天下に我ほどの人物なきことを知る(坂本龍馬)
坂本龍馬は自らを「居候の生まれ」と称している。「居候」とは「坂本家の次男坊に生れたこと」を指す。この時代の武士としては豊かだった坂本家だったが家督を継げぬ武士は所詮、やっかい伯父になる宿命なのである。二度の江戸留学など龍馬が剣術修行に明け暮れるのもいつか分家したいという念願があったからだ。
その坂本龍馬直陰がいつ、「あの龍馬」になったのだろうか。
君子は豹変すると言う。
文久二年三月に脱藩した龍馬は四月には下関に現れ、その後、薩摩藩周辺を探索した後で七月には大坂に現れる。
ここで望月亀弥太の兄、清平と密会する。その頃、龍馬は変貌していたと思われる。
すべてを捨てて三ヶ月の流浪生活をする間に龍馬の思想は深まり、そして脱皮を遂げたのである。
その影響を与えたのが吉田東洋であることは充分に妄想できる。
龍馬は大坂で東洋が暗殺されたことを知るが、八月には江戸に現れ、土佐勤皇党と長州過激派メンバーと交際を密にしている。そして年末には幕府総裁・松平春嶽に会い、さらに軍艦奉行・勝海舟と会っている。
千葉道場は定吉の代から鳥取藩の剣術指南であるが、鳥取藩主・池田慶徳は一橋慶喜の兄にあたる。また、最近の研究で千葉さな子が宇和島藩の剣術指南であったことも確認されている。千葉道場の塾頭であった龍馬がそれを利用して雲の上の人々に会ったことは確実である。
しかし、その人々が龍馬にただならぬものを見出したのは・・・すでに龍馬が「あの龍馬」になっていたことによるものに違いない。
謎に包まれた空白の放浪の旅を経て坂本龍馬は天下の坂本龍馬になったのである。
で、『龍馬伝・第14回』(NHK総合100404PM8~)脚本・福田靖、演出・渡辺一貴を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回はこのドラマの語り手としての岩崎弥太郎の豪気描き下ろしイラストと土佐勤皇党風月代の岡田以蔵描き下ろしの二大サービスでございます。可愛くて恐ろしいお稚児さんモードの以蔵はまさに武市半平太の森蘭丸・・・そのまんま腐女子行特急電車の如しでございます。第一部の幕引きが東洋暗殺なら第二部の幕開けは以蔵殺し屋デビュー。実に爽快な大河ドラマで万歳です。そして、思いのままにならないまでも好きにやりたい勝手にさせてよ気ままに生きたい俺の人生モードの坂本龍馬。武市が暗黒面に堕ちたことが龍馬の心をも荒ませる。そういう風情が漂ってきましたね。弥太郎に責められわびる龍馬がいたいけない。弥太郎夫人のこわいほどの女房の力量噴出もしびれましたな。立身出世の陰に女ありでございますなーっ。
文久二年(1862年)四月、吉田東洋暗殺の波紋は普代家老たちの復権によって示される。前藩主・山内容堂は江戸にあり、報告を受けたのは五月であった。その間に16才の若き土佐藩主・豊範の元には山内民部、柴田備後、深尾鼎らの普代家老家の老臣たちが侍った。そして、東洋を暗殺した土佐勤皇党の盟主・武市瑞山の側近登用が実現した。家老たちは飼い犬だと思っていた武市が仕置き家老を処理できる実力を備えていることに恐怖したのである。数人の家老は忍びを放って瑞山暗殺を試みたが何れも返り討ちに遭っていた。すでに土佐国内の忍びは瑞山の手中にあった。もちろん、それは江戸にいる山内容堂の手駒を勘定に入れない計算だった。吉田東洋の甥、後藤元曄象二郎は家に篭り、情勢の変化を待っていた。瑞山は東洋派の開国主義者たちを閑職に追いやり、腹心を役職につけると土佐に勤皇の旗を立てる。江戸の容堂は土佐国内の推移を暫時静観する。しかし、魔王・織田信長を神と仰ぐ容堂には手中の玉である吉田東洋を奪われた怨恨が暗く燃え上がっていたのである。
一方、桜田門外の変、坂下門外の変で権威を低下させた幕府は老中・小笠原長行などが事態の収拾に追われ、安政の大獄での処分者の復権などで事態の沈静化を図っていた。このために容堂は謹慎を解かれる。
容堂は公武合体派として家茂・和宮の婚姻による幕府の体制立て直しを支援する一派に加わった。
長州では吉田松陰の妹婿・久坂玄瑞、上海帰りの高杉晋作ら松下村塾出身の過激派が京都、江戸を中心に政治不安による倒幕運動の最初の謀略を開始している。開国論者の長州藩長井雅楽は桂小五郎らの策動により三月に失脚した。
薩摩藩主・島津久光は藩兵を率いて四月に上洛する。尊皇攘夷の過激派たちは好機到来と勇み立つが、久光は容堂と同様に公武合体論者だった。久光は薩摩藩士を核とする尊皇攘夷過激派を寺田屋で一挙に粛清する。
久光は幕府総裁に松平春獄、将軍後見に一橋慶喜を指名する。兄、斉彬の遺志である雄藩連合の実現を意図したのである。情勢は安政の大獄以前に回帰しようとしていた。
しかし、尊皇攘夷という名の下克上に目覚めた過激派たちはさらに時計の針を進めようとしていたのだった。
その動きを腐敗の極みにある京の公家社会は目を細めて見つめていた。
松平春獄は京の治安悪化を憂慮し、京都守護職の設置を決め、その初代として会津藩主・松平容保に白羽の矢をたてていた。
そのように激動する文久二年の春。坂本龍馬は隠密旅行の途上であった。
四月には下関にいて、五月には薩摩国境にいた。薩摩国境では薩摩の忍びくぐり衆と一悶着起している。六月には再び下関に戻り、そこで兄・権平の使いであるくのいちの春猪に会っている。春猪は十八歳になっていて、下関の豪商・白石家に逗留している。土佐の才谷家の名代として木材の商取引をするのが名目だった。
目端の利く春猪は龍馬を待つ間、白石家の商いを手伝うなどして、重宝がられていた。
そこへ山篭りから帰ったような龍馬が戻ってきた。
「伯父上、ものすごい臭いがするの」
「春猪・・・なんちゃしとるのか」
「父上からの文を預って来たきに」
龍馬は白石屋敷の中庭で兄・権平の手紙を読んだ。
「東洋様が殺されたかよ・・・なんで俺がその下手人になっちゅうのや」
「武市様の一派が言いふらしよるき」
「それゃ・・・なんともあほな濡れ衣を着せられたもんじゃ」
「武市様は若殿様に取り入ってえらい羽振りじゃき・・・けんど、江戸の大殿様があれやこれや動きだしちょると父上は仰せじゃ」
「なるほどの・・・」
「じゃき、伯父上の心つもりを伺って来いと父上が申すのじゃ」
「京も江戸も騒ぎになっちょろうが・・・」
「武市様は若殿様担ぎ出して京に上る算段じゃ・・・」
「そりゃ・・・たまらんの」
「家篭めの後藤様は下目付に探索を命じておられるが、土佐の忍びの要は武市様が仕切っておられるき」
「探索方は誰かや」
「井上の佐一郎さんと岩崎の弥太郎さん・・・」
「そりゃ・・・あかんな・・・武市さんの配下は手練れ揃いじゃ、太刀打ちもできんやろ」
「・・・伯父上はいかがなさる・・・」
「俺はちくと足を伸ばして、大坂、京、江戸を探ってみようと思うんじゃ・・・兄上にはそう伝えておくれ」
「・・・これは父上から預ったお足(路銀)ですき」
「ほう・・・こりゃ・・・助かった・・・泥棒で食いつなぐのは中々、気が滅入るからの・・・」
「まあ・・・伯父上、盗みを・・・したんか」
「そりゃもう・・・忍びの心得じゃきに・・・それはそうと・・・春猪は・・・ちょっと見ぬ間に女ぶりがあがったの」
「婿が決まりましたきに」
「ほう・・・誰じゃ・・・」
「鎌田の清次郎さんです」
「おお、ありゃ・・・ええ男じゃの・・・そんで逢引なんぞはしちょるのか」
春猪は頬を染めた。龍馬の目に情欲の兆しが浮かび上がる。
六月、大坂の土佐藩陣屋には藩主・豊範が発病したために足止めを余儀なくされた土佐藩兵が宿陣していた。中核となるのは武市瑞山率いる土佐勤皇党である。
思わぬ事態に歯軋りした瑞山だが無聊を慰めるために寵愛している岡田以蔵を部屋に引き込んでいる。
武市は男の肌が無性に愛おしくなる性癖を持っている。
特に仔犬のような臭いを放つ以蔵とは肌が合っていた。
寝そべった武市はまたがった以蔵に陽根を吸わせながら、以蔵の菊門の臭いを嗅ぐ。
「よいのう・・・おんしのここはほんによいかおりじゃ」
「・・・」
武市は寝屋では饒舌である。以蔵は無言で口を動かし、屹立した武市のものをしゃぶりあげる。
「おお・・・たまるか」
武市は遠慮なく、以蔵の喉に白濁したものを注ぎ込むのだった。
闇の中で気をやった武市の目に冷酷な光が宿る。
「大殿の忍びがの・・・ちょろちょろして目障りなんじゃ・・・なんとかせいや・・・」
武市の吐き出した液体を飲み下した以蔵は武市の顔面に突き出した尻を振り承諾の意を唱える。
「そうか・・・それじゃ・・・もそっと可愛がってやろうかの」
武市は起き上がると、以蔵を組み伏せた。以蔵は漸く喘ぎ声をあげた。
容堂の忍びである近藤長次郎は大坂城下の旅籠に泊まっている二人の下目付けを訪ねた。それが運命のなせる技というものである。
近藤長次郎は江戸に向い、岩崎弥太郎は土佐城下の監視要員として高知に戻ることが決まったのである。その夜、井上の手に下忍を残し、岩崎は高知へ、近藤は江戸へ出立した。
井上は配下となった忍びを引きつれ、土佐の大坂陣屋探索のために宿を出たところで・・・土佐勤皇衆の襲撃を受ける。
以蔵率いる暗殺部隊である。
一瞬で配下を殺された井上は逃亡を図る。井上は逃げ足には自信があった。
夜の闇の中を井上は駈けていく。その耳にひたひたと迫る足音が聞こえる。
井上はふと足をとめ・・・気配を伺った。大坂の町屋は静まり返っている。
(追っ手は撒いたか・・・)
井上はゆっくりと歩き始めた。するとまたひたひたと足音が聞こえる。
井上はゆっくりと振り返った。
月明かりのさす路上にぼんやりと犬の姿が浮かびあがる。
(犬か・・・いや・・・あれは)
次の瞬間、犬と見えた獣は跳躍を開始した。
井上は刀に手をかけ、眼前に迫る灰色狼の巨大な牙を見た。
喉笛をかき切られた井上は血煙を吹き上げる。首はほとんど体からちぎれかけていた。
どうっ・・・と倒れた時、井上はすでに息耐えている。
凶悪な牙を収めた灰色狼はその死体にかけよるとぴちゃぴゃと噴出する鮮血をなめる。
舌なめずりした灰色狼は一声雄叫びを上げる。
その遠吠えに大坂城下の野良犬たちは足をすくませ悲鳴をあげるのだった。
関連するキッドのブログ『第13話のレビュー』
火曜日に見る予定のテレビ『八日目の蝉』(NHK総合)『ジェネラル・ルージュの凱旋』(フジテレビ)
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皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
総髪の岡田以蔵を描くために
「女性自身」を買った今日この頃(; ̄∀ ̄)ゞ
子犬のように可愛い以蔵が
いい様に利用され、ああいう末路を送る
この時代の藩士が受けた悲劇の象徴のように
描いてきてる節がありますねぇ。
そういう点でこの第二部は
半平太と以蔵に見せ場を作ってきてますね。
でもって龍馬もキャラチェンジして
かなり見せ場を作ってきていて
一人、弥太郎だけが
20年経った今でも変わらないみたいな感じが
なんとも面白い構図です。
やっぱ今回の半平太と以蔵を見ると
そっち系に向かいますね ̄▽ ̄
これから京の町を
人狼・岡田以蔵が暗躍する世界
なんとも楽しみな限りです ̄▽ ̄
投稿: ikasama4 | 2010年4月 6日 (火) 00時33分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
やはり、龍馬ものを描くと
岡田以蔵はもれなくついてきますね。
以蔵第二弾、楽しみでございます。
キッドは未だに
「勝海舟」(1974)の以蔵(萩原健一)が
忘れられません。
しかし、この展開で行くと
佐藤健版も忘れられない以蔵になりそうです。
半平太・以蔵カップルの退場時は
涙の洪水かもしれませんな。
今回は東洋・象次郎カップル。
龍馬・弥太郎カップル。
容堂・東洋カップル。
溝渕・沢村カップル・・・と。
カップル大会ですな。
まあ・・・侍の死はいつも情死でございます。
これだけあからさまに演出されると
筆もすべって止まりません。
弥太郎は俗物として描かれるわけですが
なかなかに愛すべきキャラとしても描かれていて
このあたり賛否が分かれる感じ。
視聴率は伸び悩んでいますが
この難解さだと当然かもしれません。
まあ、キッドとしてはこのままのテイストで
がんばってくれるといいなあ・・・
と思うばかりです。
以蔵は新月の夜に捕縛される・・・
そして毒入り犬万を食わされる・・・
でも死なない・・・
ああ・・・もう涙がこぼれそうです。
投稿: キッド | 2010年4月 6日 (火) 03時12分