我が身、江戸にて処刑されるとも大和の心は永遠であります(吉田松陰)
吉田松陰が小塚原回向院に葬られるのは安政六年(1859年)のことである。
それより先、高杉晋作や桂小五郎たち松下村塾の塾生たちに残した「留魂録」に記された一首が公的な辞世とされる。
身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂
猛烈に狂が発しており、心酔しやすい若者たちはこの言葉に踊らされ、回天の事業に取り組んでいく。
そして吉田松陰同様、多くの若者が明治を待たずに散っていくのである。
生かしても危険、殺しても危険・・・こういう人物は体制にとってもっとも恐ろしい人物であると言えるだろう。
吉田松陰はすでに「天皇家を中心とした国家が生存するためには北は北海道、南は沖縄を確保したのち、朝鮮半島を領有し、早期に満州を経営しなければならない」と幕末の時点で構想している。
松下村塾の生き残りが日清・日露の戦役の後に吉田松陰の予言を半世紀後に実現することは驚異と言えるだろう。
もちろん、こういう天才を断じて殺すのは為政者としては当然の行いであるとも言える。
で、『龍馬伝・第6回』(NHK総合100207PM8~)脚本・福田靖、演出・真鍋斎を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は幕末史上最強の狂人・吉田松陰大先生の書き下ろしイラストつきでございます。松陰最高!イエーイという感じでございます。松陰のノリノリでイケイケな感じが抜群でございますな。「このままでは日本は西洋の鬼畜に滅ぼされてしまう」と叫んだ側から「外国をこの目で確かめたい」と密航にチャレンジしたかと思うと「外国に行けないくらいなら極刑を求む」と幕府に自分で自分を訴える。周囲の温厚な人々がゾッとする感じがヒシヒシと伝わってきます。そういう人々がおっかなびっくりで触れるものを容赦なく処刑する井伊直弼もまた半端ないことがよくわかるのでございますな。このぐらいの狂と狂がぶつかるほどでないと維新などというものは起こらないと考えることもできますな。
嘉永五年(1852年)すでに一度脱藩の罪で家禄を奪われている吉田松陰はすでに江戸封建体制の人間の枠では考えられない思考の持ち主だった。松陰は非常に理性的な人間だったが理性も度を越すと尋常ではない性質を帯びてくる。本来、松陰は兵学者である。現代では戦術と戦略に大別できるこの学問の底はどんな学問でもそうであるように底がない。古典である孫子を学び、歴史に残る合戦を紐解くうちに松陰の心は現実から遊離していった。南朝の忠臣楠正成の戦術を追えばいつしか絶対天皇制の戦略が浮かび、天皇の下の人間平等という幻想から倒幕の企画を着想するという異常に脈絡のない思索が天才的頭脳の中で天啓として放出されるのである。そして、もちろん、吉田松陰は忍びなのである。
幕末の砲術の大家と言えば、幕府砲術指南役の江川大明神がその先達である。江川は火薬についての理論家であり、鉄砲の名手でもあった。戦国時代の明智光秀や織田信長が鉄砲部隊用兵の名人であると同時に射撃そのものの達人であったのと同様に近代兵器というものはその実効性を検証しなければものの役に立たないのである。原子爆弾が最高の兵器として認識されるの広島と長崎でその殺傷力が充分に検証されているからなのである。
江川は泰平の夢の中ですっかり劣化してしまった砲術を再発見するべく、試作銃を作り、火薬を調合した。またその威力を確認するために盛んに鳥獣を狩ったのである。
信州真田家の家臣である佐久間象山は戦国以来の科学忍者である。しかし、実戦から遠ざかった真田忍軍の鉄砲忍びはもはや実用には適さなかった。象山が江川に弟子入りして教えを仰いだのはそのためである。
江川はやや理論に傾く向きがある象山を激しく戒めた。
「獣の匂いを感じ、己の獣性を見出さねば、獣を仕留めることはできぬのだわ」
「しかし、命中精度を高めるためには照準器の開発が急務ですぞ」
「ならば御主のからくりとワシが腕をくらべてみるがよかろうず」
山に入った江川と象山は鉄砲勝負を挑み、江川は獲物を多数しとめ、象山は手ぶらであった。
「ふふふ・・・参ったと申せば猪鍋を馳走するぞ・・・」
「参りました」
かくて、江川の教えを受けた象山は砲術家として名を高める。すでに幕末の動乱を予感したものたちは先を争って象山の門下生となった。
吉田松陰もその一人である。
江川にとって象山が好もしからざる弟子だったように、象山にとって松陰は困った弟子と言えた。松陰は科学理論が苦手だった。
「よいか・・・火薬というものが発火するためには理があり、その理によって薬物を混合せしめるのである」
「しかし、それをバーンと撃てばよろしいのでありましょう」
「いや・・・だからさ・・・調合しないとね・・・」
「ダダダーンと撃ってドッカーンでありましょう」
「ま・・・いいか」
松陰は象山の師である江川以上に実地見分を重く見た。北にロシアの陰があると聞けば北へ行き、東にアメリカの陰があるといえば東に出向いたのである。敵が砲撃してくればどう応じるべきか・・・すべての海岸線を踏破しなければ実地は難しいと松陰は考える。ある意味、実戦にもっとも不向きなタイプであった。
「これはもう敵地に行ってじっくり視察するしかない」
ついに嘉永六年、浦賀で黒船を目撃した松陰がそう結論するのは至極当然だった。
「松陰よ・・・そりゃならんぞ・・・第一、御主は外国言葉が苦手ではないか」
「言葉など通じなくとも、この松陰が一目見ればピタリと分ります」
「己の千里眼を過信するのは禁物じゃぞ」
「いいえ・・・もはや・・・すべては見えているのです。拙者はこの後、長崎でロシア船に乗り込もうとして失敗、来年、アメリカの黒船が訪れたときに密航しようとして失敗します。拙者は思い切って自首します・・・そしてやがて数年後、処刑されます・・・しかし・・・その後、私の死に感動した若者たちが次々と回天の事業に身を滅ぼすのです。そしてついに神国日本が誕生するのであります」
「・・・」
語りだしたら止らない松陰の神懸りに象山は忍び足で三浦半島山中を遁走した。
その後をひっそりと黒い影が追う。幕府の公儀隠密軍団である。
彼らの任務は複雑であった。象山の後見人は老中の真田信濃守で学者である象山は護衛対象である。しかし、象山の門人である吉田松陰は長州人であり、長州ではかねてより密貿易の疑いにより査察が入っている。
松陰の奇怪な行動も実は貿易ルートの新規開拓の目的ありと疑うことができるのである。
しかし・・・現場の下忍たちにとってその判断は無関係である。彼らはただ幕命により異人軍船を調査に来た二人の学者を密かに監視する他はなかった。
その年の暮れ、入門半年ですでに千葉桶町道場の塾頭となった坂本龍馬は溝淵に誘われ象山書院を訪問する。
兵学の基礎の特別講義を末座で聞くためである。
大柄な龍馬を象山は目ざとく見つけた。
「ほほう・・・これは大男の入場だ。しかし、いかに大男が腰に大小をぶら下げて威勢をはってもこのような西洋からくりの前には無力なのだ」
そういって象山は懐からリボルバー拳銃を取り出す。松陰の長崎土産だった。
「これはペストルと言って短筒じゃが・・・」
と言って龍馬に銃口を向けた瞬間、龍馬は怪鳥のように空を飛んでいた。
「おう・・・」と唸ったのは松陰の背後にいた桂小五郎である。
一同があっと思う間もなく、龍馬は再び元の位置に戻っている。
ただし、象山の構えたリボルバーは上半分が切断され、ゴトリと床に落ちていた。
「これは・・・すまんき・・・そのペストルというものに殺気を感じて無意識に斬ってしもうた・・・」
「ほほう・・・そりゃ、たいした心境だ・・・」と笑顔を向けたのは若い旗本だった。
「うんうん・・・こりゃいいものを見せてもらった」と象山がようやく我を取り戻す。
「先生・・・」と桂小五郎が言う。「お召しかえをなさりませんと・・・」
象山はそこで失禁していることに漸く気がついた。
「お・・・こりゃ・・・粗相をしたな」
その言い方が滑稽だったので象山書院は爆笑に包まれた。
こうして・・・幕末が始まった年とされる嘉永六年は暮れていったのである。
関連するキッドのブログ『第5話のレビュー』
月曜日に見る予定のテレビ『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命2nd Season』(フジテレビ)『ハンチョウ』(TBSテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
いやぁ、今回はすばらしい吉田松陰を見せてもらいました。
あれくらい強烈なキャラでないと
若者を魅了する事は出来んのでしょうねぇ。
そして、貫地谷さんのお佐那様もたまりませんねぇ。
ツンデレ入りました~♪ってな具合で
「兄上のバカ」はある意味、名言でございます ̄∇ ̄
あ~、いかんいかん
完全に別次元に走ってしまいましたが; ̄∇ ̄ゞ
黒船を見た者と見てない者の違いが
龍馬と半平太で描かれていると共に
今回、吉田松陰という人との出会いによって
龍馬は成長していったのに対して
半平太は吉田東洋に出会った事で
暗黒面に落ちていったってとこでしょうか。
半平太の今後を考えると
ハゲタカの面子だけに高みに登ったとこで
一気に突き落とされる、そんな人の悲劇を
ガッツリと描いてくれそうな感じがプンプンしてきます。
たしか真田は外様ですが松平定信から
養子をもらってたので実質、譜代と変わらない
扱いだったのでしょうが、それまでの過程で
真田といえども色々と衰退していったのでしょうねぇ
それにしても象山、龍馬、小五郎と
たまにはこういう和やかな雰囲気もオツなものです ̄∇ ̄
投稿: ikasama4 | 2010年2月 9日 (火) 12時56分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
でございますね~。
清々しいほどの怪男児松陰。
そのカリスマは
ものすごいオーラを放っていましたな。
キッドは松陰は予言者だったと半分信じております。
今回は二人の吉田ともいうべき
陰陽ふたりの指導者が
武市と龍馬の二人に刻印を捺した
シンメトリーな物語。
一見、甘口大河に見える今回のドラマの
仕掛けが鮮やかに見えましたな。
松陰にはヨーダが・・・
東洋には皇帝の影がチラホラ・・・。
龍馬は理力に目覚め・・・
武市は暗黒面に傾斜する
スター・ウォーズです。
すると桂さんがC3POで
弥太郎がR2D2かっ・・・それは違うだろう。
とにかく・・・貫地谷佐那子は
ちりとてちんを越えましたな。
風林火山までもあと一歩です。
後は龍馬と契りを交わすかどうかだけ・・・。
処女で許婚で生涯独身は
哀れすぎますからーっ。
篤姫時代から佐久間象山の科学忍者は
固定なのですが
真田忍軍とあわせて
ほとんど妄想と現実が
キッドの中ではフィットしています。
先代信濃守がもう少し長生きしていれば
歴史は変わったかも・・・と考えます。
今回、アメリカ艦隊を横浜から
下田まで追い返したのは
潜水艦・影の鳳凰丸なのです。
ここだけの秘密です。
師匠も学士もみな若く、
身分も出身も雑多・・・。
当時の塾には
大学のような明るさが
あっただろうと・・・
キッドはふと思うのでございます。
特に象山書院は
龍馬、桂、勝、吉田と顔ぶれが
史実として揃ってますからね。
すべてはここから始まったと
考えてもいいくらいなのです。(・o・)ゞ
投稿: キッド | 2010年2月10日 (水) 03時39分