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2013年7月21日 (日)

あまちゃん、十六曲目の土曜日(有村架純)

ジグソーパズルのような青春絵巻である。

断片が渦巻き、らせんを描いて、アキの・・・ユイの・・・春子の青春が交錯していく。

そして・・・誰のせいでもなくて・・・夢だけ置き去りに・・・ぬけがらだけが宙に舞う・・・いい事なんかなかった季節に・・・「GOOD-BYE 青春」なのである。

誰が作詞・秋元康、作曲:長渕剛の歌を歌えと云った。

さて・・・春子の青春・・・「アイドルになる夢を追いかけた季節」は映画「雨に唄えば」(1952年)的な筋立てで残酷な物語となっていく。

このドラマは・・・かなり異常な感じで「雨天」がないわけだが・・・「傘」が登場するのはGMTの宮下アユミが去っていく「別れの記念撮影」くらいなのである。

もちろん・・・舞台となる北三陸市は雪国だから雨よりも雪なのだが・・・降雪のシーンがそれほどあるわけでもない。

そうなると春子の「雨に唄えば」的な秘話が一つのイメージ的な縛りになっていたと妄想することもできる。

もちろん・・・「あまちゃん」であるために・・・水は・・・「海」に限定したいとう拘束かもしれないし・・・。

いよいよ・・・一年後に迫って来た「あの日」のイメージによる呪縛も考えられる。

しかし・・・晴れた日で綴られていく「あまちゃん」の物語はヒロインの素晴らしきアホの世界を強調しているようにも思えるのだった。

「あまちゃん」のことをあれこれ妄想しているたけで・・・一日が終わり、次の日の「あまちゃん」に逢える日々の・・・なんと恐ろしいことだろうか。

ユイの「アイドルになる夢を追いかけた季節」も終り・・・春子とユイの「希望」を背負ったアキの本格的な夢の始り・・・それが苦難の道であることは言うまでもないだろう。

やがて・・・「あの日」がやってきて・・・おそらく多くのものを失うアキ。しかし・・・その後で・・・「潮騒のメモリーズ」が復活したらいいよなあ・・・と心から祈るのだった。

四回目の起承転結のサブタイトルは次の通り。

第13週「おら、奈落に落ちる

第14週「おら、大女優の付き人になる

第15週「おらの仁義なき戦い

第16週「おらのママに歴史あり2」

ユイの青春が18歳で終わり、春子の青春が22歳で終わる。そして・・・波乱に満ちたアキの青春は来週からが本番なのである。

で、『連続テレビ小説・あまちゃん・第16週』(NHK総合20130722AM8~)脚本・宮藤官九郎、演出・梶原登城を見た。2008年、母の故郷・岩手県北三陸市(フィクション)にやってきた高校二年生のアキ(能年玲奈)は祖母の夏(宮本信子)に憧れて海女になり、母親・春子(小泉今日子)の歌声を聞いて、大女優・鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)に恋焦れる。そして親友のユイ(橋本愛)と共に高校三年生の夏の終りにアイドルを目指して上京する予定が・・・ユイの家庭の事情で狂い・・・東京では失敗の連続・・・2010年の正月・・・凹んだ気持ちで帰郷するのだった・・・。しかし、アキが不在のたった四ヶ月で北鉄のアイドル・ユイは高校も中退し眉毛のないあばずれとなっていた。

月曜日 ギザギザハートの潮騒のメモリーズ(橋本愛)

沖縄出身のGMTメンバーで朝日奈学園のクラスメートであるキャンちゃんこと喜屋武エレン(蔵下穂波)とともに実家でくつろいでいたアキに・・・ユイからの呼び出しがかかる。

ヤンキーと化したユイ・・・一部地方やださい青春ドラマなら事件になるところだが・・・北三陸市では・・・海女カフェの薄暗がりで二人はただ密やかに再会するのだった。

豹変したユイに戸惑うアキは舞台に腰掛けてネイルを塗る親友を見つめる。

呼びだされたのだから・・・話しかけられるのを待つしかないのだ。

ステージにはシーズンオフのため・・・水中カメラのモニターの代わりに潮騒のメモリーズの大看板が設置されている。目を泳がせたアキは思わず・・・楽しかったあの日の二人を思い出す。

潮騒のメモリー

17才は

寄せては返す波のように

激しく

しかし、二人はもう18歳だった。

「懐かしい?・・・」ようやく言葉を発するユイ。

ユイも何を話していいのか・・・迷いに迷っているのである。

「うん・・・四ヶ月しかたってねえのに・・・もっと長く・・・」

ユイにとってはつい昨日のことなのである。

ユイの時間は停まっている。

しかし・・・もう一人のユイにとっては・・・それはすでに終った時間でもあった。

分裂した二人のユイ。

一方のユイはアキに救いを求め、もう一方のユイはアキを激しく憎む。

二人のユイはなんとか・・・言葉を紡ぎ出そうとする。

「ここでイベントやったよね・・・ナンダッケ?」

「海女~ソニックだ」

「ソウソウ・・・テレビで生中継もされたよね」

「んだ・・・楽しがったよね」

アキはユイがユイらしいことに安心する。

二人は一心同体で二人三脚で一蓮托生なのである。

ふたりはプリキュアで・・・死ねばもろともで・・・永遠の絆で・・・。

「ゼンゼン」

「じぇ・・・」

「タノシクナカッタ・・・ワタシハゼンゼン」

「・・・」

「・・・アンナノ消シタイ過去」

「・・・」

「忙しくって帰ってこれないって・・・キイタケド」

「ああ・・・なんかヒマになっちゃって・・・お父さん、退院したんでしょ?」

「うん・・・アア、ソウミタイダネ」

「・・・」

「家、帰ってないの・・・最近、友達んちとか・・・トマリアルイテイルカラ」

「じゃあ・・・来れば?」

「・・・」

「東京おいでよ・・・みんな待ってるよ」

「ミンナ・・・って誰?」

「水口さんとか・・・太巻さんとか・・・あと・・・メンバーも」

「ククク・・・メンバーダッテ」

「沖縄の子はリアスで会ったべ・・・あと、宮城のことか」

アキは携帯に保存された新しい仲間たちの画像を見せようとする。

しかし・・・ついにアキに救いを求めるユイは消滅し・・・アキとアキの東京でのアイドル活動に嫉妬して目が眩み憎悪の権化となったユイが爆発するのだった。

「もう・・・いいわっ。もういいっ。ヤメタッ。行カナイッ。ヤリタクナイッ」

「え・・・」

アキは思い出す。お座敷列車直前に・・・急に弱気になったユイを。

「ドウデモイイ、カカワリタクナイッ」

だからアキはあの日のように一生懸命にユイを励ます。

「・・・大丈夫だ・・・みんな性格いい子で・・・ユイちゃんのことセンターにふさわしいって・・・」

しかし・・・あの日のユイはもう消えてしまったのだ。

「アキラメタワケジャナイノ。サメタノ。カンゼンニサメタ・・・ダッテ、あいどるナンテ・・・ダサイジャン・・・」

「ださい・・・」

「ダサイヨ」

「・・・」

「オタクアイテニナマアシダシテコビウッテ・・・真ん中に立って・・・ソレガナンナノ」

「・・・」

「・・・暦の上ではディセンバー・・・ダカラナニ・・・絶滅危惧種、下町アイドル・・・シラネエヨ」

ユイが一人レッスンしていた形跡を痛々しくふりまきながら覚醒と言う名の諦念に至る論理を噴出させていく。

「ソノシタデショ・・・ダサイあめ女ノダサイ妹分ガじーえむてぃーナワワデショ、ウケルー」

手に入らないもの。それを蔑むことは。

「イマトナッテハ夢中ニナッテイタ自分ガハズカシイッテイウカ、モウ黒歴史」

否定して・・・否定して・・・どこまでも否定して。

「昔ノ自分ヲ知ッテイル人ニナンテアイタクナイ・・・ミス北鉄トカ潮騒のメモリーズトカユイチャントカアキチャントカ・・・ホントニムリ・・・カンベンシテホシイ」

アキはユイが過去を否定していることに・・・過去のユイとアキを否定していることに・・・漸く気がついた。

「そりゃ・・・ねえべ・・・」

アキの表情に・・・とりかえしのつかないことをしてしまった自分自身を見るユイ。

「・・・セイゼイガンバッテヨ・・・オウエンシテマスンデ」

捨てるに捨てれなかった期限切れの新幹線のチケットを破り捨て、捨てゼリフを残して逃げ出そうとするユイをアキは逃がさない。

「ユイちゃん・・・あんまりでねえか。おらは・・・ずっと待ってたんだぞ・・・ユイちゃんのこと、ずっとずっと待ってたんだ・・・ユイちゃんが・・・必ず行ぐって言うから・・・すぐ行ぐって言うから・・・待ってたんだぞ。その言葉だけをずっと信じて・・・おらは待ってたんだぞ・・・それなのに・・・・・・・なんだよっ・・・さめたとか・・・やめたとか・・・恥ずかしいとか・・・ださいとか・・・おら・・・・・・なんのために・・・東京さ行って・・・奈落で・・・風呂もねえ合宿所で・・・」

「ソンナノ・・・シラネエシッ」

「ださい・・・そんなの最初から知ってる・・・ユイちゃんがアイドルになるって言い出した時だって・・・ダサイと思ったから聞こえねえフリしたくらいだ・・・でもユイちゃんはもう一度大きな声でアイドルになりた~いと言ったんだ。ダサイの通り越してバカだと思ったほどだ」

「ワタシガワルイッテイイタイノ?・・・ミンナワタシノセイナノ」

「ちがうべ・・・」

「ジャ・・・何ナノヨオ・・・」

アキの言葉に死んでいるユイが揺り動かされる。

「アキちゃんは・・・なんで・・・やってたの」

「楽しいからに決まってるべ。ださいけど楽しいから・・・ユイちゃんと一緒だと楽しいからやってたんだべ・・・ださいくらいなんだよ・・・我慢しろよ」

我慢して我慢して我慢しているアキ。

他人にはそうは見えないが・・・アキとしては東京での生活は耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだものだった。すべては・・・ユイが来るまでの辛抱だったのだ。

それを全否定されたアキは押さえていた怨みつらみを全開で吐露するのだった。

「みんな・・・おらじゃなくてユイちゃんを待ってた。おらだってわかってたけど・・・みんながみんなユイちゃんユイちゃんで・・・警備員のおじさんにまで比較されて・・・さすがのおらも傷ついた・・・でも・・・みんなが必要なのはなまってる方じゃなくて・・・かわいい方に決まってる・・・なんてったってアイドルだ・・・おらは何度も思っただ・・・逆だったらいがったのに・・・おらが残ってユイちゃんが来ればよかったのにって」

「ハア?・・・逆~?」

しかし・・・アキの一言は再び、果てしなき緊張と限りない悔恨の果てのユイの激昂を呼び覚ますのだった。アバズレ化したユイはアキを突き飛ばす。

「逆だったらよかったなんて・・・そんなこと軽々しく云わないでよ・・・母さん蒸発して病気の父さん置いて行けるワケないでしょうがっ。退院したって安心できないの。再発の恐れだってあるし、兄貴一人に任せておけないし、分るかなあ・・・アキちゃんみたいな気楽な身分じゃないのよ・・・カワッテホシイノハコッチダヨ!」

母親の春子にぶたれるのには慣れているが親友からはじめて突き飛ばされたアキは思わず東京で目撃した・・・ユイの母親であるよしえ(八木亜希子)のことを思い出す。

大好きなユイちゃんをここまで苦しめているのは自分ではなくあの女だと思わずにはいられないアキだった。

「お母さん、帰ってこないよ」

しかし・・・それ以上のことは言えないアキ。

ユイの動揺から親友が思った以上に母親思いだと直感したからである。

「そんなことないよ・・・帰ってくるよ・・・母さん・・・帰ってくるよ」

ユイはうわごとのようにつぶやく。

結局・・・父親や母親に愛されて・・・その上でアイドルに憧れていたユイだった。

父親や母親を殺してでもアイドルになりたいわけではなかったのだ。

ユイもまた甘ちゃんに他ならない。

しかし・・・ノーガードの討ちあいに突入したジョーのパンチは止まらないのである。

「おらだって・・・必死にふんばって・・・はい上がろうとしてんだ・・・気楽な身分じゃねえぞ」

アキの自嘲がユイには鼻持ちならない言葉に聞こえる。

「40位の繰り上げ当選のくせに・・・自慢しないでよ」

「自慢じゃねえ・・・それがおらの現実だ・・・ださいのなんて・・・そんなの自分が一番わがってることだ」

「・・・」

「でもな・・・ユイちゃんがどんたげ不幸か知らねえが・・・ここで過ごした二人の思い出まで拒否られたら・・・おら、やってらんねえっ!」

アキには分っていた。ユイがそんなことをアキに言いたいわけではないことを。

だがアキには分っていた。ユイには言いたくないことを自分が言っていることを。

ユイにも分っていた。アキがそんなことをユイに言いたいわけではないことを。

だがユイにも分っていた。アキには言いたくないことを自分が言っていることを。

二人はいっぱいいっぱいだったのだ。

これ以上、傷つけるのにも傷つけられるのにも耐えきれず、アキはユイを振り切って海女カフェを飛び出すのだった。

置いていくのね さよならも言わずに

再び会うための 約束もしないで

その頃・・・死の淵から生還した足立功(平泉成)はろくでもない大人たちに囲まれて久しぶりの一杯を味わっていた。

ろくでもないストーブことヒロシ(小池徹平)のろくでもない嘘にも関わらず・・・ろくでもない妻が自分を見捨てて出奔したことも分っている功。

「馬鹿な妻だ・・・でも何より・・・ユイにはすまなかったと思っている」

ろくでもない大人たちはろくでもない過去をふりかえり・・・とりあえずろくでもない酒を飲むのだった。

足立父子を送り出した春子は・・・構内に一人座りこむユイを発見する。

「あれ・・・どうしたの・・・ユイちゃん・・・」

「私・・・アキちゃんを・・・アキちゃんを傷つけちゃった」

「・・・」

泣きじゃくるユイを抱きしめて我が子のように宥める春子だった。

ゼブラとパンサーの種族を越えた愛だった。

その頃、アキは何もかもを失くした気分で・・・天野家に戻っていた。

そこには・・・祖父母や仲間がいた・・・たが、たった一人の親友だけがもういないのだ。

アキにはそう思えてならないのだった。

来てよ その川 乗り越えて

三途の川の マーメード

友達少ない マーメイド

マーメード 好きよ 嫌いよ

火曜日 たったひとつの失われたセリフ(能年玲奈)

2010年1月2日。里心がついて沖縄に帰省することにしたキャンちゃんをアキと夏は駅まで見送りに来た。

どうやら旅費は北鉄&観光協会が持つらしい。アキは地元ではアイドルなのである。栗原ちゃん(安藤玉恵)が航空券を持って現れる。そして、吉田くん(荒川良々)が北三陸から那覇に至る道程を説明するが一回噛んでしまい、セリフは途中で端折られるのだった。電車から旅客機への見事なトランスフォームがパラパラマンガ的に泣かせるのだった。

一方、天野家ではドラマ「メイドインジャパン」(NHK総合2013年)でおなじみのタクミ電機のプラズマテレビとハードディスクレコーダーを購入していた。もちろん、今夜、放送のアキが出演する「新春SPおめでた弁護士」に備えてのことである。

しかし、アキは春子の秘密の部屋に引き籠っているのだった。

そんなアキを急襲する春子。

「あれ・・・ママ、どうしたの・・・リアスは?」

「ユイちゃんにまかせてきた」

「そうか・・・」

「ユイちゃんと・・・なんかあった・・・」

「おら・・・ユイちゃんを傷付けちまった・・・ママからあやまっといてけろ」

人は誰のため 涙 流しても

傷つけあう 青春を

尽きることの無い 熱い嘆きを

身体ごとぶつけて 闘うわ

アキとユイはお互いを傷つけあったのか・・・。

春子は困惑しつつも若い二人をうらやましく思うのだった。

しかし、春子は疑い深い母親である・・・アキの落ち込みの理由をもう少し探索してみるのだった。

「東京はどうなのよ」

「どうって・・・」

「東京の話を聞かせろよ・・・地下鉄銀座線は相変わらず地下街のラーメン屋のだしの匂いがするのかな~」

「なわけねえべ」

じゃれつく母親を軽くあしらうアキだった。

「ママ・・・おかしいぞ」

「四ヶ月も離れてたから可愛がってんだろう」

「うへへ」

母親としてははじめての子供と別れた生活に違和感を持っているのだが、巣立ちはじめたアキにはそれほどのことでもないのだった。

「どうなのよ・・・芸能界は・・・誰と誰が付き合ってるとか・・・誰それの年収とか・・・スナック向けの下衆いネタはないの。鈴鹿ひろ美の性格がドス黒いとか、酒癖がマジ悪いとかウエルカムよ~」

「そんなものはねえ・・・そうそう・・・社長にはママのこと話したぞ」

「そう・・・なんか言ってた?」

「いや・・・ママと太巻社長はどんな関係だ・・・」

「関係も何も・・・ただのウエイトレスと客だよ」

←←←←←(時間を巻き戻し)←←←←←・・・1985年。アイドルとしてのデビューを目指し、原宿の純喫茶「アイドル」でウエイトレスをしていた若き日の春子(有村架純)。店のマスター甲斐さん(松尾スズキ)の紹介で当時、26歳の太巻こと荒巻太一と会話を交わすようになる。

太巻は芸能事務所の駆け出しのマネージャーで春子にプロフィールを作ることなどをアドバイスするのだ。

「その髪形・・・」

「聖子ちゃんカットです」

「でも・・・聖子もその髪形してないよね」

それどころか・・・この年、かねてから交際していた郷ひろみと破局した聖子は半年後には神田正輝と「聖輝の結婚」をして、翌年には長女SAYAKAを出産、元祖ママドルになるのだった。ジャケット写真がショートカットの「天使のウィンク」はこの年発売の松田聖子の20枚目のシングルで聖子は結婚休業後、この年の紅白歌合戦に姿を見せてこの曲を歌うのだ。

若き日の春子は時代遅れで世間知らずの小娘だったのである。

→→→→→(時間を早送り)→→→→→・・・「それで・・・ママはその気になったのか」

「その気ってどんな気よ」

「だから・・・スナック受けする下衆い気だ」

「そんなわけないでしょ・・・」

「そうか・・・おら・・・昔、ママと社長がいろいろあって・・・それでおらが冷遇されているのかもって考えちまった。だめだな・・・おら・・・自分の実力のなさを棚に上げて人のせいにするなんて・・・でも・・・なんかすっきりしたぞ・・・すっきりしたら・・・腹さへった・・・夏ばっぱ・・・餅焼いてけろ~」

部屋から飛び出したアキを見送った春子の表情に幽かな曇りが生じるのだった。

春子と太巻には・・・明らかに何かあったのである。

やがて・・・天野家には次々と人が集まり、新年会のような賑わいとなるのだった。

アキは最後の希望である「セリフのある役で憧れの大女優・鈴鹿ひろ美とドラマで共演」に期待をかけるのだった。それはアキにとって何もいいことがなかった東京での唯一の成果なのである。

もちろん・・・北三陸の人々はアキの晴れ姿を見ようと集まってくるのだが・・・そこにはあまり期待しすぎないようにしようという気遣いも伺える。

忠兵衛(蟹江敬三)と組合長(でんでん)は邪気祓いの鬼であるなもみ(ナマハゲやスネカと同種の妖怪である)に扮し、来客を迎えるのだった。

花巻一家は珠子(伊勢志摩)を始め、鈴(小島一華)も琴(吉村美輝)もなもみに無反応だったが・・・美寿々(美保純)の交際相手のバングラデッシュ人のカマール(アベディン)は「悪霊」と信じて腰を抜かす。さらにカマールはアキを女優として紹介されると「濡れ場」「R指定」などと連発し美寿々の日本語教育の乱れを暗示する。

大吉(杉本哲太)も春子の亭主面をして・・・「プロポーズの返事はまだだけど・・・ノーでない限りイエスだと思っている」と前向きに考えつつ・・・「もしも、春子と結婚したら・・・おらのことパパって呼んでくれるか」とアキに迫るのだった。

そんなてんやわんやの中、「新春SPおめでた弁護士」は放映される。

一方、スナック「梨明日」は静かな夜を迎えていた。

留守番ママはユイ。客は琥珀の勉さん(塩見三省)と磯野先生(皆川猿時)だけである。

そこへ吉田くんが入店する。

「・・・静かだね・・・別の店みたいだ・・・水割り・・・」

「・・・はい・・・」

氷をつまむユイ。

グラスに氷を入れるユイ。

グラスにウイスキーを注ぐユイ。

グラスにミネラルウォーターを注ぐユイ。

グラスの中をタンブラーでかき混ぜるユイ・・・。

「うわあ・・・もうだめだ・・・辛抱できねえ」

吉田くんは店のテレビをスイッチ・オンするのだった。

画面では寿蘭子(鈴鹿ひろ美)が「双生児を妊娠していること」を告げられて軽く驚いていた。

そして・・・件の廊下のシーンとなり・・・「もうすぐだ」というアキの言葉で天野家もシーンとなるのだった。

ドアを開けて隣人C(天野秋)が一瞬姿を見せるが・・・セリフがないままに「怪しいインド人の登場するバイク買い取りのCM」となってしまう。

おそらく・・・CM後に鈴鹿が「結局、島田は先週引っ越していたわ」などと言っているはずである。

アキのセリフがあってもなくてもいい展開で・・・アキのセリフは編集でカットされてしまったのだった。

アキは茫然とするのだった。

アキの表情から事態を察する春子だった。

結局・・・アキのセリフはないまま・・・番組はエンディングを迎える。

天野家でもスナック「梨明日」でも微妙な空気が流れる。

ユイの表情にようやく・・・苦境に立っている親友を案じる気持ちが浮かぶ。

事情を知り心苦しくなる・・・一瞬の変化で見せるその表情が実に素晴らしいのだった。

アキは・・・追い詰められて・・・マネージャーの水口(松田龍平)に電話をするのだった。

「あの・・・アキです」

「見たよ・・・うん・・・セリフなかったね。でもそういうのはよくあることだから」

「おらが・・・40回もNG出したからですよね」

「そんなことはないさ・・・ちゃんとOKが出ただろう・・・カットされたのはあくまで時間の問題さ・・・」

でも・・・とアキは思うのだった。

ユイちゃんだったら・・・セリフはカットされなかっただろう。

なまってる方だから・・・いらないセリフになってしまったのだ・・・と。

「アキちゃん・・・そんなこと気にしてたら芸能界じゃやっていけないよ」

芸能界じゃやっていけない・・・の部分だけが心に響くアキ。

「で・・・いつこっちに帰ってこれるかな」

アキはすでに電話を切っていた。

夏はレコーダーの再生、スローサーチ、一時停止を使いこなし可愛い孫を何度も見るのだった。

「うわあ・・・アキだあ」

夏は心からはしゃぐ。

春子は無邪気な母を楽しそうにからかう。

「何回見れば気が済むのよ・・・」

しかし・・・その言葉も奈落の底へ沈んでいくアキの耳には届かない。

一人で東京へ行き・・・みんなに可愛くない方と言われ・・・奈落でひたすらシャドウを勤め・・・人気投票では解雇寸前となり・・・憧れの大女優との共演では大失敗して女優にむいてないと宣告され・・・たった一人の親友からは見捨てられ・・・たったひとつのセリフはカットされ・・・アキは自分自身にほとほと嫌気がさしている。

辛い 辛すぎるけど

決して 負けはしないわ

切れた 切れたくちびる

噛みしめて 夢を見るの

水曜日 新巻鮭の下で留守番電話を聞いてくれ(松田龍平)

すでに三が日は終っていた。2010年の街は正月気分ではないのである。

谷中にある「まごころ第2女子寮」にサングラスをかけた怪しい女がやってきた。

女は既にGMTの合宿所を見下していた。

「ちっ・・・マジかよ」

女はマメりんこと・・・奈落に落ちた元アメ女のセンター有馬めぐ(足立梨花)だった。

何故か・・・アキのベッドに入り込み、勝手にアキの私物を整理し始めるマメりん。

GMTのメンバーを代表して「リーダー」の入間しおり(松岡茉優)は抗議を申し入れるのだった。

「あの・・・それ・・・アキちゃんの私物なんで・・・勝手なことはやめてください・・・」

「その子・・・辞めたって聞いてるけど」

「じぇ・・・」戸惑うメンバーたち。

マメりんの上で寝る・・・想像しただけで卒倒しそうになる小野寺薫子(優希美青)だった。

仕事始めの観光課はストーブがストーブでもちを焼いていた。

血相を変えて飛び込んできた大吉は「アキが海女カフェで働いていること」をお年玉付きで発表するのだった。

アキは海女カフェで笑顔で働いていた。

地元ではまだまだ根強い人気があるアキによって海女カフェは正月早々活気にあふれているのだった。

「まさに・・・掃き溜めに鶴だな」

「昨日まではただの掃き溜めだった」

「じゃ・・・掃き溜めカフェか・・・」

邪な大人たちは勝手なことを言うのだった。

「これでユイちゃんが復活したら・・・」と大吉は算盤をはじき始めるのだった。

営業終了後の海女カフェでストーブはアキに話しかける。

「ユイもね・・・最初の頃は本当にがんばってたんだ・・・親父が倒れているのを発見したのもユイだし・・・そうじゃなかったら・・・手遅れになるところだった。アキちゃんからメールが来る度に報告してきたし・・・いつでも出発できるように荷は解かなかった。父さんが初めて歩いた日は観光課までわざわざ報告にきて・・・父さんが美空リハビリだの、前田リハビリだのだじゃれを連発したことをうれしそうに話していたよ。あの頃が・・・足立家の最後の幸せな日々だったんだよね。もちろん・・・ユイには眉毛があったんだ」

「やはり・・・お母さんのことが・・・」

「・・・そうだね・・・母さんがいなくなって・・・道が断たれたって・・・思ったんだろうね・・・そして眉毛もなくなった」

「おらが・・・一人で行かなければよかったんだ・・・ユイちゃんが行けるようになるまで・・・抜駆けなんかするから・・・しょぽいことになっちまった」

「そんなことないさ・・・ユイがアキちゃんに行くことを頼んだんだし」

「おらが行っても無駄だった・・・ユイちゃんが居れば百人力だけど・・・おらだけじゃ、一人前にもなれねえ」

「・・・アキちゃん」

アキは絶望したユイに甘えて・・・鞭打つような言葉を吐いた自分に愛想が尽きていた。

仮面をつけて生きるのは 息苦しくてしょうがない

どこでも いつも 誰とでも 笑顔でなんかいられない

世界がゆがんでいるのは 僕の仕業かもしれない

スナック「梨明日」でユイは勉さんの琥珀に目が止まる。

「それ・・・きれい・・・私にもやらせて・・・」

勉さんは喜んで琥珀をユイに渡す。

ユイは微笑みを浮かべて琥珀を磨き始める。

閉店後の後片付けをしながら春子はユイに話しかける。

「アキがさ・・・ユイちゃんを傷つけるようにこと言ったんだって・・・ごめんね」

「・・・」

「あの子もさ・・・なんだか上手く行ってないみたいなんだよね・・・こっちで大分強くなったかと思ったけど・・・やっぱさあ・・・東京じゃダメみたい・・・ユイちゃん・・・慰めてやってよ・・・」

「・・・」

ユイの中でせめぎあう絶望と祈り。

生きているっていうことは かっこ悪いかもしれない

死んでしまうということは とっても惨めなものだろう

だから親愛なる人よ その間にほんの少し

人を愛するって事を しっかりとつかまえるんだ

一月八日の昼下がり・・・アキはまだ北三陸にいた。

忠兵衛もいた。

「何してんの・・・」

「タコを捕まえる仕掛けを作ってる・・・」

「じいちゃんは・・・漁さ出たくねえって思うことあるの・・・」

「今がそうだべ・・・昨日も組合長にイカ釣り船さ乗んねえかって話があったのに・・・なんだかんだと断った・・・今、激しく後悔している」

「おらが・・・海女カフェでバイトしてんのも・・・現実逃避だ」

「こんな仕掛け作ったってこの季節・・・タコなんていやしねえ」

ふはっ・・・とため息をつく二人だった。

「現実はつれえな」

「んだなあ・・・」

そこへ・・・水口がやってきた。

「じぇじぇ・・・」

「なんで・・・電話に出ない・・・電話に出れないなら折り返しだろ・・・マネージャーからの電話に出ないなんて・・・」

「それさ・・・言いに来たのか」

「・・・で・・・いつ東京へ帰ってくるんだ」

「わがんね・・・」

「何言ってんだ・・・みんな待ってるんだぞ」

「せっかく・・・来たなら・・・ユイちゃんを連れていけばいいべ」

「なんだって・・・」

「どうせなら・・・かわいい方を連れてってかわいくプロデュースすればいい」

アキは水口にユイをなんとかしてもらいたかった。同時に自分自身でも呆れるほどにどうしようもなく拗ねていたのだった。

そこへ・・・忠兵衛を説得するために組合長がやってきてくんずほぐれつとなりややこしく話はこじれていくのだが・・・堪忍袋の緒が切れた水口が叫ぶのだった。

「留守電聞いてないのかよ」

「すいません」

「聞け・・・すぐに聞いてくれ」

「自分の口で言えばいいだべ」と組合長。

「同じことを・・・っていうか・・・昨日のテンションには二度となれないから・・・」

アキは仕方なく携帯電話を取り出すのだった。

「16件のメッセージがあります」

「じぇじぇっ」

((もしもし・・・天野・・・水口です・・・今は一月七日の夜です・・・一回しか言わないからちゃんと聞いてくれ・・・ここ数日、きみのことを考えている・・・正確には・・・きみのいないGMTの未来を考えて・・・激しく落ち込んでいる・・・俺はずっとユイちゃん派っていうか・・・ユイちゃんをセンターに抜擢しようとしてきた・・・でも・・・そん・・・))

ピー。

((もしもし、水口です。さっきの続き。・・・そんな逆風の中できみは・・・四ヶ月かけて自分の立ち位置を獲得した。もう君はユイちゃんの相方じゃないよ・・・GMTの天野アキだ。なまってるけど、40位だけど最下位だけどそれが))

ピー。

((それがどうしたっ・・・水口です。それがどうしたっ・・・誰が何と言おうときみの代わりはきみしかいないんだよ。そんなきみを売りだすことがマネージャーとしての僕の・・・))

ピー。

((僕の仕事だ・・・きみをきみを売りたいんだ・・・きみをきみこそが・・・ぼくの売りたいものなんだ・・・ぼくはきみを売りたいんだ・・・売りたくて売りたくてたまらないんだ))

ピー。

((だから・・・電話に出てください・・・ぼくの話をきいてください・・・今・・・入間に代わる))

ピー。

((アキ・・・なにしてんのよ・・・とっとと帰っておいで・・・約束したでしょ・・・みんなで天下をとるって・・・))

ピー。

((アキちゃん・・・真奈ばい・・・アキちゃんがおらんと・・・奈落がお通夜んごと静かで・・・はやく帰ってきてほしか・・・))

ピー。

((アキちゃん・・・アキちゃんが早く帰ってきてくんねえと・・・おら・・・マメりんと相部屋になっちまうだ))

ピー。

((ざわわ・・・ざわわ・・・ざわわあ))

ピー。

((・・・))

ピー。

((今のは大将の梅頭さんだ・・・天野・・・みんな待ってるぞ・・・みんなお前が必要なんだ・・・早く東京に戻ってこい・・・今こそ南部ダイ))

ピー。

((あ・・・アキちゃん・・・帰って来る時、磯汁の缶詰、三缶くらい買ってきて・・・いらっしゃい・・・うどんにしますかまめぶに))

ピー。

((天野さあん。あけましておめでとうございます・・・あなた田舎に帰っちゃったんですって・・・ちゃん・・・ちゃらおかしいわあ))

ピー。

「な・・・天野・・・みんな、お前を待っているんだ」

揺れるアキの心。

僕の話を聞いてくれ 笑い飛ばしてもいいから

そこへ・・・ユイが現れた。

(また・・・おらは・・・ユイちゃんを置いて出ていこうとしてるのか・・・)

アキは答えに屈し・・・あの大失恋の時のように・・・作業小屋に籠城するのだった。

「どうして・・・もう少しだったのに・・・」

落胆する水口・・・彼には近づいてくる阿婆擦れが・・・誰だか分らない。

木曜日 あきらめました・・・アイドルのことは・・・もうサインも書かない(小泉今日子)

忠兵衛や組合長の言葉には答えないアキ。

「だめだな・・・」

「やはり、ユイちゃんでねえとな」

立ち去る二人の言葉に首をかしげる水口。

近づいてきた見知らぬ不良少女の声を聞いて彼はのけぞるのだった。

「アキちゃん・・・」

「え・・・ユイちゃんなの・・・眉毛どうした・・・」

あきらめました あなたのことは

もう 電話も かけない

あなたの側に 誰がいても

うらやむだけ かなしい

かもめはかもめ 孔雀や鳩や

ましてや 女には なれない

全国津々浦々のユイちゃん派が絶叫し、滂沱の涙を流す日がやってきたのだった。

そうじゃないか、そうじゃないか、でもそんな馬鹿なと否定したかった不安が現実のものとなったのである。

仕方なく・・・夏と春子のいる母屋に挨拶に行く水口。

ユイと二人だけになったのを確かめてアキは心張棒を取り除くのだった。

ユイはそっと作業小屋に入った。

失恋して閉じこもったアキに呼びかけた小屋。

二人で「潮騒のメモリー」を練習した小屋。

一蓮托生で二人三脚の親友と過ごした小屋である。

アキはユイの言葉を待っていた。

「一緒に行こう」と言ってくれるのを・・・。

「海女カフェでひどいこと言ってごめんね」

「・・・お互い様だ」

「アキちゃんにあたっても仕方ないってわかってるのに・・・アキちゃんにあたるしかなかったんだあ」

「それもお互い様だ」

アキはユイの声が哀しみに沈んでいるのが哀しかった。

ユイちゃんは・・・。

「おらは・・・奈落にもシャドウにもわがままな女優の付き人にも耐えられた。それは・・・みんなユイちゃんのためだと思えたからだ・・・でも・・・さめたとか・・・ださいとか言われて・・・おら・・・何のためにやってるのか・・・わかんなくなった・・・モチ・・・モチが・・・」

「モチベーション?」

「んだ・・・おら・・・ユイちゃんがいなかったら・・・アイドルなんてやってられね」

「海女は・・・?・・・海女はどうなの」

「海女は・・・自分のために・・・やった」

「自分のために・・・歌ったり踊ったりはできない?」

「・・・どうかな」

「私は・・・あきらめた・・・さめたんじゃなくて・・・あきらめたの」

ああっと絶叫する一部お茶の間。

「・・・」

アキは戸惑う。

「でも・・・見てるから・・・アキちゃんを見てるから」

「・・・」

アキは理解する。

「だから・・・アキちゃんは東京に行って・・・自分のために・・・」

アキには逃げる場所はなくなっていた。

「・・・おら・・・やる・・・やってみる」

和らいでいく二人の間の空気。

ユイは袋から・・・色紙を取りだした。

かってアキはファン1号としてユイのサインをもらったのだ。

今度はユイがアキのファン1号になるための儀式をするのだった。

涙が止まらないユイちゃんファン一同。

「サインを書いて・・・」

「うん・・・」

アキはサインを書いた。

「・・・あるんだ」

ユイが微笑む。

「エヘヘ」

アキが微笑みを返す。

「ありがとう・・・大事にする・・・頑張って・・・もしもダメだったら・・・帰ってくればいいよ」

ユイの言葉に素直にうなずくアキだった。もはやユイちゃんマニア一同は涙で前が見えないのだ。

二人は手に手を取り合って・・・小屋を出た。

「結局さ・・・過去の自分を否定しなきゃ・・・乗り越えられなかったのよ・・・今の自分を受け入れられなかったの・・・だから・・・ユイちゃんの眉毛はどっか行っちゃったの・・・」

春子はユイの心情を水口に語ってきかせる。

夏は水口のために餅を焼いている。

「私の場合はさ・・・全部親のせいにして・・・のりきったの・・・夏さんがつきはなしてくれたおかげでさ」

餅を焼き終えた夏は水口に勧めるのだった。

「なんだか・・・今の若いもんは面倒くせえな。昔の自分を捨てたりとか・・・誰かのせいにしねえと・・・右にも左にも行けないなんてな・・・おらはもっと単純だ・・・そこに海があるから潜る・・・それだけだ・・・」

「はいはい・・・夏さんはさすがですよ」

「僕は・・・二人ともものになるとは思ってませんでした・・・どっちかと言えば・・・成功するのはユイちゃんだと思ってました」

「本音が出たな」と夏。

「でも・・・思ったんです・・・アキちゃんは・・・なんだか・・・なんだか・・・可愛いですよね」

「気持ち悪いぞ・・・」と春子。

しかし・・・水口は固い決意をのぞかせる。

「だから・・・本気でアキちゃんを売りだす覚悟です」

「おい・・・時間はいいのか」

「ええ・・・いや・・・駄目ですね・・・もう行かないと・・・夜のステージに間に合わない」

水口は小屋が空になっているのを発見する。

二人の少女は海岸線の下り坂を自転車で滑走していた。

ユイが先行してアキが追いかける。

「アキちゃああああん」

「なあに・・・ユイちゃん・・・きこえねえよおおおおお」

潮騒が二人を優しく包む。

帰って来たアキは元気よく夏に告げる。

「おら・・・行ってくる」

一瞬の淋しさをこらえた後で夏は顔をほころばせる。

「そうか・・・がんばれや」

そして・・・春子は秘密の部屋で二通目の手紙を書きだすのだった。

一月十日。アキは再び北三陸を旅立った。

土産を抱えて晴れ晴れとした顔で。

腕にはユイの作った琥珀のブレスレットが輝いている。

そして・・・アキは春子の手紙を読み出すのだった。

一通目とは違い、今度は速攻で読むのだ。

そこには大切なことが書かれているに決まっているのだから・・・。

上京も二度目なら・・・少しは上手になるのだった。

時は遡上して←←←←←(時間を巻き戻し)←←←←←1985年・・・アイドルたちは多様化していた。ある意味、方向性を見失った状態だった。アクロバットをするアイドル、セイントフォー・・・。制服を売りにして「セーラー服を脱がさないで」をヒットさせたおニャン子クラブ・・・。女子プロレスラーの長与千種とライオネス飛鳥はクラッシュギャルズを結成し歌謡際の優秀歌謡音楽賞を受賞した。

アイドルの概念は多種多様化し・・・正統派アイドルにとってはまさに冬の時代を迎えていたのである。

上京して一年半・・・春子は・・・十代の終りに差し掛かっていた。

そんなある日・・・太巻は春子を純喫茶「アイドル」から連れ出したのだった。

「今度・・・うちの事務所から・・・鈴鹿ひろ美という清純派アイドルを売りだすことになった。来年のお正月映画でスクリーンデビューする予定なんだ・・・主題歌も彼女が歌う予定なんだが・・・一つ問題が発生した」

太巻はタクシーの中でカセットテープに吹き込まれた歌を聴かせた。

その瞬間・・・薬師丸ひろ子による「潮騒のメモリー」を楽しみにしていた一部お茶の間は失望するのであった。ドラマの中でアメ女の成田りなを演じた声優の水瀬いのりがわざと音痴に唄ったような歌声が流れて来たのである。

大江戸タクシーの運転手・若き日の黒川正宗(森岡龍)も眉をしかめる不協和音が鳴り響くのだった。

「鈴鹿ひろ美は凄い音痴なのだ」

「こういう曲なのかと思いました」

「本当はこういう曲だ」

太巻は自分で吹き込んだ「潮騒のメモリー」のデモテープを春子に聞かせた。

「困り果てて・・・君のことを思い出した・・・レコーディングまで後・・・30分ほど時間がある。くりかえし聞いて歌を覚えてくれ・・・そして・・・鈴鹿ひろ美の代わりにきみが歌ってくれ」

「え・・・私が・・・鈴鹿ひろ美の名前で・・・レコーディングするってことですか」

「頼むよ・・・君しか頼れる人がいないんだ・・・ねえ・・・いいだろう」

春子は断り切れなかった。断る理由が思いつかなかったのだ。

夢にまで見たレコーディング・・・。たとえ他人の代役でも春子の夢が叶うのである。

こうして・・・春子はマイクの前に立った・・・鈴鹿ひろ美の落ち武者・・・いや影武者として・・・。

→→→→→(時間を早送り)→→→→→2010年、上京中のアキは列車の中で「じぇ・・・じぇじぇ・・・・じぇじぇじぇじぇーっ」と叫んだのだった。

金曜日 晴れ、ときどきゴースト・シンガー(薬師丸ひろ子)

←←←←←(時間を巻き戻し)←←←←←1985年の秋、一台のタクシーの中で「潮騒のメモリー」のメロディーが繰り返し流れていた。若き日の春子は必死にその歌を覚えていた。アイドルになりたくてなれなくて無為に過ごした時間に比べればそれは魔法の時間だったかもしれない。

(私の歌がレコーディングされる)

それによって春子の未来がどう変わるかなんて考えてもみなかった。

春子はただ夢中で歌を覚えた。

やがて春子はレコーディング・スタジオに到着する。

タクシーを降りる時、太巻はタクシーの運転手に2万円を渡して未来の春子の夫を恫喝した。

「口止め料じゃ、あほんだら・・・ええか・・・このことがおおやけになってみい・・・てめえの仕業だと思うからな、あほんだら、そしたら、あほんだら、東京湾に沈めたるで、あほんだら・・・ぼけ、かす、あほんだら、関西方面の視聴率がもうひとつだからっていやがせしとるのじゃ、あらへんで、あほんだら、関東の人間は関西弁を使われたら、相手はやくざやと思うとるんや、ぼけ、かす、このあほんだら、聞いてんのかい、大江戸タクシーの黒川正宗さんよ。あほんだらあほんだらあほんだらあほんだらあほんだら」

春子は夢でも見ているような気持ちで太巻の得意な関西弁の恫喝の芸を聴いていたのです。

しかし、そうとは知らない正宗はハンドルを握る手の震えが止まらないのだった。

おそらく、これが原因で正宗は護身術を習得したと思われる。

スタジオで・・・春子は帰る途中のアメ女の成田りなを演じた声優の水瀬いのりとよく似た若き日の鈴鹿ひろ美に偶然、遭遇する。

(あれが・・・鈴鹿ひろ美・・・かわいいな)

初めて入ったプロのレコーディング・スタジオ。たくさんのスタッフがウインドゥ越しに見つめている中でマイクと楽譜を目の前にして春子は緊張する。

そのために一回目は歌いだしをしくじった。

その時、太巻は言った。「どうせ、他人の歌なんだから気楽にやれ」と。

春子は思った。

(そうか・・・他人の歌なんだ・・・私が失敗するわけじゃない)

春子は何かから解放されて・・・歌いだした。

ゴースト・シンガー

彼女は歌唱印税の1/1000を手にする女

その歌声はまるで蜘蛛の巣のように

あまりにも冷やかな声色で

みんなを手招きする

罪なる不正の世界へようこそと

だけど行くのはあなた次第

ゴールドシンガーになった時

あなたは知るでしょう

彼が囁いた時

それは終りの合図

彼の言葉に気をつけて

彼は嘘の世界に生きているから

ゴールドフィンガー・・・かっ

春子の歌声は・・・スタッフたちを魅了する。太巻の顔に浮かぶ、安堵と不安と歓喜と驚愕と後悔。

こうして春子は鈴鹿ひろ美の影歌手(シャドー・シンガー)となったのだった。

Am016 そして、時は流れて・・・春子はカラオケで「潮騒のメモリー」を歌い、アキはそれを聴いて感動し、素晴らしいインターネットの世界で「潮騒のメモリー/鈴鹿ひろ美(若き日の春子)」をダウンロードして、「ママの歌の方が本物みたいだ」と思うのだった。アホの子の直感、恐るべしである。本人、目の前にして「本物みたい」というのもアホ丸出しである。

→→→→→(時間を早送り)→→→→→2010年、アキは大荷物を両手に持って上野に到着、アメ横の東京EDOシアター前で漸く衝撃の事実に思い当り、「そんなバカナ」と叫ぶのだった。

アキを出迎えたのは偶然、ジュースを買いに来たチーフ・マネージャーの河島耕作(マギー)である。

「あれ・・・君、やめたんじゃなかったの?」

衝撃の事実に熱中しているアホの子は河島を完全、無視体勢である。しかし、今まで、アキは・・・ユイのために些少は猫をかぶっていたのであるが・・・自分のために唄って踊るとなればなりふり構わないのである。自分に対して冷たい態度をとってきた河島なんか眼中にないのだった。たとえ、それがマネージャー水口の上司だったとしてもだ。

なにしろ・・・アキはその姿勢で地元じゃ負け知らずだったのである。

めまぐるしく回転するアホの子頭脳。

(だけどなんで今までママは内緒にしていたんだろう)(こういう時おめでた弁護士なら)(消したい過去を消そうとするべ)(んだ・・・あの時もパパが潮騒のメモリーをかけて・・・ママは一回目は歌わなかった・・・)(太巻社長にとっても)(消したい過去なのか)(そりゃそうだべ・・・鈴鹿ひろ美が本当には歌っていないなんてファンを騙すにもほどがあるべ)(その大いなる不正を知っているゴースト・シンガーの娘がいると知ったら)(太巻社長のあの動揺・・・態度の急変)(おらなんて不要だと言った)(40回もNGを出したこと叱るのではなくて・・・切り捨てようとした)(社長にとっても消したい過去)(秘密を知ってると知られたら)(おらも消される!)

「じぇっ」と叫んだアキにびっくりした河島は思わず自動販売機のしょうが湯を購入してしまうのだった。

さらにアキの落した「春子の手紙その2」を拾いあげ、目を落とした瞬間をアキに見咎められるのだった。

「それ・・・おらの!」

「あ・・・おちてたから・・・」

「おちてたからって読んでもいいわけないべ」

「あ・・・ごめんなさい」

「この・・・あほんだらあほんだら」

早くもヤング太巻に影響されたアメ女の最下位に圧倒されるチーフ・マネージャーだった。

そこへ現代の太巻が通りかかる。

「太巻さん、おはようございます」

「おは・・・あれ・・・君、田舎に帰ったんじゃなかったの」

「今、帰ってきました」

「あ・・・そう・・・」

太巻のこれ見よがしの素っ気ない態度にアキは直感するのだった。

アキが春子の娘と知る以前と・・・以後では太巻の態度は全く違うのである。

(おらを・・・東京湾の底に沈める気か・・・)

アキの緊張感はマックスに達しようとしていた。

そこへGMTのメンバーがやってくる。

「アキ、いつ帰ったとお」と佐賀出身の遠藤真奈(大野いと)はアキに抱きつくのだった。

「今だべ」と応じて一気に緊張が解けるアキ。

「あ・・・これこれ・・・お土産」

背後ですべてを見守っていた河島は・・・まずスタッフっていうか、チーフ・マネージャーへの挨拶が先だろうとは思わない・・・アキから発散される朝ドラマのヒロイン特有のオーラに圧倒されていたのだ。

「ゆべしは歯の裏のにくっつくさ」とすっかり東北通になったキャンちゃん。

アキは仲間たちの温かさに・・・うれしくて・・・せつなくて・・・唇をつんととがらせるのだった。

しかし・・・そんなアキに冷水を浴びせるメグりんだった。

「帰ってこなくてもよかったのに・・・」

「メグりん・・・」

「ま、いいわ・・・私はすぐに復帰する・・・そしたらあんたにはまたシャドーをやってもらうから・・・しっかり、私のダンスを見ておきなさいよ」

いや・・・メグりん、それはまた自分に何かある宣言なのでは・・・。とにかく・・・アキは奈落に舞い戻った。レギュラーとなった小野寺薫子のサポートをして、ステージの下で踊る毎日。おそらく現センターのシャドウとなったマメりんのシャドウとして鋭い視線でマメりんの芸を盗む姿勢を見せるのだった。マメりんは奈落の女王として・・・入間しおりのポジションを完全に奪っている・・・。

そして・・・アキは鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)の付き人としても復活したのだった。

無頼鮨で鮨を食べるためである・・・こともないのだった。

天野春子と太巻社長と鈴鹿ひろ美の関係をもっと深く知りたいと思ったのだ。

そのためには・・・もっと鈴鹿ひろ美に近付くしかない。アイドル探偵・天野秋の誕生である。

「本当にまた・・・付き人やってくれるの」

「はい」

「女優になれなくても」

「はい」

「私・・・これからますます面倒になるわよ」

「おら、鈴鹿さんに一生ついていくだ」

アキの言葉に嬉しそうな鈴鹿。しかし、女優なので本心は不明だ。

「今のはウソだ・・・当分ついていく」

アキも快調に我を通すのだった。

そして・・・土産の海女のミサンガを渡す。

「きゃ・・・毛虫・・・じゃなくて・・・切れると願い事が叶うってやつね」

「んだ・・・おらとおそろいだ」

素直にミサンガを巻かれる鈴鹿だった。

「鈴鹿さんの夢はなんだ・・・」

「そうねえ・・・世界制服・・・そして結婚かしらね」

鈴鹿ひろ美は・・・アキが天野春子の娘だと知ったらどうするだろう。

そもそも・・・鈴鹿は春子を知っているのか。

いやいやいや・・・鈴鹿はそもそも自分にゴースト・シンガーがいたことを知っているのだろうか。

普通ならありえないと思うが・・・相手が鈴鹿ひろ美ならありえるとアキは思うのだった。

そして再び時は遡上する。←←←←←(時間を巻き戻し)←←←←←1986年の正月映画「潮騒のメモリー」は大ヒットした・・・そして主題歌の「潮騒のメモリー/鈴鹿ひろ美」も大ヒット曲になったのだった。

街中、どこへ行っても聴こえてくる自分の歌声。

春子は夢を見ているような気分だった。

(私の歌が日本中に流れている)

それは春子がいつも夢見ていたことだった。

「潮騒のメモリー、いい歌だよね」

「声がいいよね」

春子は自分が誉められているようなくすぐったい気分を味わった。

未来の見えない苦しい日々を過ごしていた少女にとってそれは眩しいほど晴れやかな日々だったのである。

しかし・・・鈴鹿ひろ美の歌声が本当は春子のものだということを知る人は一握りだった。

その一人・・・太巻の表情には晴れやかではない何かが潜んでいた。

そんなある日、春子は太巻から「困ったことが起きた」とふたたび告げられる。

「夜のベストヒットテンって知ってるだろ」

「毎週、潮騒のメモリーが第1位になっているやつですよね・・・出演しないで手紙だけ届くやつ」

「あれに・・・鈴鹿ひろ美が出たいって言い出した」

「口パクで・・・」

「それもいやだと言っている・・・っていうか鈴鹿は・・・音源に口を合わせられない」

「・・・」

「どうしよう・・・」

「どうしようって・・・」

若き春子は戸惑うばかりなのである。

全国のヤング春子ファンはそのアホさ加減にうっとりなのだった。

土曜日 松田聖子ちゃんになれなかったよ(有村架純)

あの歌を歌っているのは私・・・それで充分、満足だったあの日の春子。

しかし、1986年。春子は再び不正に手を貸したのだった。

純喫茶「アイドル」のマスターたちは「夜のベストヒットテン」のスタジオに今日こそ、鈴鹿ひろ美が現れるのではないかと期待に胸を膨らませていた。

その日、春子は体調不良で店を休んでいた。

春子はテレビ局のスタジオにいた。

鈴鹿ひろ美よりも先にテレビ局に極秘裏に到着したサブ・スタジオに入室。

モニターに映る鈴鹿ひろ美の口元を見ながら、それにあわせて生歌を歌うという特殊任務を背負わせられていたのである。

この作戦を知るのは太巻とテレビ局の限られたスタッフだけだった。

っていうか・・・絶対バレるよなこれ・・・。

まあ・・・噂がたってもあくまで噂だし・・・携帯電話と同様に・・・素晴らしいインターネットの世界もまだ始ったばかりだったからな。

男の司会者(糸井重里)と女の司会者(清水ミチコ)に迎えられて登場する鈴鹿ひろ美。

「ようやく・・・きてくださいましたね」

「ファンの皆さんの期待に応えるのも仕事だと考えました」

「自分が一番かわいい時代に・・・鈴鹿さんはファンを一番大切に考えるんですね」

「ようこそ・・・いらっしゃいました」

「てへへ」

「それでは・・・歌っていただきましょう・・・今週の第1位・・・鈴鹿ひろ美さんで潮騒のメモリー」

イントロが流れ出し・・・マイクが切り替わる。

春子は夢中で歌う・・・。

来てよ その火を 飛び越えて 砂に書いた アイ ミス ユー

歌い終わった時・・・鈴鹿ひろ美が去るのを待ちながら・・・春子は突然、気がついた。

自分がなにか・・・ひどく間違ったことをしていることに・・・。

しかし・・・今更、気がついてもすべては終わったことなのであった。

そして・・・一度やれば・・・二度。

二度やれば三度。

悪事の果てることはないのだった。

春子はこうして・・・「夜のベストスタジオ」やら「トップヒットベストテン」やら「歌番組」やらに出演する鈴鹿ひろ美の影武者として歌い続けることになったのだった。

歌った次の日に・・・太巻は封筒に入った闇の謝礼金三万円を渡す。

領収書のいらない・・・ドス黒いお金である。

もちろん・・・そこには口止め料も含まれている。

「大丈夫だ・・・君の経歴に傷はつかない・・・」と嘯く太巻。

しかし・・・春子はいつの間にか自分が輝かしいステージの中央ではなく、薄暗い影の中で歌っていることにさすがに気が付いている。

「傷どころか・・・経歴そのものがないじゃない」と春子は言いたかったが言えなかった。歌ってお金をもらえるのは仕事として悪くない。何よりも春子にとって芸能界とのパイプは太巻そのものだったのだ。

そして・・・時は流れた。→→→→→(時間を早送り)→→→→→・・・あれから24年の歳月が流れた2010年。アキは鈴鹿ひろ美にそっと探りを入れてみる。

「鈴鹿さんは・・・アイドル時代にはテレビで歌ったんですよね」

「そうね・・・遠い昔、何回か・・・歌った気がする・・・うっすらと記憶があるわね」

「何を・・・」

「潮騒のメモリーの頃よ・・・あの頃は忙しかったという記憶しかないんだけどね」

「歌ったんですか・・・ずぶんで」

「そりゃそうよ・・・私ね・・・口パクだめなのよ・・・音を聞いてもなぜかあわせられないの・・・口パクなんてしたら・・・一発でバレちゃうわ・・・」

音痴だからか・・・とアキは思う。

音痴だから・・・自分の歌を他人が歌っていても気がつかねえ。

その歌に口をあわせることもできねえ。

そんなことがあるんだろうか・・・。

そんなバナナ・・・と思うアキだった。鈴鹿ひろ美の真実は不明のままにアキは再び時を遡上するのだった。時をかけるアキなのである。

←←←←←(時間を巻き戻し)←←←←←1986年(昭和61年)・・・夏、鈴鹿ひろ美のセカンド・シングル「縦笛の天使」も三週連続ヒットチャート1位を獲得するスマッシュ・ヒットとなり、サード・シングル「DON感ガール」はヒットチャート1位は逃したもののB面と言う名のカップリング曲「私を湖畔に連れてって」が昭和62年の全国選抜高校野球大会こと春の甲子園の入場行進曲に選ばれ・・・女優だけではなく歌手としても鈴鹿ひろ美は人気を博したのだった。

「というわけで・・・ファーストアルバムを出すことになった」

「私の・・・ですか」

「馬鹿だな・・・鈴鹿ひろ美のに決まってるじゃないか。まあ・・・セカンド・シングルも、サード・シングルも「潮騒のメモリー」ほど売れなかったから・・・ここらでアルバム出しておこうって感じだ。鈴鹿本人は歌を出すことにそれほど乗り気じゃないんだけどね・・・なんてったって歌心のない子だから・・・でもアルバムはあたればでかいから・・・」

もはや・・・ゴースト・シンガーの春子を当然の存在と考えているような太巻。

しかし・・・春子ははじめて拒否の姿勢を示す。

「嫌です・・・やりたくありません」

「なんだって・・・」

「このまま・・・一曲三万円で影武者をやってたら・・・永遠にデビューできませんよね・・・いくら田舎者で・・・世間知らずの小娘でも・・・気が付きます」

「あのね・・・違うんだ・・・春子ちゃん・・・いずれ君だってデビューする。必ずデビューできるように僕が・・・あのね・・・いろいろ考えているから」

「私・・・もう、二十歳になっちゃったんですよ」

「そうか・・・おめでとう」

二十余年後に・・・ユイが春子に「もう18歳になっちゃったんです・・・20歳になるまでデビューできるかって話でしょ」と苦しい胸の内を明かした時・・・その言葉を春子がどんなにひりひりと重く受け止めたか・・・物語る話なのである。

ユイの気持ちは春子にしか分らないと言っても過言ではないのだった。

「・・・私、アイドルってもうきついですか・・・無理なら無理って正直に言ってください」

「きつくないよ・・・だって二十歳になんてみえないよ・・・せいぜい19ぐらいだよ。大丈夫。それに二十歳過ぎたってアイドルやってる人たくさんいるよ」

「そりゃ・・・みんな十代でデビューしている人じゃないですか・・・デモテープ、事務所の社長さんに聞かせてくれたんですよね」

「もちろんさ・・・」

「反応はどうなんですか」

「社長・・・鈴鹿ひろ美の声に似てるなあって・・・」

「なんですってえ・・・バカなの・・・あんたんとこの社長って・・・バカ社長なの」

「春子ちゃん・・・落ち着こう・・・一端、気を鎮めて・・・違うから」

「ちがわねえよ・・・私じゃん、似てるんじゃなくて・・・どっちも私じゃん。そっくりに決まってるじゃん。本人が本人に似てるってバカでしょ」

「いや・・・違うんだ・・・とにかく・・・静かに・・・静かにしないと乳揉むで~」

鎮まり返る純喫茶「アイドル」だった。

「あ・・・違うんです・・・ウソです・・・冗談です・・・揉みませんわ~。東京湾にも沈めませんわ~」

「・・・」

「知らないんだ・・・社長・・・君がひろ美の影武者だって」

「え・・・」

「だから・・・君がそれをやってるのも知られると不味いんだ」

「じゃ・・・どうするつもりなんです・・・私を」

「違う・・・時期の問題なんだ・・・今、君がデビューしようとしたら・・・必ず、うちの事務所の圧力がかかる・・・つぶされて・・・君はデビューできない」

「・・・」

「時期を見て・・・必ず君もデビューさせる・・・僕を信じて任せて・・・ね」

春子は(騙されている)と直感した。

しかし・・・当時の春子には太巻の言葉を信じることでしか・・・デビューへの道が見えていないのだった。

→→→→→(時間を早送り)→→→→→2010年の合宿所。過去の事情を知ったアキは勉さんを数えても寝られないほどの不安に襲われていた。結局、マメりんに部屋を強奪されたアキは合宿の集会所のソファで歩ける寝袋にくるまって寝ているのである。

不安で眠れなくてアキは水口を叩き起こすのだった。

「眠れません」

「・・・あ・・・ソファだと寝付けないか」

「それはいい・・・」

「じゃ・・・どうした」

「おら・・・急に不安になったんです・・・おらたち・・・ホントにデビューできるんでしょうか」

「なんだよ・・・突然・・・」

眠気をこらえながらなんとかアキに対処しようとする今ではアキ派の水口だった。

「おらがいる限り、GMTはデビューさせてもらえねえんじゃねか・・・どうなんだ・・・水口さん・・・おらが邪魔なら・・・そう言ってけろ」

「落ち着いて・・・アキちゃん・・・こないだも言ったけど・・・僕は・・・君を絶対デビューさせるから・・・君の夢は叶うから・・・おやすみ」

アキは不安だった・・・水口も太巻の一味なのではないか・・・もし・・・そうでないとしたら・・・アキの母親と太巻の関係を水口に知らせるべきかどうか。

アホの子には難しすぎる問題だったのである。

アキにはようやく春子の言う芸能界の恐ろしさが分りはじめたのだった。

←←←←←(時間を巻き戻し)←←←←←夢の中でアキは春子のその後を見る。時は平成となっていた。昭和64年(1989年)・・・昭和天皇は崩御し・・・今上天皇が即位したのだった。荒巻は出世して29歳でチーフ・マネージャーとなっていた。春子は二十二歳になっていた。そして・・・相変わらずゴースト・シンガーだった。

純喫茶「アイドル」にも新人ウエイトレス(秋月三佳)が雇用されていた。

太巻が任せてくれと行ってから二年、結局、春子は飼い殺しになっていた。

「私・・・田舎に帰ります」

「待ってくれ・・・携帯電話ももっとコンパクトになるっていうし・・・せめて後一年、1990年なんてキリがいいじゃないか・・・」

「だったら・・・最後にお願いがあります」

「何・・・」

「潮騒のメモリーでデビューさせてください」

「・・・」

「天野春子として・・・潮騒のメモリーを歌いたいんです」

「そんなの無理に決まってるだろう」

「でも・・・本当は私が歌っているんだし・・・」

「それじゃ・・・すまないんだよ・・・カバーとしてリバイバルするには少し早すぎる。なにしろ・・・ヒットしてから三年しかたってないし・・・もしも・・・話題になったとしよう。なにしろ・・・名義の違う同じ歌なんだから・・・そして・・・誰かが裏事情を話でもしたら・・・世間は大騒ぎだ・・・」

「そんなの分ってます」

「ガッカリだな・・・君にはプライドってものがないの・・・潮騒のメモリーを歌っていたのは確かに君だ・・・でも、それだけじゃないだろう。鈴鹿ひろ美というアイドルがいてこその・・・君の歌なんだ。君が声は私だって言い出したら・・・すべてぶちこわしじゃないか」

「プライドってなんなのよ。小娘だまして影武者やらせるのがプライドなの?・・・プライドなんてあるに決まってる・・・プライドなかったら・・・とっくに田舎に帰ってるよ・・・プライドがあるから・・・あきらめられないから・・・このままじゃ終われないから・・・今日まであんたの言うこと聞いてきたんです・・・プライドないのはそっちだろうがっ・・・バカにしないでよ・・・」

あなたに・・・さようならって言えるのは

今日だけ

明日になってまたあなたの

暖かい「嘘」にふれたらきっと

言えなくなってしまう

春子は太巻とそれきり二度と会わなかったと言う。

ただし・・・太巻については知人を通じてその後のことを聴きだしたらしい。

とにかく・・・春子は故郷に帰るためにタクシーを拾い・・・黒川正宗と再会するのだった。

アキが生まれる三年前の話である。

とにかく今週は二人の少女が夢をあきらめて、それでも生きていく物語なのだった。

関連するキッドのブログ→第15週のレビュー

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コメント

聖子ちゃんとクラッシュギャルズとかいろいろいるけど『君でもスターだよ』が終わってしまったから少女Aは存在しない時空なのでしょうか(悲しい)。当時、東京の大学に進学したら彼女に偶然遇えたりするのだろうかと思っていた私はあまちゃんでした(笑)。まぁそれで一生の友人に出会うことができたわけですが…。

キョンキョンが存在しないのだからライバルもまた存在しないんですね。夜のヒットスタジオで二人が黒装束で凶悪なピンクレディーを歌い踊った録画が宝物です。

>上京も二度目なら・・・少しは上手になるのだった。

せつなさを青銅聖衣のように纏って、さよならは北三陸に保存して、立ち上がれアキ!

投稿: 幻灯機 | 2013年7月21日 (日) 08時31分

✪マジックランタン✪~幻灯機様、いらっしゃいませ~✪マジックランタン✪

ドラマ世界に省略はつきものなので・・・言及がない以上・・・少女Aもナウシカも泉岳寺もドリドリドリもコケシもミポリンもみんないるのだと思います。

画面には映らないけれどそれぞれの時を生きている。
1985年は「ミ・アモーレ/中森明菜」が日本レコード大賞を受賞。この時、正統派アイドルの明菜は20歳ですから・・・春子は複雑な気持ちでそれを見ていたことでしょうな。

どんなにか・・・次の年に・・・
「潮騒のメモリー」が街に吹き荒れることに
狂喜したか・・・しのばれるのです。

夜のヒットスタジオ、1986年には本田美奈子が初登場し・・・「1986年のマリリン」を歌ってましたなあ。
なにもかも遠い昔ですなあ。

とにかく・・・親友と母親・・・二人の叶わぬ夢を背負い
十字架上のアキは・・・ついに哀愁のヒロイン化するのでございます。
アホだけどなあ。

投稿: キッド | 2013年7月21日 (日) 22時45分

一時間ドラマの6週分のボリューム
16曲めの土曜日
レビューお疲れ様でしたm(_ _)m

水曜日の水口の登場に思わず胸キュン
組合長も混じっ4人の織り成すラブストーリー?+コメディがとにかく楽しくって何回も見返してます

ユイちゃんがアイドルをとりあえず諦めてしまうくだりは ややあっさりめに感じましたが その分爽やかでよかったように思います
かなり もらい泣きしちゃいましたけど(^^;

今まで春子のアイドルに対する過剰な拒否反応に自分が夢を叶えられなかったからって…とやや否定的に見ていましたが真実を知った今 見返したら違った目で春子を切なく見てしまいそうです
海があればそれだけでいい夏ばっぱ
なんだか 来るべき日がどんどん近づいてきてると思うと胸が痛みます

アキのこれからの苦難の道に水口が手を差し延べてくれると信じて
ハードルの高いアイドルへの道を
見守りたいと思います

投稿: chiru | 2013年7月21日 (日) 23時30分

シンザンモノ↘シッソウニン↗・・・chiru様、いらっしゃ いませ・・・大ファン

国政選挙の真っ最中・・・ひたすら「あまちゃん」のことだけを考えて書いて書いてかきまくる。

人間としてはどうかと思いますが悪魔としては満足極まりまする。

なんてったって・・・これ本当に十五分なのかよ・・・
と思うほどのボリューム。
涙を飲んで
アキ・忠兵衛・水口・組合長の件なんて
バッサリやって
再現性低めに設定しても
とにかく・・・内容があふれ出る。

今回は得意の時間線いったりきたりも
あって複雑さも拍車がかかっておりますな。

なにしろ・・・伏線の回収につぐ回収・・・
そこまで回収するのか
あれも伏線だったのかと
脅威の連続の第16週でしたな。
そして・・・また着々と張られる伏線。

あなおそろしやでございますよ。

ユイと春子がシンクロし・・・
一体となって
アキの心を責め立てて
踊らせる・・・。
そして・・・アキはあらたな仲間たちのことも
視野にいれているのですな。

基本的にこのドラマの男たちは
善良そうな小悪党ですからな。
あの忠兵衛でさえ夏を残して海に出る。
北三陸の男たちは全員、ずる賢さを感じさせますし
そうなれば・・・太巻が善人なわけはないのですが
正宗・・・ずぶん・・・水口・・・ストーブ
このあたりが
どこまで「ナイト」になってくれるのか・・・
実に面白いのでございます。

はたして・・・津波の犠牲者は誰なのか・・・
それともゼロで乗り切るのか・・・
この想定表も予断を許さない。

1夏
2春子
3ユイ
4花巻一家
5弥生
6美寿々
7忠兵衛
8足立功
9足立よしえ
10大吉

ああ・・・おそろしいベスト10だ~。

春子のあまりにも切ないゴースト・シンガー物語。
ユイのわかる人にしかわからない心の葛藤。
そのすべてを受け止めて
あらたなる旅立ちをしたアキ。

まさに・・・今・・・第二章に突入なのですな~。

投稿: キッド | 2013年7月22日 (月) 00時59分

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