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2013年2月 2日 (土)

夜行観覧車を見て夜の街を見ず(鈴木京香)

自分の鈍感さに気がつかない女を演じさせたら一、二を争うよなあ。

もう、ひょっとしたら本当に鈍感な女なんじゃないかと思うくらいである。

しかし、東北の生れで水着のキャンペーンガールで、演技派の美人女優なんだから・・・そんなことはないのである。

ここまでのしあがるには相当な繊細さが要求される。

同時に大胆である必要もある。

黒澤明的に言えば「悪魔のように細心に! 天使のように大胆に!」なのである。

今回で言えば、自分自身のことは万事細心にできるが他人のことが全く理解できない女を大胆に演じていると思う。

前向きすぎて背後が見えない、自尊心が強すぎて失敗を認めない、すべてを自分の尺度でしか見られない、自分の見たいものだけを見、聞きたいことだけを聞く・・・だから・・・大切な娘を自分がないがしろにしていることに気がつかない。

本人が「全部あんたのせいなんだよ」と指摘しているのにも関わらず・・・だ。

「何言ってるの・・・」なのである。

まあ、完璧な人間はいないというお手本のような人物造形である。

思わず、「こら、死ね、バカッ」と体罰を施したくなる・・・愚かな女を堪能するのは甘美ですなあ。

で、『・第3回』(TBSテレビ20130201PM10~)原作・湊かなえ、脚本・奥寺佐渡子、演出・塚原あゆ子を見た。そういう母親に育てられて苦しい思いをしている子供は多いだろう。だからといって母親に期待するのは無理である。なにしろ・・・母親の年齢になるとある程度人格は完成している場合が多い。それではどうするか・・・「かわいそうな人」と母親を憐れみ、慈しむしかない。自分が大人になってしまうのである。「もっといい母親になってほしい」と訴えても無駄なので、自分がしっかりしないと駄目だと思うのである。そして、適度な距離を保ち、経済的な自立を目指すしかない。その後は・・・優しく面倒を見てもいいし、さっさと縁を切るのも本人のお好み次第なのである。

観覧車は完成し、廻り、廻り続けてその日の朝がやってくる。

遠藤彩花(杉咲花)と高橋慎司(中川大志)の中学の卒業が・・・そして高校進学が迫る1月22日。

慎司と彩花は坂の下と坂の上の中学のロミオとジュリエットなのだ。

その日は慎司の中学時代最後のバスケットボールの試合の日だった。

遠藤夫人の眼からは理想であり目標でもある高橋家の見せかけの幸福が破綻する日でもあった。

朝・・・慎司はバスケットボールの用具一式を捜していた。

それは・・・ゴミ捨て場に捨てられていた。

これまでの経過では・・・それが慎司の母親の淳子(石田ゆり子)の仕業であると疑われる。後妻である淳子は先妻の息子の長男・良幸(安田章大)に比べて慎司の学力が劣っていることにわだかまりをもっていることが示されている。クラブ活動よりも学業に専念してほしい・・・その意志表示である可能性は大きい。

少なくとも慎司はそれを察したのだろう。母親が捨てたゴミを小島夫人(夏木マリ)から提示され・・・彼は最後の試合を諦めた。

清修学院中等部への受験に失敗し、公立の浦浜中学での三年間、「坂の上で一番小さな家」の住人であることを揶揄され続けた彩花は同級生・村田志保(吉田里琴)をリーダーとする仲良しグループから陰湿な迫害を受ける日々を過ごしていた。

そのために身も心も疲れ果てていたのである。

その卓抜な描写が・・・彩花の廊下での歩き方に示される。

壁沿いにあるく彩花はゆらゆらと体を揺らして壁にもたれかかりそうになる。

ストレスによって内蔵が不調になり、バランス感覚が崩れているのである。

一分一秒も絶えることのない気持ちの悪さが心身を刻む。そして・・・そのすべてが「分不相応なひばりヶ丘への引っ越しをした母親の身勝手さ」に原因があるという確信が不快さを一層募らせる。一番の味方であるべき存在が諸悪の根源という悪循環なのである。

その苦渋が彩花の精神を曇らせ・・・頼るべき母親を憎悪の対象へと転じさせていた。

彩花は孤独だった。

村田志保はそういう彩花の不安定さを弱点としてとらえ、隷属させることを試行している。

やりすぎれば仲良しグループのクーデターもありえるので志保は彩花とはつかずはなれずの関係を保っているのである。

彩花にしてみればそれが辛うじて疎外から救われる細い命綱のように見えるのである。

「今日の・・・慎司の活躍楽しみだよね」

「うん」

しかし、慎司は試合場に姿を見せなかった。

「どういうことよ・・・」

「知らない・・・」

「じゃ・・・聞いといてよ」

「そんな・・・」

「あなた・・・まさか慎司のこと好きだったりして」

「そんなことないよ」

「じゃ・・・応援してくれるでしょ」

「うん・・・」

もはや・・・彩花には坂道を自転車で漕ぎあがる体力も気力もなかった。

帰路に慎司の姉で清修学院高等部に通う高橋比奈子(宮﨑香蓮)を目撃した彩花は遠回りをする。比奈子の憧れの制服姿を見ることは彩花にとって苦痛そのものだった。

寄り道をしたことで慎司と遭遇する彩花。

慎司はそれほどのこだわりなく彩花に声をかける。

夜毎母娘喧嘩を繰り広げている彩花の荒れぶりを慎司は少なからず耳にしているはずである。

そこにはなんらかのシンパシーが感じられる。

「どうしたの・・・何か用?」

「今日、どうして試合にこなかったの・・・具合が悪かったの」

「別に・・・なんとなくさ」

「あんたがいないから清修学院・・・弱かったよ・・・」

「・・・」

「今朝・・・なんかあったの・・・」

「言わなきゃいけない・・・?」

「別に私はいいけど・・・友達がおっかけだから」

「ああ・・・あの子でしょ・・・志保って子・・・しつこいよね」

「しつこいって・・・少し高木俊介(劇中アイドル)に似ているからって調子に乗ってるんじゃない?」

「よくいわれるけど・・・全然似てないよ」

彩花の中で・・・慎司への思い、慎司への諦め、坂の上での、坂の下での孤立が渦を巻く。

「自分の方が頭もいいし・・・かっこいいとか思ってるの」

「なんだそれ・・・いいががりだろ」

「そうやって人を見下すのやめてよ」

「見下してなんて・・・」

「清修だからって親が医者だからってそんなに偉いの?」

「なに言ってんだ」

「あやまってよ・・・あんたが向かいにすんでるおかげですごく迷惑してるんだから」

「そっちが・・・後から家を建てたんだぜ・・・迷惑なら引越せばいいだろ」

「バカ・・・」

悲しい青春である。

表情に乏しい顔で遠藤夫人(鈴木京香)は分不相応な社交のために重なる出費を賄うためのパート勤めをしていた。

小島夫人から・・・娘の行状について小言を言われ・・・高額な自治会費を納入し・・・坂の上の住人にはけして許されないパート勤めである。

遠藤夫人はその場その場を生きる性質なのであまり内省は得意ではない。

ただなんとなく鈍く重く思うのである。

(私はただ・・・ワンランク上の幸せを手に入れようとしただけなのに・・・だって幸せは上にしかないから・・・そんなに高望みではない・・・ただのワンランク上・・・それなのに・・・坂の上の仲間には入れない・・・それなりの装いを整えれば夫に文句を言われる・・・娘は私立に合格しない・・・気遣って優しくすればつけあがる・・・前の家も隣の家も裏の家も・・・私より何ランクも上の幸せを手に入れているのに・・・観覧車が出来上がる前には・・・素直だった娘・・・頼りになった夫・・・私はこんなに一生懸命なのに・・・みんなどうして失われていくの・・・ワンランク上の幸せはどこへ行ってしまったの・・・)

同僚の田中晶子(堀内敬子)・・・実は高橋夫人の妹・・・は懐妊してしばらくパートを休むと言う。

幸せそうな晶子を遠藤夫人は心から祝福しない。

(子供なんていたってワンランク上の幸せを手に入れることはできないのよ)

小島夫人に指示され・・・レトルトではなく手作りのグラタンを彩花に作る遠藤夫人。

折しも・・・テレビには例のアイドルが登場する。

ポスターをネット・オークションで一万円で落札し、娘の機嫌を取ろうとする日々。

しかし、何かを言えば言うほど娘の機嫌は損なわれていく。

「こんなところに来たくはなかった・・・」

「どうして・・・なぜ・・・なの」

「そんなこともわからないの・・・」

自明の理をわかろうとしない母親に娘は絶望し・・・錯乱する。

母親がガラスの器の破片で指を切っても嘲笑する娘。

獣のように吠える娘。

一体・・・何がどうなってしまったのだろう・・・もしかしたら・・・この家は呪われているのでは・・・とふと思う遠藤夫人だった。

その夜・・・高橋家では慎司の咆哮と高橋夫人の悲鳴が響く。

その声を憑かれたように聞き続ける遠藤夫人。

娘に生理用品を買うように命じられた遠藤夫人は・・・コンビニエンスストアで慎司と出会い・・・サイフを忘れて来たという慎司に一万円を貸し出す。

停車した車には夫(宮迫博之)が潜んでいる。

そして、事件は起こった。

高橋弘幸(田中哲司)殺害事件の発生である。

おそらく・・・高橋家への配慮から嘘を重ねる遠藤夫人。

しかし・・・コンビニの防犯カメラは遠藤夫人と慎司の姿をとらえていたし、高橋家の出来事は付近の住民から伝えられてしまう。

そういうことに思い及ばないのが遠藤夫人なのである。

自分だけの世界をいつも見ているからなのだ。

やがて・・・結城刑事(高橋克典)は遠藤氏が高橋から多額の借金をしていたことを遠藤夫人に問いただす。遠藤夫人には寝耳に水の知らせだった。

その頃・・・遠藤氏のもとへは失踪中の高橋夫人から電話がある。

小島夫人は・・・遠藤夫人に忠告する。

「隠し事はいけないわ・・・私、見てしまったの・・・高橋家から人が出てくるところを・・・あれはあなたのご主人だった・・・」

遠藤夫人が見た犯人らしい人影・・・それは自分の夫だったのだ。

観覧車の有無による回想表現は終り・・・事件はついに廻りはじめる。

乗り込めば冥い夜景の見える夜行観覧車さながらに・・・。ああ、素敵。

関連するキッドのブログ→第2話のレビュー

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