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2010年9月23日 (木)

火の魚でもう行けと言われて行く女(尾野真千子)

さて、いつもならシーズン・オフで書き損ねていたことを書く季節である。

しかし、仮記事体制なのでたいしたことは書かないし・・・何よりお彼岸なのである。

そして、何よりも万に一つ、中国が侵略戦争を開始したときのあれこれを妄想していると時を忘れるのである。一般的心情とはかけ離れていると思うがキッドの多重人格の中には心の底から戦争が好きな人が疑いようもなく存在するわけである。

そういうわけで・・・何度も放送されてるが再放送とタイトルされない「火の魚」(今回はNHK総合20100920PM10~)をまたもや見てしまったわけである。

もちろん村田(原田芳雄)もいい味出しているわけだが・・・何といっても折見(尾野真千子)なのである。

脚本は珠玉の名作映画「ジョゼと虎と魚たち」がデビュー作の渡辺あやで・・・かなり技巧的なのだが、特に慇懃無礼とも言える折見のセリフまわしは最高である。そして・・・それが尾野真千子の独特の魅力を引き出している。

「それほどおっしゃるなら絶頂を迎えさせていただきますと申しましょう」みたいな感じです・・・ちょっと違うかもねえ。

とにかく・・・萌の朱雀から気特対の万里まで・・・いつでも無表情であることが魅力的な女を演じ続ける尾野の「それ」が炸裂しているのだ。

いわば「気持ちを抑える人の美学」のようなものを感じるわけである。

もちろん・・・芸術や衝動や成り行きで魚拓を取られる金魚はたまったものではないが・・・生死の境目にある残酷というものは無表情に見つめるのが一番素敵なのである。

これもまた一種の年の差カップルものなのであるが・・・ここまで淫靡であれば・・・十分に許容できるのである。

さんまさみとか、織田樹里とか、上戸聖陽とか・・・数々の失敗作は・・・要するに年の差カップルの持つ「はみ出した感じ」が描けていなくて・・・どうしても若作りや背伸びが痛々しい感じになるのである。

まあ・・・そう思うかどうかは・・・個人差というか・・・好みの問題かもしれません。

で、『火の魚』を見た。

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(仮記事と申す他にはございません)

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