となりの芝生は青いとはいうもののマンションなので芝生がないことに困惑する乙女(木南晴夏)
嫉妬の根底にあるものは「ないものねだり」である。
所有欲に目を転じれば、「自分にないものを他人が持っていること」から生じる「うらやましさ」ということになる。
さらに「隣の芝生は青い」という警句には「それほど差のないものを過剰に意識する弊害」というものを暗示している。
七瀬は精神感応能力者(テレパシスト)であるから、「他人にはない力」を持っているのだが、逆に「無能力であること」に対して憧れをもっている。
それは「自分はおそらく、一生結婚しないままで終わるかもしれない、と、七瀬はもうだいぶ以前から、そう考えていた」と原作にもある核心部分である。今回は核心に迫っているのである。
超能力者の孤独は七瀬の心を暗く沈ませる。
一方で原作の「芝生は緑」はマンネリ化した夫婦関係をスワッピングによって解消するという「一夫一婦制」への消極的なアンチテーゼを含んでいる。
この主題そのものはたとえば・・・「季節のない街」(山本周五郎1962年)は「家族八景」と同じ連作短編で・・・黒沢明監督の映画「どですかでん」(1970年)の原作である・・・の一篇「牧歌調」にもある。二組の夫婦がいて・・・お互いに相手の配偶者に好感を持っており、やがて・・・という話である。
年代順に考えれば、「芝生は緑」は「牧歌調」のパロディーとして読むことができる。
「牧歌調」では二人の夫は親友同士で肉体労働者である。これに対して「芝生は緑」では一人は商店専門の設計士、一人は内科の開業医である。つまり、インテリ同士なのである。
このあたりの格差が結末に些少の差異を生じさせるが、教養があろうとなかろうと人間のやることはたかが知れているという皮肉にもとれるのである。
山本周五郎は作家の中で直木賞を受賞しながら辞退するという偉業をなしとげた唯一の人である。筒井康隆は「家族八景」で三度目の受賞候補になったが・・・受賞を逃し、現在に至っている。
キッドは「芝生は緑」がその原因に違いないと密かに妄想している。
誰でも「あげる」というものを「いらない」といわれたら「いやなきもち」になるものな。
候補作を読んだ選考者たちは・・・「これは危険だ」・・・と思ったにちがいないのである。
・・・あくまで妄想です。
とにかく、直木賞作家となった筒井康隆は「ない」のである。
さて・・・原作の残された一篇「芝生は緑」を前後篇に割ってきた今回。結局、オリジナルは第7回のみということになったな。
原作は以下の通り。
① 無風地帯 ② 澱の呪縛 ③ 青春讃歌 ④ 水蜜桃 ⑤ 紅蓮菩薩 ⑥ 芝生は緑
⑦ 日曜画家 ⑧ 亡母渇仰
今回のドラマ版はここまで、
①無風地帯 ②水蜜桃 ③澱の呪縛 ④青春讃歌 ⑤紅蓮菩薩 ⑥日曜画家
⑦オリジナル知と欲 ⑧亡母渇仰 ⑨芝生は緑(前編)
最終回は「芝生は緑(後編)」となるわけで・・・「家族十景の乙女」というタイトルは御蔵入りである。
読み切り形式とはいえ、「亡母渇仰」の後に「芝生は緑」は連続ドラマとしてはかなり変化球だが・・・まあ・・・仕上げがどうなるのか・・・楽しみたいと考える。
で、『家族八景 Nanase,Telepathy Girl's Ballad・第九話・芝生は緑~市川家編~』(TBSテレビ20120321AM0055~)原作・筒井康隆、脚本・上田誠、演出・堤幸彦を見た。原作では七瀬が最初に家政婦となるのは高木家である。高木家から市川家に一週間だけ出向することになるのだ。しかし、ドラマは市川家からスタートである。4DKのマンションで隣接する市川家も高木家とほぼ同じ間取りで、七瀬にあてがわれる部屋も同じ三畳の小部屋である。このあたり・・・実に忠実に再現されていて・・・「家政婦の部屋はせまいよ」である。
とにかく・・・ドラマでは市川家が先に家政婦の七瀬の奉公先になる。前篇だけではなんとも言えないが・・・構成の変更に特に違和感はない。
七瀬が心を読む時の表現は市川家では力士のぬいぐるみだ。ないものねだりの象徴として市川夫人季子(星野真里)がスレンダーなボデイ、高木夫人直子(野波麻帆)がグラマラスなボデイであることを強調しているのであろう。力士着ぐるみとはいえ、乳頭露出の星野真里・・・体当たりだな。
ついでに・・・高木家では「顔がでかくなっちゃう」である。同じ原作者による「富豪刑事」シリーズ」(テレビ朝日)でファンキーな性格の婦人警官を演じた後に女優としてはちょっと伸び悩み、「モテキ」(テレビ東京)で爆発した野波麻帆の抜群のスタイルがより強調される演出になっていると思われる。
市川省吾(西村和彦)は新しくできるスーパー・マーケットの内装の設計を仕上げるために自宅で一週間仕事にかかりきりになるという。仕事に熱中する市川氏は気難しくなり、扱いが難しくなるために家事手伝いが必要となったのだ。というのも、市川夫人はおっとりさんだからである。
そのために市川氏の要求にてきぱきと応じることができず、「このうすのろめ」と夫に罵られたりしている。
≪高木さんの奥さんを、ちっとは見習え≫ドラマではなぜか関西弁だが、妄想では原作に準じて標準語に変換してお届けします。まあ、今回は二話完結なので時間的な余裕があるらしく、いろいろと遊んでいる部分もあるのだが・・・そこが凄く面白いかといえば・・・そうでもなかったりするのである。ただし、大阪府豊中市出身の木南晴夏の心の声吹き替えはノリノリである。
市川氏がひそかに高木夫人に対して「自分の妻に不足しているもの」を求め、さらには性的欲望を抱いていることを市川夫人は見抜いている。
しかし、古風で暖かい家庭で大事に育てられた市川夫人はけしてそのことを夫に告げ、波風をたてるようなことはできなかった。だが、修羅場になると短気になってどなりちらす夫をもてあましていた。市川夫人は夫に不足している自分に対する優しい愛情を・・・となりの高木氏に求めていたのである。
≪どなりちらす≫≪男のヒステリー≫≪高木先生はちがう≫≪女性へのいたわりをこめた愛情のまなざし≫
夫婦そろって隣の配偶者を恋慕する市川夫妻の心理は・・・性体験のない七瀬(木南晴夏)にとってただ不潔なだけだった。
入浴シーンである。今回は潜水後・・・膝小僧をサービスか・・・もう、七瀬、かわいいよ七瀬というしかないな。
となりの高木夫人は手作りのマドレーヌを市川家に差し入れに来たりする。
市川氏は市川夫人を無視して玄関で高木夫人とのおしゃべりに熱中する。
≪マドレーヌ≫≪さすがだ≫≪うちのやつには≫≪無理≫≪高木さんの奥さんは≫≪グラマーだ≫≪うちのやつにはがっかりだ≫
一方、ふたりのいちゃつきぶりをさけるようにベランダで洗濯ものを干す市川夫人は同じくベランダで一服している高木氏にうっとりである。
≪やさしい高木先生≫≪やさしいやさしい高木先生≫≪やさしいやさしいやさしい高木先生≫≪おだやかであたたかいお顔≫≪夫とはまるで違う≫
七瀬はあきれると同時にちょっと面白くなってきた。
マドレーヌの皿を高木家に返却しに行った七瀬はさらに興味深い心理的な事実に遭遇する。
高木氏は高木夫人を≪でしゃばり女≫と思っていた。
そして高木夫人は高木氏を≪デブのなまけもの≫と思っていた。
高木氏は市川夫人を≪かわいい人≫≪白い肌≫≪抱きしめたい≫と恋慕していた。
高木夫人は市川氏を≪精力的≫≪スマート≫≪抱きしめられたい≫と恋慕していた。
高木家と市川家の夫婦は精神的な夫婦交換状態にあったのだ。
心の中で二組の夫婦は互いの配偶者と空想的性交をしていたのである。
(欺瞞だ・・・欺瞞すぎる・・・)
七瀬の中に奇妙な感情が急速に形成されていった。
そして・・・それは・・・その夜に最高調に達したのである。
市川夫人は市川氏に抱かれながら心の中で高木氏のことを思い描いていた。
≪先生≫≪診察の時に私の胸をさりげなくみていた≫≪私の不眠症の悩みを≫≪優しく聞いてくれて≫≪薬を処方してくださった≫≪それから診察室で≫≪ああ≫≪私をやさしく≫≪私にそんなことを≫≪ああ≫≪いけませんわ≫≪そんな≫≪あああ~≫
市川氏は市川夫人を抱きながら高木夫人のことを思い描いていた。
≪高木さんの奥さん≫≪高木さんの奥さん≫≪高木さんの奥さん≫≪高木さんの奥さん≫
七瀬は心の掛け金をおろすことができなかった。
七瀬にもそれなりの好奇心があったからである。
そしてテレパシストにとってマンションの壁は何の意味も持たなかった。まもなく、高木家の夫婦の心が七瀬に流れ込んでくる。高木家でも性交が開始されていた。
≪市川さんの奥さんの薄い胸・・・でもつつましく美しいなだらかさ≫
≪市川さんの引き締まった尻≫≪ぎゅっとしたい≫≪激しい腰使い≫≪あのお尻を≫≪両手で≫≪ぎゅぎゅーっと≫≪ぎゅぎゅぎゅーっと≫
≪高木先生≫
≪市川さん≫
≪奥さん≫
≪おくさーん≫
七瀬は他人の心を読む能力者として常人とは違う良心(超自我)を持っている。
七瀬にとっては人間たちの「願望」と「実行」の間の隔たりはあってないようなものだったからである。
七瀬の奇妙な感情はついに一つの意思となって結実した。
(実験してみる価値はある)
(四人の願いを叶えてあげよう)
(火をつけて観察してやるのだ)
自分の能力を使えばそれは容易なことだ・・・と七瀬は思った。
後編につづく・・・である。
関連するキッドのブログ→第8回のレビュー
シナリオに沿ったレビューをお望みの方はこちらへ→くう様の家族八景
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コメント
キッドさん☆
木南 七瀬もあと一話 本当に名残惜しいですね(;_;)
潜水後のひざ小僧には本当萌え~でした
私でさえ心の中で可愛いと呟いてました
物語の方は序盤なぜかあまり面白くなくて七瀬が隣にお邪魔してから夫婦の掛け合いが楽しめるようになりました
顔が大きいと表情もわかりやすくていいです(笑)
仕事が一段落してソファでお礼を言う二人は幸せそうで欺瞞だけでなく愛があるようにも見えました
次回 どんなふうにまとめてくれるのか楽しみに待ちたいと思います
テンポがゆっくりな分 七瀬ちゃんの可愛い表情が見れて楽しかったし 最終回が芝生で私は嬉しいです(^^)
投稿: chiru | 2012年3月22日 (木) 00時40分
シンザンモノ↘シッソウニン↗・・・chiru様、いらっしゃいませ・・・大ファン
で・・・ございますねえ。
あっと言う間でございましたな。
あの手のポーズは何だったのか妄想するだけで
一昼夜がすぎてしまいそうな入浴タイムでした。
美少女としてはやや弱点の横顔サービスでしたしな。
今回は星野真里、野波麻帆のゲスト女優が
深夜ドラマとしてはそれなりにゴージャスなので
フリだけの前篇としてはなんとか
もたせた・・・という感じでしたな。
やはり・・・七瀬の成長ドラマとしては
キッドはやや・・・この流れが辛い感じがしますが
まあ、ドラマとしては
ふつうの人々のふつうな生活が
淡々と描かれる「芝生は緑」が幕切れというのは
非常にわかる気もいたします。
愛があるとみせかけて欺瞞。
欺瞞とみせかけて・・・というお話ですからな。
本来、この話は二順目の起承転結の承の部分。
この先がまだある・・・という余韻を残して終わるというのは
なかなかおしゃれと言えますねえ。
やはり・・・堤演出の回は
ちょっと力が入りすぎというか・・・
「SPEC」の原点をやっているという心の動揺があるのか
やや・・・あっぷあっぷしている感じがします。
最終回は爽やかに終幕してくれるといいなあ・・・と
キッドものほほんモードで待機なのでございます。
投稿: キッド | 2012年3月22日 (木) 03時04分
うふふ…前回が神回だったので、何となく番外編的に見ている私です。
堤さんも、もう遊んで演出付けてる雰囲気( ̄∇ ̄;)
今回だけではどうなるのか想像もつかず…
なぜ前後編にしたのか。
来週が楽しみです。
投稿: くう | 2012年3月23日 (金) 19時25分
❀❀❀☥❀❀❀~くう様、いらっしゃいませ~❀❀❀☥❀❀❀
まあ、原作を読んでいると
どうしてもそうなるのでございますよね。
トロはとなりのトトロにくるかと思いましたが
70年代的にNGワードなので
だめだこりゃ・・・でしたな。
ま、時代考証あるのかないのか微妙なドラマですがな。
まあ、基本的に「芝生は緑」は
二世帯もの・・・。
家族九景じゃないかという潜在的な
ツッコミは70年代からありますからな・・・。
そういう意味で一世帯一篇ということは
理にかなっているのでございます。
ただし、なぜラストに「芝生は緑」なのか・・・。
これは最終回を見てからじっくり考えたいところです。
とにかく・・・これで主要キャラは
全員映像化されたわけで
キッドとしてはすでにコンプリート感が
かなりありますな。
やったーっキャラ全揃いーっ。
・・・そういう感じです。
まあ・・・そういうわけで来週は
ウキウキ気分で見たいと思ってます。(; ̄∀ ̄)ゞ
投稿: キッド | 2012年3月23日 (金) 20時06分