なぜやれるときにやっておかないのだと誰もが過去をふりかえるかもしれないモテキ(森山未來)
やるやつはいつもやってるしやらないやつはいつまでもやらないとは限らないわけである。
いつもやりそうな人がやれなかった苦い過去がないとはいえないし、ずっとやっていない人がやれる未来がないとも言えない。
そういう話をお茶の間向けかどうかは別としてテレビドラマとしては最高といえる水準で描くこの夏一番の恋愛ドラマである。
人間が駆け引きをしていないつもりで駆け引きをしていたり、自分では欺いているつもりで欺かれたり、他人の気持ちがわかっているつもりで勘違いだったり、正解を疑ったり、自分自身に対して疑心暗鬼になったり・・・そういう人間の心のややこしさ・・・そして様々な心身の条件で発生する個人差のある喜怒哀楽。あますところなく描いています。
男と女の心が限りなくひとつに近づいた現代日本でもどうしようもなく生じる個人差の悩ましさがあります。
だから、できるときにやれよ~と何度画面に叫んだことか。
まあ、ドラマだったから実際にはやるべきことはやってるわけですが~。
基本的に大切なのは「できる」と感じたときに「いい?」と聞いてはいけないというセオリーです。
やっちゃえばいいんだ、やっちゃえば。
その後で生じる様々なことに責任を負う覚悟をするかどうかは個人差があるとしても・・・。
中国船長「ぶつけちゃった」
日本艦長「逮捕しちゃった」
中国政府「荒唐無稽だ」
日本政府「冷静に粛々と遺憾の意をそえて」
まあ、「武力行使嘆願書は却下するが、自分の主張にそって譲らない」のは中国政府筋の常套手段。
そして、多くの日本人にとってもどうでもいい話なのである。
日本の顔がガマ親分にならずにすんで本当によかったと思う。
選択するものたちはやるべきことをやったのだ。
それに応えてやるかどうかは総理大臣の問題なのである。
ものすごい解決策などはないわけだが・・・無数の策の中からいくつもの選択を複合してなし・・・いつのまにか状況を好転させることが人間の神秘なのである。
どうか・・・総理大臣の超モテキがやってくることを祈るばかりなのです。
で、『モテキ』を見た。
(国民が長期安定政権を望んでいるトレンドに総選挙をキーワードにする自民党総裁の空気の読めなさにガックシであるが仮記事です)
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