あまちゃん、十三番線上の土曜日(薬師丸ひろ子)
さて、いよいよ前半戦の終了である。
北三陸篇の余韻を残しつつ、東京編がよどみなく発車していくのだった。
ちなみに上野駅13番線から寝台特急「カシオペア」などが発車する時のメロディーは「あゝ上野駅」である。
王道の朝ドラマとは言いながら・・・東京生まれのヒロインが母親の故郷で覚醒して、東京に戻ってくるという展開はかなり斬新だと考える。
「面白さ」とは「なじみ深くよくわかるもの」と「みたことのない珍しいもの」の合体である。
この・・・そんなものあるのかよ・・・という素朴な疑問の答えの一つがこのドラマだと言えるだろう。
なにしろ・・・ヒロインは偽物の田舎者なのである。この時点ですでに少し面白い。
舞台が新しくなれば・・・背景となる風景も変わり、周辺の登場人物も変化する。
「変わらないもの」を愛する人々には抵抗感が生じるところである。
しかし、巧妙な伏線の展開によってそれを和らげる工夫がされている。
たとえば、母の居る田舎の喫茶店やスナック、祖母のいる海女カフェなどは・・・東京の娘が必ず電話をする場所なのである。
ここでお茶の間は懐かしい登場人物たちと出会うことができる。
何よりもヒロインのパートナーである親友が家庭の事情で田舎に残留しているのである。
一部愛好家は田舎からも目を離せないのである。
また・・・ヒロインの母親の過去は重要な要素であるが・・・田舎での事情は大体判明したが・・・上京後はまた序の口なのである。ここにも都会と田舎をつなぐ要素が潜んでいる。
さらに・・・前半の途中で田舎から姿を消した登場人物たちが・・・先発して上京しており、その再会もある程度、お約束なのである。
ヒロインの父親、ヒロインの大恩人、ヒロインの失恋相手、ヒロインの仕事仲間・・・計画的に消えて行った人々が懐かしさを伴ってヒロインをキャッチするわけである。
そして、お茶の間の皆さんは安心して・・・ヒロインの新しい人々との出会いと冒険の日々を楽しむことができるのである。
前半のラストが・・・見事に最初からの伏線を回収したように・・・後半も一場面一場面が見逃せないという気構えが必要なほどに・・・なのですな。
ヒロインの大親友が・・・「アイドルになりたい」と叫んだ・・・あのホームで「先に行って待っててね・・・うえええええん」と涙にくれるなんて・・・その劇的なこと甚だしいのでございます。
で、『連続テレビ小説・あまちゃん・第13週』(NHK総合20130624AM8~)脚本・宮藤官九郎、演出・井上剛を見た。2008年の夏、母の故郷・岩手県北三陸市(フィクション)にやってきたアキ(能年玲奈)は心の不安定な母親・春子(小泉今日子)と海女である祖母の夏(宮本信子)の葛藤に翻弄されながら、一年が過ぎてそこそこたくましく成長したのだった。親友のユイ(橋本愛)とともにアイドルとしてスカウトされたアキは・・・アイドルになれなかった母親の夢と・・・映画「潮騒のメモリー」の主演女優への憧れを胸に上京の日を迎える。しかし・・・ユイは父親の発病によって上京できなくなってしまうのだった。
月曜日 君に言っても仕方ないけどと言われる女が来たよ(吉田里琴)
涙にくれるユイをホームに残し旅立ったアキは・・・。
北三陸鉄道で宮古駅。山田線で釜石駅。南三陸リアス線で盛駅。大船渡線で気仙沼駅。気仙沼線で石巻駅。石巻線で仙台駅。新幹線で上野駅までわざわざやってきたのです・・・(語り)のナレーションは宮本信子から能年玲奈にバトンタッチである。ものすごいプレッシャーを受けて立ってるのだな。
25年前・・・若き日の春子(有村架純)も降り立った上野駅である。
駅舎を出て、ガード下の横断歩道を渡れば今も昔もアメ横ことアメ横商店街連合会である。
その入り口付近にアキがタレント契約した芸能プロダクション「オフィス・ハートフル」の経営する「東京EDOシアター」が存在する。
お上りさん写真を撮るために通りすがりの外人さんに「押してケロプリーズ」の名言を残すアキ。
そんなアキを発見し、シアターのバルコニーから声をかける蛇口さんこと担当マネージャー水口(松田龍平)は機嫌よく出迎えるのだが・・・ユイの不在の理由を知ると茫然自失となり・・・預かったアキの手荷物を取り落とすのだった。
「ええ・・・ユイちゃん・・・来れないの・・・どうしよう・・・今日、GMT47のセンター候補が来るって・・・上に報告しちゃったのに・・・」
「センター候補って・・・」
「ユイちゃんに決まってるでしょう・・・まあ、君に言っても仕方ないけど・・・」
申し訳ない気持ちになるアキだった。
ユイが「行けない」と言った時・・・「おらも行かない」と言ったアキだが。
アイドル(女優)になりたいと思う気持ちは本心なのである。
親友のユイが行けないのに自分だけ行くことはできないとも思った。
しかし・・・ユイが「先に行って待ってて」と言うから一人で来たのだった。
ユイとの約束、アイドルになりたい気持ち・・・複雑に揺れるアキだが・・・さすがにここまで露骨に「ユイのおまけ」扱いをされると・・・凹むのだった。
そこへ・・・「アメ女」ことアメ横女学園芸能コースのメンバーである高幡アリサ(吉田里琴)と成田りな(水瀬いのり)が通りかかるのだった。
「先輩に挨拶して・・・」と即す蛇口さん。
「お・・・おばんです・・・」とアキ。すると・・・。
アメ横女学園 出席番号36番!
片思い星からの転校生
両思いになると死んじゃうの!
み~んなのアリサ こと高幡アリサ 13歳で~す!
よろしくぴょん!
・・・とアキにアイドルの自己紹介の洗礼を浴びせる年下の先輩なのだった。
さらに・・・。
アメ女の「あ」は?
愛してるの「あ」!
アメ女の「め」は?
メロンの「め」!
アメ女の「じょ」は?
情緒不安定の「じょ」!
よくできました!
あっ。ところで私は誰だっけ?
成田りな!
上から読んでもぉ…。成田りな!
下から読んでもぉ…。成田りな!
成田りな 出席番号37番 15歳!
・・・とたたみかける先輩たち・・・アキはたじたじとなるのだった。
こういう時には・・・きっとユイちゃんが頼りなる存在だったはず・・・。
しかし・・・ここにはアイドルの世界に詳しい親友はいないのだった。
社長の太巻こと荒巻太一(古田新太)は不在だった。
そこにはただ「太いものには巻かれろ」という意味不明な標語があるばかりだった。
「オフィス・ハートフル」の本社は渋谷にあり、出先機関である東京EDOシアターには滅多に顔を出さないらしい。
アキは両手両肩に荷物を持ったまま、「アメ女」チーフマネージャー・河島耕作(マギー)に挨拶し・・・。
「あれ・・・二人じゃないの・・・どっち?」
「なまってる方です」と蛇口さん。
「あ・・・そう」
・・・と言われるのだった。
警備員にまで・・・。
「かわいい方?」
「なまってる方」
・・・なのである。アキの心の空気はパンクした自転車のタイヤが凹むように抜けていくのである。
華やかなステージで輝く、「アメ女」センターである愛称マメりんこと有馬めぐ(足立梨花)らのリハーサルに一瞬心ときめき・・・画像をユイに送ったアキだったが・・・蛇口さんはステージ下の奈落にあるレッスン場へと階段を下りていくのだった。
「あそこで踊るにはみんな一年以上レッスン受けてるんだ・・・」
「じぇ・・・」
そこにようやく・・・アイドル・グループ・ピラミッドの地下部分である・・・欄外にアキとともに位置するGMT47のメンバーがいたのだった。
「天野アキでがす・・・」丁寧になりはじめたアキだった。
「海は無いけど夢はある・・・NOオーシャンのリーダーやってました入間しおりです・・・今日も東武東上線に乗ってやってきました~」
「アメ女」の正規メンバーからはかなり出力不足の埼玉県代表の入間しおり(松岡茉優)・・・どうやら・・・GMT47のリーダーらしい。
「親不孝ドールズの柚子胡椒担当・遠藤真奈ばい」
福岡県代表の遠藤真奈(大野いと)は後に佐賀県代表であることが判明する。出身地詐称が発覚するまでは・・・出身地について言及すると必ずわざとらしい咳が出るのだった。
「仙台牛タンガールズの小野寺薫子でがす」
「あ・・・ずんだずんだの人・・・」
宮城県出身の小野寺薫子(優希美青)は14歳。アキは東北の訛りにホッとするのだった。
さらには沖縄出身の喜屋武エレン(蔵下穂波)にもなんとなくホッとするものを感じるアキなのである。
「・・・これだけ・・・」GMT47はまったく47人いないのである。
「後、もう一人いるけど・・・今日はバイト・・・」
「いろいろあってさあ・・・親に連れ戻された子もいたし・・・」
重い荷物を背負ったまま・・・最初のダンス・レッスンを受けたアキは・・・完全にブルーになっていた。
ある程度・・・覚悟はしていたが・・・想像以上の過酷な仕打ちが待っていたのである。
(おら・・・東京なんか嫌いだ)
アキは・・・心のオアシスを求めて・・・実はサンタクロースであるパパ・黒川正宗(尾美としのり)のいる実家に避難する。
しかし・・・パパはバスローブ姿の変な女(大久保佳代子)を自宅マンションに連れ込んでいたのだった。
オアシスとオアシズは一字違うと大違いなのだ。
火曜日 昔のいじめっこに遭遇した女の子が来たよ(山下リオ)
部屋に入れたがらない実の父と暗闘するアキに春子から電話が入る。
「連絡ぐらいしなさいよ・・・なんか食べたの?・・・今、どこにいるの?」
「世田谷の実家・・・」
「パパは元気なの?」
「ものすごい元気だ・・・」
「ユイちゃんからなんか連絡あった?」
「・・・なんもねえ」
その頃・・・ユイは母親の足立よしえ(八木亜希子)、兄のヒロシ(小池徹平)とともに父親の担当医から説明を受けていたのだった。
アキから送られてきた華やかなステージの画像。
「身体の麻痺など後遺症が残る可能性があります」
上野行きのチケットを握りしめるユイだった。
その頃、北三陸市の「スナック梨明日」のママ春子はアキが何か隠し事をしていることを直感していた。
一方、世田谷区ではそのままになっている自分の部屋でグルグル転げまわるアキ。
(慰めてもらおうと思ったおらがバカだった・・・パパの知りたくもない秘密を知って・・・荷物が増えただけだった・・・)
そろりそろりとポエムに移行しつつあるアキの心の声。
「あのな・・・近所の酒屋の娘で・・・今はコンビニになってるけけど・・・中学で図書委員一緒にやってて・・・クリスマスイブに春子さんと離婚して、一月四日の同窓会で再会して・・・ありがちなことだけど・・・断じて不倫じゃないんだ・・・」
懸命に言いわけをする正宗だたが・・・性欲に負けて娘を裏切り、新しい女に明らかに心を奪われているのである。男の悲しい性だった。
そんな父親に愛想をつかすアキだった。
果てしなく La La La 貪欲 貪欲
クリスマスを過ごす相手は
あてもなく La La La 暗躍 暗躍
お正月までは一緒にいたくない
世田谷の夜の街に流れる流行歌。
落ち込むアキの前に東京時代のクラスメートのいじめっこの主犯(星名利華)と従犯(宮城美寿々)が現れる。
「クロカワアキじゃね・・・あんた・・・なんか・・・地元アイドルとかで・・・ネットで有名になってるでしょ・・・」
「・・・」
「調子こいてんじゃねえぞ・・・こら」
東京の暗黒面が次々とアキに襲いかかる。
逃げ出したアキは・・・蛇口さんを頼るのだった。
冷たい蛇口さんは・・・タクシーで迎えに来てくれた。
アキにとって最後の希望だったので・・・タクシーの中でアキはホッとして泣きじゃくるのだった。
着いたのは谷中だった。
「ここは・・・どこですかあああ」
怪しい塀に囲まれた建物に不審を抱くアキだった。
上野の山を挟んで南がアメ横、北が谷中である。
そこに「オフィス・ハートフル」のまごころ第二女子寮があるのだった。
そこで徳島代表の宮下アユミ(山下リオ)が待っていた。
やっとさあ~やっとやっと
はい、宮下アユミ、19歳
徳島県で「うずしお7」のリーダーやってました~
やっとさあ~
実は年齢些少をしていて20歳のアユミはバイト帰りの気だるさを漂わせていた。
堕ちるところまで堕ちたアキは・・・ついに逆襲に転じるのだった。
岩手県北三陸市からやってきました
海女のアキちゃんこと
天野秋です!
海女の潜水のポーズも入れたフリ付自己紹介である。
アキの中に二人で一緒に過ごしたパートナーのユイが眠っていたのだ。
「お・・・ちょっと・・・それらしくなったな」
微笑む蛇口さんだった。
蛇口にはマネージャーとしての野望が眠っているらしい。
そして・・・何故か、男子禁制の女子寮に自室を持ってる蛇口さんである。
「天野・・・とりあえず・・・今夜は俺の部屋で眠れ」
「じぇ・・・」
「アキちゃん」から「天野」へ呼び方が変わった蛇口さん。
(まさか・・・商品には手をださねえと思うが・・・蛇口さんも男性だ・・・野獣となって襲ってくるかもしれねえ)
・・・という心の声をそのまま口にしているアキだった。
「うるさいよ・・・もう寝ろ」
「・・・ウニが・・・一匹、ウニが二匹・・・三匹、四、五、六、七・・・うひゃひゃ・・・数えきれない」
「怒るよ」
「・・・勉さんが一人、勉さんが二人・・・」
「いい加減にしろ・・・」
しかし、勉さんで寝入ったアキだった。
翌朝・・・東京の暗雲が・・・新しい仲間たちによって吹き払われる・・・。
埼玉出身の入間のネギで作る味噌汁。
宮城出身の小野寺の実家の農家から送られてきた米。
遠藤真奈の辛子明太子。
喜屋武のゴーヤその他。
おいしそうな匂いにアホの子はたちまち元気を取り戻すのだった。
部屋割は入間と小野寺と三人部屋。
入間は本当は自宅通勤可能だが交通費を着服しているらしい。
「じぇ」
「ぜって何・・・」
「ぜでなくてじぇだ・・・海女の方言でびっくりした時に言うだ・・・もっとびっくりした時はじぇじぇだ」
「ふえるのかよっ」
聞き取りにくい訛りの話をフキダシ付で説明する演出だった。
字幕の延長線上だな。
とにかく・・・アキは訛っているルームメイトと美味しい故郷の味を手にいれたのである。
そんなアキに蛇口が音楽資料を渡し、個人的に練習するように命じるのだった。
おそらく・・・大吉が配送した自転車に乗ってレッスン場へ向かうアキ。場所にもよるが谷中~アメ横は自転車で15分の距離である。
すると・・・そこには・・・太巻こと荒巻太一社長が先着していた。
アキにも雲の上の存在と理解できる太巻は・・・。
「ねえ、ガール」とアキに声をかける。
水曜日 君でもスターだよ!最後のチャンピオンだよ!(有村架純)
この後の展開を考えると・・・太巻の天野秋に対する態度はいろいろと意味深なのだが・・・。
結局、芸能界は運と実力の世界なので・・・そういう人間関係はおそらく二の次であろうと妄想しておく。
太巻は奈落のレッスン場でミリオンセラーとなった「アメ女」のサードシングル「暦の上ではディセンバー」の振付変更を考案中だったらしい。
アキに二つの振りを見せて軽いノリで意見を求めるのだった。
「♪果てしなく~と♪果てしなく~・・・どっちがいいと思う?」
(これは・・・おらのアイドルとしてのポ・・・ポ・・・ポテンシャルを試されているのか・・・)
「どっちが好き?・・・どっちでもいいか」
あまり期待していないのか・・・仮面なのか・・・優しく微笑む太巻。
思わずアキはオリジナルの振り付けを披露するのだった。
ゾンビな感じで両手をブラブラである。
呆気にとられたように見つめる太巻。
「♪果てしなく・・・がいいと思います」
長めの沈黙に・・・アキは・・・。
(やべ・・・怒られる)と恐怖する。
そこへ・・・やはり雲の上の存在である「アメ女」のマメりんが登場する。
マメりんの存在をそれほど知らないアキはそのアイドル・オーラに圧倒されるのであった。
自分のことをそれほど知らないアキにそれとなくカチンと来ているマメりんだった。
太巻は何事もなかったように・・・マメりんに振付変更を伝えるのだった。
それは・・・アキの考案したヴァージョンだった。
上へと戻って行くマメりん。
その耳に届くようにアキに声をかける太巻。
「君は・・・」
「訛りすぎる海女の・・・」
「ああ・・・潮騒のメモリーを歌っていた・・・もう一人はどうしたの・・・」
「ユイちゃんは・・・家庭の事情で少し遅れてます」
「そうなの・・・誰のシャドウ?」
「おら・・・はまだ」
「じゃ・・・マメりんにしなさい・・・いいわよね・・・マメりん」
怪しく微笑むマメりん。
ここでのシャドウとは代役要員である。
アキは突如として・・・「アメ女」のセンターの代役候補に抜擢されたのだった。
「じぇ・・・」
GMTメンバーによれば・・・。
太巻は元ダンサーでトシちゃんのバックで踊っていたらしい。
「アメ女」の楽曲は・・・作詩先行の「詞先」でも・・・作曲先行の「曲先」でもなく・・・振付先行の「振り先」なのだった。まあ・・・なくはないがまずない話だった。
そこへ・・・太巻御用達の「無頼鮨」の寿司が届く。
太巻がシアターに来た日は寿司を注文するのだが・・・ご相伴に与れるのは「アメ女」の正規メンバーだけだった。
その頃、北三里の春子と世田谷の正宗は電話で話していた。
「なんで・・・アイドルなんて・・・」
「その話は・・・先週、散々したから・・・それよりなんでアキを追い返したの?」
「追い返してない・・・それより・・・騙されてたらどうすんだ・・・」
「大丈夫よ・・・相手は太巻だから」
「太巻きって・・・」
「あら・・・知ってるの?」
「そりゃ・・・まずいだろ」
なんとなく・・・謎めく元夫婦の会話だった。
一方、谷中のアキは北三陸の夏ばっぱと電話をしていた。
アキは二段ベッドの下で壁には「友情を大切に」と先輩アイドルたちの落書きがある。
上は小野寺ちゃんである。
「本当なんだってば・・・おらの振り付けが採用されたんだってば・・・」
「そら・・・えがったな」
「そんでセンターのシャドウになったんだ」
「センターとはすげえな・・・真ん中だべ」
「シャドウだから・・・センターがケガしないと出番がねえ・・・ばっぱ本当に判ってる?」
「影武者だべ・・・」
「影武者って・・・そっちは変わりねっが」
「弥生の差し歯がとれたことぐらいだ」
黒く塗った歯でコントの落ちを担当する弥生(渡辺えり)だった。
スルメの焼ける匂いがする。
ふと・・・母からもらった手紙の存在を思いだすアキ。
「手紙よんだ?」と問われて読んでないと怒られると恐怖するアキだった。
あわてて・・・部屋をでて食堂へ続く階段の灯りで手紙を開くアキ。
お待ちかねの・・・家出後の若き春子の物語である。
「ママは・・・結局、家出したの・・・それは『君でもスターだよ』で10週勝ちぬいて・・・歌手デビューするためだった。ママはね・・・9週連続チャンピオンの強敵(渡辺万美)と戦ったよ・・・曲は『風立ちぬ/松田聖子・・・その日、ママは絶好調だったんだよ」
風たちぬ
今はアキ
今日から私は心の旅人
すみれ・・・ひまわり・・・フリージア
歌(小泉今日子)・・・キョンキョンの歌う聖子ちゃんに一部お茶の間沸騰である。
「司会の人(小籔千豊)もノリノリだったし・・・バックダンサーを従えて・・・ママもノリノリだった。故郷を捨てて明るい場所に立ったんだ・・・負けて帰るわけにはいかなかったんだよ・・・そして・・・ママは圧倒的大差で・・・新チャンピオンになったんだ」
若き日の春子の晴れ晴れとした顔。
しかし・・・ありえないこともない悲劇が春子を襲うのだった。
春子が優勝した回は・・・番組の最終回だった。
番組は打ち切られ「君でもものまねスターだよ」に改編されるのである。
「なんのために・・・家出して・・・優勝したのか・・・ママはね・・・困り果てたよ」
そして・・・若き春子は・・・かなり老けた顔のバックダンサーとテレビ局の狭い廊下ですれ違うのだった・・・。
木曜日 セーラー服を早く脱ぎ過ぎた女の娘だよ(能年玲奈)
天野秋の2009年に比べたら・・・想像を絶する天野春子の1985年である。
家出して・・・金なし宿なしで・・・17歳から18歳を東京で過ごした春子。
しかも所属事務所もなく・・・個人でオーディションを受けていたのである。
バブル寸前の浮かれ始めた時代とはいえ・・・竹の子族が踊り、一世風靡が一世風靡し、持ってけセーラー服がそれはまだだぞ・・・おにゃん子がおにゃん子して・・・元気が出るテレビがスタートして・・・堀越学園には本田美奈子や岡田有希子や南野陽子や高部知子や長山洋子や石野陽子や桑田靖子や倉沢淳美などが在籍していた・・・凄いなあと思うのは・・・若き春子を演じる有村架純が・・・小泉今日子はもちろんのこと・・・上記のメンバーや中森明菜、早見優、松本伊代、石川ひとみ、石野真子、堀ちえみ、三田寛子、石川秀美・・・当然のように松田聖子まで・・・ありとあらゆるアイドルを想起させる・・・なんともいえないアイドル万華鏡として存在していることである。
あの日・・・あの時・・・天野春子というアイドルの卵は本当に存在していたのではないかと思えてくるのだな。なんなんだ・・・これは。
とにかく・・・想像を絶する色々があって・・・1984年に上京してせっかくチャンピオンになったのに番組が終了して途方に暮れた春子は一年後の1985年の夏。原宿の純喫茶「アイドル」のウエイトレスとして生計を立てていた。時給550円である。アイドル好きなマスターの甲斐さん(松尾スズキ)は春子を応援しているらしいがどう考えても怪しいのだった。
一日八時間働いて4400円。週六日で26400円。月収10万円ほどである。
ギリギリだな。ギリギリ生きていけた。
春子はデビューを目指して地道なオーディション活動を繰り広げる。
「スケバン刑事」は斉藤由貴・主演版がすでにオンエアされており・・・春子の受けたオーディションは「少女鉄仮面伝説」(主演・南野陽子)だったのだろう。おニャン子クラブのデビュー作「セーラー服を脱がさないで」は7月5日のリリースである。会員番号4番新田恵利らがボーカルを担当している。
時代が求めているのは「となりの同級生」的アイドルだった。
そして下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、蓼食う虫も好き好きの精神でアイドルの大量生産、大量消費が行われたのだった。
まあ・・・今もそうですな。
プロフェッショナルなアイドル冬の時代だった。そういうジャンルを目指した春子にとってはまさに逆境だった。セーラー服を着ていればアイドルになれちゃったかもしれないのだった。
それでも・・・春子は正統派アイドルを目指して「こんにちは、スタジオ!」の番組アシスタント・オーディションを受けたりして・・・バラエティー・ショー志向の強いチンピラ・ディレクター(津田寛治)たちの阿漕な審査を受け・・・酷薄な期待に応えられず落選を繰り返していたのだった。
そんなある日・・・純喫茶「アイドル」に「君でもスターだよ」の春子のバックダンサーだった太巻(当時26歳)がスカウトした少女(神定まお)を連れて来店する。
しかし・・・脱がされるのでは・・・と怯えた少女はレモンスカッシュも飲まずに退場するのだった。
太巻は芸能事務所のスカウトマンになっていた。
春子は思わず忘れ物の名刺を取り上げるのだった。
「じぇ・・・」とアキは絶句した。
春子の手紙が「以上」だったからである。
春子と太巻はどんな関係になったのか・・・お茶の間は知りたくてたまらないわけだが・・・アホの子は・・・月並みな激励の言葉がない事が不満だったらしい。
ふと気がつくと、蛇口さんがいた。
「ユイちゃんのところに行ってきた」
蛇口さんはブティック今野の新作のモンペ状のものをお土産にくれたのだった。
「ユイちゃんは・・・当分、来れないみたいだ・・・どうする・・・帰ってもいいよ・・・今なら海女の季節も終わってないし・・・」
それは「用無し」の宣告にも似ていた。
しかし、アキの中では燃えるハートがときめいていたのだった。
「おら・・・マメりんのシャドウになりました」
「太巻さんに会ったのか・・・」
「ダンスも採用してもらいました・・・」
「そりゃ・・・気まぐれかもな・・・最近、マメりんの態度が高飛車だったので・・・天野をかませ犬にしたのかもしれない。マメりんはきっと休まない・・・だから・・・天野には出番はまわってこないかも・・・それでもやるかい」
「おら・・・ユイちゃんと約束したから・・・ユイちゃんを呼べるようにがんばる」
「そうか・・・じゃ・・・俺も手抜きしないでがんばるよ」
蛇口さんの・・・情熱と冷酷は混然一体となって微笑みに結晶するのだった。
実に判別しがたいキャラクターなのだ。
新学期がやってきて・・・アキは私立朝日奈学園芸能コースに転入する。
遠藤真奈、喜屋武はクラスメートである。
売れっ子になったクラスメートは遅刻、早退、欠席するクラスなのである。
少しずつ、GMTのキャラクターが明らかになっていく。
熱血リーダーの入間、一人成人の宮下、高三トリオ、中学生小野寺と言う感じである。
アキたちは「アメ女」のステージ・スタッフでもある。
メンバーの着替えをサポートし、時にはせりを持ちあげる。
そして・・・夜は奈落で歌とダンスのお稽古なのだった。
暦の上ではディセンバー
でもハートはサバイバー
今宵の私はリメンバー
漂う気分はロンリー
そして・・・上京して二週間が過ぎた頃・・・上野駅前に「安部そばうどんまめぶ」の屋台を発見するアキだった。
「じぇ」
「じぇじぇ・・・」
「じぇっじぇじぇじぇじぇじぇ」
「じぇじぇじぇじぇーっ」
二人はじぇじぇじぇ星人と化すのだった。
金曜日 まめぶと先輩と落ち武者と影武者と黒川タクシーと束の間の栄光とミス北鉄ばい(大野いと)
元夫・大吉(杉本哲太)の策謀で宇都宮にまめぶ伝播の行脚に出た安部小百合(片桐はいり)である。
宇都宮でのまめぶ浸透に失敗した安部は立ち食いそば屋のフリをして南下し、上野駅前にたどり着いたのであった。
アキにとって安部ちゃんは海女のお母さんのようなものだった。
今では本気を出せばウニを大量確保できるアキだが・・・最初の一個を取るまでは安部ちゃんが落ち武者として影から支えてくれたのである。
「落ち武者でなくて・・・影武者な」とアキの心の声にツッコミを入れる安部ちゃん。
思わず、(語り)とアキの間の亜空間を彷徨し・・・ボーッとするアキだった。
ここはかなりの「判る人だけ判ればいい」モードである。
今週、花巻さんの出番なしだったな。
「考えてみれば岩手であまり流行らないまめぶが・・・栃木で流行ったら・・・それはもう栃木の名物だもんな・・・おら、トラックを安く譲ってもらって上野にやってきた。ここには三陸地方の人も来るし、1/20の確率で「まめぶ」に興味を持つ人もいる。間違えて注文したらこっちのもんだべ。そのうち、リピーターもでてきたし、そばやうどんの客にはこっそりまめぶをまぜてみたりな」
「さすがは・・・安部ちゃん・・・地道だんべ」
久しぶりに安部ちゃんのまめぶを味わうアキ。
「うめえか」
「おいしぐねえ・・・だがそこがいい・・・おいしぐねえものなのに・・・なんだか食べたくなる・・・東京にゃ美味いものはたくさんあるが・・・こんなにピンと来ない味なのにたまらなくなつかしくなる・・・安部ちゃんのまめぶは最高だべ」
超難解なアキのお追従だった。
そこへ「そばとまめぶのハーフ&ハーフ」を注文する客が・・・。
アキは気がつかなかったが・・・誰あろう種市先輩(福士蒼汰)だった。
先輩はアキに気がつくが何故か素知らぬフリをするのだった。
種市先輩とアキの出会いと失恋騒動は安部ちゃんが北三陸を去った後の出来事なので・・・安部ちゃんは二人の関係を知らないのである。
とにかく・・・アキは安部ちゃんとの再会によってほっこりした気分を味わった。
ところが・・・寮に戻るとそこには父親の正宗が訪問していた。
「なんでアイドルなんだ・・・」と何故か、娘の芸能活動に反対する正宗。
「大体・・・アキは芸能活動とは逆方向のネクラで・・・引き籠りで・・・」
「やめてけろ」とネガティブ・モードの正宗を遮断するアキ。
そこへ・・・メンバーたちが大騒ぎでやってくる。
「えらいことじゃき・・・真奈がピンチヒッターすることになったとよ」
「じぇじぇ」
「上から読んでも下から読んでも成田りなが体調不良で握手会を欠席したでがんす」
「じぇじぇじぇ」
「じゃから・・・真奈が代役になったきに」
「お腹いたかあ」
「本部から呼び出しかかっとるき」
「どうする・・・タクシー呼ぶかい」
「タクシー・・・」
「あ・・・」
黒川タクシーはとりあえず娘の仲間の役に立った。
そして・・・遠藤真奈は表舞台に立ったのである。
奈落でGMTも一生懸命踊るのだった。
しかし、「暦の上ではディセンバー」のミリタリ衣装と、「空回りオクトーバー」のパンダ衣装の衣装チェンジに失敗したり・・・、歌も踊りも間違えて・・・散々な遠藤真奈の表舞台デビューだった。
マメりんなどは冷たい視線で遠藤真奈を見下すのだった。
GMTにはお下がりの寿司が心ある「アメ女」メンバーによって差し入れされていた。
思わず・・・ウニを食べてしまうアキ。
「うめえ・・・」
「アキちゃん・・・真奈が落ち込んでる時に・・・」
「ごめん・・・無意識だった・・・真奈ちゃんも食べるといいべ」
「食欲ないばい・・・」
「んだば・・・これ」
アキは500円を取り出し、真奈に渡そうとする。
「お金の問題じゃないばい」
「ごめん・・・おら・・・ウニはゼニだとばっぱから教わったから・・・」
仲間たちは・・・アキの空気を読まない態度に戸惑うのだった。
「真奈ちゃん・・・一つ教えてけろ・・・上は楽しかったか・・・」
「そりゃ・・・お客さんもいるし・・・下とは全然ちがうばい」
「だったら・・・明日はもっと楽しんでけろ・・・おらたちも一生懸命サポートするだ」
「そうだ・・・落ち込んでる場合じゃないき」と最年長宮下ちゃん。
「なんくるないさ」とGMTの弥生さんと化す喜屋武ちゃんだった。
「明日はもっとがんばるばい」と気をとりなおす真奈ちゃん。
「おらも上でおどりたいでがんす」と小野寺ちゃんはせりを目指す。
「ダメそこはリーダーの特権」と入間。
「本当にできるかなあ・・・」
「できないんだったらやめるしかないな」と割って入る蛇口さんだった。
「いつの間に・・・」
「女子特有の鬱陶しい感じがおさまるのをまってたんだよ」
「・・・」
「ひとつ云っとくけど・・・GMTはこの劇場で終らないからな・・・ちゃんと47人そろって全国ツアーもやるし・・・ファイナルは武道館だ・・・そしてたとえ最後の一人になっても俺は見捨てない」
蛇口さんの激励に意気上がるGMTだった。
「そうだ・・・真奈ちゃんが代役をやりとげたら・・・お寿司でお祝いしねえか」と突然、提案するアキ。
「でも・・・お寿司は無理だろ・・・お金が」
「それは・・・蛇口さんが・・・」
しかし・・・いつの間にか姿を消している蛇口。やはり・・・少し信用できない男なのだった。
その頃・・・スナック梨明日では2009年度ミス北鉄の話が少し盛り上がりに欠けているだった。
「ですよね」と吉田(荒川良々)・・・。
保(吹越満)は栗原ちゃん(安藤玉恵)のエントリーを・・・大吉は春子のエントリーを口説くのだった。
「節操ないなあ・・・去年のミス北鉄が17才で・・・今年が45才なんて・・・」
「43ですう」と春子。
勉(塩見三省)はひたすら琥珀を磨く・・・蛇口も磨いていたので二人の関係は修復されたのかもしれない。
太巻・・・蛇口・・・勉あたりはなんだかホモホモしい匂いがします。
そこへ・・・先触れとして・・・ヒロシが現れ・・・人々の前に二週間ぶりにユイが姿を見せるのだった。
春子は笑顔でユイを迎える。
土曜日 あちらのお客様からの伝説を目撃したかったあああああ(橋本愛)
ユイは精一杯、平静を装っていた。
おそらく・・・ヒロシがユイに挨拶を強要したのだろう。
一瞬で春子はユイの気持ちを推察するのだった。
「ユイちゃん・・・なんか食べる?」
「お兄ちゃん・・・帰ろう」
「あ・・・無理しなくてもいいのよ」
「いや・・・せっかく来たんだから・・・すわってジュースでも」と吉田。
「そうそう・・・アキちゃんから連絡あった?」と保。
「今、今年のミス北鉄はユイちゃんの二連覇でいいかなと話してたとこだ」と大吉。
「いや・・・」と大吉を突き飛ばして逃走するユイだった。
「なんか・・・すいません」とユイの後を追うヒロシ。
泣き伏す・・・勉だった。
勉は琥珀の洞窟で・・・ユイの痛々しいほどの孤独な夢を追いかける姿勢を知っているのである。
「ちょっと・・・なんであんたたち、ギクシャクしてんのよ」
「いや・・・俺たちはいつも通りに・・・」
「いや・・・すごく変な空気でしたよ」と栗原ちゃん。
「反省会だね・・・吉田、なんでひきとめた」
「いや・・・春子さんが・・・」
「アタシは断れる感じで云ったよね」
「あ・・・」
「保・・・なんでアキのことなんか・・・聞くのよ、今、一番の禁句でしょ・・・大吉さん・・・ミス北鉄二連覇なんて・・・今のあの子が喜ぶと思う・・・勉さん、いつまで泣いてんのっ・・・この大馬鹿ものどもが」
「なんかすみません」
「腫れものにさわるようにさわりなさいよ・・・間違いないのよ、元腫れものが言ってるんだからね」
うなだれる一同だった。
「変わったことあった・・・?」
「かつ枝が妊娠したことくらいかな」
口に含んだ牛乳を噴き出すアキだった。マジ歌選手権かっ。
電話をかわる眼鏡会計婆(木野花)・・・。
「正確にいうと・・・アキがいなくなってさびしそうな夏ばっぱにおらがやった猫が妊娠したんだ・・・」
アキは真奈のお疲れ会を寿司屋で開催するための相談を夏に持ちかける。
「まわる寿司はいくらだ?」
「まあ・・・一人千円だな・・・」
「まわらねえ寿司は?」
「二千円もあれば充分だ」
「メニューがない時はどうするだ」
「適当に・・・って言えばいい」
「それで・・・もしお金が足りなかったら・・・」
「そん時は・・・謝って皿洗いでもなんでもして身体で返すしかねえな・・・」
お茶の間騒然の夏ばっぱのアドバイスだった。
夏ばっぱの指示に従ってアキたちがやってきたのは・・・太巻御用達のやや高級店「無頼鮨」である。入店したアキたちを見ていきなり顔を曇らせる大将の梅頭(ピエール瀧)だった。
最年少小野寺ちゃんが一番用心深いのだった。
「大丈夫でがしょうか・・・おらさ・・・きっちり二千円しかもってないだども」
「なんくるないべさ~」と早くも沖縄方言を取り入れてシェイクするアキだった。
「今日は・・・見事、三日間五ステージを無事に勤めた真奈ちゃんをねぎらう会です」
「最初は失敗したとばい・・・ばってん・・・アキちゃんにがばいよかこと言ってもらって・・・アキちゃん・・・」
「かんぱーい」ととりあえず寿司を食べたいアキだった。
いつしか喜屋武も踊りだし、アユミも応じるのだった。
遅れてやってきた蛇口が見かねて注意するのである。おそらく・・・蛇口は・・・キャッシュを調達してきたのだと思われる。
「おい・・・宮下・・・未成年なのに酒はダメだろう」
「ごめんなさい・・・ウチはサバよんでたきに・・・本当は二十歳、今年二十一やき」
「じぇーっ」
「私もウソついてたばい」
「じぇじぇーっ」
じぇはメンバーに完全に浸透しているのだった。
「本当は佐賀じゃけど・・・博多華丸さんに福岡の方が通りがいいって言われて・・・ウソがつけん性分じゃから・・・苦しかったばい」
しかし・・・福岡と佐賀の違いがピンとこない一同だった。
「なんくるないさーーー」
「佐賀と福岡は違うばい」
大騒ぎのGMTの隣の席ではついたて一枚を挟んで静かに飲食する女性客がいた。
「ねえ・・・絶対、二千円じゃ足りないべさ」と小野寺ちゃん」
「・・・」
「水口さんに借りる・・・」
「いや・・・蛇口さんは寿司を一貫も食べてないし・・・水割りを水で割っている・・・最終的には逃げるつもりだ・・・おらはもうこの店で働く覚悟でがす」
隣の女性客は笑みをこぼすのだった。
いや・・・アキは忘れているが・・・パンツの中にお金があるはずだ・・・。
話題は好きな女優の話になっていた。
「アキちゃんは・・・」
「おらは・・・鈴鹿ひろ美」
「なんでえ」
「おかしいか・・・」
「確かに演技は上手いけど・・・若手とかいじめそうだし・・・お城に住んでそう」
隣の女性客は席を立つ。
さすがに心配になった蛇口は勘定を訪ねる・・・。
「お勘定はもういただいております・・・隣のお客さんが・・・」
アキの五感は研ぎ澄まされていた。
声に聞き覚えがある・・・横顔が見たことある。
ふるまいがあの人だ・・・鈴鹿ひろ美その人だ。
「じぇじぇじぇ・・・」
(ユイちゃん事件です・・・)
思わず追いかけるアキ。忍びよる「潮騒のメモリー」のインストゥルンタル。
水口も追いかけて来た。
「鈴鹿ひろ美さん」と呼びとめるが絶句するアキ。
「はあい」と振り返る待ってましたな感じの鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)だった。
「今日はごちそうさまでした」と御礼を述べる蛇口さん。
「ああ・・・あなたは・・・太巻のところの・・・えーと」
「水口です」
「そうそう・・・」
GMTはおろか店の客一同が御礼をするのだった。
一瞬、蒼白になり、領収書の金額を確かめ、眩暈を感じる大女優だった。
アイドルたちの自己紹介をさえぎり「それでは私はこれで・・・」と去っていく鈴鹿。
しかし・・・ただ一人アキはタクシーまで追いかけるのだった。
「握手・・・握手・・・」
蛇口さんの制止をふりきり・・・鈴鹿の手を握るアキ。
「おら・・・あんだに憧れて・・・東京に来た・・・潮騒のメモリー最高でがんす・・・」
微笑んで手を添える鈴鹿だった。
「いつか・・・一緒にお芝居しましょうね・・・」
「あう・・・あう・・・あう・・・」言葉を失うアキだった。
東京の夜の街に・・・何故かこみあげてくる涙。
アキ、かわいいよアキなのだった。
置いていくのね
さよならも言わずに
再び会うための約束もしないで
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