天使の幸福は悪魔の不幸というものではありませんか(上野樹里)
映画としては未熟の一語に尽きる岸谷五朗の監督デビュー作である。
・・・とはいうものの・・・「ゴジラ FINAL WARS」のCGIディレクター・アベユーイチが監督補をつとめ、シーンにはそこそこ目をひくものがあるし・・・作品全体をそれなりの情念が包んでいるような気がする。
「ジョゼと虎と魚たち」「スウィングガールズ」「亀は意外と速く泳ぐ」「サマータイムマシン・ブルース」と傑作の残る上野樹里としては・・・最高傑作「のだめカンタービレ」(テレビ)と「のだめカンタービレ最終楽章」(映画)の隙間に残した一つの爪痕と言える。
冒頭を飾るデビルマンのフィギュア・・・「オーメン」のテーマに乗る魔犬ダミアン・・・絶対に死なない女・・・郷愁の暴走族・・・ブルース・ブラザーズのような殺し屋・・・ゴリラバタフライ・・・箱詰めの死体・・・樹海・・・純白のパンティーのような下着・・・東京都下の鬱屈した青春の残り香のようなものが匂い立つプライベート・ムービーなのだと妄想します。
で、『キラー・ヴァージンロード(2009年9月12日公開・東宝映画)』(TBSテレビ20120319AM0220~)原案・片岡英子(「贅沢な骨」助監督)、脚本・川崎いづみ(「源氏物語 千年の謎」)、脚本・監督・岸谷五朗を見た。もちろん、映画「月はどっちに出ている」やドラマ「みにくいあひるの子」でおなじみのアクターである。最近では「江〜姫たちの戦国〜」の豊臣秀吉が記憶に新しい。
美人OLである沼尻ひろ子(上野樹里)は寿退社をしたためにオールド・ミスの春日先輩(高島礼子)に呪いをかけられる。少女時代には何をやっても最下位で「どん尻ビリ子」(清水くるみ)と渾名されたひろ子がなぜ、笑顔の素敵なイケメンの「賢一くん」と結ばれるにいたったかは一切説明されない。
ともかく、呪いが成就したのか・・・結婚後に引っ越すためにアパートの解約を申し出たひろ子に大家であり、隣室の住人であり、実はひろ子のストーカーであり、ひろ子の純白のパンツを狙っている三太郎(寺脇康文)の胸をハサミで突き刺してしまう。
パニックに襲われたひろ子には「明日の結婚式で余命いくばくもないただ一人の肉親の祖父(北村総一朗)に花嫁姿をみせたい」という拘りがあったために・・・帰らぬ人となった三太郎の体をかわいいトランクにつめて街に彷徨い出る。
神秘のベールに包まれた魔犬ダミアンはその行方をほくそ笑みながら見守るのである。
グラビア・アイドルのAYAKA(小松彩夏)に夢中のパチンコ店従業員・小峰(小出恵介)は袋とじを反故にされた縁でひろ子と出会い、パチンコ店のキャンペーン・カーをひろ子に乗り逃げされてしまう。
「どうしよう・・・どうしよう」とのだめモードでパニックしまくるひろ子の幻の目に「富士の樹海で身許不明の死体が多数発見された」というニュースが飛び込む。
ため息をつきながら微笑む・・・得意のしぐさでカーナビを樹海にセットするひろ子だった。
樹海で待っていたのは・・・自殺しようとしても絶対に死なない女・小林さん(木村佳乃)だった。車に轢かれようが走行中の車から飛び降りようが無傷の小林さんは・・・ひろ子がキラー(殺人鬼)と知ると「私を殺して」と哀願するのである。
小林さんはその長い人生を男たちに捧げてきたがついに報われることはなくこの世に別れ歌を歌いたかったのである。
しかし、その不死身性から考えて・・・もはや人間とは思えない。
全編にはこの「人であって人でないもの」の抱える疎外感が渦巻く。ちょうど拉致事件が発覚した直後の在日半島人の心情を思わせるものである。・・・特に深い意味はありません。
ひろ子も唯一の肉親である祖父に花嫁姿を披露した後は自首するつもりだった。
しかし、その前に帰らぬ人となった三太郎をしばらくの間、人目につかない場所に安置しておこう・・・と思っただけなのである。
だが、そんなひろ子に・・・小林さんは・・・「あなたの言う真実なんて誰もわかってくれないわ」と脅迫するのだった。
樹海には様々な魔物が潜んでいる。「逃げているものを条件反射で追いかける」暴走族とヘッドの翔(中尾明慶)、「逃げるものの逃げる理由を知りたいだけ」のパトロール警官・利根川巡査(田中圭)、幻の蝶を追いかける妻子に逃げられた男(北村一輝)、その妻子、ゴリラーランド経営者などである。
小林さんにそそのかされて逃げ回るうちに・・・ひろ子の心は変転していく。
最下位人生をなぐさめる祖父は「ひろ子のおかげでみんながしあわせになれる」とひろ子の不幸を美化していた。
そのために「私が幸福になったら・・・みんなが幸せでなくなってしまう」と心を痛めるひろ子。
そんなひろ子に「いいえ、あなたのようにどうでもいい子が幸せになれるなら・・・誰もが前途に希望を見いだせる・・・あなたが幸せになることはみんなに幸せをあたえるの」と小林さんはアドバイスするのだった。
光明を見たひろ子は「ありがとう・・・」と伝える。
生まれて初めて他人から感謝された小林さんは「この人のために死のう」と決意するのだった。
このおかしな二人はやがてタバスコをこよなく愛する二人組の殺人者に出会う。
警察は実はこの二人を指名手配しているのだった。
結婚の祭壇へと続くヴァージンロードを目指すキラーであるひろ子は斜面激走も空中滑空もゴリラバタフライも空しく本物のキラーたちに拉致監禁されてしまうのである。
だが・・・絶体絶命のピンチがチャンスとなり・・・ひろ子はゴリラとなった三太郎から解放され・・・花嫁衣装を無断拝借して愛する人の待つ教会へと向かうのだった。
「小林さん・・・あなたのおかげで私・・・幸せになれそうです」
「あなたがピンチの時にはいつでも私を呼んで・・・世界のどこへでもかけつけるから」
二人の間には奇妙な友情が芽生えていたのだった。
ようやく教会でひろ子は愛するものの旅立ちを見送るのだった。
新婚旅行はハワイである。新郎の賢一(眞木大輔)はあくまでも爽やかなEXILEだったが、実はひろ子の純白のパンツをこよなく愛する変態だったのだ。
そして、不運にもひろ子はペーパーナイフで賢一を殺害してしまう。
「どうしよう・・・どうしよう」とうろたえつつ・・・ひろ子は胸がときめいてくるのを感じる。
一人殺せば二人目はスキップしたくなるものらしい。
絶望も希望もない
成功も失敗もない
始まりも終わりも無い
空のように透き通っていたい
今日という日を素直に生きたい
その頃、漂流の果てに海外で蘇生した三太郎は金髪の看護師のパンティーに新たなる人生の喜びを見出すのだった。
パンツとパンティーは同一の女性用下着ですが一部日本では女性が前者と呼称するものを男性は後者と呼称したがる風習があります。
関連するキッドのブログ→のだめカンタービレ最終楽章 特別編
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