誠に酷きことに嘆きはいかばかりかと気遣っているとそれとなく伝えてほしいと一筆(坂本龍馬)
姉・乙女への文久三年六月二十九日付けの長い手紙の末尾に龍馬は平井収二郎の切腹(六月八日=1863年7月23日)に触れ、自分が収二郎の妹・加尾をできるものなら慰めたいと付け加えている。
心細やかとも言えるし下心みえみえともいえ・・・ある意味可愛いのである。
ドラマにおいてはやや、平和主義者で現実主義者であることが強調されている龍馬だが、この手紙の文面からは過激派で理想主義者でひょうきん者の龍馬が浮かび上がる。
文言の怪しさとはこのことであろう。
何を現実とするかで・・・一つの言葉がリアルにもロマンにもなるのである。
長州での日本と外国との戦争が日本の惨敗に終ったことを嘆き、幕府の中に外国と癒着するものがあるのを罵る。そうでありながら自身は幕府の海軍に身を置き幕臣の門人である。そして、すでに自身は脱党した勤皇党の幹部である平井の死を悼み、その妹を慰めたいと願う。
この脈絡のなさが・・・龍馬の魅力と言えるのである。
そして・・・融通の利かない人間にとっては龍馬はいかにも憎まれそうでもあり・・・そして羨ましい存在でもあっただろうと想像する。
で、『龍馬伝・第20回』(NHK総合100516PM8~)脚本・福田靖、演出・大友啓史を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は龍馬に千両くれる男・松平春獄描き下ろしに加え、真田昌幸の忍び・壺谷又五郎 描き下ろしのダブル夏八木勲特大サービスでございます。果たして噂の富豪刑事Finalは実現するのかどうか。神戸喜久右衛門ラブ・コールでございます。木9は木村佳乃の音道貴子という噂もあるので金9か?・・・噂だけだったら・・・ガッカリです。・・・そっちかよっ。龍馬の行動と龍馬の手紙の心情の矛盾を横井小楠に語らせるという思い切った手法。まあ、とにかく北条高時の血を引く横井氏だけに平家にあらずんば人にあらず・・・という気持ちを持っていたのかもしれません。十津川郷士の忍びたちもその辺りを怪しんだか・・・。ある意味、東の十字結社対西の十字結社の対決か・・・。この辺り・・・危険なロマンに満ちておりまする。
文久三年の夏。青蓮院宮(中川宮=伏見宮の17人いる王子のうちの第四王子)は一橋派の皇族であり、公武合体派である。その青蓮院宮に令旨を賜り、土佐に勤皇派の藩政改革を行おうと画策した・・・という罪に問われたのが平井隈山、間崎哲馬、弘瀬健太の三人である。三人は土佐勤皇党に属し、当然、武市瑞山の弟子でもあった。そもそも佐幕派に近い青蓮院宮にそのような令旨を請うことが明らかに不自然である。青蓮院宮は容堂と同様に安政の大獄で隠居を余儀なくされたグループに属し、当然、容堂とは気脈を通じていたはずである。考えられるのは尊皇攘夷派としての暴走か・・・そうでなければ容堂による土佐勤皇党つぶしの策謀の香りが強い。どちろにしろ、幕府あっての土佐藩であると考える容堂にとって天皇の前の武士平等を唱える勤皇党は危険思想に映ったに違いない。その根本にあるのは下克上であり、下級武士の反乱であり、差し出た真似なのである。山内家の支配者として容堂はゆっくりと弾圧、粛清の姿勢に入ったのである。
平井隈山の切腹から武市瑞山の切腹までおよそ二年。容堂の用意周到さが伺われる。
しかし、その後、瑞山の弟子で維新政府で出世したものがあり、結局、容堂は瑞山の名誉を回復し、関係を修復することになる。その辺りは実に生臭く・・・政治の気配が漂うわけである。
けれど・・・それは後の話。文久三年の夏、土佐の大殿、山内容堂は虎視眈々と藩内の危険分子を寸断し、摘発し、粛清し始めていたのだ。
龍馬は京都を発し、越前福井へと向かった。軍資金調達のためである。海軍塾は予想外の増員となり、京阪の地の物価の上昇により、資金難に陥ったのである。勝は三百人に膨れ上がった塾生の食費にも事欠いてきた。何より、私費留学生の集団の様相を呈してきた大坂の勝塾は諸経費が大幅に赤字だった。
「とりあえず・・・現金がいる」と海舟が言い、「それなら取りに来い」と春獄が言ったのである。
龍馬は言わば現金輸送班だった。部下は高松太郎と陸奥宗光である。高松太郎は千両箱を背負った馬を曳く。陸奥宗光は先鋒として街道を進み、龍馬は後方を警戒していた。
その前に立ちはだかるものがいた。
「お主ら・・・なんだ」
叫んだのは陸奥宗光である。
「我ら・・・琵琶湖天狗党・・・黙って・・・荷を置いていけ・・・」
「なんだ・・・山賊か・・・」
攘夷実行で盛り上がった京の街だったが、長州の敗報が伝わり、諸大名が京を去ると浪人たちの懐具合が苦しくなったのである。そのため、攘夷のために脱藩した浪人たちは食い詰め、京都の四方に散り、略奪の日々を過ごしていた。
彼らはそれぞれに天狗党を名乗っている。
山賊たちは武士あり、町人あり、僧侶ありの烏合の衆であった。人数は六人である。
「うるさい、とっとと荷を置いて去れ」
頭目らしい体格のいい武士が叫ぶ。その目には狂気が宿っていた。餓えているのだ。
「よせよせ・・・怪我をするぞ・・・」と言いながら陸奥宗光はじりじりと交替する。
「なにを」と言いつつ、山賊は剣を抜いた。その時、後方から龍馬が追いついてきた。
「坂本さん・・・後詰は引き受けた」
「前にしか・・・敵はおらんじゃないか」と龍馬が答えたとき、抜刀した頭目格は問答無用で剣を振り下ろす。一瞬で陸奥の前に出た龍馬もまた抜刀して応じる。一撃で頭目格の剣は折れた。次の瞬間、頭目格の髷が落ちる。
「うわあ・・・初めて見た・・・本当にそんなことができるのじゃねー・・・滑稽本みたいじゃ・・・さすがは伯父上じゃ・・・名人じゃの」
「まあの・・・」
甥の高松太郎が歓声をあげて龍馬は照れて頭をかいた。
山賊たちは悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
頭上ではとんびが輪を描いている。周囲では休みなく蝉が鳴いていた。
その頃、土佐の高知城下でも蝉が鳴いている。
森下一族に囲まれて、平井兄妹が苦戦を重ねていた。
「加尾・・・引け・・・奴らの狙いはわしじゃき・・・」
「兄上・・・」
切腹を命じられた平井隈山は脱藩を試みていた。それを容堂の忍びたちが阻止にかかったのである。
すでに・・・隈山は深手を負っている。
加尾も足に負傷し、連携は乱れていた。
「お前は・・・婿をとって・・・平井家を継いでもらわにゃならん・・・」
「兄上・・・」
隈山は背後に川の流れを感じていた。
「ふふふ・・・この平井隈山の秘儀をご覧にいれる・・・」
隈山は死力を尽くして河原に置かれた巨岩の上に立つ。巨岩は去年の台風で上流から流れてきたらしい。
「平井流・・・遁甲磐隠れの術」
隈山を囲んだ忍びたちは驚愕した・・・。目の前で隈山が岩に吸い込まれていくのである。
「め・・・面妖な・・・」
「ははははは」と隈山は高笑いを残して完全に岩の中に消えた。
「退け」立ち尽くす森下の忍びたちを分けて姿を見せたのは岩崎弥太郎だった。容堂の上意を受けた討手である。
「加尾殿・・・済まぬ・・・お勤めじゃ・・・」
「弥太郎・・・」
「見るがよい・・・岩崎の名を示す・・・秘術じゃ・・・岩崎とは磐裂きよ・・・」
弥太郎は隈山が姿を消した岩に両手をかけると気合を発した。
「きえーっ」
岩は真っ二つに裂ける。その内部に両断され半身となった隈山の姿があった。鮮血と臓物が周囲に飛散する。
「・・・見よ・・・平井隈山は見事切腹して果てたぞ・・・」
弥太郎の声に森下の忍びたちは呆然と立ち尽くした。
加尾が嗚咽をもらす。
それは土佐の鬼たちの死力を尽くした戦いの始まりであった。
関連するキッドのブログ『第19話のレビュー』
月曜日に見る予定のテレビ『月の恋人』(フジテレビ)
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コメント
ま、普通に考えれば
和宮の元婚約者・有栖川宮なんでしょうけどねぇ。
この辺は容堂公の謀略と考えるのが妥当でしょうね。
それにつけても
人生の中で一番楽しい時期を攘夷のために
犠牲にした加尾にとっては武士の家に生まれた
宿命なれど、ドラマ的にはたまらなかった事でしょうね
一方で西洋の文明になると笑顔になる横井さんに
NOVAの人の面影を見ました。
ちなみに夏八木さんが前回もそうでしたが
テロップのラストを飾っていたのにちょっとビックリでした
でもって、こちらは
この先、熾烈な戦いが待っているようですねぇ。
平井さんの最期がこういう形だとすると
武市さんの最期は一体どうなっていくのか
楽しみになってまいります ̄∇ ̄
投稿: ikasama4 | 2010年5月17日 (月) 12時51分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
結局、コネクションが容堂ルートで
実際に平井が世間知らずで
無作法だった可能性もありますが
やはり、謀略と考えた方が筋が通る気がします。
まあ、土佐の男は馬鹿で
女は賢いというのが定番なので
加尾はかなり可愛らしいアレンジ・・・
ということになるのでしょうなあ。
実際、晩年の加尾は
龍馬の愛人群の中では
そこそこ幸福そうですしね。
広末涼子は久しぶりに可愛い女の役が
もらえて良かったと思います。
薄倖が似合う女優なんだし。
横井も東洋・容堂的な怪物一族のようですな。
夏八木さんもそろそろ大御所・・・ということですな。
みんな逝っちゃうから・・・。
郷士は切腹させてもらえるだけで
ありがたい・・・という定番なので
逆に人でないものの死に様シリーズに
したいと考えております。(ーωー)
投稿: キッド | 2010年5月17日 (月) 20時17分