それは雪の日のアイスクリームと同じ・・・おれたちには見られない(剛力彩芽)
心象スケッチ「春と修羅」(初版)には「小岩井農場」と「無声慟哭」に「アイスクリーム」が登場する。
嘆きの天使である宮沢賢治は愛しの妹である宮沢トシのために牛乳、卵、塩を用意して病院の製氷機を使い、「重湯の代わり」としてアイスクリームを作らせたという。
妹萌えの賢治にとって当時は高価だったアイスクリームを与えることはせつない喜びだったことだろう。
こたつで食べる氷菓の贅沢さ・・・それが庶民に普及することを明治生れの賢治は予見していたようである。
質屋の息子に生まれた賢治は「金銭」の有り難さと禍々しさを「生命」のはかなさと美しさと同様に見極めている。
「雪」と「アイスクリーム」はその象徴と言えるだろう。
宮沢賢治は死者行方不明者二万人超の明治三陸地震の直後に生れ、死者行方不明者三千人超の昭和三陸地震の直後に死去した。享年37。地震と津波は忘れた頃にやってくるのである。
奇妙な符号というものは一種の偶然である。
ドラマに登場するスケッチに描かれた鶴岡八幡宮の大銀杏の倒壊は2010年の3月10日で、そのほぼ一年後の2011年3月11日に東日本大震災が発生する。
そういう偶然に神木の告げる予兆を読みとることができるかどうか・・・悪魔にはあずかり知らぬことである。
だが、宮沢賢治の死後・・・生前には経済の対象とならなかった著書が高額取引されることはなんとなく邪推できる。
まあ、ダ・ヴィンチのノートをビル・ゲイツがおよそ24億円で買ったようには・・・宮沢賢治の自筆手入れ本が発見されたとしても・・・それほどの高額にはならないように思う。
しかし・・・一部愛好家は一億円だしても惜しくないと思うかもしれません。結局、日本語文化圏の相場の問題だからな。
で、『ビブリア古書堂の事件手帖・第4回』(フジテレビ20130204PM9~)原作・三上延、脚本・岡田道尚、演出・宮木正悟を見た。フジテレビヤングシナリオ大賞出身作家の起用である。無難にまとめあげたと考える。ただし、ドラマとしてはやや弱い部分もある。なにしろ・・・姉妹の確執が説明不足なのである。姉・小百合(峯村リエ)と妹・聡子(森口瑤子)の存在感だけで押し切っているよね。もう一点、原作と違いすぎるキャスティングでなにかと物議を醸している栞子(剛力彩芽)の所作の問題である。これはクレジットのタイトル・バックで本を散乱させてしまった演出とも関係するが・・・栞子が書物を持ち上げて置く時の「バサッ」という感じである。この物語の根本的なテーマである「書物を愛する人々の物語」が完全否定されているような気がいたします。もちろん・・・かよわい女の子が重たい本の重量に耐えかねるということはあると思うが・・・一生懸命、ゆっくりと丁寧に扱おうとする震えを演技プランに加えるべきですな。
どうやらレギュラーらしいスピン泥棒の小菅奈緒(水野絵梨奈)がせどり屋(古書転売業者)の志田肇(高橋克実)の遺体を発見するが・・・単なる二日酔いによる転倒で、しかも生きていた。
だが・・・志田は酔った勢いで高価な古書を安価で売り払ってしまったらしい。
その転売先を捜索する旅が始る。相棒は志田の友人である笠井菊哉(田中圭)である。
一方、栞子と五浦大輔(AKIRA)は宅買いに赴いた出張先で玉岡聡子(森口瑤子)から奇妙な依頼を受ける。
他界したばかりの父親の蔵書の中でも特別な一冊である「詩集・春と修羅/宮沢賢治」(初版本)が紛失した真相を突き止めてほしいというものだった。
ドラマでは表面的にしか描かれないが聡子には父親との確執もあり、遺産である屋敷を売り、蔵書を売るのもその事と無関係ではない。聡子は父親の裏切り行為に憤慨しているのである。
それはある意味、自分が一番父親に愛されているべきであるという病的なまでの欲求に基づいている。
そのために・・・「紛失した春と修羅」が自分以外の父親の子供である兄の一郎(大河内浩)か、姉の小百合に盗まれたと盲信し、捜査を依頼したのだった。
しかし、兄は「春と修羅」の「無声慟哭」の「永決の朝」の一節を暗唱しあったほど次女の聡子とは仲が良かったと言い犯人は長女の小百合だと決めつける。
ここで・・・一郎と小百合の確執も窺がわれる。というよりも・・・父親の会社の経営を後継した一郎と小百合の確執である。同時に・・・一郎は聡子に対してはある種の愛情を持っていることが暗示されている。つまり、美貌の妹と美貌ではない妹における差別の問題なのである。小百合が父親の愛した小説や詩を聡子ほどには愛さなかったのもそこに原点があると勘ぐれるのである。
とにかく・・・ドラマでは・・・「盗まれた本」の価値は様々に変わっていく。栞子は最初は「100万円」と値をつけるが・・・それが世界に一冊しかない希少価値を持つと気が付き顔色が変わるのである。
やがて・・・真犯人である小百合の息子・昴(今井悠貴)が登場することで聡子の父親への異常な愛情が明らかになっていくわけである。
なぞの解明の過程はかなり複雑で・・・そちらを追いかけるのが中心となり・・・この聡子の異常さがちょっと分かりにくい構成になっている。
志田が「金メダル」「星のマークのスタンプ」「モモンガ」の謎を解いて本を売りつけた相手が聡子であると判明。
売りつけた本の中に直木賞受賞作「錯乱/池波正太郎」があり、その夜以後にしか存在しない書物の存在を昴が知っていたことが判明。
母親とは違い、祖父と同じように書物を愛した昴が「祖父の蔵書が売却される」と知って「春と修羅」を盗み出したことが判明。
昴は「春と修羅」の「昴」に特殊な思いを抱いていた。
あてにするものはみなあてにならない
ただもろもろの徳ばかりこの巨きな旅の資糧で
そしてそれらもろもろの徳性は
善逝(スガタ)から来て善逝(スガタ)に至る
善逝とは梵語スガタの漢訳で、智慧の力で煩悩を断ち、悟りの境地に達した仏の意である。
昴は「いじめ」に悩んでいたが「涅槃にいたればそんな苦しみもなくなる」という境地を感じ取ったらしい。限りなく自殺の勧めに近いので注意が必要である。
栞のあくなき探究心は・・・「春と修羅」の発見・回収ではネバー・エンディングだった。
なぜなら・・・その本には秘密があり、秘密を解明した暁には昴に贈与されることになっていたトロフィーだったからである。
しかし・・・憎むべき姉の子供に秘密の「春と修羅」が与えられることを憎悪した聡子は昴に偽物のトロフィーである「昴の生れた年に描かれたという曰だけれど本当は最近描かれた鶴岡八幡宮のスケッチ」を与えていたのである。
それは宮沢賢治が愛読した「レ・ミゼラブル/ビクトル・ユゴー」に登場する落ち武者狩りの小悪党・テナルディ軍曹とあだ名されるのにふさわしい悪行三昧だった。
「なぜ・・・そんなことをしたんです」
「決まってるでしょう・・・お父様に一番愛されるべきは私なのよ・・・お父様の蔵書の中で一番価値がある・・・なにしろ・・・この世で一冊しかない賢治自筆の手入れ本なんだから・・・。それは私が贈られるべきもの。それを甥っ子なんかに渡せるものですか」
「それで・・・お父様は喜ぶでしょうか・・・お父様は・・・愛する娘と愛する孫に仲良くしてもらいたかったのでは・・・」
「そんなの無意味よ・・・私のものは私のもの・・・」
「それでは・・・あなたの亡き後はこの本を受け継ぐものがいなくなってしまいます」
「私が死んだ後のことなんか・・・私に何の関係があるの・・・さあ、早く返しなさい。その本の所有者は私なんだから」
栞子は唇をかみしめた。自分のことしか愛さないものに何を言っても無駄だからである。
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに(初版)
・・・・・・・・・・・・・・
どうかこれが兜卒の天の食に変って
やがてはおまへとみんなとに
聖い資糧をもたらすことを(改訂後)
宮沢賢治が最初の言葉に手を入れるように・・・スガタは移ろいやすきものなのである。
こうして・・・「春と修羅の手入れ本」は再び、幻となったのだった。・・・おいっ。
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