短か夜を飽かずも啼きて明かしつる心語るな山不如帰(坂本龍馬)
坂本龍馬が姉の乙女に示した和歌である。
京都国立博物館に残る原文では「みじか夜をあかずも啼てあかしつる心かたるなやまほととぎす」となっている。
今回、龍馬は父親から命じられた藩命による土木工事の監督をするが借り出された農民たちの心をつかめず苦心する。この歌は尊王攘夷の志について饒舌に語る人々を揶揄した歌にも見えるが・・・今回のように伝えたいことがあるのに言葉にならずただむなしく一人泣く龍馬の自嘲の歌のようにも思えてくる。
龍馬の父、八平直足は万葉学者・鹿持雅澄の門弟である。坂本家は代々、和歌に親しんだ家系であった。
また、今回、龍馬は三味線を奏で百姓たちを慰安しようとするのだが、坂本家は歌舞音曲にも熱心であったことが知られている。龍馬の兄・権平も姉・乙女も絃琴の師匠・門田宇平の弟子である。兄姉の手ほどきを受け龍馬もまた実際に三味線の名手だったのである。
龍馬が百姓たちの機嫌をとろうとして弾き語りで小唄を歌うのはけしてフィクションではないのである。
で、『龍馬伝・第2回』(NHK総合190110PM8~)脚本・福田靖、演出・大友啓史を見た。音楽の佐藤直紀は「コード・ブルー」も担当しており、今季は二夜連続で彼のスコアによるドラマが放送されるのである。シナリオにそったレビューは例によってikasama4様を推奨します。今回は坂本家、武市家、岩崎家のマップ付。江戸時代の人々がいかに健脚であったかが忍ばれます。さらに老中首座・阿部正弘(升毅)の書き下ろしイラスト付、序盤とはいえ・・・去年の殺伐としたレビューからは想像もできない大サービスでございます。そのお気持ち判りますけど。平井加尾(広末涼子)のキーが高いのも篤姫(宮崎あおい)の演技プランを思い出します。今回、映像的にもかなり工夫があるようで「沙粧妙子 ~ 最後の事件~」(1995年)で15才だった広末涼子を思い出させる仕上がりです。CG加工なのかしらん。久万川は仁淀川の上流でほとんど伊予国際だと思うのですが・・・加尾は弁当を朝一番で作り、昼までに高知から走ってきたんだなぁ・・・と思ったりしましたけど。
嘉永六年(1853年)に17才で坂本龍馬は剣術修行のために最初の江戸留学を果たす。その前年・・・元服を終えた龍馬は坂本家の仕事を手伝うようになっていた。土佐において柳生新陰流の流れを組む小栗流を習った龍馬だったがすでに国内では無双の域に達していたのである。しかし、所詮は古武術であった。最新の技術を学ぶためには江戸に出る必要があったのである。もちろん、私費留学である。経済的に豊かな坂本家だから可能なことだったのである。坂本家の本家筋である才谷家は土佐でも指折りの豪商だった。また龍馬の父・八平直足は婿養子であるが実家は郷士の中でも格上の白札郷士(上士に準ずる身分)の山本家であり、継母である伊予の死別した先夫の川島家も廻船問屋として繁盛していたのである。激しい身分制度のある土佐藩で龍馬が頭角を現したのはこのような金回りの良さも無関係ではないのだ。また、龍馬が後に勝海舟の神戸海軍塾に学び、海運業の亀山社中、私設海軍の海援隊を興す萌芽もそこにあったのである。
一方、父・八平は槍の達人であり・・・坂本家の中に眠っていた土岐氏明智流の血を覚醒させたとも言える。
もちろん・・・龍馬が才能を開花させるに至ってはもの凄い扱きがあったことは充分に妄想できるのである。
なぜなら坂本家は忍びの一族だからである。
龍馬は紀氏も名乗っているが、その先祖は紀小弓、紀大磐父子という古墳時代の武将に遡ることができる。この父子は共に五世紀の朝鮮半島動乱に参戦し、百済や高句麗と同盟しつつ新羅と戦った忍びのものなのである。
小弓は戦場で没し、大磐は帰国後、倭王武こと雄略天皇に仕えた。その子孫には「土佐日記」の著者・紀貫之がいる。紀貫之は土佐の国司であり従五位下土佐守だったのである。
明智光秀の娘婿にして土岐、明智、遠山の血をひく明智秀満の子孫であり、紀土佐守の末裔と名乗る坂本龍馬。この妄想力がすでに尋常ではないのだった。
江戸幕府が開かれて250年。徳川の忍びによる支配の命脈が漸く尽きようとしていた。
薩摩では100年に一人のくのいちと言われる篤姫が坂本龍馬と同年に生れている。二人は符合するように嘉永六年に江戸を目指すのであった。
その年、前年に大西洋を渡ったペリー提督率いる米国海軍東インド艦隊は南アフリカ・ケープタウンを経由してインド洋を通過、マラッカ海峡からシンガポール、マカオ、香港、上海と航海を続け、五月下旬には琉球王国に到達していた。
嘉永六年六月・・・浦賀沖に黒船が姿を現す時は刻一刻と迫っていたのである。
ペリー艦隊の来訪はすでに長崎のオランダ商館を通じて幕府に通報されていたが長い眠りに慣れた政府中枢の反応は否応なく愚鈍であった。
その目覚めの前のまどろみの中を龍馬は生きている。しかし、海の男たちは近付いてくる嵐を肌で感じていたのである。それは幕末という名の巨大台風であった。
すでに江戸行きの決まった龍馬は山に入り、精進潔斎の行に入っている。
その龍馬を一人の乞食が訪ねてきた。
龍馬が過ごしているのは樵の山小屋である。
すでに夕暮れが終りかけている。小屋からは食欲を誘う匂いが流れていた。
「いい匂いだな・・・」
「昼間猪をしとめたきに・・・」
二人は気安く言葉を交わした。
「精進するものが肉など食ってよいのか」
「ほたえるならやらんぞ」
龍馬はそう言いながら・・・椀を乞食に差し出した。
「こりゃたまるか」
汁の熱さをものともせず乞食は椀の中身をすすりあげる。
その時、乞食は部屋にもう一人いることに気がつき、殺気を放つ。しかし・・・相手の正体を知るとがくっと肩を落とした。
「悪食だけでなく女犯もかい」
乞食はあらためて憎々しげに龍馬を睨んだ。
穏形の術を解いたのはくのいちの加尾だった。龍馬の傍らにしなだれかかっている。
「乞食侍の横目付(密偵)が何をしにきた」
加尾は侮蔑をこめた視線を乞食になげかける。
徳川の世の終焉は土佐藩の中にも現れていた。身分制度の揺らぎである。ここ数年、上士と下士の対立は下克上の気配を醸し出している。
「加尾さんよ・・・まあ・・・そう弥太郎さんを苛めるな・・・」
なだめたのは龍馬である。すでに加尾とは昼間から幾度となく交わり、精力が尽きていた。しかし・・・加尾はさらに求めてくる気配が濃厚だったので岩崎の弥太郎の訪問はありがたかったのである。
「まったく、土佐の女の味を忘れがたくしちゃろうと思ったきに無粋もんが・・・邪魔しよる」
加尾は不満げに龍馬の首筋を齧る。
「痛・・・加尾さん・・・そりゃ甘噛みの域をはずれちょる」
「まっこと平井の家のお姫さんははちきんじゃな」
弥太郎はついに呆れ顔になった。
「しかし・・・龍馬様が江戸に行かれるとなると・・・きついのう・・・」
「そりゃそうじゃろうな・・・実入りが悪くなろうもん」
加尾はなおも意地悪く弥太郎を責める。
弥太郎は視線を落とした。
弥太郎は親の代で地下浪人に落ちぶれた我が身を痛ましく感じた。しかし・・・郷士時代から岩崎家は隠し目付けの家柄である。上士が下士を監視するためのスパイが代々の役目なのだった。かっては目付け頭だった家がそうではなくなっただけである。
その分、役得が減ったと弥太郎は感じている。
そこに目をつけたのが龍馬であった。龍馬は小銭で弥太郎を買ったのである。つまり・・・弥太郎を上士の動向を監視する二重スパイに仕立てたのだ。龍馬が江戸に立つことで淋しくなるのは弥太郎の懐具合であった。
弥太郎の気持ちを読んだ龍馬は微笑んで言う。
「心配ないきに・・・後のことはこの加尾が引き継ぐきに」
「ひっ」と弥太郎は思わず息を飲んだ。
加尾は鼠を見る猫の目で弥太郎を見た。
「しかし・・・」と弥太郎は思わずつぶやいた。「平井の家は・・・乾の息がかかっとろうに」
乾家は遠州掛川城以来の山内家の重臣だった。平井は郷士として乾家の組下にある。
「灯台下暗しで知らぬじゃろうが・・・」と加尾は真顔になって囁くように言う。
「乾家は幕府の息がかかっているのよ」
「なんと・・・」
「乾には服部の血が流れているきに・・・あれは代々・・・山内家に対する幕府の横目じゃ・・・」
龍馬が加尾の言葉を引き継いだ。「ま・・・もう大分柔になっちょうがの。まっこと世も末じゃき・・・なにもかも箍が緩んじょる」
横目として藩内に知らぬことはないと自負していた弥太郎にとっては衝撃の事実だった。
龍馬は慰めるように言う。「とにかく・・・悪童仲間のよしみじゃ・・・わしが留守の間も上士と下士がほどほどに付き合えるようにつなぎをしてほしいがじゃ・・・加尾の上には武市先生が控えておるきに・・・」
龍馬の遠縁にあたる武市瑞山は秀才で知られ白札郷士として上士と下士の仲立ちをする立場にある。卓越した人柄で下士には慕われ、上士の覚えもめでたい男だった。
土佐に噴出しつつある下克上の熱を抑えているキーマンである。
龍馬はそれを助けるために弥太郎から上士の動向を探り出し、瑞山にそれとなく知らせていたのである。
その役目を加尾が引き継ぐという話なのだった。
「お礼は変わらずにするきに・・・頼りにしちょります」
「まあ・・・飲め」
いつの間にか加尾が弥太郎の横にいた。空になった器にどぶろくが注がれる。
前触れもなく目の前の皿には酒盗(カツオの塩辛の一種)が盛られている。
面妖な女・・・と思いつつ・・・弥太郎は注がれた酒を一気にあおった。
突然、金銭的問題の解決とともに龍馬との別離の寂しさが弥太郎の胸をしめつける。
関連するキッドのブログ『第1回のレビュー』
火曜日に見る予定のテレビ『ライアーゲーム2』『まっすぐな男』(フジテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
愛媛の人間が「久万」と聞くと
愛媛にあった久万町しか思い浮かばないんですけどね ̄▽ ̄ゞ
その昔、松山市から
自転車で久万町へ4時間かけて行った記憶がありますが
それはそれとして
当時の方々の健脚はどれほどのものだったのか
想像するだけでもすごい事です。
龍馬さんがその久万川へ
それなりの旅支度の格好で行ったのに対して
加尾は普通の着物姿で、弁当を持ってですからね。
まっこと、土佐の女はすごかです。
一方でそこまでして弁当を届けてきた
加尾さんの思いが察せられない龍馬さんはにぶかです。
今回と次回は龍馬が江戸という未知の世界に
足を踏み入れるプロローグのような展開ですが
ここに龍馬の原点があると言っても
いいのかもしれない構成ですかね。
それにしてもここで乾家が出てくるとは
乾退助の登場も間もなくといったとこでしょうかね。
土佐は下士も上士も
剣術・柔術共にそれぞれ遣い手が多いですからね。
ちなみに個人的には龍馬の長刀術が見れるかどうかも
楽しみなところです ̄▽ ̄
投稿: ikasama4 | 2010年1月11日 (月) 16時14分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
四国は士国と書けばさむらいの国。
獅国と書けば禽獣の国。
詩国と書けば歌人の国。
死国と書けば死霊の国でございます。
その中でも土佐は
龍馬はもちろんのこと西原理恵子まで
なめたらあかんぜよ
というイメージがございます。
龍馬にロマンを感じる部分は様々ですが
やはり・・・策士でありながら快活という
その不思議なキャラクターがそそります。
「篤姫」の時に登場した龍馬と
整合性を欠く恐れが
あるのですが
パラレル・ワールド方式でしのぐ予定です。
まあ・・・書いた本人が
忘れているので読者的にも大丈夫だろうし・・・。
とにかく本編が面白いので
妄想も膨らみますねぇ。
加尾が弁当を抱いて
忍び走りで道なき道を行く姿が
夢想されてなりません。
夢の中で併走する勢いでございます。
川の名前なども時代によって変わるので
仁淀川も久万川と読んだのかしらん・・・。
などとも妄想いたしました。
ここは画伯に地の利をいかして
いろいろと教えていただきたい次第><
まあ、キッドの妄想の中の龍馬は
福山龍馬ほどいけずではなく
加尾にそんな好意を示されたら
その場で押したおすイケイケなんですけど。
なにしろ・・・事実、
湊々に女あり・・・やってますからぁ。
土佐の忍びチャートは
後藤(上士)・・・岩崎(隠し目付)
幕府隠密・・・乾(上士)・・・平井(草)
龍馬(郷士)・・・いにしえの忍び(紀)・・・岩崎
武市(白札郷士)・・・・平井(中忍)・・・以蔵(下忍び)
容堂(藩主)・・・吉田(忍び頭)・・・百々綱忍び
五藤(家老)・・・いにしえの忍び(藤原)
というのがざっとしたところ。
まあ・・・ひとくせもふたくせもある面々が
まだまだぞろぞろおりますからねぇ。
最初の江戸への旅で妄想の長刀術は
披露されるのではないかと予想しています。
投稿: キッド | 2010年1月11日 (月) 17時39分
再びやってまいりました ̄▽ ̄ゞ
四国は色々とありますからねぇ。
かつては流刑の地とも言われてましたし
四国八十八箇所は皆白装束でしたからね。
久万川に関しては先程調べたところ
高知赤十字病院とジャスコの間にまたがる川が久万川のようです。
http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&ll=33.570435,133.547401&spn=0.030608,0.087891&z=14&brcurrent=3,0x354e1f3322084dd7:0x2f175a433fde642a,1
それでは長刀術、楽しみにしております ̄▽ ̄
投稿: ikasama4 | 2010年1月11日 (月) 20時06分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
早速のご教授ありがとうございます。
高知城北に久万村があったことは記憶していたのですが
高知にも久万川があったとは・・・盲点でした。
お城からそれほど離れていないので
加尾のお弁当配達は充分守備範囲ですな。
久万村からは幕末志士としては安藤正勝。
日露戦争の第12旅団長の島村少将などが出ているので
その近所の土佐の久万川の存在は知っておくべきでしたーっ。
地元の人なら子供でも知っていることを
知らない・・・
そしてそのことを知る。
こういうところが本当に楽しいのですねぇ。(・o・)ゞ
久万の側に万々という地名もあって
興味深いです。
こうしてみると高知城は
南に鏡川、東に国分川、北に久万川があり
なかなかの地の利を感じました。
投稿: キッド | 2010年1月11日 (月) 22時52分
>龍馬は紀氏も名乗っているが
…
>この妄想力がすでに尋常ではないのだった。
すごいですね~。面白いです!
百姓たちの心を動かした今回。
私は福田脚本に素直に感動しちゃいました。
母娘を登場させる所なんて王道で好きです。
このフィクションに、納得が行かない方もいらしたようですが、
そこまで突っ込む必要あるのかなぁ。
何たってまだ十代の龍馬ですもん。
農民や加尾のことで大きく成長できましたしね。
父と息子の画がすごく良かったです。
ハチキン加尾の妄想話、ご馳走様でした(笑)
投稿: mana | 2010年1月13日 (水) 10時42分
|||-_||シャンプーブロー~mana様、いらっしゃいませ~トリートメント|||-_||
自分の出自にいろいろな幻想を抱くのは
不安を隠すため・・・という側面もあります。
世の中が騒然としているとはいえ
それまでの身分を捨て
過激派になるのは
覚悟のいることだったのでございましょう。
そしてその中で立身出世を遂げるのは
ほんの一握り。
龍馬が有名になるのは
死後の話で
関係者が心に残る志士として
名前を挙げたからでもあります。
出逢った人が
誰もが
「あいつは凄かった」と思い出す。
記録よりも記憶に残る男だった坂本龍馬。
そのために妄想が広がるわけです。
坂本龍馬に関しては
ほとんどがフィクションと言っても過言ではないので
どんなフィクションでもOKなのでございます。
父は養子で実家(山本家)ではやっかい伯父です。
長男は跡取りですが
龍馬は坂本家ではやっかい伯父。
父の八平が龍馬の行く末を案じるのは
ポジションが自分と同じだからでもあります。
昔は今より分家というか、次男以後の独立は
難しかったからです。
婿に行くか、よほど才能があるか。
龍馬に江戸行きを許すのは
婿候補ととして箔をつける意味もあったわけです。
しかし・・・そういう親心とは別に
龍馬は時代を動かすほどの大人物になっていく。
あの父子の哀愁がここにあります。
龍馬は父の死までは大人しくしているのでございます。
それだけ父の気持ちが重かったのでしょうねぇ。
龍馬には「八本こ」という
謎の女が高知にいたのですが
この字には「ハチ木ん」・・・「ハチキン」が
潜んでいるのでございます。
この女が加尾であることは
まず間違いないとキッドは思うのでございます。
投稿: キッド | 2010年1月14日 (木) 01時33分