キンキンと鹿鳴きて我に佳賓有りでごぜえやす(綾瀬はるか)
鹿の鳴き声は「詩経」の「小雅」の一篇によれば「呦呦鹿鳴」で・・・ユウユウということになっている。
しかし・・・「ユウ」というより「ビャウ」な感じもするし「キャーッ」という感じもする。「ビー」もありだという意見もある。「キャリー」となると「ぱみゅぱみゅ」も欲しくなる。「キャイーン」とか「ケーン」とか「ウコウゴルーガ」とかもあるわけだが・・・もはや、何の話をしているのか分らない。いやもう・・・「しゃべくり007」の「能年玲奈の回」視聴の緊張感から介抱されて脱力しているのである。斬らないで~と叫びたいきりんの冥福を祈るばかりである。
今回は・・・会津出身の有名人の一人である山川捨松が大山巌の後妻となるエピソードを軸に・・・明治15年(1882年)の暮れから明治16年(1883年)までが描かれるわけである。
八重の怪力譚としても・・・会津と薩摩の因縁の婚姻としても・・・山川捨松という奇跡の人の軌跡としても一応まとまっていると言える。
しかし・・・明治という時代が・・・あまり伝わって来ない気がするのはどんなもんだろうか。
やはり・・・「文明開化」にスポットが当てられ過ぎて・・・「富国強兵」が見えてこないところに不満が残るのかもしれない。
これは「リーガルハイ2-3」のレビューにキッドのブログとしてはものすごいアクセスがあるのだが・・・検索内容を見ると「話題のブスの人」が見てみたい・・・ただ、それだけの欲望がなせるヒットの虚しさなのである。
もちろん・・・そんな画像を掲載する気はないので検索した人も虚しいわけである。
まあ・・・悪魔としては笑うしかないのだが・・・。
明治維新も・・・戦後復興も・・・底辺の人々にはまるで関係ないんだなあ・・・という感慨はある。
勝海舟が言うように・・・「自由」とか「教育」とか「民主主義」とか「万人平等」とか・・・すべては「お伽噺」ということに過ぎないのかもしれない。
まあ・・・「美醜の差」も凄いが「賢愚の差」もすごいんだな・・・。
それでも・・・日本国国民は地球上でも優秀な部類というのだから・・・驚愕するしかないのだ。
で、『八重の桜・第43回』(NHK総合20131027PM8~)作・山本むつみ、脚本・吉澤智子、演出・一木正恵を見た。例によってシナリオに沿ったレビューはikasama4様を推奨します。今回は渡米して11年目に米国より帰国した山川浩、山川健次郎の妹・捨松を後妻に迎える日清戦争の第2軍司令官、そして日露戦争の満州軍総司令官、元帥陸軍大将・大山巌の描き下ろしイラスト大公開でお得でございます。かっこいいぞおおおおおっでございまする。「でごわすか」って言っちゃいそう・・・。さすがは世界の大山ですな・・・その人は違うと思う。このまま・・・大山巌物語になっても構わない・・・とふと思う・・・今日この頃でございます。八重は八重としてもーーーっ。
明治15年、12月、自由民権運動の高まりの中、福島事件が起り、世情が騒然とする中・・・旧会津藩士の娘・山川捨松が帰国する。上級看護婦の免許を取得していた。米国にはすでに赤十字社が設立されている。明けて明治16年(1883年)2月、東京電灯会社設立。3月、東京気象台が天気図の発行を開始。4月、陸軍大学校開設。米国海軍兵学校に留学していた後の海軍大将・瓜生外吉が帰国、捨松の留学生仲間で音楽教師の永井繁子と婚姻。その挙式の席で大山巌は山川捨松を見染め求婚する。5月、岩倉具視は京都御所保存計画のために京都入り。喉頭がんの症状が悪化する。明治天皇は東京大学医学部のベルツ教授を京都に派遣する。7月7日、外務卿・井上馨の主導により、鹿鳴館落成。20日、岩倉具視死去。25日、岩倉具視国葬。28日、上野~熊谷間で日本鉄道開業。8月3日、伊藤博文が憲法調査のための外遊から帰国。25日、第一次フエ条約により、越南(ベトナム)がフランスによって植民地化される。9月、三池炭鉱などで暴動発生。10月、オリエント急行開通。11月8日、参議陸軍卿・大山巌と山川捨松が婚姻。20日、天璋院篤姫、脳溢血から回復せず死去。28日、鹿鳴館開館。12月、大山夫妻、鹿鳴館にて結婚披露宴を行う。28日、徴兵令一部改正。外国の賓客を迎える意図を持った鹿鳴館だったが・・・内外ともに批判の対象となる。それは・・・なりふり構わぬ明治政府の欧米列強への追従の姿勢を示していたとも言える。そうでもしなければ・・・日本が植民地と化す惧れは充分にあったのである。この年、夏目漱石は神田駿河台の英学塾に入学、大学予備門予科を目指していた。勝者の岩倉具視と敗者の篤姫の死によって・・・ある意味で・・・この年は明治維新の動乱が終焉した年と言えるだろう。
京都で容態が悪化した岩倉具視は科学忍者隊が護送して上京させることになった。
科学忍者隊の川船・機龍で水上を大阪に南下し、戦艦扶桑に乗船して海路、横須賀へと向かう。
北海道、東北からの長旅を終えたばかりの八重は再び東京へと向かうことになる。心臓に疾患を抱える新島襄は体調が不調だったが・・・強く同行を求めるので八重は従わざるを得なかった。
京都見物のために新島家に逗留していた山川捨松も共に帰京することとなった。
艦上には岩倉使節団に参加した岩倉と新島、そして捨松が顔をそろえることになった。
「これは奇妙な偶然というものでおじゃるな」
「御意にござります」と海軍卿として乗艦している大山巌が応じる。
「思えば・・・長い旅路じゃったのう・・・八重殿・・・」
「は・・・」
「幕末の戦で・・・会津公の忍びのものたちと刃を交えたのはつい昨日のことのような気がする・・・」
「岩倉様・・・」
「会津は貧乏くじを引かせたが・・・すべては・・・国のためじゃ・・・許してくれとはいわないが・・・麿たちが悪いとばかりは言えぬでおじゃろう・・・」
「しかと・・・さようで・・・」
「アジアの国々は・・・虎に狙われた鹿のようなものじゃからな・・・」
「・・・」
「攘夷を謳った我らが・・・東海の荒波を越えて異国に渡ったのも・・・今となっては夢のようであった・・・脱藩した新島くんや・・・会津の山川の姫が・・・異国の地に集ったのも・・・ひとつの宿縁というものでおじゃろうよ・・・」
「岩倉様・・・」
「それにしても・・・伊藤の帰りは遅いのう・・・まだ託さねばならぬ・・・秘事も多いのだが・・・」
「伊藤閣下は・・・急遽、帰国の途についておられます」
「ふ・・・伊藤も・・・鹿鳴館の開館も間に合わぬ・・・ふふふ・・・舞踏会の一つも見たかったものじゃ・・・。捨松姫・・・」
「はい・・・」
「おそらく・・・鹿鳴館はさぞや・・・お笑い草になるでおじゃろうのう・・・」
「・・・」
「欧米列強のコーカソイドどもはイエロージャップの猿真似踊りと爆笑するに違いない・・・」
「ほほほ・・・」
「田舎侍たちは・・・また西洋かぶれかと怒髪天をつくじゃろう・・・」
「ははは・・・」
「それでも・・・道化を演じつつ・・・虎どもに愛想をふりまかねばならんのでおじゃる」
「いかにもさようでござそうろう」と大山巌がつぶやいた。
「大山よ・・・西郷が生きておれば・・・後事を託すところじゃが・・・いまは汝が頼りでおじゃる・・・」
「もったいない・・・お言葉・・・」
「どうか・・・皇国を守ってたもれ」
「岩倉卿・・・」
「そうだ・・・捨松姫にぞっこんじゃと聞き及ぶ・・・」
「岩倉様・・・」
「もはや・・・大日本帝国に・・・薩摩も会津もない・・・汝らが・・・夫婦となれば・・・面白いのお・・・」
「岩倉様・・・」
「八重殿・・・」
「その遺言・・・この八重が承ります・・・この縁談必ずやまとめてごらんにいれます」
「ふふふ・・・八重殿にまかせれば・・・安心でおじゃるな・・・もしも・・・八重殿に逆らうものあれば・・・いかがなさる・・・」
「ぶっ殺します」
艦上の人々は朗らかに笑うのだった。
八重は東の海上を見る。江戸には・・・篤姫が待っているはずだった。
闇に潜むくのいちたちにも新しい時代が巡ってくる予感がするのだ。
関連するキッドのブログ→第42話のレビュー
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