アン・ドゥ・トロワと踊りだす愛しいあの子を忘れる前に(豊川悦司)
記憶喪失宣告される病である。
一生懸命に考えてよかれと決断したこともやがて忘れる。
幼い娘の生活を考えて別離を考えたこと。
娘がそれを望むかどうか考えたこと。
娘を欺くことに心が痛んだこと。
娘を見送ったこと。
娘のいない部屋の喪失感。
自分の決意にひるんだこと。
すべてを忘れてしまうのだ。
やがては・・・娘がいたことさえも・・・。
自分が生きていたことすべて。
それでもしばらくは生きて行くのである。
時々、不安に襲われながら、自分が誰かも忘れつつ。
で、『ビューティフルレイン・第8回』(フジテレビ20120819PM9~)脚本・羽原大介、演出・水田成英を見た。若年性アルツハイマー病を発症した木下圭介(豊川悦司)には二つの選択肢がある。一つは娘の美雨(芦田愛菜)の血縁である義父母、上原一夫(浜田晃)と愛子(岩本多代)を頼ること。もう一つは家族的な職場の人々に頼ることである。中村産業という職場には社長の富美夫(蟹江敬三)と妻の千恵子(丘みつ子)という人情味あふれる他人がいる。アルツハイマー病の義母を看取った経験がある出戻り娘のアカネ(中谷美紀)もいる。何よりも症状の進行に合わせてギリギリまで働ける「仕事」がある。ミラクルな展開としては・・・圭介とアカネの間に「男と女」の関係が生じ、妻として圭介の「その後」の介護や、義母として美雨の養育を託せるというものがある。
そういう甘い幕切れもありえるが・・・ひとまずは現実的な選択に針が振れる展開である。
何よりも圭介の病状の進行の速度の問題がある。
現在、小学生の美雨が・・・どの程度、成長するまで・・・圭介の記憶が保持されるか不明なのである。
成人するまで大丈夫かもしれないし・・・明日、その日が来るかもしれない。
圭介は苦悩するほかはない。そして・・・もっとも合理的と思える結論に達する。
ただし・・・義父母は沼津に在住であり、娘のためにも出来る限り、仕事を続ける覚悟の圭介は娘との別居を余儀なくされる。
はたして・・・父親と別れて暮らすことを娘は受容するだろうか。
そして・・・いつになったら不治の病であることを娘に告げることができるのか。
いくつかの「問題点」を残しながら圭介は決断する。
賢い美雨である。「若年性アルツハイマー病」が「現代の医学では治らない病」であることを学んでしまうのは・・・そう遠い将来ではないだろう。
圭介は行くも地獄、引くも地獄の道へと踏み出した。神も仏もあるものか・・・と言う思いがこみあげる。もちろん、神や仏など最初からいないのである。
あるのはひたすら残酷で不条理な現実があるだけなのだ。
もちろん・・・そうでありながら・・・人はなんとか救いの道を模索する生き物なのである。
美雨の将来の夢は・・・「バレリーナになること。バティシエになること。そして、幼稚園教諭になること」である。
「欲張りさんだなあ・・・」と思いつつ圭介は娘の未来に思いを馳せる。
しかし・・・その未来を自分は見ることができるのだろうか。
おそらく・・・見れないだろう。
そう、思いつつ今を生きるしかない圭介だった。
夢の一つを叶えるための小さな道筋に「バレエの発表会」がある。
多くのバレリーナの卵が集う時と場所。本物のバレリーナになれるのはひとにぎりの選ばれしものだが・・・とりあえずレースに参加しないことには埒があかないのである。
娘の小さな願いを叶えることは親の大きな喜びである。
圭介は精一杯の努力をしてそれを叶えようとしているのだ。
当日は沼津の義父母も見学にやってくると聞き、美雨ははりきるのだった。
沼津で暮らすか、東京の下町で暮らすかの選択について、前回、一応の結論が出たので中村産業の人々は楽観している。
しかし・・・アルツハイマー病の介護経験者であるアカネは不安を口にする。
「いつか・・・とりかえしのつかないことが・・・おきるかもしれない」
アカネの義母は・・・自宅療養を続けるうちに・・・施設収容を先送りしていた最中に・・・徘徊するようになり、徘徊中に交通事故に遭って・・・それ以来、急速に衰弱して死に至ったのである。
アカネはそれを痛恨の一撃と感じていたのだった。
だからこそ・・・夫にその点を責められて・・・離婚を決意したのである。
下手な人情が通用しない病であることをアカネは思い知っている。
「バレエ発表会」の当日。
和気藹々と会場に向かう圭介と美雨。
しかし、会場のある街の駅前で圭介はカメラのフィルムを買い忘れたことに気がつく。
おりしも、駅前には楽しいパフォーマーがいて・・・美雨は夢中になってしまう。
二人は「圭介の病」のことを失念し・・・離れ離れになってしまうのだ。
フィルムを買いに行った先で圭介は「自分が何をしていたか」を忘れてしまい、手帳を確認し、一人で会場に向かってしまう。
もちろん・・・そこは美雨が一人では到着できない場所なのである。
顔見知りの菜子(吉田里琴)に問う圭介。
「美雨を知らないか」
「美雨ちゃんと一緒ではなかったの?」
レオタード菜子の出番終了である。
いつ・・・どこで美雨とはぐれてしまったのか・・・まったく見当がつかない圭介だった。
美雨は戻ってこない圭介に・・・自分の失策に気がつく。
(父ちゃん・・・忘れてしまったんだ)
その目に警官の制服が映る。
(おまわりさんに・・・道を聞いて)
あわてて駆けだした美雨は走行中の自転車と交錯してしまうのだった。
上京し・・・会場に向かう途中だった義母はその場に遭遇してしまう。
とりかえしのつかないことを目撃してしまうのである。
せっかくの発表会は台無しだった。
美雨の収容された病院には圭介の主治医の古賀(安田顕)がいた。
「娘さんのために・・・どうしたら一番いいかは・・・誰にもわからない。しかし・・・物事を筋道たてて考えられるのも今のうちかもしれない。最悪の場合のことを考えて最善の手を打っておく・・・そういう判断力があるうちに・・・そういう考え方もあります」
「考えられるうちに考えろ・・・てことですよね」
「ですね」
圭介は決断した。
美雨と別れて暮らすことを。
夏休みの間だけ・・・沼津に遊びに行く・・・ということで納得する美雨。
しかし・・・それは長い別離になる予定だった。
義父母は・・・圭介も一緒に沼津で暮らすことを提案する。
しかし・・・それには抵抗がある圭介だった。何よりも慣れ親しんだ仕事を続けたいと考える。稼げるだけ稼がなくてはならないのである。
「それに・・・やがて・・・何もかもわからなくなっていく・・・自分を娘に見せたくないのです・・・娘がどんなに傷付くか・・・想像もつきませんから・・・」
圭介の苦渋を人々は自分たちのそうぞうの範囲内で受け止めるばかりである。
やがて・・・最後のくすぐりの儀式を終えた美雨は旅立つ。
もはや・・・登場するだけでちょっとこわい長距離バスである。
「ごめん・・・美雨・・・ごめん・・・弱い父ちゃんを許してくれ・・・」
圭介は声にならない声をあげるのだった。
帰宅した圭介は・・・いなくなったものの存在に胸をふさがれる。
「父ちゃん」
「父ちゃんの病気もうすぐ治るんでしょう」
「父ちゃんずっと一緒だよ」
「父ちゃん」
「父ちゃん」
「父ちゃん」
ふと見ると亡き妻の写真の裏に何かがある。
美雨が靴を泥んこにしてさがした四つ葉のクローバーだった。
「父ちゃんのびょうきがなつやすみが おわるまでになおりますように」
その叶わぬ願いが圭介の心を破壊する。ストレスがよくない病なのである。
笑いたいよ
何ももたずにかけだし
君に会いにゆくよ
それ以上傷つかない世界へ
いつも照らされてた
見つめ返す
目の光に
戻りたいよ
愛と遠い日の未来へ
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