お佐那様、馬によく乗り、力も強く、顔立ち平井加尾より少しよし(坂本龍馬)
安政五年(1858年)に龍馬は第二次江戸留学を終え、土佐に戻る。
さな子の記憶によればこの年、龍馬とさな子は婚約し、結納を交わしている。
龍馬が土佐に戻るのは九月だが、四月に井伊直弼が大老になり七月には将軍家定が死去、そして九月には安政の大獄が始まり、十月には将軍家茂が誕生する。
激動の時代にのほほんとしているのである。
しかし、裕福な半武半商の坂本家とはいえ、家督を告げない次男坊の龍馬は分家するか、婿になるしかない。
千葉家には後継者の重太郎がおり、婿養子にもなれないわけである。
龍馬としてはさな子と結婚して、江戸で道場を開くか、土佐で道場を開くか思案したと思われる。
その思案は安政の大獄による山内豊信隠居により流動的となる。
ここで、安政年間、万延年間、文久年間の元号を整理しておく必要が生じるのだ。
1859年 安政五年十一月二十八日~安政六年十二月八日
1860年 安政六年十二月九日~安政七年三月十七日・万延元年三月十八日~十一月二十日
1861年 万延元年十一月二十一日~万延二年二月十八日・文久元年二月十九日~文久元年十二月一日
1862年 文久元年十二月二日~文久二年十一月十一日
ああ・・・毎度紛らわしい・・・。
文久二年三月、龍馬は脱藩して全国を放浪、八月頃江戸の千葉道場に潜伏する。犯罪者を匿うのは娘の婚約者だからである。
龍馬は恋人ができると姉の乙女に手紙を書くのが趣味であった。
この頃は当然、婚約者のさな子のことを書き送っている。
「千葉さな子様は、千葉定吉先生のご息女で免許皆伝の達人であり、乗馬もよくし、剣はもちろんのこと長刀の名人でもあり、相撲も強く、達筆で、琴もたしなみ、芯が強くてもの静かという理想の女子です・・・顔は平井加尾よりもちょっと美人です」
おのろけの言いたい放題である。まあ、女にだらしない・・・というのは間違いないです。
上手く馬に乗るというのはもちろん、龍馬の上にはげしく乗っているということを暗示しています。
ちなみに加尾は1860年から1862年まで、三条家に嫁いだ山内恒姫(豊信・妹)のお供衆として京都在住。
土佐から江戸までの間に京都があるために・・・ここで龍馬が加尾ともよろしく逢瀬していることは間違いありません。
で、『龍馬伝・第10回』(NHK総合100307PM8~)脚本・福田靖、演出・真鍋斎を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回はファン待望、土佐の生んだはちきん娘・平井加尾描き下ろしイラスト大公開です。「ヤスコとケンジ」や「トライアングル」でもなかったのにさすがは大河パワーと申せましょう。安政五年から六年にかけての加尾は20~21才。まっこと初々しい娘でございます。佐那も加尾も天保九年の生まれ。天保の大飢饉の最中に生まれ、瑞々しいのは天の配剤でありましょうか。そして、ついに描き下ろし岩崎弥太郎(汚れヴァージョン)も大サービス。まあ、鬼の棲む島・死国ではこのぐらいの汚れ方が標準(当時)という考え方もあります。まあ・・・武市半平太が多重人格化したり、加尾が隠密になったりして・・・まるで妄想の思惑通りの展開に身震いする回でございましたよ。龍馬が江戸から土佐に戻ってくるまでに「いえさだ・なおすけ・よしのぶ・なりあきら・いえもち・・・その他」の人々が駆け足で安政の大獄を通過していったようです。もうあの雪が安政五年に降っているのか安政六年に降っているのかも定かではありません。まあ・・・触らぬ神にたたりなしなのでこれは上手いと言うしかございませんね。
安政五年(1859年)四月、井伊直弼が大老に就任する。幕府は将軍家継承問題と諸外国との通商条約問題という二つの難題を抱えていた。この二つの問題は複雑に絡み合い幕末の混乱を深めていく。将軍家継承問題は水戸徳川家と紀州徳川家のお家騒動でもある。しかし、公家や諸大名を巻き込んで派閥抗争に発展していく。水戸家の側用人藤田東湖(安政江戸地震で死亡)の影響を強く受けた山内豊信は一橋慶喜を推挙する側にたち、改革派の列に加わるが、通商条約問題にあたっては中立の立場だった。密貿易藩としては条約を締結せずに既得権益を守る意見と積極的に幕政に参画し、新たなる枠組みに参加する意見が藩内でも分かれていたのである。この意見の相違は水戸藩では開国佐幕と尊王攘夷という思想問題として現れる。やがて、将軍家茂を推挙する井伊直弼が現実的な条約締結路線に走ったことで、一橋派が弾圧された結果・・・いつの間にか、尊皇攘夷派と一橋派が融合してしまったのである。この奇妙なもつれは後に将軍慶喜が誕生すると一橋派が倒幕を開始するという不可思議な現象となって現れる。さらには尊王攘夷の果てに明治維新が達成されると文明開化が始まるのである。融通のきかない純情な人々はこの手品のような展開に茫然自失となるのであるが・・・それが世の中というものなのである。
安政五年七月、江戸城、大奥では薩摩のくのいち篤姫が悲しみにくれていた。
その知らせを龍馬は岡っ引きの半蔵から聞いている。
「なんと・・・鼠小僧様が・・・死んだっちゅうのか・・・」
なぜか、岡っ引きと盗人が懇意にしているとは妙だと感じながら、龍馬と鼠小僧は深い交際をしていたのだった。鼠小僧が龍馬の人柄に惚れたからである。
龍馬はそのおかげで郷士身分ではとても遊べぬような吉原の高級店にも出入りしていたのである。
千葉道場の稽古が終わり、土佐藩邸に戻る用事があるところを狙いすまして、半蔵が現れる。
「坂本の旦那・・・今夜・・・ちょっとどうです」
「明日は・・・藩のお屋敷に御用があるんじゃ・・・」
「朝までに戻ればよろしいんでしょ」
「また・・・鼠小僧さんのお呼びかい・・・」
「もう・・・あの方は坂本様をえらくお気に入りでして・・・」
「しょうがないのう・・・」
しかし、龍馬も遊び盛りである。金に糸目をつけない鼠小僧の宴につきあうのは楽しいのだった。
龍馬は遊び上手であり、人を喜ばせる達人である。
こうして・・・龍馬と鼠小僧は昵懇の間柄になったのだった。
その日も半蔵が顔を見せたのは桶町千葉道場から築地の土佐藩邸に向かう夜道だった。
半蔵の顔は蒼白である。
「坂本様もご存知の通り・・・あの方はお城(江戸城)にお住まいの方です」
「まあ・・・公儀隠密の御主が主と仰ぐんだからな・・・わしは吉田東洋という藩のおえらいさんに使われているので・・・将軍様の人相を聞き・・・まあ吉田様も・・・お殿様(山内豊信)から聞いたんでまた聞きじゃがの・・・こりゃあ・・・ひょっとすると・・・と思ってたんじゃ・・・」
「困ったお方でしたよ・・・」
「しかし・・・面白いご仁じゃった・・・わしのような虫けら同然の身分のものを・・・」
そこで龍馬はふと胸がつまる思いがした。
「よくもかわいがってくれたものじゃの・・・」
「はい・・・本当に心優しきお上(将軍)でした・・・。グフっ」
「親分・・・御主・・・」
「ふふふ・・・忍びのものが・・・殉死など・・・おかしいでしょうがね・・・公儀隠密はすでに次のものに引継ぎました・・・」
「御主・・・かげばら(切腹)をしておるのか・・・」
「はい・・・なんとなく・・・坂本様に・・・お伝えしたくなりましてね・・・とにかく・・・世は移りまする・・・土佐の御殿様は・・・一橋公贔屓と聞いております・・・これからは家茂公の世になりますれば・・・ご用心されたく・・・」
「なんと・・・それを・・・ワシに伝えにか・・・」
「坂本様は・・・お国元に戻られるとか・・・」
「よう・・・しっちょるの・・・」
「各地の公儀隠密は・・・おそらく・・・一橋公贔屓の弾圧にかかります・・・あのお方はそれを嫌がっていらした・・・無駄な血が流れるのをお嫌いでしたから・・・」
「そうじゃったの・・・」
「それでは・・・坂本様・・・これにて御免・・・」
「親分・・・」
「闇に生まれ闇に消える宿命でござる」
半蔵は江戸の夜の闇に消えた。
その刹那、龍馬は殺気を感じ・・・振り返った。
そこに立っていたのは・・・千葉さな子だった。黒い忍び装束をまとっている。
「龍馬様・・・」
坂本龍馬はたちまち真相を悟った。吉田松陰伝来の千里眼を少し学んでいるのである。
「そうか・・・佐那様が・・・新・半蔵・・・」
「え・・・何をおっしゃいます・・・」
「千葉道場は水戸藩のお声掛かりじゃ・・・そうであってもおかしくないと思うたきに・・・」
「すると・・・坂本様は・・・夜遊びをしていたのではないのですね・・・」
「あ・・・そっちの方で尾行ちょったのかい・・・」
「まさか・・・龍馬様が・・・裏の半蔵殿とお知り合いとは・・・」
「女子でも・・・服部半蔵を名乗るのかいな・・・」
「しのびには老いも若きも・・・男も女もございませぬ・・・」
「まっことそうじゃの・・・」
佐那は背後に覗く暗い江戸城を見た。
「あそこには・・・薩摩のくのいちの頭領がおわします・・・あの方も私とさほど変わらぬお年・・・」
「なるほどの・・・」
「・・・」
「お佐那様・・・いや、服部半蔵殿・・・わしゃ・・・今宵は無性に野を駈けたい気分じゃ・・・」
「野駈けですか・・・思い出作りですね・・・」
「そうじゃ・・・まもなく・・・世の中は大騒ぎになるそうじゃ・・・今夜はそういうことを何もかも忘れて・・・走りたいき・・・」
公儀隠密頭・服部半蔵佐那子は微笑んだ。
次の瞬間・・・二人の忍びは音もなく消えた。
夏の江戸の町はひっそりと寝静まっていた。
夏の終わり・・・龍馬は山内豊信の密書を胸に東海道を西に向かっている。
その頃、武市半平太は土佐藩の家老の一人、柴田備後に接近していた。坂本龍馬が明智光秀の末裔ならば、柴田備後は柴田勝家の末裔だった。土佐は古い鬼の一族の末が集まる場所なのである。
仕置き家老の吉田東洋は来るべき激動に備え、藩政改革に着手している。
その政治力学を闇に潜むものたちはじっと観察するのであった。
そして、山内豊信は江戸城で井伊直弼の詰問を受けている。
安政の大獄が幕を開けようとしていたのだ。
関連するキッドのブログ『第9話のレビュー』
月曜日に見る予定のテレビ『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命2nd Season』(フジテレビ)『ハンチョウ』(TBSテレビ)
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皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
キッドさんの解説っていいですよね~。
とっても分かり易く歴史を知ることができますわぁ。
”悪魔”は微塵も感じられません(*`▽´*)ウヒョヒョヾ(゚∇゚*)コラ
>龍馬は恋人ができると姉の乙女に手紙を書くのが趣味であった。
なるほど~(ノ∇≦*)キャハハッ♪
私も、書く事が好きなんだなぁって思いました。
言葉も巧みに、それはそれは女性はコロッと参ったんでしょうね~。
>まあ、女にだらしない・・・というのは間違いないです。
この部分が、福山龍馬で見なければならない苦しいところ。
しかし歴史を知らないとここまで書けませんよね~。
会話の部分には口角が緩みっ放し(笑)
毎度ですけどねーっ。
投稿: mana | 2010年3月 8日 (月) 18時31分
ふふふ、忍びのものの闇の語りを
する時は魔性をセーブしないと
あまりにも残虐になりますので
悪魔成分控え目になるのでございます。
龍馬の書簡に関しては
主として旺文社文庫「龍馬の手紙」に
収められているのですが
脱落もございます。
また、本当に直筆かどうかも真贋の見極めが
難しいのですな。
そういう意味で「佐那について乙女に書いた手紙」は
北海道坂本龍馬記念館が所蔵するもの。
妻とするお龍以外の女性を
品定めしている龍馬の
今なら訴えられそうな証拠物件を
おおらかと捕らえるか変態ととらえるか
人それぞれでございましょう。
お龍宛の手紙が
お龍が焼却したために残っていない・・・
と言うのも妄想をそそるポイントです。
今回は四人目の女・お元も登場するわけですが
たたけばもっと埃が出ると
キッドは考えています。
まあ・・・もてもてなのは
しょうがないですものなーっ。
まして最後は明日をも知れぬお尋ねものですしーっ。
投稿: キッド | 2010年3月 8日 (月) 19時23分
ですねぇ(; ̄∀ ̄)ゞ
基本、私は役者さんを描くというよりも
自分が好きなドラマに出てる役者さんを
描くというトコロがあるもんで。
今回は大河パワーで
画像・写真がある役者さんは
ガンガン描く予定でございます。
現時点では吉田、容堂、後藤象二郎、龍馬までは
一応完成しております。
後は溝渕、平井収二郎、権平に
そして、これから登場するであろう
勝海舟と人斬りモードの以蔵は構図が見つかり次第
対応したいところですかね。
四国は弘法大師が立ち寄った寺とか多いですからね。
うちの近くにもそういう寺がありますしねぇ。
それに四国八十八箇所を回る御遍路さんは
いつ旅先で死んでもいいようにという白装束を着てますからね。
正しく死国の名に相応しい場所です。
龍馬の手紙は面白いですねぇ。
個人的には龍馬とお佐那様の相撲が
どんなものだったのか気になるところです(; ̄∀ ̄)ゞ
投稿: ikasama4 | 2010年3月 8日 (月) 21時37分
加尾様は素晴らしい仕上がりでございましたな。
十代の広末を思い出しましたぞ。
ドラマならではの老けモードのあの人を
はじめとして狂剣士、草々と
なかなかの役者ぞろい・・・楽しみでございます。
ううん、ついにリアル哲太が・・・。
そしてリアル電王が・・・。
ワクワクしますのーっ。
四国はやはり・・・
近畿地方の流刑地・・・。
関西圏でありながら異世界の趣が
ありますな・・・
ある意味、未だにマンモスとか棲んでいそうです。
・・・いるかっ。
・・・失礼しました。
まあ、タヌキは棲んでますよね。
信長、秀吉、家康に仕えた一豊が
この地に封じられたのも因縁を感じますし
幕末に龍馬を生み出したのも
奇跡のような出来事ですな。
篤姫妄想とくらべてここまでは
龍馬個人史の趣ですが
ジワリ、ジワリと時代の声が
呼んでいる気配は濃厚・・・。
妄想では科学忍者の秘密兵器が登場する予定です。
そしてくのいち半蔵の必殺技も・・・。
四十八手くらいあるかも・・・。
投稿: キッド | 2010年3月 9日 (火) 00時39分