書店員ミチルと憂鬱な訪問者と恐怖の殺人者と静かな同居人(戸田恵梨香)
ほぼ真夜中に心臓をしめつけるような上質のサスペンスである。
時にじわじわと時にはらはらと・・・異常な緊張感が漂うのだった。
状況もとんでもないのだが・・・そういう事態を引き起こしたものが・・・ほとんど無作為なのである。
なんとなく火遊びをして、なんとなく破滅して、なんとなく追いかけて、なんとなく殺して、なんとなく後始末をして、なんとなく追い詰められていく。
しかも、ヒロインは常に残高が2億円に限りなく近い預金通帳を持ち歩いている。
このグロテスクな状況は・・・いわば、なんとなくエネルギーがいるので原子力発電をして、なんとなく放射性廃棄物をためこみ、なんとなく自然災害におそわれて、なんとなくメルトダウンして、なんとなく汚染されて、なんとなくガンを発症する・・・現代の日本に生きるものそのものに相似しているのだ。
しかし・・・そんなこんなで人々はなんとなく生きて行くのである。
で、『書店員ミチルの身の上話・第7回』(NHK総合201302192255~)原作・佐藤正午、脚本・演出・合津直枝を見た。東京の書店員となったミチル(戸田恵梨香)だが、不倫相手の一樹(新井浩文)は浮気費用の捻出のために犯した使いこみが発覚して破滅し、東京の新生活の拠点とするはずだった部屋では昔の男・久太郎(柄本佑)を幼馴染の竹井(高良健吾)の交際相手である恵利香(寺島咲)が殺害してしまう。そのために・・・ミチルは部屋を放棄せざるをえなくなってしまったのである。事件の隠蔽に同意したために不安な日々を送るミチルの元へ仕事も家庭も失った一樹がやってくるのだった。
「すべての元凶は・・・きっと私なのかもしれません。私が退屈な日々に耐えて故郷の街で暮らしていれば何の問題も起こらなかったでしょう。ただ、私はそうしなかったのです。職場の先輩が私に宝くじの購入を頼まなかったら私は宝くじの高額当選者にならなかったでしょう。そういう意味ではおつかいを命じたタテブー(濱田マリ)にも原因はあります。タテブーは私が当選金を盗んだと妄想をふくらませているわけですが・・・ハズレクジを手にしていながらどうしてそう思えるのか・・・不思議です。一樹さんとタテブーはどうやらおえっとなりそうなただれた関係を結んでいるようですが・・・若くて美しい私に激しく嫉妬してあることないこと言いふらし・・・ついに久太郎が一樹さんを訪ねることになったのだから・・・かなり責任があるわよね。しかし、一樹さんがもう少し実のある男性なら、久太郎に私の住む部屋を教えたりしなかったはずです。私を守る気なんかまったくなくて・・・ただただ、責任の所在を明らかにしないことに長けた男。私を厄介払いする気だった男。そう思うとそんな男に夢中になっていた自分の愚かさが嫌になってきます。けれどそんな男よりも久太郎の方がよかったかと言えばとてもそうは思えないのです。久太郎が私を満足させていれば久太郎は死なずにすんだはずです。だから久太郎の死には久太郎自身が関わっていると思うのです。しかし、やはり、一樹さんが久太郎を私の部屋に導いた責任は重いでしょう。そのために久太郎は私を連れ戻そうとして私はそれを拒み恵利香さんが私を救うためにフライパンを振りかざすこともなかったのです。しかし、女子大生にフライパンで殴られたくらいで死んでしまう久太郎も久太郎なのです。とにかく・・・久太郎が死んでしまい、私が事件をなかったことにしようという竹井のアドバイスに同意したのは・・・一樹さんがだらしない男だったという事が一因なのです。そんな男・・・一樹さんはすでに私にとって触れられたくない汚らわしい男になっていました。破滅した一樹さんは「ぼくには君しかいない」「君のために破滅した」「一緒に逃げてくれ」などと言うのですが・・・とんでもないことです。やたらと二人になりたがる一樹さんはとにかく抱いてしまえば女なんてどうにでもなるという男にありがちな傲岸ささえ感じさせました。だから・・・とりあえず竹井の部屋に連れていったのです。「どうして・・・君の部屋へ行こう」とくいさがる一樹さん。何を言ってるの。そこでは人が死んでいるのよ。その人はあなたがそこによこしたのよ。そんな部屋であなたに抱かれて私が蝶になれるとでも思うの・・・と言ってやりたかったのですが・・・そんなことは言えません。なにしろ、久太郎は死んでいないし・・・部屋にさえ来なかったことになっているのです。「僕を捨ててあの男と故郷に帰る気なんだろう」って・・・そう望んだのはあなたじゃありませんか。何言ってんだか・・・しかし、家庭がありながら出張先の職場の女と関係を持つような男です。そういう男に心を奪われた私です。誰かが完全に悪いわけではありません。しかし・・・実際に手を下した恵利香さんは私が思う以上に罪の意識に苦しんでいたのでした。私が一樹さんと別れ話をする間、恵利香さんは心労でやつれた顔を伏せて一心に梨を剥いていたのです。白髪鬼となった恵利香さんが包丁をにぎっているだけで周囲が暗くなるような感じです。「使いこみがばれた」梨を剥く。「妻は家を売って出て行った」梨を剥く。「借金に追われている」梨を剥く。「一緒に逃げてくれ」梨を剥く。「いくら必要なの」梨を剥く。「とりあえず500万円」梨を剥く。「そのお金用意するわ」梨を剥く。「別れる気か」梨を剥く。「それで終りにしましょう」梨を剥く。・・・それは無謀なことだったかもしれません。しかし、とにかく私は一樹さんを追い払いたかったのです。恵利香さんの剥いた梨がクリスタルの果物皿からこぼれおちた時、今度は一樹さんの皮を剥き出すのではないかと恐ろしい予感がしたからです。部屋の鍵を渡されて一樹さんはようやく思い腰をあげました。本当に私がそんな大金を用意できるのか・・・半信半疑だったでしょう。しかし、私の部屋で眠れることは野宿するよりましだ・・・と思ったにちがいないのです。なにしろ一樹さんはそこで久太郎が血を流したとは夢にも思っていないのでした。入れ違いに帰ってきた竹井に恵利香さんが状況を耳打ちしていました。私は殺人者となった恵利香さんが恐ろしかったのです。しかし、やつれ果てた恵利香さんを見て少し気持ちが変わりました。なんといっても彼女は私を守るために人を殺してしまったのです。そして、その罪の意識に責めさいなまれているのです。彼女のことを憐れに思う心が私の中にありました。それは何故か、私の幸せを一心に祈っていた母の姿を私に思い出させるのです。次の日、私は銀行で現金500万円をおろしました。みつば銀行お客様サービス課の山本さん(堀杏子)は大金の使い道をそれとなく尋ねてきましたが・・・男と別れるための手切れ金などとは言えません。それにいまとなってははした金です。私にはまだ一億九千五百万円ほど預金残高があるのです。私は身体を求められたらどうしようか・・・などと考えていたのですが・・・部屋に一樹さんはいませんでした。前の夜に竹井の車がそのあたりを通りかかっていたことなど私にはわかるわけがありません。そして・・・翌日、部屋からは置いておいた五百万円が消えていました。私は一樹さんが持ち去ったのだと思いました。もしかしたら一樹さんも竹井が始末してしまったのでは・・・などとは夢にも思いません。ただ、二人の恋は終ったのね・・・とさっぱりした気分だったのです。・・・その夜、ますますやつれて元気のない恵利香さんと話しました。彼女は思いつめたように言うのです。「みんな私が悪いと思っているんでしょう」・・・そんなことはないよ・・・「私がさがしてきた部屋で」ありがとう・・・「私がプレゼントした果物皿」素敵だったよ・・・「フライパンであんなことを」仕方ないよ・・・「私さえあんなことをしなければって・・・」そんな・・・こと・・・は・・・ないよ・・・しかし、私は何一つ恵利香さんを慰める言葉をかけなかったのです。「私は竹井先輩がこわい・・・」「竹井は恵利香さんのこと心配してるよ・・・私に恵利香さんのそばにいてあげてよって言ってたし」「それはお互いを監視させあっているんですよ」「そんなまさか」「ミチルさんは竹井さんのこと小さい時のままだと思っているから・・・竹井さんは恐ろしい人なのに・・・でも好きなんです・・・怖いけど好き・・・」そんなことを言われても私にはどうすることもできません。「私、どうしたらいいんですか」「・・・竹井に電話してみなよ・・・」「・・・そうですね・・・そうします」そして恵利香さんは竹井と電話でしばらく話していたようです。それから・・・「今夜は竹井先輩と私の部屋に行くことになりました」・・・そう言って恵利香さんは部屋を出て行きました。まるで今にも消えてしまいそうな恵利香さんが私には可哀相に思えていました。そして・・・それが私が恵利香さんを見た最後の姿になったのです。夜遅く・・・竹井から電話がかかってきました。「おどろかないでね・・・恵利香が死んだんだ・・・」・・・ああ、何ということでしょう。一体何があったのでしょう。私は茫然として竹井の声を聞いていました。眼の前に暗闇が広がっています。それはきっと夜だったからなのでしょう」
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