夏の夜の恐怖~悪霊病棟(夏帆)
恐怖とは世界における一番大切な精神である。
人間の生死の分岐点を決定し、世界の存亡を左右するのは恐怖である。
そのために恐怖について深く洞察することは最重要課題と言える。
恐怖は五つのカテゴリーで分析できる。
支配するものとされるものの共感度。
季節、昼夜、天候などの条件設定。
距離、高所閉所などの空間範囲、逃走の有利不利などの地形的問題。
対象者。怖がるものと怖がらせるものの能力差。知恵と力と勇気。
法則性。封印可能性。敵対可能性。科学的法則への近似。生存に対する死亡確率。死んでも救われない場合。
これらを厳密に比較検討して、情報を精査し、恐怖するかどうかを決定しなければならない。
そのためには七つのエレメントが重要となるが、それはあえて秘しておく。
秘せばこその恐怖だからである。
で、『悪霊病棟~第1号室』(TBSテレビ201307190058~)脚本・鈴木謙一(他)、演出・鶴田法男を見た。谷間予定の金曜日をコレにして木曜日を谷間にする方向である。主演の夏帆は「みんな!エスパーだよ!」からココであるが・・・1991年度生まれのライバルの一人・真野恵里菜との共演の後は一人荒野で猫背で眼鏡っ子で白衣で鼻水を垂らす熱演を展開するのだった。他にもメジャーどころのライバルには滝本美織や、波瑠、朝倉あきがいるが・・・存在感は他者の追随を許さず独走態勢と言っても過言ではないな。
このまま どこか遠く 連れてってくれないか
君は 君こそは 日曜日よりの死者
一人暮らしを始めた尾神琉奈(夏帆)は二十四歳の看護師である。
新しい勤務先の隈川病院では何故か不調を感じる琉奈。
ナース・コールに応えて病室に行けば、入院患者の石川(高橋長英)に看護を拒否される有様だった。
「あの・・・お小水なら・・・私が」
「いやなんだ・・・あんたが・・・あんた以外なら誰でもいい・・・他の看護師を呼んでくれ・・・」
「・・・」
心に鬱屈を抱える琉奈はますます気が滅入るのだった。
隈川病院には怪事が続いていた。
年下の新人ナースは深夜勤務中に・・・薄暗い廊下でふりむけば「血まみれのセーラー服の少女」に遭遇してしまうのだった。
「私、事故に遭ったのかも・・・と思って・・・どうしたの・・・と声をかけたんです」
三十代の主任ナース・木藤純子(森脇英理子)が問いかける。
「どうしたのよ」
「・・・消えちゃったんです・・・目の前から・・・」
「しっかりしなさい・・・そんなものを見るなんて・・・どうかしてる」
「・・・」
琉奈には新人に向けられた言葉が・・・着任早々で不慣れな自分にも向けられているような気になる。
(それに・・・私には・・・心の病気があるから)
琉奈には幼いころに母親を亡くして以来、他人には見えないものが見える時がある。
別居中の父親はそれを「心の病気」と琉奈に告げた。
(どうか・・・変なものが・・・見えませんように)
琉奈はいつも持ち歩いているお手製のお守りをポケットの中で握りしめるのだった。
隈川病院には新病棟と旧病棟があった。
旧病棟は閉鎖中で鍵がかかっていたが・・・琉奈は何故か、旧病棟が気になって仕方ないのである。
そんなある日、自宅に中学校以来の親友である坂井愛美(高田里穂)が訪ねてくる。
久しぶりの再会を喜ぶ二人。
しかし、愛美には言い出しにくい用件があった。
「何?」
「・・・やっぱりいいや・・・」
「水臭いな・・・私にできることならなんでもするから・・・」
「あのさ・・・私、今、ローカルテレビで・・・情報番組のアシスタント・ディレクターをやってるじゃない・・・で・・・その番組で・・・隈川病院の取材をしているんだけど・・・」
「・・・」
「あの病院の旧病棟って・・・お化け屋敷って言われていたんですって・・・でね・・・昔の入院患者とかから・・・話を聞けたんだけど・・・病院関係者は口が堅いっていうか・・・」
「う・・・う・・・」
「琉奈」
「・・・う・・・私・・・私が・・・こわいものを見たのかどうか・・・聞きたいの」
「あ・・・ちがうわよ・・・そんなこと・・・」
「私・・・私が中学生の時に・・・血まみれになったあの子を教室で見たって言って・・・私・・・馬鹿だから・・・それをみんなに言っちゃって・・・あの子が事故で死んだから・・・みんなに変な目で見られたって・・・愛美だって知っているでしょ・・・」
「でも・・・ほら・・・みんな知らなかったから・・・」
「え・・・え・・・でも・・・先生は知っていたから・・・私はそれをどこかで聞いて・・・こわくて・・・変なものを見てしまっただけなの・・・」
「だけど・・・琉奈は・・・公衆トイレで黒人の女の人の幽霊も見たでしょ・・・そこで・・・本当に黒人女性が首吊自殺をしたっていう噂の」
「それだって・・・小さい頃・・・お母さんが死んだのがショックで・・・変なものを見る・・・心の病気になってしまったんだもの・・・え・・・ぇ・・・ひっ・・・ひっく」
涙と鼻汁と涎を垂らして嗚咽する琉奈を愛美は慰める。
「ごめんね・・・変なこと・・・思い出させて・・・でも・・・私・・・そんなつもりじゃなかったの・・・」
「う・・・うえ・・・う・・・」
「この話は忘れて・・・私が悪がったわ・・・」
「う・・・私・・・私の方こそ・・・愛美がいなかったら・・・生きてこれなかったのに・・・責めるようなこと言って・・・」
「いいのよ・・・」
「ごめんなさい・・・」
不安定な琉奈をうっかり刺激してしまったことを悔いる愛美だった。
しかし・・・それだけに・・・琉奈の胸中には親友のためになんとかしたいという思いが芽生えていた。
隈川病院の怪奇現象は続いていた。
看護婦たちはひそひそと噂話をする。
「子供の幽霊が出たらしいよ」
「トイレには黒人の女が出たってさ・・・」
黒人の女・・・という言葉に琉奈の心はざわめく。
「やめなさい」と木藤主任がたしなめる。
そこへ・・・研修医ながら・・・院長の息子である隈川朝陽(大和田健介)がやってくる。
「いいじゃないか・・・噂くらい・・・なにしろ・・・旧病棟がお化け屋敷って言われていたことはこの街じゃ有名な話だからな・・・とはいえ・・・お化けが怖くて新病棟を建てたわけじゃないぞ・・・旧病棟は手狭だし、何より老朽化が激しかったからな・・・」
愛美の役に立ちたいという思いで琉奈は勇気を出して質問する。
「どうして・・・旧病棟は取り壊さないんですか」
「そりゃ・・・解体費用もバカにならないし、跡地をどうするかも決まってないからさ」
よどみなく答える朝陽に琉奈はそれ以上、聞くことができなくなってしまった。
仕方なくカルテの整理を始める琉奈。
そこへ・・・人形を抱えた老婆が幽鬼のように現れる。
しかし・・・それは徘徊癖のある入院患者だった。
看護師たちが世話を焼く間に・・・主任が立ち上がる。
「旧病棟に備品を取りに行かなきゃならないけど・・・怪談好きのみんなには頼めないわね」
「あ・・・あの・・・私が行きます」
「あら・・・じゃ・・・お願いね」
琉奈は旧病棟の鍵をとった。
愛美に話して聞かせる何かを求めて・・・真夜中の旧病棟に向かう琉奈。
暗い旧病棟だったが目当ての備品はすぐに見つかった。
その時・・・。
「琉奈・・・」
琉奈は自分を呼ぶ声を聞いたのだった。
懐中電灯を暗がりに向ける琉奈。
しかし・・・そこには誰もいなかった。
琉奈は足を踏み出し・・・声のした方向を探る。
暗闇へと続く階段。声はそちらの方で聴こえたようだった。
琉奈はおそるおそる・・・蜘蛛の巣のはった階段を昇りはじめる。
その時・・・琉奈の背後で旧病棟のドアの鍵が音を立てて施錠されたのだった。
驚くほどの霊のめぐみ
なんとうつくしいしらべだろうか
けがれたたましいも
悪魔のような人でなしも
死は救いあげる
くるしみからのがれ
おそれるものとてなにもなく
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