・・」
父親のたわいない言葉にもそれなりに含蓄がある。
自分の子供と茜に窓辺からお見送りされる風太郎。振り返って二人のいた窓辺を見つめる風太郎。微笑む風太郎。
しかし・・・その風太郎の目に映る世界は・・・風太郎には与えられなかったのだ。
だから・・・俺は間違っていたとは思わない。
俺は人殺しだ。
地獄とやらがあるならそこで責めるがいいさ。
だけど・・・俺にとってこの世界はとっくに腐っていたとしか思えない。
お前らはそこで生きるがいいさ。
飼いならされた豚みたいに生きるがいいさ。
俺が消えたって・・・俺みたいな銭ゲバは
いくらだって生れてくるずら。
いや・・・今だって世界は銭ゲバだらけずら。
気付かんフリをしているだけなんだろう。
それであんたらはヘラヘラ生きているんだろう。
それで充分幸せなんだろう。
ボクがこの世にやってきた夜
おふくろはメチャクチャにうれしがり
おやじはうろたえて質屋に走り
それから酒屋をたたきおこすんだろう
俺はもうたくさんズラ。
じゃあね。
ああ・・・ひぃ・・・ひぃ・・・ああ・・・死ぬズラ・・・死ぬのはこわいズラ・・・緑・・・あけてくれ・・・ひぃ・・・行く・・・行ってやる・・・ああ・・・ぁぁぁ・・・ああああああああああああ。
爆発する炎の中で風太郎は消えた。
緑は取り残された。しかし・・・風太郎のために墓を作った。黒い墓だった。
緑はそこに一円を手向けた。
それを愛の証と呼んでもかまわないだろう。
父は取り残された。父は風太郎の自殺の新聞記事から息子の写真を切り取り、酒の相手をさせた。それは報いというものだろう。
風太郎が整形手術をして・・・真一と入れ替わったと考える人は完全犯罪マニアである。
そして・・・家政婦が新たなお屋敷の前に佇むシーンが一番好きという人はメイド好きである。
幸せな茜も不幸な茜もどっちも好きだという人はきっとかしこさんもベビーエロも赤い女も黒い女も好きなのである。
夕暮れの街
仰ぎ見た空
茜色
さよなら ただ ただ ただ ただ 愛しき日々よ
ずっと忘れないだろう 僕は君を
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月曜日に見る予定のテレビ『ヴォイス・命なき者の声』(フジテレビ)
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コメント
素晴らしい出来栄えの作品でした。
風太郎を演じる松山さんの力強い演技も
赤い女と黒い女を演じ分ける木南さんもさる事ながら
白い女と黒い女を演じ分けるミムラさんには
ただただ驚かされました。
演出の効果もあるのでしょうけど
これによってミムラさんは新たな境地を切り開いた
ように感じます。
もう少しこの作品を見ていたかったのですが
今期は全体的に全9話~10話ってのが
多いみたいですね。
それもこれも制作予算の関係なんでしょうかねぇ。
やはり、こういうとこにも
銭の影響が出ているという事でしょうかね。
投稿: ikasama4 | 2009年3月16日 (月) 23時17分
茜の木南晴香、
緑のミムラ。
松ケンも時々、原作の銭ゲバそっくりに
見える場面があって
ある種・・・ものすごいコスプレショー。
しかも・・・演技力だけで
そう見せるのですから
役者としては素晴らしい出来だったと考えます。
とにかく・・・「銭ゲバ」を
テレビドラマにするという
ある意味、無謀なチャレンジを
見事にやりきったスタッフには
久しぶりにトレビアン!を
奉げたい気持ちです。
なんていうか・・・まだまだ
いろんなことができる・・・
という可能性を感じました。
「亀雫」「キイナ」「松ゲバ」「リセット」「幻想文学」
と五本がそれぞれに個性的だった
今季の日テレドラマ。
深夜で実験→ゴールデンの展開も
おくればせながら・・・着手しているようですが
キッドとしては
それなら、「栞と紙魚子の怪奇事件簿」とか「地獄少女」を
やってくれるのか?と
ワクワクドキドキです。
まあ・・・すべては予算の問題なんですけれどーっ。
世間が面白いと思うことを
面白がるのが
一番安上がりなんですよねーっ。
投稿: キッド | 2009年3月17日 (火) 20時25分
こんにちは~。
何だかポッカリと穴が開いてます。
満足した証拠です(笑)
>もうひとつの別の世界では貧富の差はなくなっている。
>お金より心が大切な世界だから。
心が大切な世界を見せられるとは思ってなかったので、
そちらの世界との対比を楽しむことが出来て良かったです。
今の自分も最高に幸せなのかもしれない…
なんて思わせて貰えたり。
それも日に日に薄れて行くんですけどね(^_^;)ポリポリ
やっぱりお金って心を癒すためには必要ですもん。
10億も要らないけど(笑)
予想外の最終回。
そして今期は『銭ゲバ』でキッドさんと語り合えて予想外♪
一層このドラマを楽しむことが出来ました。
春ドラマは面白いものありますかねぇ。。。
と毎クール同じように過ごして1年終わっちゃいますわぁ。
またこっそりと覗きに来ます(笑)
お疲れ様でした~(^-^*)/
投稿: mana | 2009年3月18日 (水) 10時05分
ふふふ・・・mana様の心に穴を開けるとは
松ケンか・・・スタッフの仕業かは
解りませんが
困ったことですな。
妄想傷害罪の適用を考慮しなければなりませんな。
ふふふ・・・心が大切な世界なのか
金の心配が薄めの世界なのか
微妙なところですよね。
元の世界では地道に働いていた刑事も
愛しい人の手術代は稼げなかった・・・。
そのような不公平が
消滅している世界というのは
ある意味絵空事でございます。
だからこそ・・・
その夢の世界の提示は
親切でわかりやすく
胸をせつなくさせるのですね。
キッドはこの脚本家をそれほど高く評価しませんが
・・・悪魔でございますから・・・
この作品に関する限りは
実にアイディアに満ちた
素晴らしい出来上がりだと
賛嘆いたしましたよ。
ふふふ・・・幸せは
それがそこにあると気がついた
気がついた瞬間に
消滅してしまうものですからね。
まさに淡雪です。
そうですな・・・
一般的な人々の心の悩みは
現金三億円くらいで
ほとんど消滅するでしょうな。
どんな貞操も1億円を相手にすると
なかなかでしょうし。
電車で痴漢した犯人を
5000万円積まれても
許さない人は
電車を利用しない気もいたします。
ふふふ、こちらこそ毎回
コメントをしていただきありがとうございました。
何よりの励みでございましたよ。
春ドラマは
(月)「婚カツ!」 上戸彩・中居正広・佐藤隆太
(火)「アタシんちの男子」堀北真希 イケメン
「白い春」阿部寛・大橋のぞみ・吉高由里子
(水)「臨場」内野聖陽
「アイシテル~海容~」稲森いずみ
(木)「ゴーストフレンズ」福田沙紀
「夜光の階段」藤木直人
「BOSS」天海祐希・竹野内豊・戸田恵梨香
(金)「名探偵の掟」松田翔太・香椎由宇
「コンカツ・リカツ」桜井幸子
「スマイル」松本潤・新垣結衣
(土)「ザ・クイズショウ」桜井翔・松浦亜弥
「魔女裁判」生田斗真・比嘉愛未・加藤あい
(日)「ぼくの妹」オダギリジョー・長澤まさみ
週末「コードブルー」な女性陣続々登場です。
なんていうか・・・万遍なく来てます。
上戸→堀北・吉高→稲森→戸田→新垣→比嘉・加藤→長澤
・・・殺す気かっ!
でございます。
投稿: キッド | 2009年3月19日 (木) 04時35分