惨い世を避けるためには惨くあらねばならないという説なのじゃ(多部未華子)
歴史的に見ても、エンターティメントの世界でも徳川家光が人気を博すことはあまりない。
大日本帝国時代にはそもそも賊軍である徳川家に対する評価が低いわけである。
帝国が滅亡して象徴天皇制が始り、米国的な擬似民主主義のもとで一番再評価されたのは徳川家康であろう。
なんといっても明治維新以後、内戦、日清日露の戦争、第一次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争と戦争に明け暮れた帝国で疲弊した民衆は・・・戦乱の世を治めて・・・平和の世の礎を築いた戦国武将として家康を見直したわけである。
その方向性がとにもかくにも1945年から続く、長い平時をこの国にもたらしたわけだ。
何が何でも戦争はしない・・・戦後の指導者たちはその一事だけは忘れなかった。
しかし、時は流れ・・・時代は変わった。
世界は豊かになり、その豊かさに溺れ、強欲になっている。
保護者である米国の国力が低下し、仮想敵国である中国は一党独裁の維持のために国内の矛盾を対外政策で解決しようという意欲を見せ始めた。
世界平和を維持するために相当な覚悟が必要とされる時代になってきたのである。
徳川家康は日本の平和のために関ヶ原の合戦(1600年)を行った。
二代目である徳川秀忠は日本の平和のために大阪の陣(1614-5年)を行った。
そして、三代目徳川家光は日本の平和のために島原の乱(1637年)の鎮圧を行った。
・・・ここである。家光は三代目で・・・将軍職は世襲、そして行ったのは主に弾圧。
これでは・・・人気者になれない。
しかしだ・・・家光以後・・・1868年に大政奉還がなされるまで・・・二百年以上の太平の世を生みだしたのは本当は誰なのか・・・ねえ。
徳川家光の政治こそ・・・今、もっとも再検証が必要なのではないかと考える。
で、『大奥 ~誕生~[有功・家光篇]・第8回』(TBSテレビ20121130PM10~)原作・よしながふみ、脚本・神山由美子、演出・渡瀬暁彦を見た。早いもので・・・この物語もいよいよ残り二回である。ここで・・・物語の牽引役であった春日局(麻生祐未)が去るという見事な構成だと思う。早い話・・・正史的には春日局が唯一そのまんまだったということだ。つまり、物凄い架空の話であるこのドラマをリアルに支えていたのが春日局だったのだなあ。春日局が正史的に存在しているが故に「十七世紀に日本が滅亡してしまいそうな話」が妙に生々しかったのである。春日局が去った後は完全に架空世界になっていくと言っても過言ではない。
このドラマで初めて春日局に出会った幼い視聴者もいるであろう。
春日局がただの意地悪ばあさんではないということを理解してくれたかどうか・・・そこが肝心だと思う。
男子の死亡率が80%という奇病「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」がついに大奥で発生。
お万の方(堺雅人)は罹患したお楽の方(窪田正孝)を春日局の御部屋に隔離し看病することを提案する。
病床の春日局はこれを了承し・・・お万は若い頃に憧れた弱者救済の道を得るのだった。
「あっしのような下賤のものによくしてくださって・・・」
「お楽様は将軍家の姫君の父・・・当然のことでござる」
「しかし・・・あなた様にとってあっしは憎い恋仇じゃございませんか」
「はよう・・・元気になって拙者にやきもちをやかせるがよかろう」
「ふ・・・あなた様は本当に仏様のようなお方だ」
春日局の指図で柿を食したお楽の方はそれを最後に息を引き取った。
お楽の方の死を知った女・家光(多部未華子)は表情を変えなかった。
女・家光が案じるのは春日局の容態である。
お万の方の意を受けて褥に侍る玉栄(田中聖)は不思議に思った。
「愛するお方と引き裂かれて怨みに思うのが人情やあらへんか」
「そうじゃのう・・・じゃが・・・お万と妾を引きあわせてくれたのも春日じゃ・・・生きていてうれしいとか楽しいとか・・・そういうことを知ることもなかった妾に心を与えてくれた・・・憎さもつまるところ愛しさのようなもの・・・今となっては春日局は妾にとって母のごときものなのかもしれぬ・・・」
「・・・」
「この世は地獄のようなもの。妾の父とて将軍となって最初にしたことは弟を殺すことじゃったそうな。そうしなければ父が殺されていたじゃろう。そうなれば・・・妾も生れて来ずにすんだのじゃがのう。もはや・・・こうして生きているのじゃ・・・何かをして生きて行かねば死んだものはただ憐れなばかりじゃろ」
「上様・・・あなた様はお偉いお人や」
「あたりまえじゃ・・・我が父は将軍ぞ」
女・家光は玉栄の子種を入手した。
その頃、母である雪(南沢奈央)の看病も虚しく、稲葉正勝(平山浩行)の跡を継いだ正則(西山潤)は赤面疱瘡で命を落とした。大名の正室として雪は娘の野乃(山本舞香)を男装させ身代わりに仕立てる。
雪もまた為すべきことを為す武家の女だったのである。
偽将軍である稲葉正勝と女・家光の父の家光の代からの側近・六人衆(若年寄)はいよいよ・・・女系継承を公認する時が来たのを知った。
唯一の反対者である春日局の命は風前の灯だった。
誠心誠意の看病を続けるお万に・・・春日局はついに心を許す。
「私の父は・・・謀反人だった・・・私の心にある父の面影は磔になった骸じゃ・・・齢四才の私は城主の娘から一転、山中を逃げまどう家なき子になったのじゃ」
春日局の父・斉藤利三は美濃守護代の一族であった。主家が滅んで後に明智光秀の重臣となり、丹波黒井城城主となった。天正十年(1582年)に本能寺の変で光秀に従い織田信長を討ち、続く山崎の合戦で秀吉に敗れたのである。
春日局の母は信長配下の武将・稲葉一鉄の娘である。その縁で一鉄の嫡男・稲葉重道の養女となった春日局は重道の婿養子である稲葉正成の継室となる。
そして慶長二年(1597年)に正勝を出産するのである。
稲葉正成は関ヶ原の合戦の功労者・小早川秀秋の配下にあったが、慶長七年に小早川氏は断絶。浪人となる。そして、慶長九年、春日局は家光の乳母の公募に応じて家康の目にとまり採用となるのだった。一説によれば春日局は家康の愛人となり、稲葉家を去ったのだと言う。春日局は二十六歳だった。
以来・・・春日局は天下を治めた徳川家のために生涯を費やしたのだ。
「さぞや・・・私をお怨みでしょうな」
春日局はお万に問うた。
「確かにお怨み申し上げた・・・しかし今はありがたいと思っておりまする」
「・・・そはなにゆえか」
「私は公家育ち・・・衆生の救済を夢見ても・・・苦しみというものを知りませんでした・・・しかし、あなた様のおかげで苦しみを知った。苦しみを知ってはじめて・・・心から苦しむものに寄り添うことができるようになったような気がいたします」
「そなたは・・・やさしいのう・・・修羅の世界を生きる私を憐れんでくださるか・・・」
「あなたのお苦しみにくらべたら・・・平和の世しか知らぬそれがしの苦しみなどいかほどのものでありましょう」
「・・・この私が亡きあと・・・上様を御助けくださいましょうか」
「無論、命にかえても・・・おつかえいたしまする」
「一切衆生悉有仏性」(私も仏になれますか?)
「如来常住」(あなたはすでに仏です)
こうして・・・春日局は旅立った。
寛永二十年(1643年)九月のことであった。
春日局の菩提寺は麟祥院である。東京都文京区春日にある。
東京を東西に横断する春日通りはその町の名に由来する。
春日局の名残である。
それだけの功績があったということだろう。
明けて寛永二十一年の八月。
恒例の八朔の行事で・・・女・家光は女将軍としてお目見えした。
この日より正史の時代は終り、逆転史が始ったのである。
お万の方は大奥総取締役となっていた。
新たなる時代の幕開けだった。
関連するキッドのブログ→第7話のレビュー
ごっこガーデン。女将軍お目見えセット。まこ「苦しゅうない。苦しゅうないぞ・・・女将軍じゃじゃじゃじゃーんと登場でしゅ~。特製御着物は帯が苦しくないようにワンタッチで御着替え出来るのだじょ~。なにしろ・・・江戸名物はまだまだ食べつくしていないのでしゅから~。お楽も憐れじゃったが、春日も憐れ・・・そして千熊くんはメガ憐れ~。うるうる祭りでお腹ペコペコでしゅう。今夜は牡蠣鍋にしてくだしゃい」くう「閉じ込められた男と閉じ込めた女・・・二人を看取った有功・・・表の家光、奥のお万の方・・・二人がどんな新時代を築いていくのか・・・クライマックスはもうすぐそこまで来ています・・・われ泣き濡れてカニ鍋も希望」ikasama4「松平伊豆守といえば・・・隠密使いですな・・・きっと公儀隠密もくのいち中心になるんですな・・・光秀と利三の親戚関係は諸説あって謎ですねえ・・・利三の母が光秀の姉だとか姪だとか妹だとか継室だとか・・・敗者の歴史は謎につつまれてしまうという一例ですな」シャブリ「わしは将軍という名の人柱・・・カッコエエわ~」mari「シナリオに沿ったレビューを取材中ですよ・・・有功野望ありことでしょうか?」
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コメント
キッドさん☆こんばんはo(*^▽^*)o
このドラマ 主役の堺さん 有功中心に見ていたので 5話終了時点では ある意味 大奥で生き延びるためお玉を身代わりにすることを決意する有功には この先 悲劇しか待っていないんじゃないかと想像していましたが 彼はお楽、春日局を看病することで自分が一番救われているんですね
ちょっと ホッとしました
直近2話は5話までと比較すると時代劇的要素が強くなって正史を知っている人のほうがより楽しめるように思いました
いつも録画して一人の時にじっくり見ていますが 音楽の入り方がすごく好みで見始めると1時間があっという間です。役者さんの演技もすばらしくって もうちょっとセットにお金をかけ役者に2人くらいイケメンを投入できたら 今以上に話題になったのではと ちょっと勿体ない気がしてしまします
役者さんはもちろんですがスタッフの方も良い仕事をされているなぁとしみじみ(* ̄ー ̄*)
よくわかりませんが 初めにジャニーズの人気者を使って映画を作り ドラマ化、次に映画化と 原作にほれ込みじっくり練られたプロジェクトだったのかなと感じています
最後の多部ちゃんの演技が圧巻で迫力が凄かったです
自然と涙が出てきました
女大奥誕生の日に愛子様の誕生日の記事を読み なんだかちょっと不思議な気分になりました
ある意味 最終回でもいいような今回のラストシーン
残り2話にどんな展開が待ち受けているのか今から楽しみです
投稿: chiru | 2012年12月 1日 (土) 20時43分
シンザンモノ↘シッソウニン↗・・・chiru様、いらっしゃいませ・・・大ファン
人間は常に選択を迫られる生き物ですが。
運命を受け入れるか、
運命に抗うか、
この選択は多くの場合、
保留されるのでございます。
大いなる世界の中で
抗いようのない運命に直面する日々。
テレビのスイッチを切ったり切らなかったりするのは
比較的たやすい選択に分別されています。
しかし、ドラマを愛するものにとっては
この選択は
夕ご飯をごはんにするかうどんにするかという選択より
難しかったりしますな。
ダイエットのために一食抜くかどうかに匹敵する難しさでございます。
有功は仏の世界というファンタジーワールドに憧れる
貴族だったわけです。
しかし、徳川家という現実の権力機構に触れて
世の中が苦界であり
自らが苦悩を知ったことによって
哀しい歌がなぜ歌われたのか
悟ったようですね。
それは所謂「生きる実感」を
有功に与えたのでしょう。
彼は望んでいたものを
いつの間にか手にいれる
幸運の星の下に生れているのですな。
なにしろ・・・ドラマの主人公ですからねえ。
有功は玉栄を苦界に引き込んでしまったことを
悔んでいたわけですが
それもまた苦行と知ったのです。
だから・・・ある意味で
玉栄を愛する女・家光に
捧げるのは現実的な折り合いと同時に
一種の恍惚感をともなうプレイでもあったわけです。
まあ、その手の世界ではよくあることですな。
ドラマは総合芸術でもあり
大衆娯楽でもあります。
このドラマは歴史SFとしても楽しめるし
メロドラマとしても楽しめる
そういう複合的な要素を持っているのでございまいす。
しかし・・・それは
歴史SFが苦手な人を遠ざけるし
メロドラマが嫌いな人には受け入れれない。
何事も諸刃の剣ですな。
このドラマには無駄な登場人物が
ほとんどでてこないので
イケメン2人を追加する余地があるかどうかは別として
玉栄を十代帝国アイドルにしたら
ものすごくスキャンダラスにはなったでしょうねえ。
しかし・・・そうなると今の大人の演技はちょっと
期待できないのですな。
また・・・映画版と違い、この大奥は
男女逆転の途上・・・容姿よりも実力や家柄で
選抜されてる男子なので
脇役たちがそれほどイケメンではない方が
リアルなのですな。
だからこそ、お万やお楽が選ばれたイケメンとして
立つわけですからねえ。
ニノと柴咲の映画版1は
言わばエンディングでありオープニングという
円環構造の一部ですな。
この後をドラマがニヤニヤさん多部ちゃんで
じっくりと描き
ニヤニヤさん菅野ちゃんの映画版2で
フィナーレという
なかなかダイナミックな仕掛けになっているわけですな。
女将軍と女天皇は似て非なるものですが
なにしろ男尊女卑を人生の根幹にしている人間は
意外と多いですからな。
悪魔として性別に縛られた
人間の苦悩というものをニヤニヤしながら
楽しむばかりでございますけれど・・・
投稿: キッド | 2012年12月 2日 (日) 02時09分