風さそう湊に立ちて泣いてる身も知らぬ仏を仏が見ていた(松山ケンイチ)
いつの世も勝てば官軍である。
憐れな以仁王はその一事に賭けた世間知らずの王子だった。
一般に以仁王の令旨として知られる文書は法的には偽書である。
以仁王には皇室の正式文書である令旨を出す資格がなかったからだ。
まして、後白河法皇、高倉上皇、安徳天皇のいずれもが認めない中で、勝手に親王を名乗ったことは身分詐称であると同時に立派な反逆罪だった。
後白河法皇の不遇だった親王時代に生まれた第三王子である以仁王は母の藤原成子がそれなりに寵愛を受けていたにもかかわらず、後白河法皇と平家の蜜月時代の余波を受け、ついに親王宣下を得られなかった憐れな身の上である。
そんな以仁王を後白河法皇の異母妹である八条院が猶子として育て・・・明らかに甘やかした。
そして「世が世ならあなたは天皇だった」と吹き込みまくったわけである。
八条院の母は美福門院であり、ライバルであった待賢門院を母とする後白河法皇とまったく確執がなかったとは考えられない。また、美福門院の莫大な遺産を受け継いだ八条院にとって後白河法皇の血筋を後継者に指名することは一種の保険でもあったわけである。
しかし・・・その保険がまったく機能しないので・・・あせりもあったと思われる。
この微妙な関係が・・・以仁王の中で鬱屈して行ったことは充分に察しがつく。
その結果、兵力差28対1という無謀というのも愚かな謀反をしでかしたのである。
たが・・・その投じられた一石がついには平家を滅亡に至らせるのだから世の中何が起こるかわからないのだな。
しかし・・・以仁王の憐れな所は・・・そうまでしても父・後白河法皇に顧みられなかったことだろう。
以仁王の遺児である北陸宮は皇位継承者として名乗りをあげるが・・・後白河法皇は完全に無視するのである。
どうして・・・そこまで冷遇されたのか・・・不可解になるほどの憐れを極める王子・・・それが以仁王なのだった。
で、『平清盛・第46回』(NHK総合20121125PM8~)脚本・藤本有紀、演出・柴田岳志を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は何はなくても以仁王の乾坤一擲描き下ろしイラスト大公開でございます。擬似以仁王・・・長かったからなあ。山田孝之主演で「以仁王」が見たいくらいでございます。なんていうか、憐れ極まりない以仁王が見られる予感。源三位はものすごく老けメイクで渡部篤郎でもいいかな。八条院は麻生祐未で、八条院女房が綾瀬はるかで「謀反したのは私でございます」とか・・・もう、違うドラマだろうがっ。
源三位頼政がなぜ以仁王の謀反に加担したのかには諸説がある。実際には出家して入道となった齢七十七の老将がそうしたというよりは家督を継いだ嫡男・仲綱がうっかり以仁王の遊びに付き合ってしまったというところであろう。入道が気がついた時には引き返し限界点を越えていたのではないだろうか。つまり、偽令旨が各所に出回ってしまったのである。亡き源為義の遺児の一人である新宮十郎行家を使者として各地の源氏に発令してしまったのだからたちまち露見するわけである。なにしろ、すでに日本の半分は平家の領地という時代なのである。行家が令旨を受けたのが四月。そして五月には謀反発覚である。清盛は以仁王を皇室から除籍し、臣籍降下して源以光とする行政処分をしてから配流と定めた。そして平時忠に捕縛を命じたのである。以仁王は三条高倉の屋敷を脱出し、園城寺に逃れる。ここで源三位が以仁王に合流し、五月下旬、大和国興福寺を目指す。その数は千騎ほどであったと「平家物語」は伝えるが実際はもっと少なかったであろう。これを平知盛率いる2万8千騎が追撃したとされるが・・・おそらく包囲網を形成したのだろう。以仁王軍は道半ばで発見され、宇治川橋で合戦となる。源三位勢は殿軍を勤め、頼政・仲綱父子は宇治平等院で自害して果てる。その後、以仁王は逃亡の最中に射落とされたという。この乱に前後して清盛は山城国の延暦寺、近江国の園城寺、大和国の興福寺という強大な寺社勢力の蠢動に危機感を覚え、六月に福原遷都を強行することになるのである。
平安京は呪詛の都と化していた。
後白河院が憑依した天狗によって主導した闇の陰陽師の呪詛が増幅し、誰の手にも負えなくなっていたのである。昼日中でさえ、都大路にもののけが見受けられるようになっていた。まして、夜ともなれば魑魅魍魎が跋扈し、まさに魔都と化していたのである。
「もはや・・・皇室には疎開していただくしかない」
「しかし・・・福原はいかにも手狭で公卿方の移転もままならぬのではないか」
「輪田の開発が進めばなんとでもなろう」
「摂津国、播磨国にまたがる壮大な都を作ればよいであろう」
「しかし、すぐにというわけにはまいらぬ」
平家が主導する朝議でさえ意見が分かれたが、清盛は強権を発動し、高倉上皇・安徳天皇・後白河法皇を六月初旬に福原に御幸なさしめたのだった。
一種の首都機能一部移転である。
しかし、すべての行政機構を移すには時期尚早である感は否めない。
清盛は霊能武者を動員して平安京の浄化作戦に全力を注ぐ。
しかし、比叡山や近江、南都に潜伏した闇の陰陽師の呪詛はその後も続いていく。
福原の造営と平安京の浄化・・・二方面作戦に追い込まれた清盛の疲労は極地に達していた。
福原の離宮で久しぶりに夫を見た時子はそのやつれように涙した。
「殿・・・」
「時子か・・・よう参った」
「もはや・・・秘本・源氏物語の霊力も尽き・・・婆には出番もございませぬ」
「そうか・・・すまなんだのう」
「殿も・・・お休みなされよ」
「そうもいかんのだ・・・夜には夜で来客がある・・・ほら・・・今宵も参ったぞ」
離宮の床が震え、開け放たれた縁側に青白い炎が燃える。
「あれは・・・以仁王様」
「そうだ・・・あれがきて・・・怨みがましい目で見つめるのよ・・・何か悪さをするわけではないが鬱陶しくてたまらぬわ」
「聖なる剣にて払えばよいではありませぬか」
「あれは朱雀に遣わしておる・・・京での悪霊退治にかかせぬのでな・・・」
「秘本が一帖なりとも残っておれば・・・妾にもなんとかできるのですが・・・」
「よいよい・・・それになにやら・・・不憫じゃからのう」
「しかし・・・あのようなものでも邪気は邪気・・・お体に触りますぞ・・・」
「まあ・・・我もいつお迎えがきてもおかしくない年じゃからの・・・」
「殿・・・」
その時、幽かな風が揺らいだ。
「オン・アロリキヤ・ソワカ」
清盛にとって懐かしい声だった。
「オン・ロケイ・ジンバ・ラ・キリク・ソワカ」
庭の隅に白い光が放たれた。浮かび上がるのは観自在菩薩である。
「オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ」
十一面観音、千手観音が現れた。
「オン・ハンドマ・シンダ・マニ・ジンバ・ラ・ソワカ」
最後に如意輪観音が出現する。
四体の観音が四方から悪霊と化した以仁王を包み込む。
その時、以仁王の表情に恍惚とした光が宿った。
一瞬の後に屋敷は闇に包まれる。
月明かりの下に西行法師が立っていた。
「ご無礼つかまつった」
「・・・」
二人の男に光陰が矢の如く往来していた。
時子はその光景の美しさに微笑んだ。
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