あなたのためであり私のためである結婚というホタルノヒカリ(綾瀬はるか)
独身はお気楽である。何度もいうことだが、幼くして親のないことを孤と言い、年老いて子のないことを独と言う。あわせて一人身のことを孤独と言うのである。
で、独身という場合は子のないことを強調した一人身である。
このドラマの根底には怪しいシモーヌのジェンダー理論が見え隠れするわけだが、その屈折した不自然さは・・・たとえば「結婚とはそもそも子作りのための制度である」から「子のないものを独身貴族」と言ったりするなどと論理を展開すると目くじらを立てる人がいるわけである。
しかし、高野部長(藤木直人)のさびしい老後を心配をする蛍(綾瀬はるか)は「高野や自身の老後を養う子作り」は面倒くさいので赤の他人ではあるが、頼りになりそうな小夏に後の事を託す手紙を書いたりして、小夏に叱責されたり顰蹙を買ったりするのである。
実にアクロバットな展開であるが・・・結局、現世の日本はそういう傾向にあるわけである。
だから、良識ある人々は苦笑するほかはないのである。
世界には過剰な食料があるが、餓死する人々は絶えることがない。
世界には平和が満ちているが、中国の漁民は日本の警察艇に特攻かけてくるのである。
そして、年頃の男女がいるのに子作りに励まないのである。
「この世に生を受けて幸せになる保証はない」というのは悪魔の言葉である。
基本的に人間は「そんなこと知ったことか」で無責任に子作りするのが自然だと思う。
そうして生まれた子供は運がよければ100回くらい夏に出会うのである。
大体、60回から70回の夏に出会えばそこそこだと言えるだろう。
30回の夏を知っている人は残り半分くらいが目安である。
もちろん、海のそばで生まれるか山中で生まれるかでも差があるが、子供を海に連れて行くには30回目の夏はある意味お手ごろである。
子供のいない30才は親のいない子供を養子にしてでも30才の夏は子供を海に連れて行くといいと思う。
まあ、あくまで個人差の問題であるが、夏に親に海に連れて行ってもらったことのある子供は連れて行ってもらえない子供よりも老後の面倒を見たい気持ちが強くなると思う。
とにかく・・・あらゆる責任を負う強い男はわがままな女のすべてを受け止めてさびしい老後を送る覚悟を求められるという話なのである。
そ、それはどうかな。
で、『ホタルノヒカリ』を見た。
(最終回目前ですが仮記事です)
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