夏の夜の驚愕~悪霊病棟(夏帆)
恐怖の根源とは不明である。
不明から判明への転換は安堵をもたらす。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」はその一例である。
しかし、その一歩手前には「驚愕」がある。
緊張と緩和の境界線が「驚愕」である。
「幽霊の正体見たり妖怪変化」だった場合には恐怖は驚愕の後にさらなる恐怖を生み出すことになる。
驚愕は急ぎ過ぎてまずい・・・ということはあるが、遅過ぎてうまいということはない。
恐怖が高まっている間に素早く驚愕させることが重要である。
あまりに間を置きすぎるとうっかり、驚愕を見過ごされる場合もある。
これを逆手にとるのが、「狼少年の恐怖」である。
狼が来たと言う情報が蔓延し、すでに日常茶飯事になれば少年が狼に食われても誰も驚かない。
ただ少年そのものは恐怖する。
その少年の恐怖を想像することでちょっとした驚愕はやってくる。
だが、そういう悠長なことでは真の驚愕の道は得られない。
迅速に驚愕させることが恐怖への道を示しているのである。
不明から驚愕へ、そしてさらなる不明へ。
これが恐怖の緩急の基本なのだ。
で、『悪霊病棟~第2号室』(TBSテレビ201307260058~)脚本・鈴木謙一(他)、演出・鶴田法男を見た。隈川病院に勤務するために一人暮らしを始めた尾神琉奈(夏帆)は「死者の姿を見る」という心の病気を克服したばかりの二十四歳の看護師である。
しかし、新しい勤務先の隈川病院には悪い噂があった。
現在は廃墟となっている旧病棟は「お化け屋敷」だというのである。
勤務を始めた琉奈は何故か、入院患者に嫌われ、精神的な不調を感じる。
「死者の姿を見てしまう」ことによって幼い頃から疎外された琉奈はどこか精神的に弱い部分を抱えており、異様なほどの猫背なのだった。
そんな琉奈に唯一の親友である情報番組のアシスタント・ディレクター・坂井愛美(高田里穂)は番組の取材のために協力を依頼する。
精神的に不安定な琉奈は一度は拒絶するが・・・困っている愛美のために出来るだけのことをしようと考え直すのだった。
愛美を演じる高田里穂は1994年度組の18歳である。24歳の役設定はかなり背伸びをしているのだが大人びた美少女タイプなので違和感はない。とにかく・・・この年度には福田麻由子、二階堂ふみという飛び抜けた実力派がいる上に、岡本杏理、早見あかり、竹富聖花、土屋太鳳、広瀬アリス、松岡茉優、荒井萌など・・・物凄いレベルの生存競争が展開中なのである。もうどんな役でもありがたいと思う他ないのだった。「リミット」なんか即死だもんな。とにかく1994年度に生まれたことがある意味すでに恐ろしいのだった。
とにかく、そういう親友の期待に応えようと深夜の旧病棟行きを志願する琉奈だった。
ちなみに旧病棟は倉庫代わりに使用されているらしく、備品や古いカルテなど・・・看護婦が夜のおつかいに行かなくてはならないシステム設定なのである。
こういう説明の処理がこの演出家は若干甘い・・・その辺が二流なんだなあ。
それがいたるところに噴出して行くのが一種の恐怖である。
旧病棟に備品のおつかいに来た琉奈は鍵を開ける。
この時、外鍵と内鍵の連動がわかりやすく描かれていないので・・・その後で内鍵がしまってしまう驚愕がやや弱くなる。
倉庫で備品を手にいれた琉奈は「るな」と自分の名を呼ぶ声に導かれて階段を昇る。
ここで「階数表示」の美術発注を手抜かりしているので・・・減点がある。
この場合は上の階に上がる度に出口は遠のくのである。
折り返しの階段をただ上がるよりは二階、三階と上がるほどに恐怖は高まるのだ。
また「るな」と呼ぶ声の方向感覚の示し方にも甘さがある。
そちらから聴こえてくるという画面構成にしないと・・・琉奈がつい声のした方に進んでしまうという仕方なさが減ずる。
それは一種のリアリティーの欠如につながっていくのだな。
「なんとなく怖い」のと「なんだか無性にこわい」のとは微妙に違うのである。
声に導かれた琉奈は「何階か」の「何号室」かの病室のドアの向こうから声を聞く。
それは行き止まりの病室である。
ドアにはノブが付いている。
このドアが壁の段差によって隠れているために・・・アングルによっては見えない。
「閉じたドアをあえて開いてしまう」という琉奈の異常心理が伝わりきらない。
部屋の中には無人の病院用ベッドがあるだけで特に異常はない。
しかし、ポケットの中のお守りが高温化している。
「熱い」と琉奈が取り出すと湯気が立っている。
かなり異常事態だが・・・「それ」が琉奈にとって「異常」なのか「よくあること」なのかが不明のために・・・恐怖の道が開かれないのである。
部屋から飛び出した琉奈はさらに驚愕する。
行き止まりだった壁に扉が出現しているからである。
「うそ・・・」と慄く琉奈。
しかし、お茶の間的には最初の「行き止まりの壁」が強調されていないので、琉奈が何に驚いているのか・・・分らなかった人も多いのではないかと思う。
ここは・・・壁にドアが出現する描写があってもよいくらいなのだな。
それか、部屋にいる時間をもっと短くするべきなのである。
思わず、ドアの鍵に手を伸ばす琉奈。しかし、ドアは勝手に開く。
驚いてお守りを床に落とす琉奈。
ドアが開き始め、「逃げる」と「お守りを拾う」の間で逡巡する琉奈。
ここまでよどみなく展開していれば・・・かなりこわいところだが・・・よどんでいるので恐怖マイナス3ポイントくらいになる。
思い切ってお守りに手を伸ばす琉奈。
その上に「見知らぬ何者かの手が重なる」ので悲鳴である。
とにかく、お守りをつかんだ琉奈は廊下を走り、階段を駆け降りる。
階数表示がないので切迫感が薄れるわけである。
途中、躓いて転ぶ。階数表示がないのであせれないのだ。
ともかく・・・出口にたどりつくが扉は開かない。
鍵に気付かない。
気がついても動顛して解錠できない。
もどかしい恐怖。
ここで追いかけてくるものがもう少し影として描写されないと・・・プレッシャー不足を感じる。
最後は節くれだった指と手と腕の影が迫る描写。
さて・・・このドラマのスーパーナチュラルホラーの本体は「黒い歯」らしい。
要するに「お歯黒」である。日本や中国南東部・東南アジアの風習で主として既婚女性、まれに男性などの歯を黒く染める化粧法のことで・・・慣れないものには「不気味」な印象を与える。「歯」が黒いのは「食」を連想させ、妖怪化すると「人食い」になる。
著名な妖怪に「お歯黒べったり」がある。一種の「口だけ女」であり、お歯黒はそれを強調する装飾と言えるだろう。
本来、お歯黒には魔よけの効果があり、妖怪「一反木綿」はお歯黒の歯にかまれるのを嫌うともされている。
まあ・・・とにかく・・・今回はちょっと薄汚れた「お歯黒」を恐怖の根本にしているのである。
琉奈はそれを「かいま」見て・・・恐怖を感じるのだった。
一方で、琉奈の帰りが遅いので様子を見に来た後輩ナースの鈴木彩香(川上ジュリア)は琉奈の蒼白な様子から恐怖の伝染を感じるのだった。
主任ナースの木藤純子(森脇英理子)は琉奈の臆病さを叱咤する。
しかし・・・「何もみなかった」という琉奈に・・・院長の息子の研修医・隈川朝陽(大和田健介)は「そういうことにしてくれてありがとう」と謝意を示す。
朝陽は父親の院長・隈川圭太(春田純一)が病院の最上階に何か秘密を隠していることを確信しているのだった。
朝陽と琉奈は恐ろしい悪夢で結ばれているらしい。
精神的に不調になった琉奈だが「気にすることはない・・・病気はもう治っているし琉奈は立派な看護師だ」と父親の尾神辰男(嶋田久作)から電話で励まされ、気を取り直すのだった。
何事もなかったように出勤する琉奈だったが・・・今度は子供の患者から・・・「この人はこわい」と怯えられてしまう。
そして・・・琉奈を忌み嫌っていた患者の石川勲(高橋長英)の容態が急変する。
心拍が停止し、蘇生処置が行われる中。
琉奈はゴーストと化した石川の霊体が「みつこ」と誰かの名前を呼んで廊下を立ち去るのを茫然と見送るのだった。
そして・・・今度は鈴木彩香が旧病棟へとおつかいを命じられるのである。
次はもっと怖いといいのになあ。
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