尊礼拝見仕り候、私撃剣家故に事情迂闊、何事も存じず(坂本龍馬)
藩とは国である。たとえば土佐藩ならば土佐の国と云う。
当時の日本は大小無数の国家の連合体で日本国というものは幻想でしかなかった。
その連合体を実質的に統治するのが江戸幕府である。
幕府の首長は征夷大将軍である。その役職は京都朝廷に承認されている。
君臨すれど統治せずは蘇我氏、藤原氏、平家、源氏、足利氏、織田家、豊臣氏、徳川家と実力者に政治を委ねる皇室の伝統である。
それは、薩長、陸海軍、米国、日本国国民と統治者を変遷させながら現代に至っている。
その権威の意味は「血統」である。血筋には競争がないというのが前提だ・・・もちろん、血で血を洗うお家騒動はあります。天皇家が「争い」を好まないというのは本質的な問題なのである。
一方、現実の世界では個々の欲望に基づいた紛争があり、それを解決する実力が求められる。
実力による安定のための調整が統治者に求められるのである。
日本にとって巨大帝国と感じられる清王朝を滅ぼしかねない凶悪な列強諸国の登場によって危機感をもった江戸幕府は統治する各藩(各国)の実力者に協力を求めた。
しかし、そのことは統治者としての幕府の弱体化をさらしてしまったのである。各藩はそれぞれの事情に応じて独自の動きを始め・・・もはやそれを制御することは不可能となっていた。
独自の尊王主義で主導権を握ろうとした水戸藩のエージェントは強権を発動して幕府の権威を復活させようとする大老井伊直弼に対抗するべく全国に散った。
土佐には住谷寅之助らが水戸国過激派密使としてやってくる。安政五年十一月(1858年末)のことである。これに土佐国過激派の代表として密会したのが坂本龍馬だった。土佐国では尊王派と佐幕派がまだ未分化であり過激派連合は不調に終った。
やがて、水戸国過激派は安政七年三月(1860年春)・・・桜田門外で井伊直弼を襲撃して暗殺するというテロルを断行する。
テロルとは実力主義の仇花である。幕末の下克上はこの暴挙によって日本各国の若者たちを熱狂の渦に巻き込んでいく。
で、『龍馬伝・第11回』(NHK総合100314PM8~)脚本・福田靖、演出・渡辺一貴を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回はファン驚愕のど迫力吉田東洋様イラスト絶賛描き下ろしでございます。これは・・・シビレます。仮面ライダーのラスボス級の威圧感です。歴代吉田東洋の中で最も実像に近い感性ですな。とりあえずかっこいい。酸いも甘いも知るものの風格。人物を見抜く審美眼。そしてあくまでも自己陶酔。上に立つものの孤独と、下衆が常に眼中にない尊大さ。天才仕置き家老の面目躍如でございますねえ。弥太郎がこじつけたところでニヤリ。龍馬が本音を隠したところでニヤリ。親分です。吉田の親分さんです。そして、突如として上からも下からもモテモテの龍馬が・・・窮屈になっていく超展開。実にファンタジーです。弥太郎妹のデカピンクも龍馬の姪の紙魚子も馴染んできましたーっ。・・・おねだりかっ。蝉の抜け殻・・・身はここに・・・やれそうやれそう・・・でございまする。
将軍家茂を仕立てあげた大老・井伊直弼は桜田門外で凶刃に倒れ、幕府による日本統一・開国路線は暗礁に乗り上げる。井伊直弼自身が蘭学嫌いであり、血統主義を重んじ、尊皇攘夷思想を窺わせているのにこれを水戸の尊王攘夷主義者が倒していることに・・・結局はこの事件が将軍後継者争いの不始末に過ぎなかったことが物語られるのである。安政の大獄による容赦のない弾圧は反動として大老暗殺という暴力の極みを呼寄せ、それを未然に阻止することができなかった幕藩体制はその権威を根底から揺るがされる。これ以後、幕末はテロルの嵐が吹き荒れてついには戊辰戦争という内戦に突入していく。土佐藩では謹慎中だった前藩主・山内容堂が復権し、吉田東洋が開国貿易を目指し、実力主義の人材抜擢を進めていく。これを快く思わない鎖国密貿易主義者たちは土佐藩開国以来続く、山内政権と長宗我部旧臣との軋轢を利用し藩内に派閥抗争の種を蒔いていく。もちろん、それは暗躍する公儀隠密による工作に影響されている。
その中で・・・文久元年三月(1861年春)上士・鬼山田広衛が郷士を斬殺、殺された郷士の兄・池田寅之進に鬼山田が斬殺されるという井口村刃傷事件が勃発する。
やがて保守派の家老グループに踊らされ、武市半平太は土佐勤皇党という舞を始めるのである。躍らせたつもりが踊らさせ・・・武市ととりまきの郷士たちはとりかえしのつかない道を歩み始めるのだった。
岩崎弥太郎は吉田東洋の御用掛り(経済顧問)として長崎に事情調査の旅へ出ている。
開国とは詰まるところ公式の自由貿易の始まりである。幕府の唯一の貿易港として伝統を持つ長崎の事情を知ることは開国派にとって重要なことだった。鎖国下における密貿易以上の儲けが出なければ開国政策そのものが失敗となるのである。
米国のスパイとなったジョン・万次郎は長崎で岩崎のような立場のものの水先案内人を勤めていたのである。
弥太郎は万次郎の握っている対外貿易コネクションを知るために公金を湯水のように使っていた。
万次郎の長崎における屋敷は洋館だった。
ソファの上に胡坐をかいた弥太郎はグラスに注がれた洋酒をぐびりと飲む。
「結局のところ・・・日本は身包みはがされることになるのじゃないろうか」
弥太郎はつい本音を口にする。
万次郎はニヤリと笑った。
「何もかも・・・神の思し召しですよ・・・岩崎様・・・ごらんなさい・・・」
万次郎は部屋の隅で立っている洋装の大男を示した。
赤銅色の肌を持つが顔立ちは西洋人ではなく・・・土佐の漁師のようでもある。
「彼はネイティブ・アメリカ人です。かの国ではインディアンと呼ばれる原住民なのです。名前はチーフテン・ジェロニモ。私の護衛役をつとめていますが・・・彼は本来なら偉大なる部族の御曹司なのです。しかし、西洋人にすべてを奪われ、今ではこうして異国の地で私のようなものの従者をしています」
弥太郎は気配を殺して立っている大男に忍びの気配を感じている。
「彼のトマホークは飛んでいるコンドルも打ち落とします・・・しかし、西洋人の持つ武器にも知恵にも彼らの部族は歯がたたなかった・・・国ごと奪い取られたのです」
「しかし・・・土佐の国のサムライはそう簡単には参らんきに・・・」
「そうですよ・・・私はそのためにこの国に帰ってきたのです・・・大八嶋(日本)には素晴らしい可能性があると信じています」
「しかし・・・万次郎さんはメリケンの走狗じゃろう?」
「岩崎様・・・商売はお互いに利があるからこそ・・・成立するのです・・・もちろん、商売敵の関係はあります。しかし、米国が英国やロシアを出し抜こうとするように、土佐も幕府や薩摩を出し抜こうとすればよいのです・・・」
「なるほど・・・漁夫の利はいつでもあるちゅうことかい」
「そうですよ・・・そこに魚が泳いでいる限りね」
「この酒は・・・きついのう」
「ウイスキーというのですよ。西部の男はワインよりバーボンです」
万次郎は葉巻を取り出すと・・・一服した。
「チーフ・・・君もやりたまえ・・・」
大男は無表情のままキセルを取り出した。
「彼は和風のキセルがお気に入りです」
「・・・なぜかの・・・」
「懐かしい味がするそうです・・・」
インディアンは紫煙を吐いた。
「さあ・・・そろそろ色町に繰り出すとしましょうか・・・今夜は清国の商人を紹介しますよ・・・この町で商売するにはかかせない顔役の一人です」
弥太郎は懐具合を心配しながら立ちあがった。湯水のように使った軍師金はすでに枯渇し始めていた。
土佐の高知の武市道場には龍馬が訪れていた。
武市瑞山は何度目かの説得を試みる。
「龍馬よ・・・なぜ、わしの言うことがわからんのか・・・」
「瑞山先生こそ、どうしてどうしてわからず屋じゃきに」
「これからの時代は京都の朝廷を中心に政治が動いていくじゃ・・・そのためには土佐が勤皇でまとまらんとならん」
「それがわからん・・・京都は京都、土佐は土佐じゃろう・・・」
「これからは大八嶋は一致団結して異国と戦う必要があるがじゃ・・・その旗印は幕府でなくて朝廷ぜよ・・・」
「それは吉田様も少林塾で申しておったきに」
「龍馬・・・御主・・・少林塾に行きよるがか」
「ああ・・・あそこは無礼講じゃきに・・・」
「そこが・・・いかん・・・吉田様はお上をないがしろにしちゅう・・・」
「何をいうがか・・・上士も郷士もない世を作るちゅうのが瑞山先生の理想じゃろうが」
「吠たえるな・・・上に立つものにはそれなりに格式が必要なのじゃ・・・たとえば・・・以蔵に大事をまかせられるか・・・」
「そんなもの・・・やらせてみんと分らんきに・・・人は器によって形が変わる」
「龍馬・・・ほんに・・・御主はおめでたいわ・・・」
二人が口論を重ねていた頃・・・鎖国派の郷士と開国派の上士が口論の末に抜刀していた。
上士は鬼山田と畏れられる一刀流の使い手である。郷士は斬られた。
郷士の兄は池田寅之進である。忍びだった。
死体を引き取りにきた寅之進に鬼山田はからむ。
「なんじゃ・・・不服か・・・」
「身内を斬られて不服のないものなどありましょうか・・・」
「ふっ・・・文句があるなら・・・相手をするぞ・・・御主の弟を切った血糊もまだ乾いておらぬわ・・・手入れをするにも二度手間は面倒じゃ」
鬼山田は酒乱の気があった。
寅之進は抜刀した。永福寺門前の空き地である。
鬼山田は狂気を宿した目で寅之進の拙い構えを見る。
嘲笑を浮かべながら・・・鬼山田も大刀を抜く。そのまま、無造作に間合いをつめる。
鬼山田が前に出、寅之進が後に退く。
そのまま、二人はするすると空き地を横切っていく。
ドンと寅之進は背後の銀杏の大木に退路を断たれた。
寅之進の顔に恐怖の色が浮かぶ。
鬼山田は口元に残忍な笑みを浮かべる。
「死ねや」
鬼山田の一振りで寅之進は正面から一刀両断された。その身は真っ二つに裂ける。
しかし・・・その刹那、鬼山田の目は驚愕に見開かれる。
「なんじゃ・・・」
渾身の一撃はまるで手ごたえがなかった。噴出するはずの血しぶきもない。
寅之進の身体には中身がなかった。空を斬った鬼山田は姿勢を崩した。
「忍法・空蝉の術・・・」
鬼山田はその声を聞いたとき、背中を袈裟懸けに切られていた。
いつの間にか鬼山田の背後に全裸の寅之進が立っていた。その刀はすでに振り下ろされている。
鬼山田は即死していた。寅之進の皮を下敷きにして倒れ伏す。
仇の死体を見下ろして寅之進は青ざめた顔で幽鬼のように小唄を歌いだす。
「夏の名残の・・・人影を・・・もしやと思う・・・恋の欲・・・蝉の抜け殻・・・身はここに・・・」
土佐にも狂気の季節が訪れていた。
関連するキッドのブログ『第10話のレビュー』
月曜日に見る予定のテレビ『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命2nd Season』(フジテレビ)『ハンチョウ』(TBSテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
| 固定リンク
コメント
吉田東洋の正体は死神博士だと
言っても過言ではないくらいのキャラです。
威圧とか風格とか
そういう次元ではないですねぇ。
たそがれ清兵衛の時もそうでしたが
いながらにして狂気を帯びているかのような
感じがしますからねぇ。
人を射抜くような目の表現がバッチリ
ハマっております。
こういう方を見ていると
人斬り以蔵もこんな目つきになるのかなと
今からがとても楽しみでございます。
最近は「龍馬伝」のキャラを描いているうちに
なにやら「風林火山」のまだ描いてないキャラを
描きたくなってきてるので
来期は大分お休みできるドラマが増えたらいいのにと
不埒な事を考えてしまう今日この頃でございます。
投稿: ikasama4 | 2010年3月17日 (水) 00時32分
素晴らしい吉田東洋をありがとうございました。
まさに天本英世を越えるのは
田中泯という感じです。
もう一瞬でも粗相をしたら
ばっさり斬られそうですな。
善でもなく悪でもない
ただただ孤高の人間です。
そういう意味では
岡田以蔵が
どんな風に描かれるのかも
楽しみです。
かわいい以蔵が
殺伐としていく・・・
たまりませんね。
一匹狼になるかもしれません。
ボバンボバンボン的に・・・。
まあ・・・こちらの世界では
間違いなく月夜に変身する種族です。
戌年生まれだし。
おお・・・未収録の
武将列伝が・・・。
常田隆永とか・・・。
庵原忠胤とか・・・。
梅姫とか菊姫ですかーっ。
失礼しました。
けしておねだりではございません。
あくまでマイペースでお願い申し上げます。
投稿: キッド | 2010年3月17日 (水) 02時40分