お龍、刃物をとりてつきつけ覚悟を問えば極道も土下座して謝しぬ(坂本龍馬)
安政の大獄の犠牲者の一人、医師・楢崎将作の長女・龍は天保十二年丑年生まれである。そういう意味で年をごまかしていた可能性はある。天保三年辰年の生まれなら龍馬より三つ年上、天保十五年辰年の生まれなら九つ下である。まあ、別にお龍だからって辰年生まれとは限らないけどな。ちなみに龍馬は天保六年未年生まれである。
文久二年(1862年)に将作が病死(獄死とも言われる)すると楢崎家は一家離散状態で、当時21才のお龍、14才のお光(光枝)、10才のお君(起美)の三姉妹は全員、女郎として売られたという考え方もある。
女郎としては薹の立っていたお龍はあるいは一人売れ残ったという考え方もあるし、あるいは借金のない状態での身売りだったとも考えられる。
とにかく、安政五年(1858年)に夫が投獄されると妻の貞は生活に困り、上から順番に娘を女郎屋に売り払っていたという妄想は膨らむ。そして、お龍はもちろんそういう母を憎み、幼い妹を取り返すために刃物を持って女衒と渡り合ったわけである。
文久三年の天誅組の乱において、事が敗れるにあたり、従軍慰安婦だったお龍が途方にくれたことは充分、想像できる。もちろん、父の遺志を継いでお龍が尊皇攘夷に燃えて天誅組に参加していた・・・という考え方もあるが、それは各自の好みの問題だろう。
おそらく・・・龍馬はそういう影のある美人にめろめろになったのである。
で、『龍馬伝・第22回』(NHK総合100530PM8~)脚本・福田靖、演出・大友啓史を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は烈婦楢崎龍妖艶描き下ろしイラストに義士近藤勇精悍描き下ろしイラストの二大特典付の大サービスでございます。京都における政情変化と勝塾との微妙な関係、土佐藩における殺人犯捜索と権力闘争と人々の動向、四面楚歌の坂本龍馬の苦渋・・・。そういういつもなら曖昧に過ぎ行く部分をこれでもかとばかりに推理で埋めていく今回の大河ドラマ。まさに歴史フリークに対する踏み絵状態でございますね。正史と異端史、伝承と創作、娯楽性と歴史性、その妥協点をギリギリまで探った気配の漂う渾身の文久の終焉・・・。そして新撰組VS土佐勤皇党の最初で最後の戦い・・・実に天晴れな展開でした。やや早めの龍馬とお龍の出会いもそれなりに描かれ・・・境目の不明確な元治元年(二月十九日まで文久四年)になだれこむ勢い。なかなかに考え抜かれた北辰一刀流・坂本龍馬と天然理心流・近藤勇との幻の直接対決。できれば実況・解説してもらいたいくらいの迫真の戦いでございました。続々、登場の幕末のヒーロー・ヒロインたち・・・まさに革命前夜の輝きです。
文久三年(1863年)八月の天誅組の変から元治元年(1864年)六月の池田屋事変まで日本国内の騒乱は公武合体派と尊皇攘夷派の対決というやや変則的なものになっている。その異常さは尊皇攘夷派の頂点に立つとも崇拝の対象とも言える今上天皇が公武合体派に属するという現実に起因を求めることができる。俯瞰して眺めれば冗談のようなことだが事実である。この滑稽さが政治というものにはいつもつきまとうのである。土佐勤皇党の武市半平太がいかに大殿・山内容堂への忠節を強弁しても容堂が公武合体派である以上、そして武市半平太が尊王攘夷の旗印を掲げる以上、対立は避けられないのが必然なのだ。それでもなお、武市が筋を曲げないことを義とするか愚とするかは後世の人々の好みの問題ということになるだろう。この頃、米国は南北戦争も酣であり、日本への圧力は減じ、英国と仏国が略奪者として台頭してくる。公武合体派と尊皇攘夷派の対立がいつしか佐幕派と討幕派の対立に摩り替わっていくのは要するに仏英の代理戦争に過ぎないからである。そして明治維新とは貿易戦争における大英帝国の小さな勝利に過ぎないと考えることも可能なのである。
しかし、そういう大筋と個々の人々の人生はまた別である。時代がどう変転しようと人々は生きていかねばならないのだ。大和国の山中を逃げ惑う天誅組の敗残兵たちも必死だった。天皇の行幸(親征出陣)の先鋒として華々しく出発した勤皇の志士たちにとって事のなりゆきは予想外だった。すでに御所は公武合体派の諸藩、特に宿敵・会津藩と裏切りの薩摩藩に押さえられ、自分たちが朝敵の賊軍と成り果てたことを中山忠光将軍や吉村寅太郎参謀たちが知ったのは周辺諸藩の天誅組追討軍との遭遇戦の果てだった。
天の辻の天誅組本陣からは続々と逃亡者が出ている。医師の娘として五条での戦いの負傷者の手当てをしていた楢崎龍が戦線離脱を決意したのも・・・このままでは金にならないとふんだからである。五年前に父が投獄されてから体を売って一家を養ってきた龍は時勢の流れに敏感だった。金の切れ目が縁の切れ目なのである。
夜の闇を道なき道を京に向かっていく龍と坂本龍馬は運命に導かれて遭遇する。
「お女中・・・どちらへ参られる」
闇の中からの声に龍はびくりと身を震わせる。
「誰や・・・もののけさん・・・どすか」
「ちくと・・・ものをたずねたいだけじゃ・・・天の辻はどっちかの」
「なんや・・・迷子はんかいな・・・」
「まあ・・・大和の国は初めてじゃから」
「あちらが天の辻どす・・・」
「おお・・・よく見ればお前はえらい別嬪さんじゃの・・・」
「なんや・・・やはり・・・盗賊かいな」
お龍は懐の父の形見の手術刀に手を伸ばす。
「待て、待て早まるな・・・といって・・・なんだか・・・無性に今、わしはたぎってきちょる・・・ちくと困ったの・・・そうじゃ、これでどうかの」
お龍は驚愕した。一瞬で目の前の男が全裸になったのである。その下腹部は月光をあびててらてらと輝いている。闇の中でお龍の頬が紅潮した。
「それにな・・・わしは今、懐が温いんじゃ・・・ま、裸だから懐はないがの・・・ほれ」と龍馬は両手に十枚ほどの小判を見せた。千両箱輸送中に百両ほどちょろまかして、仲間と山分けした残りである。闇の中でお龍の目が光った。
「景気がよくておよろしいなあ・・・うちは金持ちは大好きどす」
お龍はすっと仰向けに寝ると股を開いた。
「これは話が早いの・・・」と龍馬はたちまちのしかかる。お龍があっと気がついた時にはすでに龍馬は行為におよんでいた。その熟練の動きにお龍は感心した。その耳元に龍馬がささやく・・・。
「中山の大将はご無事かの・・・」
「それを答えるのは別料金どすえ」
「ふふふ・・・がっちりしてるの・・・」
その頃、天の辻の陣屋では吉田寅太郎が高取城から戻った那須信吾を詰問していた。
「どうも情報がもれておるようじゃ・・・」
「・・・そうじゃの・・・」
吉田寅太郎は那須信吾の死人のような顔色に不審を覚えていた。
「御主・・・信吾ではないな・・・」
寅太郎は那須を変装した患者と見抜いた。居合いが一閃し、那須信吾の首が宙を舞う。どっと前のめりに倒れる体から首へと寅太郎が目を離した瞬間、首なしの体が抜刀し、那須信吾の腹を薙ぎっていた。
「・・・おまえは?」
「吉田様・・・すまんの・・・殿の命令じゃ・・・」
「蔵六の術・・・亀弥太か・・・」
消えた首から亀が頭を出すように望月亀弥太の顔が現れた。
「ふ・・・殿の影衆が動いておったか・・・ぬかった」
「今頃、龍馬が十津川郷に回って詔を伝えておるき・・・背後の逃げ場もなくなって天誅組も仕舞いじゃ・・・」
「中山様はどうなる・・・」
「望月一族が無事にお逃がし申し上げるき・・・長州ものが堺に船が用意してあるそうじゃ・・・」
「そうか・・・」寅太郎は笑おうとして顔を歪めつつ絶命した。
すでに京の都にも冬の気配が漂っていた。
野良犬となった岡田以蔵は風邪を引いていた。抜け忍のお夏は宿を手配するために隠れ家としている廃屋を出ている。殺気を感じ、以蔵は熱に犯された体をおこした。月は新月である。
「これは・・・だめかもしれんな」
以蔵は鼻水をすすりあげ、刀を取る。そして一気に表へ走り出た。そこには奇妙な装束に身を包んだ三匹の侍がいる。
「なんじゃ・・・赤穂浪士か・・・」
「ふふふ・・・人斬りこと岡田以蔵だな・・・」と先頭に立つ男が人相書きをつきつける。
「暗くてよう見えん・・・」とぼけながら以蔵は相手が並々ならぬ力量の使い手であることを悟った。先頭の男の背後にいる二人の男はゆっくりと左右に分かれていた。
(囲む気か・・・)剣術使いにとってもっとも恐ろしいのは死角からの攻撃だった。見えない剣は受けようがないからである。以蔵はそれを封じるために左に動く。
先頭にいた男はその場で抜刀した。
「新選組・・・近藤勇」
右から以蔵の背後に回ろうとしていた男も抜刀する。
「同じく・・・沖田総司」
以蔵は左へと回転しながらなんとか背後を取られないように移動する。結果として三人の男は一列に並ぶ形となる。
以蔵には左端の男が一番剣の腕が劣ると見えていた。その男も抜刀した。いつの間にか以蔵と三人の男が一列に並ぼうとしていた。
「土方歳三・・・」代わって先頭になった男が静かにつぶやく。
「わしは・・・上州浪人・・・無宿の鉄蔵じゃ・・・」
「上州なまりたあ・・・笑わせる・・・風嵐の陣くらえやーっ」
以蔵は突進する土方の突きを跳躍で交わして袈裟切りを狙った近藤の頭を踏み越える。
近藤は叫んだ。「お、おれを踏み台に・・・」
下から斬り上げる沖田と振り下ろす以蔵の剣が交錯する。以蔵の剛腕と沖田の凄腕は伯仲していた。二本の刀は同時に折れた。以蔵はそのまま、遁走に移った。
「こ、近藤さん・・・オレのオレの菊一文字が・・・」
「泣くな・・・総司・・・また買ってやる・・・」
森を抜け・・・以蔵は闇雲に走った。その前にお夏が現れた。以蔵は張っていた緊張の糸が切れた。
「まあ・・・ひどい熱・・・」以蔵はお夏に抱かれ、古びたお堂に入る。
「熱さましよ・・・飲んで」以蔵はお夏の差し出した丸薬を飲み込む。
心に安堵があふれ・・・以蔵は眠りに落ちた。お夏は立ち上がると変装を解いた。女は望月一族のくのいちお幸だった。
「以蔵・・・鼻が効かなくて残念だったねえ・・・」
次に以蔵が目を覚ましたのは土佐藩大阪屋敷の牢獄だった。
その頃、本物のお夏は以蔵の姿を求めて・・・京都郊外の野原を彷徨っている。
関連するキッドのブログ『第21話のレビュー』
月曜日に見る予定のテレビ『月の恋人』(フジテレビ)
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皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
借金返済のため、家族を守るためならば
自分の身体を売る事も厭わない
それでいて自分の家族を傷つけるような者に対して
鬼になって相手を殺そうとするあたり
かつて土佐藩士が
「善にも悪にもなるような女」と評したのが
納得出来るお龍でございました。
彼女が鬼龍院で主演やった方が
バッチシハマるがなと思ったのは自分だけでしょうか。
そして、一言も喋らず
黙々と浪士に刃を向ける新選組
今までに見たことのない不気味さが
その畏怖を際立たせてました。
その名が売れるのはまだ先なんですが、まさに壬生狼です。
龍馬の剣の動きから、近藤は相手が
北辰一刀流だと分かったはずでしょうからねぇ。
斬ろうとする者と、どうにかして間合いを取って
斬られまいとする者との対決はなかなかでした。
それから、こちらでの以蔵と夏の展開は見事なもんです。
あっちのドラマで
夏に裏切られショックを受けた以蔵が
土佐の牢獄で武市派の者達に毒を盛られ
以蔵は更に壊れていく
そんな展開を見てみたかったものです。
投稿: ikasama4 | 2010年5月31日 (月) 21時35分
現代からは想像を絶する男社会。
女が細腕一つで生きていくことは
並大抵のことではなかったはず。
しかし、お龍の場合は現存する写真を
見ても並外れた美貌の持ち主・・・。
龍馬はおそらく身も心も奪われたのですな。
お龍も命懸けの恋をした。
結局、最後に悪評が残るのは・・・。
龍馬は死にお龍は永らえた・・・。
この一事に帰する気がいたします。
篤姫ではくのいちだったお龍ですが
こちらではどうやら娼婦のようです。
しかし、修羅場はそれなりにくぐっている。
龍馬はお龍を守ろうとして
遠ざけたことにより
一命を落とすわけですが
たとえ・・・共に死すとも
一緒にいるべきだったのかもしれません。
そうすれば案外・・・長生きできたような
気がする今日この頃です。
一方、新撰組の三位一体攻撃。
これは強烈でしたな。
以蔵も龍馬も達人ですから
その脅威はただちにわかる。
キッドはチャンバラ的な殺陣もこよなく愛しますが
黒沢明的リアルな殺陣の洗礼も受けていますので
今回の対決はしびれました。
間合いをとるだけの勝負。
龍馬が覚悟を決めて抜刀すれば
今度は近藤が鮮やかに引く。
う~ん。トレビアン。
「次はお前だ」
この台詞も素晴らしい。
再戦に期待したいところです。
今回は蔵六、ジェットストリーム・アタック、
そしてお夏変化と・・・
楽しんで進めることができました。
やはり・・・物語がぐっと白熱してきたのが
刺激になったようです。
龍馬伝だから仕方ないのですが・・・
最後は以蔵が囚われた後で
お夏が捜しにきて
いぞうさ~ん、いぞうさ~んと
芒の原で叫ぶ・・・。
なんていう余韻が欲しい気もしましたぞ。(´∀`)ゞ
投稿: キッド | 2010年5月31日 (月) 22時50分