夢うつつ思いも分かず惜しむぞよまことある名は世に残るともでごぜえやす(綾瀬はるか)
寝ても覚めても変わらぬ気持ちでただただ惜しいと思う・・・誠実そのものであったその名は歴史に残るとしても・・・。
和歌に堪能であった松平照姫が会津戦争の責を負って自刃した萱野権兵衛長修に贈った歌と言われる。
大東亜戦争に敗れた東条英機首相を連想させる刑死であった。
「昭和天皇」も「松平容保」も臣下の死を持って永らえたという点では非常に相似的である。
しかし・・・萱野長修の名はいつしか忘れられていると言ってもいいだろう。
東条英機の名もいつしか朽ちていくのだと思われる。
もちろん・・・その名の下には名もなき無数の死者が埋まっているのである。
第二次世界大戦の敗北と会津戦争の敗北は実に似通っている。
会津の兵士たちが下北半島に流刑になったのも・・・シベリア抑留を連想させるのだった。
しかし・・・終戦後に日本国民が不死鳥のように蘇ったように・・・会津藩士とその家族も再生していくのだった。
生きていくものの恐ろしさがここにある。
で、『八重の桜・第30回』(NHK総合20130728PM7~)作・山本むつみ、演出・末永創を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は明治政府による東北諸藩減封・転封一覧表付き、ファン待望の小田隼人・四女・時栄あらため山本時栄の描き下ろしイラスト大公開でお得でございます。ついにキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!! でございましたが・・・あくまでマイペースでお願いします。みねとか咲はこないかあ・・・。
明治元年(1868年)十月十三日、明治天皇は東京に到着し、江戸城は東京城と改称される。二十二日函館・五稜郭の新政府軍に対し土方歳三らの率いる旧幕府軍が攻撃を開始する。榎本武揚の率いる旧幕府海軍艦隊も合流し、函館府の占拠に一時成功する。明治二年(1869年)三月、操船ミスなどで自滅した旧幕府艦隊は宮古湾の新政府軍艦隊に特攻を試みるがガトリング砲の餌食となって海の藻屑と消える。五月十八日、抗戦を続けていた榎本武揚は降伏し五稜郭は開城された。同日、上総国飯野藩(会津藩とは姻戚関係にある保科家が藩主)下屋敷にて会津藩家老・萱野長修は自刃による刑死を遂げる。これによって戊辰戦争は終結した。会津藩は二十三万石から陸奥斗南藩三万石に転封処分となる。山本家が身を寄せた米沢藩は18万石から14万石に減封処分。六月三日、松平容保と側室・佐久の間に嫡男・容大(かたはる)が誕生し、十一月斗南藩初代藩主となる。二十七日、皇后・一条美子が東京に到着。明治三年一月、会津藩士の謹慎は解かれ斗南藩への移住が開始される。山本覚馬は釈放され京都府庁(明治元年設置)に出仕する。
内藤新一郎は砲術師としての川崎尚之助の弟子である。米沢藩士としては小禄(四石)だったがその縁で山本一家の女子四名を世話していた。八重は新一郎に四斤弾を贈っている。新一郎は砲兵として士官しており、八重も砲術師として伝授を継続したことが推察される。
しかし、実際には内藤新一郎は会津藩の草の者である。
八重はここで会津くのいちの巣を作っていた。
すでに・・・会津藩そのものが解体され、領地は新政府軍の管理下に置かれている。
軍使金は乏しく・・・つなぎ(連絡)にも不自由する状態だったが・・・占領下の街では占領軍兵士が女と賭博に金をつぎ込むのは必然だった。
遊女くのいちたちは春をひさぎ・・・八重は男装して渡世人に変装し、賭場を荒らしたのである。
もちろん、忍びの技で八百長もしたが・・・基本的には賭場の金を強奪しまくったのである。
東北諸藩の賭場と言う賭場を会津の八兵衛は襲撃しまくったのだった。
東北各地の渡世人の世界では会津の八兵衛の名を知らぬものはいなかったが・・・その姿を見たものは皆無だった。
ただ・・・東北の渡世人には片耳の者が増えていた。
八重を取り押さえようとした極道は皆、抜き打ちの拳銃弾で片耳を吹き飛ばされていたのである。
八重は照姫から使命を与えられていた。
「八重殿の腕あらば・・・刺客の仕事もたやすいことでしょう・・・」
「は・・・」
「しかし・・・それはならぬ・・・と大殿からの命でございます」
「・・・」
「一人・・・二人の敵を討っても・・・必ずやすめらみことのしのびに報復を受ける・・・と大殿は申されました」
「京都での忍び組の全滅のことはうかがっております」
「京では・・・山本覚馬が存命のこと・・・」
「兄上が・・・」
「今は・・・お家の再興のために・・・影の組織をなんとか・・・残さねばなりませぬ・・・」
「・・・」
「明治とやらが・・・どのような世になるかは・・・わかりませぬが・・・松平の家のために・・・もうしばらく・・・お働きになってはくれまいか・・・」
「もったいなき・・・お言葉でございます」
「そなたたちには・・・苦労をかけるのう・・・」
「おやせになった・・・」と八重は思う。謹慎中の大殿が寵愛する側室が出産したことが・・・こころの痛手になっておられるのだろう・・・と八重は推量した。
しかし・・・主家・松平家の存続のためにそれは慶事であった。
女たちがそのように躾けられた時代はまだしばらく続いていく・・・。
八重は照姫の顔色を伺い・・・なんとなく思う。
そして・・・そのような鬱屈は賭場あらしで晴らすしかないのだった。
みちのくの夜の闇を、賭け金総取りで懐に忍ばせて、会津の八兵衛は駆け抜けるのだった。
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