あなたの燃える手で私を抱きしめてほしいんですーっ。(加藤あい)
そこかっ。
古きよき日本では女性の名は伝わりにくい。
それだけ虐げられていたという考え方もあるが・・・奥床しかったという考え方もあるだろう。
高階基章の娘で、平清盛の最初の妻で、平重盛(清太)と平基盛(清二)の母・・・ドラマの上で明子と名付けられた女(加藤あい)もその名を知られていない。
いつ生まれ、いつ死んだかもわからない。
高倉天皇の中宮で安徳天皇の国母となった平徳子を生むことになる清盛(松山ケンイチ)の継室・平時子は天皇の母の母となったために名が残る。大治元年(1126年)に生まれ、文治元年(1185年)に死んだこともわかっている。死亡の日付は壇ノ浦の合戦当日である。お茶の間的には当然、その日が来ると思っている方も多いと思うが・・・ドラマは「平清盛」である。そこはないというか・・・頼朝(岡田将生)のナレーション・ベースだと推察する。がっかりなされないようにという老婆心である。だって治承五年(1181年)に清盛が病死したらこの物語はジ・エンドですからーーーっ。「織田信長」というドラマで江戸幕府誕生を描かない如しでございます。おそらく清盛が死んだら・・・ドラマ冒頭にもどって終了ですぞ~。
平重盛が保延四年(1138年)に生まれ、時子が久安元年(1145年)頃に継室となるので・・・明子はその前後の期間に清盛の妻だったことになる。
短くも美しく萌え・・・である。
で、『平清盛・第11回』(NHK総合20120318PM8~)脚本・藤本有紀、演出・渡辺一貴を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は待望の美福門院藤原得子描き下ろしイラスト大公開でございます。今更ですが・・・過去に女児誘拐犯だった二大女優競演・・・待賢門院藤原璋子(檀れい)は『八日目の蝉』、得子(松雪泰子)は『Mother』・・・前者はちょっとおバカでメルヘン・・・後者はちょっとひがみすぎでとことん・・・今回もそのまんまでございますよ~。一度ついたイメージってこわいなあ。
時は流れていく。保延六年(1140年)佐藤義清出家。清盛は従四位上となる。永治元年(1141年)崇徳天皇退位。康治元年(1142年)近衛天皇即位。待賢門院出家・・・世は得子皇后時代に突入する。平忠盛一門は妻・宗子が藤原家成の母方の従妹にあたり、家成が得子皇后の父方の従妹であることから、またもや中央との太いパイプを維持し続けるのである。婚姻と出産はさすがに計算通りにはいかないものなので・・・このあたりの忠盛のツキはなかなかのものである。一方で忠盛は待賢門院系の雅仁親王の乳父となった高階通憲と同族の高階家から清盛の嫁を迎えている。どちらに転んでも大丈夫なように保険もかけているのである。後に清盛の継室となる平時子は・・・平高棟を始祖とする桓武平氏高棟流(後の堂上平氏)の平時信の娘である。忠盛は平高望を始祖とする桓武平氏高望流であり、坂東平氏から分離した伊勢平氏である。傍流だった伊勢平氏六波羅家は忠盛の父・正盛の代から頭角を現し、いつしか平氏の宗家を目指す趣をなしている。清盛と時子が結ばれるのは二つの平氏の融合という意味合いを持つわけである。一方、関東に下った源義朝は坂東平氏の三浦氏を傘下に収めるなど武士団の再編成を実力で行っていく。ついでに子種もばらまき快進撃なのである。義朝長男の義平は坂東平氏系三浦氏の女、次男の朝長は古代豪族大伴氏の血族とされる佐伯氏系波多野氏の女がそれぞれに生み落としている。まあ、全開バリバリである。
「母上様(藤原宗子)が重仁親王殿下の乳母になられたそうでありますね」
「うん・・・重仁親王様の養母となられた皇后陛下(藤原得子)がまたいとこやから、縁故採用つうこっちゃ」
「おめでたいことでございましょう」
「しかし、近衛帝の即位のおりの皇太弟の詔の件では重仁親王殿下の父であらせられる崇徳上皇様は納得できへんやろうなあ・・・母上も苦しいところや・・・」
平清盛の館である。寝処には清盛と妻の明子がいる。清盛の館は鴨川の東にある平忠盛館に隣接している。その隣には清盛の弟・家盛の館がある。別館で囲んで本館は要塞の態をなしているのである。
清盛の館にも清太小屋、清二小屋という別棟があり、それぞれの乳父一家とともに清盛の子らが生育されている。
清盛は明子を迎えるにあたり、明子の父で鰥夫暮らしだった藤原基章のために別宅まで用意している。清盛は基本、にぎやかなことがすきなのである。
「それよりも・・・統子(むねこ)内親王様の御頼みの件ですが・・・大丈夫でしょうか・・・」
「うむ・・・円位殿(佐藤義清=大伴服部半蔵)には伊賀の服部半蔵配下や伊勢のしのびを預けたが・・・今は比叡山を中心に探索を行っていると伝えきいておる・・・」
「円位殿も気かがりですが・・・相手は千年も万年も生きながらえているというあやかしござりますれば・・・手を貸している殿にも危険がおよぶのでは・・・」
「その心配は無用じゃろう・・・母上は得子皇后(九尾の狐)のおぼえめでたいという。よもや・・・こちらが尻尾をつかもうとしてることなど・・・気取られてはおるまいて・・・」
「ご用心なさりませ・・・噂によれば・・・陰陽師御三家に不審な動きがあるといいまする」
「不審な動きとは・・・」
「ご存じのように安倍晴明直系の陰陽頭安倍泰親様を筆頭に陰陽師一族は様々に分岐しておりまする。中には闇の陰陽師と化しているお方もあるとか・・・安倍の時親様より分家した晴道党の当代は二代目晴明を名乗り我こそは正統の名乗りをあげておられます」
「血が濃く出た妖術師は実力を盾に本家を追い落としたくなるものや」
「追い詰められていた本家が美福門院の保護を願い出たとか・・・」
「なるほど・・・得子皇后呪詛のからくりを仕組んだのはそのあたりかもやな」
「殿のお父上様をはじめ・・・武家である平家の皆さまは血なまぐさい実力の世界に生きる方々・・・公家のように陰陽師の力をあがめたてまつることはないでしょう・・・しかし・・・殿にもののけの力があるように・・・みくびってはならぬ闇の力がございまする・・・実は・・・この頃・・・なにやら、気分がすぐれぬのです・・・」
「なんと・・・いかがいたした・・・」
「このお屋敷も陰陽道による呪詛の標的になっているやもしれませぬ」
「しかし、明子には伝家の名器、厄祓いの琵琶、『和音秦鳳義唖』があるではないか」
「はい・・・夜ごと・・・魔除けの曲をつま弾いておりますが・・・ときおり、魔の気配を強く感じるのです」
「面妖な・・・」
しかし・・・平家六波羅屋敷に呪いをかけているのは九尾の狐ではなかった。
山城国葛野に地下御祈祷所を設置した・・・晴道党の当代二代目安倍清明は・・・嫡流家と組んだ美福門院の養子の乳母家となった平氏に仇なそうと・・・夜な夜な呪詛を続けているのである。
その呪いを祓うため・・・明子は琵琶を奏でる。
しかし、その妖と妖との争いは刻一刻と明子の命を削っている。
その余命がいくばくもないことを・・・清盛は知らなかった。
清盛は漠然とした不安を感じながら燈明の火を吹き消した・・・。
平安京の漆黒の闇が寝処に忍び込む・・・。
関連するキッドのブログ→第10話のレビュー
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コメント
この大河が始まる前に、何かに滅亡までやるって書いてあった気がするんだもん… (´・ω・`)
その時、「えっ、「平清盛」なのにっ(?_?)」と驚いた記憶がありまする…。
でも、確かにナレーションレベルの入水シーンなのかな~。
そこは解りませぬ。
明子は呪いを祓うために琵琶を弾いていたのですねーーーっ!
どうりであまりのスピードで感染してしまったわけだ…
時子の琵琶レベルでは明子を引き継げそうにない。
どうする時子!
投稿: くう | 2012年3月19日 (月) 15時50分
❀❀❀☥❀❀❀~くう様、いらっしゃいませ~❀❀❀☥❀❀❀
ふふふ・・・さようでございましたか・・・。
今年は久しぶりに坂の上の雲がございませんので
ひょっとしたら年末は「平清盛その後で」
というのがあるのかもしれませんな。
保元の乱(1156年)「保元物語」
平治の乱(1159年)「平治物語」
養和元年(1181年)清盛死去
ここから、本格的な源平合戦が始まるので
それはもう「源頼朝」とか「後白河法皇」とか
「平時子」とか別の物語でございますともっ。
まあ、合戦好きといたしまては
喉から手が出る展開ですが・・・
今回のここまでの速度と嗜好から
考えて・・・ないな・・・と思う次第でございます。
ふふふ・・・時子には時子のスペシャルな
能力がございますよ~。
まあ、今回は前半は玉藻前VS平清盛
後半は平清盛VS遊び人
になるわけで・・・後半の方は
きっとネチネチとした感じになるのではーーーっ。
そこで時子が・・・ならではの「あたりかまわぬかわいさ」を
爆発させると推測しておりまする。(; ̄∀ ̄)ゞ
投稿: キッド | 2012年3月19日 (月) 19時42分