結婚式に出たんだ、2つの顔を持って(松山ケンイチ)
叔父とその子ら四人を斬った平播磨守清盛は別人と化した。
阿修羅となったのである。
もはや、保元の乱後の清盛ではない。もちろん、その準備は着々と出来ていたのである。
物心つく前に生母は実父に殺害された。父と思い、母と思った人は他人であった。しかし、父と慕い、母と敬った。
海賊と戦い、父が討った盗賊の子を助命した。
愛する女を失った。子の親となった。
叡山の賊徒に矢を放った。義弟のために曼荼羅を描いた。
義父を失い、棟梁となった。天下分け目の戦いに勝利した。
そして、義父の弟(叔父)を斬ったのだ。さらに従兄弟たちを斬ったのである。
その瞳には赤い血が宿り、その鼻には血の匂いが香り、その両手には肉の重みが残っている。
で、『平清盛・第24回』(NHK総合20120616PM8~)脚本・藤本有紀、演出・佐々木善治を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回はついに大人となった平清盛が嫡男・正五位下平左衛門佐重盛の描き下ろしイラスト大公開でお得です。逝去して去っていくだけでなく、剃髪するものあり、元服するものあり、皇位につくものあり、次々と姿を変える登場人物たち・・・。御苦労様です。あくまでマイペースでお願いします。また、過去イラストの勝手なる改竄の数々、どうかお許しくださいますように。・・・だから謝罪は直接しろよっ。
保元の乱の終結の翌年、保元二年(1157年)十月、およそ一年の歳月をかけ、後白河天皇の信任をうけた信西は大内裏を修復した。火災などによって使用不能だった殿中が復興し、天皇は長く仮住まいしていた里内裏(貴族の屋敷などを仮の御所としたもの)を出て、本来の皇居に戻ったのである。その功により、公家も武家も昇進を遂げている。平家宿願の公卿は達成できなかったが、清盛の正四位下に続き、嫡男・重盛は正五位下に出世した。この時、源義朝も正五位下となった。平家の御曹司は源氏の棟梁と同格なのである。この時、11歳の清盛・三男・宗盛は従五位下に任じられている。基本的には官位も世襲の色濃い時代である。義朝も破格の出世を遂げているのだが、平氏一門に対して源氏が下風にあたっているのは間違いない。清盛は嫡男・重盛の正室に藤原成親の妹・経子を迎えている。この時、成親は従四位上で、清盛より官位は低いが、成親の父で、清盛の母・池禅尼の従兄弟である藤原家成は正二位まで上がっており、成親は順当に行けばそこまで昇進が約束されているわけである。清盛の父・忠盛は正四位上までだったので、平家よりも藤原家成家の方が家格は高い・・・ということになるのだった。清盛は亡き弟・家盛の娘・宗子(仮名)を重盛の養女として、大宰府大監・原田種直(事実上の九州王)に嫁がせる。ちなみに原田氏は大蔵氏の裔で、大蔵氏は東漢氏、東漢氏は後漢の献帝の末裔と称している。それはさておき、清盛の大胆不敵な深謀遠慮が目覚めはじめていた。もちろん、その指南役は信西であったのだろう。
伊勢から近畿を抜け、播磨、安芸と瀬戸内海を巡る島々はすでに父・忠盛の代から実質上、平家の支配下にあった。清盛が播磨守に任じられたことで今や、名実ともに瀬戸内海は平家の海である。
平安時代には国はほぼ、四等級に分けられていた。大国、上国、中国、下国であり、基本的には年貢の多寡や、京までの距離などによる等級である。清盛の播磨国(兵庫県)は大国であり、義朝の下野国(栃木県)は下国だった。
義朝は関東では覇者であったが、所詮は寄り合い所帯である。坂東武者の独立心は旺盛なのである。
一方、清盛の制した土地は文化度も高く、清盛が武力による警察権を行使することにより、京にいる名目上の支配者と、現地の管理者の間に入り、提携することも比較的容易だった。平家一族は一種の軍事官僚機構を形成し、各地の連携を容易にしたのである。
この経済力を持って平家一族は大内裏の修復をほとんど一手に引き受けた。
そのために、帝のおぼえめでたく、またもや一族そろっての大出世をしたのだった。
父親の身分を考えれば、義朝も格段の出世を遂げているのだが・・・清盛との落差は大きい。「あの戦は・・・俺が・・・勝たせた・・・その上・・・父上を・・・」・・・義朝が鬱にならななかったと言えば嘘になる状況だったのである。
清盛を義兄とも友とも慕う義朝の中に暗黒への傾斜が角度を増していく。
もちろん・・・それもまた妖魔のなせる術と言える。
それはさておき、平家一族の次なる目的は鎮西(九州)と定まっていた。
崇徳の流された四国は死国と呼ばれた暗黒の土地である。空の国(外国)に近い、九州はどちらかといえば先進国、四国は東北なみに後進国・・・あるいは未開の地・・・あるいは鬼の棲む場所だったのだ。
その瀬戸内海側は一応、平家の領分である。そうなれば、その先、西海には九州があり、その先には宋国との貿易が待っている。
清盛は瀬戸内の海賊勢と近畿の精鋭を引き連れて、大軍団で・・・大宰府に乗り込んだ。
その軍容の巨大さに肝を抜かれた大宰府の官人たちは唯々諾々と清盛の支配に入ったのである。
「うちの若いものは血の気が多くて、あかんのですわ・・・おかみにさからうあほなもんがおるちゅうだけで、もうおさえがききまへん。血の雨がふりまっせえ」
「こら・・・清盛殿、なんばしようとかいな・・・わかっとっとね・・・血と汗と涙でよごれた鎮西の歴史がわからんか・・・ああ、米ば黙って持っていきようが・・・ああ、ああ、もってけ、なにもかももっていきなさい・・・ほんなこと・・・」
清盛は九州を武力で支配下に置くと、懐柔策として九州王原田氏との婚姻関係を結んだのであった。
清盛はすでに鬼の顔と仏の顔を持つ両面宿禰となっていた。
そうした古代神の魂を呼び、勇者たちに降らしているのは前斎宮統子親王である。
宮に巣食う異国の妖魔を封じるための対応策であったが・・・統子にはそれが正しい道であったのかどうか・・・疑わしくなっていた。
それは弟、後白河天皇の変容に端を発していた。
妖魔である美福門院の押さえとして帝には愛宕山の天狗を憑依なさしめたのだが・・・帝はよほど大天狗と相性がよかったのか・・・天狗そのものと化し始めていたのである。
なにしろ・・・時々、鼻がにゅっとのびるのだった。
そして・・・おそろしいことに・・・美福門院と密会を交わした帝はその鼻で・・・。
美福門院と快楽の限りを尽くしているという。
処女巫女である統子には想像もつかないが・・・なにやら・・・よからぬ方向に話は進んでいるのである。
出雲国に派遣した西行からは・・・最後の封印についての情報も滞っていた。
「少し・・・間に合わないかもしれない・・・」
統子は悪寒に襲われる。
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