坂の上の雲の下の撫子(菅野美穂)ささやかな巡洋艦・筑紫(吉田里琴)
世の中にはタブーというものがある。たとえば第二次世界大戦に敗北した後に日本では「戦争の美化」はタブーであった。
もちろん・・・多くの場合、戦争は関係者にとって悲惨なものである。
しかし、時には美しいと言って良い戦争もあり、このドラマの原作はそういう戦争を描いている。
もちろん、それを美しいと断じることは非常に心落ち着かないことだ。
それがタブーの魔力なのである。
原作者が平成8年(1996年)に没し、最初の脚本家が平成16年(2004年)に没した後に・・・ついに放送が開始されたこのドラマ。タブーにどこまで逆らえるのかがキッドにとって第一の興味あるポイントである。
で、『坂の上の雲・第1回・少年の国』(NHK総合091129PM8~)原作・司馬遼太郎、脚本・野沢尚(他)、演出・柴田岳志を見た。このドラマで描かれるのは主に日清戦争(1894年~1895年)と日露戦争(1904年~1905年)である。19世紀の終わりから20世紀の初頭にかけて日本は清国と帝政ロシアという巨大な帝国と戦い勝利を治める。勝利は美しさの源泉であるので・・・この戦争は必然的に戦勝国にとって美しい。
しかし・・・美しさとはただ勝つことではないだろう。世界の予想に反して日本が勝ったという美しさもあれば・・・そこへと導いた人々の美しさもある。
そういうキッドの美的概念を裏切らないドラマでありますように・・・と祈りつつ・・・三年間を過ごすのは・・・大変だなぁ。
主軸となるのは四国・伊予国(愛媛県)の松山出身の三人の男たちだ。
二人は兄弟である。
最初にこの世に生を受けたのは秋山好古(田中祥平→染谷将太→阿部寛)で安政6年(1859年)に松山藩(藩主・松平(久松)勝成)の御徒衆の家に生れた。松山藩は慶応4年(1866年)の第二次長州征伐の幕府軍の主力であり、長州軍に手痛い敗北を喫する。続いて慶応4年(1868年)の鳥羽・伏見の戦いでも敗北し・・・結局、明治維新を迎えた時には負け組だった。松山は戦勝国側の土佐軍によって一時期占領される。好古は齢10才で敗戦国の一員となるのである。このために味わった苦味が好古を日本騎兵の父と成し、日露戦争においては世界最弱の日本騎兵を率いて世界最強のロシア騎兵を打破するという快挙に導くのである。おいたちの記とも言える今回は好古の辛苦はほぼ省略である。17才で松山を旅立ち大坂、名古屋、東京と食い扶持を求めて転々として行くその姿は描かれない。
次に生れるのが正岡子規(ささの貴斗→香川照之)である。慶応3年に松山藩馬廻衆の家に生れた彼は秋山兄弟よりも裕福な家庭に育つ。「東京に行きたい」と言えば行ける身分である。もちろん・・・言わずと知れた「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の作者である。そしてドラマとしてのヒロイン・律(吉田里琴→菅野美穂)の兄である。いじめられて三才年下の律に助けられたのはフィクションではありません。宮沢賢治のトシと並ぶ二大文学的妹萌えだが・・・トシははかなく律はたくましいのが特徴。
井戸端に妹が撫し子あれにけり(子規)
そしてどうやら主役らしい秋山真之(小林廉→本木雅弘)は慶応4年3月に生れる。慶応4年は9月に明治元年になるため・・・まさに明治と共に育った子なのである。
真之は主にわんぱく小僧として描かれるが・・・幼少時代に花火騒動を起こすのはフィクションではありません。しかし、異常に記憶力があり、さらに画力に優れ、子規に賞賛されるほどの文学的素質があったと言われている。
モックンは16才くらいからを演じ始めるのであるが実に凄まじい演技を展開している。
兄・好古に続き、親友の子規も松山を旅立ち・・・取り残された感が漂う真之。そこに兄から「上京しても良し」の便りが届く。父の久敬(伊東四朗)からそれを伝えられる真之の場面。
原作小説では次のように描写されている。
「・・・(前略)・・・兄の信から手紙が来たんじゃ。すぐ上京せい、と」
「あしが」
真之は、畳の上から両ひざごと飛びあがらせた。真之はそんな器用なことができた。・・・(後略)・・・
見事に飛んでました。モックンもまたそんな器用なことができたのである。
成立したばかりの日本は幼い国である。
たとえば、明治元年には日本政府には外務省も大蔵省もなかった。
明治2年に公家の沢宣嘉が外務卿に、越前藩主の松平慶永が大蔵卿になって初めて外務省と大蔵省(現在の財務省)が発足する。
真之が4歳の時には大木喬任が文部卿となり文部省(現在の文部科学省)が、江藤晋平が司法卿になり司法省(現在の法務省)が成立する。
さらに真之が5才になるとようやく陸軍省と海軍省が機能し始めるという状況である。
その何もかもが生れたばかりと言う状況で真之は兄の後を追いかける子供のように上京し・・・やがて軍人となっていくのである。ただし真之は海軍軍人となる。
真之が10才の時には西南戦争がおき・・・維新の英雄・西郷隆盛の反乱軍が政府軍に鎮圧され・・・士族の時代が終焉したりもするのである。この時、兄の好古は出来たばかりの陸軍大学校に潜り込んでいたのだった。官費(ただ)で給料ももらえる路線を兄弟はひたすら走っていくのである。
そして・・・15才で上京した真之が横浜で見たのは・・・ボリビア・ペルー対チリの南米太平洋戦争(1879年~1884年)のためにチリが発注したイギリス製巡洋艦アルトゥーロ・プラットを完成前に契約解除したため・・・完成後に日本が明治16年(1883年)に買い上げ巡洋艦「筑紫」(つくし)と命名した日本初の完全蒸気機関軍艦なのである。
帆走しない軍艦をたった一隻しか持っていなかった日本海軍・・・。
そして・・・真之は日清戦争でこの艦に乗艦することになるのである。
真之と筑紫・・・運命の出会いなのだった。
世界の水準から見ればささやかな軍艦に目を輝かせ強きを挫き、弱きを助けという言葉に胸躍らせる真之。
もう涙が止らない。強きものとは列強。そして弱きものとは我が国に他ならないのである。
美しい日本の戦争に向けての素晴らしい序章だった。
関連するキッドのブログ『篤姫』
火曜日に見る予定のテレビ『ライアーゲーム・シーズン2』『リアル・クローズ』(フジテレビ)『ケータイ刑事銭形命』(TBSテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
キッドさま、こんにちは。
先週まで同局で放送されていた大河ドラマはなんだったの?
っていうくらいクオリティーの高いドラマでしたね。
流石のワタシもケチのつけようがありませんでした・・・
香川照之が「年齢より老けすぎている」という点以外は!
>美しい日本の戦争に向けての素晴らしい序章だった。
ですねぇ、モックンもはまっていたし、映像も音楽も、全て素晴らしかったです。
このクオリティーを維持し続けたら、大変なドラマになりますよね。
投稿: なおみ | 2009年11月30日 (月) 09時44分
ものすごいプレッシャーの中、
ロシアや中国の目をかすめ、
世界を味方につけて、
国民全員が死に物狂いで戦った戦争。
これを讃える物語が変な人々に
汚されるのだけが心配なキッドなのでございます。
まあ・・・親があまりにも
偉かったので
ろくでもない子供たちになった
大正、昭和の子供たち・・・
という考え方もありますけどね。
出演者の年齢については
大河ドラマだけに
許されるシステムなのだ
というしかございません。
もう少したつと・・・
すべてがデジタル合成で
シブがき隊時代のモックンから
作り上げられた適齢の
モックンが演じる・・・
なんてことになると考えます。
CMだと死者は蘇り
若い時の自分と対話するのは
当たり前になってますしね。
そうなると新人たちは困るかも・・・。
とにかく・・・三年後には
もうアナログ放送では見れないことに
本当になっているのかも楽しみです。
投稿: キッド | 2009年11月30日 (月) 22時48分
これは見応えがありました。
脚本で「野沢尚」の名が先頭にあって
ちょっと驚きましたが、そこにこの作品に
対する熱い思いを感じさせてくれました。
これは日清戦争とか日露戦争とか
どんな風に描かれるのかが楽しみですね。
原作を読んでないので何ですが
この秋山兄弟が前へ前へ進む事が
後の戦争の奇跡へと繋がる事に
このドラマの一番の見せ場になるんでしょうかね。
今回は個人的に一番よかったというか
気に入ったのは阿部ちゃんのキャラですかね。
その偏屈ともいえるようなキャラが
好古とまんまハマってます ̄▽ ̄b
ちなみに里琴さんはピンポイントで注視してました(〃▽〃)ゞ
ちなみにこの間
ファイナルファンタジーⅩⅢのCMを見ていて
全てがデジタル合成&CGでドラマが出来る日も
そう近くないと思えてくる今日この頃です ̄▽ ̄ゞ
投稿: ikasama4 | 2009年12月 1日 (火) 22時50分
昔、あるクイズ番組の途中で
女流の放送作家が亡くなったのですが
その後、数年続いた番組は
最後までクレジットに彼女の名前を
乗せていました。
「フォーマットを作ったのは彼女だから当然」
と番組のプロデューサーが語っていました。
しかし・・・今回の場合は
防波堤として使われるのでは・・・と
ちょっと心配です。
原作未読とのことなので
アレなんですが
たとえば・・・今回のナレーションで
「猿」の件があります。
原作ではこれを強く言ったのは
「・・・韓国だった」と続くのです。
つまり、事大主義の韓国にとって
西洋文明に毒された日本とは
国交が行えない・・・
丁髷結って出直してこいという・・・
清の属国としての兄貴分的態度を
とるわけです。
それが征韓論と結びつき
果ては西南戦争とも関係してくる。
この辺りのことを
ドラマでは割愛しています。
親中派や新ロ派からものすごい
圧力がかかることが想定されるし
逆にこういう割愛には
一部愛国者が目くじらたてます。
そのために「あれは亡き野沢先生が・・・」と
言い訳するための盾だったりして。
そういう点も含めてヤバオモのドラマでございます。
キッドも最初に読んでから30年以上が
経過していて
レビューのために再読してみると
その後の資料研究から間違いが指摘されている部分も
あるわけですが
そういう些細なこととは別に
「美しい戦の物語」が
色褪せずにそこにあって驚いたりもしています。
まあ・・・30年も経てば読者も耄碌しているわけですが。
律(吉田)も律(菅野)もサイコー!でした。
秋山(兄)はかなりエピソード省略されて
ものたりないくらいです。
阿部好古実に好しです。
モックンは最終的にはナニの一歩手前の天才まで
行くのでもう・・・今から楽しみでたまりません。
それを演じることのできる役者ですからね。
後は原作的に実に繊細に展開される「戦争」を
どこまで見せてくれるか・・・ということです。
昔、各局にはCG部(名称はそれぞれ)というのがあって
相談に行くと「それはお金がかかりすぎるから無理」
と言っていたことが今は軽々と実現されています。
演出家もそれを使いこなす人と
おまかせにする人では
かなり違ってくるようです。
もちろん・・・それ抜きで素晴らしい作品も可ですが
B29は竹槍では落せないということもあります。
そのうち・・・人がCGの動きを真似る時代が来るのかも。
マシンも背景もCGのようになるわけだし・・・。
投稿: キッド | 2009年12月 2日 (水) 07時22分
>フィクションではありません。
キッドさんの解説は嬉しいです。
>見事に飛んでました。モックンもまたそんな器用なことができたのである。
でも板の間だったのは痛そうでした。
どうしてそこまで見せたのか…
でもすごく印象的なシーンだったんです。
原作のそこを、そう見せたかったんですね。スッキリ
「猿」の件もそう。どこをどう魅せ、どう割愛するのかも
手腕の見せどころなんですね~。
原作を読んでるとそういう比べ方も出来ていいですね。
って私には分厚い本を読み切る自信はないです。テヘ
子役が良かったです~。
伊東父さんとのやり取りも見事で、引き込まれました。
好古の顔立ちは阿部ちゃんに違和感なかったんですけど…
青年時代の好古がステキすぎて、
大人になったらちょっとタイプが変わった?いや声のトーンのせいか?(笑)
それは子役からモックンへも同じなんですけど。
珍しくモックンの弾けた役に見慣れないせいもあるのかな。
>真之と筑紫・・・運命の出会いなのだった。
そんな予感を持たせたワクワクするラストシーンでしたね。
キッドさんの記事を読んで益々この先が楽しみですわ♪
投稿: mana | 2009年12月 3日 (木) 11時10分
結構、役者の年齢のことが
話題になってますけど・・・
大河では恒例のことなんですよね・・・。
だって・・・ほぼ一生を演じるので
相当小刻みに役者を変える必要があり
それはそれで誰だか分らなくなるので。
まあ・・・キッドの目から見ますと
モックンは
ドッキリ爆破でシブがき隊の
私物に爆弾しかけて吃驚仰天させてた頃のまま。
浜木綿子さんに「ウチの子、東大生なの」と
自慢されていた香川照之くんと
そんなに変わったようには見えないので
全然気になりません・・・そりゃあんたがジジイだからだろっ。
そうです・・・板の間風だったので痛そうでしたね。
その頃の下級士族の家が
板の間だっか畳敷きだったか
いろいろ考えてああなった・・・
とキッドは妄想しました。
意外と相当にくすんだ畳敷きだったりして・・・。
ふふふ・・・文春文庫で読むと
一冊は薄いですけどね。
ただ・・・ちょっとウンチクの部分が多いのと
内容的に戦争についての興味が
少し男の子向きかとは思います。
ドラマでは菅野・松の両輪で
女たちの坂の上の雲に
もっていく部分はそこそこ多いと妄想中です。
いわばプロローグですからね。
真之を中心に考えると
兄への敬愛と
友への思慕が
ひとつの軸になり
そこはさりげなく子供時代から
語られていましたね。
兄は軍人・・・
友は文芸者・・・
真之の青春は揺れ動くのです。
ちなみに兄の尊敬する人は福沢諭吉なので
好古は自分は苦学して縁がなかったのに
子供たちを慶応大学に進学させています。
ここがちょっとかわいい。
モックンは原作通りなら
どんどん憂いを帯びていくことになると思います。
焦がし豆以外は・・・。
楽しみです。
それにしても・・・三年後の・・・
フィナーレまで二年。
と、遠い・・・。
投稿: キッド | 2009年12月 3日 (木) 12時28分
こんにちは!
我が家であのジャンプ流行しております。フローリングでぴょん。出来ないのは私だけで情けなくもなぐさめられたりして。完結まで3年の間に出来るようにならなくては……??
兄さんの苦学は、確かにそこも観たかったのに立派になってからの凱旋帰省で、じゃあ何才になっているのかお茶の間ガヤガヤしました(笑)
ところでお知らせ遅くなりましたが、12月よりブログ移転いたしました。新ブログ(ライブドア)からはTBが上手く飛ばない様なのですが、変わらず読ませていただいていますので、よろしくおつきあいお願いいたします(^^)
投稿: じゃすみん | 2009年12月 6日 (日) 23時12分
お引越しご苦労様でした。
ライブドア方面へは
もうずーっとTBがとばない状態が
続いています。
お返しできなくてすみません。
とにかく原作読者にとっては
あのモックン真之の
ジャンプは
貴重な原作忠実ポイントでしたね~。
とにかく、どんなに
予算をかけようと
原作の再現は不可能と覚悟なので
ございます。
スパイ好きのキッドとしては
明石元二郎のキャスティングが
ないのが不安材料です。
まあ・・・先は長いので
日露戦争が後方かく乱も
含めて描かれることを
気を長くして
期待したいと思ってます。
真之は明治元年の生まれなので
明治10年なら9~10才と分りやすい感じ?
兄さんは弟の9~10才上なので
プラス10くらいで
アバウトで計算しております。
投稿: キッド | 2009年12月 7日 (月) 15時15分