黄色いダリアと清潔なコップと薄切りバームクーヘンと捨てられた薬とWoman(谷村美月)
完全なる教科書の話である。
「完全なる子育ての手引き」で子供を育てた母親。
平凡な息子は平凡な職につき、有能な花嫁を獲得するが自分でコップを洗うことのできない男に育つ。
「不治の病の治し方」で患者に接したい医師。そんなものはないので最後は医師ではなくなってしまう。
「完全なる夫の調教読本」を構想中の別居中の妻。その他にも「指導医に気に入られる研修医の秘訣」も読んでいるが「子供のストレスと上手につきあいたい」は棚上げ中である。
「自分に優しい娘の作り方」を捜している母親は結局、何が一番大切なのかをいつも見失っている。
「折れたダリアの蘇生法」は未発表なのだった。
「お金がなくても優しくなれるテクニック」を読破した男は常に限界を感じているのだった。
「浮気されない子連れ女の人生読本」なんてものに掲載されている必殺技は信じるに値しない。
「診療時間厳守のエキスパート」を読むと人間性が疑われる。
「いつまでも子供でいられる夢のテキスト」は品切れなのだ。
「一生楽しめる一冊」は見果てぬ夢である。
本棚にはない本を妄想するのは楽しいなあ。
ダリア(天竺牡丹)の花言葉は・・・基本的には「栄華」「華麗」「威厳」というゴージャスな感じと・・・「不安定」「移り気」という栄枯盛衰のニュアンスを含む。
ダリアを愛したフランス貴族階級の栄光と没落がその背景にある。
白いダリアは「色」を失って・・・「感謝」とか「豊かな愛情」が残る人生の美しい側面を示す。
そして黄色いダリアは・・・色あせぬ「栄華」、したたかな「優美」を主張する特別な花なのだ。
で、『Woman・第5回』(日本テレビ20130731PM10~)脚本・坂元裕二、演出・相沢淳を見た。シングル・マザー青柳小春(満島ひかり)は長女・望海(鈴木梨央)と長男・陸(髙橋來)と三人暮らし。しかし、再生不良性貧血を発症してしまう。幼い頃に離別した母親の植杉紗千(田中裕子)と再婚相手の健太郎(小林薫)という親族はいるが、異父妹の栞(二階堂ふみ)が実は小春の亡夫・青柳信(小栗旬)の死に深く関与していたことを小春はまだ知らないのだった・・・。
大きい方をお食べ・・・と食物を差し出す大島弓子風の擬似親キャラクターは哀愁あふれるが・・・与えられる方は罪悪感とともに「経済的努力不足」を即物的に感じたりもするものだ。そのやるせなさがそのままドラマになっています。
青柳一家はワクワクしていた。
電気店から・・・クーラーが配達され・・・設置工事が行われるのである。
壁にとりついた作業員。
搬入される新品のクーラー本体。
やがて・・・子供たちはハンド・リモート・コントローラーを手にしてはしゃぐだろう。
「ナマケモノさん・・・クーラーどうしたのかな・・・拾ったのかな」
空想的で現実的な長女の望海のおしゃべりは止まらない。
が・・・しかし・・・けれども・・・。
「壁の強度が不足していて・・・クーラー設置できません」
作業員はどんなにか申し訳なかったろうか・・・。
仕方なく・・・健太郎に電話する小春だった。
「あの・・・せっかくの御厚意だったんですけど・・・」
「いや・・・僕じゃないよ・・・僕にはクーラーなんて無理だもの・・・それ・・・紗千さんなんじゃないかな・・・」
「・・・」
「口では冷たいこと言うけど・・・やはり・・・親子なんだよ・・・だから・・・また顔を出してくださいよ」
「・・・」
しかし・・・健太郎の希望的観測とは別に・・・栞が伸の「死」に関与していると知った紗千の気持ちはまた大きく変化していたのだった。
姉の夫を殺した娘と・・・妹に夫を殺された娘・・・二人は分断するしかないと思い定める紗千だった。紗千は頑なで融通の利かない思い込みの激しい愚かな女だからである。結果として偏愛する栞をさらにスポイルすることになるのだった。
そして・・・栞はそんな母親の過剰な愛で溺れるしか能のない娘なのである。
ぬかよろこびには慣れている青柳一家であった。
扇風機があればなんとかやっていける・・・クーラーなんて夢のまた夢だからである。
しかし・・・小春の病状は深刻だった。
「青柳さんはステージ3です・・・骨髄移植のドナーが見つかればすぐにでも移植を行うべき重症と言えるステージです」
「免疫抑制剤を服用していただきます」
「出血すると止まらなくなることがあるのでケガには気をつけてください」
「・・・」
「御家族ともよく相談なされてください」
医師の澤村(高橋一生)と研修医の砂川藍子(谷村美月)はマニュアル通りに患者の小春に告げるのだった。
しかし、小春は患者としてのテキストを持ってはいない。
「あの・・・私・・・最近、ずっと体調いいんですけど・・・」
「・・・」
病状を受け入れられない患者には過度に対応しないというマニュアルに沿って・・・沈黙する二人の医師だった。
かってのシングル・マザー仲間で再婚した蒲田由季(臼田あさ美)からバーベキューに招待された青柳一家。しかし、会場は近所の公園である。
自分の病状について相談しかけた小春だが、先手を取って由季から悩みを相談されてしまう。
「私・・・離婚したんだ・・・浮気されて・・・不幸ってなんでよりついてくるのかしらね。・・・ま、車と慰謝料はもらったけどね」
たくましく生きる由季も泣かずにはいられないらしい。
今が不幸な由季の前で「死ぬかもしれない」が「まだ死んでいない」自分の不幸を口にするのが憚られる小春なのである。
その帰り道、泣いている託児所友達の舜祐(庵原匠悟)を発見する陸。
父親の砂川良祐(三浦貴大)は困惑するばかりだった。
舜祐は母親・藍子の不在によるストレスから便秘気味になっていた。
「浣腸するしかありません」
「浣腸ですか」
「とりあえず・・・家に」
なんとか・・・便通のあった舜祐だった。
拍手喝采する青柳姉弟だった。
他人の家で息子の便を始末する・・・屈辱感を感じながら去っていく砂川父子だった。
バーベキュー会場で望海がうっかり折ってしまったダリアを持ち帰った小春。
コップに一輪ざしにするのだった。
「ダリア治るかな・・・」
「大丈夫よ」と根拠なく話す小春だった。
夢の中で小春は亡き夫と交際中の時間に遡上する。
「プールの掃除大変ですね」
「夜までに終えて二万円・・・今夜は焼き肉デートです」
「私も手伝います」
「泡ですべって遊ばないでくださいね」
「もう遊んでますよ」
「さようならの語源って左様ならばなんですよね。つまり・・・そういうことなんで・・・ということで・・・じゃあ・・・ってことなんですよ・・・じゃあ、さよならって・・・じゃあじゃあって感じなんですよ」
「はいはい、さようですか」
「さようなら・・・また今度ねって・・・友達同士では言いますけど・・・家族は言わないですよね・・・家族はいってきますでいってらっしゃいでただいまでおかえりですよね・・・僕は小春さんとそういう関係になりたいんです」
「さよなら・・・は最後に言うじゃないですか」
「最後もいってらっしゃいでお願いします」
「じゃ・・・ただいまって言ってくださいよ」
目がさめれば・・・陽は高く昇っていた。
通院の時間もとっくに過ぎて出社の時間が迫っていた。
朝食は望海が陸に食べさせ終わっていた。
倦怠感が病魔の存在を小春に囁きかける。
「私・・・今日・・・仕事休もうかな」
「どうしてえ」
「それは・・・望海と陸と一緒にいたいからです」
「じゃ、いいですよお」
「じゃ、なにしたい」
「僕、グルグルまわりたい」
「じゃ、まわろう」
手をつないで部屋の中をグルグルまわりだす三人。
もはや現実は楽しい悪夢と化しているのだった。
そこへ・・・また砂川父子がやってくるのだった。
「すみません・・・また便通が・・・」
「浣腸ですね・・・」
「私・・・仕事があるんで・・・お願いします」
しかし・・・良祐はその足で藍子に会いに行く。
「君がいないストレスで・・・舜祐はお腹がパンパンなんだよ・・・可哀相だと思わないわけ」
だが、藍子は涙で応じるのだった。
「そんな話を聞かされて・・・私が25年間努力した結果を投げ出してただの母親になるしかないと思うと思う?」
「僕が何をしたってんだよ」
「何も・・・あなたは優しかったわよ・・・私が具合が悪い時に・・・じゃ、僕は外でなんか食べてくるよという優しさにあふれていた。それで私はあなたに一点借りなわけ? 自分と息子の分の食事を用意するだけで済んだことに感謝しなければいけないわけ。あなたと暮らしていると・・・薄汚れたコップで水を飲んでいるような気分になるわけ」
良祐は唖然とする。そして思うのだった。
(僕の母親なら絶対そんなことは言わないのに・・・なんなんだよ・・・なんなんだよ)
藍子は青柳家にバームクーヘンを手土産にやってきた。
そして母親としても医師としても慣れた手つきで浣腸するのだった。
拍手喝采する青柳姉弟でした。
「すみませんが・・・この子の父親が来るまで預かってもらえますか」
「いいですけど・・・お仕事が終わるまで預かりますから・・・迎えに来てあげてください」
「・・・いってきます」
「いってらっしゃい」
去っていく藍子を母親として追う小春。
「あの・・・」
しかし、藍子は医師としてふりかえる。
「どうして・・・診療にみえなかったのですか」
「すみません」
「命にかかわるんですよ」
「・・・」
「薬は飲まれていますか」
「子供たちに見つかりそうになって捨てちゃいました」
「いずれ・・・入院することになりますよ」
「入院ししません」
「それだと・・・子供たちはあなたがいなくなった時どうすればいいんでしょうね」
「・・・」
その夜、良祐は手土産のバームクーヘンをもって舜祐を迎えに来た。
「似たもの夫婦だねえ」
「そうだねえ」
「お母さんの分はいつも倒れちゃうね」
「そうだねえ」
「ウフフ」
「ウフフ」
大量のバームクーヘンで幸せな青柳一家だった。
(母のバームクーヘンも薄切りだった)
ふと蘇る紗千の記憶。クーラーを贈ってくれようとした母。
母に頼ってみようかと思う小春だった。
その時、脱力感と眩暈が小春を襲う。
「お母さん」
横倒しになりながら・・・必死に手を持ち上げる小春。
倒れたんじゃなくて・・・これは畳の上でクロールなのだと嘯く小春。
「なんだ・・・泳いでるのかあ」
「ボクも泳ぐ」
「じゃ・・・私も」
畳の上での水泳大会にポロリはないが涙はポロリとこぼれそうである。
しかし・・・栞のために心を鬼にした紗千は藁にもすがる思いできた小春を一瞥もしないのだった。
帰宅した小春の胸は重苦しいものでみたされる。
しかし・・・望海のおしゃべりはとまらない。
「お母さんのお母さん・・・なんで怒ってたのかな」
「さあ・・・なんでだろう」
「お母さん・・・哀しかった」
「そんなことはないよ」
「哀しかったら話してね・・・我慢しないでね」
「ありがとう」
「私ね・・・掃除機のヒューってコードがひっこむボタンがね好きなの」
「そうなの」
「ひゅーってするでしょ」
「ひゅーってするね」
「お母さんは何が好き・・・」
「寄り道するのが好きだな」
「私も・・・知らない道ってこわいけど楽しいよね」
「そうだね」
由季が子供たちをプールに連れて行った日。
夕飯のための買い物を終えた小春は一人トイレで泣いた。
(子供たちが幽霊になったみたい)
(私が幽霊になったみたい)
(いやだ・・・それだけはいやだ)
小春は病院に向かう。
診療時間は終っていたが澤村がいた。
廊下で小春は声をかけた。
「あの・・・」
「どうしました・・・」
様子に気が付いた看護師たちがマニュアル通りに注意する。
「あの・・・診療時間は過ぎていますので・・・」
「あ・・・大丈夫だから・・・これ約束してますから」
「あの・・・歯を磨くと出血します」
「うん」
「一日に何回か眩暈がします」
「はい」
「内出血の痣がずっと消えません」
「うん」
「時々、立っていられなくなります」
「そうでしょうね」
「私・・・死ねません・・・死ぬのはダメなんです・・・絶対ダメなんです・・・子供がいます・・・七歳と四歳です・・・夫は四年前に死にました・・・私がいなくなったら・・・あの子たちは二人だけになってしまいます・・・だから絶対だめなんです・・・死ぬのはダメなんです・・・私は死ねないんです・・・すみません・・・約束してないのに・・・」
小春は泣いた。
澤村は微笑んだ。
「死にたくないという気持ちを忘れないでくださいね。それはどんな薬より・・・どんな治療より・・・病気を治す力になりますから・・・その気持ちがあれば治らない病気はないのです・・・僕は全力で治療します。あなたは生きるために全力を尽くして下さい・・・いいですね・・・青柳さん・・・」
「はい・・・はい・・・はい」
そして、そらまめにそっくりな男が夜の闇に消えていく。
やみに燃えし かがり火は
炎今は 鎮まりて
眠れ安く いこえよと
さそうごとく 消えゆけば
安きみてに 守られて
いざや 楽しき 夢を見ん
夢を見ん
関連するキッドのブログ→第4話のレビュー
シナリオに沿ったレビューをお望みの方はコチラへ→くう様のWoman
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コメント
こんにちは。
教科書ですかー。
みんなが「こうあってほしい、あるべき、あるべきだった」って考えを自分や他人に求めているキツイ感じはそうとらえるとわかりやすいですね。
今回あれこれありすぎてもう言葉にできません。
冒頭でまさかの先に相談返しをくらってしまう小春と、
プール貸し切り泡プレイに口あんぐりになってしまい
そのあとの一発ずつの不運のボディブロー連続攻撃に
思考が青息吐息になってしまいました。
投稿: りんごあめ | 2013年8月 1日 (木) 22時21分
◉☮◉Mother~リンゴあめ様、いらっしゃいませ~Mother◉☮◉
キッドがこの脚本家に魅了されたのは
「わたしたちの教科書」(2007年)なんですね。
記事はコチラ→http://kid-blog.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_c22a.html
教科書にはすべてが書かれているのですが
そのすべてを読み解く人間は
ほんのひとにぎり・・・そういう世界がございます。
そこにあるのは単なる「知識」なのですが
学ぶ人々はそれに「感情」で応ずるわけですな。
そこが人生の醍醐味でございますよね。
一部の例外をのぞき
誰が好んで「悪人」になるだろうか・・・という問題もございますね。
ある意味で・・・紗千と栞の母子関係は最悪に見えるのですが・・・
極めて良好に見える・・・小春と望海の母子関係は
実は紗千と栞の昔の姿なのかもしれません。
はつらつとした望海が
世界と出会って栞になっていく可能性を
凄く感じる今日この頃です。
しかし、同じように育てられても
まったく違う人格が形成されることもままありますな。
このドラマの素晴らしいところは登場人物の十年後も
比較的簡単に妄想できるところなのですねえ。
それほどの濃厚さがございますな。
単純に
特効薬である・・・移植に適した骨髄は・・・
紗千か栞が持っている可能性が高いですな。
それを手にいれるハッビーエンドになるのか。
間に合わない・・・哀しい結末か。
澤村先生の治癒力に期待が膨らむ今回でございました。
投稿: キッド | 2013年8月 1日 (木) 23時49分