夏の夜の虚脱~悪霊病棟(夏帆)
恐怖とは禁断の地への旅路である。
人々は神秘を求めて、「あかずの間」や「立ち入り禁止地域」、そして「封印された土地」へと一歩を踏み出す。
深海や宇宙など人体の生存を拒む場所にさえ進んで出ていく。
太陽光の届かぬ海底でケーブルが切れた時、真空の軌道上で生命維持装置に不具合が生じた時、人はひとつの疑問に気が付く。
「なぜ・・・自分は・・・わざわざ・・・ここにいるのか」と。
もちろん、それは愚か者だからなのだが・・・それでも人々は恐怖を求めて止まぬのである。
人は恐怖するために生きていると言っても過言ではない。
聖人が賢くも「君子、危うきに近寄らず」などと宣うても無駄なのだ。
凶悪な殺人鬼に追い詰められた少女が・・・九死に一生を得る。
しかし、その時、どこかで絶叫が沸き起こる。
信じられないことだが、せっかく助かった少女はふらふらと立ち上がり・・・その声のする方に歩きはじめるのだ。
それを馬鹿馬鹿しいと断じることはたやすい。
けれども・・・一度、恐怖の味を覚えたものには分かるはずだ。
そうせずにはいられない・・・魅力がそこにあることを。
すべての人間は・・・恐怖から逃れることはできないのである。
人はそれを我慢できない生き物なのだから。
で、『悪霊病棟~第10号室(全十話)』(TBSテレビ201309200058~)脚本・鈴木謙一(他)、演出・鶴田法男を見た。一部資料によると・・・麿赤兒の肖像画は宮守元吉のものらしい。つまり・・・隈川病院の創始者として飾られているわけか。しかし・・・元吉を殺して病院を乗っ取った隈川信兵衛が・・・そんなことをしたのは・・・悪事を隠すためなのか。だが・・・どう考えても麿赤兒の凶悪な顔は・・・隈川信兵衛に思えて仕方ない。とにかく・・・そういう些細な点の描写の甘さが際立つドラマなんだなあ。
最後に院長の隈川圭太(春田純一)が「こわい肖像画」を外すのだが・・・父である「悪の権化・信兵衛」の否定でないとすると・・・「元吉」への謝罪が済んだようなニュアンスが生じるのである。そこもなんだか・・・釈然としない。
そういう・・・数々の本題ではない気持ちの悪さがあるわけだが・・・そういうあれやこれやは無視して・・・とりあえずの物語の決着を見届けることにする。
衛星画像に異変が生じていた。
あるはずのない低気圧が生じ・・・名もなき地方都市の上空が暗雲で覆われてしまったのである。
人知を超えた異常気象に観察者は蒼ざめるのだった。
旧病棟周辺に凄まじい風が渦巻いている。
その風は氷のような冷たさを伴っている。
「いま・・・夏だよな・・・」と三流ディレクターの斑目(鈴木一真)と震える声で言った。
「え、なんか言いましたか?」と立っているのが難しいほどの風の中で研修医の朝陽(大和田健介)は叫ぶ。
「恐ろしいほどの霊力が旧病棟に溜まっているのです」と赤の祓い師・尾神琉奈(夏帆)が風圧を避けようと猫背をさらに曲げて囁く。
「え・・・なんだって?」と朝陽。
「主任が・・・一人で・・・旧病棟の中に入ったきりだ」と院長が誰にともなく呟く。
霊聴力が発現している琉奈はその言葉を聞き逃さない。
「私が・・・助けます」と呟くと琉奈は旧病棟に歩み去るのだった。
「お父さん・・・新病棟がパニックになっています・・・ここは僕にまかせて・・・戻ってください」
「馬鹿な・・・お前が狙われているんだぞ」
「だから・・・行くんです・・・キヌは・・・隈川の血を求めているのだから・・・」
「朝陽・・・」
朝陽は琉奈の後を追った。
あわてて、ハンディ・カメラを持った斑目も走り出す。
風の中に取り残された院長は踵を返すと・・・新病棟に向かうのだった。
旧病棟の扉の中は無風だった。しかし、漆黒の闇に覆われている。
「琉奈・・・」
「なんだ・・・これは・・・真っ暗じゃないか・・・」
「普通の暗闇じゃないですね・・・全く何も見えない」
「ちょっと待て・・・」
斑目はカメラに付属している照明のスイッチをオンにする。
そのライトに照らされた部分だけが視界となるのだった。
「壁を照らしてください・・・照明のスイッチが・・・」
しかし、電灯の電源は切れているらしい。壁のスイッチを試した斑目が首をふる。
斑目は自分で自分を照らしているのだった。
「だめだ・・・うらめしや」
「小学生みたいなことはやめてください・・・階段の方で足音がします・・・」
「よし・・・行こう・・・」
「足元を照らしてください」
二人は玄関ホールを横切って行く。
霊視力により、呪力による擬似暗黒をものともせず琉奈は二階にたどり着いていた。
しかし、二階の通路には亡霊たちが集っている。
床には臨終の時を迎えたままの患者たちの霊魂が死んだ魚の群れのように横たわっている。
「ごめんなさい」
琉奈は母親の遺品である聖なる祓い具をかざして念ずる。
呪術師としての教養のない琉奈には適当な言葉が思いつかないのだった。
「き・・・消えてください」
しかし、無尽蔵ともいえる祓い力の通路となった琉奈にはそれで充分だった。言の葉による集中力により・・・聖なる力が発動するのだった。
邪悪な霊キヌによって編まれた呪いの縄は一瞬で解かれ、肉眼で見えるほどに濃厚だった生の名残は爆散する。
力なき死者たちの魂は単なる部品としての役目を終え、この世から消失してしまうのだった。
幽かな未練の呻きが残響する中を琉奈は進む。
霊嗅覚が発動し、木藤主任(森脇英理子)の匂いを捉えている琉奈だった。
主任は内科の診療室への通路に倒れていた。
「主任・・・」
その前に・・・転落死した血まみれの坂井愛美(高田里穂)が立っている。
「琉奈・・・あんたのせいで・・・私は呪い殺された・・・」
「愛美・・・」
「琉奈・・・責任とってよ・・・死んでよ」
「・・・」
「琉奈・・・琉奈のせいじゃないよ・・・」
坂井愛美の顔が歪む。その背中にセーラー服の少女・・・楠山冴子(田中明)がしがみついている。
「琉奈ほどじゃないけれど・・・あたしにも霊を見る力があった・・・転校してきて・・・琉奈と出会って・・・同じ力を持っている人がいて・・・うれしかった・・・」
「くそう・・・はなせえ・・・さえこお」と愛美が苦悶の声を上げる。
「愛美はね・・・あたしにに琉奈を獲られたって・・・焼きもちを焼いたんだ・・・そして・・・あの日・・・私を車道に突き飛ばしたの・・・」
「う・・・うおう・・・えおおおう」
「あたしは・・・それを伝えたくて・・・教室まで言ったけど・・・言葉にはならなかった」
「あああああああああ」
「それから・・・ずっと・・・愛美と琉奈の側にいたの・・・でも・・・琉奈の力の影響でこの病院の呪力が高まって・・・愛美にも・・・あたしが見えるようになった」
「うあうああああうああああああああ」
「愛美は・・・あたしを見て・・・自分の罪に怯えたのよ・・・」
「冴子・・・愛美・・・」
「愛美はあたしが・・・連れていく・・・あの世の扉を開いて・・・あなたなら・・・できる」
「でも・・・」
「このままだと・・・あたしも愛美もあの邪悪な霊にとりこまれてしまう・・・から」
「・・・開け」
琉奈が念じると虚空に穴が開いた。
「琉奈・・・がんばって」
愛美だったものをかかえて冴子だったものは収縮して消えた。
「・・・冴子」
「琉奈」で背後で追いついた朝陽が声をかける。
「先生・・・ここに主任が・・・」
「木藤くんが・・・」
あわてて・・・駆け寄る朝陽。斑目がライトで朝陽を照らす。
朝陽は主任の脈をとる。
「大丈夫・・・失神しているだけだ・・・」
「おあうっ・・・」と斑目が叫ぶ。
振り返った琉奈は斑目の背後から斑目の首をしめる魔物の姿を見た。
その首にはロープが巻きついていた。
「おまえか・・・おまえが・・・あたいをやったのか」
それはプロレスラーのような巨体を持つ黒人だった。
女装をしていたが・・・生前は男だったことが・・・琉奈には霊感で分かる。
琉奈は聖なる祓い具をナイフのように握りなおした。
斑目に駆け寄ると背後のモンスターのわき腹に祓い具を突き立てる。
「手をお放し・・・」
「うじょおおおおっ」とモンスターが叫ぶ。
モンスターは横ざまにとんで壁に当たって砕ける。
その刹那、残留したゲイの黒人の生前の記憶が・・・琉奈に流れ込んできた。
(あたいは)(ミシェル)(天使の名をいただいたのに)(男が好きになって)(てあたりしだいに)(横須賀あたりで)(遊んでいればよかった)(あんたの親父に)(惚れちまって)(叶わぬ恋だと)(首を吊った)(それをあんたに見られた)(あんたに見られた)(あんたに見られた)(ひいいいいいい・・・・ひいいいい・・・ひい・・・・)
琉奈はミシェルの記憶の美化された父親のビジョンに思わず噴き出しそうになった。
咳こんだ斑目はあわてて立ち上がる。
再び照らされたライトの中で主任が息を吹き返していた。
「一度・・・戻りましょう・・・」と斑目が提案する。
「い、いえ・・・ゆ、猶予がありません・・・あ、あなたたちは引き返してください」と琉奈は毅然と言う。霊との戦いがもたらす悲壮が琉奈を逆に高揚させていた。
「琉奈・・・あいつは・・・君の力を狙っているんだ」
「大丈夫です」
琉奈は聖なる祓い具を自分の口に突っ込んだ。
「ぬ・・け・・・ろお」
一般人にも分かるほどの閃光がほとばしる。
琉奈は口を開き、牙を吐き飛ばした。
音を立てて転がる黒い牙。
「琉奈・・・」
「よし・・・この人は俺が外につれていく。この人が持ってた懐中電灯がつくし・・・」と斑目がスイッチをカチカチ鳴らしながら言う。「あんたは・・・カメラのライトを持って行け・・・」
「せ、先生も一緒に・・・お、お二人と外へ」
「いやだ・・・琉奈・・・キヌの夢は俺も見ている・・・俺にもきっと役割があるはずだ」
「・・・わ・・・わかりました」
階段まで戻った四人は二手に分れる。斑目と主任は階下へ・・・。琉奈と朝陽は階上へ。
「下は大丈夫だよな」
「霊は・・・隠し部屋に集められています」
「・・・健闘を祈るよ・・・」
琉奈はすでに階段を昇りはじめていた。
あわてて追いかける朝陽。
三階には首吊死体の群れが揺れている。
琉奈は祓い具をかざした。
「き、消えなさい」
琉奈が一歩進むごとに奇妙な果実は消えていった。
最上階・・・。
「ええっ・・・あそこに扉なんか・・・なかったのに」
「あ、あれが・・・か、隠し部屋です」
部屋の前にはジャージを着た男子生徒が立っていた。
「ど、どうしたの・・・」
「好きだったアイドルが・・・いきなり結婚してさ・・・生きているのが嫌んなっちゃった・・・お姉ちゃん・・・かわいいね」
「き、消えろ」
扉の向こうには虚無が広がっていた。
「うわ・・・こんなにこの部屋が広いはずはない」
「い、異空間と連結しているのです・・・む、昔、読んだオカルト雑誌に書いてありました」
「あ・・・あれは」
「部屋の奥に白装束の女が背を向けて屈んでいた」と思わずナレーション風に呟く朝陽。
「あ・・・あなたが・・・キ、キヌさんですか」
振り向いた女は妖艶な姿をしていた。朝陽は一目見て・・・キヌ(桜井ユキ)の虜になっている。
朝陽はふらふらとキヌの方へと歩き出す。
「せ、先生・・・」
琉奈の気持ちが一瞬乱れる。
邪悪な霊はその機会を逃さなかった。
琉奈の手から祓い具が打ち払われる。邪気が矢となって祓い具を破壊したのだった。
祓い具は粉みじんになって砕けていた。
「すべてを凍てつかす絶対零度じゃ・・・」
キヌの想念が・・・琉奈の心をかすめていく。
(あの男)(夫を殺したあの男)(この男の血筋のものだ)(夫の仇)(呪ってやった)(黒い歯の病で)(まさか・・・我が子まで呪い殺すことになるとは)(なにもかもあの男のせいだ)(うらみはらさでおくものか)
「そ・・・その人は・・・と、とっくに死んでいるわよ」
「我が血筋が絶え果てて・・・あの男の血筋が生き永らえる・・・そんなことは許さぬぞ」
「や・・・やめて・・・朝陽さんに手は出さないで」
催眠術にかかったように進む朝陽の前でキヌは黒い歯を剥き出しにした。
その間に身を投げる琉奈。
「あ・・・あう・・・」
背中に激痛が走る・・・キヌが琉奈の背中にむしゃぶりついているのだった。
「お、お母さん」・・・幼子のように思わず助けを求める琉奈。
琉奈の念があの世とこの世の境界線にいるキヌを通じてあの世に届いたことは言うまでもない。
「おおう」
琉奈は痛みが和らいだことを知り、背後を振り返る。
絹は背後から赤い衣装を着た女にからめとられていた。
暗闇の中で琉奈の瞳が金色に光る。
呼応するように金色に光る亡き母(三輪ひとみ)の瞳。
「お、お母さん・・・」
亡き母は微笑むと邪霊を拘束したまま・・・異界へと帰還していくのだった。
「おかあさあん・・・」
泣き濡れる琉奈は精根尽きて気を失う。
同時に正気に戻る朝陽。三方に窓のない小部屋の開かれた扉から光が差し込んでいた。
腕の中には眠りこんだ琉奈がいる。
朝陽は琉奈を抱きあげると部屋を出る。
東を向いた窓から朝日が射し込んでいた。
それから・・・一ヶ月・・・「幽霊病院」と噂の立った隈川病院は経営が破たんし・・・閉鎖を余儀なくされた。
斑目は「隈川病院!恐怖の終焉!!」という作品で小銭を稼いだ。
病院のスタッフたちは・・・隈川父子を始め・・・それぞれに転職して行った。
そして・・・昼間は白衣の天使、夜は紅の祓魔師という二つの顔を持つエクソシスト&ナース尾神琉奈が誕生したのである。
この世に彷徨う邪悪な霊と病に苦しむ患者さんのために昼夜を問わず琉奈は働く。
琉奈が過労死しないことを願うように黒猫はにゃあと鳴いた。
ちなみに三輪ひとみと言えば・・・映画「エコエコアザラクIII -MISA THE DARK ANGEL-」(1998年)の生けにえにされる少女・水島真実役でおなじみである。時は流れるのだった。三部作の中では一番完成度が低いが佐伯日菜子の黒井ミサは抜群である。
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