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2010年3月26日 (金)

怪奇!ほのぼの教授の子育て日記(岩佐真悠子)

「モヤモヤさま~ず」(テレビ東京)という深夜番組が日曜の午後七時に引っ越すという。夜の番組になってもまったくチェンジをしないというが・・・それはどうかなとも思う。しかし、どうしても深夜に見たければ録画して深夜に再生すればいいわけだ。

すでにテレビ番組を録画視聴されることが常態となって久しい。それは便利であるが・・・実は失われたものがないわけではない。

過ぎ去ればもう二度と得られない現実と同じリアルさが失われているのである。

何かを得れば何かを失うのは必然だが・・・人間はついそれを忘れがちだ。

とくに不便というものを失ったときにはそうなるのである。

もちろん・・・それが不都合であることはない。

しかし、人間は時には不便さを懐かしく思い出す。すべてを見逃すまいとテレビにかじりついていた時間。

放送終了後に忘れがたく頭の中で反芻した時間。

そして、それを時々思い出すこと。

もはやいつでも見れることになった番組はデータの山となり、そしてひっそりと忘れられていく。

「モヤモヤさま~ず」はキッドにとってうふふな番組だ。バ・・・さま~ずも懐かしいし、スタッフの何人かにも思い出がある。だから、より広告収入を稼ぐ時間に出世することは喜ばしいことなのである。

しかし、何かを得れば何かを失うことが必然であることを申し上げておく。

で、『記憶の海・第三回』(TBSテレビ100324PM1130~)原作・松田奈月、脚本・大浜直樹、演出・吉田秋生を見た。このドラマの最大の問題点は「記憶を巨大コンピューターに転送するテクノロジー」がありながら「記憶障害者を治療するテクノロジー」がないという不合理性にあるのである。「脳神経内に保存された情報をその保存のメカニズムの解明なしでとりだせないことは明確」ではないのか。

まあ・・・テレビの構造を知らなくてもテレビを視聴することはできる・・・という口実で押し切るつもりかもしれません。

さて、ドラマ内ではほとんど触れられないが、脳内記憶読み込みシステムは次のような構造になっているらしい。

①脳内の記憶情報を超科学によってスーパー・コンピューターにすべてコピーする。

②この記憶母体(人間A)をマザーと呼ぶ。言わば記憶を読み取られる人である。

③次にマザーとコンピューターを繋いだままでさらに媒介者(人間B)と呼ばれる読み取る人が膨大な記憶データからいくつかの記憶をピックアップする。

④Aの記憶をBが想起することにより、記憶を保存することが可能になる。

・・・ねえ、困ったシステムですよね。

ともかく、このシステムによって過剰に記憶を読み込んだ福原教授(佐野史郎)が殺人犯に意識を乗っ取られ死亡。

問題を解決するためにヒロタマナブは情報制御技術を改良しようとしていて事故に遭遇し記憶障害者になってしまう。

これだけ問題あるシステムなのに社会から糾弾されることもなく、山内教授(柴俊夫)や小野研究員(伊藤歩)は研究を続行しているのである。

今回、山内教授の研究目的が明かされる。

山内教授はアルツハイマー型認知症を発症していたのである。そのために記憶を保存する研究を完成させなければならないと考えているらしい・・・。

だ・か・ら・・・記憶を読みとるテクノロジーがあれば認知症は治療可能ですからーっ。

ま・・・いいか。

妻を殺害した福原教授や、快楽殺人者の薮田研究員(金子貴俊)という物騒な物語の後でドラマは突然、「私の頭の中の消しゴム」の話になっていくのである。

福原から病気を告白された妻(中村久美)と娘(岩佐真悠子)は研究室に招かれる。

山内が心を読まれる人、小野が心を読む人で実験が開始される。

ヒロタマナブの事故を繰り返さないために・・・すでに心が破壊されているヒロタマナブを媒介者としていた設定を・・・研究者の意地で変更なのである。

最初は認知症のために「カップヌードルにお湯を注いだことを忘れ、またカップヌードルにお湯をそそぐ・・・」と言った山内の最近の出来事しか読み取れない小野。

ところが休憩時間に学食の親子丼を家族で食べて和んだ山内は・・・愛娘に関する思い出を溢れさせる。

生れたばかりの娘を抱いたこと。娘と一緒にプールに行ったこと。娘と遊園地に行ったこと。娘とお風呂に入ったこと・・・このあたり、男親なら当然抱く娘に対する性的妄想も再現されているはずだが、女性による検閲があるため回避されるのだろう。

まあ・・・このブログの大前提の示す通り、「愛とはメモリーなのである」から、記憶を読み取れば観察者は愛に溺れるのである。

小野を通じて山内の娘に対する愛を目撃した他の研究員や、山内の妻、そして娘本人は感動に包まれるのだった。

娘「お父さん・・・こんなに私のことを覚えていてくれたんだ・・・」

涙ぐむ娘だった。

それを確認するために・・・このシステムが必要なのかどうかは別として。

ああ、そうだよ。お父さんたちは皆、娘をいつまでも覚えておきたくて、デジタルカメラのシャッターを切り、ムービーカメラを回し続けるのだ。

いつか・・・「お父さん臭い」と言われるその日まで。

とにかく・・・娘への愛を伝えることに成功した山内はシステム開発への情熱を失うのだった。・・・困ったもんだな。・・・と思いつつ、次は最終回なのである。

まあ、基本的に研究者たちは医者が患者の裸を見ても不謹慎でないように実験体の心をハダカにしても大丈夫なのだと思うが・・・最終回は恋人同士だった二人の心の秘密に迫るわけであり・・・すごいことになるわけである。

ならないと思うぞ。

関連するキッドのブログ『第二話のレビュー

土曜日に見る予定のテレビ『咲くやこの花』(NHK総合)『川島海荷の遠まわりの雨』(日本テレビ)

ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。

皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。

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コメント

わが家では深夜に録画したモヤさまを翌日のあさ7時台に観ています。それはともかく、大江アナというのは凄い逸材なのだなぁと思います。在京各局、ホント掃いて捨てるほど(失礼)女性アナウンサーがいますが、経済番組から横町ぶらぶらまでこなせて天然ボケで厭味が無い人なんてそうそうおりませんもの(笑)。

採用した人はエライ!

ていうか、『週刊こどもニュース』が日曜朝に移動だなんて、それこそ録画しておかなきゃならなくなっちゃう(笑)。こどもニュースは子供だけが観ているわけじゃないのに分かってないんじゃないでしょーか。

投稿: 幻灯機 | 2010年3月26日 (金) 21時17分

movie✪マジックランタン✪~幻灯機様、いらっしゃいませ~✪マジックランタン✪movie

そうですね。
大江アナのなんでもありな感じは
たまらなくいいですね。
許容範囲がまったくわからないルーズな感じ。

犬を愛撫するイメージ・ビデオを
お届けする局アナなんて前代未聞です。

まあ、このゾーンの
テレ東の局アナはみんながんばってますけど。

・・・「週刊こどもニュース」に関しては
どんな時間でもやってりゃいいかと思います。

できれば毎日、人形劇とあわせてやってもらいたい。
・・・いつの時代だよっ。

世界各地の悲惨な事件に子供レポーターを派遣。
毎日トラウマを量産するみたいな番組なら
悪魔は毎日見ますけど・・・。

投稿: キッド | 2010年3月27日 (土) 08時17分

>もはやいつでも見れることになった番組はデータの山となり、そしてひっそりと忘れられていく。
重い言葉ですね。国策による地デジ普及でHDDorレコーダー内臓TVとかも出て、すっかり“簡単に録画し、見たいときにに見る。飽きたら即削除”という習慣が広がってしまいました。だから視聴率ではなく「録画率」というものを新たな番組の指標にすべし、という評論家もいるぐらいで…。

私はブザー・ビートの貴重な録画が消失してしまったので、たまに
 北川「上矢君のことが好き・・・」
 山P「俺も、白河さんが好き・・・」
 〈2人、熱い抱擁〉
みたいなシーンを脳内リプレイしてあの暑かった夏を思い出すわけですが、即座に録画を見るより味わいが増す(?)ことに最近気が付きました。こういう時代に「記録よりも記憶に残る」TVコンテンツを作るのって、大変なんでしょうね。だからこそ、連ドラは特に力を失って欲しくないと思うのですが。

ちなみに、、2010年1月期連ドラでは、「宿命―」もちょいちょい見てました。
“ザ・お嬢様”って感じの上原美佐目当てでcoldsweats01
彼女、高校生時代(天国に一番近い男2)と変わらず美人だなあと感じます。
もっとも、多賀谷彩子(のだめ)とか弘田沙織(アテプリ)とか、嫉妬に燃えてキーッとなるコミカルな美人役が特に好きですがっ。

投稿: inno-can | 2010年3月27日 (土) 16時01分

carouselpony♬♬♬のだめデスヨ♬♬♬ys_maro様いらっしゃいませ♬♬♬のだめデスヨ♬♬♬carouselpony

短期記憶から長期記憶への
変換には記憶と想起の反復が有効であることを
人は体験的に知っているわけです。
そのために漢字の書き取りをするし
掛け算の九九を暗誦する。

それが一つの基礎学力になって
初めて応用がある。
ドラマを見る力もまったく同じことで
一つのドラマをくり返し
見ることでそれがベースとなっていきます。

同時に創作の立場で言えば
それが原型になっていくわけです。

もちろん、鑑賞と創作では違う要素も必要です。

作る作業を繰り返すことによって
作り方も憶える必要があるわけです。

テクノロジーは細部において
そういう部分もある程度はスポイルする。
ミニチュア作って糸で吊ってマット合成していたものを
CG処理であっという間に作り上げる。

出来ばえは素晴らしいが
どこか空虚なものをキッドは感じます。

やはり、手作業で一つ一つ組み上げていくことでしか
憶えられないものがあるからです。

このブログも手書きではなく
ワープロをたたくことで
お仕着せの文字が浮かび上がっていくわけで
それは便利この上ない。

しかし、幼い日に文字を覚えていった過程は
けして無駄ではなかったとキッドは思うのでございます。

上原美佐子を愛でるというのもまったく同じですよね。
単に「宿命」の政治家の娘ではなくて
のだめの楽器店の娘もかぶる。
千秋という天才に一度は愛されたのに
結局は捨てられる女。
その悲しみと潔さ。
それが乗っかっているのといないのとでは
演技の厚みが違ってくるのでございます。

まあ・・・そういう目で見る人と
見ない人がいるということが
ますます役者の演技を縛っていくわけですけど。

一つのドラマに世界は常に反映しているのだと考えます。

投稿: キッド | 2010年3月28日 (日) 09時32分

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第3話『山内教授の記憶』内容里美(伊藤歩)は、ヒロタ(筒井道隆)が、自身の記憶読み込みを願っていると山内教授(柴俊夫)に伝えるのだが、里美の自己満足だと反対する。だが、里美は、山内が病気ではないかと指摘。。ついに、、研究者としてのノウハウを残すことが使...... [続きを読む]

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