あらゆる排泄され分泌され吐瀉されたすべての汚物、不潔な残滓、異臭の黴菌に嗚咽する乙女(木南晴夏)
至って健康的で、「おしりだってあらってほしい」文化のもと、除菌、消臭、衛生的な現代人にとって・・・ものすごく曲がりにくいコーナーが原作の「澱の呪縛」である。
原作順で言うと・・・「無風地帯」→「澱の呪縛」であり、ドラマ化にあたって第4話にあたる「水蜜桃」を挟み込んだことには・・・製作者サイドのおののきが充分に妄想できる。
社会全体が充分に非衛生的だった1970年代においてさえ・・・「澱の呪縛」のインパクトはかなり大きかったので・・・ましてや・・・清潔な現代においては・・・である。
原作者には「時をかける少女」という非常にロマンチックな小説があるわけであるが・・・もちろんジュブナイルなのだが・・・大人向けの小説である「家族八景」の「澱の呪縛」はそのイメージを根底から覆し、原作者の人格を損ないかねない迫真の描写が続くわけである。
まあ、キッドはうひひと狂喜いたしましたがね。
原作者は教養として「ジークムント・フロイトの心理学」に触れているためか、時に激しくスカトロジーに傾斜していくのである。
たとえば初期の短編「「最高級有機質肥料」(短編集「ベトナム観光公社」などに収録)では植物系異星人との社交のために自らの排泄物を晩餐に供する必要にせまられた男の話がえがかれる。彼の糞尿がいかに美味だったか・・・彼は平和的使節として異星人に語り聞かされることになるのだ。その描写のために原作者は自らの・・・(以下省略)・・・。
その他にも「オナンの末裔」だの「コレラ」だの「俗物図鑑」の吐瀉物評論家だの「怪奇たたみ男」だの「蟹甲癬」だの吐き気を催すものから痒みがとまらないものまで・・・不潔な小説の乱打なのである。
後期の短編「九月の渇き」(短編集「家族場面」に収録)では・・・異常気象により晴天が続き、水洗トイレがすべて流れなくなり・・・ついには便器として尿を浴び続ける男までが登場するのである。
・・・どんだけ・・・肛門期なんだよ・・・と眉をしかめる識者もいるかもしれないが・・・キッドは常に多重人格一同爆笑してまいりましたな。
例によって一番肝心な「七瀬は顔色を変えて走った。便所へとびこみ、吐いた。いつまでも、いつまでも、胃がとび出すのではないかと思うまで吐き続けた」というシーンはオブラートに包まれたわけだが・・・逆に「とても湯槽(ゆぶね)に入る気がせず、七瀬は冷たいのを我慢して水道の水でからだを洗った」はずなのにきちんと入浴して絶叫であるのは大人の演出である。
まあ・・・ヒロインの嘔吐シーンや、ヒロインの全裸行水シーンを見たい一部愛好家にとってはすべては夢の彼方ということですな。
基本的に堤幸彦&佐藤二朗コンビより、今回の白石達也&池田鉄洋コンビの方が演出、脚本ともに抑制が効いていて見やすかった気がいたします。
で、『家族八景 Nanase,Telepathy Girl's Ballad・第三話・澱の呪縛(おりのじゅばく)』(TBSテレビ20120208AM0055~)原作・筒井康隆、脚本・池田鉄洋、演出・白石達也を見た。ドラマ版七瀬の三軒目の派遣先は・・・神波(じんば)書房という古書店である。原作では「郊外電車の分岐駅に近い大通りに面した、大きな履物店」なのだが・・・いいロケ先が確保できなかったことは充分妄想できるので賛否は問わない。原作的には裕福とは言わないまでもそれなりに経済力のある家庭なのである。しかし、現代では大家族=貧乏という図式が定着しているためにやや貧しく描かれている。
この点は「中流家庭」なのに主婦が「怠惰」という「悪」に汚染されていたため、家族が地獄の不潔さを漂わせ、家全体が異様な臭気に包囲されているという「恐怖」をやや薄めていると考える。
ついでに言えば原作の11人兄弟がドラマでは8人に少子化しております。
神波家の主人である浩一郎(橋本じゅん)が「妻の病気になったので家事がおろそかになっちゃって・・・」と着任した住み込みの家政婦七瀬(木南晴香)に事情を説明している間にまとわりつく四歳の陽子は存在を抹消されているのだった。
ただし、六歳だった悦子(末原一乃)は五歳に設定変更されて後に登場する。
まあ・・・11人も8人もたいして違わないという考え方もあります。
家の中を案内された七瀬は家にこもる異様な臭気「甘ったるい中に酸味のある一種の動物的な臭い」に頭痛を発するほどである。
そして諸悪の根源である仮病でずぼらでまともな神経でなく無神経で不潔さに鈍感で動物的な感情だけで生活を続けて行こうとするあまりにも女性的でヘニーデとも言うべき精神的混沌の内面しか持たない母性本能の摩耗しきったルーズな主婦・兼子(清水ミチコ)を紹介される。
兼子の思考は「安楽な時間を過ごしたい」で独占されており、それは「アイスバーこそがパラダイス」として表現される。作中のアイスバーの商品名は「ストライク」である。もちろん、ドラマのオリジナルである。
七瀬は「理想の女性像」からかけ離れた兼子を若さゆえの純粋さから批判的に見つめ、兼子の作る不潔な空間に強く反発を感じるのだった。
やがて・・・小学生、中学生、高校生と神波家の子供たちが下校してくる。
大学生の次男・明夫(浜野謙太)は七瀬にたちまち魅了されるが、造船会社に勤務する長男の慎一(山本浩司)は何故か七瀬に興味を持たないのである。
この点は原作では特に言及されないが・・・大学を卒業して社会人となった長男はすでに・・・社会的平均よりも過度に不潔な自分とその家族についてなんらかの自覚をせざるをえない場面に遭遇しているということに原因があるであろう。彼にとって社会は清潔すぎるのであってその一部分に属する七瀬は当然、かれの「好み」ではないということなのだな。
もちろん、家事一般をすべて投げやりに行う兼子の支配下にあって慎一は家畜として飼育された子供なのである。
申し遅れたが・・・今回の「掛け金をはずした状態」は神波家が獣化することで表現される。
こうして・・・夕食が始まり・・・家族たちは動物の餌のような料理もしくは残飯を食べるのであるが・・・そのまずさに誰も気がつかないのである。
その愚鈍さに七瀬は驚愕するのであった。
最初は好感をもった神波家の裏表のなさは・・・単なる人間よりも獣に近い精神生活の貧しさに起因していたのである。
たまりまくった洗濯物、汚れきった食器、家具、窓。天井。床。壁。七瀬はその汚泥の中に沈み込むイメージを感じ・・・入浴剤だと思った浴槽の白色がすべて垢と悟った時についに「きゃーーーーーっ」と絶叫するのだった。
追い打ちをかけるように七瀬の歯ブラシで歯を磨く高校生の三男・良三(岡本拓朗)に遭遇し・・・「あ・・・あ・・・あ・・・あ・・・」と息も絶え絶えになるのだった。
仕方なく・・・指で歯を磨く七瀬である。
そして・・・悪臭漂う中、眠りについた七瀬は悪夢に襲われ・・・ついに兼子の支配する澱みきった汚穢の巣に反旗を翻す決意を固めるのだった。
「腐敗しきった悪家政に挑むジャンヌ・ダルク」なのである・・・もちろんジャンヌ・ダルクである以上・・・最後は火炙りになる運命なのだが・・・。
翌日、猛然と戦闘を開始した七瀬は洗濯ものをちぎっては投げ、年頃の男子の射精の後を始末し、年頃の女子の汚れた生理用品を焼却し、部屋という部屋を清掃しまくったのだった。しかし・・・長年にわたってしみ込んだ腐り果てた伝統は一朝一夕で打倒できるものではなかったのだ。
まだまだいたるところに「ダンゴムシの瓶詰級」の汚物が隠匿され、家屋全体に馴染んだ汚染物質は七瀬の努力を嘲笑するかのようにたちこめるのだった。
七瀬は敗北の予感を感じた。
しかし・・・七瀬の微かな革命は・・・神波家に穏やかならぬ波紋を投げかけるのだった。
整理整頓された家を見た子供たちは・・・「恥」を感じ、「恥をかかせた」七瀬に敵意をなげかけるのである。
もっとも清潔である長女で高校生の道子(茜音)も「いつもとはちょっと違います」とブログで発しなければならないほど・・・不浄なのである。
≪お人形さんみたいなのに私を汚いって蔑むのね≫≪いやな奴≫≪掃除なんてしやがっていやがらせかよ≫≪みられたみられたオレのアレを≫≪おねしょをしたままだったのに≫≪わたしのダンゴムシ≫≪覗き屋≫≪俺の劣等感≫≪俺の俺の劣等感≫≪自分は清潔だと思ってやがる≫≪こいつの優越感≫≪こいつのこいつの優越感≫≪犯してやる≫≪汚してやる≫≪強姦してやろうか≫≪そうすればおれたちと同じになっちまうぞ≫
なれ合い的な家族意識、連帯感によって、なま暖かく住み心地のよい異臭に包まれた不潔さが、今や意識の表面におどり出てきて牙をむきだしたのだ。そのために神波一族の集合的無意識は変貌し・・・自分たちの不潔さを糾弾し始めたのである。つまり集団自己嫌悪の嵐の到来である。
やがて・・・それは敵意や悪意を増幅し、ついには内省的な汚れに満ちた追想へと突入する。
自虐である。
≪おふくろがずぼらだからいけないんだ≫≪親父が甘いから≫≪おふくろは不潔だ≫≪俺も不潔だ≫≪みんな不潔だ≫≪ブタだ≫≪ブタなんだ≫≪俺たちは不潔極まりないブタの一族だ≫≪ふん、汚くて何が悪い≫≪お前なんかには想像もつかない汚いことを≫≪究極の不潔を≫≪あんな汚いこともした≫≪ブタよりももっと汚い俺≫≪私≫≪僕≫≪排泄物≫≪体液≫≪垂れ流し≫・・・。
七瀬は恐ろしい精神汚染から逃れようと心の掛け金をおろそうとしたが彼らの強力な≪汚辱の記憶の奔騰≫がそれを許さなかった。
七瀬は神波一家の無意識の精神攻撃に呪縛されてしまったのだ。
七瀬は意識そのものを強奪されかかっていた。七瀬は精神の危機を感じる。
もはや・・・肉体的にその場から逃れるしか・・・方法はなかった。
七瀬は懸命に立ちあがり・・・流水を求めた。すべてを洗い流し清める水の流れ。
風呂場にたどり着いた七瀬は絶叫しながら水垢離をする。
≪清めて・・・私を清めて・・・あの人たちの不潔から救い出して≫
清潔な冷水を全身全霊で感じながら七瀬は嗚咽をもらし涙した。
水道水の冷たさが辛うじて精神的汚染を遮断したのだった。
その日からまもなく・・・七瀬は暇乞いをした。
神波夫婦はうろたえつつ・・・七瀬の希望を受け入れる。
「そうだよなあ・・・大変だよなあ・・・なんてったって家は大家族だから」
うっかり放屁しつつ、浩一郎はあぶら汗を流す。
≪言わないでくれ・・・家が不潔とは言わないでくれ・・・他所の家には内緒にしてくれ・・・世間体が悪い・・・嫁入り前の娘だっているんだ・・・我が家が不潔だとは他言無用でお願いします≫
七瀬は微かな敗北感と呪縛からの解放の喜びを感じながら・・・神波家に別れを告げたのだった。
関連するキッドのブログ→『第2回のレビュー』
シナリオに沿ったレビューをお望みの方はこちらへ→くう様のレビュー
久しぶりに後説である。ドラマ版第三話は素晴らしい出来だったのではないか。まあ、お茶の間が耐えられるかどうかは別として。「心を読んでいる」ことの七瀬のうっかりミスなどもさりげなくもりこまれているし・・・。このまま・・・「七瀬ふたたび」までなだれ込んでほしいものだなあ。
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コメント
キッドさん
こんばんは(^O^)/
面白かった~♪
実は原作でも私 この話がかなり好きなんです
掃除をつい後まわしにしてかなり怠惰な毎日を送っているので神波家の人たちに親近感があって
だから愛すべき人たちに演出してくれていて本当によかったです(^^)
木南さんの目の演技も味わえたし 今話はずっと保存して何回も楽しみたいと思います♪
人によっぽど迷惑かけなければ怠惰だっていいじゃないって思っているので七瀬が暇乞いしたことでまた神波家に平和が訪れてお互いによかったしある意味ハッピーエンドですよね
七瀬が思わす心の声に返事をしてしまうくらい善良な人たちでしたね
投稿: chiru | 2012年2月 8日 (水) 20時41分
原作とドラマが実にいい感じに混ざっていましたな。
キッドも原作の中でこの話が一番好きでございます。
なんといっても極めて下ネタですからな。
もちろん、スカトロジー的にもですが
どんなに汚物を嫌悪しても
結局は・・・七瀬でさえも・・・汚物を排泄する。
このあたりの「ぶっちゃけた話」が
やはり・・・キッドの心をくすぐるのです。
また・・・怠惰というものの
どうしようもない甘美さもそそられますな。
キッドは完璧主義者で
整理整頓も大好きですが
一生風呂に入らなくても平気・・・
な気がするほど怠惰な一面も持っています。
常に汚れちまった自分と
限りなく美しい自分との間で
人間というものは生きていくわけですしね。
そのあたりの・・・真理を・・・
この原作は表現しているし・・・ドラマもまた
充分に伝達しておりましたな。
平和な澱の中と・・・
美しい世界・・・
七瀬はもちろん・・・澱に背をむけますが
それはある意味
少女時代の終焉でもあった・・・と思うのです。
ここから七瀬の旅は加速し・・・
あの森に向かっていくわけです。
ああ・・・せつないことでございますねえ。
投稿: キッド | 2012年2月 8日 (水) 23時48分
こんばんわ~。
この話は記憶にガッツリ残っています。
原作の方が、もっともっともっと臭い立つ感覚でしたね~^^;
しかし、お茶の間はこれが限界です。
私も、あの料理におえーっとなりました。
しかし、人間は慣れてしまえばそれが普通。
ましてや生まれた時からそうだったら普通。
この人たちは…普通の人たちですよね^^;みんな良い人でした。
次男と一緒に見ていて…ずぼら主婦が「楽したい楽したい」と言うたびに
テレビを消したくなった次第です。
私もずぼらでは恥ずかしいレベルなので…
投稿: くう | 2012年2月 9日 (木) 02時40分
原作的には・・・
配達された食材
大根6本、白菜3把、レタス20個、胡瓜15本。
兼子の買い物籠
牛肉3キロ、食パン5斤、バター1ポンドその他。
これを2~3種類の調味料を使って作った料理。
この映像化があの料理ですからな・・・。
なんか・・・納豆トーストみたいなものもあった・・・。
執事としては想像するだけで滂沱の涙でございます。
そうですな。裸島に生まれたら
みんな全裸が当たり前ですからな~。
エデンの園は一部愛好家にはまさに楽園でございます。
善人→恥じらいを知る→悪人
この悲しい構図が見事に描かれていましたな。
恥知らずの善人と恥を知った悪人・・・
このバランスが人間世界の絶妙なところでございますからねえ。
一方、怠惰というものはそのジャッジというものを
曖昧にする甘美な精神ですな。
楽がしたいからタイマーを作る。
タイマーをかけてテレビを見る。
テレビに夢中になる。
タイマーの音が耳に入らない。
焦げ臭い匂いがする。
たちまちおなべはまっくろけのけ。
ああ・・・怠惰よ・・・
黒き焦げ跡はそなたの甘き口づけの名残・・・
「ずぼらな詩人の詩集」より
投稿: キッド | 2012年2月 9日 (木) 14時22分