人は生きるに値しないのが銭ゲバズラ(松山ケンイチ)・・・(木南晴夏)バカね(ミムラ)
喜びの後に・・・悲しみの後に・・・たとえ今・・・この世界が滅んでしまっても。
生きとし生けるものがすべて消え去ってしまっても。
君よ・・・君だけは・・・。
・・・という気分が分らないと風太郎がダイナマイトを腹に巻く気分は分らないだろう。
で、『銭ゲバ・第8回』(日本テレビ090307PM9~)原作・ジョージ秋山、岡田惠和、演出・大谷太郎を見た。風太郎(松山ケンイチ)が茜(木南晴夏)の「死」に影響を受けたか受けなかったか・・・人によってはそこが問題になるだろう。
「自殺」を絶対に肯定できない人間にとっては・・・それはあってはならないこと・・・という前提が生じる。「人が命を絶つことで・・・いいことなんか何ひとつない・・・」という譲れない一線に抵触するのである。
しかし・・・このドラマは大胆にもこの一線を軽く踏み越える。
「馬鹿だな・・・死ぬなんて・・・茜・・・馬鹿だ」
と風太郎がつぶやく以上・・・いくら・・・「君が死んでいようが生きていようがどうでもいい」と風太郎が言ったとしても・・・「どうでもよくなかった」のは明瞭なのである。
そして・・・茜の「死」は風太郎の心を撃ち抜いたのである。
風太郎の過去を探り・・・想像以上の風太郎の生い立ちを知り、風太郎の生い立ちを知ることで自分の妹である茜の風太郎への愛をようやく理解した緑(ミムラ)は同時に茜の心の闇を知り・・・それを知ったことを茜に伝えようとある意味、生れて初めて姉らしい気分になって帰宅したのである。
「・・・お姉ちゃん・・・ちっとも知らなかったよ・・・茜がそんなに傷ついていたなんて・・・そしてどうしてあんな風太郎を愛せるのか・・・分らなかったよ・・・でも今は少し・・・茜の気持ちがわかるような気がするの・・・それはきっと・・・」
などとガールズトークをする気満々でいたのに茜はすでにこの世を去っていたのだった。
お嬢様なので為す術もなく家政婦を呼んだ緑は愛と涙と怒りと喜びを風太郎にぶつけるのだった。
「なぜ・・・あなたに茜は愛をあたえたのに・・・」
「僕は人を愛さないのです」
緑の喜怒哀楽は殺意に転化した。
しかし・・・それは所詮、お嬢様の殺意だった。少年時代から殺人の場数を踏んだ風太郎には余裕の応対が可能である。
「あなたは僕を殺したいと思う。でも、それは一瞬で消え去る気持ちにすぎない。それをすればあなたは僕を人殺しと罵ることはできなくなりますよ。あなたのお父さんや・・・茜とも天国で会うことはできない。だって僕を殺せばあなたは地獄行きの片道キップをみどりの窓口で購入したことになりますから。それはキャンセルできないんですよ・・・第一、あなたは僕と約束したじゃないですか・・・僕の哀れな末路を最後まで見届けるって・・・自分で決着つけるのはちょっとルール違反だな・・・」
緑の殺意は消えた。茜と二度とおしゃべりできないからとい理由で・・・茜の愛した男を殺すというのは行き過ぎだと反省したからである。
そして・・・緑は見た。風太郎の苦悩する魂を。
茜・・・茜・・・馬鹿な茜・・・愛を知らない茜・・・愛を知った茜・・・暗闇の中で・・・お母さんと同じぬくもりを僕にくれた茜・・・僕がどんな言葉を言ったって信じる必要はないじゃないか。僕の心を知った上で・・・懐かしいぬくねりを・・・くれたんじゃないのか・・・茜・・・茜・・・お母さんの温もり・・・愛はあるんだって言ってくれ。僕の分の愛があるって言ってくれ。拾った一円も必要ない。お金で買えない僕の分の愛。教室の後に貼り出された遠足の写真のように。給食費を払えなかったから与えられなかった昼食のように。幻の母子のディズニーランドのように。夢の中に消えた茜。冷たい沈黙。冷たい。冷たい。冷たい手ともの言わぬ口と飛び出した目と汚れた足と・・・静けさ。いやだ・・・いやだ・・・もう・・・いやだ・・・会いたいよ・・・君に逢いたいよ・・・茜・・・茜・・・お母さん・・・。
悪夢にうなされる男を見つめていると緑は風太郎の愛がそこにあるように感じた。それを愛と呼んでいいのか・・・自信はなかったけれど。
「あなたには・・・お礼を言うべきなのね。妹はあなたと出会って・・・初めて幸せを感じたって言っていた。つまり・・・私は何一つ妹を幸せにしてやれなかったのよ。あなたはそれも私に気付かせてくれたのね。あらためて・・・お礼を言うわ・・・妹を幸せにしてくれてありがとう。そしてお悔やみを言うべきよね。茜は世界でたった一人・・・あなたの心に寄り添っていた・・・人生の伴侶・・・掛替えのない理解者を失って・・・ご愁傷様でした」
「緑さん・・・そこまでおっしゃってくれるなら・・・付き合ってくれませんか?・・・お好きでしょう?・・・ドライブが・・・あいつが死んだ時もあなたは小旅行をしていたわけですから・・・僕は行ってみたい場所があるんです」
そこは・・・海辺のうち捨てられた小屋だった。
「父(椎名桔平)はよく・・・商売女を家に連れ帰ってきたんです。その度に母と僕は家を追い出されたのです・・・そして・・・僕たちは・・・この小屋に避難してきたんですよ・・・どんなにつらい目にあっても・・・人間は雨風を凌げるだけで・・・時にはホッとするんです」
「・・・」
「母(奥貫薫)が貧乏だから・・・医者にもかかれずに死んで・・・僕がお金欲しさに初めて人を殺した夜・・・やはり僕はこの小屋に逃げてきたのです。母はもういなかったけれど・・・お金はあった。僕は喜びのようなものを感じました。お金持ちになって幸せになろうって決心したのはその夜のことです」
「それで・・・あなたはお金持ちになって幸せになれたの?」
「あなたは今・・・幸せですか?」
緑と風太郎はお互いを求めていることに気がついたが・・・それが求めても得られないものであると悟った。
妻に死なれた夫と・・・妹に死なれた姉の・・・周囲に漂う終末の予感。
その匂いを家政婦(志保)は敏感に嗅ぎ取った。
宙吊りになった元・刑事は風太郎を尋ねた。
風太郎は彼の弟を殺し、彼の妻の命の恩人である。
「もう・・・オレには正義を語る資格はない・・・ただ・・・来週最終回なので一つだけはっきりさせておきたいことがある・・・なんで弟は殺されたんだ?」
「たまたまですよ・・・」
「そうか・・・弟は君に殺されるようなことをしたわけではないんだね・・・」
「善いことをしても・・・最悪の結果になるなんて・・・よくあることじゃないんでしょうか」
「弟は・・・殺される前の晩に・・・君を引き取ろうと・・・俺と電話で話したんだ」
「起こらなかったことを話すのは起こったことを話すよりも虚しいとは思いませんか?」
「仕方ないだろう・・・俺だって出番が欲しいんだ」
「結局・・・すべてはなるようになるんです・・・特別なことなんてないんですよ」
元刑事は・・・退場した。もう、いいんじゃないかな。
食堂・伊豆屋では放蕩息子・真一(松山・二役)の残した借金で・・・一家が危機に陥っていた。借金が払えなければ命で払え。生命保険はそのためにあるのだからシステムの襲来である。
その非常事態に真一の妹の女子高生(石橋杏奈)は「私の体を買ってください」と風太郎を訪れる。
風太郎は「全部脱げ」と命令したが・・・途中で辛抱できずにベッドに押し倒した。
「結局・・・銭ズラ」
食堂を訪問した風太郎は「襤褸は着てても心の錦」が口癖の夫婦に借金を申し込まれる。
「僕が金持ちだから・・・返すあてのない借金をしてもいい・・・と言うことですか」
という風太郎に夫婦は夫婦包丁の共演で金を出せと迫る。
金はないけど・・・心にはやっぱり何もあるはずがないよ・・・だったのである。
夫婦の攻撃を軽くいなした風太郎は借金申し込みをお断りするのだった。
「やっぱり・・・銭ズラ」
三國家で夜を過ごす・・・風太郎と緑に他人とも言えず、家族とも言えない空気が漂いだすと風太郎の父がやってくる。
緑は席を外すが・・・義理の弟とその父の会話に耳をすます。
「せっかく・・・もらった10億円だけど・・・落ち着かないから返すよ・・・俺は6万5千円くらいが似合う男なんだ・・・」
「命が惜しくなりましたか?」
「・・・お前が死ねというのならいつだって死んでやる・・・しかし金は返す・・・」
「お母さんが言ってました。お父さんは本当はいい人だ。でも悪い人にだまされて・・・何もかも失って・・・ダメになってしまった・・・だからお父さんをひどい仕打ちを許してほしいと・・・だから僕はお母さんの言う通りにあなたを殺さなかった。憎かったけれど哀れんだ。たった一人のお母さんとの約束だからです」
父は惜しい女を亡くしたと・・・愚痴をこぼして去った。
「子供は親よりも先に死ぬな・・・それが鉄則だ」と捨てゼリフを残して。
「どんなルールにも例外はあるし・・・僕の生きている親はもっともその言葉に相応しい男ですよ」
父は口のへらない息子を頼もしく感じた。
すべてを聞いた緑の心は拡大を続けていた。今、緑には風太郎の心が手をとるように分った。それは共感というには痛々しく、同情というには気恥ずかしい心情を緑に感じさせ・・・緑自身にも意味不明な微笑みを浮かばせるのだった。
緑はそれを「虚しさ」だろうと感じたが・・・「虚しさ」に不慣れなものはそれを扱いかねるだろうと予測した。
虚しさに包まれた風太郎は・・・悪夢から解放された。
風太郎は自分が特別な存在ではないと確信ができたのである。すべての人間が風太郎になれば風太郎として生きるしかない。
風太郎は苦しみや悩みがもはや自分に触れないことを知り、安堵した。
風太郎に罪はないのである。なぜなら、この世には罪などないのだから。
この世に罪がない以上、風太郎は罪を背負うことはできないのである。
風太郎は悟った。
「人には生きる価値はない」ということを。
翌朝・・・自決を決意した風太郎を緑がキャッチした。
「死ぬことにしたのね」
「はい」
「もうこの世に未練はないの?」
「ええ・・・もうお金持ちになったし・・・この世に手に入らない幸せはもうありませんから」
「私も連れてって・・・あなたの最後を見たいから」
「お嬢様に耐えられますかね」
「絶望に囚われた愚か者が・・・ただ消えるだけのことでしょう?」
「僕と緑さんの約束ですしね・・・それでは行きますか」
風太郎は想い出の小屋に一人入っていった。
緑は無表情で見送った。
そして・・・最終回への導火線に点火する銭ゲバ。
さよなら ただ ただ ただ ただ 愛しき日々よ
ずっと忘れないだろう 僕は君を
たとえこの世界が
慄き震えつつ滅んでしまっても
君よ君だけは
限りない宇宙のどこかの星に伝えて下さい
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月曜日に見る予定のテレビ『ヴォイス・命なき者の声』(フジテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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