生きながら地獄に堕ちたハイエナと水色の紙飛行機とMother(松雪泰子)
さて、ゴールデン・ウイークが終了である。
とにかく・・・野暮用で48時間で仮眠2時間の強行をしたら・・・体が動かなくなり、今、ようやく復活。昔は・・・72時間完徹しても平気だったのにな・・・。・・・いつの話だよっ。
チャージに10時間もかかるとは生体バッテリーが損耗しているのか。・・・生身だからだよっ。
ゴールデン・ウイーク最終日・・・。パートナーもお休みと言う中・・・水曜日のダンスはソロで・・・。
「臨場」・・・17.9%↗18.6%↘16.7%↗16.9%・・・・・・
「Mother」・・・・・・11.8%↗12.0%↗12.8%↘10.0%
唯一のイケメン枠が極悪だったことが判って・・・さてどうなる。
で、『Mother・第4回』(日本テレビ100505PM10~)脚本・坂元裕二、演出・長沼誠を見た。うっかりさんこと理容師・望月葉菜の勧めで継美)=怜南(芦田愛美)を連れて鈴原家に帰る決心をした奈緒(松雪泰子)。その帰宅を舌なめずりしながら待ち受けるハイエナのような雑誌記者・駿輔(山本耕史)・・・。その口元からは汚臭を放つ吐息がもれ、強欲の涎がしたたりおちるかのようだ。獲物を狙うその聴覚は研ぎ澄まされ、遠く離れたいつわりの母娘の会話も逃がさない。
「いい・・・私はあなたのお母さん・・・そしてあなたは継美よ・・・」
「うん」
「・・・つぐみ・・・か」
駿輔は取材対象を容赦なくカメラに収めるのだった。その目にはなぜか憎悪さえ浮かんでいる。登場した時からどこか冷酷なムードを漂わせる駿輔。演じる山本耕史の見事な演技である。はたして駿輔は生きながら地獄に堕ちるどんな過去を持っているのだろうか。
二人を迎える鈴原の家には母親の藤子(高畑淳子)と妹の芽衣(酒井若菜)、果歩(倉科カナ)・・・そして芽衣のお腹に宿る胎児であった。
奈緒と二人になった藤子は突然、七歳の子を連れて帰った生さぬ仲の娘を責めずにはいられない。
「母親だって・・・ただ生むだけじゃなくて・・・授乳や下の世話をして徐々に母親の自覚が芽生えるって・・・言うでしょう・・・孫に対するだって同じよ・・・娘の子育てを手伝いながら、だんだんおばあちゃんになっていくのよ・・・きっと・・・それなのに突然、七歳の子供を連れて帰られて孫だって言われても・・・」
そこへ芽衣と果歩が継美を連れて現れる。するといそいそと継美にかけよる藤子。
「継美ちゃん、お願いがあるの・・・私をおばあちゃんと呼んで・・・」
「うん・・・おばあちゃん」
「・・・ああん、かわいいーっ。ほっぺなんかぷにぷにしてるしー」
お茶の間・爆笑・・・である。
しかし、その光景を冷たい目で見つめる次女・芽衣。
藤子と芽衣の血縁関係は不明だが・・・芽衣は出来の良い姉に対して歪んだ感情を心に宿していた。母親が長女を溺愛しているとずっと思いこんできたのである。もしも次女が本当に藤子の子供だとすれば・・・生さぬ仲の奈緒に「わが子と同じように愛情を注ごうとした藤子の配慮」が次女の目には「必要以上の愛」として映っていたということになるのだろう。
奈緒が「捨て子」だったことは結果として芽衣の心も歪ませたのである。
しかも、芽衣の胎児には先天性の異常が見つかっており、芽衣のひがんだ心をさらに冥い輝きで包み始めているのだった。
一方、新聞で「水色が好きだった少女・怜南ちゃん失踪」を見た葉菜は図書館で地方新聞の記事を閲覧する。検索した記事に掲載された「怜南」は「つぐみちゃん」に瓜二つだった。苦渋の吐息をそっともらした葉菜は絶望的な状況への不安に襲われて肩を落とす。人生の最後に差し込んだ救いの光・・・「実の娘のような人が母親になったこと」は幻だったのだ。
その頃、奈緒と藤子は二人が母娘になってから28年間続いた儀式をくりかえす。
「住むところが見つかるまでお世話になります」
「何言ってるの・・・ずっとここに住めばいいじゃないの・・・」
「でも、ご迷惑をかけるわけにもいかないし」
「迷惑って・・・私はあなたの母親じゃないの」
「すみません」
「ごめんなさい・・・私はあなたを芽衣や果歩と同じように育ててきたつもりなのに」
「・・・」
「甘えることは恥じゃないのよ・・・愛された記憶があるから甘えられる・・・そうでしょ・・・私はあなたのたった一人の母親なんだから」
「・・・お母さんらは感謝しています」
そこへ果歩が継美が寝入ったことを報告に現れる。
一人・・・継美の寝顔を屈折した顔で見つめる芽衣。母親や姉の気配に気がつくと・・・あわててその場を離れる。何か邪悪な心を悟らせまいとするかのように。
継美を起そうと呼びかける奈緒を制止して藤子は孫娘を抱き上げる。
そしてそれを娘にパスする。
「何よ・・・初めて抱いたような顔をして・・・」
「いえ・・・急に重くなったから・・・」
奈緒はぎこちなさを感じさせながら娘を抱いて鈴原家の二階に去って行く。
残された母と娘たちは奈緒について語り合う。
果歩「なんか奈緒姉ちゃん・・・変わったよね・・・丸くなったみたい」
芽衣「昔は心にジャックナイフを隠してたみたいだったもんね」
藤子「それが母親になったっていうことよ」
他愛ない母親の言葉が芽衣の心にはジャックナイフのように突き刺さる。芽衣の両手には常に自傷用の幻影のナイフが握られているのである。芽衣にとってはささいなことで傷つくことは甘美なことなのだ。そうでありながら他人を憎まずにはいられない性格なのである。
継美をベッドに寝かせた奈緒はその手を握る。その温もりに愛しさがこみあげる。
奈緒はふと「もものいえ」で入手した子供時代のたったひとつの私物を手にとる。
折り目のついた紙が一枚。それが五歳より前のたったひとつの思い出のよすがだった。
折り目にそって奈緒は紙を追ってみる。折り方は手が記憶していた。
鶴・・・いや・・・そうじゃない・・・これは紙飛行機・・・誰かさんが教えてくれたちょっと変わった紙飛行機・・・。色褪せた紙飛行機。
翌朝、一家六人がテーブルを囲む。祖母と娘三人と孫娘と次女の胎児。
芽衣「今日は・・・私の婚約者が来るのだからシングル・マザーっていうことは内緒にしてね」
奈緒「わかったわ」
藤子「奈緒が働きに行っている間、継美ちゃんはどうするの?」
継美「私、うっかりさんと遊ぶの・・・」
藤子「うっかりさん・・・」
奈緒「面倒を見てくれる親切な方がいるんです」
藤子(うっかりさんが葉菜だと勘付き)「ダメよ・・・見ず知らずの人に預けたりしたら・・・果歩・・・今日は面倒を見てあげて」
果歩「いいわよ」
穏やかなようでどこかに緊張の走る鈴原家の朝。敏感で繊細で愚鈍な芽衣は心の底で憎悪する姉によって平穏が乱されているのを感じ取っている。奈緒の存在そのものが芽衣の心に波風を立てるのである。
(あんたがいなくなっている間・・・万事は上手くいっていたのに・・・)
お腹の子が正常でないこともすべて姉のせいにしたくなる芽衣だった。
けなげにゴミ出しを手伝う継美。その傍らを通り過ぎる通学児童たち。おそろいのボーダーラインのシャツを着たいつわりの母娘は立ちすくむ。
役所で小学校の転入届けの書類を受け取った奈緒は暗澹とする。提出に必要な書類を揃えようがないのである。継美には戸籍がないのだから。
その夜、芽衣の婚約者である加山圭吾(音尾琢真)が鈴原家を訪れる。表だか裏だかの茶道の名家の生まれ(芽衣・談)であるお坊ちゃんらしくどこか、傲岸不遜な態度が滲み出る。
圭吾の「つぐみちゃんのお父さんは?」との問いに「銀行関係なんだけど単身赴任中なんだって」と答える芽衣。
藤子の問いに「継美は好き嫌いがない」と答えた奈緒だったが継美はしいたけが嫌いだった。
「あら・・・」と問う母に娘は「何でも食べないと・・・」と繕う奈緒。
「そうね・・・」と頷いた藤子だったが疑惑が生じる。
その疑惑を実の娘に対する気安さで芽衣にぶつける藤子。
「奈緒は・・・何かを隠してるんじゃないかしら・・・」
「そうね・・・不倫とか・・・」
「だけど・・・もし、あの子がまた出て行こうとしたら」
「出て行きたいものは出て行かせればいいじゃない・・・」
「でも・・・あの子は」
言いかけて口ごもる藤子に芽衣は言いようのない嫉妬を感じるのである。芽衣は「ある秘密」を「格別の愛」とずっと勘違いして成長してきたのだった。「母親の自分には与えられない特別の愛」が姉には注がれている。それはただ「本当の母娘ではないという事実」に過ぎないのだが。
それが「秘密」である以上、芽衣の心は嫉妬でさらに曇っていくのである。
奈緒の部屋では継美が「かけ算の九九」を予習している。奈緒は「通学させられないこと」にひどく苦痛を感じている。
隣室で藤子と芽衣の親子喧嘩が始まる。
芽衣が胎児の異常について藤子に打ち明け、藤子が逆上したのである。
それはひょっとしたら奈緒には与えられない肉親の情であった。
しかし、芽衣にはそれが届かない。母親は自分にばかり辛くあたると感じるのである。
「ちゃんと精密検査を受けないと・・・」
「いいのよ・・・ダメならダメで・・・そうなれば向こうの親にも妊娠のことを言わずにすむし・・・かえってよかったかも」
「そんなこと言わないで・・・お腹の子供に聞こえるわよ・・・」
・・・まあ、聴こえませんけどね。まだ聴力も記憶の回路も聴力の回路も未発達ですから。
しかし、その迫力に芽衣は安心するのであった。かまってもらえれば芽衣の傷つきやすい心は一瞬の満足を得られるように発達しているのである。
修羅場の後に奈緒と芽衣が残される。
「ごめんなさいね・・・私が帰ってきたせいで・・・お母さんの気が散って」
「いつものことだよ・・・お母さんにとって・・・あんたは特別な娘なんだもの」
「そんなことないのよ」
「自覚ないの?・・・お母さんはいつだってあなたを叱らない・・・叱られるのは私ばかり」
(それは違う・・・私は遠慮して叱られるようなことはしないだけ・・・本当の娘のあんたとは違うのよ)とは言えず・・・口ごもる奈緒だった。
たった一つの「秘密」が家族の心を否応なく歪な形にしていくのだ。
いつわりの家族はつらいのである。
その頃、長い偽りの生活の根源である葉菜は「つぐみの正体」について思い悩む夜を過ごしていた。
つかのまの平安が訪れていた。いつわりの母親は清掃員として働き、いつわりの娘は叔母の果歩とともに日中を過ごす。
ランチは大好きなクリーム・ソーダを食べながら外食である。職場で手作りの弁当を食べる奈緒は果歩に娘の安否を尋ねる電話をする。
そこへ地獄の冷気を漂わせながら死肉喰らいのハイエナがやってくる。赤頭巾ちゃんを狙う狼のようにその顔にはいつわりの笑顔の仮面が張り付いている。駿輔は継美が一人になる瞬間をずっと待っていたのである。
「つぐみちゃん、こんにちは」
「・・・」
「心配しないで・・・お母さんの知り合いだから」
「・・・」
「・・・学校はどうしたのかな・・・」
「・・・ひっこしたばかりなので・・・」
「そうか・・・義務教育なのに学校へ行かせないと・・・お母さん、警察に捕まるかもね」
「・・・」
「おじさんの質問に答えてくれたら・・・警察には内緒にしてあげる」
ハイエナは継美が玲南だった頃、邪悪で淫靡な悪戯をした玲南の母親の愛人の写真を見せる。
「この人、知っている?」
「・・・知りません」
「じゃ、この人は・・・?」
次の写真は玲南の母親・仁美(尾野真千子)の写真だった。
「・・・・・・知らない人です」
「そうか・・・この人は玲南ちゃんのお母さんだよ・・・玲南ちゃん、知っているでしょ・・・玲南ちゃんは・・・今、どうしているのかな」
「・・・・・・・・・・玲南ちゃんは・・・死にました・・・海で溺れて死にました」
「ふうん・・・そうか・・・」
ハイエナは果歩が戻ってくる気配を魔物の霊感で察知する。
「じゃ・・・おじさんに会ったことお母さんに伝えておいて・・・そのうち・・・会いに行くって」
そこへ・・・果歩が戻ってくる。果歩と駿輔は北海道で知り合っている。
「あれ、あなたどうして・・・」
「こりゃ・・・偶然だな・・・君の娘さん?」
「まさか・・・姉の子供ですよ」
継美は知っていた。この男は悪魔の眷属だと。自分と母親を引き離すために邪悪な世界からやってきた冷酷で無慈悲な使者であることを。継美は脱兎の如く逃げ出した。
継美は走っていた。どこへ・・・とにかく・・・人目をさけて・・・そう、うっかりさんのところへ。
困ったときに警察官に頼れない身の上なのだと継美には判っている。警察官は本当の地獄には立ち入れないのだ。そして、本当に地獄に立ち入った自分といつわりの母親は両方の世界を敵に回していることを。
あの世もこの世も・・・世界の全てが敵であることを。
継美は知っている。でも・・・しかし・・・うっかりさんなら。
角を曲がった継美はうっかりさんに抱きしめられた。
「大丈夫・・・つぐみちゃん」
「・・・うっかりさあぁぁぁぁぁぁぁん」
「つぐみちゃん」
「うっかりさん」
「つく゜みちゃん」
「うっかりさん」
ちょっと目を離した先に姪を見失った果歩はあわてて姉に連絡をした。
うろたえた奈緒にうっかりさんから電話が入る。
「大丈夫・・・つぐみちゃんは私のところにいます」
理髪店「スミレ」に退避した継美はふと葉菜が放置していた新聞記事のコピーを目に留める。それは「怜南ちゃん失踪」の記事だった。
継美は安全神話の崩壊に退避を開始する。
「待って・・・」と葉菜は声をかける。
「私は味方・・・判る?・・・私は何があってもつぐみちゃんの味方だよ」
「・・・ウソツキでも・・・?」
「ウソツキでも」
「私とお母さんのこと警察に言ったりしない?」
「・・・つぐみちゃんはお母さんが好き?」
「うん」
「世界で何番目に好き・・・?」
継美は黙って指を一本たてた。その指を握る葉菜。
「それじゃ・・・警察になんて言わないよ・・・私はつぐみちゃんの味方だし・・・つぐみちゃんは世界で一番お母さんが好きなんだもの・・・警察になんて言わない・・・それが味方ってことよ」
継美は少なくとも奈緒の到着を待つことにした。
(お母さんが決めてくれるだろう・・・だってお母さんはお母さんなのだから)
果歩は奈緒からの電話を受けて安堵した。藤子は心配のあまりに職場から自宅へ駆けつけていた。
「継美、見つかったって」
「ああ・・・よかった」
そんな母親の気配を背中に感じながら、芽衣は面白くもないお笑い番組を眺めながら乾いた作り笑いをあえてあげるのだった。
(お姉ちゃんばかり心配して・・・お姉ちゃんばかり気遣って・・・お姉ちゃんばかり愛して)
芽衣の心はもはや嫉妬の坩堝と化している。
迎えにきた奈緒に継美は新聞記事のコピーを見せる。
奈緒は青ざめた。
葉菜はすべてを悟ったように奈緒に頷く。
奈緒は継美の手を引いて逃げ出した。
残されてしばらく、躊躇する葉菜。その足が前へ一歩動く。
足早に立ち去る奈緒に継美は相談を持ちかける。
「あのね・・・うっかりさんは・・・味方だって・・・」
「継美・・・私たち、もうここにはいられない」
「また・・・夜の汽車に乗れるの」
「・・・ごめん・・・お母さん・・・役立たずで」
そんな二人に追いついた葉菜。
「待って・・・待ってください」
「うっかりさん・・・私たちのことは忘れてください・・・もしも・・・この先・・・捕まるようなことになってもうっかりさんのことは話しませんから」
「逃げてちゃだめ・・・」
「でも・・・継美を学校に行かせていないことを疑われているし・・・雑誌のハイエナのような記者も嗅ぎまわっています・・・もしものことがあったら・・・母や妹たちにも迷惑をかけてしまいます」
「つぐみちゃんを学校にいかせる方法はあります・・・落ち着いて考えて、逃げていても問題は解決しません、考えて、ふつうの生活を手に入れる方法を・・・見つけるのです」
その夜はひとまず鈴原家に戻った奈緒。
暗がりで継美は九九の暗記に励む。
ねえ、お母さん、聞いて
さんいちがさん
さんにがろく
さざんおーるすたーず
ほら、学校に行かなくても大丈夫じゃない
奈緒は葉菜の言葉を噛みしめる。・・・ボケるところかよっ・・・緊張に耐えられませんでした。
何か方法が・・・あるのだろうか?
奈緒は葉菜を訪ね全てを打ち明ける。
再び始まる娘と生みの母親としか思えない・・・しかしそれを隠す女の息詰まる対峙。
「あの子は母親に虐待されていました」
「あなたは・・・つぐみちゃんを助けたのね・・・」
「いいえ・・・私は傍観者だったんです。世の中には虐待されるものと虐待するもの・・・そして傍観者しかいません。私もずっと傍観者だったのです。あの子がどんなひどい目にあっても見て見ぬふりを続けていました」
「じゃ・・・どうして」
「偶然が・・・ほんの偶然が・・・私をゴミ袋で凍死しかけていたあの子に引き合わせたのです。あの・・・偶然がなければあの子は死んでいた・・・ただそれだけのことです・・・だからといって・・・私がしたことが許されないことは知っています。ただ・・・私は傍観者から犯罪者になったのです。だけど・・・私は・・・犯罪に関しては素人で・・・ただ逃げることしかできない」
「あなたに一つだけ聞いておきたいの・・・釣り橋の恋って知ってる?」
「はい・・・大学の怪しい心理学講座で習いました」
「つり橋で揺れる恐怖を分かち合った二人は恋をしたような気になるの・・・でも渡りあったら、その恋は幻になってしまう。今、あなたは追いつめられてそういう幻想の親子の絆を持った気になっているのではなくて」
「それ・・・間違ってます・・・恋のときめきもつり橋で感じるときめきも同じようなものでつり橋の揺れで恋をしたと錯覚することがあるって話です・・・今の場合は喉元過ぎると熱さを忘れるって言う方がたとえとしては近いんじゃ・・・」
「もう・・・あなたって理系ね・・・じゃ、それでいいけど・・・どうなの」
「私・・・この間・・・あの子の手を握って大きくなったと感じたんです。ほんの二十日間の母親体験だけど・・・これは母親ごっこじゃないって・・・あの時、体が震えました。もう私はあの子の母親なんです・・・あの子の手を絶対に離したくないんです。だから逃げるしかないなら逃げるのです」
「そう・・・そうなの・・・あなたは・・・本当に母親になる覚悟なのね・・・」
「でも・・・あの子を学校にさえ行かせてあげられないのです」
「つぐみちゃんは・・・学校に行けます。義務教育はすべてに優先されるので・・・身分を隠して就学できる特例があるのです」
「え」
「そのためには身元引受人が必要ですけど」
「でも・・・私の身元を調べられたら」
「私が身元引受人になります」
「それじゃ・・・ご迷惑が・・・」
「私は今の事情は何も聞かなかったことにします・・・ただ・・・つぐみちゃんを学校に行かせてあげたい・・・あなたと一緒よ・・・」
「うっかりさん」
真夜中、一人になった奈緒は考える。法の網目を潜るためには決め手が必要だった。異常で抜け目のない夫の暴力から逃れるために杓子定規な法の番人を欺くためには当然あるべきもの・・・それを偽装するしかない。奈緒は手軽なジャムの壜を選んだ。この世には存在しない男の拳に・・・手頃な壜だった。
三人は虚偽の申告内容を打ち合わせ・・・役人の審査を受ける。
どのような法も結局は人間が管理運営するからである。
理不尽な人間の存在から弱者を守るための特例を司るシステムの番人。しかし、その法もまた理不尽な人間に利用される恐れがある。国籍のない人間の不法就学。場合によっては人身売買。そして犯罪者による利用。
実際に奈緒は児童誘拐という罪を犯した人間である。しかし、子供を殺そうとする母親から子供を攫った女にどんな罪があるというのだろうか。
審査官「お父さんから・・・どんな暴力をうけましたか」
継美「お腹をたたかれて・・・」
葉菜「いやな思い出にふれないでおいてやってくれませんか」
審査官「いや・・・これは特例だから・・・それなりに事実関係を確認しないと・・・それに私は幼い子供が暴力を受けた体験を語っているのを聞くといい感じになるんです」
奈緒は子供を連れ出すと再び戻ってきて眼帯をはずした。
美しい女性の傷跡を見てもいい感じになる役人は合格の札をあげた。
三人は法の抜け穴をくぐった。
三人は解放の光を浴びて公園で小休止をした。
奈緒「どうして・・・そこまでしてくれるのです」
葉菜「私は・・・つぐみちゃんを学校に行かせてあげたかっただけよ」
奈緒「でも・・・私は犯罪者なんですよ・・・」
葉菜「それじゃ・・・私は共犯者ね・・・いいじゃない・・・それで」
葉菜は奈緒の望みをかなえてあげることができた・・・それだけで満足していた。
公園で花を摘んだ継美は奈緒と葉菜に小さな花束をプレゼントする。
それを受け取った奈緒は何か懐かしい記憶が蘇るのを感じる。
継美と葉菜。
私とお母さん。
・・・あの手のぬくもり。
戸籍のない少女・継美は小学生である権利を得た。
祖母に買ってもらったランドセルを背負い、もう一人の祖母のようなうっかりさんに見守られ、継美は新しい学校の教室へ向かう。
その頃、藤子と芽衣は病院で精密検査の結果を聞いていた。
芽衣のお腹の胎児は心臓に疾患が見つかった。
「出産後、すぐに死亡する場合もありますし、手術で助かる場合もあります。それが可能かどうかは・・・出産後でないとわかりません。もちろん、中絶と言う選択枝もあります」
医師の説明は芽衣の耳には「お前の子供はできそこないだ」と宣告しているように聴こえるのだった。
「生むかどうかはお父さんに当たる方と相談して・・・」
「相談は必要ありません・・・中絶しますから」
芽衣の決断に藤子はうろたえる。
「そんなに結論を急がなくても」
「こんな病気を抱えた胎児を妊娠するような女との結婚は破談になるに決まっている」
「そんな・・・」
「それに・・・まだ命と言えるようなものじゃないじゃないの・・・これは」
「・・・」
娘の言葉に呆然とする藤子だった。
その頃、ハイエナは仕事帰りの奈緒を待ち伏せていた。
「やあ・・・先生・・・久しぶり・・・」
「・・・」
「少し、お話ししませんか・・・そんな犯罪者を見るような目で見ないでください。立場は逆なんですから。いえ・・・私はね・・・先生を尊敬してるんですよ。今日は葬式だったそうですよ。道木怜南ちゃんのね。遺体なしで娘を失った母親はどんな顔で・・・娘を送ったのかな・・・いやいや・・・私にはわかってます。私は見てきましたからね。たくさんの虐待された子供。虐待した親。虐待一家の研究家のようですよ。だから、判ります。怜南ちゃんは実の母親に虐待されていた。このままでは本当に死んでいたかもしれない。でもね・・・それに気がついても普通は警察に通報するくらいが関の山、あるいは何もしないか。そして事件が起きてからこう言うんですよ。いい子だったのにって。警察に通報して虐待が明るみに出てから結局、放置されて殺された子供だっている。どうしてそうなるのか・・・法律では子供は親の所有物だからですよ。殺されない子供たちのために殺される子供の権利より親の権利が優先されるのです。そうでしょ。親は納税者で・・・子供は税金の無駄遣いの対象物なんですから。仕分けを合理的に行えば無駄を省いた方が誉められる世の中なのです。それなのにあなたは母親の手から子供を取り上げた。ヒーローで反逆者だ。実に素晴らしい行動力です。でも、今後の事を考えるとどうかな・・・。あなたは捕まって・・・服役することになるかもしれない。まあ、覚悟の上の行動なのでそれはいいでしょう。しかし・・・つぐみちゃんはどうかな。好奇の目で姿はさらされ・・・母親に虐待され、母親の愛人に虐待され・・・そして女教師に誘拐された哀れで不幸な少女の烙印を押されて生きていくことになる。そして・・・最後はあの母親の手に戻るか・・・それとも施設送りだ・・・」
「あなた・・・何が言いたいの・・・」
「簡単ですよ・・・あなたは実業家として有名なこの人に・・・私のために黙って1000万円出してくれと頼めばいい・・・ご存知でしょう・・・あなたのお母さん・・・かわいそうな子供のために犯罪者に身を落とす娘を育てた母親だ・・・さぞかし・・・お優しいんでしょう?」
ハイエナは牙をむき出し、地獄の青い炎を燃やした瞳を輝かせ、下賎な笑いを浮かべるのだった。
奈緒は目の前が暗くなるのを感じた。
奈緒は愛しいわが子・・・継美の元へと向かう。もはや二人で逃げることしか奈緒の頭にはない。
しかし、ひょっとしたらうっかりさんがまたなんとかしてくれるかもしれない。
奈緒はワラにもすがる思いに支配されていた。
奈緒もまた地獄へ向かう扉の前でずっと立ちすくむ迷子を心に抱えているのだ。
継美は学校にいた。葉菜と一緒にいた。二人は折り紙をおっていた。
「お母さあん」
奈緒は顔をあげた。継美の飛ばした水色の紙飛行機がゆっくりと風に乗り上空を舞って旋回し下降してくる。
奈緒は手を伸ばす。しかし、眼帯をしている奈緒は遠近感がつかめない。紙飛行機はするりと奈緒の手をすり抜け着地する。
そして・・・その紙飛行機はちょっと変わった形をしていたのである。
奈緒は世界が回転を始めたような眩暈を感じる。
うっかりさん・・・あなたは誰なのです・・・。
まさか・・・本当のお母さんでは。
私を捨てたお母さんではないでしょうね。
関連するキッドのブログ『第3話のレビュー』
金曜日に見る予定のテレビ『森カンナの警視庁失踪人捜査課』『原幹恵の警部補 矢部謙三』(テレビ朝日)『岩佐真悠子のトラブルマン』『里久鳴祐果の大魔神カノン』(テレビ東京)『仲里依紗のヤンキー君とメガネちゃん』(TBSテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
こんにちは、私は芽衣のことはあまり深く考えなかったので、何で胎児が病気だと破談なのかなとか、継美発見のところでわざわざ芽衣の笑う芝居が入っている意味がよくわからなかったのですが、このレビューを読んで、芽衣は優秀でいい子で母のお気に入りの姉に太刀打ちできず、ずっと劣等感・嫉妬・飢えを抱いていたのかと思い、そう思うと芽衣というキャラが立体的に感じられました。計画妊娠も優秀でも男いない姉を見返すには、完璧な結婚をして完璧な家庭を手に入れることだと思っていたのかなあ…疾患のある不完全な子供は、その完璧さを壊してしまうから堕胎したいと?思ったのでしょうか。まだ命じゃない、は、だから胎児を愛しくおもったりしない、だから捨てられると自分に言い聞かせて迷いを振り払おうとする言葉でしょうか。そう考えると眠る継美を眺めていたのは、母を喜ばせた継美に引き替え、自分の胎児は…この点においてまでもまだ姉に負けるのか…みたいなことを考えていたのか…と一気に想像が広がってしまいました。あー凄いです。
投稿: サザンばんざい。嘘です。リンゴあめです。 | 2010年5月 7日 (金) 08時59分
2つ目ですみません。芽衣は子供を機に嫉妬・劣等感を乗り越える方向にいくのでしょうか。それとも2人の敵に回るのでしょうか。
キッド様はMotherの結末はどうなると思いますか?私は思いつきません。強いて考えれば、レナ実母がこの先正しく母性を発揮する機会があるとしたら、レナを目の前にしても、「継美でいたほうがこの子は幸せ」と思い、この子はレナじゃありませんと言うことだ、とか考えましたが。というのもMother掲示板に「倉本聰50代男性」の名で、「このドラマの結末がハッとわかってしまった。そのとおり(の悲しい結末に?)ならないことを祈る」という投稿があって、それを読んでから気になっておちおち仕事にも集中できない(いつもですが)からです。私は本だけは読むので倉本聰さんは「ニングル」の作者さんと認識していますが、ご本人だったとして、ですが…キッド様ならこうなってしまった菜緒と継美はどうなれば幸せになれると思いますか?…あの、ぶしつけに質問投げ掛けてすみません…スルーして下さっても全然いいです。
投稿: リンゴあめ | 2010年5月 7日 (金) 09時27分
優等生の姉と劣等性の妹という構図は
実の姉妹でも成立する古典的な筋立てです。
まあ、単純に考えて
二つ違いだとしても
姉が小学生の時に妹は幼稚園児、
姉中学生で妹小学生・・・と
いつでも心身ともに優越しているのは当然なのですが
そういう姉を尊敬するか嫉妬するかで
姉妹関係は全く違うものになっていく。
まあ、普通は背中あわせで両方ですよね。
この場合は、「姉が捨て子だっという秘密」があり
妹はネガティブに反応していくというデフォルメが
されているという趣向です。
なぜ・・・妹がいつも刺々しいのか・・・
を考えるとそうドラマを読み解くのが自然だと考えます。
まあ、単純に言えば芽衣はものすごく拗ね続けているということです。
そうですね・・・胎児が正常でなかったことが
また芽衣の心を深く傷つけている・・・というのは
間違いないでしょう。
今後、芽衣が何をするかは
脚本家の腕次第でございますよ。
今のところは
怜南を虐待した仁美と
胎児を冷遇する芽衣は同じポジションにある
と言うことはできます。
同様にキッドはドラマの結末について
あれこれや言うのは・・・
特に楽しんでみているドラマについては
申し上げないことにしています。
どうしてもサザンクロスは南十字星みたいな
おふざけになってしまいますので・・・。
ちなみに「北の国から」とか「前略おふくろ様」の
倉本聰さんは(75)なので七十代男性ですよ。
ニングルはキッドにとっては
コロボックルの擬人化である・・・と考えます。
基本的にこの脚本家は「誤解によるすれちがい」を
徹底する作家ですので・・・
たとえば「芽衣の気持ち」なんかはその典型ですね。
葉菜の実情を知った時の
奈緒の気持ちの変化や
心情的には「奈緒」より大人である「怜南」の采配によって
結末は無数にあると考えるとよいでしょう。
キッドの知人の中には
「ドキドキハラハラするのがイヤだから最初に結末を読む」という人がいますが・・・
ドラマを楽しむ上でそれは邪道だと考えます。
せっかくの傑作なので
あれこれ妄想しながら
観客に徹するのが一番だと考えます。
奈緒と継美はもう幸せなんですよね。
継美はゴミ袋から再びこの世に出産されてから。
奈緒は継美に自分も捨て子だと打ち明けたときから。
二人は孤独ではなくなったわけですから。
キッドは基本的にはそう考えています。
さざんかさざんか咲いた道・・・でございます。
投稿: キッド | 2010年5月 7日 (金) 17時56分
まさか、施設で見つけたあの紙が
ウルトラホーク1号(γ)になって
それを葉菜との繋がりになっているとは
いやはや、驚きました。
そしてあの紙飛行機が飛んでたシーンは
実際にとばしたのか、それともCGだったのか
仮にCGだとしても
前作のCGとは段違いで、だとしたら
この作品にかける意気込みの凄さを
改めて感じます。
さて、継美の心中を把握して
ただ奈緒が自分の目的のために誘拐したのではないと
分かった上で恐喝する人非人のような駿輔が
何のためにそんな事をするのか
その意図が分かってからでも
彼の事を責めるのはそれからでも
遅くはないですかね。
それにつけてもこのドラマの完成度は高いですね。
ちなみに数字が下がったのは
芽衣のレースクィーンの写真が出なかったってとこで
 ̄▽ ̄ゞ
投稿: ikasama4 | 2010年5月 7日 (金) 20時33分
コメントありがとうございました。
倉本聰さんはそうだったんですか!(」゜□゜)
不勉強ですみません(・_・;)
ゴミ袋からの救出が出産(継美としての)の隠喩だとは!そう見るとMotherは虐待や逃亡でなく再生がみどころのドラマなんだなと思えました。
投稿: リンゴあめ | 2010年5月 7日 (金) 21時33分
ふふふ。まさにγ号でしたな。
α号、β号も登場して
三体揃うと光の国への扉が開かれるのかもしれません。
そしてパート・カラーのように
鮮やかな紙飛行機の軌道。
ファンタスティックでございました。
遠近法によるものなのか
驚愕によるものなのか
あるいは二重に
「幸せのシンボル」は奈緒の手を
すり抜けていく。
得意の急降下攻撃でもあり
脚本家の真骨頂とも言えます。
場面で語る。
映像が物語る。
今回はそのあたりが
くすぐりますねえ。
キッドとしては散漫にならないために
駿輔は
単に邪悪でも充分だと思いますが
おそらくなんらかの秘密は
隠されているということになるでしょうな。
キャスティング的にも~。
ただ生きながら地獄に落ちていることは
継美に対する強迫だけでも
明瞭だと考えます。
どんな理由があっても許されない行為は
あるはずですからな。
どのドラマも2%くらい下がってますから
ゴールデンウイークの威力ということになるでしょう。
モー子の若い頃の水着姿は
脳裏に焼きついているので
あのセリフと同時に自動再生され
「瞬殺」されました。( ̄ー ̄)
投稿: キッド | 2010年5月 8日 (土) 01時25分
すべてのものは
グロテスクでありビューティフルなのだと
キッドは思うのです。
人間は誰も血まみれで生れてくる。
この汚れた世界に・・・。
しかし、それは聖なる誕生でもある。
すべてをどう感じるかは
人にとって許される唯一の権利だと考えます。
投稿: キッド | 2010年5月 8日 (土) 01時29分
こんばんは、
>すべてのものはグロテスクでありビューティフル
私もそう思えたらいいのですが。わりかし一面的な見方をしているかも…まだまだですね
私がMotherとそのレビューで学んだことは、ドラマや漫画といったマス(沢山の人)を相手にするものは、わかりやすく作らなくちゃならないから、(好き嫌いはあっても、とりあえず好きな人の中では)受け手の洞察力や知力によって、作品から受け取れる価値というか、恩寵がかなり違くなるということは、あまり無いと思い込んでいたのですが、そんなことはないということです。
ところでなぜこんな深夜に書き込みしているかというと今日夜勤でその休み時間だからです。もう終わるのでいきます。
投稿: リンゴあめ | 2010年5月 8日 (土) 03時54分
お仕事ご苦労様でございます。
年を取ると知識も経験も豊富になり
物事の裏表が見えてくるようになるのが普通です。
しかし、それもまた長所と短所があるのですね。
白黒はっきりつけるのが
難しくなって
つい何でもグレーで片付けようとする。
そういう場合にはあえてどちらかに
偏っていくことも必要になります。
好きなものは好きとはっきり言えることとか
ポジティブ・シンキングとか
カタチから入るとか
そういうのはすべてそのテクニックの
ヴァリエーション。
何もかもグレーでは
この世界は色褪せますからね。
つまらないものが面白くなり
面白いものはさらに面白くなる。
そうすればすべては面白い。
まあ・・・あくまで理想を追求すればですけれども。
投稿: キッド | 2010年5月 8日 (土) 17時29分