戦慄!殺人者の記憶転移に汚染された事件(逢沢りな)
さて、ドラマとドラマのつなぎにしょうもないドラマをレビューしてみるのも一興なのである。
ドラマ原作大賞という怪しい賞の受賞作のドラマ化である。
講談社とTBSテレビが主催して募集している。選考委員は編集者とプロデューサーでその時点でもう何の権威もないことが明らかである。
その選考基準は「話題になりそう」とか「ドラマになりそう」とかいう漠然とした気分であるだろう。
そんなものが「基準」になるかどうか、ちょっとした知性があればすぐに分る。
いや・・・あくまで個人的にそう妄想しているだけです。
で、第1回の受賞作は「被取締役 新入社員」で2008年にドラマ化されている。
まったく記憶になかったがキッドはそのドラマをレビューしていた。
しかも、かなり好意的に・・・なのである。
それに対して・・・今回、辛口モードなのは・・・記憶についてのドラマだからだろう。
記憶についてのドラマを素人の思いつきでドラマ化する・・・そんなことが許されていいのか・・・と思うのである。
編集者とかプロデューサーは記憶について何の学習もせずに仕事ができるものなのか・・・と考えるのである。
21世紀か・・・恐ろしい時代になったな。
で、『記憶の海・第二回』(TBSテレビ100323PM1130~)原作・松田奈月、脚本・大浜直樹、演出・吉田秋生を見た。演出家はベテランである。最低限の仕事はしていると思う。問題は「テレパシスト/ジョン・ブラナー」から始まって「サイコダイバー・シリーズ/夢枕獏」や「パブリカ/筒井康隆」に至る「読心」の物語の歴史を軽くスルーしていることだろう。
この「人の心を読む面白さ」についてはものすごく多くの試みが繰り広げられていてその中にはものすごい傑作が生み出され・・・ある意味行き着くところまで行っているジャンルなのである。
最近ではアニメ化された「RD 潜脳調査室」(2008)が実用化された読心捜査を描いている。
ドラマ化するための素材は死ぬほどあります。
そういうものを無視してこの企画というのはどこか・・・恐ろしい怠惰の気配を感じるのだな。
もちろんフィクションなので・・・なんでもありといえばありだが・・・この近未来的な時代設定といい・・・そこで描かれる出来事といい・・・ものすごくチープなので恥ずかしい感じがします。
さて、主人公ヒロタマナブ(筒井道隆)は恐怖の人体実験によって、過去五年間の記憶を失い、その後は3分間の短期記憶しか保持できない記憶障害者となっている。その事件から三年経っているが研究室は相変わらず運営されているのである。
しかも、記憶読み取りの技術を司法に導入するために検察が実験を見学に来ているのである。
その前にヒロタマナブの記憶障害事件をなんとかするべきだろう。立派な犯罪だぞ。
しかし、第二回では恐るべき事実が発覚するのである。
その事故(人体実験事件)が起こる前に記憶読み取り技術は確立していて、山内教授(柴俊夫)の同僚である福原助教授は殺人犯の記憶を読み取った夜に殺人犯の記憶による模倣行動で自分の妻を斬殺しその後自殺するという事件を起こしているのだった。
その事件をヒロタマナブの恋人であり、山内の弟子でもある研究員小野(伊藤歩)はもみ消しているのである。
それなのに山内は「記憶読み取り技術は犯罪者を追求できるので社会に貢献できる」などと主張するのである。
そして小野はそれに疑義をはさみ「今日は被験者の気持ちが不安定なので実験は延期しましょう」と言うものの告発はせずに追従している。
いや・・・だから・・・まず自分たちが犯罪者であることを・・・ま、いいか。
そして、今回、若手の研究員・薮田(金子貴俊)が「自分の殺人の記憶」を録画するために研究に参加していた快楽殺人犯(自分の母親などすでに六人を殺傷)していたことが判明する。
薮田は読み取り側であるヒロタマナブを殺害しようとして間一髪、逮捕される。
その動機は「記憶を知られたので殺意を抱く」だったのだが、途中で「ヒロタマナブは記憶できない」ことに気がつき、「殺したいから殺す」というドタバタぶりである。
なんだろう・・・ギャグなのか。
とにかく、この読心の技術が、実験体Aの記憶を実験体Bの想起機能で読み取るというものであることがなんとなく示されたのである。
なぜ・・・そうしなければならないのかは一切説明されない。
そしてとにかく・・・人間の記憶に残る映像・音声は機械的メディアに転写できるらしい。
モニターに過去の記憶の記録を映せば研究員たちを欺くことができるのである。
まったく・・・夢のような脈略のない話なのである。
もちろん・・・このような怪談は由緒正しい・・・昔ながらの展開だが・・・それならそれでもう少しそれらしく装飾してもらいたい。
これだけの研究には当然、国家予算が使われているはずで、同時に倫理的な監視が求められるだろう。学者としての名声を得るためには研究を発表する必要があり、そうなれば異議を唱える研究者は続出するはずである。
遺伝子の研究に対する横槍を知らないのだろうか。
そういうリアリズムが全くないのである。
せめて新人研究員の塚本(逢沢)を通じて世界の情勢と研究室の閉鎖性の落差くらいは描いてもらいたい。そうでないと精神病院の患者たちの妄想物語にしか見えないのである。
もちろん・・・最後は「失われた愛の記憶」を求める小野のラブ・ロマンスにたどり着くと思うのだが・・・どんな結末が待っているのか・・・ある意味、楽しみなのである。
関連するキッドのレビュー『第1話のレビュー』
金曜日に見る予定のテレビ『デュラララ !! 』(TBSテレビ)『マジすか学園』(テレビ東京)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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