私は食べられる菜っ葉(吉田里琴)私はお天気雨(芦田愛菜)私は単にアカネ(中谷美紀)
名前も忘れてしまうのだな。
あなたには好きな歌手がいるだろうか。
その歌手の名前が思い出せない自分を想像できるだろうか。
顔も思い浮かぶし、もちろん、歌声も頭に浮かぶ。
しかし、名前が思い出せない。
名前だけが・・・記憶から消えてしまうなんてことが・・・ど忘れレベルなら意外と多くの人が経験あったりして。
では・・・自分の名前はどうだろう。
自分の名前が思い出せないこと。
困りますよ。本当に困るんですよ。
この物語はそういう話ですから。
たとえば認知症と診断されたとする。
告知をしない医者が家族にそれを先に告げたとする。
告知をする家族なのですぐに本人に告知する。
次の日・・・「認知症のことなんだけどさ・・・」
「え、誰か認知症になったの?」
「いや・・・あなたが・・・」
「え・・・私が・・・」
「そう・・・あなたが・・・」
「いやだなあ・・・冗談でもそういうこと言われるのって・・・」
「・・・」
記憶が失われてしまう病気というものは本当におそろしいものなのです。
で、『ビューティフルレイン・第4話』(フジテレビ20120722PM9~)脚本・羽原大介、演出・小林義則を見た。木下圭介(豊川悦司)は若年性アルツハイマー病を発症する。幼い娘の美雨(芦田愛菜)には「もの忘れ病」と嘘をつき、「薬を飲めば治る」と嘘をつき、「他の人には秘密だぞ」と約束させる。本人としては何をどうすれば正しいのか、分からない混乱状態と言っていいだろう。これは当事者ならずとも混乱する問題だ。周囲の善意を信じれば認知症について理解を求めて告知するのが筋だが・・・世界は悪意に満ちているという考え方もある。実際に認知症であることにつけこまれ、精神的、肉体的、経済的に様々な被害にあうことは充分、予想できるのである。
なぜ、もっと率直にカミングアウトしないのか・・・そう感じるお茶の間も多いだろうが・・・これこそが記憶障害の抱える根本的なジレンマだとご理解いただきたい。
信用できる人は誰か・・・信用できない人は誰か・・・忘れてしまうのだ。
さらにいえば・・・人を信じることも忘れます。
そして・・・誰も信用できないと思ったことさえ・・・忘れるのです。
そういう・・・圭介の底知れない悩みとは別に夏休みは容赦なくやってくるのだった。
忘れない人々に囲まれて過ごす時間が減り、忘れてしまう父親と過ごす時間が増えるのである。
「明日から、夏休みだけど早起きするんだぞ」
「はい」
「なにしろ・・・ラジオ体操があるんだからな」
「はい・・・」
「早起きしなさい」
「・・・はい」
「ラジオ体操があるから・・・な」
「・・・」
「早起きしないとだめだぞ・・・」
「父ちゃん、それもう聞いたから」
「そうだったっけ・・・」
父親として・・・娘の美雨に・・・充実した夏休みを過ごしてもらいたい一心の圭介だったが・・・自分がすでに暗礁に乗り上げた難破船のようなものだという自覚は不足しているのだった。
「ちゃんとクスリを飲んでね」
「うん」
「飲まないともの忘れ病がなおりませんよ」
「ふふふ・・・美雨はまるでママちゃんみたいだな・・・」
「そうなの?」
「うん・・・ママちゃんみたいだ」
生後二週間で病気のために急逝した母親・妙子(石橋けい)の記憶は美雨にはまったくない。美雨は自分に似ているという母親を写真の中に見出そうとする。
しかし・・・そこにはいつもの亡き母の笑顔があるだけだった。
信じてすごしていたんだわ
ずっといっしょに歩いてゆけるって
終業式の学校では悪友の小料理屋「はるこ」の女将・春子(国生さゆり)の一人息子・小太郎(高木星来)は例によって、怪しい情報で美雨の心を揺らすのだった。
「これは魔法の葉っぱで・・・四つ葉のクローバーっていうんだぜ。これを四つ集めたらどんな願い事も叶うんだ」
「そんな・・・ガンダーラみたいなこと・・・あるわけないじゃん」
・・・と口ではクールに決める美雨だが・・・ひょっとしたら・・・父親の病気が治るかもしれないと淡い希望を抱くのだった。
一方、圭介の務める金属加工工場「中村産業」では工作機械の新規導入の件で盛り上がっていた。
しかし・・・そのことをたちまち失念してしまう圭介は職場の人々と話がかみ合わない。
「さあ・・・やりましょうか」
「やるって・・・なにを」
「機械が入る場所を整理するって・・・圭介さんがさっき言ってたじゃないですか」
「あ・・・そうか」
「しっかりしてくださいよ」
あわてて・・・胸ポケットの手帳を開く圭介。
工作機械の納入
確かに予定は書き込まれていた。しかし・・・それがどんな機械なのか・・・圭介は想起できなかった。
夏休み初日である。
美雨は朝から・・・四つ葉のクローバー捜しの旅に出る決意を決めていた。
「でかけるなら・・・帽子を忘れるなよ」
「はい・・・」
「熱中症になったら大変だからな・・・」
「はい・・・」
「出かけるときは帽子を必ず被るんだぞ」
「熱中症になったら大変だ・か・ら・・・」
「父ちゃんが言おうと思ったのに・・・」
「だってくどいんだもん」
圭介は通院のために仕事を遅刻する。いいわけは腹痛である。
「そんなことで仕事を休むなんて・・・珍しい」
「ねえ・・・」
最近の圭介の言動に不審を感じる中村社長(蟹江敬三)と社長夫人の千恵子(丘みつ子)は眉をひそめるのだった。
圭介の主治医・古賀(安田顕)は今日も冷たいほどに穏やかな声で圭介にアドバイスをする。
「仕事ですか・・・仕事も続けられる間は続けた方がいいですね・・・しかし、そのためには周囲の方々の理解と協力が不可欠です」
「秘密にしていてはだめですか」
「まだ、ご自身で病状を語れるうちに少なくとも経営者の了解をとりつけた方がいいでしょう」
「・・・」
「そのうちに自分がなぜ忘れてしまうのか忘れることもあるでしょうから・・・」
「・・・」
「メモを取るのはとても大切なことですが・・・あなたの病気の場合・・・メモがあることを忘れてしまうことがあるのです。だから・・・大切なことは周囲の人と情報を共有することなのです」
「大切なことって・・・」
「そうですねえ・・・印鑑の場所とか、銀行の口座番号とか、重要書類の保管場所とか・・・あなたの心にしまっていること全般です」
「それじゃあ・・・秘密が・・・」
「そうです・・・あなたが忘れたら・・・すべては永遠の秘密になってしまうのです」
「・・・」
「そういう病気なのですよ」
圭介には大切な情報を共有してくれる人が想起できなかった。妻は他界し・・・娘は小学二年生なのだ。
何度目だろう・・・この絶望感を感じたのは・・・圭介は考える。
しかし・・・記憶力には全く自信がないのだった。
圭介の病気について唯一知っている他人は事前に連絡もせず、突然実家に戻って来た社長の娘・アカネ(中谷美紀)だけだった。
アカネは何故か、若年性アルツハイマー病の症状に詳しく、何故か、大阪にいる夫の西脇拓哉(山中聡)と距離を置いているのだった。
この物語における唯一のミステリーだが・・・西脇家の離婚沙汰に誰かのアルツハイマー病が関連していることは間違いないのだろう。
そうとは知らない社長は突然、アカネの夫から電話で「アカネと離婚するつもりがないことを伝えてください」と言われ面食らうのである。
夫の浮気か・・・と早合点する社長だったが・・・おそらく身に覚えがあるのだろう。
白い坂道が 空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
美雨の旅は商店街から始っていた。
美雨の頼りになるアドバイザーは八百屋の菜子ちゃん(吉田里琴)なのだ。
「菜子、出かける前に品出し手伝ってくれよ」
「やだ・・・友達とプールにいくんだもん」
「菜っ葉の菜子ちゃん、お願いだよう」
などと会話をしている八百屋の親子だった。
「菜っ葉の菜子ちゃん?」
「私の名前・・・八百屋だから菜っ葉の菜子ちゃんて・・・ひどいでしょ」
返答に屈する美雨だった。
「美雨ちゃんは・・・どうして美雨ちゃんなの?」
「う~ん。知らない」
「そうなんだ・・・ところで、なんか用かしら・・・」
「私・・・四つ葉のクローバーを捜してるんだけど・・・」
「ははは・・・さすがにそれは家にはないよ・・・でも生えていそうなとこ、教えてあ・げ・る」
「ありがとう・・・菜子ちゃん」
菜子は美雨を河川敷の野原に案内するのだった。
「私、昔、ここで見つけたことあるよ」
「すごい」
「一緒に捜してあげたいけど・・・友達と約束しちゃってるから・・・」
「うん、大丈夫、自分で探すから」
照りつける太陽の下・・・美雨の四つ葉のクローバー捜しが始るのだった。
もちろん、そばにはひでりがみが一本の足でニヤニヤしながら立っているのである。
そこに通りかかるアカネ。
「何してるの?」
「四つ葉のクローバーを捜してるの」
「そうなんだ・・・じゃ、私も手伝っちゃおう」
ひでりがみはちょっと顔をしかめるのだった。
するとアカネの携帯電話が鳴りだした。
アカネの夫から話を聞いたアカネの父親が立腹して電話をかけて来たのだった。
「私、お父さんから呼び出されちゃった・・・美雨ちゃん・・・一緒に帰ろう」
「私・・・もう少し・・・一人で捜す」
「そう・・・でもね・・・お昼までには必ず帰ってきてね・・・午後になったらまた一緒に来てあげるから・・・」
「うん」
美雨はもう夢中なのである。アカネが後ろ髪をひかれながら土手から去っていくとひでりがみはニヤリと笑う。
一本しかない手をのばすと美雨の帽子を掴んで投げ上げる。
帽子は天高くどこまでも舞い上がる。
見上げた美雨は身体を揺らして野原に倒れ伏すのだった。
誰も気づかず ただひとり
あの子は 昇っていく
そして舞い上がる
・・・おいおい、殺すなよ。
アカネのストーカーである立花健太巡査(君嶋麻耶)が美雨を発見し、救助するのだった。
ひでりがみは舌うちをした。
病院から戻った圭介は・・・意を決して病状を伝えようとするが・・・社長の頭は娘のことで一杯だった。
続いてアカネが帰宅して・・・父親が「離婚って一体なんなんだ」と爆発したために圭介は告白の機会を失ってしまうのだった。
「今後の事をじっくり一人で考えてみたいの・・・それだけよ」
とアカネは父親もお茶の間も納得できない煙幕を展開するのだった。
そうめんをゆでる鍋もふきこぼれる夏の昼食時である。
騒然とする中村産業だったが・・・立花巡査からの一報で静まりかえるのだった。
下町でも往診してくれる開業医は少なくなった。梅ちゃん先生の時代は遠く去ったのだ。
意識不明なのだから病院に搬送するべきだが・・・下町の人々はそういうことには恐ろしいほどに楽観的なのである。
「寝かせておけば大丈夫・・・」と断言する社長夫人だった。
目を覚ました美雨は圭介に訊く。
「私はどうして美雨って名前なの・・・」
「もう少し・・・大人になってから話そうと思ったんだけどな」
「もったいぶらないでよ・・・」
「美雨が生まれた時な・・・」
「・・・」
「今日みたいに夏の陽ざしがふりそそぐ・・・いいお天気だったんだ・・・で、ママちゃんと二人で生まれたばかりの赤ちゃんを見ていると・・・突然、ザーっと雨が降り出したんだ。窓の外は青空が広がっているのにさ・・・」
「お天気雨ね・・・」
「そうだ・・・雨粒が太陽の光で宝石みたいに輝いて・・・すごくきれいな雨だった。そしたら・・・ママちゃんがさ・・・美しい雨って書いて・・・美雨ってどうかしらって言ったんだ。それがお前の名前になったんだよ」
「じゃあ・・・私の名前って・・・ママちゃんがつけてくれたの」
「そうだよ・・・美雨」
それから二週間後・・・美雨の母親は急逝する。
「あなた・・・あなたと結婚してとても幸せでした・・・」
「・・・」
「心残りは・・・美雨のことだけ・・・約束してね・・・美雨とずっと一緒にいてくれるって・・・」
「もちろんだよ・・・美雨のことはまかせておいて・・・そして・・・君も・・・」
「・・・」
「・・・」
ずっとその約束を守って生きて来た圭介である。
しかし・・・その成就は風前の灯になっている。
(神様・・・神様・・・神様・・・なんとかしてください)
圭介は念ずるが答えるものはいない。
工作機械が納入され・・・中古品であることが判明する。
圭介は「冷却装置がかなり損耗しているので・・・油を常に切らさないように注意してください」と説明する。
そして・・・さっそく・・・油を切らして試運転を始める圭介だった。
「おい・・・油・・・」
「あ・・・」
「どうしたんだ・・・圭介さん・・・おかしいだろう」
社長は思わず声が大きくなる。
その声を聞きつけた美雨は思わず飛び出してきた。
「父ちゃんを許してください・・・父ちゃんは・・・ただ・・・ちょっと・・・疲れてるだけなんです」
気勢をそがれる社長である。
気配を察したアカネが美雨をその場から連れ出す・・・。
社長夫人が口をはさむ。
「水臭いよ・・・何か・・・悩み事があるなら言いなさいよ」
「そうだよ・・・圭さん」
「すみません・・・社長・・・実は・・・俺・・・若年性アルツハイマー病なんです」
「え・・・」
絶句する社長夫妻だった。
圭介は美雨の様子を見に行く。
「ごめんね・・・父ちゃん・・・」
「なんで、お前があやまるんだ・・・悪いのは父ちゃんだよ」
「だって・・・四つ葉のクローバーがみっつしか集められなくて・・・父ちゃんの病気を治してあげられなかったんだもの・・・」
「・・・美雨」
父ちゃんの病気を早くなおしてください
幼い娘の幼い願い事。
しかし・・・残酷な現実は・・・その幼さを粉砕するだろう・・・なすすべもなく・・・美雨を抱きしめる圭介。
低い雲間に天気雨
みるみる煙る水平線
夏の始めの通り雨
ついてないのは 誰のせい?
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