どんなドラマでも楽しめる。そのためには強くなければならないし、優しくなければならない。
終わってみれば素晴らしいドラマだったのですが、ある程度ハードボイルドタッチで鑑賞しなければならないという・・・高いハードルもございましたな。
しかし、ここまでたどり着けば・・・もう安心。ゴールまでは翔ぶがごときスピードで駆け抜けるわけです。
まあ・・・へとへとでゴールと同時にぶっ倒れる方もいるかもしれませんが・・・給水に失敗したのかもしれませんな。
いろいろな要素をつめこみすぎ・・・とか、主役が誰だかわからない・・・とか・・・様々なご意見もあるでしょうが、いろいろな要素があるからこそ面白く、主役は山Pに決まっていると申し上げる他はないのですな。
家業を嫌って家を出た青年が・・・運命によって一生の仕事を再発見する・・・そして運命によってゴーストと出会い、運命によって愛する人とめぐりあう。
気がつくと・・・冬が終わり春が来ていた。
ひとときの夢というフイクションとしてはなかなかの出来栄えでございました。
ゴーストの岩田さんと真人が育てるイチゴは漢字で書けば草冠に母である。ついに登場しなかった井原四兄弟の実母のシンボルと考えることもできるし、良い血の子で・・・子孫繁栄を暗示するいちごという和名は・・・真人と坂巻刑事の子沢山ぶりの暗示でもあるだろう。
そして「甘い」と言われてたべてみて「酸っぱい」としても・・・それを楽しめる真人というキャラクターの素晴らしさを示していることは間違いない。
たまにはこういうあなどれないドラマがなくては人生の醍醐味は味わえないのでございますよ。
そして・・・岩田さん殺しの犯人の好人物すぎるキャラクターと冷酷で残忍な犯行というアクションの落差・・・これこそがドラマを通じて首尾一貫した・・・人間なんて単純じゃなくて複雑なものだろうという反骨のテーマでございます。
つまり、良い子ほどの良い子はなく、悪い子ほどの悪い子もない・・・という哲学です。
キッドも時にはそう思いますぞ。ま、時には単純明快でもいいと思いますけどね。
なにしろお茶の間の目というのは基本的に節穴ですからな。
で、『最高の人生の終り方〜エンディングプランナー〜・最終回』(TBSテレビ20120315PM9~)脚本・渡辺千穂、演出・石井康晴を見た。本当にお化けがこの世にいるとは思わなかったな・・・。俺(真人=山下智久)は心からそう思う。で、そのお化けは俺にしか見えないのだから始末が悪い。あなただけ今晩は・・・って言われてもな。で、その岩田さん(山崎努)の存在を信じることができず、坂巻刑事(榮倉奈々)は怒って庭を飛び出していった。ここで俺が追いかけるのはラブ・コメならフラグであるが・・・「孫に伝えて欲しいことがある」と生前は坂巻刑事の祖父だった岩田さんから頼まれて伝言を届けにいくのだから・・・これは別のフラグなのである。
伝言内容は「かっての部下だった木野原刑事(塩見三省)を頼れ・・・あれはいい刑事だから」というものだった。お茶の間の重要参考人に頼れっていうことは岩田さんのゴーストとしての記憶障害がかなりのものであることを意味するし、たったフラグは坂巻刑事の死亡フラグなのである。
まあ、人生なんて恋愛フラグと死亡フラグの追いかけっこみたいなものなんだけどね。
思えば・・・親父の死に始まって、店長の実の子とめぐりあったり、生きている嫁と姑を和解させたり、死んだ姑のダイイング・メッセージを解読したり、ヤクザの組長のタイムカプセル掘り出したり、ストーカーの妹の心臓の行方を追いかけたり・・・尋常でない展開もすべて心霊現象だったと言われればゾッとする他ないんだな。
まさに・・・出たよっである。
だけど・・・岩田さんのおかげで俺は随分、救われたよな。
こうなると、行方不明の健人兄貴(反町隆史)が帰ってきたのだってけして偶然じゃなかったわけだしね。
妹の桃子(大野いと)の愛人だった不倫教師(黄川田将也)の耳元で岩田さんが不倫旅行の行き先を囁いている姿を想像するとちょっと笑いを禁じえない。
それから健人兄貴が港で手伝いをする羽目になるために漁師の息子に呪いをかけて体調不良にしたりと・・・岩田さんは大活躍してたんだな、これが。
俺が岩田さんからの伝言を伝えると早速、坂巻刑事は木野原刑事にコンタクトをとった。
坂巻刑事の話では「祖父は手帳の岩田と呼ばれるほど、不屈の刑事でささいなことでもメモをとり、犯人を追及していた」らしい。
「二人でよく、喫茶店でコーヒー飲みながら捜査について夜更けまで話し込んでいたんだって」
「ふうん」
「でも・・・木野原刑事、今はハーブティー派なのよね」
「健康志向なんだね」
「でも・・・おじいちゃんを疑っているのかと聞いたら・・・真相なんてわからない方がいいこともあるなんてお茶を濁してた・・・やはり、おじいちゃんは容疑者みたい・・・それに・・・私には言わなかったけど・・・捜査会議を立ち聞きしていたら・・・おじいちゃんは木野原さんに借金してたみたいだし・・・違法カジノに客としてきていた形跡があるらしいの・・・もう・・・信じられない・・・私の思っていたおじいちゃんはそんな人じゃなかったのに・・・」
オンエアでは省略されているけど、酔いつぶれた坂巻刑事を台車で宅配した後で、俺は岩田さんを問いただした。
「どうなんです・・・やはり岩田さんが犯人なんですか」
「わからない・・・肝心なことの記憶がないってのはつらいな・・・」
ゴーストにそんなこと言われてもこっちが困るよね。
そういう岩田さんというか坂巻刑事がらみのゴタゴタが続いている間にも不治の病に冒された兄貴はどんどんと衰弱して行った。
そろそろ・・・遺影をどれにするかとかも考えなきゃいけない。
最後の写真ということになれば・・・みんなと撮ったバーベキューの写真。
半分泣きそうな兄貴が精一杯に微笑んでいて・・・俺はそれを引き延ばす日が来ることを想像するだけで苦しくなってくる。
兄貴はもうほとんど口もきけなくなっているんだ。
在宅看護専門の看護士さん(入山法子)の説明では・・・「呼吸困難になってあごがあがってきたら・・・そろそろ」らしい。そろそろってなんだよっ。
俺は哀しくて哀しくて坂巻刑事に電話をかけました。哀しくて哀しくて電話をかけちゃう相手が坂巻刑事なのは恋愛フラグそのものだけどね。
そして・・・兄貴の知り合いみんなに集まってもらった。
一種のお別れ会だよ。でも部屋がいっぱいになるくらいたくさんの人がやってきて・・・俺は健人兄貴がいかにみんなに愛されているかを知り、ちょっと嬉しくなったんだ。
「まさぴょん、大丈夫?」
坂巻刑事に心配されたのもちょっと嬉しかった。
「またくるよ・・・兄貴に会いに・・・」
「一人で帰れる?」
「これでも刑事ですから・・・」
これは死亡フラグだが・・・どうやら坂巻刑事の寿命はまだまだあるらしい。
一方・・・兄貴の命は風前の灯だ。
妹の晴香(前田敦子)や桃子、弟の隼人(知念侑李)の顔も記憶が定かではなくなってしまったらしい。
「兄貴・・・わかるかい、弟の健人だよ・・・大丈夫だよ・・・みんないるよ・・・だから・・・心配しないでいいよ・・・」
兄貴は俺の手を握った。
なんだ・・・兄貴・・・何か言いたいのかい。俺にできることならなんでもするから・・・言ってくれ。
兄貴の視線の先にあるのは富士山だった。
「そうか・・・富士山に行きたいのか・・・わかった・・・みんなで富士山に行こう」
「何言ってるの、真人兄ちゃん」
「そんなの無理よ」
と反対する弟妹たち。
しかし、さすがは実の母である美奈子さん(長山藍子)には兄貴の最後の願いを察することができたらしい。
「いいじゃない・・・富士山・・・健人・・・きっと・・・よろこぶよ・・・」
兄貴は俺の手を強く握った。
実の母親と自分の家との間で・・・最後に兄貴が愛したのは富士山だったんだな。
そして・・・俺たちは・・・兄貴にとっての母親のシンボルである富士山の見える場所にやってきた。
「うわあ・・・俺、こんなに近くで富士山見たのはじめて」
「私も・・・」
とはしゃぐ隼人と晴香。しかし、桃子だけはお腹が鳴るのである。
それで美奈子さんはドライブインにお弁当を買いに行った。
「今度は夏に来てバーベキューをしようね」
「それから花火だよな・・・」なんて言っている間に健人兄貴はあごがあがって息をひきとった。
「兄貴・・・逝くなよ・・・」
俺は兄貴をひきとめたかった・・・でもそれは無理だったんだ。
美奈子さんは息子の死に目に会えなかったんだな。美奈子さんはお弁当をかかえて・・・俺たちの様子を見て・・・すべてを悟ったようだった。
俺たちは泣きながら・・・兄貴の亡きがらと一緒に東京に戻ったよ。
親父(蟹江敬三)の葬式に比べたら・・・兄貴の葬式は我ながらうまくできたと思う。
なにしろ・・・お母さんもいるし・・・弟妹たちも立派になった。
恒例の遺言コーナーは兄貴版だ。
おふくろ おれをおぶってくれたひと
ももこ すえっこ くいしんぼう かわいい
はやと ひねくているようにみえてほんとうはまっすぐなやつ
はるか ちょうじょ しっかりもの だけどほんとは なきむし
まさと みんなのにいちゃんだ
おれのかぞく さいこうの
じんせい
兄貴・・・コタローのこと忘れてるぞ。
兄貴・・・兄貴のようにはなれないかもしれないけど、俺もしっかり兄貴をやってみるよ。
こわい夢を見た時、添い寝してくれてありがとう。キャッチボールを教えてくれてありがとう。おいしいごはんを作ってくれて、俺を大学にいかせてくれて、酒の飲み方を教えてくれて、そして、葬儀屋という最高の仕事を残してくれて・・・本当にありがとう。
兄貴がいなくなって俺は心から悲しいよ。
田中さん(大友康平)は葬儀の後で涙をこらえてこう言ってくれた。
「真人さん・・・立派でしたよ・・・健人くんは安心して天国に旅立ちましたよ」
井原家は健人兄貴の法名(戒名)「釈照健」でわかるように浄土真宗だから・・・天国ではなくて極楽浄土に往生したんだけどね。
岩田さんが見えるくらいだから兄貴も見えないかと庭で探したけど見当たらない。
岩田さんがやってきて・・・「目にみえなくてもあると思えばあるし・・・ないと思えばない・・・ゴーストなんて愛みたいなもんだ」って言う。
結局・・・俺が特別なんじゃなくて・・・岩田さんが特別なゴーストなのかもしれないな・・・そんな風に思ったよ。しかし、人間も他人のことはよく見えるっていうけど・・・ゴーストも自分のこととなると途端に見えなくなるらしい。
そこへ・・・坂巻刑事がやってきた。
「私・・・今日・・・幼馴染のえっちゃん・・・木野原絵津子(吉田羊)さんに会ったの・・・オムライス食べながらちょっと話したんだけど・・・あ・・・えっちゃんは木野原刑事の娘さんなのよ・・・で、えっちゃんの旦那さんは・・・養子なんだけど・・・複雑な家庭の事情があるらしくて・・・隠し子だったらしいのね・・・それで・・・その生みの母親っていうのが・・・大林恭子さんだったの・・・」
「じゃ・・・大林恭子さんは・・・」
「木野原刑事の娘の夫のお母さんなのよ・・・」
「ええと・・・つまり・・・木野原刑事と白骨死体の女性は赤の他人じゃないってことだよね」
「そうなのよ・・・でもそのことについて木野原さんは何も話してないの・・・これって変でしょう」
「うん・・・変だね」
「とにかく・・・私、頭が混乱しちゃって・・・」
「それで俺に会いにきたと・・・」
「・・・」
「で、落ち着いた?」
「うん・・・私、もう一度、木野原さんと話してみる」
そう言って坂巻刑事は帰って行った。
もう完全なる死亡フラグだが・・・どっこい、ここにはすでに死んでいる岩田さんがいるのである。
「俺は・・・思い違いをしていたかもしれない」
「・・・」
「胸が重い・・・」
「・・・」
「孫を・・・優樹を一人にしないでくれ・・・危険だ」
つまり、オリコンヒットチャート初登場1位の「愛・テキサス」がかかって俺が走る時間ってことなんだな。
もちろなん、絶対に坂巻刑事・・・優樹が死ぬってことはないと思うけどこの世界は結構、狂っちまった感じがあるから、ちょっとドキドキハラハラしたよ。
そして・・・もちろん、優樹は殺人鬼の影に付きまとわれていたんだ。
でもね、俺はいつもの北新宿駅(フィクション)で優樹を無事に捕まえることができたんだ。
「どうしたのよ・・・」
「一人にしちゃいけないって・・・」
「また・・・おじいちゃんの話?・・・そんなことばっかり言って・・・」
「あのさ・・・岩田さん・・・コートの胸のあたりを押さえて重いって言ってた・・・なんか心当たりないのか・・・」
優樹はとても大切なことを忘れていたらしい。・・・この記憶障害は遺伝なのか・・・。
「あの日・・・おじいちゃん・・・黒いコートを着てた・・・暑いって脱いで私に持たせて・・・私、おじいちゃんとケンカして・・・それでおじいちゃんが事故にあって・・・黒いコートそのまま持って帰っちゃったんだ・・・それきり・・・家にしまったまま・・・」
「とにかく・・・それだ・・・」
とにかく・・・俺は初めて優貴の部屋に入った。いつの間にか、名前呼び捨てになっているけど・・・もう・・・部屋にあがっちゃうような仲だから・・・いつまでも坂巻刑事って他人行儀でしょう。深い理由はないんだよ。
それはともかく・・・手帳はありました。
そして、すべての謎はとけたんだ。
ここからはゴースト~北新宿の幻・・・山P・ゴールドバーグ編の開幕である。だれがウーピーだって。
その喫茶店は・・・優樹と岩田さんの思い出の喫茶店で・・・呼び出された木野原刑事と岩田刑事にとっても思い出の場所だったらしい。
木野原刑事の向かいに優樹。優樹のとなりに俺。俺の向かいに岩田さんである。
これから凶悪な殺人犯を追い詰めるのにこの布陣で大丈夫なのか・・・と思ったが・・・みんな忘れているかもしれないけど・・・優樹は一本背負いの達人なので一安心なんだな。これが。
「私・・・祖父の手帳を発見したんです・・・手帳の岩田の手帳です・・・」
優樹は緊張すると笑うタイプらしい。多分、武道家特有のリラックス法なんだな。
「いろいろなことが書いてありました・・・たとえば」
ゆすられる 借金 1200万円
追い詰められて殺害
あわてて置き手紙を代筆
あとでさしかえるつもりだったか?
「こんなことが書いてあります」
「それがどうしたと・・・」
「大林恭子さんのことをなぜ隠していたんです・・・あなたは・・・地下カジノで・・・大林さんを発見した・・・というか・・・居合わせてしまったんですよね」
「・・・」
「娘の夫の母である大林恭子さんはカジノにはまっていて火の車だった・・・それは木野原さんも同じだったのでしょう・・・客としてカジノにはまっていた刑事は祖父ではなく木野原さんだったから・・・そして・・・あろうことか・・・大林さんはあなたにゆすりをかけてきた・・・刑事としてカジノに出入りしているのはまずいだろう・・・密告されたくなかったら・・・」
「何を言ってるんだ・・・どこにそんな証拠が・・・」
その時・・・岩田さんが俺に言った。
「アイリュッシュ・コーヒーを二つ、注文してくれ・・・」
アイリッシュ・コーヒーは昔、流行したウイスキーと砂糖と生クリーム入りのコーヒーというか、一種のカクテルで・・・ウイスキーはアイリッシュ・ウイスキーに限るらしい。
まあ、バーで飲んだらカクテル、喫茶店で飲んだらコーヒーなんだな。
そんなうんちくを岩田さんに聞かされているうちに優樹は本題に入っていた。
「手帳に・・・大林恭子が書いたとされる・・・遺書のようなものが挟んでありました・・・でもこれを書いたのは・・・筆跡鑑定の結果・・・こちらの報告書を書いた人間と同一人物だということが判明しました。報告書は木野原さん・・・あなたが書いたものです・・・動かぬ証拠です・・・そして祖父が死んだあの日・・・あなたは祖父と待ち合わせをしていた・・・手帳に日付とあなたの名前がありました」
「そんな・・・俺は待ち合わせなんか・・・」
そこへアイリッシュ・コーヒーが運ばれてきた。
岩田さんの指示で俺はその一つを木野原刑事の前に置いた。
「どうぞ・・・あちらの方からです」
木野原刑事は青ざめた。
岩田さんはつぶやく。
「昔、事件解決の時には被害者の冥福を祈って・・・二人で飲んだ」
岩田さんが促すので俺は同じことを言う。原稿代を稼ぐにはなかなかの手法だよね。
一つのセリフで倍稼ぐって。
「昔、事件解決の時には被害者の冥福を祈って・・・二人で飲んだ」
今はコピペで楽だしね。
で、結局、その一言は・・・木野原刑事が檻の中に封印していた心を解き放ったらしい。
「俺は・・・弱い人間だった・・・」
俺にはわかったよ・・・だって木野原さんは本当にいい人だったんだ。そんないい人が・・・何年も何年も・・・自分のしでかした凶悪な犯行を隠匿して生きていくのはまさに生き地獄に違いないってね。
「ギャンブルに溺れ・・・挙句の果てに借金までして・・・その上・・・身内にゆすられて・・・気がついた時にはあの女の首を絞めていた・・・。それから・・・死体を隠して失踪したことにしようとした・・・しかし、俺は初めて殺しをしたことで動転していたんだ。最初は置き手紙を偽装しようとした・・・しかし、そんなことをしても筆跡鑑定でばれる可能性があるとすぐに気がついたんだ。で・・・俺は死体を運びだすことに専念したんだ・・・そして・・・あろうことか・・・手紙のことを失念したんだ。あの女の部屋に置き忘れたんだよ。それをあの女の弟に発見されて・・・そして・・・手紙は岩田さんの手に・・・」
ああ・・・俺は思ったよ。目の前に人を殺した人がいるって。まったくそんな風には見えないのに人は人を殺すんだなあって。
「俺は・・・岩田さんがおそろしかった。岩田さんは絶対・・・俺の犯行を見抜く・・・そう思うともう目の前が暗くなったよ・・・そして、あの日・・・優樹ちゃんと岩田さんがケンカして離れ離れになった一瞬の隙をついて・・・岩田さんの車イスを電車に向かって押し出したんだ」
うわあ・・・俺は思ったよ・・・目の前に二人も人を殺した人がいるんだって。まったく、そんなことをする人とは思えないんだけどね。
「それから・・・俺は毎日、おびえながら暮らした。せめてもの罪滅ぼしだと思って優樹ちゃんが刑事になった後も優樹ちゃんの面倒を見ながら気が気ではなかったよ・・・いつか、ばれる・・・ばれたら・・・何もかもおしまいだ・・・そしてあの女の白骨遺体が発見されて・・・長峰刑事が俺にたどりつきそうになった・・・俺は思わず長峰刑事を刺した」
うわああ・・・俺は思ったよ・・・目の前に三人も・・・一人殺せば、二人も三人も同じってこのことなのかよっ。っていうか・・・木野原さん・・・殺しすぎです。
優樹は冷めた目をしていた。刑事の目だった。しかし・・・そこに涙がにじんでいた。
もし、俺が恋をしたんだとすれば・・・それはきっとこの瞬間だったんだな。
「祖父は・・・おじいちゃんは・・・あなたに自首をすすめようとしたんだと思います」
木野原刑事は微笑んだ。
「優樹ちゃん・・・いや・・・坂巻・・・いい刑事になったな・・・さあ、手錠(わっぱ)かけろ・・・確保だ」
木野原刑事の差し出した手を・・・優樹はよどみなく拘束した。
「あなたを・・・文書偽造・・・および殺人の容疑で緊急逮捕します」
俺は・・・アイリッシュ・コーヒーのクリームで口元を白くした木野原刑事を本当に哀れだと思ったよ。潔いとも思ったし・・・ちょっとおかしくもあったけどね。人間は本当に様々な顔を持っている。それは富士山と同じ。でも・・・富士山は一つだし・・・人間も一人。
自分勝手な動機で三人も殺したら・・・木野原さんは死刑は免れない。そして・・・木野原さんの守ってきたものすべてが・・・今度は地獄となっていくんだよね。
本当に人が生きていくのは惨いことだと思うよ。
死んでいる岩田さんは・・・孫娘の晴れ姿と元部下の転落人生を見比べながら・・・ゴーストらしく顔をしかめていた。ゴーストになっても心が晴れないなんて・・・刑事の執念って恐ろしいし、たいしたもんだよね。
さあ、俺の話はそろそろおしまいだ。まあ、話は終わるけど・・・俺の人生はまだまだ続いていくけどね。
どうやら・・・俺が死者を見る目(岩田さん限定だけどね)を持っていると信じてくれたらしい優樹は俺を介して岩田さんと最後の会話をした。
「私・・・おじいちゃんにひどいこと言って・・・ごめんなさい」
「大丈夫・・・岩田さんかってないくらいに笑顔だし・・・孫娘と話せてうれしいって言ってるよ」
それから岩田さんは・・・実は俺と優樹が結ばれる運命だとか、なんだとか言いだしたがそこは通訳しなかった。じじい、キューピッド気どりかよっ。
「こいつはなかなかな奴だぞ・・・どうした・・・言えよ・・・ま・・・それはおいおい・・・いつか必ず言ってくれ・・・惜しむな」
「惜しむな・・・てさ・・・生まれてきてよかった・・・優樹に会えてよかった・・・優樹が笑ってくれてよかったって・・・」
「おじいちゃん・・・ありがとう」
「I love you」
「I love youだって」
「私もI love you」
「ああ・・・成仏できそうだ・・・逝ってきます」
「ああ・・・成仏できそうだ・・・逝ってきます」
「おじいちゃん・・・」
「逝ってらっしゃい」
岩田さんは・・・去った。俺は泣きじゃくる優樹の肩をそっと抱いたよ。
今、ようやく優樹は岩田さんの死を悲しんでいるんだからね。葬儀の井原屋五代目としてはそのお手伝いを真心こめてしなくちゃね。
人はいつか必ず死ぬ。
でも、それがいつなのかはわからない。
でも・・・人は死んでも・・・それで終りじゃない・・・なぜなら、世界は続いていくからね。
自分のいない世界が続いていくことを考えると不思議な気がしないかい。
世界の不思議なんてそんな風にどこにでも転がっているんだな。
で、とにかく、生きている人間は世界を楽しむことが大切さ。
生きていれば世界がウインクしたり・・・すれちがったり・・・クレープのクリームをくっつけたりしてくれるかもしれない。
そして・・・映画のチケットを持った彼氏のいない彼女と彼女のいない彼氏が・・・未来に向かって歩きだしたりする。
そしてコタローはけして吠えないが・・・フレンドリーでウソつきのゴーストが庭で待っていたりするんだよ。
お願いだから枕元とかには立たないでほしい。
そして、あなたともいつかどこかで・・・また会うでしょう。・・・なーんてね。敬具。
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エンプラのすべて
第1話 隠されたファンタジー
第2話 泣かないと決めた女神たち
第3話 不倫する人もしない人も最後は遺体
第4話 岡部組の跡目抗争
第5話 溺れる隼人の人命救助
第6話 桃子の不倫の果て
第7話 晴香の恋のスマイル
第8話 健人兄貴の余命を知る
キッドのブログを引用してくださったブログ→くりくりぼうず様の桜の花びらにのって
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