長崎のこと気がかりなれど京の大事に才谷梅太郎伺い候(坂本龍馬)
慶応元年暮れから慶応二年の正月はすでに1866年である。
龍馬はすでに倒幕の決意を固めていると思われる行動をしている。
しかし、周囲を含め、龍馬自身もそれが実現可能かどうかは不明だった。
薩長同盟を成立させることにより、軍事的衝突をさけることが当面の目的だったと考えることもできる。
しかし、実際には長州攻めは行われ、幕府は命令に従わない諸藩の発生に驚愕することになる。
その準備段階であるこの時期。
すでに薩長の倒幕派にとっては坂本龍馬はなくてはならない存在だったと言っていいだろう。
敵の敵は味方であるという戦略の基本に立てば、どの藩も勤皇路線と佐幕路線があり、勤皇路線の立場に立てば幕府の中にも勤皇路線を見出すことはできる。
言うなれば反主流派である幕臣・勝海舟の意を受けた浪人・坂本龍馬は勤皇路線の薩摩と長州をつなぐ幕府側の人間と言えるのである。
すでに自分が複雑な立場にあることを自覚した龍馬は・・・この時から才谷梅太郎という偽名を常時使い始めるのだ。
正月を下関で過ごした坂本龍馬は・・・長崎における亀山社中の商談と京都における薩長の密約の経緯を伺っていた。どちらからもよくない知らせが届いたが・・・竜馬は京都に向かっていった。
土佐勤皇党では平井、岡田、武市らを失い、海軍操練所では望月亀弥太を失い、亀山社中では近藤長次郎を失う。龍馬の命懸けの旅が冗談ではないことを本人は強く自覚していた。
で、『龍馬伝・第34回』(NHK総合100822PM8~)脚本・福田靖、演出・真鍋斎を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回はついに登場、アラン・ウォードではなくギリシャ王ジョージでもなくトーマス・ブレーク・グラバー描き下ろしイラスト大公開、幕末最大の極悪人(自称)だけあってど迫力でございます。いい、実にいい。そして圧倒的な西洋列強に苦心惨憺立ち向かう幕末の外事警察こと長崎奉行・朝比奈山城守も対応的登場。実際にはハゲタカVS外事に豪商小曽根家が絡み合い漁夫の利を得ようとする構図になっておりますな。反社会的勢力のスポンサーが巨大企業という全く現代に通じる構図。国家という虚構の圧力が低下した社会では公安力は相対的に低下。当事者は苦戦を強いられるというのはいつの世も同じです。どこからどこまでが平和維持活動なのか、どこからどこまでが反戦抗議運動なのか、ボーダーラインはいつも曖昧。平和維持のための軍事行動、反戦のための武力衝突。悪魔の手際の鮮やかさに拍手喝采でございます。
例によって元号と西暦の不一致の確認である。1866年1月1日は慶応元年11月15日にあたる。ついでに1866年は慶応2年11月25日まで続く。つまり、慶応元年は1865年~1866年に、慶応二年は1866年~1867年にまたがっている。このあたりがうっかりさんには錯誤の罠になりやすい。つまり、慶応元年が1865年とは限らず、1866年が慶応二年とは限らないということなのだ。しかも慶応二年は1867年だったりもするのである。資料を読んでいて慶応ニ年の1月と1866年の1月を混同すると前後の脈絡がおかしくなるので注意が必要なのである。時間がなくて判別不能だったりすると歴史家や作家は・・・慶応元年の暮れ・・・とか慶応二年春とか曖昧な感じに逃げるので発見したらケケケと笑うのを忘れてはいけない。西暦で言うと薩長同盟成立は1866年3月7日である。これは慶応二年の1月21日にあたる。ちなみに翌日の1866年3月8日には李氏朝鮮が南下するロシアに屈し、反対勢力である国内のフランス系カトリック教徒およそ一万人を虐殺する丙寅教獄が開始される。ソウルにはこの暴挙に謝罪する追悼施設がある。これがあるので韓国人はフランス人には頭があがらない。それはそれとして・・・慶応二年正月の流れはおおよそ、次のようになっている。下関でのユニオン号(薩摩名・桜島丸、長州名・乙丑丸)の引渡し手続き終了を受け1月8日、京都で桂・西郷会談開始・・・同盟締結交渉進捗なし。1月14日、長崎でユニオン号売買における業務上横領の罪に問われ近藤長次郎切腹。この時、龍馬は下関で京都行きの船を待っていた。1月20日に龍馬が京都入り。1月21日から22日にかけて徹夜で会議。22日未明、同盟成立。龍馬が長次郎の死をいつ知ったのかは謎に包まれているが、龍馬が長次郎の遺体を見ることは忍者出ない限りなかったと思われる。なお、1月23日には龍馬は寺田屋事件に遭遇している。
長崎には春が訪れていた。長崎奉行所では庭の早咲きの桜が散り始めている。その花を見ながら長崎奉行朝日奈山城守は渋い顔をしている。下座には目付役の服部一三が畏まっている。
「で・・・確たる証拠は出たのか・・・」
「それは・・・」
英国商人グラバーを廻り、薩摩藩とその出先機関を名目とする亀山社中なる浪士組織が不審な動きを示していることは朝日奈山城守も把握していた。
しかし、長崎奉行配下の隠密組織がくのいちのお元を頭に集団抜けをしたために・・・機能不全に陥ってしまったのである。抜け忍狩りをするどころではない。なにしろ、抜けた人数の方が多いのである。このためには慶応元年暮れには奉行所の御金蔵が破られる不始末まで起こっていた。
「江戸と上方より・・・援軍忍びが到着しましたので・・・証人の捕縛を準備いたしておりまする」
「亀山社中の坂本龍馬か・・・」
「坂本なるものは神出鬼没の輩にて押さえがたく・・・亀山社中の勘定方を捕縛し、金銭の流れを洗いますれば薩摩の陰謀を明らかにすること可也と心得まする」
「手ぬるいわ・・・聞けば、坂本は英国より購入した蒸気船を下関に回航していると言う。これを討て」
「は・・・」
服部一三は平伏しながら舌打をした。実は公儀隠密頭の服部半蔵である。長崎奉行以上に情報は心得ている。大身の旗本である山城守は江戸の老中同様・・・幕府の力を過信しているとしか一三には思えない。
その夜・・・長崎のとある寺に一三は頭巾をかぶり現れる。本堂に一本の蝋燭が灯り、夜風が揺れる。
「到着(つい)たか・・・」
「・・・月光・・・ここに」
「御主たちには・・・亀山社中の内偵を命じるつもりであったが・・・事は急を要しておる。月光衆は近藤長次郎なる男を生け捕りにし・・・そして月水夫の水軍忍びには坂本龍馬暗殺を命ずる・・・なお・・・近藤捕縛には天狗鬼の術を用いよ・・・と慶喜公からの命がある」
「・・・御意・・・月鬼を連れておりますれば・・・仰せの通りにいたしまする」
「長崎くのいち衆や・・・亀山忍びを甘くみるでないぞ・・・」
「すでに・・・月の輪、三日月、夏日水夫、夕水夫、歳水夫と月水夫の水軍くのいちは洋上にて不審船への待ち伏せを仕掛けておりますれば・・・。残りの月光衆は亀山周辺に結界を張っておりまする・・・」
「うむ・・・吉報を待っておる・・・」
風が蝋燭の炎を吹き消すと・・・寺は無人となった。
近藤長次郎は商談のために、夜明け前の畦道を単身、小曾根屋敷を目指していた。
そこに満月、新月、涼月、半月などの月光衆が襲い掛かる。
長次郎も少年時代から探索方として働いた下忍である。足止めのために放たれた伊賀十字手裏剣を素早く交わす。その時には懐から取り出した饅頭が撃たれていた。それを交わそうとした月光衆は炸裂した饅頭にたちまち炎につつまれる。
「見たか・・・佐久間象山直伝科学忍法、雷火饅頭(手榴弾)の術・・・」
しかし、その時、闇に潜んでいた天狗鬼の月鬼が長次郎の首筋に牙を立てていた。
「お・・・こ・・・これは面妖な」
吸血鬼菌の注入により、長次郎に快感の波が押し寄せる。たちまち勃起した長次郎は連続射精の波に恍惚となるのだった。
そこへ、吸血鬼の気配を読んだ伊達小次郎こと陸奥陽之助が到着する。
長次郎はその姿を捕らえると最後の意志を振り絞る。
「不覚じゃったき・・・陸奥殿・・・お願いしまする・・・人のままで逝かせてくだされ」
「長次郎はん・・・堪忍な」
陸奥は自血刀により、長次郎を月鬼ごと刺し貫いた。
「かたじけない・・・お、おと・・く」
長次郎は血煙をあげ爆散した。陸奥は涙を流すとともに血痰を吐いた。
九州北岸洋上・・・幕府小型蒸気船、「秋月」「冬月」に乗りこんだ月光くのいち衆は・・・上海から下関に向けて回航中のユニオン号を待ち伏せていた。
しかし、それはすでに龍馬たちの知るところであった。
天気は晴朗で波も静かだった。姿を現せた亀山社中の旗艦「亀山」は遠距離連続射撃を「秋月」と「冬月」に浴びせる。
乗っ取りに備えていたくのいちたちは・・・一戦も交えずに海の藻屑と消えた。
お元「いつもの手はつかわないのね・・・」
龍馬「あの者たちには洗脳は効かんし・・・肉弾戦となったらこちらが危ないからの・・・」
本気モードの坂本龍馬の目には冷酷さと悲哀が同居していた。
「全滅じゃと・・・」
見届け忍びからの報告を受けた服部一三は歯軋りをした。その音は幕府の崩壊を知らせる合図のように長崎奉行所の片隅に響き渡る。
空を飛び 風を切り 進み行く忍者 正義の味方
姿は見せずに 現れ消える
弾丸の中もなんのその
おお 命をかけ行くぞ
月光 月光 忍者部隊
幕府忍び最強の特殊部隊を投入しても・・・得たのは近藤長次郎の「死」だけだったのである。
関連するキッドのブログ『第33話のレビュー』
火曜日に見る予定のテレビ『ジョーカー許されざる捜査官』『逃亡弁護士』(フジテレビ)『土俵ガール!』(TBSテレビ)
ところでSPAMコメントが一日50件を越えたのでしばらく、承認制度に移行します。
皆様には不自由とご迷惑をおかけして本当に申し訳アリマセン。
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コメント
ハゲタカ×外事警察の出演者が揃って作り出すこの重厚感
たまりませんねぇ。
朝比奈さんはただ龍馬の様子をジッと見ているだけ
それだけで十分貫禄があります。
つまるところ
長州と薩摩、幕府、そして商人達の「利」の駆け引き
ここに長次郎が翻弄される訳なんですが
もっとやりたい事があったはずなのに
それを果たせずして死ななければならない
そんな長次郎の無念さがとても伝わってきます。
というか、この作品で
長次郎にスポットライトが当たらなければ
長次郎という人物に陽の目が当たることは
なかったという点ではちっくとよかったのではないかと
思ったりなんかして。
ま、密航の費用はユニオン号の代金をネコババしたから
それがバレて同志によってたかって切腹を強要されたという
説もあるらしいですが、事実はどうであれ
長次郎の志だけは誠であったという事でしょうかね。
投稿: ikasama4 | 2010年8月24日 (火) 22時04分
✥✥✥ピーポ✥✥✥ikasama4様、いらっしゃいませ✥✥✥ピーポ✥✥✥
暑さのためか、愛機Priusが不調で
昨日は「夏虹」記事を三回書き直す始末。
もう、最後は気の抜けたサイダーのような感じに。
このコメントもいつとぶかわからないので
ビクビク書いております。
アンナお嬢様が緊急入院なさったり
この夏の暑さはちょっと異常領域にはいっておりますようで
どうか画伯もご自愛くださりますように。
一方、「むずかしすぎて客がどんどん逃げていくな」
と老父が語る今年の大河。
実に玄妙な感じですが
お茶の間向きではないかもですな。
その分、こちらは心からうっとりです。
ああ、こういう龍馬伝が
成立する悦びですな。
会津藩の子孫がいるから
新撰組は美化されるし
勝ち組が後ろめたいから
幕末の志士も美化される。
このドラマでは
龍馬をはじめ登場人物を
誰も美化しない。
あくまでそのやるせない
人間たちの情熱を伝えるだけ。
このあたりが
歴史が虚構であることも知らず
ドラマも虚構であることを知らない人には
ちんぷんかんぷんかもしれませんが
わかる人にはわかる感じ。
もう・・・それでいいじゃないか。
という気持ちでございます。
有能な若者が
有能だという理由でたやすく殺される
そういう点は現代の陰湿ないじめの構造より
あっけらかんとしているのですな。
苛めた方が
「なにも死ななくてもよかったのに」
と驚くみたいな。
そして「まあ、死んだものは仕方ない」みたいな。
とにかく、このドラマを見なければ
多くの日本人は近藤長次郎を
知らないで生きていくわけで
まさしく、それだけはいかんという気持ちが
白布に浮かぶデス・マスクから
伝わってくるようでした。
公金横領という概念は
江戸時代でも充分発達していたでしょうが
ドストエフスキーの「罪と罰」が
書かれ始めたこの頃。
「有能なものが犯す罪は才能で天下に返せば免罪」
という開明主義の根本が
長次郎を動かしもしたのでしょうな。
その「正義」と「悪徳」の狭間・・・
それは「生死のボーダーライン」とつながっていた。
あるものは長次郎の才を惜しみ
あるものは長次郎の不徳を責める。
龍馬が公的には「仕方ない」と言いつつ
私的には「道は別にあった」と言うのも
このあたりの二律背反があるからでしょう。
ひょっとしたら影で糸を引いていたのは
龍馬だったかもしれませんし
そういう意味では
二人で飲む酒を一人で飲むという
あのシーンはかなり深読みできると考えます。
投稿: キッド | 2010年8月25日 (水) 08時14分