尊厳死、安楽死、自殺幇助、嘱託殺人的なヴォイス(瑛太)カレーライスと四つの祈り(石原さとみ)
とりあえず「ヴォイス」は不親切なドラマであることは間違いないだろう。この作者は「プロポーズ大作戦」という時間遡行による試行錯誤ものというファンタジーを作ったときに原理は説明しない手法でそこそこ成功をおさめたわけだが、法医学ものにこの論理を持ち込むのはいささか冒険が過ぎると思う。
瑛太の妄想が「真実」なのかどうかをあえて曖昧にすることで何かを表現しようとしているらしいが・・・ものすごく分りづらいのではないでしょうか。
本題に入る前に恒例の週末の視聴率チェック。「ラブシャッフル」↘*7.0%(ガリガリくんガリガリくんガーリガリくん)、「歌のおにいさん」↘10.7%(魔王好きの人ご苦労さまでした)、「RESCUE」↗*8.8%(うんうんこの視聴率は好き)、「銭ゲバ」↗10.5%(惜しい!平均視聴率*9.9%だがやりきった感じ)、「終着駅~殺人同盟」14.5%(大村彩子のスマートなボディよいつまでも)、「上地雄輔ひまわり物語」14.1%(小栗旬か・・・)、「堀北真希と黒木メイサでチャンス」↘*8.2%(成海璃子もドコモも・・・このシリーズって気の抜けた炭酸飲料だよねいつも)、「天地人」↗22.8%(すげえ・・・とドラゴン桜的におだててみる)、「本日も晴れ、異状なし」↗*8.4%(ここに落ち着く話ならもっとファンタジーでよかったのに・・・)、「落日燃ゆ」11.1%(何故早春にこれを?・・・クリスマスにやるべきだろう)・・・以上。
で、『ヴォイス~命なき者の声~第10回』(フジテレビ090316PM9~)脚本・金子茂樹、御出・松山博昭を見た。たとえばはるな愛が昔、松田聖子のものまねで天使のようなかわいさを発揮していたあの大西くんだと気がついた時の驚きや、トークショーなどで「性同一性障害」であることや、中学生時代にいじめにあっていたことなどを知った時のショックはテリー伊藤が麻生総理大臣と同席している映像を見るよりキッドの心を揺さぶる。もちろん、それはすべて過ぎ去った昨日の出来事で現在のキッドの日常とは無縁なのであるにも関らずだ。もしもいじめで「彼/彼女」が自殺とかしていたら・・・ものすごく鬱になっただろうと思うからである。その起きなかった過去への妄想が心を騒がせる。
人の「死」はいかに取り繕っても・・・それなりに衝撃的であるのだな。
このドラマに感じる「違和感」はそのあたりにあるような気がするのである。
何て言うか・・・倫理観のズレのようなもの・・・それが故意なのか偶然なのかも読みきれない。
主人公の加地(瑛太)がやや対人関係において抑制のきかない発達障害を思わせるキャラクターであることを考えると確信犯のようにも思えるが・・・一体、何を確信しているのかも定かではないのである。
あえて・・・簡単に空気を読まないキャラクターと言うことにしてみよう。
今回の話もある意味、空気を読まれなかったために起きた悲劇と言えるからだ。
空気を読まなかった人はたくさんいるのだが、まずゲストとしては死亡した作家(田村亮)の妻・瑠美子(麻生祐未)であろう。
法医学教室ものとしては「作家の死因」が問題になるのである。
「作家の死因」は物語の伸展につれて変化していく。
①「末期ガンによる容態急変の病死」・・・ここがスタートである。
石末(生田斗真)は父・貴之(名高達郎)が「作家のカルテ」を改竄したことを偶然知り、「作家の死因」に疑念を抱く。
そして「容態が急変したのは不自然だ」と直感したのか、ただ単に「夫の急死」を受け入れる気持ちになれないのか・・・不明ながらも「おかしいおかしいおかしい夫が死ぬなんておかしい」と心乱れるいつものホンキートンクな演技がキュートな未亡人・瑠美子に「作家の解剖」を勧めるのだった。
まあ・・・とりあえず・・・この二人が空気を読まないわけである。
さて、ネタバレであるが・・・二人が読まなかった空気とは「作家と貴之の男の友情」だったのである。
その前に・・・やや・・・複雑な問題である「尊厳死」について説明が必要だろう。たとえば緒方拳の遺作となった「風のガーデン」では終末医療のあり方についていくつかの倫理的問題が提出されていた。病院で延命措置をしながら寿命を延ばすのと自宅で家族に看取られながら寿命を縮めるのとではどちらが正しいのか・・・という問題である。
そんなものに正解はないのだが・・・法律というものはそこに正解を求めずにはいられないのである。
医学者と法学者はどちらも知的エリートであると言える。その両者が見解を相違するのがこの「死」の問題であることは間違いない。「法医学」という両者の融合した分野では「死」はさらになんだかわからないものになっている。
たとえば「脳死」の問題がある。法的には脳死こそが「死」であると日本では決着がついている。しかし、実際に「脳死」が「死」であるかどうかは誰にもわからないのだ。それは「死後の世界」の有無ほどに正解のない問題である。
法律はそういう曖昧な問題にも法的決着を着けずにはいられないので・・・とりあえず「脳死」は「死」なのである。
そこにはニュアンスとして「脳死」ならばもはや「個人の意志」が戻ることはないからという暗黙の了解があるわけである。
当然、そこで尊重されるのは「個人の意志」であって「個人の心臓」ではない。だから、「心臓」は「他人」に移植可能である。それが生前の「個人(故人)の意志」だったからということになる。シャレで笑いをとろうとしていません。念のため。
ところが・・・法律では「個人の意志」が尊重されないことはいくらでもある。
たとえば「自殺」は「個人の意志」でも「許されない行為」になっている。
もちろん、「自殺」も「自殺未遂」も犯罪にはならないが、他人が自殺に関与する場合は自殺関与罪、自殺幇助罪が適用される。
「オレが殺してくれって頼んでんだ・・・法律には触れないだろう・・・」というわけにはいかないのである。
一概には言えないが、薬物投与による自殺の場合、薬物を用意すれば「自殺幇助」である。そして、他人が投与すれば相手が望んだ場合でも「(嘱託)殺人罪」が適用される。
尊厳死と安楽死の区別も曖昧であるが・・・延命による苦痛を長引かせないために治療行為を控えることが「尊厳死」・・・苦痛を終らせるために「死」を積極的にもたらすことが「安楽死」と区別するならば、日本では「安楽死」は犯罪となるのである。
なぜ・・・最後に貴明が息子に伴われて警察に出頭するのか・・・分らない幼い視聴者のためにあえて言うと・・・貴明が「人殺し」だから「自首」したのであります。
さて、その最終結論に至る前に・・・法医学と私的捜査により判明した「作家の死因」がある。
②「医療ミスにより不適当な薬物投与による事故死」が疑われるのである。
投与された抗癌剤がカルテから消去されていたことに疑問を持った石末は「作家の前担当医」を訪問し、その薬物が患者にとって危険な薬物であったことを知ってしまう。
息子からこの事実を突きつけられた貴明は先手を売って「医療ミスがあったことを謝罪する記者会見」を開く。
しかし・・・それもまたウソであったことを例によって妄想一筋で東京における長崎県人専用下宿の存在を探知し・・・「貴明と作家の特殊な関係」から加地が真相を暴くのだった。
③「脳に転移したガンによる認知症の発症を察知した作家が愛する妻にボケた自分を見せたくないというダンディズムから安楽死を親友で医師の貴明に懇願し、貴明がそれを了承する。さらに自殺したと妻が知ると傷心するかもしれないので秘密にしてもらいたいと頼むので、殺人を隠し、疑念を抱かれると医療ミスであると言い逃れようとしたのだった。ああ・・・まわりくどいことを・・・。
もちろん・・・そんなことができるのは医師を親友に持つ選ばれた人間であるという傲慢さもチラチラと漂います。
そして・・・結局・・・最高に空気を読まない男(主人公)の追及によって「男の約束」は反故にされ・・・貴明は「作家の未亡人」にすべてを告白するのです。
なぜなら・・・結局、最後は「男と男の約束」より・・・「息子にただの悪人と思われたくない」という父親としての「欲望」が勝利するからです。まあ、それを息子への父親の愛と言ってもいいですけど。
そして・・・真実を知った未亡人は「男と男の友情」に感激して、とりあえず「ありがとうございましゅ・・・」と感謝の言葉を贈るのでした。
まあ・・・そうなる前にもう少し大人として振る舞い、「暗黙の了解」で乗り切ることは可能だったわけですが・・・空気を読まないことが売りのドラマなので暴いて暴いて暴きまくっちゃうのです。
もっとも・・・途中で若い担当医が・・・「男の友情のとばっちり」で謂れのない苦悩を味わっており・・・最後は公的機関に裁かれないとどうにもならん状況だったわけです。
要するにこのドラマは・・・法は万能ではないが・・・非情なので・・・大人はしかるべくあうんの呼吸でグレイ・ゾーンを突破する必要があると言いたいのだと思います。
ま・・・お茶の間はただとまどうばかりかもしれませんが・・・。
まあ、あまりにくどいと久保秋(石原さとみ)があきてしまう可能性があるのでここまでにしておきます。
関連するキッドのブログ『第9話のレビュー』
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皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
そうですね~。
あれは「尊厳死」ではなくて「安楽死」ですね。
「死」を扱うドラマや小説など創作物には
繊細な配慮が必要だと思うのですが、このドラマを
作っている方は、あまりそういう事に考えが
及んでいないような気がしますわ~^^;
投稿: くう | 2009年3月17日 (火) 20時53分
尊厳死も安楽死も曖昧なニュアンスを含んだ言葉。
宗教的に自殺を禁じている人々や
法律で自殺を制限する人々にも
その論拠は基本的には生存権が前提になっているのでしょう。
人間には生きる権利がある。
では死ぬ権利はないのか?
この疑問は永遠に問われ続ける事柄です。
法律上では自殺は
「殺人」だけれど「実行者」がすでに
「死亡」しているために責任が消滅する・・・
という考え方をしているようです。
そのために・・・自殺幇助者や
嘱託殺人者として第三者も刑罰の対象となるわけです。
人間は100年程度しか生きない有限の存在ですが
自然が死を与えるまで待てないものが
いるという事実。
死にたい人間と
その人に死んでもらいたくない人間がいることに
この世の不思議がある・・・
とキッドはいつも考えます。
そういう点について・・・
このドラマは・・・ちょっとした
底の浅さがあることは
否めません・・・。
惜しい・・・感じですよね。
投稿: キッド | 2009年3月19日 (木) 03時55分